ルイズ達を乗せた軍艦「イーグル」号は、浮遊大陸アルビオンのジグザグした海岸線(大陸側面部)を雲に隠れるように航行していた。到着まで、三時間ばかりかかるというので、その間余裕ができたシンジはギーシュと共に船内の見学をすることにした。
ちなみにルイズを除く女性陣は、ワルド子爵の説教タイムの真っ最中である。
シンジとギーシュが、ニコニコ顔のワルド子爵に部屋を追い出された瞬間から始まったそれは、二人が首をすくめるのに十分な迫力を持っていた。軍人で風メイジのワルド子爵の怒声は、与えられた部屋に張り巡らされた「サイレント」すら飛び越してガミガミという擬音すら漏れ聞こえそうだ。二人は急いで、その部屋の前から逃げ出し、今に至るわけである。
ギーシュはともかくとしてシンジには、空に浮かぶ船など初めて見るシロモノで、まるでファンタジーの世界に迷い込んだような錯覚を起こさせた。なにしろ空に浮かぶための機能がまるで見えないのだ。プロペラも無ければ翼も無い、気球のような施設もなさそうだ。
ワルド子爵を追いかけていたであろう、グリフォンのバルバリシアがやたら高いところを飛んでいた理由がシンジにはやっとわかった。
軍艦「イーグル」号は全長が四十メイル強、全幅は十五メイルほど、二本の大きなマストを備えている、砲門は両舷合わせて四十四門といういでたちの大型空中戦艦である。
シンジの知っている帆船と違うところは、船で言うところの喫水線の辺りから二枚の大きな羽のように見える帆装が付いている所ぐらいだろう。無論この帆装も羽ばたいているわけではない。推測ではあるが船を安定航行させるためのものだろう。
「こーんな大きな船を浮かせるなんて魔法ってすごいですね。何人がかりなんです?」
「んん、今なんと言ったかねシンジ?」
「いや、ですから……」
シンジの疑問を聞きギーシュは噴出した。
「あっはっはっはっは、違うよシンジ。この船は精霊石で浮いているんだ。それも風の精霊力を蓄えた、いわゆる風石によってね」
シンジはその説明に目を丸くした。
「ふう、せき?!」
「おいおい、しっかりしてくれよ。風石はそりゃ質のいい大きいものを取ろうと思ったらそれなりの鉱山に行かなきゃならないだろうけど、基本的にはどこでも取れるモンだぜ。質の悪い風石は、きれいなガラスのビンなんかに入れられて、よく露天で売ってるよ。軽く振ると、フワッと浮かぶ子供のおもちゃさ。僕も小さいころは良くお祭りなんかで買ってもらって、浮かばなくなるまであきもせず見ていたものだよ。
風石は浮かぶときにはキラキラ光ってきれいだったからね、よくわざと夜中に離したものさ。 もっとも、そのたびに父上や母様から叱られたけどね」
ギーシュは幼いころを思いだしたのか、目を細め笑顔をみせた。
「ロバ・アル・カリイエでは違うのかな?」
ん、と顔をこちらに向けてきた。
「いや、その。ロバ・アル・カリイエではその風石?は取れなかったんです」
シンジの常識ではロバ・アル・カリイエ(東の地)どころか、世界中どこを探してもそんな鉱石など見たことも聞いたことも無い、無いはずである。
「おおーそうなのか。そいつは失礼したな。詫びにもう少しレクチャーしよう」
ギーシュはそう言って、自分の愛用の造花に模した杖(ワンド)を取り出した。
「これはぼくの杖だが、これにも精霊石が練りこんである。父上が昔、手柄を立てた時に質のいい「土石」の原石を王より下されてね。そのかけらと風石と混ぜ合わせ作ったものなんだ。
見た目より遥かに丈夫で、精霊石の力が僕の魔法をサポートしてくれるのさ。
ちなみに精霊石は例外なく使えばへる。だからたまに「錬金」で減った分を補充するんだ」
「へぇ~」
シンジは目を丸くして興味深げに聞いてくれる、まことに良い生徒、あるいは聴衆であった。
そんな様子に気を良くしたのか、ギーシュの口は止まらずいろんなことを教えてくれた。
「土魔法における「錬金」は一般授業だと、「変質」と「変形」ぐらいだろう、だけど土系統の専門授業では他にも「抽出」とか「溶着」、それに「溶着」に似ているようでちょっと違う「接着」なんてのもやるのさ」
他にも「融合」「分解」等の細分化された作用があること、その集大成が「ゴーレム錬成」であることなどなど。シンジは目をキラキラさせながら、ギーシュの話に聞き入っていた。
「すごいね、本当に万能なんだな、土魔法って」
そんな素直な反応を返され、ますます鼻高々なギーシュである。
「残念ながら、神の奇跡の魔法ではあるが万能ではないよ。精神力と知識、それに練習に支えられた技術にすぎないのさ。よし、ちょいと風石室を見せてもらいにいこう」
ギーシュはイタズラっぽく笑うと、そう提案してきた。
第二十四話 阿呆船
甲板の床に付けられた「風石室」への扉、その前に立っていた歩哨らしい汚れた水兵服の男にギーシュが見学をさせてくれるよう頼み込んだ。
ギーシュたちの身分と、ルイズの船長室での立ち回り、十本以上の杖を向けられての啖呵はもうすでに「イーグル」号の船員達には知れ渡っている。
つらく孤独な戦いを強いられてきた彼等にとって、外国にも味方がいると思わせてくれた、この小さな客人たちは好意を寄せるに十分以上だった。
船の心臓部たる「風石室」だが、快く承諾してくれた。
その船員は床の扉を軽く叩き、下の部屋と連絡を取る。扉が開き、さらに汚れた水兵服を着た男が現れた。 二言三言言葉を交わし、その男は指で丸をつくる。
扉の前の歩哨をしている男は、軽く片手を挙げ片目を閉じてみせた。
扉の中から現れた男、チーフエンジャー(風石機関長、エンジニア)はその重要な役職にも関わらず、意外なほど若い人物だった。
扉は二重(ふたえ)になっており、小さな扉を一旦閉めると、その小さな扉がついた大きな扉を開く、大きな扉の方は四角く、端々二メイル弱ほどの大きさだった。
扉が開くと案の定、階段があった。
風石室は意外なくらい明るく広かった、甲板から約二メイルほど降りると天井には大きな丸いタライがいくつも生えておりその天板の部分が光っている。
よく見ればその明り取りに見えるタライは太い足があり周りの縁がなければテーブルのようだ。それが斜めに傾いで天井から生えていた。
シンジはあたりを見渡すが、他には大きな木箱が二つばかり立て掛けてあるだけでガランとしていて、まさしく何も無い部屋であった。
いや、よく見れば床に手回しの滑車つき巻き上げ機とそれに繋がる何本かの鎖がある。
「え、えーと……」
ギーシュがニヤニヤしながら、戸惑うシンジをおかしそうに見ていた。
「驚いたな、本当に知らないんだな」
「大使殿、良ければ少し説明をしましょうか?」
見かねたのか、チーフエンジャーが提案してきた。一も二も無く賛成し、お願いすることにした。
「まずは、風石ですが、目の前のこちらになります」
男が指をさし示した先に有ったのは例の天井から生えた斜めに傾いだタライ、その中のドーナツ状のガラスの円盤だった。
ガラス製のドーナツの円盤の直径は1.5メイルほど、そして厚みは15サントほどで青白く淡い光を放っている。
へえ、とも言えずにシンジはその大きなガラスの円盤に見入っていた。
「このテーブルに見えるものが、浮力盤になります」
船の大きな柱に直結しているらしいそれは根元のところが蝶番(ちょうつがい)になっており、さらにはテーブルの前後左右が鎖に繋がれていた。
片側の鎖がピンと張っていて、手回しの滑車つき巻き上げ機に繋がっている。
どうやら、この鎖でタライの傾きを調整しているらしい。
「風石は、こちらの固定化のかかった箱から取り出し、さらに特殊な固定化の魔法のかかった皮袋から取り出すことで浮力を取り戻し、船を浮かばせます」
立て掛けてあった木箱を開けると巨大なバームクーヘンでも入っていそうな皮袋が八つ出てきた。
その皮袋は普通に重そうで、浮かんで困るようなことは無さそうである。
どうやら、このドーナツ状の風石を八等分して入れてあるようで、扇状の風石はそれぞれが大きさにあった重さなら、シンジでは両手でも持ち上げることは難しいだろう。
「この浮力盤は、船首甲板と後甲板、左右の両舷側に2つずつ、それに船の中央部にも一つの計五つがあって、船の竜骨とそこから延びる重要な梁につながり船を浮かせるのです」
「へぇ~……竜骨ってなんです?」
ギーシュがガクっとなった。
「き、君は知識があるんだか無いんだか良くわからんな」
そう言われ、頬を染める。
「いや、あの、だって」
「ハハハ、まあまあ大使殿。 知らないことを知らないと言えるのも大事ですぞ。竜骨とは、船の骨組みの中で最も長く重要なものです。生き物で言うなら背骨ですな、特にこの「イーグル」号の竜骨材は当時の有名なスクエアメイジが「固定化」と「剛体化」を掛けていますので、折れず燃えずで、木材の特徴でも有るしなる事も可能と、二律背反を成し遂げています。
したがって、何よりも頑丈に出来ていて竜骨の寿命が即ち船の寿命となります。あとは、海に浮かぶ船のそれよりも重く出来ていまして、いわゆるバラスト(船を安定させる重し)の一つでもありますね」
またまた、目を丸くして話に聞き入るシンジ。
「いろいろお教えいただいてありがとうございます。あと浮力盤が斜めに傾いでいるのはなぜでしょう?」
風石が船を浮かせているなら、浮力盤を平行にした方が効率がよさそうに思えた。
「……地面に対して働く「力場」を小さくして、船のバランスを取っているのさ。上昇したい時には地面に対して浮力盤を平行に、下降したい時には斜めに傾けることで「力場」を小さくするんだ」
「ほほう、良くご存知ですな。 大使殿はもしや土系統ですかな」
「ええ、そして軍人の家系でもあります」
ギーシュがそう答えると同時に、この部屋の伝声管がガンガンと鳴る。そして、指示が飛んできた。
「何してる!船首が上がってるぞ!微速下降!」
慌てたように、チーフエンジャーも叫び返す。あれぇっ?と頭を傾げながら。
「微速下降! アイ・サー!」
それを合図に今まで説明をしてくれた船員が近くの大きなレバーを傾ける。
すると浮力盤がチキチキと音を立て、さらに斜めに傾いていった。
大陸から突き出たような岬が見える。その先端には大きな砦があった。
ウェールズ皇太子は後甲板に立ち、ルイズにあれがニューカッスルの城だと説明していた。
ルイズの知識では、ニューカッスルの城は高くそびえ立ち、白く美しい形状をしていると認識していた。
今、実際に見せられたニューカッスル城は、高い塀より上の部分はすでに破壊され見るも無残な姿を晒している。
「イーグル」号はまっすぐにニューカッスルに向かわず、大陸の下側に潜り込む様な進路を取った。
「なぜ、下に潜るのですか?」
ウェールズは、城の遥か上空を指差した。
ルイズは、その指先の遠く離れた岬の上空から、巨大な船が降下してくるのが見えた。
「叛徒どもの、艦だ」
苦々しくそう告げる。
あまりにも離れているため、大きさは良くわからないが相当に大きな船であることはわかる。
ウェールズの説明によると、船名は元本国艦隊旗艦「ロイヤル・ソブリン」、今は「レキシントン」と名を変え、「王権(ロイヤル・ソブリン)」の敵へと様変わりしている。 巨大な三本マスト、全長百二十メイルという巨艦であった。
シンジとギーシュが、風石室から出てきた。船舵室からの指示がどんどん入ってきて、船員も説明どころではなくなり、ギーシュ達も邪魔をしてはまずいと、お礼を言って出てきたのだった。
船尾に向かおうとして、ギーシュがシンジを押し留める。
「どうしたの?」
「シー!」
ギーシュは口に指をあてた。
本当の大使であるルイズと、皇太子が並んで立っていた。 なにか邪魔をしてはまずいような雰囲気であるため、彼としては空気を読んだ行動だった。
「……アレを沈めるのが、私の最後の… …」
「……そんな、姫様は… …」
「……いや、そんなことは書いて無かった… …」
シンジとギーシュは、物陰に隠れてそっと聞き耳を立てるが航行中の船の上ということもありよく聞こえない。
「シンジ、何を言っているのか聞こえないか?」
ギーシュは声をひそめて聞いた。無論、シンジに使い魔としての「共有」に期待したのだが、
「いや、風が強くて全然聞こえません。 でも」
「でも?」
「ちょっと、インチキしましょう」
シンジはそう言って、背中の魔剣を抜き出した。
「……フンフン、ホーホー、なーるほどね」
「デルフ。一人で納得してないで、早く教えてよ」
「まあ、単純にいっちまえば、あの王子さん。この「イーグル」号で敵のでっかい船に特攻かますつもりだぜ」
「「なっ」」
「そんなはずは無い!王家には切り札がある!」
「その切り札、ヘキサゴン・スペルに対抗出来る様、作ったのがアレなのさ」
その声は、シンジ達の後から聞こえた。
いつの間に近づいたのか、二人にはまったくわからなかった。
「王国最後の軍艦「イーグル」号の乗り心地はいかがかな。大使の護衛殿」
そこに立っていたのは、誰あろうウェールズ皇太子だった。
「……まったく、盗み聞きなんて、貴族として恥を知りなさい。シンジ。あなたもよ、まったく主人に恥をかかせて」
「「ゴメンなさい」」
二人は揃って甲板で土下座中である。
「はっはっは、まあそれくらいでゆるそうよミス・ヴァリエール。二人は君の護衛も兼ねているんだし」
「で、すが」
「ん」
「本当なのですか。あの、……叛徒どもの船がヘキサゴン・スペルですら効かないというのは」
ギーシュは当初、いいにくそうだったが、意を決して聞いた。
何せ元々はアルビオン王家が、その権威と国威の象徴として建造された船なのだ。ある程度のためらいは仕様の無いことだった。
「ああ、本当だ。ただの火では中々燃えず、土も水も届かない、そしてアルビオン王家の象徴でもある風ですらあの船には効かない」
「そんな」
「他の系統に比べれば、攻撃範囲、距離共に広いと言える風だが、残念ながら威力が弱い。
そして、きやつらの船の大砲の射程距離はより遠いのだ。
もし、奇襲などでこちらのヘキサゴン・スペルが当ったとしても、あの船は数十メイルほど後退するだけだろう」
シンジらは雲の切れ目から覗く巨大な空中戦艦を見た。無数の大砲が舷側から突き出て、艦上には竜騎兵の乗るドラゴンが舞っている。
「備砲は、両舷共に三層甲板の百八門、竜騎兵が上空を見張り、船体は固定化のかかった三重装甲だ。いったいどうしたらいいものかね」
ウェールズはまるで人事のように、口元に微笑をたたえながらそういった。
「ま、真上からのあるいは真下からの砲撃」
シンジが意見を述べる。
「ん、砲口は下を向かない、却下だ。真下からは固定化プラス剛性化の掛かった三重装甲と丸い船体が完璧に砲弾を防ぎ逸らす、位置取りも難しい。却下だな」
「真上から、油をまいて火をつける」
「仮に火薬をそれに加えても、帆布とロープが燃えるだけだろう、マストと甲板にも固定化が掛かっているからね。 あまり意味は無いな。したがって、却下」
「乗り込んで、内部から制圧」
「残念ながら、残った味方全員よりも、あの船の乗組員と戦闘メイジの数の方が多い。そして乗り込むにはまず近づかなければならないが、百を超える砲門と竜騎兵がそれをはばむだろう。砲門は下には向けられないが、上には向くんだ。成功の可能性は残念ながら低い、これも却下だ」
「うーん」
「いろいろ考えてくれてありがとう、使い魔君。 だが我々もその辺は考慮済みなのさ」
「では、どうしても」
「ああ、「イーグル」号の船首にとがった衝角(ラム)を取り付けてある。
そして、船ごと真上から突っ込む。 首尾よく「レキシントン」の甲板に突き刺さったら、船に満載した火薬でそれを打ち出し、竜骨をへし折る。それが叶わぬまでも船体の爆発であの「レキシントン」の火薬をすべて誘爆させる。成功の可能性はこれまた低いが、他にあの船を沈める手段がない。
はてさて、我らが出来ることは、王室の誇りと名誉を汚辱に塗れさせたあの船を、死出の旅路の道連れにすることだけさ」
「なにも、そんな特攻を人を乗せてやる意味がわかりません。 ゴーレムか「偏在」で代用するわけには行かないのですか」
シンジは苦しそうに、そう吐き出した。
ウェールズはその言葉にちょっとの間目を瞑り、それからゆっくり目を開いてシンジの目を覗き込んだ。 うして少し悲しそうに笑った。
「それは出来ない」
「な、ぜ、です、か?」
「叛徒ども。 『レコン・キスタ』と言うそうだが、どうやら水の外法を使っているらしい。ふん、きやつらは、なに「虚無」の再来だのなんだのと騒いでいるが、過去何度か事件があったよ。死体を自らの下僕と変える外法の一つだ」
「なんと?!それは本当ですかな?」
いつの間に来たのか、ワルドがそこに立っていた。
「やあ、子爵殿。 さすがに見事な「隠行」ですな。お姫様たちの説教は済みましたかな」
「ええ、ええ、先ほど開放してやりました。そんなことより……」
「まあね、かの敵の首魁たる総司令官「オリバー・クロムウェル」、アレは虚無どころか生きた人間であることすら疑わしい。そして、きやつが「虚無」として使っているもの。死体を動かし、生きた人間を木偶人形と変える「死霊魔術」だ」
自らの分身を操る魔法は、どの系統でも高級であるとされる。
「土」のゴーレム。
「風」の偏在。
「火」の炎獣。
そして「水」の……。
ワルドは目を血走らせて、まるで怒ったようにウェールズ皇太子の話に聞き入っている。
ありえない話ではない。
それどころかこの「死霊魔術」の使い手は、かつて水の王国と呼ばれるトリステイン王国で猛威をふるい、一村を壊滅させたこともある「禁呪」中の「禁呪」である。
「それで、……あの」
シンジがおずおずと、話に入ってきた。 いやむしろ割り込まれたのはこちらなのだが。
「ん、ああ、すまない。つまり死んだあとの私や父王の死体を利用されては、さすがにヴァルハラにてご先祖に申し訳が立たないんで、ね。……いや、もうすでに顔向けは出来んか」
ウェールズは、はははっと笑った。
「ま、そういう訳で、父王は城で、私はこの「イーグル」号で敵に突っ込んで、木っ端微塵に吹っ飛ぶ予定だ。
……しかし、勇敢なる大使殿。ワルド子爵。護衛殿。マストの影の大使の友人諸君。よくぞこの間際になってアルビオン王国に来てくれた」
マストの影にいたらしい気配がゆれる。ウェールズは風メイジとして優秀なようだ。
「内憂を払えなかった無能な王室が滅びるのは良い。それは我らの責任だからな。だが、最後にこの情報を君らに渡すことが出来た。愛しい人の国を守る一因となることが出来た。……偉大なる始祖のお導きに感謝を」
シンジは眉をひそめ、ウェールズの言葉を聞いている。人の死ぬ話にはどうしても慣れる事の出来ないシンジだった。それに「イーグル」号は大きな船だ、おそらく多くの船員がこの特攻に付き合うのだろう。すでに、何人かの船員たちと知り合いになっていたシンジには、たまらないことであった。
ルイズが顔を上げ、強い意志を持ってウェールズと視線を合わせた。
「皇太子様、お願いがあります」