一刀がショックを受けていようといまいと、夕日は沈むし朝日は昇る。
そして一刀には、過去を悔やむよりも前にしなければならないことがあるのだ。
それは、季衣達との幸せな未来を掴むことである。
一刀は胸のモヤモヤを心の隅に押しやり、今日も迷宮探索に挑むのであった。
一刀が狙いを定めたのはBF11である。
以前テレポーター設置クエストを受注した時に、テレポーターを設置する場所の候補がいくつかリストアップされていた。
そのうちの1つ、テレポーターから程近い場所に、それなりの広さの大部屋があった。
季衣達との3人パーティだった時は、複数の敵に襲われないように広い場所を拠点にするのは避けていた一刀であったが、今は星達のパーティがいるためにその心配はいらない。
大部屋は狭い場所に比べて、今の一刀達にとって必須とも言えるメリットがあるのだ。
一刀が敵を選んで釣れるという、大きなメリットが。
「星、稟! マッドリザードが行くぞ!」
「応!」
「はいっ!」
≪-拘束の風-≫
稟の魔術で、マッドリザードの動きが鈍くなる。
すかさず退避する稟を庇うようにして、星がモンスターの正面に立って待ち構えた。
マッドリザードの噛み付きを槍の石突きで受け止めた星は、その勢いを利用して槍を反転させ、槍頭でマッドリザードの頭部を薙ぎ払う。
星の手槍は長さ160cm程度であり、戦場で使用するための槍よりもかなり短いが、それでもかなりの重量がある。
斬撃としては薙刀などに比べて刃に反りがないため切断能力は劣るが、その重さを利用して叩き斬るような使い方が可能なのだ。
頭部を切断こそされなかったが衝撃ダメージを受けたのであろう、マッドリザードの動きが更に悪くなった。
背後から近づくと尻尾による攻撃を受けるため、側面に回り込んでダガーを振るう一刀。
星と呼吸を合わせながら数回斬りつけて様子を見る。
槍の攻撃はダガーに比べて遥かに攻撃力があるようで、星が何度か突き技を放つとマッドリザードのNAMEが黄色から赤に変わった。
「後は任せた!」
「承った!」
戦いを続ける星と、ボウガンをセットしながらその場を離脱する一刀。
今度はオークに向かって矢を放つと、季衣達の待つ一角へと走った。
≪-拘束の風-≫
風も稟と同じ魔術を唱え、すぐさま退避する。
今度は流琉が風を庇う役割をし、背後に回った季衣を守れる位置で一刀はダガーを振るった。
WGが100になり、獣人系モンスターであるオークの首筋にポインターが見えるが、一刀はそれを無視してダガーを突き出す。
やがてオークのNAMEが赤になったところで、やはり季衣達に後を任せて一刀は戦いの場から離脱した。
WGが溜まったら、さっきまで避けていたハイオークを殺すチャンスである。
ボウガンを使わずにすぐそばまで駆け寄った。
近づいて来る一刀にハイオークが気づき、呪文を唱える。
しかし一刀は全く躊躇せずにハイオークの懐に飛び込むと、その首すじのポインターに向けてダガーを一閃した。
ハイオークの首は口をモゴモゴと動かしたまま、宙を舞うことになったのだった。
だが、ボウガン無しで無理やりハイオークに駆け寄った弊害が出てしまった。
ハイオークの傍にいたワーウルフが一刀の存在に気づき、襲い掛かって来たのだ。
一刀はボウガンで牽制して全力で逃げたが、ワーウルフの足は速い。
たちまち追いつかれ、その手斧を一刀に向けて振るったのである。
以前の一刀であれば、その攻撃を避ける術はなかったであろう。
しかし今の一刀にはどの辺りに攻撃が来るのかが、背中に目が付いているかのように良く分かった。
回避+18の効果が、敵の攻撃に対する知覚という形で現れたのである。
一刀は斧が空気を切り裂いている感覚を、はっきりと感じ取れていたのだ。
斧の軌道を回避するように走る方向を変え、星の元へ全力疾走する一刀。
「星、稟! お代わりを持って来たぞ!」
「こちらはまだまだ余裕ですぞ、一刀殿」
「私も全然いけます!」
「兄ちゃん、こっちだって敵が足りないくらいだよー!」
「そうですよ兄様! こっちにもどんどん送ってください!」
「……ぐぅ。おお、暇なのでついウトウトと、失敗失敗」
彼女達の威勢の良さに、元気を分けて貰えたような気がした一刀なのであった。
一刀の考えは単純である。
魔術系モンスターが怖いのであれば、まともに相手をしなければ良いと気づいたのだ。
そのために必要な条件は2つ。
1つ目は、敵を選べるだけの広さを持つ拠点であること。
今までは敵の数に押されてしまうため、広い場所を拠点に選ぶのは不可能であった。
だが星達が加わったことによって敵の殲滅速度が増し、仮に複数の敵が相手となっても2パーティで分け合えるため、拠点として選択可能になったのである。
2つ目は、魔術系モンスターであるハイオークよりも一刀の方が強いこと。
デスシザーは格下の獣人系モンスターにしか発動しないため、更に深い階層に行くには一刀のLVアップが必須条件となる。
そしてその問題は、一刀が両方のパーティの釣りをすることによって解決した。
2パーティ分を合わせたEXPを一刀が取得することで、自身の急速なLVアップを図ったのである。
NAME表示でハイオークと普通のオークの区別がつく一刀であれば誤認の心配もないし、戦闘速度のコントロールも出来て一石二鳥であった。
仮に星達がLVやEXPを視認出来るとしたら、理性では納得しても感情では不公平さを感じたかもしれない。
実際に一刀も、自分ばっかり悪いかなぁという気持ちがあった。
だが一刀のLVが上がって深い階層に行くことが出来れば、今度は星達がパワーレベリングされる側の立場になるため、平等にEXPを得るような戦闘方法にするよりも効率的であろうと考え直したのである。
稟と風には1戦闘に1回だけ『拘束の風』を唱えて貰うことでMP消費を抑えた。
璃々に貰った人形の使用も考えたが、雪蓮の『火弾に比べて格段に威力が弱い』という言葉にひっかかりを覚えていたのである。
『火弾』自体が『魔術レベル1』の魔術であり、名作RPG『クエクエ』シリーズでいう『ラメぇ』のようなものなのである。
璃々のLV上げの際に最も頻繁に使わせた『火弾』であったが、一刀にはまったくダメージが入っているようには見えなかった。
『火弾』ですらそうなのだから、それより格段に弱い威力など話にならない。
お守り代わりに今でも迷宮探索のお供にしてはいたが、実用性は皆無だと一刀は思っていたのであった。
それにわざわざ人形を使用せずとも『魔術レベル1』の呪文は、『魔術レベル3』の稟達であればMP2で使用可能なため、MPの半分を探索終了の目安としても、稟で約30回唱えることが出来る。
仮に1戦闘を5分として、休憩を入れて1時間で10匹倒す計算だとすれば、3時間の戦闘持続能力があると考えられる。
それだけあれば、LV上げには十分である。
しばらく様子をみて余裕があれば、『土の鎧』辺りを星や流琉に掛けてもらうことによって、更に効率が増すであろう。
BF12以降は適切な場所を探す手間がかかるが、それでも2ヶ月あればこのやり方でLVアップすることにより、『試練の部屋』の突破も可能だろうと考える一刀なのであった。
祭壇到達クエストを受注してから数日が過ぎ、ようやく一刀達に新しい部屋が用意された。
誰しもが予想した通り3人部屋であった。
断っておくが、一刀自身は個室がいいと主張したのだ。
だがそんな一刀の主張など、嵐の前の水鉄砲のようなものであった。
「兄ちゃん、ボク達と一緒の部屋じゃ……ぐすっ、嫌だったんだ」
「折角……買った……ベッド……高かった……キングサイズ……」
涙目で一刀に訴えかける季衣と、俯いてブツブツと呟く流琉に、一刀は無条件降伏したのだ。
それでも新しい部屋は、今までとはかなりの違いがあった。
良い方を挙げれば、なんといっても広さである。
今まで2人部屋を3人で使用していただけあって、それなりに窮屈であった。
流琉のベッドが搬入されてからは、尚更である。
悪い方を挙げると、剣奴用の食堂が利用出来なくなったことである。
いや、一応これまで通りに利用可能なのだが、この状況下ではさすがに止めておいた方が無難であろう。
ギルド職員や雪蓮達用の食堂などはない。
ちょっと外に出ればいくらでも食べるところがあるし、特に探索者は食事時間が不規則なため、時間に縛られてて管理されている剣奴達とは違い、食事の用意をしておくのが難しいのである。
つまり一刀達は、日々の食事代が必要となってしまったのである。
武器・防具の購入や補修を考えると、手持ちの25貫ちょっとで2ヶ月持つか微妙なところだ。
一刀は星達に頼みこんで、解散時に6等分の約束だったプール金を『週に1度、プール金の半分を6等分』という仕組みに変更して貰ったのであった。
金の問題が片付いたら、後は装備の問題である。
一刀がアイアンダガーに交換してから1ヶ月ちょっとが経ち、そろそろ刃毀れが目立つようになってきた。
ブロンズダガーの時は3週間で使用限界になっていたことを考えると、良く持っている方であろう。
無理をすればもう1ヶ月は使用出来ると思われるが、一刀はこのダガーを予備に回して、より高性能な新しいダガーを購入しようかと考えていたのだ。
予備の必要性は前からずっと考えていた一刀であったが、もう1本アイアンダガーを買わなかったのはこのためである。
ギルドショップでチェックしていた高性能ダガーもあったのだが、一刀はたまたま入った町の武器・防具屋で見つけたダガーに、一瞬にして心を奪われた。
それは毒属性のダガーであった。
アクションゲーム『ハンハン3』をやり込んでいた一刀にとって、毒属性ダガーと言えばゲームに登場するプリンセスナイフなのである。
育てるとクイーンナイフまで成長するその武器を、一刀は愛用していたのだ。
(ゲームの世界なんだし、趣味に走っても……いいよな?)
星のお陰で最低でも2ヶ月間は金に困らない目途が立った一刀は、衝動的にそのダガーを買おうと手に取り、そして硬直して冷や汗を流した。
なんと、20貫という値札がついていたのである。
ポイズンダガーは、外見的にはアイアンダガーと余り変わらない。
刀身がわずかに青緑色に鈍く輝いているくらいの差異である。
だが、製作工程はアイアンダガーと比較にならない程、手間がかかっている。
鍛造するところは同じであるのだが、ここで普通のアイアンダガーは内部応力除去のために焼鈍するだけである。
ポイズンダガーはここで硬度アップのために焼き入れ焼き戻しを行うのである。
アイアンダガーだって焼き入れ焼き戻しが出来ないわけではない。
しかしその熱処理だけでは、硬度と引き換えに粘りがなくなり脆くなってしまうのだ。
ではなぜポイズンダガーならば硬度アップの熱処理が可能なのかといえば、鍛造する材料に既に毒素という異物を混入させることにより、熱が芯まで伝わらなくなるからである。
そのため表面は硬くて芯が粘り強いダガーになるのだ。
仕上げに、毒素と鋼をブレンドした特殊な材料で表面処理まで施してある。
鍛冶屋と錬金術師が総力を挙げて製作した、最高級の1品なんだ。
この品物がわずか20貫なんて、格安過ぎて私ら明日にでも首を釣らなきゃならないよ。
しかも現品限りの品なんですよ、お客さんも本当にお目が高い!
などと店長に言われ、理屈はさっぱりわからないものの、価格がアイアンダガーの4倍もすることにひとまず納得した一刀。
そのまま言いなりになって購入せず、まず装備させてくれと店長に頼むことが出来たのは、一刀の対人スキルの成長分であろう。
装備してステータスを確認したところ、攻撃力はアイアンダガーに比べて3上昇していた。
とてもではないが、値段に見合っているとは言い難い上昇値である。
だが攻撃力があまり上昇しない分、もしかしたら毒効果に期待が出来るのかもしれない。
(俺はただ、敵のHPが地味に減っていくのが好きなだけなんだ……)
ただそれだけのために20貫。
買った直後から後悔してしまいそうな武器だったが、一刀は我慢出来ずにポイズンダガーを購入してしまったのであった。
ところが、ここで予期せぬ問題が起こった。
新しく買った毒ダガーと今までのダガーを腰の左右にぶら下げた一刀は、自分のステータスを視認することが出来なくなってしまったのである。
どちらかのダガーを腰から外すと、ステータス画面は復活した。
(バグか? ……あ! 実際のゲームでは、近接武器の装備欄が1枠な仕様なのか、もしかして)
1枠の仕様のところに2つの近接武器を入れようとしたから、表示が消えてしまったと仮定して、それでも予備の武器を装備した方がメリットがあるかどうか。
自分のHPやMP、WGを戦闘中に確認出来ないのは痛すぎるため、どう考えてもデメリットの方が大きい。
幸いなことに、鞘ごと手に持っている状態だと装備品ではなくてアイテムと見做されるようであり、一刀のステータス画面には影響がない。
なので、季衣達の武器の中に入れて貰うなりすれば、持ち運び自体は出来そうである。
人形も腰にぶら下げているが、これは元から装備品ではないためであろう、特にステータス画面への影響はなかった。
ふと思いついて、店のブロンズボルトを借りて、アイアンボルトに混ぜてベルトに収納してみたところ、これもステータス表示が消えてしまった。
更に、腕輪を借りて『回避の腕輪』を付けている方と同じ腕に装備してみると、やはりステータスは表示されなくなる。
反対側の腕であれば、問題なくステータス画面が現れることから、腕輪の装備上限はシステム的に2個だと考えられる。
それ以上装備して効果が累積するのかどうかは、ステータス画面が消えてしまうので確認出来ないが、ゲームシステムが強く反映されるこの世界では、累積される可能性は低いと考えざるを得ないし、仮に累積されたとしてもステータス表示を最優先にすべきであろう。
(まぁ、指輪や腕輪をじゃらじゃらと身に着けるつもりもなかったけどさ……)
それ以前に、現段階では貧乏過ぎて装備品の取捨選択も出来ない。
早く金に不自由しない身分になりたいと思う一刀なのであった。
金。
それはリアルにおいてもこの世界においても、最も重要なものである。
もちろん金では買えないものも存在するが、金が無くてもいいという話とはイコールで結ばれない。
この日、一刀は季衣や流琉にお説教をされてしまったのである。
「兄ちゃん、毎日湯屋に行くのは贅沢し過ぎだよ」
「そうですよ、兄様。私達はお金を貯めて、自分達の身を買い戻さないといけないんですから」
季衣はともかく、巨大ベッドなんかを購入した流琉には言われたくなかった一刀。
風呂は命の洗濯なんだと、一歩も譲らない構えをみせた。
「季衣だって、外に出られるようになった途端、ダンゴの買い食いなんかしちゃってるじゃないか。何本買ったんだよ、それ」
「30本だけだもん! 1本10銭なんだから、300銭しかかかってないもん!」
「安い定食屋で普通に食って50銭だけどな……」
「それでも、兄様の通っている湯屋は一回500銭、そこでお酒を飲んで食事もしたら1貫を超えちゃいます。それを毎日は、さすがにどうかと思います」
「わかった、こうしよう。普段は湯屋で食事をしない。それならいいだろ?」
季衣達の言葉は、一刀の無駄遣いに対する忠言である。
それに対して、自分の取り分からの出費なんだから別にいいだろ、などと言わないだけの分別はあった一刀。
だが、風呂の気持ちよさを思い出した一刀にとって、今更水浴びに戻すことはかなり辛かった。
「もう、兄ちゃんがこんなにお風呂好きだとは思わなかったよ」
「そうだ、季衣。湯屋通いを週に1回にしてもらう代わりに、残りの日は部屋で盥にお湯を貰ってきて、私達が兄様を洗ってあげようよ!」
「あ、それいい考えだね。いつもボク達ばっかりマッサージして貰ってるし、お礼に綺麗にしてあげる!」
兄様のために、いい提案が出来た!
兄ちゃん、喜んでくれるかな!
季衣達に、子犬のような眼を向けられた一刀。
どうやって彼女達を傷つけないようにお断りさせてもらおうかと、頭を悩ます一刀なのであった。
**********
NAME:一刀
LV:12
HP:164/164
MP:0/0
WG:15/100
EXP:2012/3250
称号:幼女アナライザー
STR:12
DEX:16
VIT:12
AGI:14
INT:14
MND:11
CHR:13
武器:ポイズンダガー、スナイパーボウガン+1、アイアンボルト(100)
防具:避弾の額当て、レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト、蝙蝠のマント、回避の腕輪
近接攻撃力:63
近接命中率:47
遠隔攻撃力:73
遠隔命中率:45(+3)
物理防御力:48
物理回避力:64(+18)
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
ホーミングブラスト:遠隔攻撃が必中になる。
所持金:3貫900銭