プロローグ 赤い海の畔で
「気持ち悪い・・・・・」
そう言い残して、アスカはLCLの海に還っていった。
地上にただ一人残されたシンジは慟哭していた。
どちらかが、どちらかを殺す。
二人ともにそうしなければ、死ねない体になっていた。
ふたり共に生き残る選択肢は、アスカが拒否をした。
持ち前の、サデスティックな物言いで少年を追い詰め、自分を憎ませて行った。
とうとう、シンジはアスカの首に手をかけ、そこからアンチATフィールドを流し込んだのだ。
シンジは泣いた。
最後の一人となったことに。
自分の罪の深さに。
魂の消えるほどの悲しみで。
出来ることなら彼女の後を追いたかった。
だがそれは出来なかった。
神の依り代たる自分の中に。
LCLの海の中に消えたすべての生き物の命の実があり。
それが自分を海に入れることを拒んでいる。
自分自身の水に対するトラウマもあり、その恐怖も拭い切れていなかった。
それに、シンジには遺言があった。
「しっかり生きて、それから死になさい」
自分を復讐の駒とし、利用し、死ぬような目に合わされたこともあった。
それでもシンジは、
上司であり同居人であり、また姉であった葛城ミサトを憎むことが出来なかった。
ほのかな恋心も抱いていた。
自ら死ぬことは、この遺言にそむくこと。
シンジは死ぬまで生きなければならなかった。
死のうと思って死ねるかどうかは・・・わからなかったが。
最初の1年はひたすら海を見ていた。
いつか、海から還って来る人を出迎えるため。
だが、地上の壊滅状況はひどく、もし今大量の人間が帰ってきても生活することは出来ないであろう。
それどころか、食料が無い。
いや、まるで無いわけではない、しかし未だ食料を無機物より合成するすべは無く。
貯蔵してある食料などは、2年ほどで食い尽くしてしまうであろう。
まず草木が生え、人の食料になる他生物が溢れかえってこそ人は生きていけるのだ。
だが、1年待っても、草一本生えては来なかった。
シンジはこのまま、自分も餓死できればとは思った。
が、
シンジの体のどこか、もしくは細胞のひとつひとつにあるのかはわからないが、
S2機関がその肉体を維持していた。
そのくせ、腹は減り、のどは渇くのだ。
シンジはそれらを体に感じるたび、赤いLCLの海の水を飲んでいた。
・
・
・
・
・
2年目から、海の見える場所でチェロを奏で始めた。
いつか、還って来る。いつか、還って来る。
いつか、還って来る。いつか、還って来る。
いつか、還って来る。いつか、還って来る。
いつか、還って来る。いつか、還って来る。
この海の中できっとみんなが、耳を澄まして聞いてくれる、聞いてくれている。
そんな妄想だけが、彼の心の慰めだった。
恨みを、憎しみを、悲しみを、楽しさを、喜びを、好きだった人を、嫌いだった人を。
その思いのたけをすべてチェロに籠め音楽を奏でていた。
“波の音に負けているかも知れない”
そんな発想が、シンジのチェロの腕を上げ、ATフィールドの応用を思いつかせた。
しかし、
弦が切れ、チェロそのものが劣化し始めると、
新しい弦を新しいチェロを探しに世界中を飛び回る必要があった。
シンジは文字通り世界中を飛んでチェロを、その部品を探し回った。
いつしか、
世界中のチェロはほとんど使いつぶし、シンジはチェロを弾くことが困難になっていった。
いや、世界中の楽器どころか、文明の名残そのものが乾燥や湿気その他の要因でなくなり始めたのだ。
最後のチェロの弦が切れ・・・・音楽を奏でられ無くなると・・・・。
シンジの心もゆっくりと、ゆっくりと壊れて行った。
だから、シンジは眠ったのだ。