洛陽に戻った一刀が、普段の生活には戻ることはなかった。
宿の開業準備を七乃に任せ、ギルド通いを始めた一刀。
雪蓮クランのほとんどは一刀の恋人である。
一刀はそんな彼女達への、BF26から出現する敵のレクチャー役を買って出たのだ。
無論のことだが、一刀にその情報を内輪だけで独占するつもりはない。
桃香達や恋達にも話を通して、その訓練への参加を促した。
しかし桃香クランが単独で迷宮探索に赴くことは、最早ないであろう。
洛陽の解放という大目標を達成している以上、彼女達が迷宮へ潜る理由は消滅していたからである。
既に桃香達はクランとしての活動を、奴隷や低所得者に対する自立支援へとシフトさせていた。
もちろん同盟クランのリーダーである雪蓮の要請があれば、その援護を行うことはあり得るので、訓練がまったくの無駄になるわけではなかったが。
尤も、その訓練が本当に有効なのかどうかは微妙である。
口で特徴を伝えるだけなら、1時間もあれば十分だ。
それにいくら敵の特徴を掴んでいるとはいえ、一刀が完全に敵役を再現出来るはずもない。
ブシドーなどの人型モンスターならともかく、マンティコアやコカトリスなどとの戦いは、やはり実戦でないとコツが掴めないであろう。
つまり訓練と言っても、実戦的な対策になるかという点では疑問が残る内容なのだ。
それでもギルドへ日参せずにいられない一刀。
『時の砂時計』がない雪蓮達では、たった1度のミスが命取りになりかねない。
その事実に一刀は、言いようのないプレッシャーを感じていたのである。
「隙ありですっ!」
気勢を発した明命の斬撃を、バックラーではじき返す一刀。
そのまま連撃を続けようとする明命に接近し、一刀は力押しで彼女の体勢を崩そうとした。
一度は成功したかに見えた一刀の目論見は、しかし明命の見事なステップワークにより受け流されてしまう。
体重を預けていた対象を失って、逆にバランスを崩される一刀。
その首筋へ、背後に回り込んだ明命の長刀『魂切』が突き付けられ、
「あうっ!」
「しまった、ごめん!」
手の甲を『新・打神鞭』で痛打された明命が、思わず刀を取り落した。
訓練だからと寸止めをしたその手を打たれては、明命も堪らない。
「大丈夫か、明命? つい反応しちゃって……」
「は、はい。平気です、一刀様」
慌てて明命の小手を外した一刀は、持っていたハンカチを濡らして彼女の手に巻いた。
不意に手を取られ、あわあわと言葉にならない明命。
「腫れないといいけど。本当に悪かったな、明命」
「いえ、大丈夫です……」
一体何が明命の琴線に触れたのであろうか。
ぽやっとした顔で、ハンカチの巻かれた自分の手を見つめる明命。
そんな明命を見るともなしに見つめながら、一刀は先程までの訓練を振り返っていた。
今日の特訓は、明命とのマンツーマンであった。
このパターンは、それほど珍しくない。
なぜなら明命と一刀は似たような戦い方であるため、訓練がお互いの参考となりやすいからだ。
もちろん、明確な違いもある。
先の戦闘にしても一刀が明命の立場であれば、相手のバランスを崩した後は一度距離をとって仕切り直したはずだ。
追撃ちで仕留めようとする明命とは、その部分が決定的に異なる。
一刀と明命の差をジョブで例えたなら、シーフと忍者の違いであると言えよう。
「待てよ、忍者か。これって、ひょっとして……」
「どうしたのですか、一刀様?」
BF26で出現するブシドーを見ても分かるように、この世界は『クレリックリー』をリスペクトしている部分が多分にある。
そしてかの名作RPGにおける忍者で最も有名なのが、『全裸忍者は戦車の装甲に匹敵する』というシステム的な特徴だ。
これが明命にも適用されるかどうかは、実際にやってみなければわからない。
だが試してみるだけならばノーリスクなのだし、成功すればハイリターンは約束されている。
一刀に躊躇う理由など、どこにもない。
もちろん明命にとっては、清水の舞台から飛び降りる位の思い切りが必要であった。
だがそれを言い出したのは、自分が師として崇拝する一刀なのである。
その素直過ぎる性格も災いして、明命は一刀の提案を断り切れなかった。
「あうあう。は、恥ずかしいです……。こ、こんな姿で本当に強くなったのでしょうか?」
「エロいなさすが忍者エロい」
「え?」
「いや、なんでもない。とりあえず戦ってみよう。行くぞ、明命!」
「は、はいっ!」
その引き締まった肉体を余すところなく一刀の目に晒しつつ、健気に訓練を続行する明命。
顔をこれ以上ないほどに赤く染めながら、明命が太刀を振るう。
ところが相手の一刀が明命の裸体に気を取られてしまい、彼女の攻撃を受け損なってしまった。
そして、防御どころか肝心の攻撃すらも覚束ない一刀。
「……ホントにごめん。明命のヌードが魅力的過ぎて、訓練にならないや」
「それなら、もう服を着てもいいですか?」
「ちょっと待ってくれ。……いっそ、塗るのもありか?」
「あうぅ、もう許して下さい」
こうして一刀達は、過酷な特訓を積み重ねて行くのであった。
前回の迷宮探索、その報酬が用意出来たとの連絡を受けて、一刀は華琳の屋敷を訪ねた。
「前の時みたいに、敵の攻撃を防ぐべき盾が斬られてしまうのでは、話にならないでしょ」
「これはブシドーがドロップした『隕鉄』にコカトリスの『魔物の血』を混ぜて粘性を出し、ウチが3日3晩の鍛造を重ねた至高の1品や!」
蛮盾:防24、耐300/300、STR+5、物理回避+3
装着部にはマンティコアの『幻獣の皮』が使用され、フィット感を生み出すと同時に耐久性アップの役割も果たしている。
今までの盾に比べて重量の増した鉄製バックラーは、ステータスの上昇した今の一刀にとってはバランス的にも丁度良かった。
「へぇ、盾の大きさも邪魔にならないギリギリの所だ。さすがは真桜、分かってるな」
「隊長の癖ならバッチリ把握しとるし、扱いやすさだけを見ても市販品とは比べもんにならんはずや」
一刀が最も戦いやすいようチューンされたバックラー。
それは『贈物』にも匹敵する、まさに一刀のためだけに作られた装備であった。
「真桜はもちろんだけど、華琳もありがとうな。貴重な材料を俺のために使ってくれて」
「このくらいは当然よ。せめて『贈物』と同等くらいの価値がなきゃ、Gキング討伐の報酬として相応しくないわ」
「あ、そうそう。『贈物』と言えば、また稟に鑑定して貰いたいアイテムがあるんだよ」
「ふむ、どれでしょうか?」
一刀が宝玉から取り出したのは、巻物である。
このアイテムこそ、LV28になった一刀への『贈物』であった。
「どうやらこれは、『七箭書』という敵に対する呪殺効果を持つアイテムのようです」
「呪殺?! なんか随分とまた、禍々しいアイテムだな」
稟の説明によると、一刀が遠隔攻撃を行ったモンスターは、5分後に必ず死亡する呪いが掛かるとのことだ。
但しその5分間に『七箭書』を失うか、別の敵を遠隔攻撃した場合、呪いは解除されるらしい。
尤も『七箭書』は、使用する際に特別なアクションを起こさなくても良いそうだ。
所持しているだけで効果を発揮するタイプのアイテムなのであれば、対人ならともかくモンスターとの戦闘時に失うことなどまず考えられない。
従って実質的な制約は、遠隔攻撃の使用制限だけになるだろう。
こういった『死の宣告』系統の技は、敵にされるとやっかいだが、自分が使おうとすると不便なのがゲーム上でのセオリーである。
しかし実戦においては、極めて有用性が高いアイテムだと言えよう。
初撃の後はただ逃げていれば勝手に敵が死んでくれるというのは、一刀の戦い方にもマッチしている。
「にしても、このLVになると反則的な『贈物』が増えてくるな」
「そうね。私も今回『贈物』を貰えたのだけれど、国宝級の代物だったわ」
「へぇ、どんな性能だったんだ?」
「全ダメージの半減と、即死効果無効の服よ」
「……そんなの華琳が着たら、無敵のようなもんじゃないか」
「あら、一刀は私がより安全に迷宮探索を行えるようになったことを、喜んでくれないわけね」
「いやいや、そういう意味じゃないけどさ」
加護にしろ『贈物』にしろ、主役格が最も優遇されているのは仕方のないことだ。
ムネムネ団の団員達と比べれば、まだしも一刀の方がステータス的には恵まれていたのだし、これ以上を望むのは贅沢なのかもしれない。
それでも、内心ではライバル意識を持っている華琳に対して、多少の嫉妬を感じてしまう一刀なのであった。
ところで、迷宮探索を行っていない時の一刀の元へは、割と頻繁に客が訪れる。
華琳屋敷から戻ってきた一刀を待っていたのは、今をときめくアイドルユニット『数え役萬☆しすたーず』の面々であった。
「お、久しぶりだな。天和達の活躍は聞いてるよ」
「一刀さん、ご無沙汰してます」
「ちぃ達、最近はホントに忙しくてさぁ」
「それでようやく休暇が取れたから、遊びにきたの」
元々、湯屋の専属アイドルとは思えない程の力量を秘めていた天和達。
加護を受けたことによる身体能力アップで、その才能は完全に開花したと言えよう。
芸人への苛税による不遇の時代が終わった今、彼女達の人気は留まる所を知らない。
そんな天和達が、たまのオフにも関わらず、一刀をデートに誘うためにわざわざ宿まで来てくれたのだ。
全裸で待機してくれている明命には悪いが、今日は訓練を中止して彼女達に付き合おうと決めた一刀。
大喬をギルドまで使いに出し、早速彼女達と街へ繰り出した。
右腕には天和が、左腕には地和が抱きつき、一刀は両手に花の状態であった。
このような状況だと、普通はガラの悪い冒険者に絡まれそうなものだが、一刀自身も洛陽ではかなり顔が売れている。
遠巻きに視線こそ感じるものの、不躾に近づいてくる輩はいなかった。
「……姉さん達ばっかり、ずるい」
大人しく一刀の後ろをついてきていた人和の呟きが、一刀の耳に入った。
どうせ既に目立っているのだから今更だろうと、寂しそうだった人和を地和ごと抱き寄せる。
「ひゃあ! 急になによ!」
「か、一刀さん……」
「久しぶりに会ったんだから、もっとスキンシップを図りたいなぁと思ってさ」
ゴリラ並の筋力を活かして、そのまま2人を左腕でダッコしながら、天和の腰にも残りの手を回した。
一刀にとって、まさにこの世の春であった。
だが、一刀が楽しかったのはここまでである。
目的地の服屋についた途端、一刀は恋人から従者へとその役柄を強制変更されたのだ。
「店員さーん! ここからここまで、全部下さい」
「ちょっと一刀、こっちのとさっきの、色違いがあるはずだから、あるだけ持って来て」
「一刀さん、これは似合いますか? 私にはちょっと派手過ぎる気がするけど……」
大人買いをする天和の荷物を持ち。
わがままな地和の要求に対応し。
マイペースな人和の相談に乗り。
数軒の店を回ってようやく買い物が終わった頃には、一刀は身も心も疲れ果てていた。
一刀にとって天和達の付き添いは、下手な訓練よりも余程きつかった。
ぐったりしている一刀を喫茶店に誘い、そのまま話に興じる天和達。
話題といえば、璃々の新曲についてだ。
「一刀さんがプロデュースした璃々ちゃんの新しい歌、大胆だよねー」
「でも、かなり人気があるんだよ。璃々ちゃんって加護も受けてないはずなのに」
「幼女が歌うインモラルな曲、そのギャップ差が受けているのかしら」
ちなみに璃々は、一刀達との迷宮探索でLV6になっている。
天和達にはもちろん敵わないが、子供とは思えないほどの歌唱力や声量は、そのステータスの恩恵であろう。
「ねぇねぇ、一刀さん。お姉ちゃん達にも新曲を作って欲しいな」
「璃々ちゃんばっかり贔屓したら、ダメなんだから!」
「お願いします、一刀さん」
いくら一刀がゲーオタだったからと言って、さすがに高校生にもなれば歌の引き出しくらい多少はある。
だが璃々の件で、一刀は先日紫苑から大目玉を喰らったばかりだ。
ここでもし天和達に新しい曲を提供したら、それが引き金となって璃々がまたオネダリしてくることは目に見えている。
一刀としては、なんとか誤魔化したい所であった。
「人に作って貰った曲だと、天和がファンに訴えたいものって表現しきれないんじゃないか?」
「うーん、それはそうかもー」
「歌に篭った心こそが大事になってくる、地和の実力は既にそういうレベルにあると思うな」
「そ、そんなの当然よ!」
「人和が自分で作った方が、きっといい曲が出来るはずさ」
「でも最近は本当に忙しくて、創作意欲が湧かないんです……」
後一押しである。
創作の切っ掛けとなるアイデアを提示すべく、頭を悩ませる一刀。
そこで不意に、一刀は名案を閃いた。
フランチェスカでも、『三人のおじさん』など神話をモチーフにした歌が流行っていた時期があった。
そしてこの世界では、神話はとてもリアルなものなのだ。
「伝説を題材にした英雄譚、なんてのはどうだ?」
「……それ、いけるかもしれません」
「ちぃは曹操様の短歌行をアレンジして歌ってみたい!」
「華琳さんの業績とミックスしても、楽しそうだよね」
たちまちそのテーマに夢中になる3姉妹。
彼女達は本当に音楽が好きなのだろうということが、傍から見ていても良く分かる。
(しまった。この調子だと、夜までずっと話してそうだ……)
今晩ベッドの上で行われる予定だったシークレットライブ。
その延期になりそうな気配に、がっかり感を隠せない一刀なのであった。
一刀が遊んでいる間にも七乃は苦労を重ね、ようやく宿の開業まで漕ぎ着けた。
だが残念なことに、その成果は芳しくなかった。
強気の価格設定が仇となり、客がほとんど入らなかったのである。
「どうします、一刀さん。もう値段を下げちゃいましょうかー」
「うーん、そうするしかないのかなぁ」
この宿は、以前から上級冒険者用としての位置付けであった。
高級感溢れる建屋もそうだが、迷宮に最も近い一等地だという付加価値まである。
それに加えて一刀ほどのネームバリューがあれば、宿の1つや2つくらい直ぐに満杯になりそうなものだったが、現実はそう甘くなかった。
現在の洛陽には加護持ちの冒険者がほとんどいない。
彼等の大半は麗羽の親衛隊となっていたからだ。
そして高級宿というのは、冒険者以外の洛陽市民にとっては利用価値がない。
つまり、そもそもの需要がない状態なのである。
「いっそ、宿以外の事業で稼ぐか?」
「どうするんです?」
「メイド付きお化け屋敷なんかどうだ? 洛陽の人達って、今は娯楽に飢えてるみたいだしさ」
その場合、もちろんメイドさんは怯え要員だ。
抱きつきサービスは有料オプションである。
「そんなこと、美羽様にはさせられませんよー」
「というか、子供達だって嫌がりそうだよな。……うん、考えが煮詰まった時には、原点に立ち返るべきだ!」
「原点って、何かありましたっけ?」
「メイド喫茶、やろうぜ!」
というわけで、中庭の見渡せる広いダイニングを喫茶店風に改装した一刀達。
改装と言っても、業者を呼んで工事をしたわけではない。
客用の食堂だったのだから、多少の手を加えただけでも飲食店として十分に通用する。
メイド喫茶のオープン時には華琳や雪蓮、桃香や月に頼んでお客として来て貰い、一気に名を上げる作戦に出た一刀。
その宣伝効果は抜群で、翌日からは店の前に客が行列を成した。
もちろん店自体も、唯のハリボテではない。
一刀に引き取られてからの教育の成果により、子供達のメイドとしてのサービスは一流である。
唯一料理だけが平凡であったが、それをフォローしたのは『伊吹瓢』から無限に沸き出る極上のアルコール類だ。
初期の頃には泥酔してメイド達にセクハラをかます客もいたが、バイトに来ていた季衣がチップの銅貨を引き千切ると、途端に行儀よくなってくれた。
同じくバイトの流琉が子供達の調理技術を底上げし、メイド喫茶の料理に対する評価も少しずつ上がっていった。
「でもさ、兄ちゃん。これって喫茶店じゃないよね」
「どちらかというとお食事処ですよ、兄様」
「俺の中ではあくまでメイド喫茶なんだ。そこだけは譲れないぞ!」
なんだかんだで充実した日々を送っていた一刀。
だがそんな一刀の日常は、突如として終わりを告げることになる。
きっかけは、洛陽中に広まった皇帝崩御の噂であった。
**********
NAME:一刀【加護神:呂尚】
LV:28
HP:527/450(+77)
MP:30/0(+30)
WG:100/100
EXP:556/9500
称号:○○○○○
STR:44(+15)
DEX:60(+26)
VIT:27
AGI:47(+15)
INT:28
MND:21
CHR:54(+17)
武器:新・打神鞭、眉目飛刀
防具:蛮盾、勾玉の額当て、昴星道衣、ハイパワーグラブ、極星下衣、六花布靴・改
アクセサリー:仁徳のペンダント、浄化の腰帯、杏黄のマント、回避の腕輪、グレイズの指輪、奇石のピアス、崑崙のピアス
近接攻撃力:309(+42)
近接命中率:139(+22)
遠隔攻撃力:171(+15)
遠隔命中率:128(+29)
物理防御力:245
物理回避力:145(+35)
【武器スキル】
スコーピオンニードル:敵のダメージに比例した確率で、敵を死に至らしめる。
カラミティバインド:敵全体を、一定時間だけ行動不能にする。
ホーミングスロー:遠隔攻撃が必中となる。
【魔術スキル】
覆水難収:相手の回復を一定時間だけ阻害する。<消費MP10>
【加護スキル】
魚釣り:魚が釣れる。
魚群探知:魚の居場所がわかる。
封神:HPが1割以下になった相手の加護神を封じる。
所持金:162貫