【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
追加された項目を見て、そのチープな技名に脱力していた一刀であったが、気を取り直して『武器スキル』について考察した。
LVアップと同時に追加されたものではないため、これは恐らく隠しスキルの関係であろう。
『武器スキル』という名から察するに、武器の熟練度が発生条件なのかもしれない。
「季衣、ちょっと『反魔』貸してくれ」
「いいよー」
季衣の鈍器を装備した一刀はステータスを確認し、どうやら自分の仮定が正解のようだと頷いた。
一刀のステータスから『武器スキル』の項目が無くなっていたのである。
ブロンズダガーを装備し直すと、消えた項目は再び追加された。
(確かに釣りにしか使っていないボウガンに比べてダガーの方が使用頻度は高いし、ダガーの方が熟練度も高くなるのは当然か……)
と、その時一刀は、ステータス画面にもう一つ項目が追加されていることに気がついた。
『WG:0/100』と表示されたそれも、やはり鈍器を装備すると消えてしまうことから、『武器スキル』に関連した項目であることは予測がついた一刀であったが、それ以上のことはわからなかった。
(それにしても、強敵相手にこそ必要な必殺技なのに、普通に倒せる格下相手が発動条件なんて、無駄スキルもいいとこじゃないか)
自分の『武器スキル』に落第点を付ける一刀。
だがその判断は、余りにも早計なのであった。
そのまま季衣達と狩りを続行した一刀は、すぐに『WG』がウェポンゲージの略であることに気がついた。
敵にダメージを与える度に、5ずつ値が増えていくのである。
(つまり、100貯めると必殺技が撃てるってことか……)
ゴブリンを相手に丁度『WG100/100』となった一刀は、相手の首筋で点滅している赤いポインターに可笑しみを感じていた。
醜悪な形相を歪ませて槍を振るうゴブリン。
口元から涎を垂らし、赤い口内を剥き出しにして気勢を上げているその様子と、ゲームチックなポインターの点滅。
そのギャップ差が、一刀に場違いな笑みを浮かべさせたのである。
思えば最近の一刀は、主に人間関係で非常にストレスを感じていた。
歩けば罵声を浴び、座れば揶揄され、息をすればいちゃもんをつけられる。
迷宮探索でも、季衣達の命を背負っているという自覚が、一刀にとっては精神的な重圧となっていた。
もちろん一刀は自分が季衣達とパーティを組みたくて組んでいるのだし、一方的なギブだけではなく安らぎというテイクも十分に受け取っているのだが、それでもストレスというのは溜まっていくものなのである。
そんな一刀に、この世界がゲームの世界であるという証拠のような安っぽいポインターの点滅が、心のゆとりを与えたのだ。
それは所詮ゲームだからと迷宮を甘く見るような気持ちではない。
夢中で。
楽しんで。
真剣になって。
一刀は、今までクリアしてきた数多くのゲームをプレイしている最中の、ワクワクした気持ちを思い出したのである。
いくら全ての感覚がデータ的に感じられるとは言っても、一刀は感覚を無くしたわけではない。
例えるのなら、表面的な自分の姿を内側から操っているような感覚であり、表面的な自分が得た感覚が、ワンクッションおいて伝わってくるようなものなのだ。
従って、敵に殴られれば痛いし、長時間戦えば疲れるのであるが、それを人ごとのように客観視出来るから耐えられるのである。
そんな一刀にとって、迷宮探索とは楽しいばかりのものではなく、むしろ逆であった。
確かに自分の成長具合が目で見てわかるというのはゲーム好きの一刀にとっては夢中になれる要素であったが、もしLV上げをしなくて季衣達と一緒に無事に生きていける環境であれば、一刀は迷宮探索をしようとは決して思わないであろう。
だが、ゲームを楽しむ気持ちを思い出した一刀にとっては、この迷宮探索も今や越えるべき山のひとつであった。
(折角ゲームの世界に来たんだ。『三国迷宮』だって、完全攻略してやるさ!)
ゴブリンの首を跳ね飛ばしながら、一刀は不敵な笑みを浮かべたのであった。
いくらゲームが上手い一刀とはいえ、人間である以上失敗はする。
それは何度目かの釣りの時であった。
「すまん、季衣、流琉! 3匹来るぞ!」
T字路の影からやってくるオーク達に気づかず、その傍にいたマッドリザードに矢を射かけてしまったのだ。
複数のモンスターとの戦闘は初めてではない。
そういう時は、季衣と流琉の2人で1匹ずつ倒していき、残りを一刀が相手にして時間を稼ぐという戦い方をしていた。
最高で4匹のモンスターと戦ったことがあったが、それはまだBF5での出来事であったし、一刀はその頃も今と同じLV7であったため、季衣達が1匹を倒す間に残りの3匹を相手にしても辛うじて場を持たせることが出来た。
それでも手持ちの回復薬は戦闘中に使い切って、なおかつ戦闘終了後にはHPが残り2割程度になっており、本当にギリギリの戦いであった。
その時より数こそ少ないものの、相手はBF6のモンスターなのである。
さすがにまずいと思った一刀であったが、取得したばかりである必殺技・デスシザーに一縷の望みをかけ、季衣達にマッドリザードを相手取るよう指示を出して、自分はオーク2匹に向かっていった。
(ここはBF6、俺はLV7。この階のゴブリンは大丈夫だったんだし、コイツ等も格下なはず……格下のモンスターであってくれ……!)
2匹のオークを相手にし、防御よりも攻撃を重視してWGを貯めていく一刀。
見た目的にはゴブリンよりも強そうなオークであるし、ゴブリンはBF1から出てくるのに対してオークはBF6から出現するモンスターである。
同じフロアとはいえ、ゴブリンが格下であってもオークがそうだとは限らない。
唯一の希望は、ゴブリンとオークがほぼ同等のEXPを持っていることであった。
このフロアで3匹のモンスターを相手取るのは、今の一刀達にはかなり厳しい。
下手をすれば死人が出てもおかしくない状況であった。
敵の強さ=EXPでなければ、一刀達のパーティは破綻するであろう。
WGが100になり、一刀は祈る様な気持ちでオーク達の首筋を見た。
そこには赤く点滅する2つのポインターが浮き出ており、一刀は安堵する暇もなく流琉に声を掛けた。
「流琉! 今からそっちに敵を引っ張る! 10秒でいい、耐えてくれ!」
「え、え、え?」
心の中で詫びつつ、オーク達を流琉になすりつけた一刀。
流琉も戸惑いながらも一刀の期待に応え、3匹を牽制するように『葉々』を振り回した。
その隙にオークの後ろに回り込んだ一刀は、ポインター目掛けて腕を振るった。
なぜ一刀がこのような手間を掛けたのかと言えば、技の説明の中に『必中』の文字がなかったからだ。
必殺技である以上、出せば必中のような気もするが、もし防がれたらそこでENDである。
2匹を相手にして再度100までWGを貯めるのは、残りHP的に厳しかったのだ。
オークが動いたために首筋から狙いが逸れたものの、ポインターはあくまで必殺技を出す場所の目安であるのか、豚面の鼻から上半分を斬り飛ばして無力化した一刀は、すかさずもう1匹のオークを蹴り飛ばし、1対1の戦いへと事を運んだ。
1対1にさえなれば、戦闘中に回復薬を飲む余裕も出来る。
一刀は防御に徹して時間を稼いだ。
そして、しばらくしてマッドリザードを倒し終えた季衣達が一刀に加勢して3対1となり、ようやく最後のオークを倒したのであった。
「あ、危なかったー」
「本当。でも兄様の必殺技のお陰で、なんとかなったね」
「うん! ボクも必殺技、欲しいなぁ」
「私も欲しい。季衣、一緒に何か考えようよ」
「ボク、兄ちゃんに負けないような、凄いのがいい!」
大はしゃぎしている季衣達に交じって、一刀もはしゃぎたい気分であった。
無駄スキルだとばかり思っていた自分の技が、こういう状況の打開にはうってつけであることがわかったからである。
(後は、技名さえ無難なのだったら、文句はないのに……)
デスとかシザーとかの必殺技っぽい響きが、やっぱり気恥ずかしい一刀なのであった。
しばらくして季衣達がLV7に上がり、少し経って一刀もLV8へと上がった。
苦戦したように感じたBF6であったが、季衣達がLV6になってからわずか1週間でLVアップを果たしたことになる。
2日の休みを挟んだので、実際に戦闘したのは5日であるが、季衣達がLVアップに必要なEXPは一刀がLV6だった頃と同じだと考えると1750である。
一刀が大体1戦闘につきEXP10を得ているので、季衣達の取得するEXPが20だったと仮定すると、BF6では約90回の戦闘を行ったことになる。
(季衣達みたいな子供に、ちょっと無理をさせすぎてるかな……)
とはいえ、自分達の安全に関わるため、LVアップは急務なのである。
その辺の兼ね合いを考え、今まで特に設定していなかった1探索あたりの戦闘時間や休息日などをきちんと決めなければと思う一刀であった。
身の安全に関わると言えば、LVアップと同じくらいに重要なのがゲームシステムに対する理解である。
一刀は今回のLVアップで、AGIが11→12に上がった。
そして、遠隔命中率が29(+3)→33(+3)になったのだ。
今までは大体において、攻撃力も命中率もLVアップ毎に3ずつ上がっていたのだが、たまに4上がることもあった。
また防御力はLVアップ毎に+1か+2の上がり幅であり、それぞれどういう法則なのかはわからなかった。
だが今回までのLVアップで、一刀は大体のところを掴んだのである。
どうやら攻撃力や命中率に関してはLV補正が1LV毎に凡そ+3、ステータス補正が2毎に+1であり、STRが近接攻撃力、DEXが近接命中率、AGIが遠隔命中率の補正をしているらしい。
今回49→52になった遠隔攻撃力は、STR補正なのかAGI補正なのか、いまいちよくわからない。
なぜなら、一刀がLV6から7に上がってSTR8→10になった時、近接攻撃力は+4したのに対して、遠隔攻撃力は+3であったからだ。
それに、LVアップでの補正値も必ず+3とは限らず、たまに+2だったこともあった。
そして防御力に関してはLV補正が+1、ステータス補正はVIT依存であり、補正率は他のステータスと変わらないことも、これまでの上がり幅から推測出来た。
大まかにでもこの公式を知ったことは、迷宮の攻略に重要な意味を持つ。
攻撃力や命中率を上げるためには、ステータス補正のアイテムを装備するよりも、攻撃力の高いものや命中率補正のあるアイテムを装備するべきであり、LVを上げることも有効な手段であるということであり、防御力を上げるためには、ステータス補正のアイテムやLVアップよりも、防御力の高い防具を装備した方が有利だと言える。
これはつまり、モンスターと戦っていて防御力に不足を感じたら防具を新調するべきであるのに対し、命中率に不足を感じたらLVが足りていないから上の階層に戻るべきであるということなのである。
攻撃力については、両方の要素が大きいため装備不足ともLV不足とも言い切れない。
尤も、ステータスが攻撃や命中、防御以外の要素で影響を及ぼすのかはまだ解っていないためステータスを軽視するのは危険である。
しかも、これはあくまでこれまでのLVアップからの考察であるため、今後変化する可能性もある。
急に黙り込み、そのうち耳から煙のようなものを出して目を渦巻き状にしていた一刀を見て、もう今日は探索にならないと思った季衣と流琉。
無言で目と目を合わせると、考え過ぎて脳味噌がスポンジになりかけていた一刀の両手をそれぞれが引っ張って、季衣達はBF5のテレポーターへと戻ったのであった。
LVアップといえばおなじみの漢女達である。
前回ボウガンを貰ってから丁度一週間、7回目の出張巫女訪問で、またしても『贈物』を貰う一刀達を、他の剣奴達は異質なものを眺めるような眼で見ていた。
一刀だけであれば、漢女達の贔屓として理不尽ながらも納得がいく。
いや、本来『贈物は経験を積んで成長した者に対するご褒美である』とされているのだから、漢女達の贔屓では説明がつかないのであるが、剣奴達にはそれが定説であった。
だが、『優遇組』の少女達までもが一刀とパーティを組んで以来、連続して『贈物』を貰うようになっているのだ。
今までは『幼女の腰巾着』と噂されていた一刀。
だがそれを払拭するような渾名が、密やかに、そして確実に広まっていったのであった。
そんなことになっているとは露知らず、部屋に戻る季衣達とは別行動をとった一刀。
例によって臨時聖堂にいる祭の元に、一刀は貰った『贈物』を持って向かったのである。
「っていうか祭さん、なんでいつもいるんだよ。剣奴じゃないんだから、必ずここで祈りを受ける必要なんてないだろ?」
「儂くらいの歳になると、若者達が成長して『贈物』を貰う姿を見るのも大きな楽しみなんじゃ。特にお主のような若者が頑張っているのは、見ていて微笑ましいからの」
「そんなもんなのかなぁ。ところで祭さん、これが今回の『贈物』なんだけど……」
「なんじゃ、お主また石か。余程石に好かれておるようじゃの。しかし、この石は先日と同じ物ではないぞ。ほれ、先日のは先端が黄色じゃったが、今回のは青いじゃろ」
「あ、本当だ」
「これは武器の耐久性が増す石での。ボウガンを壊しかけたお主には、丁度良い『贈物』じゃろう。太祖神様も気が利いておる」
だが、そんな太祖神の気遣いも、一刀には無意味であった。
「……売ったらいくらになるかな?」
「なんと、自分で使わんのか?」
「明日くらいからBF7を探索しようと思ってるんだけど、もうブロンズダガーじゃ限界でさ。買い替えたばっかりなんだけど、思いきって鉄のダガーを買おうかと。装備も布シリーズはそろそろ卒業したいんだよ」
『蜂蜜』による収入で多少懐が豊かになった一刀は、自分の考察により装備が攻撃力や防御力を上げるためにとても有効であることを理解したため、装備を新しくしようと考えていたのだ。
「ボウガンのメンテナンスは、祭さんに教わるようになってから、自分できっちりやっているから、耐久性はそんなにあげなくても問題ないと思うんだ。ほら、見てよ」
「ふむ、教えた通りにちゃんとやっておるの。わかった、石の評価額はどれも変わらん。じゃから、8貫で良ければ引き取ろう」
「頼むよ、いつも助かる」
「お主がちゃんと迷宮から生きて戻り、更なる成長を儂に見せてくれること。それが儂へのなによりの礼じゃ」
「……期待に応えられるよう、頑張るよ」
「うむ」
手持ちの金と『蜂蜜』で稼いだ金、それに祭の8貫を足して、全部で15貫足らずの金を所持していた一刀。
とうとうブロンズシリーズ&布シリーズからの卒業だと、張り切ってギルドショップに向かった。
鉄のダガー5貫、レザーズボン3貫、レザーグローブ1貫500銭、レザーブーツ3貫。
残り2貫ちょっとになったところで、残り本数の少なくなった矢も補給しなくちゃと思い出した一刀は、思わず両膝をついた。
(ブロンズボルト……。ブロンズシリーズの壁は、厚かった……)
精神的なダメージを負った一刀だったが、これだけでは終わらなかった。
季衣達の部屋に戻った一刀は、さらに精神的に追い打ちをかけられたのである。
「おじちゃん、だれー?」
新たなる幼女の出現と、そのクリティカルな口撃に撃沈される一刀なのであった。
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NAME:一刀
LV:8
HP:112/112
MP:0/0
WG:65/100
EXP:60/2250
称号:○○○○○○○
STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:12
INT:11
MND:8
CHR:10
武器:アイアンダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、レザーズボン、レザーブーツ、レザーグローブ、レザーベルト
近接攻撃力:47
近接命中率:33
遠隔攻撃力:52
遠隔命中率:33(+3)
物理防御力:38
物理回避力:33
【武器スキル】
デスシザー:格下の獣人系モンスターを1撃で倒せる。
所持金:400銭