ルイズがデルフリンガーに質問をしていたその頃、
学院の約3千メイル上空にて。
「シルフィード、しゃべっていい」
「ふはっ、やれやれ、やっと解禁なのね。辛かったのね。朝も、お姉さまを助けようとしたシルフィーをいきなり殴るなんて、ひどいのね。お詫びにご飯、いっぱい食べさせるのね、おにくがいいのね、おにくおにく、るる。るーるる」
普通、竜はしゃべらない。
竜の知能は、幻獣の中では優秀な部類に入るが、人の言葉を操るほどではない。
それなのにシルフィードはのどを震わせ、可愛い響きの人語をぺらぺらとその口から発しているのだ。
「助けられた覚えは無い」
「ま、細かいことは置いておくといいのね。るーるる」
このように、人語を操るシルフィードは、実はただの風竜ではない。
風の古代竜、失われつつある伝説の風韻竜の一匹、ひっそりと人の眼の触れぬ山や、森の奥で暮らす伝説の生き物だった。
韻竜は人語を解するほどに知能が高いだけに、成長に時間を要する。
鱗の年輪から推測して、おおよそ2百年は生きているだろうこの風韻竜は、人間の歳に直すとまだ十歳くらい。 だが、子供とはいえ油断は出来ない。
韻竜の眷属は、人間以上の知能を誇り、言語感覚に優れ『先住の魔法』を操り、大空を高速で飛翔してブレスを吐く、なんとも強力な幻獣なのだ。
タバサは、召還時にシルフィードの正体を見抜き、すぐに地上三千メイル以内ではしゃべらないことを約束させた。はるか昔に絶滅したはずの韻竜が現れたとなると、大騒ぎになるからだ。
タバサは、その様なことで注目を集めたくは無かった。
昨晩、いつものように自分の部屋で本を読んでいたら、シルフィードが窓の外から顔をのぞかせ、必死に自分を呼ぶアピールをしたのだ。
なにか、緊急の要件でもあるのかと窓を開け、そこからシルフィードの背中に飛び乗ると、すぐに上昇を始めたのだ。
地上三千メイルに達した瞬間、まるで高速詠唱か!と思われるほどの勢いでおしゃべ……報告が始まった。
シルフィードの報告は5W1Hがなっておらず。
結論を後回しにしたうえ、結局よくわからないというひどいものだったが、タバサは我慢して話を聞いていた。
シルフィードの話を要約すると、
同時期に召還された少年が自分の寝床近くにやってきて、いきなり、手から光を出して地面に穴を開けた。
そして、その力は断じて先住魔法ではないという。
エルフや韻竜たちの使う先住魔法は精霊の力を “お願いして貸してもらう” ものだという。
また、その場の自然の力を利用するので、効果は系統魔法に比べ遥かに大きい。
以上の特徴があるため、もしあれほどの力を使ったら、同じく先住魔法の使い手である風韻竜のシルフィードにはわかるらしい。先住魔法の基本は、精霊の声を聞き取ることにあるからだ。
では、系統魔法なのか? これも違うだろう。彼は、呪文も唱えず、杖も持っていなかった。
系統魔法の効果は基本的に杖の先に現れる。
杖(ワンド)の契約は、さほど物質を選ばないが、無手ではなにも起こらない。
持っていたナイフは先端を下に向けていたため、たぶん杖ではないだろう。
謎の力を使う少年を、怖がっている反面、どこか面白がっている響きがシルフィードの声に感じられた。
どうでもいいことだが、この好奇心の強さこそ、シルフィードが召還に応じた理由の一つだろう。
タバサはルイズが明日、買い物に行くことを思い出し、ついていくことを決めた。
そして、シルフィードに、近くでシンジを観察させ、どう思うか聞いてみたかったのだ。
「シルフィード、シンジをどう思った」
「なんだか、とっても気持ちいい男の子なのね。きっとあの子は”大いなる意思“の使わした天使に違いないのね」
第十一話 虚無の休日 その2 魔剣デルフリンガー
魔法学院の学院長室は、本塔の最上階にあって豪華なつくりをしており、広さも教室に引けを取らない。
オールド・オスマンは、重厚なつくりのテーブルに座り、山のような書類と向かい合っていた。
「うむ…」
と呟いて引き出しから水キセルを取り出しす。
しかし水キセルはふわりと宙に浮き、部屋の隅に置かれた秘書用の机へと移動してしまった。
狼狽えるオスマンが秘書の席を見ると、ミス・ロングビルが水パイプを見て渋い顔をしていた。
「仕事中のわずかな楽しみを取り上げて楽しいかね、ミス・ロングビル」
「オールド・オスマン。あなたの健康管理もわたくしの仕事なのですわ。ご自愛なさってください」
ミス・ロングビルはオスマンが個人で雇っている秘書である。
「つれないのう…」
オスマンはため息をつくと椅子から立ち上がり、窓から外を見始めた。
「なあ、ミス・ロングビル。どうにも考えがまとまらないんじゃ、パイプぐらいええじゃろう?」
「駄目です」
「まったく…ぶつぶつ」
ロングビルは手元の羊皮紙に羽ペンを走らせながら、皮肉たっぷりの口調で言った。
「セクハラばかりしているから罰でも当たったんでしょうね」
「真理とは、真実はどこにあるんじゃろうか? 考えたことはあるかね? ミス……」
セクハラを非難するロングビルの言葉に怖じ気づくことなく、話を誤魔化そうとするオスマンだったが、不意にその表情に深刻さが混じった。
「難しいことはわかりませんが、少なくとも、わたくしのスカートの中には無いと思いますわ」
「わ、わかった、わかったから離してやってくれ」
オスマンは顔を伏せると悲しそうな顔で呟く、そしてロングビルの机の下から、小さなネズミがふわふわと宙に浮き、オスマンの肩まで届けられた。
「おうおう、モートソグニル。捕らえられてしまったのか、大変じゃったのう。どれどれ約束通りナッツをやろうかの…おおっと、その前に報告じゃ。なに、白か、純白か、しかしミス・ロングビルは黒もええと思わんかモートソグニルや」
オスマンの肩に乗せられた小さなネズミは、オスマンの使い魔モートソグニルであった、ロングビルに捕まってしまったが、しっかりと下着の色を確認できたので、オスマンはとても嬉しかった。
「オールド・オスマン」
「なんじゃね?」
「今度やったら王室に報告します」
「カーッ! 王室が怖くて魔法学院学院長が務まるかーッ!」
オスマン氏は目を剥いて怒鳴った。とても年寄りとは思えない迫力だった。
「下着を覗かれたぐらいでカッカしなさんな!そんな風だから、婚期を逃すのじゃよ。はぁ~まったく若返るのうこの感触、柔らかさ」
とうとうオールド・オスマンはミス・ロングビルの背後にまわり、堂々とお尻をなで回し始めた。
ロングビルは無言で立ち上がると、床に膝を突いてロングビルの尻をなで回していたオスマンを蹴りはじめた。
「ご、ごめん。痛い。もうしない。ほんとに!マジッ ごめん!」
頭を抱えてうずくまるオールド・オスマンをなおも蹴るロングビル。
その連続攻撃がふいに止んだ。
(ん、攻撃がこねえな、あきらめたかな)
そう思ったのも束の間、ミス・ロングビルは両腕をオールド・オスマンの腰に回していた。
背中に例のものが当たっている。オールド・オスマンはちょっとうれしかった。
「ふんっ!」
次の瞬間、いきなり天井が近付き、そして部屋全体が回転を始めた。
回っているのが自分だと、気が付いたのは……。
「がはぁ!」
見事な、アルビオン式バックドロップが決まった瞬間だった。
シンジは学院長室のドアをノックした。
“ひゅんひゅん がたがたがた わっしわっし ばたばたばたばた”
何かが高速で動いたような音がした。
「入りたまえ」
トリステイン魔法学院長の重々しい声で出迎えられた。
「失礼します」
「おや、シンジ君だったね、何用かね?」
「は、はい、図書館の使用許可を頂きたいと思いまして・・・」
シンジは、部屋に入ったとたんに異様な雰囲気を感じ取っていた。
よく見ると、オールド・オスマンの服はまるで靴にふまれたように汚れている。
秘書のミス・ロングビルを見れば、平静を装っているが息が荒く、いつもなら綺麗に整えられている髪形が微妙に乱れていた。
「ふむう、ミス・ロングビル。すまんが席を外してくれないかね」
「はい」
ロングビルはすぐに返事をすると、席を立ち廊下へと出て行った。
それを見届けたオスマンは、杖に手をかけて何かぼそぼそと呟き、秘書の席に置かれた水パイプを宙に浮かせて手元へと運んだ。
「すまんの、秘書がうるさくてパイプも吸ってられんのじゃ、一服させて貰ってもかまわんかね」
「どうぞ、僕のことは気にしないでください」
「スマンのシンジ君」
「それにしても学院長、お休み中でも仕事ですか。大変ですね」
「はっはっは、退屈なよりは忙しいほうが、生きている実感がわくもんじゃ。それにな、わしが忙しいのは、わしを必要としてくれる人間がそれだけ大勢いる、ということじゃ。人間、生きていくのに、これに勝る励みはないわい」
オスマン氏は穏やかな笑みでそう言って、窓を開け一服し始めた。ほんのわずか幸福で平和な時間が過ぎていった。
ふと、思い付いた事があった。
「ふうー、そうそう、図書館の閲覧許可じゃったの。モートソグニルや、ミス・ロングビルを呼んできておくれ」
使い魔にそう命令すると、オールド・オスマンは水ギセルをしまい、シンジにお願いをした。
「シンジ君、閲覧許可の代わりに君に頼みがあるんじゃが、ええかね?」
「はい、僕にできることでしたら」
「そうか、スマンの」
程なくして、ミス・ロングビルがもどってきた。
「お呼びでしょうか?」
「うむ、ミス・ロングビル、彼のために図書館の閲覧許可書を作ってくれたまえ、早急にな」
「かしこまりました」
「それと、その前に、宝物庫の鍵をもってきてくれたまえ」
オスマン氏とシンジは、並んで階段を降り始めた。
魔法学院本塔は、中央が吹き抜けになっていて、そこに螺旋状に石階段が付けられている。
「時にシンジ君、ヴァリエール嬢にはよくしてもらっているかね」
「え、ええ、とっても」
「ふむう、それはなによりじゃった」
(ええ傾向じゃな)
「それで、ボクに頼みたいことってなんでしょう」
オスマンは、宝物庫の扉に鍵を差込み、開きながらいった。
「君に、ここにある物を見てもらいたいんじゃ、もし、知っているものがあれば、それがなんなのか教えてもらいたい」
「なぜ、僕に?」
「んー、君の出身はロバ・アル・カリイエと聞いちょる。われわれとは違った文化、技術、芸術、思想そういったものが君の中にはあるのじゃろう。われわれには判らんことも君にはわかるかもしれん。そう思っただけじゃ」
宝物庫の内部はいくつかの部屋に区切られており、シンジが案内されたのは、「場違いな工芸品」の部屋である。
そこにあった品々は、シンジの感覚ではガラクタに相当するものであった。
壊れたノートパソコン、かけたCD、ぐちゃぐちゃになった目覚まし時計、薄汚れたオーディオなどなど、あとはほぼ武器、小火器のオンパレードである。そうはいっても、そこかしこが壊れ、折れ曲がり、役に立ちそうなものは無かった。
シンジは自分が眠っていた期間を、ほぼ一万年と見ていた。さほど根拠があるわけでもなかったが。
だが、ここにある品物は、十年、二十年以内のものに見える。そうでなければ、鉄は腐り、木は朽ち果て、プラスチックだろうと元の姿を保ち続けることは難しいであろう。
シンジは何か、騙されたような、壮大なドッキリカメラでも仕掛けられたような気分に襲われた。
今にも、黄色いヘルメットと、大成功の看板をもった人が現れるのでは、と後ろを振り返ったりもした。
「どうかしたかね?」
「い、いえ、何でもありません」
「ここにあるものは、ほぼすべて「聖地」のちかくで発見されたものじゃ。そちらの細長いものはすべて銃であることはわかっておる。まあ他に置く場所もないでな」
オスマンはそう言って、奥にある木箱を取り出した。
「これを見てもらいたいのじゃ、「破壊の杖」といってな、いままでに5本ほど見つかっておるが、これ一本を除いて、すべて失われてしまっておる」
「なぜです?」
「各国家に、一本ずつあったのじゃが、研究機関で調べている時に爆発したり、あるときなど忌まわしいものとして燃やしている最中に爆発したりしてな。残っているのはこれ一本なのじゃよ」
「えー、危ないじゃないですか!」
「まあ、な、捨てるに捨てられん、破壊も出来ん、それによそに運ぶのも危険すぎる。ちゅー訳でここに置きっぱなしでなぁ、 まあ見るだけなら危険は無いとわかっておるのでな」
そう言って、オスマンはその木箱のふたをそーっと開けた。
大量のおがくずに囲まれて入っていたのは鉄の筒である。
「スティンガーミサイル?」
「なんじゃと、それはなんじゃ! 知っているのか。シンジ君」
「確かに、シンジは『ガンダールヴ』で『ヴィンダールヴ』よ、でもあんたにとって、それは“おまけ”なんでしょう。 『伝説』に驚かずに、いったいシンジの何におどろいたの?」
「んー、なんと言ったら良いもんかね」
「なにもったいぶってんのよ!」
「いや、伝説だろうがなんだろうが、二つもルーンをやどして、正気を保っていられるのにも驚いちゃいるぜ! 特に『ガンダールヴ』は欠陥ルーンだしな」
「ちょっ」
「ん、なんだ、知らなかったのか?」
「……知らなかったわよ」
「んー、まっ、良いけどよ。……『ガンダールヴ』がどんなものかは理解しているかい」
「伝承にあることはだいたいね。ものすごく強くて、あらゆる武器を使って主人の身を守ったんでしょ」
「そうだ、女の子でも老人でもこのルーンを刻まれると超人になる。具体的には力が強くなって、スピードが上がる。あと武器を握ると、それが弓だろうが、槍だろうがたちまち理解してうまく操っちまう」
「すごいじゃないの、どこが欠陥なのよ」
「寿命さ、長くて2年、それであの世行き」
「えっ」
「ブリミルは、最初に好きな女に、こいつを刻んじまった。……後でわかって、ものすげえ後悔してたぜ。 だから、後で武器を持たないと発揮されないなんて機能をくっつけた。これでもせいぜい十年だったな。ほいで、そんなら家畜にそれをさせれば良いって考えて『ヴィンダールヴ』を考えた……」
「そんなことはどうでもいいのよ。 シンジが・・・シンジがあと十年しか生きられないっての!」
「落ち着けよ、ご主人、続きがあるんだよ」
「早く話しなさいよ!」
「最初に驚いたのがそれさ、『ガンダールヴ』はそいつの命を代償に発揮されるけど、相棒はそうじゃねえ。なんか、腹の辺りに丸い玉みてえなもんがあってよ、そいつがなんつーか」
「命の代わりになってる?」
「ああ、それも並じゃねえ。ドットが1とするならラインは4てな具合にレベルが上がるたんびに精神力が上がっていくのは知ってるだろ」
「常識よ、ある程度の揺らぎはあるけどね」
「おいらの見立てじゃ、相棒のそれはヘキサゴンぐらいは楽にありそうだな」
「ヘキサゴンって、ひーのふーの・・・・」
「指を使うなよ、ドットの1024倍だよ」
「嘘つくんじゃないわよ! なによそれ伝説の韻竜だってスクエアそこそこのはずよ」
「嘘なもんか、あーちなみに今のは表面上の出力だけな」
「なんで、そこまでわかるのよ」
「……インテリジェンスソードがなんで口をきけるのか、知ってるかい?」
「はぁ、そのぐらい知ってるわよ。戦場で敵を見つけて兵士に注意をするためでしょう」
「そうだ、後ろに眼が無いのは平民もメイジも変りゃしねえ。 油断してりゃスクエアだって平民の放った矢に当たって死んじまう」
「……」
「さて、ご主人。 見ての通り、おりゃー剣だ、眼も耳も鼻もねえ、どうやって敵を見つけると思う」
「……それは、今の話に関係があるの?」
「まあ、あるっちゃあるぜ」
「そうね、今じゃ失われた技術の一つ、インテリジェンスソードの精製に関しては謎が多いけど、その力に関しては、恒常的にごく薄いディテクトマジックをかけているって言うのが定説ね」
「そうだ、特に俺の持ち主は、なんでか1対多数の乱戦が多くてよ、おりゃー持ち主のために、やれ後ろだ、右から来たぞ、今度は左、木の陰のメイジがフレイムボール準備中だ。なーんて言ってたわけよ」
「……」
「まあ、そんなおいらに必要なスキルが、持ち主と敵の力量を測る事、だったわけだ。もし、ちょっとでも読み間違えたら、相棒はあの世行きだかんな。まあ、そんなわけで、おいらのディテクトマジックは、あんたらの言うスクエア並なのさ」
「……」
「ちょいと、手品をしようか、ご主人」
「えっ」
「おいらから見えないように、手を後ろに回して、指を適当におったてる。 おいらはそれを当てるってやつさ」
「いいわ」
ルイズはデルフリンガーを窓際に立てかけ、自分はベットの影で指を動かし始めた。驚くことにデルフリンガーはそれをすべて当てていった。従来のディテクトマジックでは、考えられない精密さである。
「範囲は、がんばれば2百メイルぐらいいくぜ」
「あーもう、わかったわよ。つまり自分の見立ては正確だッて、言いたいんでしょう」
「まーな、へへ」
「何よ、まだなんかあんの」
「ああ、相棒につかまれた時、何かみょーに懐かしいような感じがしてよ・・・」
「ええ、シンジを知ってるの」
「いや、シラネ。……まあなんだな、だから相棒の寿命に関しては心配しなくてもいいぜ、『ガンダールヴ』を付けられるために生まれたようなやつだ」
「……そう、そうね。でももうちょっとなんか無い」
「なんかってなんだよ?」
「シンジの情報よ。何でもいいわ、わかってることを全部言いなさい」
「そんなこと言われてもよ。 ちょっと握られた程度じゃこんなもんさ」