キュルケは、虚無の曜日にしては珍しく朝早くに目覚めた。
窓からさす光が時間を認識させた。
「おふぁ~よ~、フレイム」
大きく一度間延びをした後、起き上がり化粧を始める。
気になるのは昨日のこと、メイジの魔法の力はそのまま、国の軍事力としての側面を持つ。
魔道具、魔法兵器の研究が盛んで、それらを生産するガリア。
造船技術が高く、またドラゴン、マンティコアなどに代表される、戦闘用使役動物の繁殖・飼育が盛んなアルビオン。
民間技術が高く、精密な兵器、武器の生産が盛んなゲルマニア。
そして、技術も金も無く、国力をどんどん低下させているトリステイン。
だが、トリステインはメイジ個人の技量が高く、その時々において『英雄』を生み出している。
人口比率的にもメイジの割合が高い。
とはいうものの、トリステイン王国始まって以来と言われた、かの『烈風カリン』も、表舞台から去り、三十年になろうとしている。もし今生きていても五十過ぎだろう。
また、宗教国家ロマリアでさえいわゆる『英雄』を必要としないような軍隊運用、戦略、戦術を練り始めている。
今更、一人や二人の『英雄』では戦争に勝つことは難しいだろう。
今、戦争の主役はメイジの魔法では無い、巨大な空軍艦と精密な技術で作られた大砲である。
だが、昨日見たあの炎、ルイズは唯の「発火」と言っていたが、あれをもし艦隊の真ん中で起こされたら?
必ずしも直撃される必要は無い、近くに居ただけで吹き飛ばされるに違いない。
化粧を終え、自分の部屋のドアを開けるとタバサが立っていた。
「あら、珍しいわねタバサ、虚無の曜日だってのに」
タバサは虚無の曜日になると、大概は部屋に引きこもり、本を読んでいるのが常である。
こんな風に、一歩でも部屋の外に出るのは珍しいことなのだ。
「今日の買い物、一緒に行く」
「あらま。ふーん、どうしちゃったの?」
恋ではない、タバサとは長い付き合い、とも言い難いがそれでも、かの使い魔君に恋しているわけじゃないことぐらいは、なんとなくわかる。
キュルケの恋のエキスパートとしての女のカンである。
「昨日の大爆発、たぶんあの二人がなにか関係している」
「ぷっ」
「なに?」
「い、いいえなんでもないわ、ごめんなさい。さあ、いきましょ」
第十話 虚無の休日 その1 王都トリスタニア
ルイズの部屋の扉をノックした。しかし、返事が無い。
さては、約束を破って、二人で出かけたのでは、と勘繰った時に、タイミングよくバケツに水を汲んだシンジが現れた。
「あ、おはようございます、キュルケさん、タバサ先生」
「おはようシンジ君。ルイズは?」
「すいません、今、起きたばっかりなんですよ。少し待ってて頂けますか」
そう言って、部屋に入りルイズを起こす。
「ルイズさん、お友達が来てますよ。そろそろ起きてください」
(ふにゃふにゃ、おトモダチ?おトモダチってなに?そんなの居たっけ?)
二度寝をしたのか、服は着たまベッドに横になっていた。眼をこすりながら、起き上がる。
それからしばらくして二人は部屋から出てきた。
「おはよう、ルイズ」
「おはよう、って、お友達ってあんたのことだったの!」
「あ~ら、朝からご挨拶ねルイズ、別にあたしは言ってないわよ」(友達だなんて)
ルイズはそこまで言って、タバサが居る事に気が付いた。
「タ、バサ」
「……ルイズ。今日の買い物、一緒に行く。かまわない?」
(なんだかなぁ~)ルイズは溜息をついた。
今まで、シンジに、なんら主人らしいことを一つもしていない(と思っている)ルイズにしてみれば、今回のお出かけで、シンジに生活用品を取り揃えるのは、主人らしい所と度量を見せるチャンスである。
あまり余計な登場人物に、邪魔をされたくは無かった。
無かったのだが、キュルケはともかく、タバサと一緒に買い物をするところを想像するのはルイズにとって悪い気持ちはしなかった。
それに、タバサの使い魔は風竜である。風竜にのって空を飛ぶのは久しぶりである。
実家に居た頃はよく、母のマンティコアや父の火竜に乗せてもらい領地を行き来したのを思い出した。
結局ルイズは、二人がついてくるのを承諾した。
学院の外に出ると、タバサは口笛を吹いた。ピューっと、甲高い口笛の音が青空に吸い込まれる。
ばっさばっさと力強く青い翼をはためかせ、近くの森から風竜が飛び上がった。全長は6メイルほど、全身が美しい青い鱗で覆われている。これがタバサの使い魔、風竜の幼生である「シルフィード」であった。
シンジは思わず、布に巻いたふた振りのナイフを取り出し、三人の女性をかばうように前に出る。
ルイズとキュルケの二人は、そんなシンジの行動に思わずニヤついてしまう。
「あら、シンジ君あたし達を守ってくれてるの。お姉さんうれしいわ。でも大丈夫よ。アレは、タバサの使い魔『シルフィード』よ」
「あっ、そうなんですか? すいませんでした」
「そう、だから心配しないでいい」
それはいいのだが、シルフィードが降りてこない。飛び上がってすぐにこちらに来るかと思われたのに、いきなり急上昇し、かなりの上空で困ったように、ぐるぐる旋回している。
(ぎえええええー、なんであのおっかなそうな〇〇〇〇と、お姉さまがいっしょにいるのね。
……さてはおちび、この偉大なるシルフィーの言うことを、ちゃんと聞いていなかったのね。
……降りて、助けないといけないのね。
……あああ、お父様、お母様、竜の神様、どうかシルフィーに力と勇気を貸して欲しいのね。
……使い魔は主人を助けないといけないのね。大事なことは2回言うのね。
……颯爽と助け上げて、恩を売るいい機会なのね。
……でも、やっぱりおっかないのね・・・)
などなど考えながら、なかなか決心がつかず。シルフィードは降りてこない。
タバサは皆に、待っててくれるように言ってその場を離れる。百メイルも離れると、やっとシルフィードが降りて来た。シンジ達から見ると、なにやら喧嘩か言い争いをしているようにも見える。
だがそんなはずは無い、人語を操ることが出来る韻竜の一族はすでに滅んでいるのだから。
最後にタバサが、その長い杖で風竜の頭を一発殴り、争いは終わったようである。
「うわぁー、本当にドラゴンだ!すごいなー。タバサさん、触っても良いですか?」
「かまわない」
そう言って、タバサは黙り込む。
「ありがとうございます」
シンジがそう言うと、タバサはやはり黙ったまま、うなずいた。
(“かまわない“ってなんなのね、ひどいのね)
しかし、ご主人様が睨んでいるこの状況では、シルフィードには如何ともしがたい。
シルフィードにはわかる、目の前の少年は、人間の形をしているが人間だとは思えない。
だからと言って、精霊には見えない。
彼は、もっと別の何かだ。幼い頃、両親から聞いた天使か悪魔のようだ。おまけに夕べは、たとえ火竜でも吐けないような超火炎をやすやすと手から吐き出した。
(悪魔なのねー、きっとおっそろしい悪魔にちがいないのねー!)
しかし、撫でられた頭に当たる手はひんやりして気持ちよく、彼の「よろしく、シルフィード」と言う挨拶にも、彼からの悪意は感じられなかった。おまけに、彼に撫でられていると、彼を疑り恐れていた心がどんどん無くなっていくのだ。
代わりに、何か温かい気持ちが心にいっぱいに広がっていった。
「キュッキュイー、キュイー!」
「ねっねっ、今、シルフィードはなんて言ったの」
「いや、今のはわかりませんでした……」
首のつけ根部分にタバサ、その後ろはルイズ、キュルケ、シンジの順で乗りこみ。
それぞれが、目の前の突き出た背びれにつかまった。
シルフィードは、自らの大きな羽を広げ、器用にはためかせるとフワッと浮かび上がり、学院に向かい加速を開始した。
そのまま寮塔に当たって上空に抜ける上昇気流を捕らえると、一瞬で二百メイルも空を駆け上った。
風竜ならではの、上昇スピードである。
フライの魔法ではこうはいかない。
「あっはっはっはっは、あなたのシルフィードは最高ね!」
「そうね、悪くないわね」
「どっち?」
タバサが短くキュルケに尋ねた。
「ん、わかんない……。ルイズ!何処に行くの!」
「タバサ、城下町までお願い」
「……わかった、シルフィード」
シルフィードは短く鳴いて了解の意を主人に伝えると青い鱗を輝かせ、力強く翼を降り始めた。
城下町の上空を、竜などで飛び回るのは、法により規制されている。
よく見ると、門のそばの駅に馬やマンティコアなどの乗用動物たちが預けられている。タバサは、シルフィードがこういう所でおとなしくしているのを好まないのを知っているため、彼女らを門のそばに下ろすと、空で待機するよう命令した。シルフィードはすぐに飛び立って行ってしまった。
トリステインの城下町を四人で歩いている。
シンジは、辺りを見渡した。白い石造りの街は、まるでテーマパークのようだ。
シンジが、今日まで生活していた魔法学院に比べると、質素ななりの人間が多かった。
だが、道端で声を張り上げて、果物や肉や、カゴなどを売る商人たちや、町を歩く大勢の雑多な人たちの姿が、彼にとってはうれしかった。
目覚めてから、今日まで学院内の人間以外には会っておらず、どこか白日夢を見ているかの様な不安な気持ちが存在した為である。
シンジは改めて、復活した人間社会に胸が熱くなり、涙が溢れてきた。
「ちょ、ちょっと、シンジ、なに泣いてんのよ」
「……ごめんなさい。ありがとうルイズさん、……なんでもないです」
シンジは服の袖で顔を拭くと、眼にゴミが入っただけです、と言い訳をした。
「ちょっと、狭いですね」
「狭いって、これでも大通りなんだけど」
「これで?」
道幅は5メイルも無い。
そこを、大勢の人が行き来するものだから、歩くのも一苦労である。
「ここはブルドンネ街。トリステインで一番大きな通りよ。この先にはトリステインの王宮があるわ」
「宮殿ですか、ちょっと見に行きたいですね」
「そうね、……帰りにちょっとだけ寄ってみましょうか」
ルイズがそう言うと、シンジは微笑んだ。
道端には露店が溢れている。日本の商店街くらいしか知らないシンジは、いちいちじっくりと眺めずには居られなかった。
ムシロの上に並べられた、奇妙な形のカエルが入ったビンを見つめていたら、ルイズに袖を引っ張られた。
「ほら、寄り道しない。スリが多いんだから!持たせた財布は大丈夫でしょうね?」
ルイズは、財布は従者が持つ物だ。と言ってシンジに持たせていたのである。
もっとも、それは財布と言うより、大きめの巾着袋であったが。中にはそれなりに金貨が詰まっており、ずっしりと重かった。
「はい、大丈夫です。それにこんな重いものスラれませんよ」
「魔法を使われたら、一発よ」
でも、メイジっぽい姿の人間は居なかった。
シンジは魔法学院で、メイジとそれ以外の人たちを見分ける術を覚えた。
メイジはとにかくマントを付けているのである。それに、歩き方がゆったりしている。
ルイズに言わせると貴族の歩き方だ、ということになる。
「メイジっぽい人は見当たりませんが?」
「だって、メイジは人口の1割いないのよ。あと、こんな不潔で危険なところ滅多に歩かないわ」
「メイジの方って貴族ですよね。スリなんかするんですか?」
「貴族は全員メイジだけど、メイジのすべてが貴族って訳じゃないわ。いろんな事情で勘当されたり家を捨てたりした貴族の次男三男坊なんかが、身をやつして傭兵になったり、犯罪者になったりしているのよ」
「……ふーん」
それからも、シンジは気になる看板があったり、露店があったりする度に立ち止まり。
そのたびにルイズはシンジの腕を掴んで引っ張るのであった。
四人はルイズを先頭に、さらに狭い路地に入っていく。悪臭が鼻をつき、ゴミや汚物が、道端に転がっている。
「きったないわね」
「まあね、あんまり、来たくないんだけどね」
四辻に出た。ルイズは立ち止まると、辺りをきょろきょろ見渡した。
「ピエモンの秘薬屋の近くだったから、この辺なんだけど・・・・・・」
それから、一枚の銅製の看板を見つけた。
「あ、あった」
見ると、剣の形をした看板が下がっていた。武器屋のようである。どうやらここが、シンジとルイズの最初の目的地のようだ。
「じゃあ、また後でね」
四人のうち、キュルケとタバサの二人は、秘薬屋の方に入っていった。
武器屋の中は昼に近いのに、薄暗くランプの明かりがともっていた。
壁や棚に、所狭しと剣や槍が乱雑に並べられ、店の奥には立派な甲冑が飾ってあった。
ルイズたちが羽扉を開け、店の中に入ると、その奥からパイプをくわえた五十がらみの親父が二人の客を胡散臭げに見つめた。
(魔法学院の坊ちゃん、嬢ちゃん達か、やれやれ、なにしに来たのやら)
「貴族の若奥様方、何ぞ御用ですかね。秘薬屋は向こうですぜ」
「客よ! シンジ!」
「はい、おじさん、これの鞘を見繕って欲しいんです。出来れば体に付けるためのベルトも」
財布を下ろし、布に包んだふた振りのナイフを取り出す。
「こりゃ、おったまげた。貴族が剣を! おったまげた」
「「どうして?」」
ルイズとシンジは揃って声を上げた。
「いえ、若奥様。坊主は聖具をふる、兵隊は剣をふるう、貴族は杖をふりかざし、陛下はバルコニーから手をお振りになる。そしてあたしら平民は、世をはかなんで身を震わせる、と相場は決まっておりますんで」
武器屋のおやじが言ったのは、平民たちのザレ歌の一節だ。
「使うのは私じゃないわ。こいつよ」
「おや、こちらの坊ちゃんはご従者で? ずいぶんお若いですな」
「どうでもいいじゃない。それより早く選んであげてよ」
「へいへい、そういや、昨今は宮廷の貴族の方々の間で下僕に剣を持たすのが流行っておりましてね。その際にお選びになるのが、このようなレイピアでさあ」
そう言って、武器屋の親父は1メイルほどの長さの細身の剣を持ち出してきた。
どうやら、鞘とつり革だけではあまり利益が出ないのか、剣も一緒に売りつける気のようだ。
なるほど、きらびやかな模様がついていて、貴族か、その従者に似合いそうな綺麗な剣だった。
「貴族の間で、従者に剣を持たすのが流行ってる?」
ルイズにそう尋ねられ、主人はもっともらしくうなずいた。
最近、このトリステインの城下町を「土くれのフーケ」と言うメイジの盗賊が荒らしまわっていること、その盗賊は貴族からのみお宝を盗みまくっていること。
そして、それを恐れた貴族が自分の下僕にまで剣を持たせていることなどを聞いた。
「シンジ、この剣欲しくない」
「いりません」
突然言われた為、シンジもつい考えずに、本音を出してしまった。ルイズはそれを聞いてムッとする。
「何でよ!」
しまった、怒らせてしまった。そう思い、あわてて言い訳を開始する。
「……ごめんなさい、ルイズさん、えーとですね……」
シンジは、それを皮切りに淡々と説明を始めた。
レイピアという武器は、基本は突くための武器なのでうっかり深く突いたら抜けなくなること。
それに、細すぎて、斬りつけたら折れる可能性が高いということ。
また、ほかの大剣長剣では重すぎて、せっかくのスピードという自分の利点を殺してしまうことなどを説明した。
「だから、僕の武器はナイフが一番いいんです。よかったら小さめの投げナイフなんかを何本か見せてもらえますか」
「「ほうっ」」
それを聞いていたルイズや、店主は感嘆の溜め息をついてしまう。
「中々わかってんじゃねーか! そんな貧相な体してっから、冷やかしかと思ったら! いやー おでれーたわ!」
いきなり、乱雑に積み上げられた剣の中から、男の低い声がした。
ルイズとシンジは声の方向を見たが、誰もいない。店主が頭を抱えている。
「その坊主のちっこい体じゃ、長剣なんかふるどころか、抜く事すらできねーぜ! その坊主のいう通り、ナイフ辺りにしておきな!」
シンジは後じさった。声の主は剣だった。積み上げられた剣の一つから声が発せられていた。
ルイズが駆け寄ってきて、サビが浮いたボロボロの長剣を手に取った。
「これってインテリジェンスソード?」
「そうでさ、若奥様。意志を持つ魔剣、インテリジェンスソードでさあ。ったく、いったいどこの酔狂な錬金術師が始めたんでしょうかねぇ? 剣を喋らせるなんて。とにかくこいつはやたらと口が悪いわ、客に喧嘩を売るわで閉口してまして。……やいデル公! おめえは黙ってやがれ! 」
「なんだと! このごうつくばりが! 耳をちょんぎってやらあ! 顔を出せ!」
まあまあ、とシンジが仲裁に乗り出した。
「こんにちは、君はデルコウって言うの? 」
「ちがわ!デルフリンガー様だ! おきやがれ!」
「名前だけは、一人前でさ」
「僕は、シンジって言うんだ。よろしくね」
剣は黙った。じっとシンジを観察するかのように黙りこくった。
それからしばらくして、剣は小さな声で喋り始めた。
「おい、てめー、俺を掴んでみな」
しばし、顔を見合わせるシンジとルイズ。
ややあって、ルイズはシンジに剣をわたした。
「おでれーた、見損なってた。いやはや、長生きはするもんだ。おまけに『使い手』で『奏者』かよついでに『読み手』もありゃあ面白かったのにな」
シンジはその発言の内容に驚いて、おもわず手を離してしまった。
かん高い金属音が石床に響く。
「いきなり、なにしやんでい! こら!」
「あ、ご、ごめん、つい」
「あー、ご従者の方、どうぞお気になさらずに、良い薬でさ」
(使い手? 奏者? ついでに読み手ですって?)
ルイズには閃くものがあった。
「……まあ、いいやさ。てめ、俺を買え」
「えええ、 ……ごめん。いらないよ」
「おいー!なんでだよ!」
「なんでって、さっき言ったとおりだけど……それにデルフリンガーも、言ったじゃないか。小っこい体じゃ振り回せないって……」
「いや、さっきはわかんなかったんだよ。お前さんのことが。いいから俺を買えって!」
「はっはっは、デル公、あきらめな。なにをそんなに気にいったのかしらね―が、いらねーってもんはしょうがねーだろ。……それでは若奥様、こちらの投げナイフの十本セットなんかはいかがです。
見た目にも美しく、硬質化の呪文もかかっておりまして、10メイル以上離れた的なら必ず刃のほうが相手に向くようなバランスになっておりやして……」
デルフリンガーは、まだわめいていたが、店の主人はそれを無視することに決めたようだった。
「おいくら?」
「へい、先ほどのベルトと鞘の込みで新金貨で30、エキュー金貨なら18で結構でさ」
「先ほどのインテリジェンス・ソードと込みで、新金貨100でどうかしら?」
武器屋から出てきた二人をキュルケとタバサが出迎えた。
「おまたせ」
ルイズは意気揚々と二人に手を振った。
「そんなに待ってないわ、まあまあシンジ君、そんなハリネズミみたいに武器だらけになっちゃって」
シンジを見れば、背中には引きずりそうな長剣、肩から二本のナイフを下げ、腰のベルトには短めのナイフが十本も刺さっている。
「不思議と、そんなに重くはないんですけどね。これじゃ、危ない人みたいですよ」
その台詞には、ルイズもキュルケも笑わずにはいられなかった。
「相棒、俺っちのことを紹介してくれよ」
「あら、どなたかお連れの方がいらっしゃるの」
キュルケはおもわず、辺りを見渡した。
「違う、おそらくあの剣。インテリジェンス・ソード」
「へっへっへ、お嬢ちゃん、良いカンしてるぜ、伝説の魔剣デルフリンガー様だ。よろしくな!」
「自分で言うと、値打ちが下がるわよ。さてそろそろお昼ね、ご飯食べてもう少し街でも見回りましょうか」
その後は、四人で街を回り、シンジに服や、毛布などの生活用品を買い揃えた。
キュルケは、シンジの服のコーディネトに関してルイズと対立し、二人で危うく杖を抜きかける場面もあったものの、おおむね楽しい休日ではあった。
学院に帰りついたのは、まだ夕方と言うには早いほどの時間だった。
さすがに、風竜は速い。
タバサとシルフィードとは、学院の門前で別れ、キュルケとは部屋の前で別れた。
シンジは部屋に大荷物を下ろすと、ルイズに今のうちに、学院長に図書館の閲覧許可を貰ってくるように言われ、部屋を出た。
「……さてと、デルフリンガー。聞きたいことがあるわ」
「おおよ、伝説の魔剣デルフリンガー様にわかることなら、何でも答えるぜ! なにせ嬢ちゃんは俺っちを買ってくれたご主人様だかんな」
「そう、いい心がけね。では聞くわ。デルフ、あなたシンジの事を『使い手』で『奏者』だっていったわよね、それは『ガンダールヴ』と『ヴィンダールヴ』のこと? 」
「なーんでぇ、俺の事じゃねえのかよ。 まあいいや、その通りだよ」
「では、『読み手』とは?」
「なんでぇ、『ガンダールヴ』と『ヴィンダールヴ』を知ってんなら、『ミュズニトニルン』だって知ってそうだがな」
これは、ルイズのブラフ、この伝説の魔剣が知ったかぶりしているか、もしくは客が来るたびに同じ様な事を言い、自分をアピールしていた可能性もあるからだ。
「では、その三つがなんなのか、デルフは知っているのよね?」
「あたりきよ!ブリミルに使えた伝説の使い魔だ。そして俺は、初代『ガンダールヴ』の左腕デルフリンガー様よ!」
ルイズは思わず噴出しそうになった。
「始祖の祈祷書」というものがある。
トリステイン王家に伝えられている、始祖ブリミルが記述したという古書である。
かなりの数の紛い物が存在し、それらを集めると図書館が一つ出来ると言われるほどである。
デルフもまた、その類の紛い物だろう。ルイズは、剣の伝説にはさほどくわしい訳ではないが、もし彼の言うことが本当なら、六千年前の始祖ブリミルの秘宝であり国宝ものだ。
だが、とてもじゃないが信じられない。
「なんでぇ、信用してねぇな」
「悪いわね、これでも常識人なのよ」
「ちぇ、いいけどよ」
「さて、本題。あんたは武器屋で、シンジにこう言ったわ。「おでれーた、見損なってた。いやはや、長生きはするもんだ。おまけに『使い手』で『奏者』かよ。ついでに『読み手』もありゃあ面白かったのにな」ってね」
「おう、確かにそう言ったぜ」
「確かに、シンジは『ガンダールヴ』で『ヴィンダールヴ』よ。でもあんたにとって、それは“おまけ”なんでしょう。いったいシンジの何におどろいたの?」