年月にして1500年…
イングランド最大の英雄が今…
目覚める…
―――――――――――素晴らしい日々へ―――――――――――
天と地が分からない空色の空間。周りでは左に右に巻いている白い渦。そして一人いる自分。
その中で漂っていたのだが、ゆっくりと隣で巻いていた渦に引き込まれていった。
…しかしこのようなことが現実にあるはずが無い。これは夢を見ているのだと覚めていく意識からそんな事を思った。
ゆっくりと瞼を開ける。そして言葉を一つもらした。
「私はなぜこのようなところにいるのでしょうか?」
背中の方がごつごつとしていて僅かに痛い。ぼんやりと手で地面を触ると、その感触で横たわっている場所が岩場だということがわかった。
ゆっくりとその身を動かして考えると、どうやら気を失っていたようだと気づく。
あたりが暗い…どうやら今は夜のようだ。
「…」
無言で手を着き起き上がる。身体的な異常は無いようである。
青いドレスに付いた土や汚れを掃い、寝起きのぼーっとした頭で考えてみた。
「たしか私は最期を迎え息絶えたはずなのですが」
そう、たしかにこの青いドレスを着た少女アルトリアは、かつてセイバーのサーヴァント、アーサー王としてマスターに召喚された。
そこでアルトリアは聖杯を求めて数々の難敵と渡り合い、聖杯戦争を戦い抜くのである。しかし彼女は最終的に聖杯を破壊することを選ぶ。
短いようで長い二週間程の間に幾多の戦いを経て聖杯戦争は終結した。
終結に伴ないマスターであり、想い人でもある衛宮士郎と夜明けの別離をし、自らの「居場所」へ還ったのである。
そして、そこで一人の騎士に見守られて息を引き取った…はずなのだが。
どうしてまだ生きているのでしょうかと考え込むが、考えが纏まらない。
ふと、天を見上げてみる。なぜか、星の煌きが無い。
「どうもおかしいですね。夜だと言うのに星すら見えないとは」
そこでアルトリアは、あっと息を飲む。
「ああ、そう言うことですか」
達観したように自分の考えをつぶやく。
「ここは死後の世界なのですね」
時間にして一時間ほど、彼女は自らの境遇を受け入れるため暗闇の中で瞑想していたが、遂にふっ切る。
「そうと分かれば、地獄の道先案内人とやらが来るまでここで待つとしましょう」
自分のような罪深き者が天国やら理想郷などに行けるはずも無いなどと物騒な事を口に出して言った。
アルトリアは待つことに決めたようだ。
『ぐるるるる~』
あれから半日ほど待っているが、一向にお迎えとやらは姿を見せない。もうすでにアルトリアの空腹感は、限界に近づいている。
「くっ、…死してもなお、お腹が空くとは…修行が足りないようですね」
遥か遠い時空の果てにあった衛宮家の食卓を思い出しながら苦笑する。
「しかしあの時が、私の人生で一番幸せな時間だったのかもしれませんね」
この暗闇に来てからアルトリアは独り言が多くなってきている。本人は気づいてはいないようだが。
「ん?、待ってください」
何か思い当たる節がアルトリアの考えに及ぶ。
「なぜ死人であるはずの私が空腹を感じるのでしょう?」
ふたたび考え込む。
「もしや、私は…まだ死んではいないのでしょうか?」
その考えに至った瞬間…。
「っ!」
暗闇の一方向から魔力のようなものを感じた。
アルトリアは警戒しつつもその反応が感じられた場所まで行く。直感のスキルは働いていない。危険はそれほどないらしい。
魔力の源流に辿りつくとなぜかそれは懐かしいような、それでいて邪悪な妖気を纏っているような・・・奇妙な感覚・・・。
座り込んで観察してみると、そこから魔力の元と言うか塊が四つある事に気づいた。
しかし、四つの塊は全ての魔力量は同じなのだが、魔力の性質というか、その空気が違うのである。
「これはいったい何なのでしょうか?」
そう呟いたアルトリアは少し吹きだしてしまった。
今日は疑問に至る言い回しばかりだと苦笑したのである。
苦笑していると今までは死角になっていた岩陰の奥の部分から光が差し込んでいるのが見える。
「むっ…あの明かりは…とにかく行ってみますか」
立ち上がるとアルトリアは光明に向かって歩き出した。
だんだん明かりが大きくなってくる。そして暗闇を抜けその明かりに出た。
地表だった。
太陽は少し傾いていて午後の地表を照らしている。まだ夏の日差しではなく、春の陽気のようである。
「ここは…どこでしょうか?」
少し考えた挙句周りを歩いてみることにした。
「ああ、お腹が空いて力が出ませんね」
文句を言いながら、しばらく歩くと見知った場所に出た。
「なっ、ここは、柳洞寺の表門ではないですか」
あの暗闇は寺の麓からある洞窟だったのだ。たくさんの考えが頭を駆け巡る、そしてここにいる理由を思い出した。
彼の日、アルトリアは死の瞬間を待っていた。そこへ老魔術師が現れ主人に約定を迫ったのだ。
「王よ、その身ではもはや永くはありますまい」
通常の延命措置など今はもう遅いとわかっている老魔術師は淡々と述べる。
「ふむ、そなたの診立てでは間違いなどあるはずもないな」
鈍痛のする体でとりわけ衝撃を受けたようでもなくうなずく。
もう死期が近い事など本人が一番わかっているのであろう。
しかし隻腕の騎士が剣を戻しここへ帰るまではと、気を張り頑張っているのだ。
「それで卿は何をしにここまで参ったのだ?」
話相手がいれば気を失うこともないだろうと思い老魔術師に尋ねてみた。
「そうじゃな、わしはな少し面白い物を拾ってな、それを使ってみようと思ってここまできたのじゃよ」
クツクツ笑いながら老魔術師が言う。
「ほれ、一昨年の秋に西の洞窟で妙な物を見つけたと言っておったじゃろう」
西の洞窟とは城から見て西の方角にある古代人の遺跡のことである。
「そういえばそんな事を言っていたな」
「その奥に入れなかった箇所があったのじゃが、そこへ先日入ることができたのじゃ」
「ほう、それはよかった」
一応相槌を打っておく。
「中へ入ってみるとな、珍しい物がたくさんあってな…、」
老魔術師は嬉しそうに話す。それを見ているとなぜか心が湧く。もともと彼女も冒険譚は好きなほうなのだ。
「…そして、そこでこれを見つけたのじゃ」
そう言って手のひらに円球形の金属体とナイフの柄のような物をとりだした。
「ほう、…これは何だマーリン?。珍しい物のようだが」
「そうじゃなぁ、こっちの丸い方は空間を転移するための魔道具…のような物じゃな」
「それは大した物ではないか。しかし何か歯切れが悪いなマーリン」
「わしにも皆目見当がつかんのでな。あまり適当な言葉が思いつかんのじゃが、しいて言えば古代の知恵の結晶なのかもしれんな」
マーリンやアルトリアにはわからないだろうが、これは物質変換転送装置と言って物質を原子レベルまで細分化し、それを数値化及び内蔵コンピュータメモリに記憶させ転送座標をロック、記憶されている情報をその座標で実体化させるという25世紀の技術なのだ。
もう片方のナイフの柄のような物の方は、ハイポスプレーと言う医療具である。
これは柄の部分に薬品を入れ、その先端から患部に薬品を注入することのできる即効性の高い技術である。
なぜ25世紀の技術が5世紀のイギリスにあるのかは、時間法規則が適用されているので今回の話では除外させてもらおう。
「では、そういう事でこれを王の首筋につけますぞ」
老魔術師はにじり寄ってくる。
「な、待て、どうしてそこで『そういう事』なのだマーリン!?」
抵抗するが今のアルトリアでは抗うことは不可能だった。
カチッっと首筋に張り付けられた金属体の透明な部分が緑色に点滅を始めた。
どうやら起動したらしい。
「まぁ、よい。これもまた一興であろう」
首筋で点滅している道具をそのままに老魔術師に笑いかける。
「さ、ベディヴィエール殿が帰って参りましたぞ」
その笑みに答えるように老魔術師も笑みで返した。
視線を動かすと遠く離れた所に騎馬兵が一騎こちらへ向かって進んでいるのが彼女にも見えた。
「さて、これが仕上げですじゃ」
そう聞こえてきた瞬間、左腕にチクッとした痛みを感じたと思ったら、すぐに意識が混濁してきた。
「何をしたマーリン?」
「いやさ、王に少し薬を処方したまでの事」
眠ってしまいそうなので眼球に意識を集中する。
「この薬はすぐに眠くなるからの。眠る前に行きたい場所を強く念じてから眠るのじゃぞ。よいな」
いたずらっぽく笑いながら、全てを見透かした眼で老魔術師は最後にこう約定をせまり去っていった。
―――そして最後に眠る旨を隻腕の騎士に言い、アルトリアは意識を閉じた。
眠るまでの一幕を思い出して首に張り付いていた装置を剥がすとおもむろに振りかぶって放り投げた。村田兆治のマサカリ投法だ。
投げ終わるとひとつの思考にたどり着いた。
「ここは先回の聖杯戦争の場所…シロウに会えるかもしれません。」
そんな予感めいた思いがアルトリアの足を早める。
そう考えると、もう居ても立ってもいられなくなっていた。
足に魔力を集中させる。その足は羽が生えたように軽い。そして全力で走りだした。
アルトリアはもうサーヴァントではない。令呪による制限などないのだ。
おびただしい魔力消費量を自分の魔力生成で補う。そして走る。
―――シロウに会いたい。シロウに会いたい。シロウに会いたい―――。
呪文のように何度も何度も念じる。
向かうはあの屋敷。いつもアルトリアに安らぎを与えてくれたあの屋敷だ。
シロウの家が見えてきた…と前の方から見知った顔の人物が歩いてくるのが見えた。凛と桜だ。
買い物の帰りなのだろう。袋いっぱいの食材を両手に持っているのがわかる。
衛宮邸の目の前に急停止すると二人に声を掛けた。
「お久しぶりです凛、桜」
靴底はあまりの急ブレーキに煙を出している。
かなり熱いのだが顔には出さずに我慢した。
「え、ええええ、セイバー!? 何であんたがここにいるのよ!」
「セイバーさん! どうして現界していられるんですか!?」
二人は驚愕の声を上げた。
「あっ、はい、それはですね…」
シロウに会いに来たのですなどとは恥ずかしくて言えないので、顔を赤くして俯きあたふたしてしまう。
しかしなおも凛は続ける。
「あんたは士郎にやられて桜の中の影に戻ったんじゃなかったの!?」
「そ、そうです。セイバーさんが先輩と戦って負けたのは私が一番感じ取れているんですからね!」
「???」
二人の言ってる事がわからないので、キョトンとした顔でいると凛が敵意を剥き出しに言い放った。
「あんた何者?」
その言葉と同時に凛の中の魔力が上がっていく。
当然、凛は買い物袋を持ったままである。
魔力の上昇を感じ取った刹那、反射的にその場を跳び退く。
「何をするのです凛!」
いままでセイバーのいた場所に魔力の塊が着弾している。
「問答無用」
言うが早いか買い物袋を持ったまま器用に右へ左へ動きながら次々に魔術を展開する。
買い物袋の中には主に食材が入っていたため凄く重い。
重さに耐えながら放っている魔術は大部分が目標の素早い動きに着いていけずに無駄弾となり、たまに当たったとしても全てアルトリアの抗魔力の前に無効化されてしまう。
「くっ、やっぱり私の魔術程度じゃ効かないか」
魔力の消費と重い物を持ったまま動き回ったので疲労がたまり、その場で中腰となり肩で息をする凛。
「姉さんっ!」
その場面で桜が動く。
アルトリアと凛の丁度、中間で凛を守るように両手を広げ立ち塞がったのだ。そして、ゆっくりとアルトリアに話だした。
「セイバーさん、貴女と先輩を戦わせたのはこの私です。だから、先輩と戦わされた事への怨みを返すのは私だけにしてください。姉さんは関係無いんです!」
少しの沈黙。
その沈黙を破ってアルトリアが話す。
「あの、桜?。何か勘違いしていませんか?それに凛もですが、私は貴女達に害意はありませんよ?」
「ええっ」「はいっ?」
二人は同時に奇妙な声をあげてアルトリアを見たのだった。
◆今回SSをはじめて書きました。至らぬ点も多々あるとは思いますがよろしくお願いします。
※すみませんが仕事と両立しているので更新は時間がかかると思います。