「兄ちゃん、ハードレザーベストが出来たよ! 着てみて!」
「うわぁ、お店で売ってるやつみたい。凄く上手に出来てるよ、季衣。兄様も良く似合ってますよ」
「ギルドショップの職人さんに色々教えて貰ってるんだ。有料だけど、なめしたり煮込んだりして貰えたし、助かっちゃった」
「ああいうお仕事も格好いいよね。私も今、素材を渡して防具を作ってもらってるんだ。早く出来ないかなぁ」
季衣の作ったベストは、皮でありながら鉄の刃すら防げそうな硬度を持つ『とかげの硬皮』が胸、腹、背などの主要部分に使用されていた。
針と糸では限界があったのだろう、ベストなのにリベットまで打ち込まれ、製作した季衣の苦労が偲ばれる。
「ありがとうな、季衣。BF11以降、敵が強くなってきて今までの装備じゃ辛くなってき……あっ!」
「えっ?! ベスト、なんか失敗しちゃってた?」
「……いや、そうじゃない。自分の間抜けさ加減を再確認しただけだ。6800貫って言わずに8000貫って言っとけば、装備も最高級に出来たなぁって」
「華琳さんなら、確かに1000貫くらい上乗せしても普通に払ってくれそうでしたもんね」
「それに、6800貫が上限だったとしても、それで先に装備を整えて依頼が終わってから改めて使った金額分を稼いだりとか、安全さを向上させる手段はいくらでもあったんだよなー」
「今更しょうがないよー。逆に華琳さんが『対価を支払う』って言った時に、とっさに6800貫を思いつかなかったかもよ。上を見たらきりがないって」
「そうですよ、兄様。それに、大金を持ったまま剣奴という弱い立場のままでいるのは、色々と危険だったと思いますし」
「まぁどちらにせよ、もう済んだことか。よしっ! 季衣からベストを貰ったことだし、今日はいつもより気合いを入れて迷宮探索するぞ!」
「頑張ろうね、兄ちゃん!」
季衣からのプレゼントで、狩りへのモチベーションが上がった一刀なのであった。
その張り切りが良い結果に繋がったのだろうか。
ワーウルフの眉間にダガーを突き立てようとした時、丁度溜まっていたWGの効果で敵の首筋に赤いポインターが点滅するのと同時に、腹の辺りに青いポインターが出現した。
(おお! 新しい必殺技か!)
早速試してみたくなった一刀は、青いポインター目掛けてダガーを突き出した。
ワーウルフの腹に突き刺さったダガーは、一刀の意思に因らず即座に引き抜かれ、1度目とは比較にならない速さで、そこと寸分違わぬ箇所を再度刺し貫いたのであった。
2回目の攻撃速度は、人間の限界を明らかに超えていた。
普通であれば腕の筋が千切れてしまっていたに違いないその動作は、恐らくシステム的な補助を受けられる仕様なのだろう。
一刀が特に負荷を感じることもなかった。
(今回の必殺技は2回攻撃か。格上相手にも使える必殺技が出来たってのは、重要だよな)
と、ステータスを確認する一刀には、嬉しい誤算があった。
武器スキルの説明文には『2~4回攻撃』と記載されていたのだ。
つまり今回はたまたま2回攻撃だったが、場合によっては4回攻撃してくれるということになる。
しかも瞬速を以てそれが実行されるとなれば、攻撃モーションの長さのために敵の攻撃を受けてしまうようなこともないだろう。
しかし、非常に使い勝手の良いスキルだと思われるそれを、一刀は素直に喜ぶことが出来なかった。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
デスでシザーなアレよりも更に香ばしい名称に、思わず鳥肌が立った一刀なのであった。
迷宮探索を終えた一刀は、狼の毛皮を届けるために桃香の実家へと向かった。
商店街で教えられた靴屋に入ると、カウンターには桃香が座っていた。
「あ、一刀さん。いらっしゃーい」
今日と明日はお休みなの、と言っていたから在宅しているとは思っていたものの、まさか店番をしているとは思わなかった一刀。
聞けば、桃香は一刀を待っていたのだと言う。
靴屋の娘さんとはいえ、桃香は探索者の中でもかなりの勢力を誇るクランのリーダーである。
その桃香が直々に自分のことを待っていたからには、なにか厄介な依頼でもあるのかと疑った一刀は、そんな自分をすぐに恥じることになった。
「見て見て、じゃーん! 桃香りんランドに、パンジーが咲きましたー!」
猫の額のような狭い庭に、鮮やかに色づいた花々。
桃香は、自分の趣味である園芸の成果を一刀に見て貰いたかったのだと言って微笑んだ。
「なんか一刀さん、初めて会った頃よりも疲れてるように見えたから。お花は元気をくれるんだよ。一刀さんも、元気が出た?」
えへへー、とアホの子のように笑う桃香。
だがその人を惹きつける魅力は、なるほど加護神が劉備だけのことはあると思わせる。
華琳、雪蓮に勝るとも劣らない人物であった。
「明日には完成するから」という言葉の通り、翌日の迷宮探索を終えた一刀が店を訪ねると、既に靴は出来上がっていた。
モフモフの表面は足首まであり、ショートブーツといった所であろう。
通気性を確保する工夫が随所に見られ、靴底も摩擦力に優れていた。
評価額10貫という、靴にしては破格の値段にも頷ける出来具合であった。
この日に靴が完成していたことは、僥倖であった。
なぜなら今日の迷宮探索で、遂に一刀のLVが14になったからである。
明日からBF13を探索しようと、既に仲間内で相談して決めていた。
この靴は必ず、更なる強敵に挑む季衣の力になってくれると確信した一刀なのであった。
そのまま『贈物』を貰うために神殿に向かった一刀。
神殿には、たまたま星が来ていた。
これは必ずしも偶然とは言えない。
先日『贈物』を貰ったばかりの星だったが、万が一の可能性に賭けて神殿で祈りを受けるために来たのであろう。
というのも、BF12までの探索とBF13以降の探索では、ある一点において天地の差があるためだ。
尤も、星のLVは13のままであったので、『贈物』は出現しなかったのだが。
星をして、それほどまでにBF13に備えさせようとしたもの。
それは、BF13以降は日帰りが難しくなるという事実であった。
地図上では、最短で2時間もあれば1フロアを踏破することが可能である。
行きで2時間、狩りで3時間、帰りで2時間の計算で日帰りすることは、要所に休憩時間を加味しても一見可能そうに思える。
しかし、実際には絵に描いた餅なのだ。
ネックはMPである。
実力的に圧倒しているのであれば、道中に使用するMPは抑えられるであろう。
だが実力が伯仲しており、更に遭遇戦になることを考えると、通常の狩りの時よりも遥かにMP消費量は激しくなる。
下手すれば、BF13に辿り着いた時にはMPが半分になっていた、という事態も考えられるのだ。
そうなれば、狩りどころの話ではない。
日帰りで深い階層を探索しようとするには、華琳のように魔術によるMP回復手段を持つか、『秘薬』などのアイテムに頼るかしかない。
穏が以前使用していた『活力の泉』は、『テレポーター設置クエスト』の時の様子から見ても燃費が悪そうだったため微妙であるし、第一まだ風や稟、桂花には使用出来ない。
尤もクエストの時、一刀はパワーレベリングに夢中で数値的な確認を怠っていたため、燃費が悪いのかどうかは正確にはわからなかったが。
つまり、現状の一刀達がBF13以降を探索するならば、泊まりは必須条件になるのであった。
星が見守る中、一刀に与えられた『贈物』は新たなボウガンであった。
ステータス欄に『バトルボウガン』と表示されたそれは、『スナイパーボウガン+1』よりも攻撃力が4高いものの、遠隔命中率+3は消えてしまっていた。
(正直、微妙だなぁ……)
若干ブルーになる一刀。
だが、ある可能性に思い当たった。
『スナイパーボウガン+1』の時は、いきなり石で強化してしまったせいで強化後の能力しか解っていない。
だが、遠隔命中率+3が石による強化の効果だったと考えたならば、同じ石を『バトルボウガン』に使用すれば、遠隔命中率+3は保持されることになる。
そうなれば、決して微妙な『贈物』などではない。
しかし、その可能性は高いものではない。
なぜなら、『ポイズンダガー』を強化した際の純粋なステータス変化は、攻撃力が1アップしただけであるからだ。
星の言葉から、防御力ダウン効果が増したらしいことも推測出来たが、そちらは確定事項ではない。
わからないことは試してみるのがゲーマーの心意気。
祭に手入れを教わっていたおかげで、使用して1ヶ月半が経っても『スナイパーボウガン+1』の劣化はそれほど激しくない。
新品状態で評価額25貫だったボウガンが7.5貫という高値で売却出来たため、なんとか手持ちの金で武器強化の石を購入出来た一刀は、早速その石をボウガンに使おうとして思い留まった。
(もしかしたら、『ポイズンダガー+2』に出来るんじゃないか?)
仮にそれが可能であり、防御力ダウン効果が更に増したとしたら、そのメリットは計りしれない。
一刀は迷わず石をダガーに使用した。
だが残念ながら石は塵にならず、その形を保ったままであった。
期待が大きかっただけにがっかり感もかなりあった一刀だったが、気を取り直して石をボウガンに擦りつけた。
今度こそ石は粉微塵となって跡形もなく消え去り、一刀の手には『バトルボウガン+1』が残された。
そしてその性能は、一刀の狙い通りに遠隔命中率+3が付加されていただけではなく、攻撃力自体も1アップしていたのであった。
一刀に『贈物』が与えられたことを我がことのように喜ぶ星に誘われて、一刀はそのまま飲みに出掛けた。
星の行きつけだというその店には紫苑と、そしてもう1人見知らぬ女性の姿があった。
大きく『酔』と書かれた肩当てを身につけたその女性は、その文字の通りに早くも顔を赤らめていた。
「こんばんは、星さん。あら、一刀さんまで。さ、どうそこちらに」
「ほう、お主が噂の一刀殿か。儂は桔梗という。璃々が世話になったこと、礼を言わせてもらおう」
「あ、ああ、大したことはしてないよ。それよりも、それ……」
一刀が目を奪われたもの。
それは桔梗が、なぜか飲み屋にまでわざわざ持ち運んできていた武器であった。
人目を引くような巨大な剣であったが、注目すべきところはそこではない。
その剣に取り付けられていたそれは、一刀にはどう見てもリボルバーにしか見えなかったのである。
「ああ、これは『豪天砲』じゃ。見事なものであろう。これを持っておれば、うっとうしい男共も寄って来ずに美味い酒が楽しめる」
(この世界、火薬なんてあるのかよ。というか、どう見てもこれは反則だろ……)
桔梗の『豪天砲』と、先ほど入手したばかりの『バトルボウガン+1』を見比べてしまう一刀。
自分の武器がとてもショボく見え、ショックを受ける一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:14
HP:192/192
MP:0/0
WG:55/100
EXP:92/3750
称号:巨乳ホイホイ
STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:16
MND:11
CHR:15
武器:ポイズンダガー+1、バトルボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、ハードレザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:71
近接命中率:55
遠隔攻撃力:85
遠隔命中率:53(+3)
物理防御力:60
物理回避力:72(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
インフィニティペイン:2~4回攻撃で敵にダメージを与える。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:700銭