広場に連れて来た奴隷達を、適度な距離を開けて整列させ、それぞれの目の前に値札を置いたら、あっという間に奴隷市場の出来上がりである。
一刀の前に置かれた値札には『80貫』と書かれていたが、それが高いのか安いのか、一刀にはわからない。
客達は気に入った奴隷がいたら、値札に上乗せした価格を書き足し、最終的に一番高い値をつけた者が、その奴隷を手に入れることになるのである。
奴隷にされると聞いた時には、ちょっと嫌だなぁとしか思わなかった一刀。
だが、実際に自分に値段が付けられて売り物にされてみると、それは一刀にとって耐え難い屈辱であった。
自分を品物のように観察する目。
自分を家畜のように体つきを確かめる手。
自分を人間として見ていない態度。
好きな言葉は『平穏無事』、座右の銘は『事なかれ主義』の一刀といえども、人は生まれながらに平等であると教えられてきた現代人である。
一刀にしては珍しく反抗的な態度(といっても、客を睨みつけるくらいであるが)をとり続け、それは諦めきって運命を受け入れている他の奴隷達の中で、一際目立っていた。
そして、そんな一刀を客達は敬遠したため、一刀にはなかなか値段が付かなかったのであった。
「……もしお前が売れ残ったら、覚悟しろよ。次の市まで、お前の立場ってもんをじっくりと教えてやるからな」
奴隷商人も、一刀の態度が目に余ったのであろう。
客に愛想のよい笑顔を向けながら、一刀だけに聞こえるように囁いた。
だが、心の中で怒り狂っている一刀にそんな言葉は通用しない。
後悔することになるかな、という考えが一瞬だけ頭を過ぎったがそれもすぐに消え去り、一刀はギラギラとした目で周囲を見渡していたのであった。
「……貴方、良い目をしてるわね」
そんな一刀に話しかけてくる客がいた。
大人になりかけの小柄な少女、という外見であったが、実際に向かい合った者には、その少女が小柄だなんて、とても思えないであろう。
その広場にいる誰よりも存在感があり、その場にいる全ての者を屈伏させてしまうような覇気を、その少女は持っていたのである。
NAME:華琳【加護神:曹操】
LV:22
HP:353/353
MP:95/132
雑誌に紹介されていた3人の主要人物の中でも、トップで能力値の高い少女であったが、そんなことは今の一刀には関係ない。
一刀は、あっちに行けと言わんばかりに華琳を睨みつけた。
それがますます華琳を面白がらせることになった。
「ふふ、男はウチにはいらないけど、1人くらいなら買ってもいいかもね」
「華琳様。こんな奴、どう見ても足手纏いにしかならないです。我等のクランには必要ありません」
「春蘭、もう少し遊び心を持ちなさい」
「いえ、華琳様。姉者の言うことは正論です。他はどうあれ、迷宮内においては遊び心など慢心と同じこと。油断は死に繋がります」
「……秋蘭までそう言うんじゃ、仕方ないわね。貴方、名前は?」
「一刀だ。そう言うお前は?」
一刀の奴隷とは思えない言葉使いに、注意すべき奴隷商人すら唖然として声も出なかった。
反問した一刀の言葉に、大笑いする華琳。
「ふっ、くっ、あはは! 私の名は華琳よ。一刀、貴方、この私と自分が対等だと思っているのね。本当に貴方は面白い、久しぶりに笑わせて貰ったわ。一刀、私のことは華琳と呼んでいいわよ」
「お前が俺を一刀と呼ぶ以上、そんなのは当たり前だ」
「ふっ。貴方を気に入ったわ、一刀。だから、私は貴方を買わない。自力でその境遇を脱して、私の所まで這い上がってきなさい。そして、貴方が口だけの男でないことを証明するのよ」
「言われなくても、そうするさ」
「ふふ、貴方と私が本当に対等になるその時を、楽しみにしているわ。せいぜい頑張りなさい、一刀」
一刀を殴り倒そうか、いや一応商品だし市が終わるまで我慢か、などと自身と相談する奴隷商人をよそに、上機嫌で立ち去る華琳を眺める一刀。
その傍で、一刀の無礼さに憤る春蘭と宥める秋蘭も、やはりハイスペックな能力の持ち主であった。
NAME:春蘭【加護神:夏候惇】
LV:21
HP:421/421
MP:0/0
NAME:秋蘭【加護神:夏候淵】
LV:21
HP:303/303
MP:0/0
彼女達は、売られている奴隷達を眺めながら批評をしていた。
「さっきの彼はある意味で面白かったけど、ウチのクランに招くような人材はいないわね」
「目ぼしい者は市の前にギルドが引き抜いているという噂は、どうやら本当のようですね」
「やはり良き人材は、迷宮内で探すしかな……春蘭、秋蘭、待ちなさい」
一刀からやや離れた所で足を止める華琳。
ゲームのやり過ぎで目を悪くしていた一刀だったが、この世界に来てから視力も回復したようで、華琳が誰に目を付けたかまでが、はっきりと見えた。
華琳に注視されていたのは、幼い顔立ちを猫耳フードに隠した、とても迷宮で生き残れるとは思えないような細く小さい体の少女であった。
NAME:桂花
LV:1
HP:13/23
MP:28/28
「この娘が欲しいわ」
「へい、現在買い手なし、元値は50貫です」
「倍払うわ。だからその娘を、すぐに売って頂戴」
「へ? そりゃまぁ、そこまでおっしゃるなら、こっちとしてもありがたい申し出ですからお受けしますけど、本当にこんな娘に100貫もいいんですかい?」
「いいのよ。秋蘭、払いなさい」
「……華琳様、この娘で本当によろしいのですね?」
「間違いないわ。いいから早くしなさい」
秋蘭は、100貫相当の宝石を都市から派遣された幾人かの宝石鑑定士に確認させ、奴隷商人に渡した。
これは珍しいことではない。
貨幣の最大が金貨であり、それが1貫であることから、大きな値が動く市などでは宝石を支払いに使用するのが通例であるのだ。
都市側も大きな市に鑑定士を派遣することでマージンが得られることから、それを推奨していた。
「いいか、お前。このお方は曹操様の加護を持つ、この都市でも有数の探索者だ。お前みたいなチビが生き残れるとは思わんが、せいぜいお役に立てよ」
ホクホク顔の商人とは対照的に、疑いの眼差しで桂花を見ていた春蘭。
如何にも弱々しい桂花の姿に我慢が出来なくなった春蘭は、思わず華琳に問い質した。
「華琳様、本当にコイツが、我等の探していた魔術師なのですか?」
春蘭のその言葉に、周り中の人々がざわめき出した。
ホクホク顔だった商人も、顔色を変えて桂花を凝視した。
「馬鹿ね、春蘭。言わなくていいことを……」
「そ、そんなわけあるか、こんなチビガキが魔術師だなんて。はっ、そんな間違いをするようじゃ、曹操様の加護も知れてるぜ」
春蘭を諭していた華琳は、そんな商人の言い草を聞き咎めた。
そして秋蘭が止める間もなく、神経を集中させた。
見る見るうちに華琳の体に光の粒子が纏わりつき、華琳は閉じていた眼を開いて呟いた。
≪-吸魔-≫
桂花から黒い光が湧き出て、華琳に流れ込む。
そのエフェクトは一刀以外にも見えていたようで、商人の顔色は一気に悪くなった。
華琳のスキルである『吸魔』は、魔力を持つ相手にしか発動しないことで広く知られていたのだ。
探索者ギルドが定期的に高い金を華琳に支払い、手持ちの奴隷に片っ端から吸魔を掛けさせて魔力のある者を探していたため、華琳のこのスキルは有名であった。
貴重な魔術師であれば、50貫どころか500貫、場合によっては1000貫でも売れたはずであるのだから、その商人の態度にも納得がいく。
「ふん。魔力の親和性が高い者同士は、傍にいるだけでお互いの魔力が反応し合うのよ。そんなことも知らず、自分の扱っている奴隷の価値もわからないなんて、奴隷商人として失格ね」
そう言い残して、華琳はその場を後にしたのであった。
それからも、時折やってくる客達を睨みつけて追い払っていた一刀。
尤もその客達とは、むっちりし過ぎた巨体でブフーブフーと息も絶え絶えのマダムであったり、妙にシナを作ってお姉言葉で話すジェントルマンであったりしたので、いつも通りの従順な一刀であったなら、色々な意味で危険であっただろう。
だが、客を追い払うたびに、奴隷商人の視線が険しくなってきていた。
このまま売れ残ったら、地獄を見ることになるであろうことは、一刀にもわかっていた。
最悪、次の市に出品されることもなく、そのまま処分されてしまうかもしれない。
(ふん、なるようになれってんだ!)
小心者こそ、キレると手に負えない。
すっかり自暴自棄になっていた一刀であったが、そんな自分に鋭い視線が送られていることに気がついた。
視線の主、それは雪蓮であった。
まるで自分を非難するようなその眼に、一刀は我に返った。
(そうだ、精一杯頑張って生き残るって、季衣や流琉と約束したじゃないか)
その舌の根も乾かないうちに、その約束を反故にするような自分の今までの態度に、一刀は青ざめた。
だが、そろそろ市も終盤に近い。
一刀の態度が悪いことも客達に知れ渡っており、今更反省したところで、既に手遅れであった。
そんな一刀の様子を見た雪蓮。
仕方ないなぁと苦笑いを浮かべ、雪蓮は連れの2人を一刀の元へと誘導した。
NAME:美羽【加護神:袁術】
LV:12
HP:149/149
MP:0/0
NAME:七乃【加護神:張勲】
LV:12
HP:266/192(+74)
MP:0/0
美羽も七乃も、LVが今までみた加護持ち達よりも明らかに低い。
しかも七乃のパラメータには、見たことのない補正がついていた。
雑誌には紹介されていなかったが、彼女達もまた主要人物なんじゃないかと思い、一刀は美羽達を注視した。
「美羽ちゃん、彼なんかどう? 私の勘だと、きっとギルドの役に立ってくれると思うわよ」
「ふむぅ、男じゃが……雪蓮の勘は馬鹿に出来ぬからのぉ。七乃、どう思う?」
「80貫くらい、美羽様の好きにしちゃっていいと思いますよ。ただ、この奴隷はさっきから反抗的だと評判悪いんですよねー」
「なぬ、妾は反抗的な奴隷などいらぬぞ!」
これまでの態度の悪さが、ここでも影響を及ぼしたかとがっかりする一刀。
そんな一刀を視線でなだめ、雪蓮はさらに一刀をプッシュした。
「まぁまぁ、美羽ちゃん。彼はなんと、さっき華琳ちゃんが目を付けたのよ。買いこそしなかったけど、あの華琳ちゃんのお手付きですもの。もしかしたらってこともあると思うし、たった80貫だし、お買い得だわ。もし美羽ちゃんが許可をくれれば、私が買ってもいいくらいよ」
「雪蓮のクランがこれ以上人数を増やすのはまかりならん!」
「わかってるわよ。自分が買えないから、美羽ちゃんに薦めてるんじゃない」
「ぬぬぅ、どうしたもんかのぉ……」
「……もし、華琳ちゃんが買わなかった彼を美羽ちゃんが買って、彼が万が一でも有名な探索者になったら、華琳ちゃん悔しがるでしょうねー」
この雪蓮の一言で、美羽は心を決めた。
「おい、商人! こやつは妾が買うぞ! よいな!」
「もちろんでございますとも、美羽様。探索者ギルドの長自らに買って頂いて、この者も幸せでしょう。おい、礼を申し上げるんだ!」
礼を言えと。
自分を物のように扱われた上、礼を言えと。
一刀は一瞬で頭に血が上った。
だが、それでも一刀には約束がある。
『また会えるよね』と笑顔を浮かべる季衣の顔。
『死なないで下さい』と涙ぐむ流琉の顔。
脳裏に浮かぶ季衣や流琉が、一刀の頭を冷やしてくれた。
行きずりも同然の自分に、ここまで良くしてくれた雪蓮の顔を潰すことは出来ない。
なによりも、二人との約束を裏切ることだけは、絶対にしちゃいけない。
「……か、買ってくれて、ありがとう、ございます」
「な、なんじゃ、そのブサイクな笑顔は。引き攣ってて恐ろしいぞ」
誓って言うが、美羽に悪気はなかった。
ただ素直に見たままを口にしただけである。
だが、一刀には美羽の言葉が、『奴隷の分際で礼のひとつも満足に言えないのか、このカスが!』という風に聞こえたのであった。
一刀はその場に土下座して叫んだ。
「買って下さって、ありがとうございます!」
「こっ、怖いわっ! もうよい、雪蓮、後は任せたぞ。妾は帰るのじゃ」
「あーん、美羽様、無邪気に残酷ですぅ。よっ、さすが美羽様! 冷酷姫! 可愛いぞっ!」
「う、む、そうじゃったか? ……わはは、そうであろ、そうであろ。七乃よ、もっと妾を褒めるのじゃ」
悔し涙を隠すための土下座であることは、美羽を除く全員がわかっていた。
美羽と七乃が去り、しばらくして一刀が落ち着いたのを見計らって、雪蓮が付いて来るように促した。
「……アンタには、またでかい借りが出来た。いつか、必ず返すよ」
「期待しないで待っているわ」
絶対に奴隷から脱してやる。
一刀は、そう心に強く誓ったのであった。
**********
NAME:一刀
LV:1
HP:8/28
MP:0/0
EXP:0/500
称号:なし
STR:6
DEX:8
VIT:6
AGI:7
INT:7
MND:5
CHR:5
武器:なし
防具:布の服、布のズボン、布の靴
物理防御力:17
物理回避力:9
所持金:0銭