「なんで、どいつもこいつも帰ってきやがらねえ!」
アジトがわりの安宿で、傭兵団長が叫ぶ。本格的な襲撃は今夜の予定であるが、それまで敵を見張るため、何人かを偵察に出しているのだ。しかし、それまでに敵の戦力を減らせるのであれば、それに越したことは無い。目的の人物たちが宿から出て来たとの情報を得て、団員たちに命令を下す。指定された人物を見張り、機会があればさらうなり襲うなりしろと。
一応念の為、一人を見張るに当たり4~5人で行動するように言ってある。必ず、メイジを一人入れた小隊単位の行動だ。
歴戦の傭兵たちは、メイジとの闘いになれたプロだ。それでも念の為、上記のような構成で偵察を行っていた。
だが、偵察に行ったやつらは誰一人として帰ってはこなかった。相手はメイジとは言えただの学生のはずではなかったのか?たとえ、返り討ちにあったとしても一人ぐらいは帰ってきて報告しなければならない。不審に思い、偵察に出したやつらを偵察すべく偵察隊を出す。
だが、ミイラ取りがミイラ、の諺のようにそいつらも誰一人帰ってこない。
団長の懸念は、団員が三分の一に減らされるまで続いた。
第二十一話 アルビオンへ その4
シンジの眺めていた月は巨大なゴーレムに隠され見えなくなった。シンジの記憶において、このような巨大なゴーレムを作り操ることの出来るメイジは二人、一人は学院の教師たるミセス・シュヴルーズ。そして、もう一人は、
「まさか、フーケ!」
もちろん、本物のフーケは一階でみんなと酒盛りの最中である。ふと見上げれば、巨大なゴーレムの肩の上にメイジらしき人影が見えた。
シンジが慌てて、キュルケの手を取り、部屋の奥に逃げると巨大なゴーレムのコブシが唸りベランダの手すりを粉々に破壊する。
白仮面の男は、頭を抱えていた。メインで雇った傭兵団が八十名ほど、他にも大小取り混ぜて二百人ほど声を掛けたはずなのだが、ここに集まったのが五十人ほどしかいない。
「前金詐欺か?」
逃げたら殺すとは言ってあるが、実際逃げられると追いかけている余裕なんかあるわけがない。
前渡し金としてはそれなりに渡しているので、本当に逃げられたとしたら大損である。
いや、金は二の次だ。問題はここであいつらに逃げられることである。一応、歴戦の傭兵に加え、それなりに訓練をつんだ傭兵メイジが残ってはいるが。
シンジとキュルケは大急ぎで一階に降りる。下りた先の一階も、すでに戦場と化していた。
いきなり、玄関から飛び込んできた傭兵の一団が、酒場で飲んでいたワルドたちを襲ったのだ。
タバサ、モンモランシーが射程の長い魔法で応戦し、ギーシュの魔法で花壇の土から岩壁を作り防御しているが、多勢に無勢、防戦一方だ。一番戦力になりそうなワルドは、この任務において一番の重要人物たるルイズのそばから離れるわけにはいかない様だ。
傭兵たちは、メイジとの戦いに慣れていて、緒戦でメイジたちの魔法の射程を見極めると、その射程の外から矢を射掛けてきた。ギーシュの作り出した岩壁も、ボーガンのような武器で石を打ち出されどうにも分が悪い。持って2分ほどだろう。扉は一応鉄製らしいが、あの巨大なゴーレムの前では紙同然だろう。なんでとっととゴーレムで攻撃してこないのかは謎だが。
彼等以外の貴族の客たちはカウンターの陰に隠れ震えている。
「参ったね、どーにも」
ワルドの言葉にルイズが頷く。
「やっぱり、この前の連中はただの物取りじゃなかったわけね」
シンジとキュルケは、ギーシュの作り出した岩壁が有効なうちに、皆と合流した。そこで初めて、シンジは昼間やたら襲われたことを告白したのだ。
ワルドは、それを聞き、アチャーと顔をしかめた。 無論他の皆もであるが。
「「「シンジ! 今度からそういう大事なことは、早く!言ってちょうだい!」」」
「あんまり、こういったことは君ら学生には言いたくないが……」
と前置きをしてワルドは言った。
「このような任務では半数が……、もっと言っちまえばルイズ一人が目的地にたどり着ければいいんだ」
このようなときでも優雅に本を開いていたタバサが本を閉じワルドのほうを向いた。自分とキュルケと、ちょっと悩んだあとギーシュを指差し「オトリ」と呟いた。
「そんなの駄目です!」
シンジの必死な言い方にタバサは一瞬キョトンとするが、淡々と告げる。
「誰かがやらなければいけないこと」
「それなら、僕が残ります。 男の仕事です!」
「口論している暇はないぜ。 すまないが僕が決める。シンジ、ギーシュ頼めるか?」
そう結論を出してきたのはワルドだった。
「そんな!」
ルイズは驚いた声を上げるが、
「ルイズ、わかっているね。 何を優先すべきか」
ワルドにそういわれると、口にしようとした不平を飲み込まざるをえない。
だいたい、タバサもキュルケもモンモランシーもこの任務とは関係が無いのだ。それに、タバサとキュルケは外国人である。いちいち、お言葉に甘えてというのでは都合がよすぎるだろう。
「はい、ワルドさん。 どうかルイズさんと他のみなさんをお願いします」
シンジはそういうと深く頭を下げた。 ギーシュもまた杖を掲げ。
「ご、ご命令確かに承りました。 隊長殿」
「よし、みんな、聞いての通りだ。 裏口にまわるぞ」
そう指示をだすと、手早く手順を説明する。
「今からここで彼等が敵をひきつける。せいぜい派手に暴れて目立ってもらう。その隙に僕らは裏口から出て桟橋に向かう。 以上だ」
ルイズは、シンジに目を向け言った。
「シンジ!死ぬんじゃないわよ。 必ず生き残ってアルビオンに来なさい。いいわね! 命令よ!」
「ええ、もちろんです。 必ず」
シンジは、そうだ!といって昼間、傭兵からうばった金袋をタバサに差し出す。重さから考えて、結構な金額だ。
「みんなの船賃の足しにしてください」
「……そんなお金を貰う言われはない」
「でも、皆さん着のみ着のままこっちに来ちゃって船賃もないのでしょう。 どうか受け取ってください」
「……わかった」
その遣り取りをみて、ワルドがなぜか微妙な顔をする。
「ギーシュ!死んじゃだめよ、絶対!絶対よ!」
「わかっているとも、モンモランシー。 今度会ったときには先日いいそこなったことを言うよ。だから行ってくれモンモランシー、ルイズと共に……ワルド卿どうか彼女を、彼女らをお願いします」
ワルドはその言葉に、目線と小さくうなずくことで答えた。
キュルケはシンジを捕まえ、キスしようとしたがスルリと逃げられる。
「あら、イケズねぇ~」
「ごめんなさい、皆さんのキスはとても痛いものだと聞いていますので」
「バカねぇ、コントラクト・サーヴァントじゃないわよ。 まあいいわ、今度会ったら大人のキスを教えてあげる」
シンジはどこかで聞いたせりふだな、と思うがいつ、誰に聞いたのかは思い出せない。
まあ、よくあるセリフなのだろう。 頭を一つ振って気持ちを切り替えた。
酒場から厨房に出て、ルイズたちが通用口にたどり着くと、タバサが呼んでいたのであろう。 彼女の使い魔、風竜のシルフィードが待っていた。
「乗って、桟橋まで飛ぶ」
「こりゃ、ありがたい。 助かるよ」
ワルドがそう言った時、酒場のほうから派手な爆発音が聞こえてきた。ギーシュの作った壁が破られ、戦いが始まったのであろう。ルイズは後ろ髪を惹かれる思いを噛み潰し、みんなと共に風竜に乗り込んだのだった。
ギーシュは、女性陣が厨房の奥に消えたのを確認し、薔薇の造花に模した自分の杖(ワンド)を握り締めた。
「ギーシュ・ド・グラモン。 お国のために死んで参ります。父上!母上!見ていて下さい!ギーシュは今から薔薇と散り、男となってまいります!」
もうじき、壁は破られそうだ、軍人の家系で家でもそれなりに戦闘訓練をしていたとは言え、いかにも状況が悪すぎる。いくら、地面の上の土メイジが厄介だとはいえ、屋内に篭城させられたのでは、その力を十全に発揮するわけにも行かない。ギーシュは悲壮な決意で覚悟を決めた。
「ギーシュ! お願いがあるんだ。武器を作ってほしい」
驚いたデルフがすぐさま抗議の声を上げる。
「どういう意味だ!オイラじゃ不満ってか」
「そういう意味じゃないよ」
「すまない、シンジ、こっちも手いっぱいだ。 あんまり精神力の余裕がない」
ギーシュは、厨房のフライパンや鍋などをかき集め、それを錬成してようやく二体ほどのゴーレムを作っていた。
「あ、じゃあ、あたしが」
シンジとギーシュが声に振り返るとそこには、逃げ遅れたミス・ロングビルがカウンターの裏から顔を出していた。
「いったいどんな武器をご所望なの、背中の長剣じゃ駄目なのかい」
シンジはちょっと言いずらそうにしていたが、意を決して言った。
「……うーん、メイスって言うんでしたっけ。 ああいう感じのをお願いします」
「はあ」
「なんでえ、なんでえ、つまり相棒はあれかよ。人殺しをしたくないってか。随分とまた、お優しいこったなあ。 襲われてるって言うのによ」
自分をふるってもらえないのがよほど不満なのか、不機嫌な声を隠しもしない。
「デルフ、うるさい。そうだけど、そうじゃないんだ。君を材料にしようとはいわないから黙っててよ」
「でも、材料がないと、いくら土メイジと言ってもどうしようも無いわよ」
魔法も万能ではなく、質量保存の法則からは逃れられない。ギーシュの操るゴーレム「ワルキューレ」も中まで金属のかたまりというわけではなく、ハチの巣構造になっている。芯までギュウギュウのかたまりでゴーレムを作ってしまうと、重過ぎてギーシュの技量では滑らかに動かすことが出来なくなってしまうのだ。
「ご店主さん、床に穴を開けてもかまいませんか?」
緒戦で矢を受け、倒れている男にそう聞いた。貴族だらけの客の中で、一人だけウエイターの格好をしている。本当に店主かどうかはわからなかったが、この宿の関係者なのは間違いないだろう。
「ああ、助かるんなら何でもしてくれ。だが、この店は床から壁から「固定化」が……」
その男がいえたのは、そこまでだ。シンジは、すばやく背中の剣を引き抜くと、石作りであろう床にやすやすと剣を突き立てると、熱したナイフで、バターを切り取るように床に穴を開けた。
ミス・ロングビルも「やるもんだねえ」と感心しきりである。見た目はボロボロだが、切れ味と頑丈さはピカイチのようだった。床の下には黒々とした土が見える。
「ああ、ちっきしょう。 シンジ、てめえ、このやろう。 当分口きいてやんねえからな!」
何が気に入らないのか、「固定化」のかかった床を切り裂くなど、よほどの名刀の証だろうに。いつもはしつこいくらいに「相棒」と呼びかけるシンジに向かい、怒りを口にした。
シンジは今デルフの刃にそって、ATフィールドを展開し床を切り取った。即ち、デルフは床を切っておらず、結局使われていないのだ。「ガンダールヴ」に、いらない子扱いをされては、怒らざるをえなかった。
対人戦闘において、むやみやたらと巨大なゴーレムを作るものは魔法レベルのみが高い戦いの素人である。巨大なゴーレムは、それだけで莫大な精神力を食うし、大きさに比例して動きも緩慢になる、的も大きくなる、魔法を行使するメイジの死角も増える。巨大になれば力が大きくなりそうな気がするが、実はそんなことは無く、よほど関節などを工夫して作るか、材質を錬金にて強化しなければ、二十メイルほどのゴーレムがほんの一メイルほどの岩すら持ち上げることが出来ない。無論、振り下ろしの一撃や、踏み潰しなどは強力だろうが、そんなとろい一撃を待っているほど人生に絶望した傭兵もまれだろう。そして、この傭兵団の団長は素人ではない。
わざわざ、ラ・ロシェールの町外れまで行って土のゴーレムを調達してきたのは、膨大な量の土が欲しかったからである。
始まってしまえば、メイジとの戦いはスピード勝負だ、焼かれる前に、吹き飛ばされる前に、押し流される前に、ゴーレムを作られる前に、宙に浮かされる前に、あるいは見つかる前に、こちらに注意を向けられる前に、そしてメイジの詠唱が終わる前に、戦いの趨勢を決しなければやられるのは間違いなくこちらである。相手が子供だなんだは関係ない。そう、敵が恐るべきメイジである場合には。
ギーシュの作った岩壁は破られ、全身を甲冑で包んだ傭兵隊がなだれ込んで……これない。
まるで、木琴でも叩いたような澄んだ音と共に、入り口ではじかれてしまう。一気に突入しようとした一団はおおよそ20人ほど、一番乗りをしようとした傭兵は、そのまま後続の仲間に押しつぶされてしまう。ついでに、突貫しようとしたギーシュのゴーレム「ワルキューレ」も入り口で弾き飛ばされ、はじかれた先のギーシュとぶつかってしまう。
「あたー、なんだなんだ一体」
「ギーシュ、ごめん。 大丈夫」
ほんの一瞬だったが、入り口に八角形の光の波紋が浮かびすぐに消えていった。
突撃がはじかれた傭兵たちは、つぶされた仲間を引きずりすぐさま下がった。続いて、後衛の弓兵が、恐るべき正確さと威力で次々と矢を射掛けてくる。どのような材質の矢じりなのか、固定化がかかっているという壁にやすやすと刺さってくる。だが、それも壁には刺さるが、何もないはずの入り口からは一矢たりとも入ってこないのだ。
「なんだいこれ?」
ミス・ロングビルが指を刺す先には、頑丈な扉があった空間、先ほどまではギーシュが慌てて作った岩壁があった入り口である。だが、すでに両方ともバラバラに壊され床に散らばっている。
ギーシュには修復の暇も精神力もない。何もないはずの空間に、なぜか見えない障壁があった。
ポーンポーンと、緊張感のない音と共に矢がはじかれている。ミス・ロングビルは恐る恐る指を伸ばす。
ミス・ロングビル、またの名を貴族専門の怪盗「土くれのフーケ」そして、運命が彼女の人生を引き裂く前の名前はマチルダ・オブ・サウスゴータ。今から行こうとしているアルビオン王国でも、有数の貴族の名前を持っていたのだ。彼女がマチルダであった時間、彼女は確かに最高の教育を受けていた。それこそ、礼儀作法から魔法にいたるまで、その彼女にしてからこんな魔法は見たことも聞いたこともない。
「ミス・ロングビル! 急いでください!」
大声を出され、ビクッとする。 振り返り、頼まれごとを思い出した。
「ああ、ああ、そう、そうだね」
シンジにいわれるままに、奇妙な形の棍棒を作り出す。大方は床下の黒土を錬金したが、つなぎが欲しい為、シンジの投げナイフの固定化を解除して混ぜ込んだ。握りは細く、徐々に太くしていき、1メイルちょいほどの長さ。 表面に突起などはついておらず太い椅子の足のようだ。(ぶっちゃけ金属バットである)
ちょっとだけ先端を膨らませ、メイスを完成させた。そして、ついでにトライアングルクラスの「固定化」を満遍なくかけたのだ。なるほど、彼ならこのくらいの長さのほうが使いやすいだろう。
シンジはそれを受け取ると二三回振ってみて感触を確かめた。
今は、散発的に矢が飛んでくるぐらいで攻撃そのものは止んでいる。傭兵たちも、入り口を守っているのがどのような魔法か解らない為、突撃もしてこない。もちろん、逃がさないよう、遠巻きに取り巻いてはいるが。
先ほど、巨大なゴーレムの肩に乗っていたこの襲撃者の集団の長らしき男が、自分のゴーレムを分解し土の山とした。そこから、1メイルほどゴーレムを何十体も作り、入り口の周りに配置させる。そうしてから、そのゴーレムはすぐに分解され、土に戻る。
今、入り口近くの石畳の道路は半径百メイルほどに渡り、土が敷き詰められていた。
「デルフ、彼等が今何をやってるかわかる?」
「……」
「そんなに怒んないでよ。 あいつらの装備を見たろ、デルフじゃすぐに折れちゃうよ」
この「ガンダールヴ」に使われることを自分で望んだとは言え、今の状況はいかにも情けない。思い出してみれば、ルイズがデルフを買ったのは、シンジの秘密を探るスパイとしてであり、剣の役目にはさほど重きを置いてはいない。
「バカヤロウ! あんなヘナチョコ鎧に負けてたまるかよ! 自慢じゃねえがオイラはハンマーを叩きつけられても刃こぼれ一つしなかった実績があるんだよ!」
刃などボロボロのデルフが言っても、全然説得力がない。
「はいはい、それより敵を探ってよ」
「ちっくしょう、信用してねえな。……ありゃあ「ガーデン(庭)」だな、めんどくせぇラインスペルを出してきやがったな」
「ライン・スペル? じゃあ敵はライン・メイジ?」
「それは、ちょっと違う。 実戦においてトライアングル・メイジがトライアングル・スペルをバンバン唱えていたら、すぐに精神力が尽きてしまう。ああいう傭兵メイジは、効率よく魔法を使うことに長けているから、普通は自分のレベルより下の魔法をうまく使うもんなんだ。しかし、「ガーデン」とはね」
シンジと一緒に入り口から外を観察しながら、ギーシュが説明を加える。もともと、田んぼや畑などを荒らす害獣対策に使われる広域魔法である。術者が掛けた魔法が切れるまで、半自動で反応し、獣や畑泥棒などの侵入者を追っ払うのに使われる。いきなり案山子が生える物、足を引っかける罠を出す物、小さな手で敵を掴まえようとする物など、魔法の効果は様々だが、いずれの効果も広く薄く弱い、敵の足を止めてそこに矢の雨を降らせる戦術なのだろう。
「よし、ちょっと威力偵察だ、シンジ入り口を開けてくれ」
ギーシュがそう言って、錬成したゴーレム二体を突っ込ませる。普通の人間並みに素早い動きで、敵に突っ込むが、10メイルも進まないうちに地面から飛び出した細く尖った岩で、足を取られ転ばされる。そうして、起き上がる前に傭兵たちは各々が手に持ったハンマーや斧などで手足をもいでいくのだ。
「あちゃー、なんでかしらないけど、こっちの戦力と戦術は読まれてるっぽいな」
「ねえデルフ、魔法が発動する前に、素早く走っていって杖を折っちゃうって言うのはどうかな?」
「やめとけ、そんな甘い魔法じゃねえよ。地面をふんだらすぐに発動するんだ。素早く走れねえよう、適当にデコボコだしな」
「じゃあ、なんで敵の兵隊はその土の上を歩いても平気なの?」
「今、杖を持ち上げて地面に接触させないようにしているからさ。 だけどあれを下ろせばすぐに精神力は地面に伝わり、魔法は発動する。 遠距離魔法で攻撃するか、フライで奇襲するかだな」
ギーシュには遠距離攻撃の手段はなく、彼のフライではたどり着く前に矢か敵の銃で撃ち落されるだろう。
「やるしかないか……」
シンジは昼間、傭兵から奪ったフリントロック銃を取り出す。敵のメイジまでの距離は約120メイル、この銃では残念ながら射程ぎりぎりだろう。銃は3丁、一丁につき1発づつの弾、修正は不可能だ。弾の形状、火薬の量、風向きでこの旧式の銃の弾道はいくらでも反れるだろう。
ライフリングすら、正確かどうか怪しいものだ。
「どうか、手足に当りますように」
シンジは床に寝て、銃を構える。月明かりで敵はよく見える。そして握った武器に合わせ「ガンダールヴ」が発動する。
シンジたちは、反撃を始めた。
「とにかく、足止めをといわれたんで、こうしましたが、長くは持ちませんぜ。時間がたちゃあ衛兵も出てくる。町の人間もこの騒ぎに集まってくる」
「とりあえずは、これでよい。敵を倒さずとも分断できればな」
「旦那はそれでよくとも、あっしらは仲間をやられていますんでね」
「ふん、では好きにしろ。俺は敵の本隊を追いかける。一言いっておくが、ガキとは言え油断するなよ。戦闘力だけならスクエアメイジ並だとでも思っておけ。そら、残りの金だ」
白仮面の男は金袋を団長に放り投げる。それを受けるために、片手を伸ばしキャッチ、そのためわずかに体が横にずれる。
「へへ、まいどあ……」
ぱしん、と乾いた音と共に杖をもっていた手の甲に衝撃が走った。空中で受け取るはずの金袋がその手からこぼれ地面に投げ出される。
「あん」
「団長! 敵が!」
「な……」
傭兵たちの着ている鎧は、対魔法戦用に耐衝撃、耐熱に優れる。銃といえども、この距離では打ち抜くことは出来ない。それでも手甲などは、比較的薄く出来ているため、その衝撃を殺しきれず杖と金袋を取り落としてしまった。
「……んだと」
かがんで、自分の杖(スタッフ)を拾い、改めて宿のほうを見据える。 5秒ほどの動作だ。
月明かりのせいで、こちらは明るく宿の入り口は暗いが、こう広いと敵がどう出てこようと丸見えであり、何の問題もない。足元でパカーンと金属音がして右足に激痛が走った。
「んがー!」
銃弾が恐ろしい偶然で手の甲に当たり、杖を取り落としたのを確認すると、シンジは作ってもらったメイスを片手に走った。シンジは突っ込むと、足をねらった。
片手で金属バットを振り回し、一番ねらいやすかったためでもあるが、シンジのイメージ的に、命に別状がなさそうな部位でもある。
団長の悲鳴を皮切りに、次々と悲鳴と金属音が上がっていった。弓兵はこう乱戦だと役には立たない、槍や剣はかわされる。何人かのメイジ兵は空中に逃れるが、空に浮かんでいては攻撃手段がない。別のメイジと一緒に、一人がレビテーションで何人かを一緒に浮かせればよかったが、いきなりの混乱でその余裕がなかった。おまけに、空中から俯瞰しても敵は影しか見えない。
見えない、おまけに素早い敵を相手に、歴戦の傭兵たちが手も足も出ずにやられていった。
シンジが、白い仮面の男に迫る。
「ふふん」
白い仮面の男は、団長がやられたときから、呪文の詠唱を始めていた。次々とやられる傭兵たちを無視して逃げてもよかったのだが、気が変わったのかそうはしなかった。
呪文の詠唱はすでに終わり、その効果として男の周りをリング状の風が幾重にも取り巻いている。
奇妙なことに、その男を取り巻いている風は、一段毎に反転をしていた。風と風は擦れあい、「発電」を行っている。風メイジの高位スペル「ライトニング」、その前準備だった。
「放電」はもう間に合わないだろうが、敵が迫ってきているこの状態ではその必要はないだろう。
「やべえ、とまれー!」
「え」
デルフの大声に驚いて、白仮面の男の足を殴りつけた瞬間に、メイスの手を離したが、バチン!と空気がふるえ、稲妻がシンジの体をしたたかに通電し、彼を弾き飛ばした。高速移動中でバランスを崩したシンジは地面の上を、際限なく転がっていく。
「ぐうあああああああああ!」
シンジはうめいた。 左腕が焼け付くように痛い。 見ると、電撃のあとが服を焦がしている。
左腕が焼きごてを当てたように、大やけどをしていた。痛みと驚きで、シンジは気絶してしまった。
味方ははるか後方。動ける敵はわずかだが、フライやレビテーションで難を逃れたメイジが何人かいる。
動きの止まった謎の敵に、矢が、槍が、刃が、そして魔法が殺到した。