シンジが召喚されて、つまりは使い魔となって3日目の朝を迎えた。
朝は夜明けと共に目を覚まし、ルイズを起こさないようそっとベットから降りる。
そして下の水汲み場まで降りてバケツで水を汲み、ルイズを起こすのだ。ルイズもその辺は遠慮をしないが、従者またはメイドにさせるように顔を洗わせなかった。もともと大貴族の娘でもあるルイズは、もちろん使用人を使い慣れている。それなのに、ある意味平民以下のシンジにそれをさせなかった。
それは、彼は従者ではなく使い魔である(それも伝説の)事が頭にあるため。貧相なゼロの自分に付き従う強大な伝説の使い魔。傍から見て、鳳凰を従える雀、虎を従える猫、竜を従える蛇の様に思われている気がしてならないのだ。
ルイズには『メイジの実力を知りたければ、その使い魔を見よ』と言う格言がどうにも信じられなくなっていた。
それに、よく考えればハルケギニアにおいてメイジのビックネームの一人であるオールド・オスマン学院長の使い魔は小さなねずみである。無論どのような特殊能力をその身に秘めているかは解らないが。
ルイズにはもちろん統計学上の偏りも、その際に切り捨てられる端数の概念も知らない。大雑把に今までこうだったから正しいとされているのだ。たぶん探せばこういった例外はけっこうあるのだろう。それでも、ゼロが伝説を引き当ててしまった事はこれが初めてではないか?
ルイズは始祖ブリミルに感謝していいのか悪いのか決めかねていた。
夕べはシンジが月にしばらく見惚れていた後、シンジが「もどろう、ルイズさん」と言って、何とはなしに部屋に戻ったのだ。予定していた、魔法の「実験」も言い出せなかった。
第八話 3日目 その1 使い魔の1日
シンジはルイズと部屋を出る。
すると、狙い済ましたように並んでいるドアのひとつが開き、中から燃えるような赤い髪の女の子が出てきた。昨日、シンジにディテクト・マジックをかけた一人であるキュルケだ。
彼女はルイズを見ると、少々ばつが悪そうに笑った。
「あー、おはようルイズ」
ルイズも昨日のことを思い出し、二ヤッと笑って朝の返事を帰した。
「おはよう、キュルケ」
ついでにシンジにも挨拶が来た。
「おはよう、使い魔君、昨日はかっこよかったわよ」
「おはようございます。ツェルプストー様、シンジです」
「キュルケでいいわよ。シンジ君」
「かしこまりました、キュルケ様」
キュルケと名乗った女性の背後から、昨日も見た真っ赤な巨大トカゲが現れた。そして、シンジの方に近づいてきた。
「昨日は挨拶もなく失礼しました精霊様。どうぞお見知りおきを。我が名はフレイム、こちらでつけていただいた名前ですが、なかなか気に入っています」
昨日、喋る猫を見たばかりである、トカゲが喋るくらいではシンジも、もうそれほど驚きはしない。
「こちらこそよろしく、フレイムさん、シンジです。精霊って何のことです?」
「おお、これはご丁重なご返答痛み入ります精霊様、シンジとはこちらでの名前ですかな?」
「いや、本名ですけど?」
ピコピコと火のついた尻尾を振る。
「おお、真名をお教えいただけるとは、末代までの誉れ。 いつかふるさとに帰るようなことがあったら一族のものたちに自慢しなくては。いやいや召還も悪くはありませんね。して、こちらにはお遊びか何かで?」
「いや、眠っていたら召還されたんですけど」
「ほうほう、あなたのような高位の精霊を呼ぶとは、なかなかに力の有るメイジのようですね」
「いや、だから精霊って……」 「シンジッ!」
シンジが疑問をフレイムに投げようとしたところをルイズの声に遮られた。
「はい、ルイズさん」
「……今、誰と喋ってたの……?」
なぜか小声で問いただすルイズ。
「誰って、フレイムさんと朝の挨拶を」
「フレイムさん?誰よ?」
「あの、あちらの赤いオオトカゲ……」
気が付くと、キュルケが怪訝そうな顔でシンジを見ていた。
(今、この子確かにフレイムっていったわよね。まだルイズには言って無いはず。……どゆこと?)
キュルケにはコントラクト・サーヴァントによりフレイムとの感覚共有ラインが結ばれている。
だがそれはほとんど五感に限り、言語化された意識まで読めるわけではない。せいぜい感情を少し読み取れる程度である。
また、使い魔が喋れるようになる、といってもほとんどが単語の羅列であり、文字通りの意味で喋れるようになるには時間と種族的な特性が必要だ。
また、フレイムも「刷り込み」に因る人語の理解と知能の向上が起こっているが、これもまたルーンによる翻訳機能の力が大きく、また、理解できるのが主人たるキュルケのそれのみである。
したがって、使い魔との会話はほぼ一方通行になる。
今、シンジは喋っていた訳では無く、右手のルーン『ヴィンダールヴ』にてこの幻獣と感情のやり取りをしていた。(もちろん口も動いていたが)
それがルーンの翻訳機能を介し、まるで喋っているような錯覚を起こさせたのだ。
ちなみに、人語を操ることができる人間あるいは亜人以外の種族は、爬虫類系を韻竜そして哺乳類系が韻獣と呼ばれるが、両方共にすでに滅んでいるといわれている。
そしてもちろん、キュルケの使い魔「サラマンダー」は韻竜では無い。
「あー、シンジ君だったわね。フレイムの名前を何処で聞いたのかしら?」
「え、たった今彼から聞いたばかりですが……もがっもが」
ルイズがシンジの口を押さえる、だが少々遅かったようだ。キュルケがすごい顔で、こちらに注目しているのだ。
「ちょっとルイズ、少し秘密主義が過ぎるんじゃなくて!彼は一体何者なのよ?それすら秘密なの?」
そんなこと言われてもルイズにだって正体不明である。
「サモン・サーヴァント」で呼びたい者を呼び出せる訳じゃない。
「コントラクト・サーヴァント」で付けたいルーンが付けられる訳じゃない。
別にシンジが何も言わない訳じゃない、一生懸命説明してくれるのだが、(もちろん、隠すべきところは隠してはいるが)ルイズの理解力がどうにもこうにも足りないのだ。
そして、普段なら自慢しているはずの、彼についた二つの伝説のルーンのことも話すわけにはいかない。
ルイズも昨日、オールド・オスマンがシンジに皮手袋をくれた意味をそれなりに理解していた。
「昨日、言ったでしょ。ロバ・アル・カリイエから来た「ぱいろっと」だって」
「そんな、意味不明な説明で納得できる訳ないでしょ! 「ゴーレム使い」がなんであたしの使い魔とひょいひょい喋れるのよ」
「あたしにだって、わかんないわよ!」
「えーと、ルイズさん、キュルケ様、そろそろ朝ごはんに行ったほうが……」
「なんで、キュルケが『様』であたしが『さん』なのよ!!」
女性の記憶とは、かくも都合が良い。
「そ、それは昨日ルイズさんが……それに、キュルケ様はやはり貴族の方ですし」
「あーげふんげふん、こいつに『様』なんて付ける必要ないわ」
ルイズが激昂しているとまたキュルケが口を挟んできた。シンジの肩越しに。
「そーよぉ、最初に言ったでしょ。キュルケでいいって」
「ぎゃー!あたしの使い魔にさわんなぁー!」
ご想像頂きたい。シンジの身長はハルケギニアの単位で約160サント、対してキュルケの身長171サント、バストは約一メイル弱。そして、ルイズの身長153サント、バストに関しては……。
今シンジの背中には、ムニュッと例のものがあたっている。
「あの、キュルケさん、……当たってるんですが」
「当ててんのよ」
(ぬうぅぅ、その使い魔はあたしんだ、睫毛一本、爪の一かけだって何処のどいつにも渡すもんじゃない。ましてや、ゲルマニアのツェルプストーなんぞに。カエルのションベンよりも!下種な!その無駄な脂肪の塊をシンジに当てるんじゃない!)
げに恐ろしきは、女の独占欲と嫉妬心。ルイズはものすごい目でキュルケを睨み付けた。無論キュルケも負けてはいない。
シンジの頭の中でネルフの女性オペレーターの声が聞こえた気がした。
(位相空間を目視で確認できるほどのATフィールドが確認されています)
シンジの心は二人のATフィールドに挟まれ悲鳴を上げていた。
「に、逃げちゃだめだ……」
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とにかく食事に行くことになり、シンジは食堂の入り口でルイズと別れた。
キュルケとは食堂に入ってもまだぎゃんぎゃん言い争いをしていたが。
「あのーすいません、食事をいただきに来ました」
シンジはそう言って調理場の裏口から顔を出すと。
「『我らの剣』が来たぞ」
そう叫んで、シンジを歓迎したのは料理長のマルトーである。
「我らの剣って……?」
シンジが頭に?をつけたまま、調理場にあるテーブルの端っこに座ると、シエスタがニコニコ顔で寄ってきて、温かいシチューの入った皿と白いパンを出してくれた。
「ありがとう、いただきます」
「今日のシチューは特別ですわ」
シエスタはうれしそうに微笑んだ。
シンジはシチューを口にすると目を見開いて驚いた。
「これは……マルトーさん、すごいよ、おいしい」
そう言って感激すると、包丁をもったマルトーがやってきた。
「ほお、さすが我らが剣、わかるのかい?そのシチューは、貴族連中に出してるのと同じモンさ」
してやったりな笑顔で、得意げに鼻を鳴らした。
「ふん!あいつらはなに確かに魔法は出来る。土から城や鍋を作ったり、とんでもない炎の玉を吐き出したり、果てはドラゴンを操ったり、たいしたもんだ!でも、こうやって絶妙の味に料理を仕立て上げるのだって、言うならひとつの魔法さ。そう思うだろ坊主、おおっと我らが剣よ」
「シンジです。まったくもってその通りです」
「うーん、お前は、まったくもっていいやつだ!」
マルトーはシンジの首根っこにブッとい腕を巻きつけた。
「なあ、『我らの剣』!俺はおまえの額に接吻するぞ!こら!いいな!」
「その呼び方とキスはやめてください」
「なんでだ?」
「僕はただの平民……じゃなかった使い魔ですから、こんな美味しいものを作れる皆さんにこんなに歓迎される訳がわかりません」
マルトーはシンジから体を離すと、大仰に両腕を広げてみせた。
「お前は、シエスタを、あの恐ろしいメイジの手から救い出し、あまつさえ決闘に勝っちまった。それなのに“皆さんにこんなに歓迎される訳がわかりません”だぁー?」
マルトーは調理場に向き直り、怒鳴った。
「お前たち!聞いたか!」
若いコックや見習いたちそれにベテランのコックたちが揃って返事を返した。
「「「聞いてますよ! 親方!」」」
「本当の達人とは、こう言うものだ。決して己の腕前や功績を誇ったり、吹聴したりしないもんだ。見習えよ、達人は誇らない!」
コックたちが嬉しげに唱和する。
「達人は誇らない!」
するとマルトー料理長はくるりと振り向き。
「やい、『我らの剣』。俺は・・・・・・」
そこまで言ってマルトー料理長は固まってしまった。シンジが泣いているのである、さめざめと涙を流している。
「どどど、どうしたんだ『我らの剣』、なんか気に入らないことでもあったか?」
しばらくして落ち着くとシンジは涙をぬぐいぽつりぽつり話し始めた。
「ごめんなさい、マルトーさん、僕、皆さんにこんなに歓迎されて嬉しかったんです。いままで、こんなこと一回も無かったもので……」
調理場のコックたちはこれを聞いて、なにやら気恥ずかしくなってしまった。
(いままで、一体どれほどひどい人生を送ってきたんだこいつは)
マルトーはそれなりに人生経験をつんでおり、人を見る眼もあると思っている。トリスティン魔法学院で働く仲間であるシエスタを助けてもらったことは、確かに感謝しているが、それとは別にシンジの人となりを少し見てやろうと思いやったことでもある。だが、いきなり泣き始めるとは思わなかった。
「シエスタ!」
「はい!」
「アルビオンの古いのをついでやれ。俺たちの勇者の涙が止まるようなやつをな!」
シエスタは満面の笑みになると、ぶどう酒の棚から言われたとおりのヴィンテージを取り出してシンジのグラスになみなみと注いだ。
「あ、ありがとうございます」
今、シンジは涙で鼻が詰まっている。
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「どうしたのシンジ、顔が真っ赤よ」
「い、いや、あの調理場で皆さんに、ヒッツ、お酒を、ヒッツ、飲まされちゃって、ヒッツ、」
「まあ、シンジあんたお酒が弱かったの」
「い、いや、今まで、ヒッツ、飲んだことが無かったんです、ヒッツ、」
(ぷぷぷ、これは良い事を聞いたわ。さしもの「伝説の使い魔」にも弱点があったのね)
シンジにすれば自分は弱点だらけ、コンプレックスだらけ、トラウマだらけであると思っているが、ルイズにすれば彼は完全無欠である。
さて、朝食の後は掃除と洗濯である。掃除に関しては言わずもがな、洗濯に関しても電気も洗濯機も無い世界で何百年も生きてきたシンジには必須のスキルである。
細かい洗い物の手順はシエスタに聞き、物覚えの良い彼はそれらをさくさく片付けていった。
それらが終わると今度はルイズの授業のお供を勤める。
水からワインを作り出す授業や、目の前に現れる大きな火球や、秘薬を調合して特殊なポーションを作り出す講義や、空中に箱や棒やボールなどを浮かして、それらを窓の外に飛ばして使い魔に取りに行かせる授業など物珍しく夢中で見つめていた。
なんで?と思うところはルイズに許可を取り、講師に使い魔であることを明かしてから質問をした。
講師の方も、人間の使い魔が珍しいのか、学院長になにか言われているのかはわからないが、ほとんどが質問を許し、シンジの質問に答えていった。
そんなシンジを、キュルケの使い魔であるフレイムがじっと見つめている。
いや、フレイムだけではない、教室内にいる幻獣と呼ばれる種族の使い魔たちがずっとシンジに注目しているのである。
授業に夢中になっているシンジにはそんなことは気が付かない。
いや、気が付いているのだが、ほかの生徒たちと同じく人間の使い魔が珍しいだけだろうと思い、たまにフレイムに手を振る程度である。
☆☆☆
「おい、赤いの、何であの精霊様は、お前にばっかり手を振ってくれるんだよ」
「ふふん、朝ちょっとね、ボクのご主人様があの方を呼び出した人間のとなりの部屋でね、ま、今じゃ親友かな」
「なにー、あのえらく位の高そうな精霊様と親友だとー!」
人間には低いうなり声にしか聞こえない発音と、刻んだ呼吸音のハルケギニアの先住言語で幻獣同士が話し合っている。 無論それなりに小さな声?で。
彼らには、シンジのなにが見えているのか、しきりに彼を『精霊様』と呼んでいた。
「そうとも、なにせ朝会ったばかりなのに、真名を教えてくれたんだ。僕は今あの精霊様にフレイムさんと呼ばれている」
フレイムの発言?と共に教室内にいた使い魔たちが騒ぎ始め、彼らの主人たるメイジたちは彼らを静めるため、しかりつけていった。
授業中に使い魔たちが騒ぐのは、主人たるメイジの監督不行き届きになるため、あらかじめ騒がないよう命令してあったはずなのだが。
☆☆☆
昼食の後、ルイズとシンジは昨日ディテクトマジックをかけた4人と一緒に外のテラスで話をしていた。
「ルイズ、まずはあなたに謝罪を。迷惑をかけた」
「もういいわ、どの道、私もいつか実家に頼んでやってもらうつもりだったし、なにもないってわかったから、かえって良かったわ」
「あら、何も無かったわけじゃないでしょう。授業の時あんなに褒められるような質問をするわ、ルイズの爆発を一人で防ぐわ、ギーシュに決闘で勝っちゃうわ」
「うっ」、「「うっ」」、「「うっ」」
最初から順にシンジ、ルイズ+シンジ、ギーシュ+シンジである。
「ま~だ、あるんだけどね~」
キュルケはルイズとシンジを見ながらニヤッとした。シンジは思わず下を向き、溜息をついた。
(目立たないよう、ひっそりルイズさんの使い魔をやるつもりだったのに、失敗したな)
「ま、でも、あたしも一応謝っとくわ、悪かったわねルイズ」
あんなことを最初に言われては、ルイズも頷くしかない。
「キュルケ~、相変わらずいい性格ね」
「おほほほ、褒められたと思っておくわ」
「キュルケ、ほかにもなんかあったの」
とはモンモランシー。
「さーてね、言っていいかしら、ルイズ」
何かあったと言っているような言い方である。仕方なしに、ルイズも許可を出した。
「うー、ま、まあいいわよ」
「そ、じゃ言うわね。この使い魔君はあたしのフレイムとお喋りしてたのよ」
キュルケとルイズを除く4人は、言われたことが理解できずポカンとしている。
「えーと、それって、キュルケの使い魔のサラマンダーが韻竜だったって事?」
再起動したのはギーシュである。
「残念ながら違うわ、火竜山脈産のブランド物ではあるけどね」
「じゃあ、じゃあ、つまり、彼がその、……」
ギーシュには、うまい言葉が出てこない。なんと言ったらいいのか。
「えっと、あのぉ……」
シンジがおずおずと声をかけた。ルイズはもうある程度の情報流出はあきらめている。
みんなの注目がシンジに集まる。
「使い魔って喋れないんですか?以前使い魔は喋れるようになるってルイズさんに聞いたことがあるんですが。それに昨日、使い魔らしい黒猫が喋っているところを見たんですが……」
その疑問にはタバサが答えた。
「その説明はちょっと違う、正確には喋れる様になる、事もある。ということ。犬や猫のように、人の近くにいなかった種族は、喉を人間の言葉用に動かせるほど、人を理解していない。ただ、使い魔たちはいずれ人の言葉を理解できるほど知能が発達はするが。いずれにせよ昨日今日、召還したばかりの使い魔が喋るのは、ほぼありえない」
後をモンモランシーが引きついだ。
「それこそ、「平民」でも召還しない限りはね」
「シンジはただの平民じゃ……」
「わかっているよ、ルイズ。むしろただの平民じゃ無かったことにほっとしているんだ」
「あんた決闘で負けたもんね」
「うるさいなキュルケ、ま、そうだけどさ。……さてルイズ、僕も謝ろう。彼にはいろいろ迷惑をかけた」
ギーシュも何か思うところがあったのか、素直に頭を下げた。
「あ、あたしは謝んないわよ。……もともとタバサにお願いされただけなんだから」
「もういいって、言ってるでしょ」
「あっそ」
「そ ん な こ と よ り 、あたしのフレイムと話が出来るっていう方の説明が欲しいわね」
その台詞に、シンジはしばらく考えた。
「……考えてみれば、ルーンのおかげですよね。使い魔たちが人と話せるようになるなら、僕はもともと話せるわけですから、その分が使い魔たちと話せる力に変換されたのでは?」
「うーん、なるほどね。とするとこれは『特化』に含まれないのかしら?でも『刷り込み』とも思えないし、その辺どう思う、ルイズ、タバサ」
ここには、座学のトップ2が座っているのだ。聞かない手は無い。とモンモランシー。
「そうね、やはり『特化』だと思うわ、『刷り込み』にそんな効能は無いはずだし……」
ルイズは『ヴィンダールヴ』の能力をまだあまりよくわかっていない。
「私は『共有』の一種だと思う。幻獣たちはもともと先住言語を使い、種族の違う生き物同士が意思疎通を交わしていたという論文を見たことがある。それは鳴き声や身振り手振りによって……」
その後、しばらくシンジの使い魔と?喋れる能力についての論議が始まったが結論の出ないまま終了となった。
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「ルイズ、約束を履行したい。何かある?」
「だから、もういいって、……そうね、シンジ何かお願いしたいことあるかしら?」
いきなり自分に話を振られたシンジは、しばらく考えた後。
「そうですね、うーん。……そうだ、文字を教えて頂けますか」
「へっ、シンジあなた字が……?」
「ええ、だから授業の肝心な所がよくわからなくて……お願いできますか?」
ルイズの頬が、ぴくん と動いた。
(どうして、私に言わないのよ。というか私に教えてくださいって言うのが筋なんじゃないの?)
「あなた、習う相手を間違えてるんじゃないの?」
「え、だってお願いしたいことって言うから……」
「そそそ、そりゃ言ったけど。そう、迷惑よシンジ!タバサの貴重な時間を奪っては……」
「私なら、かまわない。ルイズもそれでいい?」
(くぅー)
ルイズは歯噛みして悔しがった。いまさら駄目ともいえない。そして、そんなルイズの気持ちを正確に読み取った女性が一人いた。
「あーはっはっはっは、シンジ君あたしには?あたしには何か教わりたい事は無い?そうね、ゲルマニア女の情熱なんかどうかしら?」
「……そう言う冗談は、勘弁してください」
「あーら、本気よ」
「……よかったら魔法の基礎理論なんかを教えて頂けませんか、火系統でしたっけ?そのエキスパートと聞いています」
「ぐっ」
今度はキュルケがへこむ番だった、火のトライアングルとは言え、実技に限った話で座学はいまひとつである。そしてそれを知っているルイズが見逃すはずは無かった。
「ほーほっほっほっほ、どうしたのかしらキュルケ先生、ご指名よ」
「……いいわ、今晩、あたしの部屋に尋ねていらっしゃいな。ゲルマニア最高の燃える理論を教えてあげる」
「だー!駄目よシンジ、そんな台詞にほいほいついていったら、次の日十人以上の貴族に串刺しにされるわよ」
「どう言う意味でしょうか?」
「こいつにはね、恋人が十人以上いるのよ。夜に部屋なんか行って、もしそいつらと鉢合わせるようなことになったら……わかるでしょう」
「平気よ、あたしが守るもの、それにあなただってヴェストリの広場での彼の戦いぶりを見たでしょう?」
キュルケは、あごの下に手を置くとシンジに熱っぽい流し目を送った。
だがシンジは、その視線に動じることなく、ちょっと困ったような笑顔で言った。
「ごめんなさいキュルケさん、主が駄目と申しておりますので……」
「あーら、残念ね」
キュルケも後を引くことなく、シンジに軽くウインクを帰した。
「シンジ君といったな、ギーシュ・ド・グラモンだ。先日は失礼した」
「いえ、そんな」
「僕には、何か無いかね。ルイズやタバサほどではないが、土系統魔法に関してはチョッとした物だと思っている」
「……では、ナイフをふた振り『錬金』して頂けますか。ひとつはルイズ様を守るため、常に身につけておきたいんです。もう一振りは魔法の実験に使いたいので……よろしいでしょうか?」
「いいとも、お安い御用だ。どんなのがいい」
そういうと、ギーシュはシャツの胸ポケットに手を伸ばし自分の杖たるバラの造花を取り出した。
シンジも使いやすく、また持ち運びに便利そうな、いわゆるコンバットナイフと言われる物を説明し、ギーシュにお願いした。
「イル・アース・デル」
素早く、短く、ルーンを紡ぎ杖を一振り。 見る間に地面より、ふた振りのナイフが生えてきた。
刃渡りは20サントほど。刃色は赤銅色で綺麗な十円玉をご想像いただきたい。
「ありがとうございます」
シンジはそれをつかむと、立ち木のそばに行き、ギーシュに目線で許可を求めた、ギーシュもすぐに頷く。そして、枝に向かい一振り。 ザッと音がしたかと思うと、一本の枝がするっと落ちてきた。
「切れ味もいいですね、ありがとうございます。ギーシュ様」
「ギーシュでいいよ、ルイズもキュルケも『さん』だろうが、僕は男だからね。それに、こう見えても武門の家系でも有る。自分に勝ったやつに『様』なんて付けられるのはどうも面映い」
「わかったよ、ギーシュ」
「ん、リベンジマッチはせめてラインかトライアングルになってからにするよ」
「その、ラインとかトライアングルってなんですか?」
「「「はあ?」」」
「あー、そうそう、魔法の無い国から来たんだった。いいかいシンジ……」
「系統を足せる数の事よ、それでメイジのレベルが決まるの。ひとつがドット、二つでラインというように」
ギーシュの台詞を奪ったのはルイズだった。なんだかシンジの知らないことを教える競争のようなものが始まっていた。
「例えばね、「土」系統の魔法は、それ単体でも使えるけど、「火」系統の呪文を足せば、さらに強力な呪文になるの」
それをタバサが引き継いだ。
「「火」「土」のように、二系統を足せるのが「ライン」メイジ、ミセス・シュヴルーズの「火」「土」「土」、あるいはキュルケの「火」「火」「火」の様に、三つ足せるのが「トライアングル」メイジ」
「今、同じ系統がありましたが?」
「その系統がより、強力になる」
「なるほど、ありがとうございます。勉強になりました」
「いい、ではシンジ明後日から午後の授業の後、図書館で待ってる。学院長に図書館の閲覧許可を貰ってくるように」
「わかりました。“タバサ先生”」
「ん♪」
「くうっ」
ルイズがなぜか悔しげな嗚咽を漏らす。
タバサは表情の変化に乏しくわかりにくいが、なんだか楽しそうだ。
「そうだ、シンジ明日は虚無の曜日よ、町に連れてってあげるわ。少し買い物をしましょう。卑しくもヴァリエール家の使い魔が、その作業着一枚ってのもね。それにシンジも欲しい物があるでしょう」
「えー、いいんですか?」
「もちろんよ、町に行って必要なものをそろえましょう」
「あら、なら、あたしもついていくわ」
「何でよ!」
「だって、あたしだけシンジ君に何にもしてないもの、いいでしょうシンジ君」
「そうですね、みんなで行ったほうが楽しそうですね、ルイズさんみんなで行きましょうよ」
「うーうー……」
ルイズが何か言い返そうとしたところで、お昼休み終了の鐘が鳴った。