「あらん、やっと私に会いに来てくれたのねん、淋しかったわん」
「ぬぅ、さすがは儂等のご主人様、焦らし技まで会得しているとは。その若さで漢女心を自由自在とは、末恐ろしいのぉ」
マッチョモンスター達が一刀に向かって好き勝手なことを言っている。
そう、一刀は遂に漢女達の祈りを受けようとしていたのである。
場所は食堂に作られた臨時聖堂、一刀達が来てから6回目の出張巫女来訪であった。
目立ちたくない。
その思いを一刀は捨てた。
自分のためにレザーベストを作り、不甲斐ない自分を慰めてくれた季衣。
パーティの盾になろうと、体に似合わぬ全身鎧を身に纏う流琉。
その2人に比べて自分はなんなのかと、一刀は自らを恥じた。
目立つことを嫌って、得られる装備すらスルーする自分は、今のままでは2人とパーティを組む資格がない。
自身の強化はパーティの戦力アップに繋がるのだ。
自分だけでなく季衣や流琉の命も懸かっている迷宮探索である以上、それを第一にしなくてどうするのか。
例え周りの反感を買ったとしても、それ以上に優先することがある……。
一刀は、目立つことによる様々な不利益を被る覚悟を決めたのだった。
むしろ、季衣や流琉の受ける反感も自分に来るぐらいに目立ってくれた方が都合がよいとすら、一刀は考えていた。
それが一刀なりの、2人に対する感謝の気持ちの表わし方であった。
季衣達とパーティを組む前は、いや、パーティを組んでからも、現実に帰れるものなら即座に帰る選択をしたであろう一刀。
だが今の一刀であれば、決してその選択はしないに違いない。
最低でも2人が剣奴から抜け出せるまで、出来れば2人のその後の生活が安定するのを見届けるまで、一刀はこの世界で生き抜こうと決意を固めていたのだから。
常に周囲に波風を立てないように生きてきた一刀は、その精神的な成長への小さな一歩を踏み出したのであった。
「うっっっっふ、あらん、気合入れ過ぎて、片玉が……」
「ぬぬぬぬっふ、ぬぅ、いかん。儂も片乳が……」
目の前で起こっている大惨事など、一刀は欠片も興味がなかった。
なぜなら、一刀は貰える『贈物』のことで頭が一杯であったからだ。
(盾! 盾! 盾! 盾!)
そう、一刀は盾が欲しかったのだ。
初めての『贈物』がきっかけで、そのままずるずると使い続けていたボウガン。
しかし盾がなくてはモンスターの攻撃を受け切ることは難しく、ついには流琉に盾役を引き受けるとまで言わせてしまった現状に、一刀は忸怩たるものを感じていた。
もちろん、そんなに盾が欲しければ、ボウガンを売って盾を買えばいい。
初めての『贈物』は必ず使用しなければならないなどという決まりはなく、それを使用していない探索者達など、ざらにいるのだから。
だが、ボウガンはボウガンで、モンスターを拠点まで引っ張ってくるのにとても役に立っているのだ。
もしボウガンがなければ、モンスターを季衣達の元に連れてくるまでに、何回か攻撃を受けてしまうだろう。
あちらを立てればこちらが立たずで、一刀は悩んでいた。
思考は盾に傾いていたが、後一押しが欲しかった。
流琉は『神様が自分の気持ちを汲んでくれた』と言っていた。
だからこその、一刀の心の祈りである。
この『贈物』が盾であれば、ボウガンを装備から外そうと考えている一刀なのであった。
「……ボウガン、か」
ポップした『贈物』のうちの片方を見て、力無く呟いた一刀。
湧き出たそれは、身に着けているものよりも一際凶悪なフォルムの、それでいて一刀の左腕にピッタリフィットしそうなサイズのボウガンであった。
ちなみにもう片方は、いつも通りの不思議な石である。
(とりあえず石はまた祭さんに売って……、ボウガンどうするかなぁ)
若干落ち込みながら、ボウガンと石を回収する一刀。
そのまま祭壇を立ち去ろうとしたその時だった。
「うわっ?!」
一刀は、3つ目の『贈物』を思いっきり踏みつけ、まるでマンガのように転倒したのである。
一刀どころか漢女達ですら、今回の『贈物』は2つだと思っていたし、通常は『贈物』のポップを見逃すことなどありえない。
なぜなら、『贈物』がポップする時には光の粒子を放つからである。
ところが、誰も気付かなかった3つ目の『贈物』は、いつの間にかそこにポップしており、一刀に踏みつけられたと同時に、忽然とその姿を消した。
3つ目の『贈物』、それはバナナの皮であった。
バナナの皮を踏みつけて見事にすっ転んだ一刀。
一体なんなんだ、と起き上がって愕然とした。
そこには、転んだ拍子に『贈物』で得た新たなボウガンによって打ち砕かれた不思議な石が、無機物の癖になぜか満足げな様子で塵になっていく姿があった。
一刀が見ることの出来るステータス画面の装備欄に『スナイパーボウガン+1』と表示されたそれは、『ライトボウガン』より攻撃値が10も高く、しかも命中補正+3までついた優れ物であった。
この『贈物』のお陰で、盾かボウガンかの悩みがますます深くなっていった一刀。
弓手の祭ならばいいアドバイスをして貰えるかもと、臨時聖堂にいた祭に相談したのであった。
「ふむ、なかなか良さそうなボウガンじゃ。それに、不思議な力を感じるのぉ。初期に貰える『贈物』にしては威力もかなり高そうじゃし、そうじゃな、『武一門』。うむ、こいつはそう呼ぼう」
「ちょっと祭さん、勝手に名前を付けないでよ」
「ふむ、お主は自分で名付けることに拘るタイプか。それならば悪いことをしたのぉ。今のは取り消すから、お主が名付けてやるとよい」
「名前なんて付けないって」
武器に名前とかありえない。
そう苦笑いする一刀に、祭は心底不思議そうな顔をする。
「なんじゃ、お主は弓に名も付けてやらんのか。……まぁ人それぞれ、強制することでもないのかのぉ」
「それよりも祭さん、俺、今後もボウガンを使っていくかどうかで悩んでるんだ。弓使いの祭さんなら、なにかいいアドバイスが貰えないかと思ってさ」
一通り一刀の考えを聞いた祭は、しかしそれに対する回答を示さなかった。
弓の打ち方や、パーティでの弓手の立ち回り方なら助言出来るが、弓を選ぶか盾を選ぶかはまったく別の問題だと言うのだ。
言われてみればもっともな話であり、自分でもなぜ祭にこんなことを相談しようと思ったのかと、一刀は頭を掻いた。
「まぁいいわい。どちらにしても、古いのは不要じゃろう。ギルドに売ったら足元を見られるし、折角儂の所に来たんじゃ。良ければ儂が引き取ろうか?」
「助かるよ。実はまたそろそろ短剣がやばいんだけど、買い替えるお金がなくて困ってたんだ」
「なんと、3週間前に替えたばかりじゃろう。どれだけ無茶をしとるんじゃ、まったく……。まぁよい、値段を鑑定するから古い方のボウガンを見せい」
一刀にボウガンを手渡された祭は、それを一瞥するなり、一刀の頬を張った。
叩かれた頬を抑えて唖然とする一刀に、祭は怒鳴りつけた。
「お主、一体なにを考えておるんじゃ! ちょっとこちらへ来い!」
一刀は、祭に引き摺られるようにして、臨時聖堂から姿を消したのであった。
手入れ不足。
それが祭の激怒の原因であった。
手入れ不足というか、一刀はボウガンを一度もメンテナンスしていない。
ダガーは砥ぎ石を買って、他者の見様見真似でスリスリとやっていたのだが、ボウガンのメンテと言われてもどうすればいいのか、一刀にはさっぱりわからなかったのである。
「ならば、ギルドショップにメンテナンスに出せばよかろう!」
「メンテナンス代が1貫もしたんだよ……。俺の今の所持金、300銭なんだ……」
「それじゃ手入れ出来なくても仕方がないのぉ、などと言うと思うたか! 手入れが出来ぬならボウガンなぞ使うな! お主に弓など10年早いわ!」
祭がここまで怒る理由は、弓への愛だけが理由ではない。
弓というのは、他の武器・防具と違い、弦が切れただけで役に立たなくなる武器なのだ。
特にボウガンは、弦を巻く機構なども付加されており、ある意味精密機器ともいえる。
祭の見立てでは、一刀のボウガンは弦の方も機構の方も限界寸前で、いつ壊れてもおかしくなかったのである。
「よいか、一刀。弓が壊れるということは、攻撃手段がなくなるということなのじゃ。それはお主だけでなく、あの子供等の命すら危険に晒すということ。ボウガンを粗末に扱うことは、あの子等の命を粗末に扱うのと同様だということを、肝に銘じておくのじゃ」
「……そこまで考えが至らなかったよ。教えてくれてありがとう、祭さん」
「うむ、解ればよい。金がないのなら、儂が手入れの仕方を教えてやろう。暇を作って儂の部屋に来るといい。もっとも、これを売って盾を買うという選択をしても、儂はそれを止めぬがな。じゃが、もしお主が今後もボウガンを使うと言うのであれば、一つだけ助言出来ることがある。それは、ボウガンに名前を付けることじゃ。名付ければ愛着が沸き、愛着が沸けば粗末に扱うこともないからのぉ」
「で、出来るだけ、そうするよ……」
理屈は分かるが、武器に名前を付けるという行為自体が気恥ずかしい。
そんな一刀の思いにまではさすがに気づけぬまま、祭はボウガンの代金だと一刀に金貨を1枚手渡した。
「待ってくれ、これは新品時の売値でも4貫だったんだ。それに、壊れる寸前なんだろう? とても1貫の価値があるとは思えない。祭さんの知識をただで貰った上に、施しまで受け取るわけにはいかないよ」
「たわけ、儂を誰だと思っとる! 儂の手にかかれば、どんな弓でも新品同様にしてみせるわい。修理費に1貫かかっても、まだ2貫の利益が出るから心配するでない。さて、その2貫でどんな酒を呑むとするかのぉ」
わっはっは、と笑いながら立ち去る祭の背中に、深くお辞儀をする一刀なのであった。
祭から貰った金でブロンズダガーを買い替えた一刀。
その左手には、盾ではなくスナイパーボウガンが装備されていた。
(俺も祭さんみたいな、かっこいい弓手になりたい)
装備を新たにした一刀達パーティは、前回苦戦したBF6へと向かうのであった。
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NAME:一刀
LV:7
HP:100/100
MP:0/0
EXP:1055/2000
称号:幼女の腰巾着
STR:10
DEX:13
VIT:10
AGI:11
INT:11
MND:8
CHR:9
武器:ブロンズダガー、スナイパーボウガン+1、ブロンズボルト(100)
防具:レザーベスト、布のズボン、布の靴、布の手袋、レザーベルト
近接攻撃力:40
近接命中率:30
遠隔攻撃力:49
遠隔命中率:29(+3)
物理防御力:32
物理回避力:29
所持金:300銭