地図を見て候補地に決めていたBF6の拠点に、問題なく辿り着いた一刀達。
もともと初期装備の一刀(LV7)でも、1対1ならなんとか勝てるくらいの敵なのだから、装備をきちんと整えた一刀達が順調に歩を進めることが出来ても、なんの不思議もない。
いつものように季衣と流琉を拠点に待機させ、獲物を釣り出そうと動き出す一刀。
最初の獲物、キラービーに狙いを定めて矢を放って驚いた。
なんとキラービーのNAMEが黄色く変化したのだ。
つまり、この1撃でキラービーのHPが半分以上削れたということである。
その威力に喜びを覚えながら、一刀はキラービーを拠点まで引っ張っていった。
弱っていたキラービーは、待ち構えていた季衣や流琉の攻撃により、わずか数発で塵となって消えたのであった。
いつもよりも遥かに簡単に倒せたことで、季衣達も最初のボウガンの威力が強かったことがわかったのであろう。
一刀に向かって、興奮気味に話しかけた。
「兄様、良いボウガンを頂きましたね! 初級者ではこれ以上の『贈物』なんて、そうそう貰えないですよ!」
「きっとこれ、中級や上級の武器と同じくらい強いよ! 良かったね、兄ちゃん!」
季衣達の大げさな言葉に苦笑する一刀。
確かに『スナイパーボウガン+1』の評価額は25貫と、初級者の貰える『贈物』の中では高い方である。
だがこれ以上の『贈物』だって当然あるし、もちろん季衣が言う程の強さもない。
第一、25貫とは石を含めての評価額なのである。
石単体の評価額は10貫なのであるが、これは『好きな武器を強化出来る』という価値も含まれた評価額であり、付与された武器の石分の値段はその半分と考えて良い。
つまり、『スナイパーボウガン』単体の評価額は20貫なのである。
もちろんこれはワンオフ物+不思議な力を含めた評価額であり、ギルドショップの販売品を装備して見つけ出した同等の威力のボウガンは、15貫で売られていた。
ちなみにロングソードの評価額も15貫であり、1貫のブロンズダガーを代表とするブロンズシリーズを愛用せざるを得ない剣奴はともかく、探索者であればこのくらいの装備は普通であった。
最初は不思議な力に対する評価が低いのを疑問に思っていた一刀であったが、すぐにその謎は解けた。
なぜなら一刀以外には、不思議な力が具体的になんなのかを知る術がないからである。
この部分がゲームでありながらリアルであるという矛盾を内包している所であるのだが、一刀はゲーム視点でわかることや自分自身のステータス以外はわからない。
ゲーム視点でわかることというのは、フィールドバトルのRPGでありがちな、頭の上のNAMEやHP表示である。
そして装備類は、身に付けた状態で装備欄を見ればアイテム名称こそわかるものの、それ以外は自分自身のステータス変化を見て予測することしか出来ないのだ。
この『スナイパーボウガン+1』だって、装備してステータスが変わることで初めて『ライトボウガン』より攻撃力が10高いことがわかるのであり、ボウガン自体の攻撃力はわからないし耐久度もわからない。
なぜなら、それは一刀の情報ではなくアイテムの情報であるからだ。
従って一刀ですらも、不思議な力の具体的な情報は、ステータスで命中29(+3)と表示されているから命中補正であろう、としかわからないのである。
ステータスに現れない隠しスキルや熟練度に対する補正、アイテム自体の特殊効果などは使ってみた感覚で判断するしかない。
ましてや普通の人が手に持ってみてわかるのは、せいぜい不思議な力の強弱くらいなのだ。
使ってみた感覚で大幅に効果がわかるものならばともかく、それが『命中+3』のような分かり難い修正値の物である以上、不思議な力に対する評価が低いのも頷ける。
「季衣、流琉、ありがとうな。さて、こんなにいい物を貰ったことだし、張り切って次の獲物を釣って来るとするか!」
自分の考えていたことなど微塵も悟らせない一刀、さすが空気の読める男であった。
「うぐっ……」
ブタの頭を持つ獣人・オークの振るう棍棒が、流琉のどてっ腹を殴打した。
その隙に季衣が横から鈍器を振るい、一刀が背後からオークの首筋を狙ってダガーを突き出す。
が、急所を狙い過ぎた一刀の攻撃は外れ、しかし季衣の1撃がオークの頭を叩き割り、オークはその場に倒れ伏して塵となった。
「大丈夫か、流琉!」
「へ、平気です、兄様。つ、次をお願いします……」
「……いや、ちょっと休もう」
「平気です! 兄様の時は、もっと血だらけになっても傷薬を塗っただけで、すぐに次のモンスターを探しにいったじゃないですか! 私は全身鎧のお陰で血も出ていないし、全然大丈夫です。次をお願いします!」
盾を使い慣れていない流琉は、先ほどのように敵の攻撃を貰ってしまうことが多かった。
それでもHPの減り方は4~6程度であり、1撃貰うと10前後のダメージを受ける一刀よりはマシであった。
だが、痛みをリアルに感じられない一刀とは異なり、流琉の苦痛は本物である。
今も歯を食いしばって呻き声を漏らさないようにしているが、『HP:62/82』という数値では決してわからない痛みがあるのだ。
躊躇する一刀に対して、更に敵を釣るよう促す流琉。
一刀に出来ることは、せめて全身鎧を貫くことが難しいキラービーを、可能な限り優先して連れてくることだけであった。
とは言っても、一刀が敵を釣って来るのは狭い通路なのだ。
広場とは異なり、どうしても敵を選べない時がある。
またしてもオークを引っ張らざるを得ず、一刀は心の中で流琉に詫びながら、矢を射かけたのであった。
「あぐぅっ!」
オークの棍棒が、またしても流琉に叩きつけられる。
頭を殴打されて呻く流琉。
遂にそのNAMEが黄色表示へと変わった。
自分が盾を引き受けていた時は、「なにがあっても敵の殲滅を最優先してくれ。その方が結果的に俺へのダメージが減る」と口を酸っぱくして2人に言い聞かせていた一刀であったが、もはや我慢の限界であった。
ふらついている流琉に再度攻撃を浴びせようとするオークの振るう棍棒の軌道上に体を割りこませ、腹で棍棒を受けながらもダガーをその豚面に突き刺した一刀。
今度はオークが呻き声をあげてふらつく番であったが、オークに救いの手は差し伸べられなかった。
強いて言えば、季衣の鈍器に腰骨を叩き潰され、全ての痛みから解放されたことが、オークにとって唯一の救いであっただろう。
「流琉、しっかりしろ! 回復薬だ、口を開けてくれ!」
朦朧としながらも、一刀の言葉が理解出来たのであろう。
流琉はゆっくりとその口を開き、一刀が流し込む回復薬を飲みこんだのであった。
HP回復量が30である回復薬は1本では足りず、2本飲ませたところでようやく流琉は落ち着いた。
「えへへ、今日は一杯回復薬を飲み過ぎちゃって、お腹がたぷたぷです」
1本65mlの甘ったるい回復薬を20本以上飲んでいるのだから、当然である。
1日で30本以上飲んだことのある一刀には、流琉の気持ちが良く解った。
甘ったるい回復薬を胸焼けがする程がぶ飲みし、その身を敵の攻撃に晒してパーティに貢献しようと頑張っている流琉の気持ちが、痛いほどに伝わってくるのだ。
胸の奥に突き刺さるその痛みは、一刀にとってはリアルに感じられない体の痛みよりも数段辛かった。
「流琉、頼む。前のフォーメーションに戻そう。盾役を変わってくれよ」
「ダメですよ、兄様。前よりも今の方が、回復薬の消費も戦闘時間も少なく済んでいるじゃないですか。あ、それから兄様。さっきのように、私を庇ってはいけませんよ。自分で言ってたじゃないですか、敵の殲滅が優先だって」
「効率とか、そういう問題じゃないんだ! 流琉にこれ以上傷ついて欲しくないんだよ!」
一刀の血を吐くような叫びに、流琉は沈黙した。
そして、自分が今までずっと感じていたことを、一刀と季衣に打ち明けたのであった。
「……兄様、私はこのパーティのお客様じゃないんです。季衣と同じような攻撃手段で、季衣よりも攻撃が当たらない私は、ずっとお荷物になっているんじゃないかと不安でした。でも今は、兄様が敵を釣り、私が守り、季衣が叩く。みんながそれぞれの役割を果たしている。だからこそ、パーティを組む意味があるんだと、私は思います」
「流琉はお荷物なんかじゃないよ!」
「ありがと、季衣。でも、今の方が前よりも一杯兄様や季衣の役に立てているでしょ? 同じ役割を2人でするより、それぞれで得意なことを分担した方がいいの」
「じゃあ、流琉が敵を釣ったらいい。俺と役割を変わろう」
「敵を釣るのは、遠距離攻撃が出来て、動きが素早く、敵が複数来ないのを見計らう判断の出来る兄様が適任なのは、自分でもわかっていますよね。……兄様、あまり我儘を言って困らせないで下さい」
季衣も一刀も、流琉がそんなことを気にしていたなんて、まったく気づいていなかった。
親友のことなのに、妹のような存在なのに、と落ち込む季衣と一刀。
それでもこのままにはしておけないと口を開く一刀であったが、流琉の言うことは正論であり、それに反論するのは難しい。
結局は支離滅裂な、それこそ我儘に分類されるような言い分を流琉に主張し、最後には言葉に詰まってしまった一刀に、流琉が柔らかく微笑んだ。
「兄様の気持ちはありがたいです。でも、自分が傷ついた方がって思っているのは、兄様だけじゃないんですよ。私は、血を流す兄様を見てて辛かった。何も出来ない自分が、ずっと悔しかった。自分に兄様や季衣を守る力があったら、そう何度も考えました。そしてようやくその願いが叶ったんです。体は痛くても、私は今、確実にみんなの役に立てている。そのことが、とても嬉しいんです」
本当に幸せそうに微笑む流琉に、一刀も季衣も何も言えなかったのであった。
それからも何度かモンスターの攻撃に手出しをしては流琉に窘められていた一刀。
迷宮探索を始めてから今までで、こんなに辛い戦いは初めてであった。
季衣などは、涙を流しながら鈍器を振るっていた。
最早何度目になるかもわからないマッドリザードのテイルアタックが流琉の両足にヒットした。
幾度となく流琉に窘められ、それでもつい反射的に動いてしまう一刀は、さらに尻尾を振るうマッドリザードの攻撃を、流琉を庇ってその身で受けた。
動きの止まったマッドリザードに、すかさず季衣が鈍器を振るう。
季衣の涙で曇っているであろう視界でも、動きの止まった相手に攻撃を当てるのは容易いことであり、鈍器を体にめり込ませて完全に動きを止めたマッドリザードの眉間に、一刀のダガーが突き立ったのであった。
これまでならば、自分の身を一刀が庇ったことに対してすぐに抗議していた流琉が、なぜか今回は沈黙を守っていた。
攻撃を受けたのが足だけあって、HP的にも流琉のダメージがわずかであったことは、一刀にはわかっていた。
不思議に思って流琉を見ていた一刀の眼は、その時ただ立っているだけであった彼女のHPが、その数値を急激に減らす様を捉えたのである。
(まさか、毒か?! マッドリザードに毒があるなんて、聞いてないぞ?!)
「おい、流琉! どうしたんだ、流琉!」
「え、兄ちゃん?! 流琉、流琉!」
返事も出来ず、その場に崩れ落ちる流琉の様子に、パニックになる2人。
一刀が毒消しを口に含み、気を失っている流琉に無理やり飲ませ、季衣がその全身鎧を脱がせた。
そして2人は、ようやく流琉の異常な量の汗に気づいたのであった。
迷宮内には当然クーラーなどはついていない。
だが、時折どこからともなく冷気のような風が吹いてくるため、基本的には涼しい。
しかし、それでも戦闘を続けていると暑くなり、一刀などは服を脱ぎ捨てたくなるのを我慢している程である。
レザーベストの一刀ですらそうなのであるから、全身鎧の流琉がどれ程の暑さに耐えていたのか、想像もつかない。
流琉が好んで身に着けているローライズのスパッツも、汗を吸いこんで完全にずり下がってしまっていた。
つまり、流琉の倒れた原因は脱水症状だったのである。
BF6に降りてから口にしたものといえば甘ったるい回復薬のみであり、それによって腹が膨れてしまい水も補給出来なかったのであろう。
一刀達のいる拠点は、BF6のテレポーターよりもBF5のテレポーターの方が若干近いくらいの位置である。
このまま一刀が流琉を背負い、季衣が全身鎧を持って移動するというのは、どう考えても不可能であった。
流琉が昏倒したままであったならば、どうにもならなかったであろう。
だが、幸いにも1時間程で流琉は目を覚まし、ふらつきながらもなんとか自力歩行が可能であった。
全身鎧を手分けして持ち、一刀と季衣は流琉を間に挟むようにして慎重に移動した。
そして、どうにかBF5のテレポーターまで辿り着くことが出来たのであった。
(我慢し過ぎだ、流琉のやつ。回復したら、きちんと言い聞かせなきゃ……)
そう思いながら一刀は、2人を部屋まで送って行った。
そして説教どころか、全身疲労の激しい流琉が寝付くまでマッサージをしてやり、あげくそのまま自分まで寝てしまった一刀なのであった。
**********
NAME:一刀
LV:7
HP:100/100
MP:0/0
EXP:1375/2000
称号:幼女の腰巾着
STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9
武器:ブロンズダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(68)
防具:レザーベスト、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト
近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:49
遠隔命中率:29(+3)
物理防御力:32
物理回避力:29
所持金:300銭