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No.10769の一覧
[0] 龍と紅の少女たち[PTA](2010/01/27 01:16)
[1] 一章・01[PTA](2009/10/06 17:55)
[2] 一章・02[PTA](2009/11/12 00:08)
[3] 二章・01[PTA](2009/09/15 17:16)
[4] 二章・02[PTA](2009/09/15 17:17)
[5] 二章・03[PTA](2009/09/15 17:17)
[6] 三章・01[PTA](2010/01/27 01:14)
[7] 三章・02[PTA](2009/08/22 23:00)
[8] 三章・03[PTA](2010/01/27 01:15)
[9] 三章・04[PTA](2009/09/15 17:17)
[10] 三章・05[PTA](2009/10/08 00:44)
[11] 間章Ⅰ[PTA](2009/10/08 00:45)
[12] 間章Ⅱ・前[PTA](2010/01/28 01:07)
[13] 間章Ⅱ・後[PTA](2010/01/28 01:05)
[14] 間章Ⅲ・前[PTA](2010/02/26 00:16)
[15] 間章Ⅲ・後[PTA](2010/02/26 00:15)
[16] 年表・人物表[PTA](2010/02/26 00:35)
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[10769] 三章・03
Name: PTA◆8ee8c2cb ID:3b1076ac 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/27 01:15


王国歴932年





その都は、単に“石の都”とだけ呼ばれた。


大陸北部と大陸中原を分断する形で東西に長く連なるノーザリン山脈の、ゴドランド帝国側でもある北の麓に、その都はある。

大陸中の都市の中で最も古い歴史を持ち、それにも関わらず歴史上決まった固有名詞で呼ばれることはなかった。

それは、過去あらゆる時代においてもこの都市が政治的に中立だったことに由来している。

ゴドランド帝国の支配下に置かれている現在においてでもそうであり、この地における武力闘争は国際的な慣行として禁止されてきた。

ノーザリン山脈から切り取った石灰岩を加工して造られた石畳が都全土を覆い、ありとあらゆる建築物が石によって造られたその都市の中央部には、大理石のみで造られた見事な宮殿が建立している。

“石英宮殿”と呼ばれるその宮殿では、折に触れ様々な会談が開かれており、世界で最も美しい宮殿だとも噂されるほど、見事な宮殿なのだと言う。





そんな宮殿内部の、ダンスホールである大広間に、現在私はいた。


「ふぁー、すごいよねー」


隣で、フィーが感嘆の声を上げている。

声の方を向くと、フィーが口を開けたまま、物珍しそうにホール中を眺めていた。

出来ることなら私もそうしたかったが、しかし私達は任務中なのであった。


「おい、フィー。だらしないぞ。他の国の連中に見くびられないようにピシっとしないか」


私の注意に対し、フィーは恨めしそうにこちらを見る。


「そんなこと言ったってぇ。キラキラ光ってすごい綺麗なんだもん」


フィーの言う通り、その大広間は世界一美しいと言われる宮殿にふさわしく、訪問客の目を飽きさせない絢爛豪華な造りとなっていた。


様々な宝石が散りばめられた煌びやかなシャンデリア。

滑らかに光り輝く大理石の床。

異国の風情溢れる見事な絨毯に、上品な意匠で整えられた数々の調度品。

そんなホール内では、色とりどりのドレスを着た貴婦人に豊かな髭を蓄えた紳士達が穏やかに談笑している。

世界各国から招待された要人達だろう。


その中の一人に、我らが姫君、ルージュ姫も混ざっていた。


「あーしてお偉いさん達とにこやかに話しているのを見ると、姫様はやっぱり王女様なんだなー、って思うよね」


隣で呟くフィーの声が聞こえる。

確かに、大人達に囲まれても物怖じせずに談笑している姫様を見ていると、普段悪戯ばっかりしている姫様とは別人のように見える。

ホールの隅の壁際に立ち、所在なく突っ立っている私達とは、まるで住む世界が別のように感じる。

いや、王族たる彼女と私達とでは、実際に住む世界が違うのだけれど。

しかし、普段の彼女と接していると、そのことをつい忘れてしまうのだ。

生意気そうな笑顔を見せる姫様の顔が、一瞬頭に浮かぶ。

その笑顔は、今大人達と話している姫様の微笑とは全く重ならない。


「よくよく考えれば、姫様の公事に付いてきたのって、今回が初めてだしな」


私の呟きに、フィーが頷く。



新年を祝う祝賀パーティ。

それが現在、ここ石の都の石英宮殿にて開かれていた。

姫様は饗応役の帝国側から国賓として招かれており、私達はその護衛としてノーザリン山脈を越え、はるばるここ石の都にまで付いてきていた。


「ほら、見てよ、ロゼ。あそこにいるのって、モールデン公国の公女様じゃないかな。大鷲に剣が二本の紋章が髪飾りに縫い込んであるし。あっ、あっちにいるのって連合の宰相様かな?」


「フィー。はしゃぐ気持ちは分かるけど、遊びで来ているんじゃないんだからな。ちゃんと姫様を見ておけ」


「ご、ごめん。ロゼ」


しゅんとするフィーを尻目に見ながら、姫様の言葉が頭を過ぎる。



――わらわの命を狙っているのは、それは、王国内の連中じゃ。



姫様はそう言ったが、私は帝国の連中だって姫様の命を狙っている可能性を捨てきれないでいた。

王国内よりもむしろ、帝国内においてこそ戦争を望む者が多いと聞く。

まさか公の場で何かをしてくることもないだろうが、油断は出来ない。


窓の外を見ると、星一つ見えない暗黒のような夜空が見える。


あの二人は、うまくやっているんだろうか。


姫様に付いてホールで待機している護衛は、私とフィーに、あとは隊長の部下数名だけである。

他の者達は、宮殿外で待機しており、帝国の兵と合同して宮殿の警護にあたっていた。

その中に、ギィとルビーさんも含まれていた。



二ヶ月前のあの空中庭園で宣言した通り、ルビーさんは年の暮れになるとフラっとロイヤルガードの宿舎を訪れてきた。

その際、珍しく(本当に珍しいことに)隊長が声を弾ませて喜んでいたことが印象的だった。

ルビーさんのことをお姉様、とか呼んでいたし。

ルビーさんの方はクールに隊長のことをディエナと呼び捨てにしていたが。

あの二人、一体どういう関係なんだろう。

周りの隊士はそんな二人の様子を見て色んな意味でキャーキャー言って騒ぎにもなったし、あの日は大変な一日だった(長身で凛々しい容姿をしている二人が並ぶとそれはそれはとても絵になるのだった)。

もっとも、ルビーさんは顔の鱗については、どうやったのか隠していたが。

後で聞いたところによると、幻惑魔術を使って普通の肌に見えるように細工をしていたらしい。

本人は、性悪な泥棒猫に昔習った、と言っていたが、なかなか多才な人である。


ともかく、ルビーさんも含めて、ディエナ隊長率いるロイヤルガードで姫様の護衛にあたることになったのであった。


ギィは貴族様がたくさん集まるところなんて堅苦しくてやってられないよ、と自ら城外警備を言い出していたが、ホール内での護衛については世界一美しいと言われる宮殿に入れる、と言うことでロイヤルガードの中でも希望が多かった。

しかし、事情を知っている私とフィーを姫様が指名して、同じく事情を知っていた隊長の部下が護衛として選ばれることになった。


だから、なかなか責任重大なのである。

姫様の期待に応えるためにも、気を引き締めねば!


などと、私が決意を新たにしていると。


「ねえ、ロゼ。あそこにいるすっごい美人の女の人、誰かな?」


隣でフィーが肘でつつきながら小さな声で話しかけてきた。


「フィー。いいから任務に集中しなって」


「う、うん。でもほら、びっくりするくらい美人だよ?」


「むー?」


誘惑に負けて、フィーが目線を向けている先を見ると、そこには確かに一人の女性を中心とした人だかりが出来ていた。

その中心にいる女性は、プラチナブロンドの髪を結い上げ、眼鏡を掛けた怜悧で知的な印象を感じる女性だった。

一人、招待客の中でも女性でありながらドレスを着ずに、ダークグレーのスーツを着ており、それでいて、凛々しい、と言うよりも、美しさを際立てせていた。

確かに、フィーの言うとおり、すごい美人さんである。


「どこかの国のお姫様、といった感じじゃないな」


「でしょう?だから、すごく気になっちゃって」


と、二人してそのミステリアスな女性を眺めながら思案していると。



「何が気になるのじゃ?」



隣から姫様の声が聞こえてきた。


「ひ、姫様っ」


私とフィーは慌てて居ずまいを正して、声がした方を向く。

そこには、いつの間にか、腕組みをして仁王立ちした姫様が立っていた。


「そなたらはわらわの護衛じゃというのに、暇そうで何よりじゃな」


小さな右足でトントンと床を叩きながら、ジト目でこちらを見つめてくる。


「い、いえ、そのっ。申し訳ありません」


「ありません」


二人して姫様に頭を下げる。

その様子を見て、姫様はへの字にしていた口の端を上げて、悪戯っ子のようにニンマリと笑った。


「よいよい。別に怒ってなどおらぬ。こんな衆人環視の場所で滅多なことなど起こりはせんじゃろう。そなたらもパーティを楽しむが良い」


「そ、それはそうですが、我ら騎士の面目が…」


「そんなことより、何を見ておったのじゃ?」


私の弁明を軽く無視して、姫様は私の身体からひょいと顔を出してあの女性の方を向いた。


「おー。ソニアではないか。あやつが来るとは珍しいこともあったもんじゃ」


「あの人のこと、知っているのですか?」


フィーがおっとりとした口調で姫様に尋ねる。

よほどあの女性のことが気になっていたらしい。


「うむ。王家とは昵懇の仲じゃからな。と言うかそなたらも名前だけなら知っておるのではないか?」


そう言われても、姫様が仰った名前にはあまり聞き覚えがない。

私とフィーは、二人して顔を見合わせた。

フィーも同じく、心当たりはない、といった顔をしている。


「ふむ。名字まで聞けば分かるじゃろう。あやつはソニア。ソニア・ブラッドベル。ブラッドベル商会の現会長じゃ」


「「えーっ?」」


その名を聞いて、私とフィーは同じく驚きの声を上げる。


「ブラッドベル商会の会長って、女の人だったんですか?」


「し、しかもまだ若くて美人の…」



ブラッドベル商会。

それは、二百年以上もの歴史を持つ、王国内において最も規模が大きい商会の名前である。

そして、王国内だけでなく、大陸全土において最も広大な交易網を持つ商会だと言っても良い。

北は帝国から西は公国、南は連合国と中原諸国のみならず大陸各地にその交易の網を伸ばし、また、龍の鱗を初めとする通常の商会では取り扱うことは難しい稀少な商品までも扱っていることから、各国の王侯貴族との間にも取引があるのだと言う。

そんな大商会の会長が、あんな美人の女の人だったなんて…。


「前会長の孫じゃったらしいがな。五年ほど前に商会の幹部会において満場一致で後を引き継いだそうじゃ。それほど、優秀な女性だそうじゃぞ」


「へー」


姫様の言葉を聞いて、もう一度その女性の方を向く。

確かに、スーツ姿の彼女からは溢れんばかりの魅力と才気が感じられるような気がした。

だからこそ、誘蛾灯のように辺りの紳士達を集めて人だかりを作っているのだろう。


「それに、あやつは見た目ほど若くもないはずじゃ。わらわと同い年の娘がおるからのう」


「えっ?お子さんがいるのですか?」


「み、見えない…」


その言葉で、私は再び姫様の方を向き直り、フィーは呆然とした様子で女性の方を見つめていた。


「うむ。その娘がまた面白い奴でのう。わらわの友達なんじゃが…」


と、姫様が言いかけると、くだんの女性は私達の目線に気付いたのか、周りの紳士淑女に一言何かを言って頭を下げた後、こちらに向かって優雅に歩いてきた。

そして、姫様の目の前で立ち止まると、綺麗なお辞儀をして話しかけてきた。


「姫様。いらしていたのでしたら、真っ先にご挨拶にお伺いしましたのに」


「なに、気にすることはない。そなたも各国の狸達との商談で忙しいじゃろう?」


「まぁ。姫様ったら」


クスクスと笑うソニアさんは、遠くから見た時は気付かなかったが、綺麗なワインレッドの瞳をしていた。

その瞳を三日月のように細めて笑う様子は、女である私も見とれるほど艶やかなものだった。


「しかし事実じゃろう?それに、大陸各地を飛び回っているそなたがパーティに顔を出すとは、珍しいのう」


「ええ、まぁ。大切な取引先のお方から頼まれ事がありまして。それでしょうがなく、と言ったところです」


顎に手を当てて、片目を瞑って言う。

私とフィーは、姫様の後ろから畏まった様子で二人の会話を聞いていた。


「ふん?まぁ、いいじゃろう。それより、そなたの娘は来ておらぬのか?」


「あの子でしたら、連れてきていますよ。さっきまで、その辺をちょろちょろしていたのですけれど」


そう言って、ソニアさんは辺りをキョロキョロと見渡す。

と、ホールの窓際に一人の少女を見つけて目を止めた。


「ああ、あんなところにいましたわ」


そこには、ワインを優雅に飲みながら、窓の外の夕闇を眺めている一人の少女が佇んでいた。


「マリア、こちらにいらっしゃい」


ソニアさんが少し声を上げて呼びかけると、その少女はこちらを振り向き、蠱惑的な微笑を浮かべて頷いた。

そのままテクテクと歩いてくるその少女は、黒を基調としたゴッシクドレスを着込み、絹のように透けて輝く白い髪を左右で三つ編みにして、ソニアさんと同じく美しいワインレッドの瞳を持つ、とても美しい少女だった。


「何ですか、お母様?」


ソニアさんのもとに辿り着くと、首をちょこんと掲げて可愛らしく尋ねた。

そんな様子も、どこか蠱惑的な雰囲気を漂わせる、不思議な少女だった。


「ルージュ姫様がいらしていますよ。ご挨拶なさい」


「うむ。久しぶりじゃのう、マリア!」


姫様が彼女に向けて元気よく手を上げる。

それを見て、マリアと呼ばれた少女は嬉しそうに瞳を細めて微笑をさらに強くした。


「あら、姫様。ご機嫌麗しゅう。今夜は、いい夜ですわね?」


「む、そうか?雲が強く、星空が全く見えんぞ」


「ええ。でもきっと、月は美しく赤く輝いているはずですから」


そう言って、クスクスと笑う。


「むう。相も変わらず、よく分からんことを言う奴じゃな」


姫様は、困ったように眉をひそめて、腕組みをする。


「それで、姫様。後ろの可愛らしいお姉様方はどなたですの?」


マリアはこちらチラリと見て、可愛らしいソプラノで姫様に聞いていた。


「そう言えば紹介がまだじゃったのう。後ろの二人はわらわの護衛じゃ」


姫様はそう言って、私達に手を向ける。


「トレンディア王国百華騎士団所属の三等騎士、ロゼッタ・オールデーズです」


「同じく百華騎士団所属の三等衛士、フィーメラルダ・グリンウッドです」


姫様の紹介を受け、私とフィーは右手を握って胸に手を当てるという、トレンディア式の敬礼をした。


「んふふっ。あたくしはマリア・ブラッドベルと言いますの。よろしくお願いします、騎士様」


マリアは私達にニコっと笑いかけた後、ドレスの両端をつまんでちょこんとお辞儀した。

それだけで、私の心臓が一つドキンと脈を打つ。

彼女の笑みには、少女のものとは思えない、吸い込まれそうな色気があったからだ。

自分の頬が熱くなっているのを感じる。

隣を見ると、フィーも顔を赤くしていた。


「護衛、ということは、守護騎士をお選びになられたのですか、姫様?」


マリアの隣では、そんな私達の様子に気付かずにソニアさんと姫様が話をしていた。


「む、いや、そうではない。今回はちょっと事情があってな。護衛を増やしておいただけじゃ」



守護騎士、と言うのは、王国の古い伝統の一つでもある。

王国の十ある騎士団の内、八つまではそれぞれ四将軍が統括しているが、残りの二つの騎士団は将軍ではなく王族直轄の騎士団となる。

その内の一つが百華騎士団、通称ロイヤルガードなのだが、それはあくまで建前であって、基本的には将軍がロイヤルガードにおいても指揮権を握っていると言っても過言ではない。

しかし、騎士の中には、例外的に一定限度の状況において完全に将軍の指揮下から外れる者も存在する。

それが守護騎士である。

王族が自ら任命し、直属の騎士として指名することで選任される守護騎士は、今後自身の主人の命令でのみ動き、主人の身を守るためだけに行動することが許されている。

もっとも、それは現在古い伝統としてのみ騎士団内において残っているだけであり、本当に将軍の指揮権から外れて行動することが許されるのかどうか分からない上に、王族の中においても、守護騎士を選任する者はほとんどいない。

現在エルターザ姫が唯一、王族内において守護騎士を選任しているが、それは過去数十年においても珍しい例外的な出来事だと言える。

ちなみに、その守護騎士はディエナ隊長である。


「それに、今でさえ護衛としてこうして何人もの騎士がわらわに付いておるのじゃ。これ以上、守護騎士などと暑苦しそうなものはいらぬわ」


心底嫌そうな顔をして手の平をヒラヒラと振る姫様。

その様子を見て、ソニアさんは愉快そうに笑った。


「まぁ、姫様ったら。そんなことを仰っては、こうして護衛している彼女達に悪いですよ」


「そうですわ。こんなにも健気に貴女を守っているじゃありませんの」


ソニアさんの言葉に、マリアも同調して答える。


「む、冗談じゃ。二人してそんな風に言うでない」


膨れっ面になって、憮然とした様子で言う。

そんな姫様の様子を見て、ソニアさんとマリアの親娘はクスクスと笑った。


「さて、申し訳ありませんが、姫様。商談の途中で無理を言って抜けてきましたので、私は少し席を外させて頂きますわ」


ソニアさんが申し訳なさそうに姫様に話しかける。

事実、先ほど彼女が抜けたグループが待ち遠しそうにこちらをチラチラと見つめていた。

もっとも、それは大事な商談だから、と言うよりは、美人の女性が抜けてしまったから、といった理由の方が強そうではあったが。


「良い良い。気にするな。そなたが商会で稼げば稼ぐ程、我が国にも利益がある訳じゃしな。たんと他の国から儲け話を持ってくるがよい」


カラカラと笑う。

そんな姫様を見て、何故かソニアさんではなくマリアが愉快そうに目を細めた。


「そう言って頂けると、私も仕事のやり甲斐があります。では、マリア。姫様に粗相のないように」


「分かっております、お母様」


ソニアさんの言葉に、マリアは微笑みながら頷く。


「姫様に、それに可愛らしい騎士様方も、また後ほどお伺いします」


こちらを見て、優雅にお辞儀をした後、ソニアさんは人だかりの中へと戻っていった。


「間近で見ても、美人だったねー」


「ああ、確かに」


隣から、フィーが小さい声で私に話しかけてくる。

確かに、姫様と同い年の娘がいるとは思えないくらい、若く精力的で美しい女性だった。


「そうじゃ、マリア。今度そなたに会った時は話しておきたいことがあったのじゃ!」


私達がコソコソと話している傍では、姫様が喜色満面でマリアに話しかけている。


「あら?何かしら、そんなに嬉しそうになさって。素敵なお話ですの?」


「うむ!聞いて驚くな。わらわは何と、伝説の武龍と友達になったのじゃ!」


腰に両手をあてて、胸を張って答える。

鼻息が荒くなっているのは、興奮している証だ。


「伝説の武龍、ですか?」


マリアはそれを聞いてキョトンとした顔をした後、それから嬉しそうに瞳を細めて笑い出した。


「んふふふっ。姫様ったら、それは本当ですの?」


「本当じゃぞ!武龍から直接家族のように思って良いと言われたからのう!」


まぁ、確かに、あの空中庭園での出来事を思い返せば、アインハート殿と姫様はやんちゃな孫娘と優しい祖父といった感じだった。


「それは羨ましいですわね。伝説の武龍はどういった方でしたの?」


「それがのう。武龍と言うからにはもっと豪傑な御仁かと思っておったのじゃが、実際に会ってみると正反対にとても穏やかでジェントルな龍じゃったな。まるで人間のようじゃったのう」


腕組みをして、両目を瞑ってしみじみと言う。

それを聞き、マリアは楽しそうに笑う。


「まあ。人間のような龍だなんて。あたくしも一度会ってみたいですわね」


「うむ。今度王都に戻ったときには、そなたにもおじ様を紹介してやろう!」


「約束ですわよ?」


仲睦まじく小指を合わせて約束のおまじないをしている二人の少女を見ながら、私とフィーは顔を見合わせた。



――今度王都に戻ったら。



二人の約束が守られるためには、私達が姫様を無事王国へと送り届ける必要がある。

姫様のお命を狙う不届き者。

それが、例え私の父であったとしても、今度こそは守りきるんだ。

私は父が棲むあの家に全てを奪われてしまった。

母も、家も、人生さえも。

だから、これ以上奪われる訳にはいかない。

私の騎士としての名誉と誇りにかけても。


私が強く頷いたのに対し、フィーも同じく頷いてくれた。


あの時とは違う。

母上を死なせてしまったあの時とは。

今の私には、信頼できる友と仲間がいる。

だから――。






※※※※








「雪が降り出しそうな天気ですわね?」


「そうじゃのう。馬車の中でも寒さが伝わってくる程じゃ。外はとても冷えているじゃろうな」


二人の少女が肩を寄せ合いながら、馬車の窓から見える流れる景色を眺めながら談笑している。


姫様とマリアである。


そんな二人を見て、未だに不服そうに顔を見せながら私の隣でギィが文句を言っていた。


「姫様はともかく、他の二人は別の馬車で帰ってもらった方が良いに決まってるのにさー。何で一緒に乗せちゃったんだよ」


恨めしそうにこちらを見つめてくるが、その意見については私も甚だ同感だった。

チラリと、姫様とマリアを微笑ましそうに見つめているソニアさんの方に目を向ける。

彼女もまた、この馬車の便乗者なのであった。



一昨日、石英宮殿での新年祝賀パーティはつつがなく終了し、各国の招待客は各々の国へと戻っていくことになった。

もちろん、我々も姫様を無事王国へと送り届けるために、護衛の人員を四台の馬車に分けて、冬の寒空の中王都へと向けて石の都を後にした。

のはいいのだが。

なんと、同じ王都へと戻るソニアさん親娘が姫様の馬車への同乗を申し出てきたので話がややこしくなった。

王国の開戦派から命を狙われている姫様にとって、帝国からの帰り道は最も襲撃の危険があると言える。

なぜなら、雪が降り積もる前に王都へと帰るためにも、ノーザリン山脈を越えて最短距離で戻る必要があるのだが、その山道は人里から遠く離れており、途中に旅宿が点在するくらいで、人影は全くないと言っても過言ではなかったからである。

いつ何時、何が起きても不思議ではない旅路なのだ。

そういう訳で、彼女らの安全のためにも別々の道で帰った方が良かったのだけれど。

当のマリアが何故か強硬に一緒に帰るように主張して、結局、なし崩し的に同行することになったのだった。

彼女のワインレッドの瞳で見つめられながらお願いされると、どうしてだか、素直に聞いてしまいたくなってしまうのが不思議だった。

最初は強く反対していた姫様でさえ、そうだったのだから、驚きである。


「まだ言っておるのか、シャギィ?こうして同行してしまった以上、文句を言っても仕方あるまい。それとも、そなたらの護衛に自信でもないのかのう?」


馬車が揺れる音が響いている中、ギィの呟きを聞き取った姫様が窓から向き直ってギィに話しかける。


「別に、自信がない訳じゃないけどさー。ボク達が付いていれば何が来たって平気だけど、それとこれとは別の問題だよっ」


膨れっ面で反論する。

この馬車には御者を除いて姫様に私とフィー、ギィ、それにソニアさんとマリアの親娘だけが乗っている。

しかし、この馬車を守る形で前方にはディエナ隊長のチームにルビーさん(何故か隊長がルビーさんと同乗することにこだわった結果、そうなった)が乗った馬車が走っているし、後方には荷物が積んだ荷馬車と他の護衛のチームが乗っている馬車が走っているので、ギィの言う通りよっぽどのことがない限り大丈夫な布陣だと言える。


「姫様、わがままを言ったのはあたくしですわ。お叱りになられるのであれば、あたくしになさってください」


マリアも窓から目を離して、姫様とギィの会話に参加していた。

あのワインレッドの瞳を細めて、ニッコリと姫様に笑いかける。

それだけで、姫様も困ったようにわたわたとし始めた。


「む、いや、別に叱っておる訳ではないぞ。ただ、余りにシャギィがぶちぶちと文句を言っておったので…」


「そもそも“叱る”って何だよ!ボクがお姫様に叱られる謂われなんてないぞっ」


「いや、姫様は一応私達の直属の上司ということになるんだけど…」


子供のような癇癪を起こすギィを諫めるようにフィーが話しかけているが、彼女の言う通り、ロイヤルガードの指揮権は建前上王族に帰属することになっているので、姫様が私達の直属の上司ということになっているのだった。

もっとも、王族の中でも私達を顎で使うのは姫様くらいのものだったけれど。


「ふんっ。別にボクは騎士団に所属しているつもりなんてないよ。ただ単にルー先生が煩いから席を置いているだけだし、姫様に気を遣う義理もないね」


そっぽを向きながら、悪態を付くギィに対し、姫様も両ほほを引っ張って舌を出しながら応戦する。


「いーっだ!」


「ひ、姫様。はしたないですよぅ」


そんな姫様に対し、フィーが窘めているが、姫様のそんな子供っぽい様子を見ていると、何故か安心した。

あのパーティで見せた大人っぽい愛想笑いをしている姫様よりも、遙かに生き生きとして見えたから。

出来るなら、姫様にはまだ子供のままでいて欲しかった。

それが私のわがままだとしても。

例えどんなに生意気で悪戯ばっかりしたとしても、姫様はまだ12歳で、私よりも遙かに年下の女の子だ。


だから、私は――。



だけど、現実は私達をいつまでも子供のままではいさせてくれないのだ。



「………おかしいですわね」



姫様とギィの微笑ましい喧嘩を笑いながら見ていたマリアが、急にぽつりと呟いた。

それと同時に、隣のソニアさんが何かに気付いた風に、顔を引き締める。


「ん、何がじゃ?」


姫様がマリアの方を向き直って、聞く。

それに対し、耳をすませるように目を瞑った後、マリアが呟く。


「後ろの馬車の音が、聞こえてきません」


「っ!」


私はすぐに馬車の窓を開け放ち、そこから身を乗り出して後方を見た。



「……っ!すぐに馬車を止めろっ!」



そしてそのまま御者に向かって私は叫ぶ。


「ど、どうしたの、ロゼっ」


そんな私に向けて、フィーが不安そうな声で話しかけてくる。

何てことだ…。

私は振り返って、馬車の中のみんなに叫んだ。


「後ろの馬車が付いて来ていないっ!」


「なんじゃとっ!」


姫様の声と同時に、ギィとフィーが同時に立ち上がった。

その時。



轟音。



「「「っ!?」」」


辺り一帯を揺るがすような地響きと共に、馬の嘶きが聞こえて、馬車が急停止した。


「な、なんだっ?」


ギィが素早く馬車から降りるのを見て、私は姫様とソニアさん達に声を掛ける。


「決して馬車から降りることのないよう、ここにいてください!」


「う、うむ」


姫様が頷くのを確認して、私はフィーに目線で合図しながら馬車から降りる。



こ、これは――!



前方の山道が崖崩れによって土砂で埋まってしまっている。

どうしたって、通れそうになかった。


「おい、何があったっ!?」


周囲を確認しながら、私は御者に駆け寄って、事態を尋ねた。


「わ、分かりません。急に崖の上から土砂が崩れてきて…」


山道の上を見上げるが、そんな急に土砂が崩れてきそうな山肌には見えない。

これは――。



「罠か!」



「ロゼ、後ろの馬車二台が追いついてくる様子はないみたいだ」


先に降りて周囲を魔力によって索敵していたギィが私に話しかける。


「これだと、前方にいた隊長達とは…」


私の傍に駆け寄り、フィーが話しかけてくる。


前方の道を見ても、土砂の向こう側がどうなっているのか確認できそうになかった。

土砂に巻き込まれたのでなければ、向こうで立ち往生している筈だが…!


「お前は馬を落ち着かせて、ここで大人しくしているんだ。いいなっ!」


私は怯えた様子で事態を眺めていた御者に話しかける。


「は、はいっ」


御者の返事を聞いた後、ギィの傍に近づき、確認する。

これが姫様の命を狙う者の罠であれば、きっと。


「ギィ!」


「ああ、分かっている。やっこさん、来たみたいだよ。5人、10人、いやもっとだ」


ギィが目を瞑ったまま、そう答える。

魔力の索敵に引っかかった生体反応の数だ。

だけど――。


「10人、だって!?」


「もっとだって。どんどん増えている」


ギィの答えを聞いて、私は辺りを見渡す。


「ロ、ロゼっ!」


フィーが慌てた様子で私に叫ぶ。


「上を見てっ!」


フィーの言葉の通り、崖の上を見ると、そこには――。

10人を超える数の兵士達が立ち止まった馬車を囲むような形で見下ろしていた。


「囲まれた…っ」


「あの紋章…、帝国兵だよ、この人達っ」


二本の剣による逆十字の紋章。兵士達はゴドランド帝国の紋章を付けた鎧を着込んでいた。

だけど。


「そんなの、分かるもんか。お姫様の命を狙っているのは王国の連中かもしれないんだろっ。だったら、そいつらの偽装かもね」


フィーの言葉に、ギィが応える。

それはそうかもしれない。

しかし、今はそんなことより。


「フィー、ギィ!」


私は腰の剣を抜き放つ。

そして、そのまま中段に構える。


「来るぞっ!」


崖の上に陣取っていた兵士達は、そのまま弓を番えて私達に標準を合わせる。

私達に向けられる十を優に超える殺意。

それらが一本の矢となって放たれようとしていた。


「おいおい、飛び道具は反則だろっ。騎士なら降りて勝負しろっ!」


ギィが焦ったように言うが、しかし。


「そんなこと言っている場合かっ。何か魔術でバリアー、とかないのっ!?」


「そんな便利なものあってたまるか!」


「ロゼ、どうするの!」


私達は三人背中合わせになって馬車の前に集まる。

一、二本の矢であれば剣で切り落とすこともできるけど、この数だと防ぎ切れない!


キリキリキリ、と音が聞こえてきそうな程、兵士達が矢を番えた弦を引き絞り始めた。


「や、やばいよっ!」


ど、どうすれば――!


「と、とにかく自分の前に飛んできた矢は責任持って自分で落とすんだっ!」


「そんなことできる訳ないだろっ!」


「そ、そうだよ、ロゼ!無理だよぅ!」


私の言葉にギィとフィーが泣き叫ぶ。

が、泣きたいのは私の方だ!


「や、やらなきゃ死ぬぞっ!」


私の叫びに呼応する形で、矢が放たれようとした瞬間、私達の上空に一陣の突風が吹き荒れた。


否。


突風のように感じる程素早い動きで一人の人間が舞い踊っていた。


そして、粉々に砕かれた無数の矢が雪のように地面に降り注ぐ。

そんな中、静かに馬車の上に降り立ったのは――。



「お怪我はありませんか、ロゼッタ様」



美しい鱗を顔に持つ、執事服の女性。



「「「ルビーさん!」」」



薄く透き通るような赤色の槍を手に持った、ルビーさんがそこにはいた。


「ど、どうやってここにっ!?」


「あの程度の崖、私にとってはないも同然です」


ニコリともせずに、静かな口調で語る。

まさか崖の上を駆け上がってきたのか?


「土砂の向こうでも無礼な人間共が襲って来ましたので、ディエナに任せておきました。彼女なら大丈夫でしょう」


そう言って、華麗に馬車の上から降りてくる。


「ロゼッタ様達を守ることが、お父様から言い付かった私の使命です。故に、あなた様方の命を狙う者は、お父様の命を狙う不届き者同然」


冷たく呟きながら、長身のルビーさんと同じくらいの長さの槍を両手で構える。


「よって、排除します」


瞬間、あの空中庭園で味わった、あの冷たく重い殺意がルビーさんを中心として急激に膨れ上がった。


「お父様から授かった龍鱗の槍。銘は“トゥルールビー”」


そして、海色の瞳を細く歪める。


「愚かな人間達には過ぎた武器ですが、自らの愚かさを噛みしめながら、死ね」


そのまま突風のように崖の上を駆け上がり、崖上で二本目の矢を番えようとしていた兵士達に切り込んでいった。


「す、すごい…」


「と言うか人間じゃないだろ、あれ」


「感嘆している場合じゃないだろ!来るぞ!」


惚けた様子でルビーさんの獅子奮迅の活躍を眺めているフィーとギィに声を掛ける。

反対側の崖から、兵士達が武器を構えて滑り降りて来ていた。


「全部ルビーさんにやってもらう、って訳にはいかないよな、やっぱり」


「当たり前だろっ!」


面倒臭そうに喋るギィに対し、怒鳴り返す。


「しょうがないなー。全く、もうっ!」


こちらに向かって剣を構えたまま走ってきていた兵士に対し、ギィが両手を向ける。


「頼んだよ、ロゼ、フィー!」


ギィが叫ぶのと同時に、辺りに突風が巻き起こり、そのままするどいカマイタチとなって兵士達に降り注ぐ。

ギィが得意としている、風の魔術である。

魔力によって、周囲の大気を操り相手に攻撃を加えることが可能となる。


カマイタチを全身に浴びた兵士達は、鎧を着込んでいるおかげで切り刻まれることはなかったが、しかし体勢を崩してその場によろめき倒れる。

即座に、体勢を直して立ち上がろうとするが。


「遅いっ!」


一気に距離を詰め、下段から斬り上げて兵士の武器を弾く。

そして。


「ごめんなさーいっ!」


そのままフィーが手に持っていた斧で兵士を横殴りに斬りつけて弾き飛ばす。

吹き飛んだ兵士は後続の兵士達に激突し、みんなまとめて倒していた。


相も変わらず、性格に似合わない馬鹿力だ。


「よしっ!」


ギィの魔術に続く今の連撃を得意技として、私達は部隊での模擬戦で同期相手に無敗を誇っていた。

しかし。



「おいおい、嘘だろ?」



ギィの驚きの声を聞きながら、私自身目を見張る。


あの攻撃を食らって、なお立ち上がってくる?


いくら鎧を着ていたとは言え、フィーの渾身の一撃を食らって無事な訳がない。

少なくともあばらが数本折れている筈なのに!

兵士達は何事もなかったかのように、そのまま立ち上がり、再び武器を構える。


「こ、この人達、何か変だよ!」


フィーが叫ぶが、そう言えば、現れてから彼らは一言も言葉を発していない。

ルビーさんが現れて超人的な活躍を見せた時でさえ、そうだった。

それに、兵士達はどこか虚ろな目をしてこちらを見つめている。

とても、戦闘中の兵士の目とは思えない。


「何なんだ、こいつら?」


その兵士達の虚ろな瞳は、血のように赤く赤く輝いていた。


「こ、これは―――」



「ヴァンパイアのチャームをかけられていますわね」



私の呟きに対し、後方から声がかかる。

後ろを振り向くと、そこには――。


「マリアっ!どうして出てきたんだ!危ないからすぐに馬車に戻るんだ!」


私の叫びに対し、マリアはしかし蠱惑的な微笑を浮かべたまま首を左右に振った。


「どうやら、あの方(、、、)が危惧していたように少し面倒なことになっているようですわね」


そう言って、クスクスと笑う。


「マ、マリアちゃん?」


余りに場違いなマリアの様子に、怪訝な声でフィーが話しかける。


「おい、バカ、危ないぞっ!」


と、ギィが声を上げる。



「っ!?」



しまった――!



兵士達の後方に待機していた弓兵が、いつの間にか弓を構えていた。

その番えた、矢が狙っているのは――!


「くっ!」


「ロゼっ!」


放たれた矢がマリアに刺さる前に、せめて盾になろうと前に飛ぶ。

しかし――。


その矢は、私にも、マリアにも刺さることはなかった。

目を開けた私の目の前で、いつの間にか現れたソニアさんが素手で矢を掴んでいた。



「……え?」



驚く私を無視し、ソニアさんはそのままマリアに近づき、その場に膝を付いた。


「“マリー”様。あの者達の言う通りです。危険ですので、馬車にお戻りを」


「あら、ソニア。あたくしが、あの程度の連中にどうにかされるとでも思っているのかしら?」


馬車の中で優しくマリアに話しかけていたソニアさんとは別人のように、畏まった様子でマリアに話しかけている。

それに対し、マリアは、楽しそうに答えていた。


「あたくしのことは心配いらないから、貴女はお姫様のお守りをしてなさいな」


「しかし、万が一ということもあります。あなた様に何かあっては…」


頭を下げ、マリアに話しかけているソニアさんはまるで王に仕える忠臣のようだ。


「あたくしは下がれ、と言ったのよ。ソニア」


微笑を止め、マリアが目を細めてそう呟いた瞬間、辺りの気温が数度下がったかのように感じた。

ルビーさんに匹敵するかのようなプレッシャー。

その圧力に押されてか、周りの兵士達も数歩後ろに下がっているのが気配で確認出来る。


「は、はいっ。申し訳ありませんでした」


そのままソニアさんは頭を深く下げ、後ろに下がる。

しかし――。



「あ、あなた達は一体…?」



私の問いかけに対し、マリアは口元に浮かべていた笑みをさらに深くした。


「んふふふっ。貴女達を助けるように頼まれた正義の味方、でしたら良かったのですけれどね。まぁ、趣味と実益を兼ねたボランティア、といった所かしらね?」


そう言って笑う彼女の口元には、鋭い八重歯が。

深いワインレッドの瞳を三日月のように歪めて。

笑う。

その様子を見て、何かに気が付いたかのように口元を押さえてギィが呟く。



「お前、まさか、ヴァンパイアか!」



「「えっ!?」」


ギィの呟きを聞いて、もう一度マリアをよく見る。

小悪魔然とした微笑を浮かべる赤い瞳の美少女。


「人間にしては不思議な魔力の波動を感じるとは思っていたけど、それが――」



「やはりあなたでしたか、マリー様」



と、ギィの声に応じるように、反対側の崖からルビーさんが降りてきた。

崖の上からは、もう生きた人間の気配を感じない。

この短時間で、崖の上にいた十数人の兵士達を皆殺しに――?


「やっほー、ルビー。久しぶりだわねぇ」


敵意の籠もった目つきで睨むルビーさんに対し、マリアは楽しそうに手を振って話しかける。


「お父様が保険をかけると仰っていたので、まさかとは思っていたのですが」


「そんなに怒らなくても良いじゃないの。愛しのお父様が、自分一人に任してくれなかったことがそんなにショックだったのかしら?」


「いえ、別に。そんなことはありません」


マリアの言葉についっと目線を外すルビーさんだったが、その仕草は先ほどまでの様子と打って変わってどこか子供らしさを感じさせた。

しかしこの二人、旧知の仲なんだろうか。


「マリー…、マリーだって?」


ルビーさんが口にした名を聞いて、ギィが驚きを露わにしている。


「そんなまさか…、こいつは…」



「“ブラッディマリー”。よもやそなたがそうだったとはのう。まんまと騙されておったわ」



「姫様っ!?」


ギィの呟きに答える形で声を出したのは、馬車から降りてきた姫様だった。

不敵な笑みを浮かべながらマリアを見つめている。


「あら、お姫様。つれないことを仰いますわね。あたくしの正体はともかく、貴女とは嘘偽りなく友人のつもりでしたのに」


そんな姫様に対し、艶やかな笑みを返すマリア(いや、マリーか)。

しかし、それはともかく。


「姫様、いけません。危険ですので、早く馬車の中にお戻りになってください!」


周りの兵士達が警戒したまま今のところこちらに襲いかかってくる様子がないことを確認しながら、私は姫様のもとに駆けつける。


「良い、ロゼッタ。かのヴァンパイアクランの四貴族の一人がここにおるのじゃ。もはや、我らに危険などなかろう」


しかし姫様は、駆け寄った私に手をかざして制しながら、目線はずっとマリーから外さずに彼女を見つめていた。



ブラッディマリー。

確かにその名は、私にも聞き覚えがあった。

人の歴史の影に暗躍してきた永遠の不死者達、ヴァンパイア。

大陸全土に影響を及ぼす彼らが仲間同士のコミュニティとして作り上げた組織は、単に“クラン”とだけ呼ばれている。

そのクランを統括する四人の大幹部たるヴァンパイアが存在する。

その四人をいつからか、人は“四貴族”と呼んできたが、その内の一人の名が“ブラッディマリー”だった。

彼女の名前だけは少なくとも百年以上も昔から歴史の闇の中で囁かれてきたのだけれど、その正体がまさか、こんな少女だったなんて。

にわかには信じられない話だった。


「さて、安心するのはまだ早いと思いますわよ。どうもこの事件の裏にはあたくしの同類が絡んでいるようですし」


ヴァンパイア達の大幹部の一人とは思えない、可愛らしい仕草で首を傾げながら人差し指を顎に当てて、鈴を転がすような声色で呟く。


「まぁ、だからあたくしがわざわざ出てきたのですけれどね」


そう言って、私達に向けてウィンクをして微笑む。


「マリー様。無駄話はそれくらいに」


そんなマリーに対し、ルビーさんが兵士達の方を向いたまま冷たい声で話しかける。


「あら、出番を取られて拗ねているのかしら?」


「マリー様」


さらに冷たい声色で呟く。


「分かってますわよ。あたくしだって、愛しのあの方に嫌われたくはありませんもの」


やれやれ、といった様子で首を一度左右に振った後、後ろでずっと控えていたソニアさんに告げた。


「ソニア。あの無礼者達を土に帰してあげなさい。ただし、一人は生かしておくこと。糸を引いている者が誰なのか確認する必要があるから」


「はっ。仰せのままに」


右手で眼鏡の蔓に触った後、ソニアさんは音もなく両手にナイフを持って構える。

どこから出したのか、私の目には全く見えなかった。


そんな二人の様子をチラリと目線だけ後ろに向けて確認したルビーさんは、一瞬後、手に持った長槍を片手に構えて疾風の如く敵陣へと駆けて行った。


その後ろを、ソニアさんが重心を低くしたまま同じく風のように走り込んでいく。



「………これ、ボク達もういらないんじゃない?」



ギィが呆れた様子で呟いているが、確かに、私の目にはとても片手で扱えるとは思えない長槍を棒きれのように片手で振り回しながら瞬く間に敵兵達を斬り伏せていくルビーさんに、音もなく忍び寄って流れるような動作で敵兵の大動脈を切り裂いていくソニアさんの姿が見えている訳だけど。


「も、文字通り人間業じゃないよね、あれ」


少し恐怖を滲ませた声でフィーも同じく呟いている。


これを機会に、姫様を守り通した手柄だとして出世を狙えないかとも思っていたけれど、そんなことを言っている場合でもないようだ。


「あのー、姫様?」


どうしたものかと後ろを振り返り姫様に尋ねると。


「うむ。どうやらわらわには、頼もしいヴァンパイアの友人が出来た、ということらしいのう」


両手を腰に当てるいつものポーズで、全くもってとんちんかんなことを言っていた。


そんな姫様に対し、マリーはあの蠱惑的な微笑を浮かべながら笑いかけていた。


「んふふっ」


………まぁ、ともかく、ギィの言う通り私達の出番がないことだけは確からしい。

そう思ったのだが、それはやはり甘い予測だったのだろう。




この後、私は地獄を見ることになる。




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