星達が一刀の部屋に訪れた理由。
それは、稟が今日の迷宮探索でLVアップしたことに起因する。
もともと1000程度のEXPが溜まっていたLV11の稟は、星と一刀と3人でEXPを分け合う形となっているため、同じLV11の風達よりも一足早くLVアップしたのだ。
「まさか一刀殿と組んでわずか数日で、成長の証である『贈物』が頂けるとは思いませんでした……」
「それで今日は、その祝いをしようと思いましてな。一刀殿をご招待しにきたわけです。もちろん季衣達も一緒にな」
「さすがは『幼女ブリーダー』として名高いお兄さんなのですよー。……稟ちゃんはお兄さんの中では幼女だったのですか?」
「成長したのは稟自身の努力が実を結んだ結果だから! 幼女とか関係ないから!」
そう言った一刀であったが、彼自身の言葉よりも『幼女ブリーダー』『幼女アナライザー』としての異名の方が説得力があったらしく、星達には謙遜と受け止められてしまった。
「私は自身の能力向上が見込めるのであれば、幼女として振る舞うことも厭いません! ……一刀……お、お兄、ちゃん……」
「一刀殿を暫定リーダーに据えたのは、どうやら間違いではなかったようですな」
「風は立派な淑女ですから、お兄さんの能力の恩恵には与れないのですよー」
羞恥を堪えて一刀に呼びかける稟。
ウムウムと頷く星。
何を考えてるのかさっぱりの風。
季衣と小蓮の言い争いも激化しているようで、場はますます混沌としてきた。
自分の部屋の前で、これ以上の騒ぎは避けたかった一刀。
とりあえず祝いをしようと蓮華達に別れを告げ、星達とギルドを後にしたのであった。
星達が連れて来てくれた店。
それは洛陽でも有数の高級料理店であった。
「凄いー! ボク、満漢全席なんて初めて見たよー!」
「お、美味しい……」
季衣達が夢中になって食べている姿を、目を細めて眺めていた一刀に、稟達が声を掛けた。
「この店は、元は宮廷の料理人だった男が長安への遷都をきっかけに独立したらしいのです。尤も、この満漢全席はさすがに不敬にあたるため、皇帝が食するものとは別物なのだそうですが」
「そうなのか。それにしたって量といい味といい、俺達が今まで食べてたギルドの飯とは大違いだよ」
「ふふ。皇帝が長安に遷都した後も、洛陽が花の都であることには変わりないようですな。私達の旅の道中でも、ここまで洗練された味わいの食事などはありませなんだ」
「そっか、星達は大陸中を旅してたって言ってたっけ。星や稟はともかく、よく風が旅に付いていけたなぁ」
「むー? それは『幼女アナライザー』として、風の体力を見抜いたが故の発言なのですか?」
「違うって。常識的に考えて、だよ」
一刀の言葉に目を光らせた風。
さっと稟達に目配せをすると、そのまま一刀を質問攻めにした。
「ふむふむー。それではお兄さん、風の能力的な評価はどうなのですかー?」
「一刀殿は、本当に噂通り幼女の潜在能力がわかるのですか?」
「そういえば、稟が『贈物』を貰ったと聞いた時も、それが当然だというような反応でしたな。それに、我等の実力をたった1度確認しただけで、躊躇なくBF11を狩場に選ばれた……。もしや一刀殿は、幼女だけではなく我々の能力なども把握しているのでは?」
それは星達の溜まりに溜まった好奇心の発露であった。
今まではパーティ間の相互理解を優先していたため、自らの知的興味を押し殺していた3人であったが、最早我慢も限界だったのだ。
稟のLVアップの祝いというのも嘘ではないが、この席を設けた最も大きな理由は、こうして一刀に色々な質問をするためであった。
しかし、一刀の能力は恩人の雪蓮達にすら明かしていない秘中の秘なのである。
如何に好意を感じ始めている星達にとは言え、そう軽々しく話せるものではない。
そして、ここで大きな問題があった。
それは一刀の立場が『暫定』リーダーであることだ。
剣奴である一刀がリーダーになっているのは、星達が一刀の能力を試しているという側面が大きい。
依頼主である星達がいつまでも一刀の指示で動くということは常識的に考えてありえないし、ある程度慣れてきたら星達の方がリーダーシップを取るようになるのが自然な流れであろう。
また仮に星達が一刀の能力を認めて主導権を譲りたくなったとしても、やはり星達自身がリーダーシップを取るようにせざるを得ないのである。
なぜなら、2ヶ月後には一刀達とのパーティは解消する可能性が大きいため、その直後に3人に戻ることを考えると、ずっと一刀にリーダーを任せきりにするよりも、一刀がパーティにいるうちにそのやり方を真似て実践した方が、いざという時に安全であるからだ。
別に権力欲があるわけでもない一刀であったが、ここでネックとなるのは祭壇到達クエストには期限が設定されていることである。
その期限内にクエストをクリアするためには、各自のパラメータを視認可能な自分が主導権を握っていた方がベターだと考えていた。
そしてそのことを、現状では一刀だけしか理解していない。
即ち、一刀がクエスト達成までリーダーを続けるためには、星達に余程のメリットがあることを示さねばならないのだ。
稟のLVアップである程度の信頼は得られているが、一刀自身が言ったように稟の努力の成果でもある。
そのことは一刀もわかっているし、星達だって理解している。
つまり、全てに関して否定することは可能だが、それではいずれ暫定リーダーとしての立場を失う結果に繋がってしまうのである。
逆にここで自身の能力を一端でも明かせば、そのリスクと引き換えに、一刀がリーダーを続けることによる十分過ぎる程のメリットを星達に示せるであろう。
(本当の能力を隠したままでメリットを示すなんて、嘘を付いて騙しでもしなけりゃ無理だ……)
パーティの主導権を握るのは諦めて、質問は全否定しよう。
その結果、例えリーダーじゃなくなっても助言は出来るし、彼女達ならこっちの進言も受け入れてくれるだろう。
嘘をつくのを良しとしなかった一刀。
互いの命を預け合う迷宮探索に於いて、自身の全てを明かさないことだけでも引け目を感じていた一刀は、せめて仲間を騙すような真似だけは避けたかったのである。
尤も、対人スキルが未だに高いとは言えない一刀の嘘に、稟や風が素直に騙されるとも思えないため、この一刀の決断は正解であっただろう。
あった、ではない。
あっただろう、だ。
星達からの質問に即答せず、じっくりと考えながら言葉を選んでいる一刀。
その態度が、季衣達には一刀が星達の質問に答えたがっていないように見えたのだ。
(兄ちゃん、ボク達に任せて!)
(兄様、ちゃんと私達が誤魔化してみせます!)
季衣達は一刀にアイコンタクトを送ると、一刀が口を開く前に星達の質問に答え始めたのであった。
「兄ちゃんに、そんな便利な能力なんてあるわけないよ!」
「ふむふむー。それでは、巷の噂は嘘だったということなのですかー?」
「この噂があったからこそ、我等は一刀殿にリーダーをお任せしたのだがな」
「え、あ、違います! 兄様は人を見る目があります! リーダーには相応しいんです!」
「人を見る目というのはつまり、個々の才能を見抜く目ということではないのですか?」
「うむ。是非とも我々の潜在能力について、教えて頂きたいものだ」
「ダメだよ! 兄ちゃんは、えーっと、親しい間柄の小さい女の子の能力だけ、そう、それだけを見抜けるんだよ!」
「……それはまた、随分と特殊な技能なのですよー」
「ならば風、お主が見て貰うといい。一刀殿もお主であれば、文句はなかろう」
「だから、親しくないと無理なんです! つまり、その、兄様は、そう、視覚ではなく味覚で幼女の能力値を把握する技能の持ち主なんです!」
「なんと、味覚とな?!」
「それで先程は3人で裸になって……。なるほど、あれは一刀殿が2人を味わっていたのですか。確かにそれは親しい関係じゃないと無理ですね……」
嘘が嘘を呼び、更に嘘が塗り重ねられる悪循環。
ダメな嘘の見本の様な展開に、一刀は唖然とした。
季衣達が詫びるような視線を送ってきたが、ここまで来てしまっては今更上手いフォローも出来ない。
こうなったら運を天に任せ、自らの能力を明かすしかない。
一刀が自らの秘密を打ち明けようと、口を開いた瞬間のことであった。
その口を塞ぐように、自らの唇を重ねてきた者がいた。
「うむ……くちゅ、ちゅっ」
「むぐぐっ、うぅ、っぷは! 誰だ?!」
「ふふ、久しぶりね一刀。噂は聞いているわ。私のことは覚えているかしら?」
金髪の髪を左右で巻き、小さな体に不似合いの威圧感を放つ少女。
一度話したら二度と忘れることの出来ない存在感、一刀ももちろんその少女のことを覚えていた。
「……華琳か」
「そうよ。わずか2ヶ月で、ギルドから外に出てくるとは思わなかったわ、一刀」
「その前に、なんで俺にキスなんかしたんだよ! そんな間柄じゃないだろ!」
「あら、私は前に言わなかったかしら、貴方のことが気に入ったって。言っておくけど、この私が男に対してあんなことを言うなんて、後にも先にも二度とないわ。その言葉を、あんまり軽く受け取って欲しくないわね」
「だ、だからって、いきなりキスはおかしいだろ?!」
「それに横から話を聞かせて貰ったけど、貴方は味覚で人の能力を測るのでしょ? ならば口付けくらい交わさないと、私の能力が測ってもらえないじゃない。それとも、幼女の味しかわからないのかしら?」
目を細めて一刀を観察している華琳。
自身の能力を知ることより、一刀をからかうのが主目的であったのだろう。
その態度は、一刀の反応を明らかに面白がっていた。
だが、話はそれだけでは済まなかった。
華琳自身は注目されるのに慣れているため自覚してすらいなかったが、華琳は今この店内で最も注目を集めていた人物なのだ。
そんな彼女の発言は、即座に千里を走ることになる。
(おい、今の華琳様の発言を聞いたか? 味覚で幼女の能力を測るんだってよ!)
(あ! あいつ、もしかして『幼女アナライザー』なんじゃないか?)
(アナライザーってより、どっちかって言えばソムリエだよな)
こうしてまたひとつ、一刀の不名誉な称号が洛陽中に広まることになったのであった。
ところで華琳は初対面も同様の一刀に、キスをするためだけに話しかけてきたのであろうか。
そんなわけはない。
そもそも華琳は、一刀がギルドから出てきたという情報を得た時から、一刀の居場所を探させていたのだ。
そしてギルドではない場所にいることを確認し、わざわざ会いに来たのである。
つまり華琳は、偶然この場所にいた訳ではないのだ。
「実はね、貴方に依頼したいことがあるのよ、一刀」
「いや、それでもキスはおかしいだろ? キスっていうのは、もっと大切な人とするものであって……」
「いい加減にしつこいわよ、一刀。私は『加護スキル』のせいで、キスは慣れてるからいいのよ。貴方だって、私みたいな美少女にキスをされたんだから嬉しいはずだわ。ギルドから外に出られたご褒美だと思って、取っておきなさい」
強引にキスしておきながらその態度はどうなんだと思う一刀であったが、それを口に出さないのは賢明であった。
尤も、キスに否定的な一刀の言葉に少しずつ不機嫌になってきていた華琳の威圧感が増し、一刀に反論を口にする余裕がなくなっただけのことだったのだが。
華琳の要件。
それは、奴隷市場で一刀と出会ったあの時に華琳が買った奴隷、桂花の育成依頼であった。
「もともとは魔術師じゃなかった私には、彼女の育て方はわからないのよ。戦士だったら迷宮の奥に叩き込んで、戻ってきた者だけを育てるからいいんだけど……」
そこで『幼女ブリーダー』として弱者の育成で名を馳せた一刀の出番という訳である。
しかしギルドと仲の悪い華琳では一刀の貸出許可が降りず、こうして一刀が外に出てくるまで待っていたのだと言う。
「桂花は日々の努力もしてるし、何回か迷宮内も探索させたし、一度なんか私達と一緒に深い階層に潜らせてもみたんだけど、なかなか成長しないのよね。でも才能はあると思うのよ。魔術だって『地の鎧』と『癒しの水』が使えるし」
その華琳の発言で、大体のことは分かった一刀。
つまり桂花は敵に攻撃する術を持っていないのだ。
従ってEXPを取得するには、敵にタゲられるか物理攻撃を仕掛けるかしか手段がない。
『珍宝』を持っている一刀であれば、桂花を育成することは容易であろう。
だが、一刀は既に現在クエスト遂行中なのである。
余計なクエストは受注したくないし、普通の依頼人であれば二重契約は嫌がるであろう。
ここは華琳に桂花の育成方法を伝えて、お引き取り願うのが最善だと考えた一刀であったが、星達が口を挟んできた。
星達は普通の依頼人ではなかったのだ。
「義を見てせざるは勇無きなり! 一刀殿、困っている人に頼られたら、救いの手をさしのべるべきですぞ」
「私達も一刀殿の『幼女ブリーダー』としての実力を確かめることが出来て、一石二鳥ですし」
「それに華琳ちゃんは、洛陽でも有数のお金持ちなのですよー。ギルドでお兄さん達のレンタル料を200貫も取られて、風達が旅で得たお金も心許なくなってきているのです。現状で取得した収入はプール金に入れて6等分という約束ですから、風達の懐もホカホカになって嬉しいのですよー」
そして止めともいえるのが、華琳のこの発言である。
「報酬は1000貫でどうかしら。前金で500、後金で500。依頼内容は、桂花に加護を受けさせること。依頼失敗のペナルティは……二度と私の信頼を得ることが出来なくなることよ。それがどんな意味を持つことか、それすら分からないようであれば私の見込み違いってことね。……貴方には期待しているわ、一刀」
非常に面倒な依頼であった。
唯でさえ困難な祭壇到達クエストであるのに、更に負荷をかけるような真似を、しかも依頼人自身が課してくるのである。
だがそんな難題を前にして、一刀は挫けるどころか俄然として張り切り出した。
1000貫という目も眩むような報酬に、一刀は自分達の解放が絵空事ではないことを実感したのだ。
今回の報酬は6等分されるので、自分達の解放される額には全然届かない。
それでも6800貫が現実的な金額だと分かったことは、迷宮探索でモンスターを倒すことが半ば惰性になっていた一刀にとって、やる気を引き出すのに十分な事実なのであった。
(とにかく出来る限りLVアップをすること、まずはこれだけに集中しよう)
明日からも続く迷宮探索へ意欲を燃やす一刀なのであった。
**********
NAME:一刀
LV:12
HP:164/164
MP:0/0
WG:35/100
EXP:2453/3250
称号:幼女ソムリエ
STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:11
CHR:13
武器:ポイズンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:63
近接命中率:47
遠隔攻撃力:73
遠隔命中率:45(+3)
物理防御力:48
物理回避力:64(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:3貫600銭