朝もやの中、シンジとルイズとギーシュは馬に乗り、学院より出発した。
シンジは、以前に買ってもらった投げナイフやら、ギーシュに作ってもらったコンバットナイフやらを服の中に隠し、それらを上着で隠す。そしてしゃべる魔剣デルフリンガーを背負う。
財布には、平民であれば一家四人が1年ほどは暮らせる金額を入れてある。それを、三人ともベルトにつけた皮の入れ物に入れる。ルイズなどは、財布を自分で持ち歩くことに難色を示したが、リスクの分担をシンジに説明され、ギーシュがそれに賛同を示したため、仕方なく了承した。
もう少しで、学院が見えなくなるぐらい離れたところで、シンジはあることを思い出した。
(そういえばギーシュの使い魔はどうしたのかな。連れて行くといっていたのに。)
「ギーシュ、ヴェルダンデはどこ?」
「僕の可愛い、そして今年度最優秀使い魔を見たいのかね、シンジ」
シンジはブンブンと首を縦に振り、肯定する。ギーシュはやれやれ困ったものだ、と言うしぐさで首を振るが、その口元はにやけ締りがない。
「ふっ、仕方がない。見せて上げよう。いでよ!マイ ファミリア・オブ・グローリー。ヴェルダンデ!」
ギーシュは、杖を地面を地面に向けると、もこもこと地面が盛り上がり、茶色の大きな生き物が顔を出す。言わずとしれた、ギーシュの使い魔、ジャイアントモール(巨大モグラ)のヴェルダンデだった。大きさは小さな熊ほどもある。完全に地面から上がると、ブルブルっと体をゆすり土を落とす。
モグラであるがゆえ、むにゅむにゅにしてぷにぷに!おまけにふかふかのもふもふ。
愛らしい、くりくりとしたその瞳はまるで黒真珠をはめ込んだようだ。
ギーシュはさっと馬から下りて膝をつくと、ヴェルダンデを抱きしめた。
「ヴェルダンデ! 僕の可愛いヴェルダンデ!ああああああ!もふ!もふ!もふもふもふもふもふもふ!」
抱きしめ、ついで全身を撫で回し始めた。
あまりにもあんまりな、その光景にルイズは眉をしかめる。
「ギーシュ! ギーシュ!」
シンジがギーシュの名を呼ぶ。
(さすが、我が使い魔、少し自重するよう言って頂戴)
ルイズが願いをこめてそう思う。
「なんだね!僕とヴェルダンデとの仲を邪魔しないでくれたまえ!」
「ぼ、僕もいいかな?」
「ああああああ、僕のヴェルダンデの魅力に気づくとは、やはり君は只者じゃないな。しかし、まあいいだろう。バラは多くの人を楽しませるために咲くのだから。じゃあ、改めて」
「「もふ!もふ!もふもふもふもふもふもふ!もふ!もふ!もふもふもふもふもふもふ!。
もふ!もふ!もふもふもふもふもふもふ!もふ!もふ!もふもふもふもふもふもふ!。
ああああああああ」」
爆発が、学院から少し離れた西の森に響き渡る。
第十八話 アルビオンへ その1
「ほう、平民に化けて潜入する作戦か。でも少しボロボロすぎやしないかね」
言い訳はもちろん、ルイズの目線によって封じられている。
「えー、いやその、ワルドさんこそ、あんまりこれから潜入任務につくような格好じゃ在りませんよね」
目の前にいるのは、女王陛下直属、魔法衛士隊の一角グリフォン隊、その隊長であるワルド子爵である。途中で、と言うか。 西の森での爆発音のおかげで合流できたのだが、羽かざりの付いた帽子に両肩にグリフォンの刺繍入りの黒マントと魔法衛士隊そのままの格好である。
「なにせ、護衛任務の最中に突然言われたものでね。 ま、ラ・ロシェールに着いたら古着でも買うことにしよう。 隊員服とマントは騎士の詰め所にでも置いて貰うさ」
「ワルド様……」
ルイズが、震える声で言う。
「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」
ワルドは人懐っこい笑みを浮かべると、ルイズに駆け寄り、抱え上げた。
「お久しぶりでございます」
ルイズは頬を染めて、ワルドに抱きかかえられている。
「相変わらず軽いな君は!まるで羽のようじゃないか!」
「恥ずかしいですわ、ワルド様、見られております。どうかお下ろしになって」
ワルドは笑いながら、ルイズを下ろす。
「任務の大方は聞いているが、改めて彼等を僕に紹介してくれたまえ」
「あの……クラスメイトの「青銅」のギーシュ、ギーシュ・ド・グラモンです」
ルイズがおずおずと、まずはギーシュを紹介する。
「はじめまして、魔法衛士グリフォン隊、その隊長であるワルド子爵ですね。父よりお噂はかねがね……」
さっと、腰をかがめ挨拶を交わす。普段は、おちゃらけた所もあるギーシュだが、こう言う場面では中々どうして押し出しも立派である。
軍人の家系と言っていたが、家庭の環境のおかげか、自分の遥か高みにある魔法衛士隊の隊長を前に、物怖じもしない。
「父より? ああグラモン閣下か。良き噂であることを願うよ。それより、君の使い魔の扱いは中々見事だった。そのアイデアだけでなくね。今年の最優秀者なのも頷ける。 この任務においても期待させてもらうよ」
「お恥ずかしいものをお見せしました。わたくしも学院卒業後は軍に行くことになると思いますので、この任務でより高みに上りたいと存じます」
「そして、彼が……」
「うん、君の使い魔たるシンジ君だね。昨日の品評会では驚かされたよ」
ワルドは気さくな感じでシンジに近寄った。
「僕の婚約者が、お世話になっている」
「え?」
目つきは鋭く、鷹のように光り、逞しい体つきで、形のいい口ひげが男らしさを強調している。
背も高く、近づかれるとまるっきり大人と子供である。
(婚約者!このかっこいい大人の貴族の人が!)
シンジは一瞬驚くが、にっこりと笑い、
「はじめまして、ルイズさんの使い魔シンジです。どうかよろしくお願いします。それと、お世話になっているのは僕のほうです」
深々と頭を下げた。その様子を見て、ルイズはホッと一安心する。
使い魔の性質上、あるいは特性として、主人を好きになってしまう。それがゆえ、その恋人あるいは配偶者に嫉妬してしまうことがままあるため、変に反発してしまうのではないかと心配していたのだ。だが、この様子なら旅の道中うまくやっていけそうだ。
「ルイズさんの婚約者でしたら、僕の主人も同然です。何か御用がありましたら、何なりとお命じください。それと、貴方のことはなんとお呼びすれば?」
「ええ!!?」
そんなシンジのセリフを聞いてルイズが仰天する。 それどころか、逆にワルドに嫉妬してしまう。そんなルイズの様子を見たワルドが首を傾げるが、取りあえずシンジに返答した。
「うむ、その時はよろしく頼もう。 君はなかなか博識と聞いているから、その知識が役にたつことも有るだろうからね。 ああ、僕の事はワルドでかまわんよ」
「はい! ワルドさん。ワルドさんの魔法系統とレベルを聞いてもよろしいですか」
「ほう、興味があるかね?僕は最速の系統「風」、風が四つのスクエアだ。二つ名は「閃光」を頂だいしているよ」
「ウインド・スクエア、ほぼ、最強じゃありませんか?!」
「はっはっは、また古風な言いかたを。だが、そうだな……僕の理想としては「水」が一つ欲しかったな。知っているかもしれないが、他系統が入ると戦術の幅が広がるし、水が入った系統合成メイジは魔法の制御力が繊細かつ精密になるからね。だからこそ、古代では魔法を支配する者(ヘルシャア)と呼ばれたのさ。
それと、シンジ君、そのレベルだけを聞いて強さの過多を決めるのは危険だぜ。こんな諺を聞いたことはないかな、『危険な魔法などはない、危険な人間がいるだけだ』とね。
僕ら魔法衛士隊は、精神力が切れても、杖が折られても、針一本、石ころ一つ持てば危険な人間になるよう訓練されているのさ。道中、敵のメイジに襲われて、その杖を奪っても油断してくれるなよ」
「はい、ご忠告いたみいります」
(いい人だなぁ。そっかぁ、ルイズさんはこの人と結婚するのか。そして幸せになるんだなぁ)
そう思ったら、少しうれしくなった。過去シンジの周りにいた女性で幸福といえる女性は一人も居なかった。エヴァに消えた母。父に利用され捨てられた、赤城博士。上司にして、セカンドインパクトで人生を狂わされ、使徒への復讐に人生を費やした葛城ミサト。エヴァパイロットにしてセカンドチルドレン、戦いの最後には心を壊した同僚の惣流・アスカ・ラングレー。同じく、エヴァに取り込まれた母をサルページしようとして、結果エヴァより生み出されたファーストチルドレン綾波レイ。その正体は……。
誰も彼も、幸せとはほど遠かった。少なくともシンジにはそう思えた。そしてそんな不幸せな女性を見ているのが辛かった。
だからこそシンジは、この美しき世界を見せてくれたルイズには、幸せになってもらいたかったのだ。
「……学院長、この二名をわたくしの名の下に徴役いたします」
「理由は、話しては頂けないのですかな……」
「……国家の……為であるとだけ」
「それで、彼等の親御さんたちが納得すると、本気でお思いで?」
「他に道はないのです。 どうかお分かりになって」
「……」
オスマンは頭を抱えたくなる。夜も明けない朝方にたたき起こされ、学院の生徒二名を徴集するとだけ伝えられ、どこに行かされ、何をさせられるのか何一つ教えては貰えず、それで納得しろという。
アンリエッタの様子をうかがう限りでは、おそらくは重大時であろう事は想像がつく。
国の方針に従い、王の命令を実行するのは貴族の務めだが、彼等は未だ学生である。
フーケの時は、ルイズの意気を汲んで思わず討伐隊の参加を承諾してしまったが、もし、あのままルイズが討伐隊としてフーケを捕まえに行き、何かあった場合を想定すると、さしものオスマンも背筋に冷たいものが流れる。
それに、タバサ、キュルケとも外国の有力貴族の子息である。こちらも、彼女らにつく傷一つでオスマンのクビ一つでは済まなかったであろう。命に貴賎は無いなんて言うのは、この国では建前ですらない。せめて、あの使い魔の少年が気を利かせ、こちらに相談の一つもしに来てくれれば、後は何とでも仕様があるのだが。
さっきからモートソグニルを呼び出しているが、反応が無い。此処の所こき使っているせいか、目下爆睡中であるらしい。秘書のミス・ロングビルは、先日より休暇を取っている。もしいても、こんな早朝に、起こす訳には行かないが。
「どうか姫様、お考え直し下さらんか」
「もう、杖は振られたのです。 われわれに出来ることは、もう祈ることだけです」
(いやいや、その前に出来ることはいくらでもあるでしょうが!)
そうは思っても、口には出せない。だが、こうなってはさしものオスマンも祈るしかない。祈る相手は神ではなく、
「頼むぞ、伝説の使い魔の少年よ・・・」
魔法学院を出発して以来、ギーシュもシンジも、そしてワルドもその乗馬を疾駆させっ放しである。シンジは馬に乗り込むと、『ヴィンダールブ』が発動し、馬はその底力の底の底までひねり出す。
ギーシュは軍用式乗馬術を駆使し、自分と馬に微弱な「レビテーション」を掛け馬の負担をギリギリまで減らしていた。これは、浮かすまでは行かないが、おおよそ馬の体重を半分ほどにする。ワルドとルイズの乗馬する若いグリフォンは、元々タフな幻獣であり疲れを見せずに走り続ける。
最初の3時間ほどは、三匹とも余裕で並んでいたのだが、最初にへばったのはシンジの馬である。次いでギーシュの馬もへばり始めた。グリフォンとの元々の地力の違いが出てきたのである。
途中の駅で一度、馬を変える。ギーシュは精神力を小出しに「レビテーション」を掛け続けていたが、そろそろ限界のようだ。
「ちょっと、ペース速くない?」
抱かれるような格好で、ワルドの前に跨ったルイズが言った。雑談を交わすうちに、ルイズのしゃべり方は会って早々の丁重な言い方から、今の口調に変わっていた。ワルドがそうしてくれと頼んだのであるが。
「シンジはともかくギーシュがへばって来てるわ」
ワルドは後ろを向いた。確かに二人のペースは落ち、ギーシュは倒れるような格好で馬にしがみついている。シンジとしては、あまりに急ぐワルドに、あっちのほうの妄想を抱く。
(そっか、久しぶりに、会えたんだもんな。二人っきりになりたいよね)
「へばったら……」
「ワルドさ~ん!」
ワルドが返事を言い掛けたところで、シンジが後ろから大声で呼びかけた。
「なんだね~!!、シンジく~ん!!」
「僕ら、へばっちゃったので先に行ってくださ~い!!」
「なんとか、追いつけないかぁ~!!」
「馬はともかく、人がもう駄目で~す!!ラ・ロシェールの港町で合流しましょぉ~!!ルイズさんをよろしく~!!」
ギーシュが精神力体力の双方でへばってしまったのは本当である。
「わかったぁ~!!ゆっくり来たまえ~!!」
ルイズは使い魔を置いていくなんてと抗議をしたが、急ぎの任務であることは確かであるためそう強くは言えない。ところがワルドは急にペースを落とす。正確にはワルドの乗るグリフォンがであるが。
「どうした、バルバリシア。何をしてる、急げ!もうへばったのか?」
ワルドはグリフォンを叱咤するが、とうとう馬の早足程度のスピードになってしまう。
「バルバリシア、戻ったら、再訓練だ。覚悟しておけよ」
だが、当のグリフォンは、どこ吹く風で「クヶエ~」と鳴くだけだった。すぐにシンジとギーシュの馬が、追いついてきた。
「どうしました、ワルドさん。先に行って下さいって行ったのに」
「んっん~うん、どうやらこいつもへばってしまったらしいな。少し急ぎすぎたか」
「ちょっと、ペース落としましょうか。 考えてみれば僕ら朝ごはんも食べてませんし。僕の国の諺ですが、腹が減っては戦が出来ないっていいますし」
「う~ん、ラ・ロシェールの港町までは、止まらずに行きたかったんだが、仕方ないか。次の宿場駅で食事を取ろう」
四人は食事を終え、ギーシュとシンジはついでに馬を変える。へばっていたギーシュも気合で食事を腹に収めるが、素人目にもすぐに出立できそうにない。1時間ほどの休憩となった。
「少し話でもしないか?」
食事を取った、宿屋のテラスに座り、シンジに手招きをする。
「はあ」
「君から見て、僕はどうだい、ルイズの婚約者として合格かな?」
「僕は、ルイズさんの使い魔で、パートナーの名目は在っても、実質召使いのようなものです。いきなりそんなこと言われても、お答えしようがありません。どうお答えしても、不敬のような気がします」
「いや、そうだな。悪かった。では、別な話をしよう。僕とルイズが結婚したら、君はどうするね?」
「それでしたら、すでに想定済みです。僕は出て行きます。正直、ルイズさんは優しくて、周りのみんなもよくしてくれて、居心地はいいんですけど、でもやっぱり、結婚前の女性と、僕のような得体の知れない人間が一緒に住んでいるって、すごく不自然な感じがしますから」
「出て行って、どこか当てはあるのかね」
「いいえ。頂いたチェロを片手に辻弾きでもやろうかな?」
「だったらどうだい僕の下で働かないか。無論軍人としてだが。おおもちろん、その為には君にはいろいろ学んでもらう必要があるがね。ルイズと離れることもなくなる。 彼女は随分と君を気に入っているようだし、手放すとは思えないからね」
「いろいろ考えてくださって有難うございます。 でもそうですね、少し考えさせてください。でも、僕には軍人は勤まらないと思いますよ。こんな、華奢な体だし」
「なーに、軍の仕事といってもガチンコの殴りっこばっかりじゃない。人間の使い魔なんて、考えてみれば使い道は山ほどあるさ」
つまりは、スパイか。小動物系のほうが向いていそうだが、使い魔の歴史も長く、それなりの対処が取られてしまっている。人間ならば心理的な盲点となり意外と役に立つこともあるかもしれない。まあ、残念ながら彼が期待しているであろう、「感覚共有」がシンジ、ルイズ間では使えないのだが。それとも、自分にこういった話を聞かせることで、ルイズが聞いていると思い自分のいい男っぷりをアピールしているのかもしれない。
(まあ、話半分に聞いておいたほうがよさそうだな)
シンジはそう、結論付けた。
「もう、半日以上、走りっぱなしだ。どうなっているんだ。魔法衛士隊の連中は化け物か!?」
シンジはギーシュと相談し、一頭の馬に二人乗りをしていた。シンジは馬に、ギーシュは「レビテーション」に集中し、お互いの負担を減らしたのだ。このアイデアは当たり、ワルドとルイズの乗るグリフォンにわずかに遅れる程度で済んだ。ワルドも、ある程度はなれるとグリフォンの足を遅らせ追いつくのを待つ(様に見えた)
「軍人さんだからね。体力も技量のうちだと思うけど。ギーシュも、僕と朝ジョキングでもする?ぼくの国の偉大な錬金術師は、“精神を鍛えたければ、まず肉体を鍛えよ”って言ってるよ」
(漫画のセリフだけどね)
「そうだな、考えとくよ」
馬を何度も変え、飛ばしてきたので、シンジたちは、なんとかその日の真夜中にラ・ロシェールの入り口に着いた。
シンジは怪訝そうに辺りを見渡す。港町だというのに、ここはどう見ても山道である。どこにも港ぽい施設や海が見えない。潮の香りがしてこない。月夜に浮かぶ、険しい岩山を縫うようにして進むと、渓谷に挟まれるようにして街が見えた。
港町ラ・ロシェールは、魔法学院から早馬で2日、アルビオンへの玄関口である。港町でありながら、狭い峡谷の間の山道に設けられた小さな町である。人口はおよそ300ほどだが、アルビオンへと行き来する人々で、常に10倍以上の人間が街を闊歩している。
この街は、ある意味土メイジの芸術作品であるといえる。この街に建て並ぶ、一軒一軒が同じ岩から匠の技で削りだされた物であることが、近づくとわかるのだ。
もう少しで、街に入れると思ったときだった。背中のデルフリンガーが、勝手に鞘から飛び出してきた。
「150メイル先!右!崖の上!弓4人! 左!崖の下!剣4人! 相棒!俺を抜け!」
「ギーシュ!そこから動かないで!」
シンジは馬を捨て、走り出した。 先行するワルドたちの下へ。フシュッと音がしたかと思うと、シンジはすでにグリフォンの横に並んで走っている。
「な、なんだ!」
ギーシュがわめく。シンジが乗り捨てた馬は、戦の訓練を受けてはいないが、いななく事も無くスピードを落とし、その場から逃げようとする。
ワルドの騎乗するグリフォンも何か異常な事態を感じ取ったのか、自らブレーキをかける。
「ワルドさん、敵です。 右の崖の上と、左の崖の下に4人ずつ」
「なっ!」
「ルイズさんを頼みます」
言うが早いか、シンジは右の崖の下にいた「賊」たちのもとへ走り、剣を吊り下げるベルトを断ち切っていた。
松明の準備をしていた4人を、デルフリンガーの背で殴りつけ次々と無力化していった。崖の下の四人をすべて気絶ないしは手足を折ると、急いでワルドたちの下へ。
何本かの矢が飛んできている。比較的明るい月夜だったのが災いし、狙いも正確だ。
だが、ワルドは腰の軍杖剣は抜かず、予備であろう普通の杖を脇のホルスターより抜いてエアシールドの魔法を使い、やすやすと矢の軌道を捻じ曲げていた。
「夜盗か、山賊のたぐいか?」
ワルドの呟きに、ルイズがはっとした声で言った。
「もしかしたら、アルビオンの貴族のしわざかも……」
「貴族なら、……いや、そうかもしれん。油断するなよ」
その時、大きな羽音が聞こえた、それもどこかで聞いたことのある羽音である。
崖の上から男たちの悲鳴が聞こえた。いきなり、自分たちの頭上に現れたものに、恐れおののいている声だ。
崖の上の、おそらくは襲撃者であろう男たちは夜空に向けて矢を放ち始めた。しかし、その矢は風の魔法でそらされる。次いで小型の竜巻が舞い起こり、崖の上の男たちを吹き飛ばす。
襲撃者の態勢が崩れたところで、
「タバサ、ありがとう。ダーリンの姿が見えたわ、報酬はいつもどおり水の秘薬でお願いね」
「ん」
そう言って、風竜の背中の少女は、空中に身を躍らせる。
「タバサ、ありがとう。ダーリンの姿が見えたわ、報酬はいつもどおり水の秘薬でお願いね」
「ん」
「キュルケ、知らせてくれてありがとう。追い討ちを掛ける。レビテーションをお願い」
そう言って、風竜の背中の少女は、「コンディセイション」(大気中から水を取り出す魔法)を唱え、空中に身を躍らせる。怒りが、彼女の精神力を底上げし、一時的にレベルを一つ押し上げる。
(火に出会えば、火を滅し。)
「ウォーター!」
(風に出会えば、風をそらし。)
「フォール!」
(土に出会えば、土を削る。)
「ダウーン!!」
(水ってば最強ね!!)
大量の水と共に降りてきたモンモランシーであった。崖の上の襲撃者たちは、手も足も出ず相当量の水の奔流に押し流され、崖下へと転落する。男たちは、硬い地面に体を打ち付けられ、うめきを上げた。
そして、月を背中に見慣れた幻獣が姿を見せる。
「シルフィード!」
襲撃者がすべて無力化されると、やっとギーシュの乗った馬が追いついてきた。デルフリンガーが敵を発見し、すべてが片付くのにゆっくりと10を数えるほどの時間しか、掛かっていない。
「ギーーシュ!!」
「ひっ、モモモモモ、モンモランシィー!ななな、なんでここに?」
「あなた、先日あたしだけって言ったわよね。もう、浮気はしないって二人でお月様にそう誓ったわよね」
ギーシュは、ガクガクと首を振る、肯定の意味なのかモンモランシーが恐ろしいのかは全身を震わせているため良くわからない。
「それが、次の日に違う女と二人っきりで旅行とは、またコケにしてくれたもんね」
「シシシ、シンジも一緒だよ」
「使い魔じゃない!! 数のうちには入らないわ」
「ともかく、誤解だよモンモランシー」
「まあ誤解、あれも誤解、これも誤解。ギーシュのお得意のセリフよね。今度はどう誤解なのか、ちょっと体に効いて見ましょうか」
ギーシュは説得を不可能と見て、逃走を開始した。
それを見てモンモランシーは鼻を鳴らし、軽く呪文を唱えた。彼女の足元に水が集まってくる。ちょっとした酒樽程度の量であろうそれの上に優雅に降り立ち、水操作を開始する。
「ウォーター・スライダー」は俗に、水メイジのフライと呼ばれる呪文で「レビテーション」と水操作を掛け合わせたものだ。短距離なら馬の全力並みのスピードを出す。
必死で走るギーシュの横に、まるで何事も無かった様に並ぶモンモランシー。
「おお、これはこれは、おなつかしいギーシュ様じゃありませんか。 そんなに必死になってどこへ行こうというのですか?」
「ひ、ひぃぃ」
モンモランシーを振り払うようにジグザグに走るギーシュ、そんなギーシュに難なくついていくモンモランシー。そして、非常にいい笑顔で、ギーシュの襟首を掴む。
「つ~か~ま~え~た~」
深夜のラ・ロシェールに男の悲鳴が響き渡った。
作者です。
水メイジのオリジナル魔法「ウォーター・スライダー」
スケートのように水の上を滑るのではなく、水そのものを動かします。水の量は、道路の舗装具合で調節。「フライ」と違い空を飛ぶわけではありませんが、精神力の消費が小さく、短距離移動ならダッシュ力で「フライ」を凌駕します