土くれのフーケはトライアングルメイジである。その系統は二つ名からもわかるように土。
メイジのメイン系統については、最初に目覚めた系統が当てられるのが普通で、通常目覚めても二系統までである。
もっとも、水系統のメイジでも小さな火なら出せるし、風系統のメイジでもちょっとした錬金なら使えるため、ごく弱いものなら、すべての系統が使えることになるが。
話がそれた。
土くれのフーケは、この『トリスティン魔法学院での略奪』を持って、盗賊家業を引退しようと思っていた。
故郷のアルビオンに内戦が起こり、仕送りをしている家族が危険にさらされたためだ。
それに、いつまでもこんな家業が続くわけが無いことも良くわかっていた。
(引越しをするなら、ゲルマニアしかない。あそこなら新教徒への風当たりもそんなに強くないし、新興国家の常で、人の出入りも多く、妹が見咎められることも少ないだろう。殺された父さん母さんのカタキは、どうやら『共和制』とやらが取ってくれそうだし。あの国にこだわる必要も、もう無いだろう。)
大金が必要だった。
だが、最近は主に自分のせいでどこも警戒が強くなっており、やすやすと盗みに入るわけには行かなくなっている。そのため、計画に1週間、実行に4ヶ月をかけた。
前話にて、オールド・オスマンが宝物庫の壁に穴を開けるのに二十日などと言ったが、もしフーケが聞いていたら憤慨したであろう。
壁に穴を開けるため日常生活でもギリギリ魔法を使わず精神力をためこみ、そのため、生活費を稼ぐのは主に肉体労働。パートにバイト、給仕にメイド、土木工事に皿洗い。
もしもあったら、刺身の上にタンポポを乗せる仕事だろうと厭わなかったにちがいない。
今までに、盗んだお宝はすべて換金し、ほとんど故郷への仕送りに当ててしまっている。
おまけに、街から学院まで実に馬で約三時間の距離である。
往復で約6時間、そしてフライで壁に飛んでいき、適当な足場を探す。錬金の魔法を使っているときは、もちろんフライもレビティーションも使えない為、張り付くだけでも必死である。
錬金の作業が約一時間、上記の移動時間とあわせて約七時間。
しかも、当直の先生方も不真面目な人間ばかりではないため、衛兵の詰め所をよく観察し、当直のメイジが居ない時のみ、作業を行う。もしいたら?……その時は憤慨しながらも黙って帰るしかない。帰りもまた三時間をかけて。
最初の二ヶ月は睡眠時間が三時間しかなかったおかげで、生活費を稼いでいる最中にミスを連発した。叱られ、怒鳴られ、馘首(クビ)になりかけ、ふらふらになりながらも給仕の仕事を休むわけにもいかなかった。
そのためある時、客の一人が尻を触わってきても気が付かなかった。いや、気が付いてもあまりにも疲れ、反応が出来なかったというべきか。そのときのフーケには怒るだけの気力も無かったのだ。
尻を触られても気にした様子を見せないフーケを、その客は痛く気に入り、自らの秘書に雇い入れた。客の名は、オールド(偉大なる)の二つ名を持ち、トリスティン王国がハルケギニアに誇るビックネーム・メイジの一人。かの名門トリスティン魔法学院学院長オールド・オスマン。
そして、勘の良いアルカディアの読者諸兄においては、もうお気づきであろう。
土くれのフーケの正体。
それはミス・ロングビルその人である。
幕間話2 フーケを憐れむ歌
晴れて、学院長秘書として学院内に入り込めたフーケだが、ある事実に愕然とすることになる。
宝物庫内の作りがいくつかの小部屋に分かれていて、その壁もまた恐ろしく強固な固定化に守られていたことである。
おまけに、自分が二ヶ月をかけてせっせと錬金の魔法をかけ続けた壁の部屋は、言ってみればガラクタ置き場だった。
一応、名称は「場違いな工芸品」の部屋となっており、学術的にはどうかわからないが素人目には箸にも棒にもかからないようなクズばかりである。故買屋に売ろうにも、こんなものでは値段なんかつきはしないだろう。
ほんの数日前に、なんだかよくわからないうちに学院秘書として雇われた幸運に、さして信じてもいなかった始祖ブリミルに数年ぶりに感謝の祈りをささげたことを後悔し、なおかつ同じ口で罵りの言葉を吐き出した。
一応、鍵はあるのだから、中から入ればと一時は考えたが、学院長室に置いてある鍵はその「場違いな工芸品」の部屋のみであり、あるときに聞いたらその他の部屋の鍵は王宮に保管され、何がしかのイベントが王宮で催される時のみ、王室付きの官僚が大勢の護衛を引きつれ鍵を持ってくるのだと言う。
だいたい、中から鍵を開けて入ったら、私が犯人です、と言っているようなものだ。
仮にそうでなくとも、疑いの目は必ずこちらにも向けられるだろう。却下せざるを得なかった。
それでもその部屋に、金目のものが全然ないかというとそうでもなく、ほぼ唯一と言って良いのが「破壊の杖」である。
ただこれは、使い方がわからず、下手に扱うと爆発してしまうと言う、曰くつきのシロモノである。
まあ、だからこそ国でもっとも頑丈な金庫であるトリスティン魔法学院の宝物庫に保管されているわけだが。
あきらめて、他の場所にと思っても、外から錬金をかけられる足場的な物があるのがその「場違いな工芸品」の部屋の外のみである。
ロープで体を支えてぶら下がっていたら、さすがに目立つだろうし、いざと言う時逃げられない。
ならば、一度はいって中の壁を壊したらどうかと思ったが、そうそう宝物庫の中に入る用事も無い。
外の壁を自分のゴーレムで壊せるだけの強度に落とすのにも、トライアングルのフーケでは計算上80日かかるのだ。
中の壁を、人が一人通るぐらいの穴を、今度はゴーレム抜きで開けるのに下手をすれば1年以上かかるかもしれない。
とてもじゃないが、ばれるだろうし、やってられなかった。
とにもかくにも、すでに街での仕事はすべて離職しており、雇い主も美人だがしょっちゅうヘマをして、店に損害ばかりかけるフーケを持て余していて、彼女の退職は渡りに船のスムーズさで行われた。
学院秘書の給金はそれなりに良いし、これで生活していくのも悪くないかと思っていた。
森の中に一軒家でも建て、子供たちや妹とそこで生活する。
暇な時には、畑仕事でもして、(無論ゴーレムで)子供たちに勉強を教え、妹は調理場で料理を作る、休みの日にはみんな揃ってピクニック、そんな夢想を抱いていた。
さて、学院内での生活が始まり、1週間で気が付いたのは自分の職場がセクハラ地獄だということだった。
スカートの中をのぞき、尻を触ってくるヒヒジジイ。 部屋をのぞきに来るクソガ……生徒たち。
何を勘違いしたかやたらと求愛してくるハゲ。学院内に若い女の先生がいないのはこう言うわけかと思い知り。このままでは、XXX板一直線だと身につまされた。
作者にそんなものを書く技量は無い。
やはり、なんとか大金を稼ぎ、このSAN値(精神正常値)がひどく削られる職場を早々に立ち去りたい。
結局、一週間ほど休んだが、また宝物庫の壁と格闘する日々が始まった。
今度は合計六時間の往復が無くなったし、衛兵の詰め所の情報も楽に手に入るようになった分、効率が上がった。
……それでも、延々四ヶ月かかったわけだが。
そんなこんなで、二ヶ月ほどたち、つい先ごろ一年生たちの進級試験である「使い魔召還の儀」が行われた。
この国の公爵の娘が、人間を召還したと話題になったが、フーケは内心(そんな馬鹿な)と思っていた。
おそらくその娘は魔法に自信が無く、召還の魔法が失敗することを懸念し、実家に泣きついたのだろう。
公爵の娘ともなれば、かなりのことが可能だ。
誘拐した子供を、手品(か魔法)をつかって使い魔の代わりに仕立て上げたに違いない。
かなり高度な上、禁呪魔法になるが、催眠術で記憶を操作することも不可能ではないだろう。
自分にはわからないような、マジックアイテムを使ったのかもしれない。
(わざわざ、平民の子供を使わなくたっていいのに、この国の貴族どもはまったく)
その子に同情したが、さりとてなにが出来るわけでもない。せいぜい、関わりあうことがあったら優しくしてあげようと思うぐらいだった。
その関わりあうことが意外と早く訪れた。間接的にだが。
なにやら、中庭で決闘をするらしい。その相手が、例の少年だというのだ。もう一人は、しょっちゅう自分の部屋を覗きに来る、あのクソガキ。二年生でギーシュ・ド・グラモンとか言うらしい、名前なんかはじめて知った。
自分に出来ることはとにかく早く決闘を止めるよう、学院長に進言することだ。
下手をすれば、これもあの公爵の娘の陰謀かもしれない。
『召還には成功しました。しかし、使い魔は不慮の事故で死んでしまいました』といったところだ。
この国の貴族は、「貴族にあらずんば、人にあらず」と言った所が、ままあるためだ。
とにかくフーケは急いだ。
☆☆☆
「私です。オールド・オスマン」
「なんじゃ?」
「ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。止めにはいった教師がいるようですが、生徒たちに邪魔されて、止められないようです」
そんな教師はいやしない、フーケの狂言だ。
「まったく、暇をもてあました貴族ほど性質の悪い生き物もおらんな、で、誰が暴れておるんだね?」
「一人は二年生のギーシュ・ド・グラモン」
「あの、グラモンのとこのバカ息子か。オヤジも色の道では剛の者じゃったが、息子も輪をかけて女好きじゃ。 大方女の子の取り合いじゃろう。 相手は誰じゃ?」
(いらいらするなあ、そんなことはどうでもいいだろうに)
「……それが、生徒ではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです。教師たちは、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可を求めております」
これも嘘、でも『眠りの鐘』の場所は知っている。
「許可する。可及速やかに決闘を止めよ」
「わかりました」
大急ぎで、眠りの鐘の入った戸棚の鍵を開け、眠りの鐘を持ち出し中庭に急いだ。
……が、決闘はすでに終わっていた。
(遅かったか)
痛い思いが胸を走る。
だが、戻ろうとする生徒を捕まえ、話を聞くと勝ったのは使い魔の少年のほうだと言う。魔法を使わず戦ったのかと聞くと、まあ、ある意味使わなかったと言う。
どうも良くわからない。
まさか平民が魔法を使えないからと、それに合わせ自分も魔法を使わなかったとでもいうのだろうか? この魔法偏重主義のトリステイン貴族が。
その後、決闘した二人と、少年の主人の娘が呼ばれ、クソガキのほうがみっちり絞られた。
ちょっと、学院長を見直した。
貴族と平民がけんかをすれば、どうしたって大概は平民が負けるし、もし勝ったリなんかしたらそれが理由で殺される。
うなだれるエロガキ。
(ざまあみやがれ。今度、覗きに来たら名前を連呼してやろう。悲鳴をあげながら。卒業までの二年間、針のムシロに座るがいい)
☆☆☆
計画実行の前日、少々天気が悪くどんよりとした雲が気持ちをいささか暗くする。
曇りの日は、いささかセンチな気分になるフーケである。
(気分悪いねぇ。こうぱーっと天気が良くならないもんかね)
などと考え、空を見上げていたら……。
“ドォ――――――――――――――ン!!!!”
いきなりの大爆発にキモをつぶされた。
なんだ、なんだ、戦争でも始まったのか、と慌てて外に出る。生徒たちや、教師たちもフーケと同様に動揺している。
学院郊外の森の上空にて爆発があったため、先生方が調査に出たが何も見つからなかった。
近くアカデミーの方から調査の人間が来るとのこと、タイミングの悪さにいやになる。
決行の日。
今日は、ゴーレム作ったりなんだりで精神力と体力を使う予定なので、昼過ぎまで寝ていた。
本当は夕方近くまで寝ていようと思っていたが、何処から入り込んだのか枕元に白いねずみが居て、フーケを起こした。学院長の使い魔「モートソグニル」だった。
無視して、もう少し寝ていたかったが、夕べは早く寝たため一度起きると目が冴えてしまった。
モートソグニルも手をすりすりしながら頭をぺこぺこ下げている。相変わらず器用なことだ。
「なんですの、学院長。今日は“虚無の日”ですわよ」
もちろん、この使い魔はしゃべれないが器用なジェスチャーにて、用件を伝えてくる。
どうも、先日の爆発騒ぎの報告書と調査隊の要請の書類つくりを手伝って欲しいらしい。
「破壊の杖」強奪のあともしばらく学院にて働くつもりのため、この要請を断るわけにも行かない。
それに、休日出勤は日給1.5倍の約束だ。 悪くない。
とか思っていたが、学院長の報告書のほうが中々進まず、来たのはいいが随分と待たされることになった。秘書の仕事は、学院長の書き上げた報告書の清書のため、学院長が報告書を上げないとこちらも仕事が終わらない。
「うむ」
とつぶやいた。
この後は大概水パイプだ。フーケはこのタバコの臭いが嫌いである。
魔法でもって取り上げた。
「仕事中のわずかな楽しみを取り上げて楽しいかね、ミス・ロングビル」
「オールド・オスマン。あなたの健康管理もわたくしの仕事なのですわ。ご自愛なさってください」
自分が居ないとこなら、ばんばん吸って寿命を縮めるのは勝手だが。それがダメなら、せめて、外で吸ってもらいたい。
「つれないのう…」
オスマンはため息をつくと椅子から立ち上がり、窓から外を見始めた。
「なあ、ミス・ロングビル。どうにも考えがまとまらないんじゃ、パイプぐらいええじゃろう?」
「駄目です」
「まったく…ぶつぶつ」
フーケは手元の羊皮紙に羽ペンを走らせながら、皮肉たっぷりの口調で言った。
「セクハラばかりしているから罰でも当たったんでしょうかね」
「真理とは、真実はどこにあるんじゃろうか? 考えたことはあるかね? ミス……」
まじめな顔をして、意味不明な哲学を語り始めた。この次は、……セクハラが来る。
もはやパターン化し始めた様式にフーケは眉をひそめた。下半身に注意を向けると、白いねずみを見つけた。
(あんまり使いたくないんだけどねぇ)
フーケはレビティーションを発動し、「モートソグニル」を捕らえる。
「難しいことはわかりませんが、少なくとも、わたくしのスカートの中には無いと思いますわ」
「わ、わかった、わかったから離してやってくれ」
オスマンは顔を伏せると悲しそうな顔で呟く、そしてロングビルの机の下から、小さなネズミがふわふわと宙に浮き、オスマンの肩まで届けられた。
「おうおう、モートソグニル。捕らえられてしまったのか、大変じゃったのう。どれどれ約束通りナッツをやろうかの…おおっと、その前に報告じゃ。なに、白か、純白か、しかしミス・ロングビルは黒もええと思わんかモートソグニルや」
(何を聞いていやがるんだ、このエロジジイが!)
「オールド・オスマン」
「なんじゃね?」
「今度やったら王室に報告します」
「カーッ! 王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかーッ!」
なんという、逆ギレ。 何処の17歳だ。
「下着を覗かれたぐらいでカッカしなさんな!そんな風だから、婚期を逃すのじゃよ。……」
ブチンと頭の中で何かが切れた音を最後に、なにをどうしたか記憶に無い。
部屋にノックの音がして、正気に返った。なぜか、学院長が逆さになっていた。
とりあえず、2秒で自分の席にもどり、乱れていた髪形を手櫛で治す。少々荒い息はしょうがない。
入ってきたのは例の少年だった。話を聞いていたら、図書館を使いたいとの事。
(うーん、感心だねぇ、こんな目にあっている(使い魔をさせられていること)のに、めげずに勉強をしたいなんて)
「ふむう、ミス・ロングビル。すまんが席を外してくれないかね」
(なんでやねん)
とは思ったがまあしょうがない。 何か話があるのだろう。フーケも外の空気が吸いたかった頃だ。
一つ返事で出て行った。
十分ほどの休憩の後、話が終わったのか。また呼び出された。もどってみると、部屋がタバコ臭い。してみると、このために部屋を追い出されたのかとちょっとムカついた。
(やれやれ、まったくヤニ中は)
呼び出されたのは、案の定あの少年の図書館の閲覧許可書作成のためだった。
その間、彼にあのガラクタ小屋を見せるらしい。老人の長話は気の毒だ、とっとと作ってしまおう。
「スティンガー……ミサイル」
「なんじゃと、それはなんじゃ! 知っているのか。シンジ君」
(なんだ、なんだ)
「これが、どのような道具なのかを知っているのかね、君は」
「は、はい、ですが……」
(なに、今なんと言った?!)
「どうしたね、……ああ、心配は要らんよ、これが武器のたぐいであることは予測がついておる。
重要なのは、むしろこの「破壊の杖」の背景じゃな」
(なにー、ぶぶぶ武器ですってー!)
いろいろ、フーケは驚かされた。
かの少年が、ロバ・アル・カリイエの出身であることも驚いたが、せっかく狙っていた獲物が、目当てのマジックアイテムではなく武器だというのだ。
軽く失望したがまだ目はある。要は、それが世間に漏れる前に売り払ってしまえばいいのだ。
いやいや、ゲルマニアあたりのメイジじゃない貴族なら、かえって高く買ってくれるかもしれない。
フーケは息をひそめ、二人の話の続きを物陰からそっと聞いていた。
どうやら、あの少年が「破壊の杖」の事に詳しいこと、このままではそれが暴露されてしまいそうなこと、などが会話から推測された。
今は、使い道がわからず、こんな所におきっぱなしになっているが、わかってしまえば、おそらくアカデミー(王立魔法研究所)行きであろう。
そう、フーケは考えた。
いわゆる、アカデミーの実態を知らなければ、そう思うのも仕方がないところではある。
実際は、このような実用的な技術には眼もくれないのがアカデミーなのだが。
「……『聖地』ですか」
「興味があるかね、シンジ君」
「はい、学院長、機会があればぜひ行ってみたいです」
「はっはっは、そうじゃな。 君ならいつかきっと行けるに違いない。……ととっと忘れておった。 君は、ロバ・アル・カリイエの人間じゃったな。いまは『聖地』には行けんのじゃ……」
話が「聖地」から、『エルフ』に飛びそうになっている。
実は今、「聖地」は自らを「砂漠の民」と称し、恐ろしい『先住魔法』を使う『エルフ』に占領されているのだ。ハルケギニアに住むものなら、子供でも知っている事実である。
フーケにはとある理由で、あんまりこの少年に『エルフ』の悪口を吹き込んで欲しくなかった。
「学院長、閲覧許可書の作成が終わりました。彼の名前を教えて頂けますか」
「うわっと、なんじゃい、ミス・ロングビル脅かしおって」
「いつまでたっても帰ってこないんですもの、何をやっているのかと思いましたわ」
「うむ、この「破壊の杖」じゃがな、どうも彼の国のものであるらしい」
「まあ、本当ですか! すばらしいですわね」
(さっき、聞いたけど)
「まったくのう、シンジ君、楽しみは取っておくとしよう。 期待しておるよ」
「はい、申し訳ありません」
「ミス・ロングビル、彼の名前はシンジじゃ、ヴァリエール嬢の使い魔じゃから、シンジ・ヴァリエールじゃな」
(シンジか、ガリア系の名前っぽいな。……そうそう、精霊の神話の主人公が、そんな名前だったわね。あっちは目の覚めるような美少年の設定だったけど)
「かしこまりました」
「えっと、よろしいんでしょうか?」
「何がかね」
「閲覧の許可書は、こちらの「破壊の杖」の情報と引き換えでは?」
(んな事言ったんか! この、セクハラじじい!)
「いやいや、これはついでに見てもらったにすぎんよ。 どうも、誤解をさせてしまったようじゃな。
ミス・ロングビル許可書を出したまえ」
胸元から自分のペンを取り出し、呪文を唱えるとフワッと浮かんで秘書の持つ許可証にサインを行った。
「……さっ、これでよい。あとは君の主人のサインを貰って、それを明日にでも図書館の司書に見せれば終わりじゃ」
「ありがとうございます」
(しかし、いい事を聞いたわ)
フーケは、今晩の計画を少し見直す事にした。
「盗賊! 学院一の土魔法使い、この赤土のシュヴルーズが当直であったことを地獄で後悔するがいい」
(あちゃ~、新任のミセス・シュヴルーズ。 こんなにまじめな人だったとは!)
フーケとしてもこんな所で、無茶なゴーレム戦を行って、精神力を無駄に消費するつもりは無い。
囮のゴーレムを、スタコラサッサと逃げさせる。十分注意が向こうに行ったのを確認し、用意してあった馬で逃げ出す。後は、隠れ家に一直線。
行って二時間、帰って二時間、徒歩なら十時間ほど、十引く四は六、六時間寝れる。
これで、消費した精神力と体力を回復し、起きたら地面の馬の足跡を消しながら学院にもどる。
フーケが学院にもどると、ミスタ・コルベールが近寄ってきて、わめき始めた。
「ミス・ロングビル! 何処に行っていたのですか! 大変ですぞ! 事件ですぞ!」
(落ち着いて、ここからよ)
「申し訳ありません。 夕べからフーケを尾行しておりましたので」
教師たちが驚きの声を上げる。フーケは予定していたセリフを予定通り話し始めた。
(さてこれで捜索隊が編成される。そこに何とかしてシンジを入れるのだ。理由は彼が一番あの「破壊の杖」を知っているとか何とか言って)
などと、考えていたが教師たちは、誰も杖を上げない。
(なんだいこりゃ、腰抜けにも程があるだろう。 ほれほれミスタ・コルベール、口説いてた女の前でいいカッコするチャンスだよ)
オスマン氏が、促すが結果は変わらない。
結局、杖を掲げたのはフーケにとって幸運なことに女生徒が三人だけ、おまけに最初に杖を掲げたのが例の少年の主人だった。さらに、幸運は続くようで、なんと、かの少年が他の二人の使い魔を連れて、実質一人で捜索に行くことになった。
(くうー、かっこいいじゃんおっとこのこー!さてこれで、彼に「破壊の杖」を使わせて、そのあと、あれをこうしてこうやってと)
フーケは、まだ見ぬ未来の皮算用をすませ、心の中でにんまりと微笑んだのだった。