ここは、ミッドチルダの首都クラガナンのはずれにある貧民街、周りにある建物が洋風なのに対し、その家だけは純日本家屋の平屋建てで造られており、一際目立つその家の前で一人の男性が立ちつくしていた。その家は間違いなく男の家であり、入るための鍵も持っているのだが、男は家に入らずに地面に置かれている何かを見て、困ったように立ちつくしている。男は金色の瞳に紫色の髪、かなり整った容姿をしており、普通にしていれば何もしなくても女性が放っておかないだろう、と思うぐらいの美形だ。だが、その背中には唐草模様の風呂敷が背負われており、何が入っているのか、かなり大きく膨らんでいる。「ふむ、今日は蚤の市で良い物が手には入ったと喜んでいたのだが…」どうやら男が背負っている風呂敷の中には、蚤の市で手に入れた骨董品が大量に入っているらしい。良い物が手に入りホクホク顔で戦利品をもって帰ってきたみたいだが、ではなぜ家にも入らず立ちつくしているのだろうか。「ドクター? もどってらしたので…、……」家の中から顔を出した女性が、男のことをドクターと呼び声をかけたのだが、男が腕に抱いている物をみて、言葉を失ってしまった。「ウーノ、良いところに出てきてくれた。どうしようか困っていたんだ」男は先程まで地面に置かれていた籠を持ち上げ、その中身を覗き込んでいた。その籠の中には小さな赤子がすやすやと寝息を立てて、気持ちよさそうに眠っていた。「ドクター…、まさか人体実験のために攫ってきたのですか?」「まちたまえウーノ、私がそんなことをするような人間に見えるかね?」「はい」男の質問に対し、ウーノと呼ばれた女性は即答する。一切の迷いもなく、さもそれは当然のことだと言うように。「即答されると流石に悲しくなるね。ウーノ、この子は攫ってきたのではなく…」「いえドクター、みなまで言わないでください。解っています、その子の母親が誰であってもドクターの子であるというのなら、私達が責任もって育てますから」「落ち着けウーノ」そういって動顚しているウーノの後ろから現れた女性が、軽くウーノの頭を叩いて正気に戻らせる。もう一人の女性がウーノの暴走を止めてくれた事に感謝しながら、男は再び籠の中で眠っている赤子に目を移し、小さく呟いていた。「さて、どうしたものか…」『狂気の科学者とその仲間達奮闘記』(リリカルなのはSTS 再構成 壊れ ギャグ)後から現れた女性の提案で、取り敢えず家の中にはいることにし、男は赤子をウーノに渡し自分は蚤の市で買ってきた怪しい骨董品を自分の部屋に置きに言っている。子供を渡されたウーノは、籠の中で眠る赤子を見ながら、なにやら怪しい笑顔を浮かべている。一緒に中に入った女性は、また病気が始まったかとあきれ顔になる。実はウーノ、先程の男に惚れているのだ。確かに見た目は良いのは認めるし、科学者をしているので頭も良いのも認める、というか、この管理内世界でも他に類を見ないほどの、頭脳を持っているといっても間違いないだろう。だが、いかんせんマッドなのだ…。良いところも多くあるのだが、それをマイナスにしてどこまでも突き抜けるぐらいマッドなのだ…。女性にしても尊敬はしているのだが、間違っても恋愛の対象にしようとは思わないし、思ったこともない。一方ウーノは、最初こそ男が赤子を連れていたことに気が動転していたが、よく考えればこれはチャンスなのではないかと考える。ここで、ドクターに良いところを見せれば、自分の株は急上昇で鰻登り間違いなし。そしてゆくゆくは…、等と考えて先程から顔面を崩壊させている。「やあ、待たせたね。トーレ済まないがチンクとドゥーエを呼んできてくれないかい」「解りましたドクター」先程からいた女性、トーレは男に言われ部屋の奥に入っていく。先程外から見た限りでは、貧民街にあるに相応しい程の、かなり貧相なつくりだったのだが、玄関を通って中にはいると、外からは想像も出来ないほどの作りになっていた。しかも、所々によくわからない装置があったり、訳のわからない機械が転がっていたりする。「どうしたのだドクター?」「また何か変な物を蚤の市で買ってきたんですか?」トーレに連れられて部屋の中に入ってきた、背の小さい銀色の髪の女性はチンクと言い、茶色の髪をした女性はドゥーエと言う。三人は男の前に置いてあるテーブルを囲むように座り、そのテーブルの上に置いてある籠の中に入っている赤子について話し始める。男は赤子が置かれていた状況を説明し、赤子の上に置いてあった紙をみんなに見せる。『見も知らぬ方に、突然このような事をお願いすることをお許し下さい』手紙はその文章から始まり、この子を自分で育てることが出来ないこと、子供の父親はかなりの地位と名声を持っており、公に出来ないこと、自分は子供を置いた後に命を絶つと言うことが書かれていた。「ふざけるな!」手紙を見終わった後、そう声を荒げたのはチンクだった。女性陣は全員が手紙を読み腹を立てていたが、その中でもチンクは最も怒っていた。「育てる覚悟もなく子供を産み、育児を放棄した挙句、自分はさっさと死ぬだと!? なぜ、死ぬほどの覚悟を持てて子供と一緒に生きていく覚悟が持てないのだ!」そういって大きくテーブルを殴りつける。「ふぇ、ふぇーーーーーーーーん!」チンクがテーブルを殴りつけた衝撃で、子供が目を覚ましてしまい、大声で泣き始めてしまった。チンクは、子供起こしてしまったことに慌て、恐る恐る泣き上げる子供を抱き上げる。「ふぇーーーん! ふぇーーーん」どこからそこまで大きな声が出るのかと言うぐらいの声で泣き、何とかチンクがあやそうとするが、一向に泣きやむ気配がない。「ど、どうすればいいんだ!?」チンクが周りにいるみんなに助けを求めるが、子供をあやした経験のない女性陣は胸の前で手を振り、首も横に振っている男は最初の子供の泣き声の大きさで、気を失っている。「スカさんいるかいー? 回覧板だよー」全員があわてふためいているとき、玄関から近所のおばちゃんが回覧板を持ってきたと声をかけてきた。チンクはおばちゃんの声を聞いて、何を思ったのか赤子を抱いたまま玄関に走っていく。「なにしてんだいチンクちゃん?」おばちゃんは赤子を抱いて泣きそうな顔をしているチンクをみてそう聞いてきた。チンクは赤ちゃんが泣きやまなくて困っていると説明すると、おばちゃんはチンクから赤子を渡してもらい、あやし始める。「ほーら、大丈夫だよー。良い子だねー」そういって慣れた手付きで赤子をあやしていると、大声で泣いていた赤ちゃんの声は徐々に小さくなり、笑顔を見せ始めた。チンクは子供が泣きやむのを見て、大きく息を吐いている。「助かりました。初めての事だったので…」「まあ、こんなのは慣れだね。それにしてもこの家にはこれだけ女性がいて、子供一つあやすことも出来ないのかい? そんなんじゃ嫁のもらい手もないよ?」おばちゃんの視線の先には、ドアの鍬間からこちらを覗いている顔があった。したから、トーレ、ドゥ-エ、ウーノの順である。男は未だ気を失っているみたいだ。「まぁ、困ったことがあったら言っておくれ。出来ることは手伝ってあげるよ」「ですが…」「いいんだよ! スカさんがいなかったらうちの旦那今頃どうなっていたことやら。困ったときはお互い様ってね」そういって、豪快に笑いながら玄関から出て行った。チンクは出て行くおばちゃんに頭を下げて、赤ちゃんを抱いたまま奥の部屋に戻っていく。「ドクター、その赤子どうするのですか?」「…なかなか、凄い鳴き声だったね。いやー、赤子というのは生命力に溢れているね。良い研究材料になりそうだ」ウーノの問に、気を取り戻した男は楽しそうに、赤子を見ながらそう言ってのける。チンクは反射的に赤子を庇うように、男に背中を向ける。「ははは、冗談だよチンク。それにしても人生というのは面白いものだ、まさかこの私の家の前に子供を置いていくなんてね」何が面白いのか、笑いながらそんなことを呟く男に対し、周りにいる女性陣は『ここの家主がどんな人物か知っていたら、絶対にそんなことはしなかった』と、まったく同じ事を考えていた。男は、全員がそんなことを考えているとは思っていないのか、いまだ上機嫌で何かを呟いている。「これも何かの巡り合わせだろうね。私はこの子を育てようと思うのだが、みんなはどう思っているのか聞かせてくれないか?」「私は、ドクターの決めたことなら異存はありません」ウーノは、そういってからまた何か変な想像をしているのか、女性として人に見せたら駄目なような笑顔を浮かべている。「私も特には」ドゥーエは、短くそう言って微笑んでいる。「私もだ」トーレも異存はないらしい。「この子は私が育てる…。この子を捨てた親が、何故こんなにも良い子を捨てたのかと、後悔するぐらいに幸せにする」チンクは、赤子を抱きしめながら心に固く誓う。男は、そんな女性陣を見ながら笑顔を浮かべていた。ここにいる女性達は、全員が普通に生まれてきた存在ではなく、全員この男が造り出した存在である。『戦闘機人』それが、彼女たちを表す言葉であり、何のために存在するのかを示す言葉でもある。戦うために造り出された、機械と人を融合させた存在。そして、男自身も造り出された存在であり、ここにいる全員が父や母という存在を知らない者達ばかりだ。その自分たちが、他人の子供を育てようと言うのだから、本当にこの世界は面白いと男は考える。「ならば、その子に名前を付けてあげないと駄目だね」「そうですね。一応、紙にはこの子の名前が書かれていますが…」ウーノは、籠の中に入っていた紙を見ながら子供の名前を言うが、その名前を付けることはチンクが大反対をした。「そんなものは必要ない!」そういって怒鳴りながら、またテーブルを叩きつける。すると、その音にビックリした赤ちゃんが小さくぐずりだした。「ふぇ…」「ああ!? だ、大丈夫だ、ほら恐くないぞ?」そういって、先程のおばちゃんのしていたことを思いだし、なんとか赤ちゃんの機嫌を取ろうと、必死に頑張っている。その甲斐があってか、少ししてから泣き声ではなく、笑い声が聞えてきた。チンクは、笑いながら自分の手を差し伸べてくる赤ちゃんを見て、今まで感じたことの無いような充足感を感じていた。「あー! あー!」赤子は、嬉しいのを伝えたいのか、はたまた只声を上げているのか解らないが、チンクに向かって笑いかけている。それにつられて、チンクも優しい笑顔に笑い返す。赤ちゃんに向けて、とても良い笑顔をしているチンクを見て、他の女性陣が周りからチンクの腕の中にいる赤ちゃんの顔を覗いている。「きゃっ! きゃっ!」いきなり沢山の顔が出てきたことに少し驚いていた赤ちゃんだったが、すぐに笑い出しみんなに向かって手をパタパタと振っている。「ち、チンク、私にも抱かして頂戴?」ドゥーエが、好奇心に負けたのかチンクが抱いている赤ちゃんを抱いてみたくなり、チンクにそう声をかけていた。ドゥーエは、チンクから赤ちゃんを渡されると、壊れ物でも扱うかのように大事に抱いている。「私は隣のおばさまに、いる物を聞いてくるから少しの間頼んだぞ!」そういってチンクは凄い勢いで隣の家に走っていき、ウーノはネットで情報収集をするために、奥の部屋に入っていった。だが、二人が出て行ってからすぐに、赤ちゃんが泣き始めてしまった。「ええ!? と、トーレ!? どうしたらいいの?」突然の事に慌て始めるドゥーエから、赤ちゃんを渡されたトーレは、先程チンクがしていたのを思い出し、赤ちゃんをあやし始める。すると、すぐに赤ちゃんは泣きやみ、トーレに向かって腕を伸ばす。トーレが赤ちゃんを自分の顔の高さに持ってくると、赤ちゃんは嬉しそうにトーレの顔を触りまくる。「ふむ、赤子の手は小さい物だな」そういって、トーレが笑いを浮かべると、赤ちゃんはさらに顔を触りまくる。そのまま好きなようにさせていたら、隣のおばちゃんから必要な物を聞いて、書き留めたメモを片手に部屋に戻ってきて、トーレ相手に楽しそうにしている子供を見て、ちょっと悔しそうにしている。男はあわてふためく女性陣を見ながら、とても満足そうな顔を浮かべていた。「ふむ、こうしてみると普通の女の子と変わりないね。みんな、名前を考えておいてくれたまえ」「ドクターはどうされるのですか?」奥の部屋に入っていく男に対し、ウーノが何をするのか尋ねると…。「ふむ、君達だけに苦労をかけるわけにはいかないからね。育児が楽になるような物をつくってこよう」そういって男は自分の部屋に消えていった。その背中を見送ったウーノはそこはかとなく不安な表情を浮かべていた。後日、『全自動子供あやし機』というものを作ったのだが、毎秒三十回で子供を揺するために、それの試運転をみたチンクに、機械と共に吹っ飛ばされていた。この日から、各世界で広域指名手配を受けている次元犯罪者、ジェイル・スカリエッティと、彼が産みだした戦闘機人は、歩むべき歴史から大きくはずれることになる。※後書きやっと梅雨明けです。作者です。赤ちゃんシリーズ第二弾! 今度はリリカルな赤ちゃんです。最近、親戚の子供を見て赤ちゃんて可愛いと思った今日この頃。ジェイル・スカリエッティ達に育てられる赤ちゃんの運命は…。短編でした。では。