ワルドたちが船上に現れると、作業中だったらしい船員たちが出迎えた。
ワルドとルイズは、今は貴族の象徴たるマントを羽織らず旅行中の裕福な商人とその恋人のような格好をしている。
軍杖剣は腰に刺しておけば普通の細剣(レイピア)と見分けがつかず、小さな手持ちの杖(ワンド)は上着の中だ。
風竜に乗り現れたのは、そうとうびっくりしたようだが、ワルドが割符のようなものを見せると、船員たちはすぐに船長を呼びに行った。
ワルドは、ルイズを手元に引き寄せ、それ以外の女性3人に言った。
「ここまでのご協力感謝するよ。だが君らはもう戻りたまえ。あとは大人の仕事だ」
「あら、あたしたちもアルビオンに行くつもりですわよ」
キュルケが、“こんな、面白そうなことを見逃してたまるものか”といった風情でワルドを睨む。
「わかっているだろうが、ことは国家機密に属するものだ。おまけに、君らもたった今巻き込まれたばかりだろう。危険が大きすぎる」
しかしワルドは、“ガキの駄々に付き合っていられるか”とばかりにそっけない。
「そうよ、キュルケ。遊びじゃないのよ!」
背が低く、顔だちが幼いルイズが言うと、子供が大人の真似をして背伸びしているようにしか聞こえない。
タバサが口を開く。
「……たしかに、あたしたちが行く意味はあまりない。おまけに内政干渉になる恐れもある。これ以上は邪魔になるだけ。わたしたちはここで別れたほうが良い」
「あたしは行くわよ。誰が何と言おうと!」
女性4人でわいわい騒いでいると、この船の船長らしい初老の男がやってきた。
「これはこれは、こんな時間にどうなされました?」
「船長。予定が早まったが、風石は十分か?」
「昼間言われました通り、準備は整っております。しかしこのような夜中に?」
「街中で襲われた、今も敵が迫ってきている。仲間が食い止めてくれているが、正直いつまでもつかはわからない」
ワルドの“いつまでもつかはわからない”の所でルイズがビクリと反応する。
「すまないルイズ、無神経なことを言ってしまった」
「い、いいえ、あたしこそ覚悟が足らなかったわ。すべてを納得してこの任務を引き受けたはずなのに」
「心配するな。彼は「国一番のメイジ様」が作った「偏在」を倒した男だぞ。めったなことじゃ死にはしないさ」
昨晩のルイズのセリフを取って、心配するなと励ました。それから、キュルケ、タバサ、モンモランシーに向かい言い放った。
「諸君、聞いての通りだ。これ以降は同行させるわけにはいかない。風竜に乗り、学院にもどりたまえ。いなやは無しだ。これ以上グダグダ言うようなら実力でたたき出す」
口調としてはむしろ静かな言い様であったが、有無を言わせぬ迫力があった。結果として、上記の三人はしぶしぶながら船から下ろされる事となった。
「出航だ!もやいを放て!帆を打て!」
第二十二話 アルビオンヘ その5
高速移動中でバランスを崩されたシンジは、地面の上を際限なく転がっていく。動きの止まった謎の敵に、間髪を入れず矢が、槍が、刃が、そして魔法が殺到した。
「相棒ーぅ!!」
背中の魔剣の絶叫が響き渡る。風メイジの一人が放ったウインドブレイクが土砂を巻き上げ、傭兵たちから視界を奪う。
「バカヤロウ!慌てんじゃねえよ!おめえら一旦離れろ」
足をへし折られ、さっきまで悶絶していた団長も復活したようだ。月明かりの元とは言え、このような土砂の煙のせいで同士討ちもつまらない。
「じゃあな、後は好きにしたまえ」
そういうと、白仮面の男はフライで飛び上がり夜空に消えてしまう。
「あ、ちょっ。ちぇ、愛想のねえ野郎だ。まあいい」
傭兵団長は、意識のある風メイジに舞い上がった土砂の煙を吹き飛ばすよう命じる。呪文は『ウインド』だ、風をふかす基本魔法を広場に向かい吹きつける。見る見るうちに、煙は晴れたが、あのすばしっこい小僧の姿はどこにも無かった。
やがて、どこからともなく剣戟の音が聞こえてくる。傭兵の一人が上空を指差す。
「上だ!!」
そこには、月明かりの元、シルエットのみを交差させて戦うシンジと白仮面の姿があった。
タン、タン、タン、タタタタタタ。
階段を、二段三段飛ばしで駆け上がってくるようなその音に、白仮面の男は慌てて振り返る。ありえないことに敵の少年は空中を走って追いついてきた。
一瞬、フライか?とも思ったが少年のそれは重力のくびきを断ち切ったメイジのそれではなく、まさに見えない階段の上を昇っているようだ。
「ぬう」
シンジと空中で相対する白仮面はその戦術にうめきを漏らす。しかし、すぐに声を出したのを恥じるかのように黙り込む。シンジはぶつぶつと何事かをつぶやいているが、声が小さくおまけに戦闘中とあって、聞き取ることは高位の風メイジであろうこの男にしても難しい。
白仮面の男は、悠然と空中に立つこの少年に向かい、何度も攻撃を仕掛けているのだが、まさしく空中で走るがごとく移動され、こちらの攻撃はことごとくかわされる。
魔法で攻撃しようにも、フライを使っているため精神力をそちらに使うことが出来ない。
何度かの自由落下の最中に「ブレイド」を唱えることに成功し、それで自らを魔法の矢と変え特攻を繰り返すばかりだ。
『フライ』は『レビテーション』と『風操作』を合わせた魔法のため「浮かぶ」「進む」「曲がる」は得意だが、急停止やあまり鋭角に曲がることなどは不得意である。あまり急激に慣性を殺すと、魔法体である自分でも身を保つことが難しい。
かといって、ゆっくり飛んで近づくわけにも行かない。空中ですら、彼の『ガンダールヴ』は健在だ。
謎の力で空中に足場を作り、そこをすばやく移動している。だが、上下の移動がイマイチで、三次元の移動及び戦闘に慣れたメイジを捕らえきれずにいるようだ。
だが、ものの数十秒でコツを掴んだようで剣を片手に、逃げる白仮面を追い詰め始める。白仮面の男も覚悟を決めたのか、逃げ回るのをやめ対峙するように少年を見据える。
数瞬の睨み合いの後、先に仕掛けたのは白仮面の男のほうだった。自らの魔法体をすべて『ウインドブレイク』と変え突撃をしたのだ。
響き渡る轟音。
地上で戦いを見ていたものすべてに、その余波としての爆風が降り注いだ。
白い仮面の男が自爆し、その爆発の中心にいたシンジは剣を前方にまっすぐに構え空中に立っていた。その姿には特に外傷は見えず、白仮面の自爆は回避したか、もしくはどうにかして防いだようだった。
「相棒、大丈夫かい」
だが、シンジからの返事はなく、足元に展開していたATフィールドも彼を支えられないほどに弱くなっていった。その当然の帰結として、墜ちたら怪我ではすまないであろう上空から落下し始めた。戦っている最中でさえそれは怪しかったが、シンジにはすでに意識はなかった。
「おい!相棒!目をさませ!おいってば!」
デルフが呼びかけるが、シンジは目を覚まさず、またデルフにもこういった際に使い手を守ることが出来るような能力は持っていない。
「空中を走ってる!」
風メイジのレベルは「フライ」のスピード及び小回りの半径でも計ることができる。それは、素人目にもトライアングル以上のものだった。
数合の打ち合いの後、謎の仮面のメイジは空中のシンジに対し特攻を仕掛けたのだ。それを空船より追い出され、学園に帰る途中のタバサ達が目撃をしたのだ。
空中戦と呼ぶにふさわしいそれは、学生レベルで手を出すことの叶わないものであったため、風竜の背中に乗る三人はただ遠巻きに見ていることしか出来なかった。
そして、謎のメイジの特攻。爆発。
ゆっくりと墜ちていくシンジ。
終わりか!と思われた瞬間に彼めがけ飛んできた幻獣がいた。ワルドの騎獣であるグリフォンである。それは器用に空中でシンジを背中で受け止めると、ゆっくり地面へと降りていった。
何割かの傭兵たちはまだ戦えたが、いきなり空から降ってきた風竜とそれに乗った三人の女メイジには抵抗するすべを持たなかった。傭兵団の七~八割がたの傭兵たちが足を折られて戦闘不能だったのだ。
つまり、シンジ一人で傭兵団をすべてつぶしたようなものである。
キュルケが、杖の先にトライアングルレベルの炎を灯すだけで状況のわかった傭兵たちは皆降参した。
「なによ、つまんないわね!男ならちょっとは抵抗しなさいよ!」
たまった鬱憤をぶつける相手が何もしないうちに降参してしまい憤懣やる形無しである。とりあえず、杖やら武器やらを捨てさせた。
「キュルケ!悪いけど、そいつら見張ってて。あたしは使い魔君のほうを見に行くわ」
モンモラシーがそう言って、シンジに駆け寄る。タバサはシルフィードに乗り、上空から傭兵たちを見張っている。
「え!ああんもう、つまんないわねぇ。あたしもそっちがよかったのに」
そうは言っても、純粋な火メイジであるキュルケが行っても仕方がない。モンモランシーは、暗い中すばやく「診断」をつむぎシンジの容態を診た。
「とりあえず、怪我はないわね」
「あ~らモンモランシー。随分と腕を上げたじゃない」
キュルケは傭兵たちの見張りを少しの間タバサにまかせ、シンジの様子を見に来た
「は、なに言ってるの」
「だって、それ」
キュルケは杖先に松明代わりの炎を灯し宙に浮かせている。その炎は、グリフォンの背にうつ伏せで横たわるシンジの姿を明々と照らし出した。
「うっそ、なにこれ」
シンジの服は、どこもかしこもボロボロだ右の袖などは焼け焦げている。
キュルケたちは見ていないが、高速で移動中に謎の風メイジの「ライトニング・クラウド」に突っこんでしまい、派手に転ばされたのだ。
敵の土メイジの運んできた土の上とはいえ、シンジの着る服の結構厚い生地が擦り切れ、あちこち素肌が見えている。見るからに無傷はありえない。モンモランシーは魔法により「診て」いたために彼のその惨状に気が付かなかったのだ。
(気をつけて、町の入り口方向から百人ぐらいの人数が近づいてくる)
タバサが『伝声』により、キュルケとモンモランシーに警告を発した。二人は慌てて、シルフィードに飛び移る。シンジを乗せたグリフォンも空中に逃れた。
「あら、あれは」
やってきたのは十数頭の馬に乗り、駆けつけた詰め所の騎士達。
その先頭は、なんとギーシュだ。 彼は三体の青銅製ゴーレムを従え、馬の後ろには、彼の使い魔「ヴェルダンデ」を乗せている。
ギーシュの右後方の馬には、ミス・ロングビル、彼女は呆れたことに二十数体もの土製ゴーレムを引き連れ駆けつけている。
「シンジー!無事かー!ギーシュ・ド・グラモンただいま参上!」
それは、偶然だった。
錬金の材料たる土を手に入れるため、床に開けた穴より、なんとギーシュの使い魔たるジャイアントモールの「ヴェルダンデ」が現れたのだ。
ギーシュはミス・ロングビルや店内に残っていた客のメイジ達と協力しヴェルダンデの開けた穴を「錬金」で広げ皆で脱出したのだ。
だが敵にはトライアングル以上の土メイジがいることは確実なため、おとなしく逃がしてはくれそうも無い。
そのため、シンジが囮となりその注意を地下に向けさせないようにした。その間に脱出した皆で助けを呼ぶ、大雑把ではあるがこれが急遽立てられた作戦だった。
ギーシュは、そう皆に説明する。
ルイズは甲板で、離れていく地上を見つめていた。彼女は襲撃の際にも何も出来なかったことが歯がゆく、また情けなかった。
ワルドは大きく張った船の帆に風をあて、操船を手伝っていた。どうやら、風石は結構ギリギリでおまけに積荷の「硫黄」がかなりの重量になるらしかった。
ルイズは、この船が貸し切りか、もしくは偽装された軍船と思っていたため、ワルドが風石代わりに働かされるとは思っていなかったのだ。
ワルドは地上を眺めては、ため息をつくルイズを見て声を掛けた。
「ルイズ、大丈夫かい」
「ええ、ジャンごめんなさい。わたしは大丈夫」
「そうか、だが無理はするな。船室で休んでいたらどうだい」
「ジャン、あなたこそ戦ったり、操船のための魔法を使ったりで疲れているのではなくて」
「おいおい、ルイズ。僕は軍人だぜ。「風」(ウインド)ごときでへばっていたら君の使い魔君に顔向けできんよ」
「……」
「あ~、すまない。そういう意味じゃないんだ」
「ううん、いいの。わたしが「ゼロ」のせいであいつに苦労させてるのは本当だもの」
「シンジ君か。彼は本当に何者なんだろうね」
ワルドは小ぶりの杖を帆に向けて、風を送り続けている。さすがにスクエアクラスのそれは力強く、積荷を満載した空船を強力に押し上げていく。
ワルドは、腰の軍杖剣と、子供のころから握り締め呪文を唱えていた杖を使い分けていた。
メイジ(貴族)は通常一本の杖としか契約をしない。契約を施し手になじんだものでなければ魔法は発動しないからだ。
だが、魔法衛士となり支給された軍杖剣とも契約を行い、二本ともに使いこなしていた。
「……伝説の使い魔で、神話の英雄で……」
「ルイズ。「精霊の神話」は作り話だよ」
「……」
「あれは、「エッダ」(北欧神話)の焼き直しだ。登場人物は皆、神様たちのオマージュだよ」
「……五人のゴーレム使いは、「ロキ」(北欧神話におけるトリックスター、そのエピソードにより善神であり悪神であり、男であり女であり、知恵者であり間抜けであり、勇敢であり臆病である)の性質と性格をそなえ、「エッダ」に比べ矛盾が少なくなっている。三つの階層世界の九つの国のあちこちから敵を想像し、主人公に敵対させた。……だったかしら?」
「なんだい、君も読んでいたのか。そう、そしてロキの生んだ怪物をロキと対決させたのさ。水の精霊は入植したわれわれと接触し、その知識を得て自分流に書き換えたんだろう」
「水の精霊は単体で生存が可能な生物で、人と接触するまでは「言葉」を持たなかったと推測される。したがって「物語」をつむぐことも出来ないはず」
「そうだね、「先住言語」を持っていたとする学者もいるが、それ自体が未確認だからねえ」
「そうね、水の精霊が嘘をつかないのも、結局はわたしたちと生態系が違いすぎて、その必要がないからでしょうしね。でも知恵はすべて、他の生物を騙すために発達したと何かの本で読んだことがあるわ。それが生きるために必要だったからと、だとすると水の精霊と人間はどれほど辛い目にあってきたのかしら」
「「エッダ」においては世界中が神々の戦争に巻き込まれ、人間は二人の男女のみが世界樹の大きな実の中(ホッドミミルの森)に隠れ生き延びたとあるし、自分勝手な神様たちと同じ世界で暮らすのは十分辛かっただろうね」
「リーヴとリーヴスラシル(北欧神話におけるアダムとイヴのような存在)ね」
「そういえば、使い魔の名前に「エッダ」からの借用が多いのに、この二人はあまり聞かないね。
やはり人間だからかな」
「強そうな神様や、モンスターが山ほどいるのだからわざわざ人間の名前をつけようとは思わなかったのでしょう。 ギーシュのジャイアントモールなんて時の女神たる「ヴェルダンデ」だもの」
「そういえば、ルイズ。本当はどんな使い魔がよかったんだい?やはりドラゴン系かな」
「本当のことを言えば、馬がよかった」
「ペガサスとかユニコーンとか?」
ちなみにペガサスは風を、ユニコーンは水を象徴とする幻獣である。
「ううん、そんな贅沢は言わない。まだ人を乗せられないようなただの子馬でよかった。だって、それなら一緒に成長できるから。あたしが学院を卒業するころには、きっと立派な……」
ルイズはそこまで言って、急に黙り込む。
「……ありがとう、ジャン。また、気を使わせてしまったのかしら」
「どういたしましてルイズ。男の義務の内だよ。どうだい、多少は気晴らしになったかな」
「ええ、ありがとうジャン。やはり少し休ませてもらうわ」
「ああ、そうしたまえ。到着は明日の昼ごろのはずだ」
ワルドに促され、船室に向かう途中、ルイズはポツリとつぶやく。
「ううん、わたしの使い魔。それだけで十分よ」