迷宮探索2日目。
「いつもよりペースが全然悪いじゃない。あんた、露骨に手を抜いてんじゃないわよ!」
「落ち着けって、桂花。長丁場なんだから、張り切り過ぎると続かないぞ」
「そんなこと、今更あんたなんかに説明されなくてもわかってるわよ! 私はそれでもダラダラし過ぎだって言ってるの!」
「うーん、桂花がそういうなら、そうなのかもな。じゃ、もうちょっとペースを上げてみるか」
迷宮探索3日目。
「白蓮殿はさすがですな。地味ですが、堅実な働きをしなさる」
「地味か……、そうか……」
「ふふ、それが貴方の持ち味、優れた個性と評価すべきでしょう」
「地味な個性か……」
迷宮探索4日目。
「風呂に入りたいなぁ。せめて水浴びがしたい」
「兄様、我慢して下さい。いくら桃香さん達が持ってきてくれるとはいえ、迷宮内なんですから。水は大切に使わないと」
「兄ちゃん、いつもみたいにボク達が拭いてあげるから、我慢しなよ」
「いつも?! ……へっ、変態っ!」
迷宮探索5日目。
「酒! メンマ! 酒! メンマ!」
「おおぉ、星ちゃんがバーサクモードなのですよー」
「酒は無理でも、せめてメンマを桃香さんにお願いしてみましょうか」
「このままでも問題ないんじゃないか? 槍がいつもの3倍のスピードだぞ」
「……そろそろ限界だな」
迷宮探索6日目。
効率よりも滞在時間の延長に配慮していたのだが、一刀自身も含めた皆の疲労は隠しきれなくなりつつあった。
というよりも、その配慮のおかげでここまで持ったと言うべきである。
キャンプ地に選んだ場所が、周囲から隔離された部屋だったことも、迷宮内で1週間近くの滞在を可能にした要因の1つであろう。
一刀自身は3日目にLV15になっていた。
それだけではない。
一昨日は星が、そして昨日は稟達が、次々とLV15に追いついてきた。
LVの上がるペース的に、今日中に桂花もLV15になるだろうと予測される。
ちょうどいいキリでもあった。
決して祭との情事を優先した訳ではないことを、十分に理解して欲しい。
「そろそろ帰ろうと思うんだけど、どうかな?」
「ふむ、確かに皆も限界が近いし、妥当なところですな」
「風はとても頑張ったのです。『贈物』が楽しみなのですよー」
「私もこんなに迷宮に潜ったのは初めてだ。しばらく『贈物』などとは縁がなかったが、今回はもしかしたら私も貰えるかもしれないな」
「白蓮殿の堅実な戦い振りのお陰で、私や風は安心して詠唱することが出来たのです。きっと『贈物』を与えて頂けると思いますよ」
ちなみに、白蓮はLV15のままである。
とても申し訳ない気持ちになった一刀は、早くチーム編成に合わせたパーティ登録をしなければと固く決意した。
幸いLVも皆が横並びになり、次回の探索から変更することも可能であろう。
『祭壇到達クエスト』を受けてから1ヶ月が経っており、期限は残り1ヶ月となっていた。
そのことだけを考えれば、後3回同じことを繰り返して『試練の部屋』に挑むことが出来そうに思える。
だが実際にはそう都合良くいかない。
なぜなら、その間ずっと桃香達を拘束するわけにもいかないからだ。
桃香達だって迷宮探索を行わないわけではない。
そして彼女達が迷宮探索に向かう時は、基本的には深い階層であるため泊まりなのである。
白蓮の件が桃香の依頼だということを考えても、せいぜい後1回か、無理に頼んで後2回が限界だろう。
白蓮が加護を受けることは、桃香達の利益にはならない。
あくまでも白蓮は、臨時のクラン員であるからだ。
つまり加護を受け終われば、白蓮は麗羽の元に戻らなければならないのである。
桃香はそれでもいいのかもしれないが、桃香のクラン員達にとってみれば完全にボランティアなのだ。
桃香の元に集まるだけあって人の良さそうな面々ではあったが、彼女達に掛ける負担は出来るだけ最小限にしたいと一刀が思うのも当然である。
後1回で最大の効果を上げるためには、BF16への移動が必須であろう。
幸い桃香から詳しい地図を写させて貰ったため、階段付近の拠点候補も見当をつけている。
ウロウロするつもりはないので、BF16以降に登場するトラップの問題もないと思われる。
LV15でも8人もいれば危険は少ないだろうし、今は『7人の探索者』効果だってある。
次回の探索時にBF16を拠点とするならば、今のうちに様子を確認しておくことが上策であろう。
そう考えた一刀は、皆を引き連れてBF16へと向かったのであった。
NAME:スライム
NAME:ガーゴイル
NAME:オーガ
NAME:ヘルハウンド
いつか雪蓮が一刀に、「BF16以降の敵は、驚くほど強くなる」と言っていた。
一刀もその話を忘れていた訳ではない。
それでもBF16に降りたのは、『7人の探索者』効果がLV不足分を補うであろうことや、なにより加護を受ける前の雪蓮や華琳がBF17をウロウロしていたと聞いていたからだ。
パーティシステムを知らない彼女達が大丈夫だった以上、自分達も大丈夫だろうと一刀が思い込んだのも無理はない。
ところで、BF16の特色とは一体どのようなものなのであろうか。
前述のようにトラップ類が派生すること。
今までの法則に従えばBF11から登場した敵もいるはずなのに、その姿が見当たらないこと。
もちろんそれらもあるが、この1点に比べれば些細な変化である。
「くそっ、全然攻撃が効かない! なんなんだよ一体!」
「あっつつつ! 熱っ!」
「ベトベトが流琉に纏わりついてるっ! 兄ちゃん、助けてぇ!」
それはスライムやガーゴイルなど、魔法生物の登場である。
銀の武器しか効果がない吸血鬼ように。
『クエクエ3』で『ゴールデンボール』を使わないと倒すのが難しい『マーゾ』のように。
大陸に存在する貴重な武器を揃えていた華琳達や、母譲りの剣『南海覇王』を持っていた雪蓮とは異なり、一刀達の持つ普通の武器では魔法生物達に効果的なダメージを与えることが出来なかったのだ。
しかも魔法生物は、今までの敵とは違って苦痛に表情を歪めることもない。
敵のダメージをNAMEの色で視認出来る一刀とはいえ、具体的な数値まではわからないのである。
斬っても突いても動きすら止めないスライムに、一刀は物理攻撃がほとんど効いていないと判断した。
RPGをやり慣れている一刀も、まさか加護も受けていないような序盤でダメージの通らない雑魚敵が現れることなど、完全に予想外だった。
ダメージ無効化なのか極端に低いダメージになるのかはわからないが、厳しい状況に追い込まれていることだけは間違いない。
「魔法で対処するしかない! 稟、風、桂花、頼む!」
「承知しました!」
「お任せあれー」
「ふんっ、頼まれなくてもやるわよ!」
雪蓮や桃香が魔法生物について一刀に教えていれば、もしくは一刀が彼女達に聞いていれば、これは未然に防げていただろう。
「加護を受けるまでBF16に降りてはいけない」と忠告したつもりになっていた雪蓮。
「BF15で自力を高めたいから協力して欲しい」という言葉通りに受け取ってしまった桃香。
今回の様子見自体が予定外行動であったため、BF16の敵について詳しく聞かなかった一刀。
雪蓮の言葉が足りない。
桃香の配慮が足りない。
一刀の用心が足りない。
後から聞いた人ならば、それを以て油断であると責めることは容易い。
だが果たして、そう責める人のうち何人が完璧に物事を為せるのであろうか。
「ふぅ、なんとかスライムを倒せたな」
「……一刀殿、どうやら安心するにはまだ早いようです」
「兄ちゃん、また変なのが来たよ!」
「このままでは、MPが持たないのですよー」
「これ以上敵が増えたらまずいな。殿は俺が務めるから、BF15に逃げよう!」
風が敵に『拘束の風』を唱え、桂花が一刀に『土の鎧』『砂の加護』を掛け、稟が『火球』で牽制する。
3人の補助を受けた一刀が、敵の一団に立ち向かった。
手始めに2m以上の巨体を誇るオーガに突進する一刀。
ダガーを突き刺すというより、それは体当たりと表現した方が近い。
一刀はぶつかった反動を利用して方向を変え、そのままガーゴイルにダガーを振り下ろす。
足元のヘルハウンドが一刀の足に牙を突き立て、それと同時にオーガの棍棒が一刀を薙ぎ払った。
それをモロに喰らって壁際まで殴り飛ばされた一刀の目に、小さくなっていく仲間達の背中が映る。
時間稼ぎも切り上げ時だと判断した一刀は、敵との間に出来た距離を利用して素早く起き上がると、そのまま撤退に移るのであった。
BF15に辿り着いたからといって、追って来る敵を処理しきれなければ意味がない。
そのまま逃げ回るという手段も取れるが、その分だけBF15の敵がどんどん増えていくことになる。
今の状態で大量の敵を生み出すような真似をするのは、下策であろう。
だが、BF16から一刀を追ってきた3匹を相手に勝ち目があるかと言われると、それもまた難しい。
特に一刀達の武器ではダメージが通らないガーゴイルの存在が厳しかった。
それでも剣を取り、槍を取って立ち向かう一刀達。
星の槍は穂先を欠いて棒となり、一刀のポイズンダガーも根本からポッキリと折れてしまった。
季衣や流琉の鈍器はさすがに頑丈であったが、それでも有効ダメージとはなっていないように見える。
後衛達の顔も、MP消費のために真っ青である。
オーガとヘルハウンドはなんとか倒したものの、ガーゴイルに対しては打つ手がないと思われた。
このままでは体力が尽きるのが先か命が尽きるのが先か、どちらにせよ時間の問題であった。
しかし一刀達の心は折れない。
一刀達には、粘れば勝てるという確信があったのだ。
「ひゃー、一刀さん達が大変! なんでガーゴイルなんかと戦ってるの?!」
物資補給のためにいつもの時間に現れた桃香達。
一刀の目には彼女達の姿が、まるで女神のように見えたのであった。
初めて目の当たりにした桃香の『加護スキル』は、華琳に負けず劣らずチートじみていた。
こちらが地道に戦っているのが馬鹿らしくなってくる。
「稟ちゃん、元気を出して」
「え、あ……、プッーーーー!」
桃香が稟を抱きしめると、彼女のHP・MPが徐々に回復し、
「愛紗ちゃん、頑張って」
「はっ、お任せ下さい!」
桃香が愛紗と呼んだ女の子を抱きしめると、彼女の動きは格段に上がった。
しかも、MPを全く消費することなく、である。
尤も、桃香は『MP:39/39』なので、もしMP消費があるなら死にスキルだったかもしれないが。
勇躍してガーゴイルを打ち倒す愛紗の姿を眺めながら、一刀は桃香に抱きしめられる順番が来るのをワクワクしながら待っていたのであった。
桃香に助けられた一刀達は、満身創痍の状態であった。
一刀には予備のアイアンダガーがあったが、星には槍すらない。
「BF11まで送ってあげるよ。今度こそ遠慮しちゃダメなんだからね」
七乃に疑いを持たれるのは痛いが、背に腹は代えられない。
たった今生きるか死ぬかの修羅場を潜り抜けた一刀達に、そんなことまで気遣う余裕もなかった。
正確に言えば、桃香の胸で癒された一刀には割と余裕があったのだが、現在の状況や場の空気を考えると「新しい槍だけ持ってきてよ。俺達、休憩してから勝手に帰るからさ」などとは、とてもじゃないが言い出せなかったのである。
桃香の申し出をありがたく受け、彼女達と共に帰路についた一刀達なのであった。
何十人も殺害した冷酷なマフィアのボスが、一方でユニセフに募金するように。
「もうお腹いっぱーい」などと言う女の子が、デザートのケーキは平らげるように。
どんなに疲れていても、どんなに大失敗を犯しても、一刀は万難を横に置いてでも向かうべき場所があった。
言わずともしれよう、祭の部屋である。
だが、そこには祭の他に冥琳の姿があった。
「久しぶりだな、一刀。実はお前に相談したいことがあってな」
「……とりあえず、2時間後にもう一度来てくれない?」
やはり一刀は侮れない。
最近交渉事での失敗を重ねた一刀は、今までの経験から『要求は端的に、折衝は粘り強く』という交渉のコツを学んでいたのだ。
だが相手は、呉を代表する軍師・周瑜を加護神に持つ冥琳である。
彼女の発言は、一刀のみみっちい交渉術など一気に吹き飛ばした。
「ふっ、一刀。なんなら2人同時にでも構わないのだぞ?」
そんな冥琳の言葉に、思わず自分の頬を抓る一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:15
HP:206/206
MP:0/0
WG:20/100
EXP:1513/4000
称号:連続通り魔痴漢犯罪者
STR:14
DEX:22(+3)
VIT:14
AGI:20(+3)
INT:16
MND:11
CHR:16
武器:アイアンダガー、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:70
近接命中率:59
遠隔攻撃力:88
遠隔命中率:57(+3)
物理防御力:61
物理回避力:76(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:4貫500銭