一体どのような手段を用いて桂花を育て上げたのか、と一刀に問う華琳。
好奇心で爛々と目を輝かせている華琳を前にして、一刀は悩んでいた。
桂花の育て方を教えること自体は、特に問題がない。
しかし、なぜそんな方法を自分が知っているのか、ということを言及されると些か面倒なのである。
自身の特殊性についての秘密を守るということのみに着目すれば、最善手は沈黙であろう。
だが、有力者である華琳を敵に回す愚は避けたい。
それに星達にもそろそろ隠しきれなくなっている現状であり、ある程度の情報を公開する必要があると考えたのだ。
頭の中で、話していいことといけないことの判別をしている一刀。
その姿は、華琳からは勿体ぶっているように見えた。
苛立った華琳は、一刀に決断を促すために出し惜しみをしなかった。
「もちろんタダでなんて言わないわよ。貴方の出した情報に相応しいだけの報酬は必ず払うと、加護神・曹操様の名に賭けて誓うわ」
「……6800貫」
「貴様! 華琳様の言葉が信用できぬのか!」
春蘭が激昂するのも無理はない。
一刀が要求した金額は、閉ざされた都市・洛陽の限りある土地の中で、立派な一軒家が建てられるくらいの大金なのである。
季衣達の育った村くらいなら、村ごととまではいかないが、大豪邸に見渡す限りの田圃をつけてもお釣りがくる。
更に、一刀にそんな意図はまったくなかったが、一刀から金額の提示をするということは、華琳の報酬に対する判断を疑っていると取られても仕方がないのだ。
「春蘭、黙りなさい! 一刀、それだけの大口を叩く以上、最上級の情報だと思っていいのね?」
「……華琳、ひとつだけ聞いてもいいか?」
「何かしら?」
「初めて俺と出会ってから3ヶ月。その間に『贈物』は貰えたか?」
もちろん一刀には答えが解っている。
華琳のLVが変化していない以上、『贈物』を貰っているわけがない。
あえてそのことを問う一刀の狙い、それは自身の持つ情報の価値を高めることに他ならない。
一刀だって、自分の要求した6800貫が途方もない大金であることは理解しているのだ。
「……いいえ」
「俺が桂花に施した育成方法を知ることにより、なぜ華琳が3ヶ月間『贈物』を貰えなかったのか、『贈物』を貰うには具体的にどうしたらいいのか、ということに対するヒントを得ることが出来る、と言えばどうだ?」
「そんなことが可能なの?! ……一刀、もし貴方の言っていることが本当であれば、確かに貴方の提示した金額は妥当、いえ安過ぎるくらいよ。但し、1つだけ条件があるわ。貴方に渡された情報を買うのではなく、貴方からその情報の所有権を買うという形にしたいのよ」
その違いを即座に理解出来なかった一刀だったが、華琳が喰いついて来たことだけは間違いない。
この機会を逃すまいと、一刀は即座に華琳の出した条件を飲んだ。
「それじゃ、場所を移すわよ。私は大金を払ってるのに、他者が無料で話を聞けるなんて業腹だもの」
「あ、ああ! どこにでも行くぞ!」
こんなチャンスは、二度とないであろう。
この機会を逃さぬように限界まで情報を公開しようと脳味噌をフル回転させながら、華琳の後を追う一刀であった。
一刀が出した結論は、数式の公開に踏み切るという大胆なものであった。
なぜその結論に達したかというと、一刀の持つ知識は全て一刀自身の経験則に基づいて考えられたものであり、華琳にそれが当てはまるかどうかが不明だったからである。
無料であれば、『実力よりも下のフロアで敵に攻撃させれば、すぐに成長するということに偶然気づいたんだ』程度の話で誤魔化していただろう。
だが、この位の話で6800貫の収入が得られるとは一刀も思っていないし、話をボヤかすことによって情報の確かさが疑われては元も子もない。
だから一刀は、華琳の場合に当てはまるかどうかわからないことを念押しし、その代わりに理論立てて説明することで情報に信憑性を持たせようとしたのである。
ところが、問題が1つだけあった。
[2^(階層-LV)]×50/人数=取得EXP
という式の中には、一刀が公開出来ない情報が含まれている。
それはLVではない。
確かにLVは一刀だけにしか視認出来ないが、上記の式はこう置き換えることも可能なのである。
[2^(階層-今までに取得した『贈物』の数-1)]×50/人数=取得EXP
つまり、『贈物』総数+1=LVという概念を教えれば済む話なのだ。
理由付けなど、計算式を調べるために階層と『贈物』の数を一致させて敵の強さの基準とするためにLVという造語を作った、でも言えば説明がつく。
では何が明かせないのかと言えば、『50』という数値なのである。
なぜこの数値が一刀に算出可能であったのか、一刀には説明出来ないのだ。
ステータスが視認出来るということだけは、最後まで隠し通しておきたい秘中の秘なのである。
自身の特殊性を知られることにより、どんな危険が待っているか予測出来ないし、これが切っ掛けでゲーム云々の話が季衣達や祭にバレることだけは避けたかったからだ。
だが、ゲームシステム関連では一刀の頭脳は冴えわたる。
1つのゲームを、通常クリア、アイテムコンプ、レベルコンプ、縛りプレイと、まるで搾り尽くすかのようにやり込み、挙句の果てにはデータを解析、改造してチートプレイまで楽しんでしまう一刀にとって、この問題の解決は容易であった。
(LV+1)×250=LVアップに必要なEXP総量
EXP総量/取得EXP=敵数
という2つの式と連立させて50を変数αに、250を5αとしてαを消すことにより、階層とLVと人数と敵数だけの式を作り出した。
そして、『人数』とは『敵に攻撃をした、またはされた』という条件が付加されていることや、敵数が1を切る値になった時の補正式(余剰EXPの半分を取得出来るという話を、EXPを抜きで説明するための式)を付け加えて説明したのであった。
「……どうやって、こんな知識を?」
「自分の経験や、季衣達と組んだ時、璃々を育成した時の、それぞれが『贈物』を貰えた時の条件を解析しただけだ。桂花の育成の時もこの公式に当てはまる成長だったから、少なくとも『贈物』を貰った数が12個以下の探索者で、階層がBF12までなら間違いないと思う」
説明された華琳の脳味噌は、オーバーフロー寸前であった。
数式が理解出来ないという意味ではなく、自分も含めた人間の能力の成長があまりにもシステマチックだったことと、それを解析したと言う一刀の異常性に対してである。
なるほど、言われてみれば検証することは可能であろう。
しかし命懸けの迷宮探索で、一体誰がそんなことに気づくというのであろうか。
この男は、いつ何人で何体の敵を倒したのかを全て暗記していたとでもいうのか。
もちろん華琳だって明晰な頭脳の持ち主であるし、暗記しようと思えば可能である。
はっきり言えば、別に暗記しなくともメモに取れば済む話だ。
だがそんなことは、初めから世界法則がシステマチックなものであると解っていない限り、調べようとすら思わないであろう。
そして一刀の公式が、少なくともその方向性は正しい解であることもまた、華琳は理解した。
自身のここ1年を振り返ってみても、『贈物』を貰えた頻度は公式通りの傾向にあったのだ。
雪蓮達と合同でBF17へ挑んでいた頃。
『帰らずの扉』を開いた時点で、『贈物』の総数は16個であった。
一刀の造語に従えば、LV17ということになる。
加護を受けた後、雪蓮達がギルドに依頼を押し付けられる頻度が上がったため、合同で迷宮を探索する取り決めは破棄せざるを得なくなった。
それまでは雪蓮達と交代で荷物を持ったり睡眠を取ったりしていたが、それも出来なくなって、迷宮探索の効率が一気に下がったのである。
それでもバックパッカー屋に派遣を頼むことで、BF18までは攻略した。
そしてその頃には、洛陽中のバックパッカー屋に派遣を断られるようになっていたのである。
派遣されるバックパッカーは戦力外であり、戦闘中には守らなければならない。
しかし、たった3人のクランである華琳達には、彼等を完全に保護することは不可能だったのだ。
バックパッカーの死傷率が非常に高い華琳のクランには、相場の10倍を支払っても雇われる者がいなくなってしまった。
トライアンドエラーを繰り返して実力を身につけ、本格的にBF19に挑むようになったのも丁度その頃であった。
華琳達のクランは結果的に半年以上もの間、BF19で足止めされることになった。
いくら華琳達のLVが上がっても、荷物持ちがいなければどうにもならなかったのだ。
もちろんその頃には既に少数精鋭に限界を感じていた華琳は、自身のクランに招くことが出来るような優秀な人材を常に探していた。
だがなかなか良き人物には巡り逢えず、とうとう有用な人材を探すために奴隷市場にまで足を運ぶようになった華琳達は、そこで一刀と出会うことになったのである。
その当時で既にLV22に達していた華琳にとって、BF19は困難なフロアではなくなっていた。
それでも荷物の関係で探索に限界であり、BF20への階段を見つけたのは今から1ヶ月前のことだったのである。
苦戦したBF19とは異なり、BF20はあっさりと攻略出来た。
運良くBF20を攻略中の漢帝国軍精鋭パーティと合流出来たからである。
順調にBF21への階段を見つけ、つい先ほど漢帝国軍と合同での1週間の迷宮探索を終えたばかり。
それが今の華琳の状況なのであった。
「確かにその、LV、ですっけ? LV19になるまでの速度は速かったわ。そして、LV20、21、22と倍々で遅くなっていった。ずっとBF19を探索していたのだから、一刀の公式にあてはめるとLVが上がる毎に倍の敵を倒さなくてはならないのだもの、それも当然よね」
「俺の情報はこんなところだ。6800貫に足りたか?」
「お釣りが出るくらいだわ。一刀、このお金で自分と季衣達の身柄を買い戻すつもりなのでしょう? ギルドを出たら、うちのクランに来ない? 貴方達なら、最高の待遇で迎えるつもりよ」
あくまでもソフトに誘う華琳であったが、心のうちでは是が非でも一刀を獲得したいと思っていた。
『来ない?』などと気軽に言いつつも『最高の待遇で』と付け足す辺りに、華琳の心中を察することが出来る。
システマチックな世界法則と一刀の異常性に驚愕していた華琳の頭脳も、一刀の公式を自身に当てはめて検証しているうちに落ち着きを取り戻していた。
そうなれば、真っ先に思いつくが一刀の獲得だ。
まるでこの世界の住人ではないかのように、別視点から物事を見ている一刀の頭脳は、どんな宝石よりも貴重である。
古に伝わる仁神・劉備は軍師神・諸葛亮に対して、三顧の礼を持って自軍に迎えたと伝えられている。
華琳が一刀を求める気持ちは、その劉備に勝るとも劣らない。
だが、華琳はその気持ちを一刀には伝えられなかった。
一刀の発想力自体は華琳にすら真似出来ないが、自分こそが最も一刀の異才を有益に使えるという自負が、一刀に対して膝を折らせなかったのだ。
尤も、ここで膝を屈して教えを乞うような華琳であったならば、覇神・曹操の加護など得られなかったであろう。
そうである以上、このことに対する是非を問うのは無意味である。
そんな華琳の心境にはまったく気が付いていない一刀。
曹操の配下は無難そうでいて実は死亡フラグ満載だよなぁと思いつつ、一刀は気になっていたことを聞いた。
「まだ俺も季衣達も加護を受けてないんだぞ? 魏の陣営じゃないかもしれないじゃないか」
「それを言ったら、桂花だってそうでしょ。大丈夫、古の神々は常に我々の戦いを見守っているのよ。貴方達がウチに来るなら、間違いなく魏の武神・知神達が加護を与えて下さるわ」
「うーん、季衣達はそうかもしれないけど俺は男だし、有力な加護神を得る可能性なんて限りなく低いと思うぞ。本当に俺なんかが必要なのか? あぁ、後もう1つ。バックパッカーの派遣を断られたなら、桂花の時みたいに奴隷を買えばよかったんじゃないか?」
「その2つの疑問に対する答えは1つよ。例えバックパッカーでも、下らない人材はウチには必要ないの。もし一刀の加護神が有力でなくても、貴方だったらウチのクランに相応しいという思いは変わらないから安心なさい。その時は、バックパッカーとして存分に役立ててあげるわ」
バックパッカーは最高の待遇なのか?
と思わなくもない一刀であったが、なんの役にも立てないよりは遥かにマシである。
それに、クランに誘うためには隠しておきたいだろう事柄でも率直に告げる華琳の物言いは、一刀に好感を抱かせた。
ただこれは一刀が一人で決めていい問題ではない。
「うーん、とりあえず季衣達と相談してみるよ」
「そうね、そうしなさい。いい返事を期待しているわ。報酬はすぐに届けさせるから。あ、それとも直接七乃のところに持って行かせましょうか? 大金だし、万が一のことがあったら大変だものね」
「そっちの方がいいな。頼むよ」
「明日中には手配するから、明後日には自由の身よ。おめでとう、一刀」
「華琳と奴隷市場で交わした、『自力で剣奴から這い上がれ』って約束は守れなかったけどな」
「なに言ってるの。お金は私が出したけど、これは貴方自身の頭脳が生み出したものに対する報酬なのよ。たった3ヶ月で自分と2人の子供の身分まで買い戻したのは、誇っていいわ」
「ああ、ありがとう、華琳」
立ち去る一刀を見送る華琳。
その心中では、一刀はもちろん季衣達や星達までをターゲットに、自身のクランへ加入させる方策を練っていたのであった。
ところで、一刀が最後まで気づかなかった事柄がある。
『情報の所有権を買う』の意味についてだ。
別に華琳も、意地悪で具体的に言わなかった訳ではない。
一刀程の頭脳の持ち主であれば、当然言葉の意味を理解していると思ったのだ。
これはつまり、レベルアップ法則の公式について、華琳は一刀の許可を得ずに公開することも秘匿することも可能になるということである。
逆に所有権を売った一刀は、華琳の許可を得なければこのことを他人に明かすことが禁じられたことになる。
仮に一刀がこの情報を吹聴して回ったとしたら6800貫の価値がなくなってしまう以上、これは当然の措置であった。
そのことに気づかず、一刀が誰かに公式を打ち明けた時。
その時は華琳に、洛陽の律令に従って莫大な違約金を支払わねばならないということに、一刀はまだ気づいていなかったのであった。
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NAME:一刀
LV:13
HP:178/178
MP:0/0
WG:60/100
EXP:2574/3500
称号:巨乳ホイホイ
STR:14
DEX:21(+3)
VIT:14
AGI:19(+3)
INT:15
MND:11
CHR:15
武器:ポイズンダガー+1、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、ダッシュシューズ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:68
近接命中率:52
遠隔攻撃力:77
遠隔命中率:50(+3)
物理防御力:51
物理回避力:69(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:9貫600銭