「えーと、つまり璃々は、俺達と一緒に迷宮探索をしろって言われたの?」
「うん! 璃々が頑張ったら、早くお母さんと会えるようになるんだって! ……でもちょっと怖いよぉ」
「大丈夫だよ、兄ちゃんがついてるもん!」
「そうだよ、璃々ちゃん。兄様がちゃんと守ってくれるし、それに私達もいるから安心して」
要領を得ない子供達の話をなんとかまとめると、つまりそういうことであった。
季衣と流琉の自分を信頼してくれている言葉は嬉しかったが、これまでの探索が順調過ぎたせいで2人が迷宮を甘く見過ぎているような気がすることに引っかかりを覚えた一刀。
だが、今はそんなことより璃々である。
NAME:璃々
LV:1
HP:16/16
MP:15/15
珍しい魔力持ちだったことが、きっと璃々の運命を変えたのであろう。
だが、この璃々のHPの低さを見る限り、迷宮探索など無謀もいいところである。
一刀は子供達を残し、単身で七乃の元に向かったのであった。
七乃から聞いた所によると。
先日一刀も巻き込まれた、BF5のテレポーターに押し寄せてきた大量のBF6モンスターの群れ。
そのきっかけとなった、テレポーターに逃げ込んできた探索者、彼こそが璃々の父親であったそうだ。
彼は、小屋の前まではなんとか辿り着いたものの、そこで力尽きて亡くなってしまったらしい。
そもそも璃々の両親は、夫婦で探索者をしていた。
どちらかと言えば弓手である妻の方が有名であり、彼女であればいずれは加護を受けることが出来るのではないか、有力な加護神がつくのではないかと評判であった。
そんな妻との実力差が、日に日に開いていくような気がしていたのであろう。
男は、自分が妻の足を引っ張ってしまうことを恐れた。
そしてその差を少しでも埋めるため、男は妻に内緒でソロでの迷宮探索に挑んだのである。
それだけを聞けば美談と言えるかもしれない。
だが、結果は最悪であった。
探索者がテレポーターに逃げ込んだ際に発生する被害、それは全てその探索者に請求される。
小屋が壊れたら、修理費を。
剣奴が死んだら、補償費を。
連れてきた敵がBF6のモンスター達であったため、その時の被害は軽いものではなかった。
剣奴が自身を買い戻すためには、買われた時の値段の10倍を支払わねばならない。
死んだ剣奴に対する補償費は、それよりマシな額ではあったが、それでも総額で2000貫の被害請求が為されたのである。
誰に請求が為されたのか。
夫が亡くなっている以上、当然妻と娘にである。
妻は、探索者の中ではそこそこ有名だとはいえ、現時点では加護なしの一探索者。
ギルドに請求された金額を払えるわけもなかったのであった。
「普通ならそこで母は剣奴にして、娘は奴隷として競売にかけるのですが、それでは2000貫には全然足りません。お母さんの方、紫苑さんと言うのですが、その方も実力はあるのですが、若干歳を取り過ぎていますし」
「でもさっきの話じゃ、有力な加護神を得られるかもって評判なんだろ? それなら多少歳を取っていたって、2000貫くらい稼いでくれるんじゃないか?」
「そこで問題なのが、彼女は弓手として有名だということなんです。ご存じのように、ギルドの剣奴達はパーティではなくソロの集まりです。それは基本的に『優遇組』の人達も一緒なんですよ。まぁ、季衣さん達のようにパーティを組む人もいますけど、少数派ですね。なにしろ、それぞれ自分の身を買い戻すために皆必死なんで、パーティを組んでも利益配分で揉めて、すぐに解散するのが関の山なんです」
「つまり弓手である彼女は、ギルドでは活かしきれないってことか?」
「そうです。逆に探索者のままにしておけば、周囲の知人達の助力も期待出来ますし、剣奴にするよりもお金を稼いでくれるだろうと。だから娘さんを剣奴という名目で人質に取って、頑張って借金を返済してもらおうと思ってたんですよ」
ところが、その七乃の思惑を変化させる事態が起きた。
ギルドでは手持ちの剣奴達に対して、定期的に華琳の『吸魔』による魔力鑑定を行っている。
華琳に安くない額の依頼料を支払い、購入した剣奴に魔力を持つ者が紛れ込んでいないかを確認しているのである。
魔力を持つ者は貴重であり、1人でも見つけることが出来れば、その剣奴を転売してもよし育ててもよしで、華琳に支払う金銭を差っ引いても十分な利益が出る。
その魔力鑑定の場になぜか璃々が紛れ込んでおり、見事に引っかかった訳である。
「紫苑さんが確実に2000貫を稼いでくれるってわけでもないですし、魔力持ちなんだから自分で稼いで貰おうと思いまして。まぁ、保険のようなものですね。ただこういう場合、いつもは外部の探索者に依頼して育成をお願いしたりするのですが、璃々ちゃんが幼いために引き受け手がいなかったんですよ」
「そりゃそうだ。どうせ璃々が死ぬようなことになったら、莫大な違約金を請求するような仕組みなんだろ? でも、だからってなんで俺達なんだよ。ギルドには雪蓮達だっているだろ? 安全の確実性を求めるなら、俺達よりもうってつけじゃないか」
「雪蓮さんのクランにお願いするのは、こちらの事情で差し障りがあるんです。それに『幼女ブリーダー』として名高い一刀さんになら、私も安心して預けられます」
それまで真面目に話を聞いていた一刀は、七乃の言うとんでもない渾名に、思わず噴き出した。
「どんな噂だよ!」
「ご存じないんですか? 一刀さんは幼女を育てるプロフェッショナルだということで、剣奴達はもちろんギルド職員の間でも広まっているんですよ。実際に季衣さん達も、一刀さんとパーティを組むようになってから、メキメキと実力をつけていってますしね」
「それは季衣達のもとからの実力だ。璃々のような幼い子供に、迷宮探索なんて無理に決まってるだろ? そんな殺人と変わらないようなこと、俺は手伝うつもりはないぞ」
「……一刀さんに断る権利なんて、あると思ってるんですか? 言葉遣いはまぁいいですけど、立場まで私と対等だと思ってるなら、それは一刀さんの勘違いです。私はお願いしているんじゃなくて、命令しているんですよ。もちろん璃々ちゃんを死なせたら2000貫の借金は一刀さんに被って貰いますし、育成の結果を出せなければ相応の責任を取って貰います」
七乃の言い分はめちゃくちゃであった。
それでも、その無茶を聞かざるを得ない。
それが一刀の立場、奴隷の立場である。
だが季衣達とは違って、璃々は待っていれば紫苑がなんとかしてくれる可能性が高いのである。
それなのにあんな幼い子を迷宮探索に連れていって、危険に晒すことなど一刀には出来ない。
自分が責任を被ってでも、璃々は迷宮探索から外そうと考える一刀。
そんな一刀の思惑を察したのであろう七乃は、一刀に鎖を掛けた。
「もし一刀さんが結果を出せない時は、強制的に鍛えるしかないかもしれませんね。テレポーターの警備でもさせましょうか。運がよければ生き残って、稼げるようになるかもしれませんし」
その一言で雁字搦めにされた一刀は、少しでも璃々が生き残る可能性を上げるため、彼女を鍛えざるを得なくなるのであった。
魔力持ちであることがわかってから、璃々に魔術のことを教えていた冥琳という女性を七乃に紹介された一刀。
自分も魔術の話を聞くために、雪蓮のクランの一員だという彼女の部屋に向かった。
NAME:冥琳【加護神:周瑜】
LV:19
HP:249/249
MP:190/190
腰まで届く長い黒髪と、理知的な瞳。
そしてなにより、申し訳程度に両側を覆う服の中心で、その谷間と共に存在を誇示している2つの山脈。
(なんか、雪蓮のクランへの加入条件って、おっぱいのでかさなんじゃないのか?)
突然部屋を訪ねてきたにも関わらず、無言で不埒なことを考えている一刀。
そんな一刀に対して、冥琳は苦笑した。
「ふっ、そんなに胸を凝視してくる男は、随分と久しぶりだ」
「ご、ごめん、つい……」
「いや、雪蓮達から話は聞いていたからな。むしろ彼女達の胸には見惚れる癖に、私の胸を無視されることの方が屈辱的だ」
「どんな話を聞いてるんだよ!」
「ふふっ、内緒だ。さて、冗談はこれくらいにしよう。話とは、璃々の件だな?」
「ああ。そもそも俺、魔術なんて全然知らないんだよ。璃々とパーティを組む上でも、魔術のことはしっかり理解しておかないと、危険だからさ」
「ふむ、いい心がけだ。では説明してやるから、しっかりと聞く様に。後、授業中は私のことは先生と呼ぶのだぞ。ああ、普段は冥琳でいいからな。質問事項があれば、挙手するように」
もともと人に物事を教えるのが好きなのであろう、冥琳は楽しそうに魔術の講義を始めたのであった。
魔術は大きく分けて、2つに分類される。
太祖神から与えられた『コモンスペル』と、特定の加護神から与えられる『固有スペル』である。
加護を受けていない璃々は、今の所『コモンスペル』しか使用出来ないため、『固有スペル』については割愛する。
そもそも魔術自体が『三国迷宮』が出現した時に太祖神からの宣託により告げられた『コモンスペル』を使用出来る者が現れ、初めてその存在が確認されたものである。
今の所、魔術は資質のある者しか使用出来ず、その種類や使用回数は経験と共に増大することが分かっている。
基本的に魔術を行使するためには、資質のある者が数か月の修行を積まなければならない。
そうして、初めて魔術が使えるようになるのだ。
つまり、自身に資質があるかどうかを判別するためにも、資質のある者が魔術を使うためにも、そうやって修行を積むしかない。
だが、資質の確認に『吸魔』という裏技があるように、魔術の行使にも裏技があった。
魔力の近しいもの同士は、互いの魔力が干渉しあう。
その性質を利用し、相手の魔力を揺り起こす方法である。
これならば、数日もあれば魔術の使用が可能になる。
冥琳も、璃々の魔力をそうやって発露させたのだ。
最初のとっかかりさえ出来てしまえば、後は自身が経験を積むことにより、使用出来る魔術が増えていくのが感覚的にわかるということであった。
「太祖神に与えられた『コモンスペル』は4種類。『火弾』『癒しの水』『土の鎧』『拘束の風』だ。璃々は『火弾』と『土の鎧』の適正があった。経験を積めば残り2つも使えるようになるし、それぞれの上位スペルも使えるようになる」
「はい、先生! 『火弾』は攻撃スペル、『土の鎧』は防御力アップですか?」
「うむ、なかなか優秀な生徒だな。その通りだ」
冥琳の説明で、大体のことはわかった。
後は実際に使用させてみて、消費MPや威力を確認すればいいだろう。
礼を言って部屋を出ようとした一刀に、冥琳が声を掛けた。
「私には、精々このくらいのことしかしてやれない。あの子のことは、後はお前に託すしかないんだ。本当にすまない……」
「いや、気にしないでくれ。冥琳の知識を分け与えて貰っただけで十分だ。あんな小さい子を、みすみす死なせるような真似は絶対にしない。約束するよ」
「そうか……。ならば私は、お前を信じよう。わからないことがあったら、いつでも来るといい。『幼女ブリーダー』一刀よ、あの子のことは頼んだぞ」
「どこまで広まってるんだよ、それ!」
不本意な渾名のせいで、いまいち気合いが入らない一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:8
HP:112/112
MP:0/0
WG:65/100
EXP:60/2250
称号:幼女ブリーダー
STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:12
INT:11
MND:8
CHR:10
武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト
近接攻撃力:47
近接命中率:33
遠隔攻撃力:52
遠隔命中率:33(+3)
物理防御力:38
物理回避力:33
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
所持金:400銭