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No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
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[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8
Name: G3104@the rookie writer 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/03/05 00:34
 坂の上からあまりにも場に似つかわしくない巨人が、我々をその鈍い銀光を放つ眼で睨みすえている。魔力の猛りを感じるあれは間違いなくサーヴァント。
 身の丈二メートルを優に超える巨躯から放たれる、肌に感じるこの世の物とは思えない威圧感は無数に突き刺さる針のようだ。
 辺りは夜の帳に包まれ、通りの先に仁王立ちする岩のような影はその輪郭がかろうじて判る程度。その威圧感に誰もが息を呑み、場に静寂が流れる。
 曇天の天空はいつの間にか強い風に追い払われ、対峙したまま動かぬ我々の頭上に月光が降り注ぐ。

「――――バーサーカー」

 月光に照らされ浮かび上がる巨大な姿を前に、不意に口を付いて漏らすように呻く凛。
 既にソルジャーの双眸は鋭く輝き、後ろ手に見た事の無い無骨な尺の長い武器を現し、何時でも仕掛けられるよう臨戦態勢を整えている。
 アレはかつてのマスター、切嗣が持っていた物と同じような代物だろうか。
 ここは既に深山町の住宅地。私達は既にあの教会から離れ、徒歩でこの街に戻ってきた所だった。

「こんばんはお兄ちゃん。こうして会うのは二度目だね」

 私達の立つ坂道の上から、巨人を伴った濃紺の防寒着を纏った銀髪の少女、間違いなくあの巨人のマスターであろう小さな人影が口を開いた。
 相手はどうやら我がマスターに対して話しかけているらしい。

「凛、士郎君を後ろに。私がお二人を守ります。セイバー、私が援護する。アレを何とか出来ますか」
「ちょっ……ちょっと待ちなさいよ、貴女。アレ見て判らない? 感じるでしょ、単純な能力だけなら明らかにセイバーより上よ?」

 坂の上から此方を睨みつける悪魔のように聳え立つ黒い影。ソルジャーは静かに問いをかけてくる。一見すると冷静に見えるがその瞳に余裕はない。
 誰より彼女自身が一番良く判っているのだ。アレは彼女が対処出来る次元の相手ではないことを……そして、それは膂力で彼女を上回る私でも同様だということを。

「無論です。如何にあれが性能で私を凌駕していようと、それだけで勝利できるほど私は甘くはない」

 口元を僅かに歪め、強がりを口にする。確かにあれは私の全力をもってしても、五分といったところかもしれない。
 今の私にはマスターからの魔力供給というバックアップが無い。それは強力だが膨大な魔力を要する『宝具』を使う事が出来ないといってもいい。
 宝具は我々サーヴァントの最大の必殺手段。私の剣なら、例え相手が神話クラスの英霊だろうと負けはしない自負がある。
 だがそれを使えない今の私の力で何処まで戦えるかは判らない。それでも私はセイバー(剣の騎士)だ。戦うからには絶対に勝利をつかむ。
 生前からずっと胸に抱き続いてきた信念を誇りに、例え神や悪魔が相手だろうと臆する心算は毛頭無い。

「そう、なら任せるわ。ホント、事前に同盟組んでて正解だったわね。……ソルジャー、貴女ひょっとしてこれ予見してたの?」
「さあ、どうでしょうね。今はそんなことを喋っている場合ではありませんよ」

 そう、確かに予見していたようにも見える。何故なら、同盟の話を持ち出したのは他ならぬ彼女だったからだ。
 教会の扉を背にシロウ達の戻りを待つ間の彼女との遣り取り、話は数刻前に遡る。




第八話「戦士達は聳え立つ天災に遭遇する」




 私に向けられたその瞳には深い慈愛に、郷愁でも感じているような、少し寂しげな色と困惑するような逡巡の色が混ざっていた。
 ソルジャーのサーヴァント、本来の七クラスに該当しないというその異常性も気になる点ではあるが、それ以上に不可解なのがその容姿。
 彼女は居出立ちこそ違うがその容姿はまるで鏡でも見るようだ。無論、彼女と私とでは、見た目の肉体年齢が十歳近くは違うと思われる。
 だがその相貌、白磁も適わぬ程に肌理細かな白い肌に、男性的とも、女性的とも見える端正で少し中性的な面立ち。彼女の年齢からすれば、白人種にしては些かベビーフェイスかもしれないが。
 その整った顔にアクセントを与える大きな青緑色の瞳と、生来の物だろう、色素の薄い綺麗な金髪。腰上まで届きそうな長髪は、頭の後ろで結っている私とは逆に、無造作に下ろされている。

「ここで敵である貴女にこのような質問をするなど自分でもどうかしていると思う。だが聞かずに居られないのだ。問おう、貴女は何者ですか」

 もとより返事など期待して口にしたのではない。返される事など到底期待出来ない問い。
 だがそれに対して彼女は口を開いてくれた。

「私が何者か、ですか。少しだけですが答えましょう。真名は当然明かせませんが、私は生前、文字通り“兵士”として生きたしがない軍人です。もっとも、それ以前には色々と紆余曲折ありましたが……」
 最後の言葉の意図は汲み取れなかったが、やはり彼女は兵士なのか。
 もし私に何か関わりが在る者なら、七クラスの類に漏れない筈だろうし、私の人となりに彼女のような人物は居なかった。

「やはり判らない。貴女には何処か他人とは思えない“気”を感じる。だが、それが何なのか、何故なのかが判らない。なのに貴女の行動を見るに、どうも貴女は私の事を知っているとしか思えない」

 彼女は私のことを知っている。真名まで見抜かれているのか、明確に私の正体を知っていると示された訳ではないが、彼女のこれまでの言動は初対面の人間を相手にしたものと は考えにくい。
 大体、出会ったら即殺し合いになってもおかしくないサーヴァント同士なのだ。それなのに、こうも肉親でも見るかのような……慈愛に満ちた眼差しを向けられる理由など考え付かない。
 考えられるとすれば百歩譲って肉親、血縁、もしくは家族同然に懇意にしていた親友であった誰かだからなのか。あるいは度を越し過ぎた唯のお人好しか。
 何れにしても初見の相手に向ける態度ではない。考えてみれば最初から、彼女には余りにも此方の心中を見抜かれすぎだ。

「確かに私は貴女のことは良く知っていますよ。何故かはまだ明かせませんが。私の正体については時が来れば貴女にも判ると思います。ひょっとしたら、私が直接話す事も在るかも知れません。ですが、今はその時ではないのです。申し訳ありませんが」

 その言葉に一瞬耳を疑った。何を思ってのことか、敵である私に話す心算が在るというのか彼女は!?
 ますますもって彼女という英霊が判らない。一体どうして、そこまで敵意を消せるというのだろうか、彼女は殺気一つ向けてこない。

「何故です!? 何故そこまで私に気を許せるというのですか!?」
「そうですね……貴女がとても似ていたから、でしょうか」

 教会の扉を避け横の石造りの壁に寄りかかり、軽く腕組みをしながらそう答えてきた。
 その言葉に思わず息を呑む。
 彼女が言う“似ている者”とは誰のこと……やはり私か。彼女と私、他人の空似と言ってしまえばそうかもしれない。
 でも、空似で済ますには、余りに似通い過ぎているように思えた。
 そう、似ていると感じるのは外見だけじゃない。私は彼女の言葉の続きを待つ。

「貴女が、昔の自分にあまりに似ていたものですから。つい放っておけなくなってしまっただけです。まあ、老婆心ってやつでしょうか。見た目よりは長く生きましたからね」

 彼女が軽くウィンク、と言うには少し雰囲気が違う。ただ片目を閉じただけといった雰囲気で、意味ありげに口元を持ち上げて視線を投げかけてくる。
 その声は変わらず穏やかで、力なく片目を瞑る瞼は開いている側まで連動する筋肉につられ、余計に緩く視線を和らげる。

「私を気にかける理由は私が過去の貴女に似ているから、ですか」
「ええ。それ以外に他意はありません。私は貴女の知り合いでは無いし、貴女も私の知り合いでは無い。接点など無い敵同士の貴女を私が気にかける理由など他にありますか?」

 理由? 理由なら無くは無い。ありきたりな所なら、私を懐柔し油断を誘い寝首を掻く為など、甘い手で敵を篭絡するのは戦の常道だ。
 だが敵である私に取り入るような素振りではないし、私を嵌めるにはお粗末な態度だ。
 彼女の態度は腹に一物ある者のそれとは違う。目的は在るのだろうがその行為に裏が見えない。
 衛宮邸から此方までの間、彼女からは最初切り結んだ時に見せた張り詰めた鋼線のような緊張感が全く感じられない。
 休戦状態とはいえ、どうしてここまで敵に緩んだ態度を見せられるというのだろう。

 そんな思考が顔にでも表れていたのだろうか、礼拝堂の壁から背を起こし正面ポーチをふらりと遊ぶように歩を進めながら、くるりと此方を振り向き口を開く彼女。

「いいえ、メリットなら有りますよ。何故なら私は貴女との戦いを望まない。貴女達とはこのまま同盟を組みたいと思っているのですから」

 まただ、彼女はまたも此方の胸中を的確に読み取って、私が口にしてもいないのに自分の目的をさらりと暴露してきた。
 いや、彼女からしてみればコレは隠す事でもなんでもないのかもしれない。彼女はそれが裏だと言うが、わざわざ手札を明かすその潔さが返って裏と感じさせない。
 同盟を結ぶ? 戦力や今の自分の状況を考えればそれは魅力的な提案。だが、いきなり持ちかけられても普通は首を縦には振らないだろう。
 私を同盟に肯定的にさせる――そのために私に気をかけたというのなら、考えられない話じゃない。
 だが普通、それを今此処でバラすだろうか。仕掛け所として拙くはないか?
 だが私は既に、彼女の予測どおりの反応を続けてしまっている。そう考えると薄ら寒い。
 同盟の為に私に近づいたなら確かに合点は行くが、何処か引っかかる。

「同盟? 確かにその申し出はまだ敵の情報が少ない現状では有意義です。しかし、私は貴女の能力を知らない。果たして貴女の能力がどこまで戦力アップに繋がるかは未知数だ。全然有利にならない可能性も無いとは限らない」

 その言葉に少し気を悪くしたのか少し眉根を寄せながら呟いてくる。

「むっ? 確かに私の能力はサーヴァントとしては決して高くない。ですが、手数の多さならアーチャーのクラスにも匹敵します。私の武装は主に銃。……それゆえ、本来ならばアーチャーにでもなりそうなものですが、生憎と生前私は弓を射た事は無かった。それに私が使ったのは何も銃ばかりではない。生前はナイフ、剣、槍、トンファ、鋼線、薬品、爆薬から罠(トラップ)まで……およそ戦場で武器として使える物なら何でも使った。物騒な話ですが例えフォーク一本でも、只の人間を殺すには十分事足りたのですから。詰まり、私の戦闘スタイルには剣術や槍術、槍術といった決まった『型』が無い。それが理由かは判りませんが、七つの該当クラスから外れてしまったのは事実です」

 そう言いながら手に黒い小さな拳銃を取り出す。私が斬りつけた初見の時にも手にしていた武器。
 その機構は詳しく知らないが切嗣、前回の私のマスターも使っていた武器だ。
 それゆえ火器について余り詳しくは無いが軽い常識程度には知っている。サーヴァントに通常の物理攻撃は通用しない筈だが、彼女の武器は曲がりなりにも英霊の武具だ。
 侮ればそれはすぐに死に繋がる。

「これは主に至近戦闘での武器です。中距離には中距離、遠距離には遠距離と相応の武器を持つ。私の利点はその対応レンジの広さにあります。近距離がメインの貴女にとっては苦手なレンジを補える。それは貴重な戦力となるのではないですか?」

 確かに、私の能力から考えれば宝具の使用を除けば対応範囲は近距離に限られる。それを補える事の意味は大きい。
 だが、それだけではまだ不十分。彼女の耐久力はどうだろう。外見で判断するのは早計といえるが、何せ彼女は防具と見受けられる物を一切身につけていない。

「攻撃面は判りました。では防御は? 失礼だが貴女の装備は、お世辞にも戦闘向きとは考え難い」
「ははぁ、なるほど私の服装を見ればそう思われても無理はありませんね。でも今、貴女に貸しているそのコート。それだけでも結構な物なんですよ。特注品で魔術の類は防げませんが、ちょっとやそっとの刃物や銃弾は通しません。それ以外は動きを制限されたくないので軽装でいいんです」

 確かにこのコート、見かけより幾分重い。最初着せられた時は中に鋼板でも入っているのだろうかと思ったほどだ。
まあ実際には堅いプレート状のものは感じられないし、本当に鉄板が入っていればもっと重いだろうが。

「判りました。今の所、貴女の申し出を断る大きな理由も無い。そろそろシロウ達も戻ってくる頃でしょう、同盟の話は二人が戻ってからということで」
「ええ、同感です。私達はあくまでマスターに仕える従者ですからね。おや、噂をすれば影、ですか?」

 彼女が言うと同時に礼拝堂の扉が開き、シロウ達が戻ってくる。シロウは少し顔色が悪いが毅然と参戦表明をしたと報告してくれた。
 ただその参戦理由はただ“こんな物騒な騒ぎで犠牲が出される事が赦せない”という呆れるほどの正義感からだという。
 その様子を少し離れて見守っていたソルジャーが機会を窺い件の話を切り出す。

「さて、全員そろった所で凛、士郎君。お二人に提案があるんですが――」

 ――シロウは彼女の持ち掛けた同盟に二つ返事で快諾し、凛のほうは自分を差し置いて勝手に話を進めるなと、豊かな表情を沸騰させ怒るが内容には渋々了承した。
 そんな私とシロウの横にやってきた当のソルジャーは、突然何の心算か、右手を差し出してくる。

「それじゃ同盟締結の誓いとして握手を」

 そう言って無防備に、利き手だろう手を差し出してくる。
 突然のことで面食らい、固まってしまった私の代わりにシロウがその手を取る。

「ああ、此方こそ宜しく。セイバーは問題ないだろうけど、俺が半人前だから何かと迷惑かけるかもしれないけど」
「え、あ、はい。どうぞ宜しく。っと、セイバー、貴女にも」

 その突然の行動に私より目の前のソルジャーのほうが呆気に取られていた。
 心なしか少し顔が赤いのは何故だろう?
 急に慌てたように私の手を握る彼女。その手は線の細いイメージがある彼女には意外なほどしっかりしていて、私より一回り大きかった。
 唐突にその手を引かれシロウの手と繋ぎ合わされる。シロウの手は彼女より更に大きく、やはり無骨だが暖かった。

「やはり士郎君と手を繋ぐのは第三者の私ではなく貴女の役目でなくては」

 まるで赤くなった顔を誤魔化すかのように早口で捲し立てるソルジャー。その顔は屈託の無い笑みで、呆気にとられていた私は不覚にも呆けた顔を見せていたことだろう。

「何時の間にそんなに仲良くなったのよ貴女達」

 背筋が涼しくなるこの独特な威圧感を持つ声の主は凛。どうやらほんの数刻の間に私達と和んでしまったソルジャーに些かご立腹の様子。

「あら、素直じゃありませんね凛は。魔術師として学友を倒したく無いという甘さを貫くならこれが最善の策でしょう?」
「ばっ馬鹿な事言ってるんじゃないわよ! 私はいつでも割り切って戦える! 衛宮くんが戦うと、敵となるって言うのなら容赦なく今此処で殺すことだって出来るのよ!!」

 ソルジャーの指摘に顔を真っ赤にして逆上する凛。己の甘さを突かれる事は誰にとっても辛い事だ。だが彼女のように逆上する事はそれを認めてしまっているようなもの。

「はあ、全く貴女という人は自分を省みないというか……。確かに、魔術師としての貴女ならそれも辞さないでしょう。だが、それなら何故、あの時彼を助けたのです? 貴女が最初から魔術師として非情に徹していたなら、彼を助けたりしなかったでしょう。でも助けた。何故です?」
「そ、それは彼が死ぬ事に耐えられなかったわけじゃ……。ただその後に待ってる事を善しとしたくなかっただけ……」

 その言葉の後半は殆ど聞き取れない程に小さな声で、ボソボソと呟いていただけだった。
 彼女の言葉の本意は、その後に待つ事とやらがどのような事なのか私には判らないが、彼女が魔術師としての冷徹さの裏に、まだ非情さを認めきれない少女としての甘さが隠れていることは判った。
 それともう一つ判った事がある。やはりシロウを助けてくれたのは、彼女だったのだ。
 何故それをひた隠しにしたがったのかは私には預かり知らぬ所だが。

「なんだ、やっぱり遠坂が助けてくれたのか」

 そうシロウが声を出す。彼にも合点がいったようだ。

「あっ……しまった! つい口がすべって……すみません」
「ソぉルゥジャ~ぁ? まったく、もうっ何自爆してるのよぉ!!」

 凛は少しそそっかしい所があるが、どうやらそれはソルジャーも同じようだ。
 彼女はゴホンと咳払いして、話を戻す。

「何れにしても同じ事です。それは貴女の人情の深さゆえ、真面目で曲がったことが赦せない貴女だから。人間としての遠坂凛は、突然なす術無く刺され、巻き込まれた彼を放ってはおけなかった」

 そう語る彼女が凛に向ける眼差しは、とても慈しみ深いものだった。その双眸に湛える光には、彼女の人柄が良く表れている。
 凛といい、彼女といい、なんて良く似た者同士……。そんな彼女の弁は尚も続く。

「そうする事は決して悪いことじゃない。寧ろ私はそんな甘さを捨てきれない貴女を人間的に好ましく思う。でも助けたならそれは最後まで責任を取るべきでしょう。まさかこの後に及んで、結果的に彼は自ら戦う道を選んだ敵同士だからといって、貴女は障害になると思えない彼を問答無用で殺すのですか?」

 ソルジャーは凛の反論も意に介さずそこまで一気に喋り倒した。たまに思うが、彼女は突然饒舌になる。

「私は、ただ彼が巻き込まれただけだと思ったから、出来る限り生き延びられるように取り図っただけよ。まさかそれがマスターに選ばれるなんて思っても見なかったから。でも一度マスターになったなら話は別よ。私は聖杯を手に入れるためならどんな手だって躊躇はしないわよ。そりゃ、出来れば彼を殺したくは無いけれどね」
「ふむ。ですがそれなら尚のこと、得られる戦力は大きい方がいいのでは無いですか? 彼はもう戦うことを決意してしまった。その彼が共闘を良しとするなら渡りに船ではないですか。セイバーを戦力に加えられればこの戦争も非常に有利になる」

 その言葉に彼女も言葉を止める。自分一人ムキになっても不毛だと悟ったのだろう。
 私もこの同盟で戦う事は非常にメリットの在ることと思う。だが所詮、彼女らは敵には違いない。最終的には対決するしかない事を彼女が判らぬはずはないだろう。

「ですがソルジャー、聖杯は最後の一組にしか与えられない。仮に、我々が勝ち残れたとして、その時は戦うしかないが異存は無いな?」
「良いですよ。そのときは全力でお相手しましょう。ですが、この中で聖杯を求めている者が何人いるのでしょうね?」

 ソルジャーは突然、素っ頓狂な事を言う。聖杯を求めない参加者など居ないだろうに。
 私は聖杯を求めてこの戦争に身を投じているのだ。
 私の疑念を他所に彼女は後を続ける。

「凛、士郎君。お二人は聖杯を望みますか? 叶えたい望みがありますか?」
「俺はただ、この戦争で誰かが傷つくことが耐えられない。だから聖杯に何か望みがあって参加したんじゃない。遠坂とは戦いたくないし、けどセイバーが聖杯を求めてるなら手に入れさせてやりたい。その為には勝ち残らなくちゃな」

「そうね、私も聖杯に望む事なんて、特に何も思い浮かばないわ。私の望みは聖杯戦争に勝つという遠坂家悲願の達成。基本的に私は、自分の望みは自分の力で叶える物しかないと思ってるもの。だから聖杯に願う事なんて特に無い。そっか、私も今改めて気付いた。でもソルジャーはそれでいいの? 聖杯が欲しくはないの?」
 その言葉に頭の中は真っ白になっていた。まさか本当に、万能の奇跡に望むものを持たない参加者が居たなんて。

「私も同じく、聖杯に望む願いなど持ち合わせていません。召喚に応じたのはそれなりに望みがあったからですが、それは聖杯で叶えるような物ではない。彼の望みはこの戦争を止めることで、凛の望みもまた勝利することで、聖杯そのものに願う望みは無い。しかし魔術師なら聖杯の力は魅力的でしょう。となればあとは凛とセイバーのみ。貴女方二人が聖杯を得て望みを叶えれば良いのではないですか?」

 そうクスリと笑う彼女はとんでもない事を口にした。なんということだ、今ここに居る者で、聖杯を求めているのはほぼ自分一人ということになる。
 一体何が彼女達をそこまで無欲にさせるのか、その心中は到底判らない。だがこれで、この同盟関係に一切利害の軋轢が無い事が明らかになった。
 なんという僥倖か、普通こんな恵まれた戦場など無い、ほとんど奇跡に近い。

「さて、納得頂けたなら拠点に戻りましょうか?」

 ソルジャーの言葉に促され教会を後にする。我々四人はここに一つのチームとなった。


 それが同盟を結ぶ事になった経緯。まさかこんなに早く、それが役に立つとは思ってもみなかった。
 目の前の鉛色の巨人を睨み据え、自ら先陣に立つ。と、そこに、巨人の主である銀髪の少女が暢気にも、行儀よくお辞儀をしながら自己紹介をしてくる。
 己の従える魔物のプレッシャーに圧される獲物に対し、張り詰める緊張感を逆撫でして自分が圧倒的優位にあることを見せつけるように。

「士郎君と凛は私の前に絶対出ないように。凛、此処は地の利が悪い。先ほど近くに緑地公園があった、そこまで後退します」
「オーケー、防音結界を張るわ」

 ソルジャーが戦略を伝えてくる。こちらが話をまとめるのを待つように立っていた坂上の巨人と少女。その少女が口を開く。

「ねえ、相談は済んだ? じゃあ始めちゃっていい? はじめましてリン。私はイリヤ。イリヤスフィール・フォン・アインツベルンって言えば判るでしょ?」
「アインツベルン――」

 その言葉に凛が微かに反応する。その名前には私も聞き覚えがあった。この戦争を始めた三家系の一つの筈だ。
 少女は凛の反応がよほど気に入ったのか嬉しそうに無邪気な笑みを浮かべ――。

「じゃあ殺すね。やっちゃえ、バーサーカー」

 邪気を感じさせない声で歌うように、背後に仕える異形の怪物に向け、善悪や倫理観というモノ一切が欠落したような命令を下した。

*************************************************

 坂の上から猛り狂った灰色の巨魁が跳び上がる。バーサーカーの全身鋼の塊のような巨躯が一息に数十メートルを詰めて落下してくる。
 私は即座に後ろ手に携えていたG3‐SG1ライフルを構え、折り畳み式のコッキングハンドルを左手で反射的に引き弾く。
 小さな主から戦闘開始の号令を聞き、叫びながら落下してくる巨躯目掛けて、一気に一マガジン分、計二十発のライフル弾を叩き込む。

「セイバーッ行きなさい!」

 場に騒々しい炸裂音が踊り狂う中、私の横から蒼い外套が舞い上がる。彼女が纏っていた私のトレンチコートだ。
 鼓膜を突き破らんばかりに空気を引き裂くような甲高い音と、相反して低く心の臓を打ち据える轟音が入り混じり鬩ぎ合う音の洪水の中、彼女は風となり音の隙間を纏うように駆けバーサーカーに肉薄する。
 暴風の目に飛び込んだセイバーが不可視の剣を振り下ろそうとし――。

「■■■■■■■■■■■■■――――!!!!」
「――ッ!?」

 側面から回りこむように斬りかかろうとしていたセイバーが、刹那に危険を察知し息を呑む。私が撃った銃弾は全て異形の頭部に命中した。だが無数の矛先は全て、狂戦士の頭蓋骨はおろか岩のような肉も抉れず、ただ衝撃を与えただけに過ぎなかった。

「くっ、やはりアレ相手に只の7.62mmNATO弾では話にならないかっ!」

 7.62×51mm弾……それは私がもっとも良く使っていたこの小銃、G3-SG1の標準使用弾薬。
 別に飛び抜けた破壊力があるわけではないが、生身の人間相手なら十分過ぎる威力を持ち、弾頭重量も在る為遠射、狙撃にも安定した性能を発揮するので、大きく嵩張るG3は時代遅れであるにも関わらず、私は好んで使っていた。
 今、英霊(私)の武装として生み出されているこの弾は例えサーヴァント相手でも、本質的に同質の存在であるため、本来なら威力どおりのダメージを与えられる筈なのだ。
 そう、相手がごくスタンダード(平均的)な性能のサーヴァントであるなら……。

「何よアレ。ノーダメージっていうか、なんか一切の攻撃が干渉を妨げられてる? 物理法則が何か別の法則に支配されてるような感じ」
「ええ。私の武器ではせいぜい奴の足場を崩すか、奴の姿勢を崩す程度しか出来ない」

 そう。そもそもアレには通常のどんな攻撃だろうと物理、魔術に関係なくランクB以下の攻撃は全て無効化されるという化け物じみた特性があったはずだ。
 つまり私の持つ武器では、現状どんなに強力な弾薬をもってしても、ヤツの概念武装による“物理干渉力無効”の壁を崩せない。
 だが私に出来る事が完全になくなった訳じゃない。足元に舞い落ちていたコートを掬い上げ着直し、直ぐ様弾倉交換を終え、只管に撃ち続ける。
 頭部に受けたその衝撃に着地のバランスを一瞬崩しはするものの、桁外れの膂力を以って眼前に迫るセイバーの剣戟に対し、ただ叩き付けるように斧剣を振る。
 振り下ろそうとしていた剣を下から振り上げてくる斧剣に弾き返されるセイバー。
 両者の剣が激突し、膨大な魔力の衝突による火花が眩い閃光を放ち、大気を揺るがす甲高い音が辺りに響きわたる。
 剣を弾かれるセイバーを追撃しようと、岩から削りだした岩塊のような斧剣を何の技巧も無く、ただ力任せに振り回す巨獣。その剣戟を振り降ろす腕、踏み込む足に火線を集中させて何度でもバランスを崩させ、その剣戟がセイバーに届く前に阻止する。

「す、凄い。これがサーヴァントの戦い……」

 どうやら凛はセイバーの戦いぶりに見惚れてしまったらしい。まったく、今は非常時なんですけどね……!?

「やっぱり、ソルジャーはソルジャーなだけはあるのね。見直したわ。さっきからずっと、的確にポイントを絞って確実にバーサーカーの攻撃を防いでいるんだから。セイバーがあれだけ自由に動けているのは貴女が彼女の次の動きに合わせて上手くサポートしているからだものね。ホント、吃驚するぐらい息ピッタリよ」

 少し説教するべきかと思ったところに唐突に褒められると言葉に詰まって困るじゃないですか。もっとも、彼女は過去の自分と同じなのだから、彼女の動きを先読みして補助するくらい造作も無いのは当たり前なのだけれど。

「冷静に判断出来ているのは重畳ですが、凛。事態はそう楽観もしていられませんよ? 徐々にセイバーが立ち回れる足場が減り、直にスピードも落ち始める……!」
 セイバーは機動性を活かし巨獣の足元を縦横無尽に駆けながら時に塀の上を駆けたり、電信柱を蹴り跳ね、時に空中でバーサーカーの振り上げる凶悪な岩塊を剣で受け止め、その剣圧に身を乗せて上空を舞い三次元で自在に逃げ回る。
 だがそうして逃げ回るのも直に危うくなるのだ。バーサーカーの剣戟は周囲一体を爆撃でも受けたかのように次々と破砕し続ける。詰まり、刻一刻とセイバーが立ち回れる足場が減ってゆく。文字通りどんどん削られて行くのである。

「ったく! なんて馬鹿力よアレ!!」
「うわぁ、拙いなコレ……セイバー、大丈夫なのか!? それにしてもコレ、後でとんでもない騒ぎになるんじゃないか?」

 そう凛が悪態を付きたくなるのも無理はない。爪あとをザックリ残し砕けるブロック塀、折れ曲がる電信柱に大破する軽乗用車。
そして大振動と共に容易く亀裂や陥没を作るアスファルトの路面。確かに士郎の言う通り、明日の朝になれば地元の三面記事ぐらいには乗るだろう。

 ……いや、少しおかしくないか。幾ら凛が防音結界を張ったとはいえ、これほど大振動を伴った破壊だ。
音は漏れずとも、これだけ派手に暴れられては、流石に周辺住民にいつ気付かれてもおかしくない。なのに辺りは人の気配すら感じられない。

「凛、何かがおかしい。これだけの惨事に周りには誰一人気付く気配が無い。まるで人が居ないといったほうが良さそうなほどだ」
「そうね、明らかにおかしすぎる。ゴメン、実はついうっかり障壁張り損なっちゃったのよ、貴女の射撃の方が早くて。だからこの騒ぎは全部周りに筒抜け、でも私も直ぐに異常に気がついたから、気になって放っておいたの。ほら、未だに人っ子一人、異変に気付いた人間が出てこないのよ」

 なんてウッカリを……。騒ぎにならなかったのは不幸中の幸いか。私は一瞬眩暈を覚えたが、それはもう今更言った所で不毛だから口にはしない。
 それよりも、今の今まで戦闘が全て筒抜けだったのなら、周囲の民家が未だに無反応だなんて余りに異常過ぎる。
 この聖杯戦争ではもう、何処かで私の知らない“何か”が起こっているのか……一体何が起こっているんだ!?
 一瞬、そんな考えに思考を支配されそうになる。いけない、今はそんな事を考えても答えなんて出ない。そんな事は後回しだ。
 今はまず、目の前の最大の障害を排除する事だけに集中しろ!
 セイバーを支援する手を緩めてはいけない!!

 既に使い切ったクリップで括られている三連マガジンを落とし、魔力から具現化させた新たな三連マガジンをポートに叩き込むと同時に装填し、瞬時に狙いを付ける。
 飛び回り、着地したセイバーに振り下ろされようとする斧剣に向けて、何度も銃弾を撃ち込み続ける。
 だが此処からでは、縦横無尽に駆け回り、仕掛けるセイバーを満足に支援することは難しい。

「凛っセイバーの援護に回ります! 気になる事はありますが、今だけは騒ぎにならないのなら好都合。今は目の前の脅威を取り除く事が先決です!! 此処から撃つだけでは碌な援護は出来ない。士郎君を伴って自衛を任せられますか?」
「判ったわ。こっちのことは任せなさい。衛宮君一人ぐらい、守って見せるわよ。貴女はセイバーの支援に回りなさい!!」

 言葉を掛けながら瞬時にクリップで束ねた予備マグの装填を済ませ、尚も続く暴風の如き剣戟を持ち前のスピードと直感を駆使して避け、巨体の周囲を飛び回るセイバーを援護する為再び全弾掃射をかける。
 但し大した効果は期待出来ない胴体は避け、振るわれる腕、脚及び斧剣にポイントを絞ってだ。

「了解! では凛。少しずつで良い、タイミングを見計らって後退してください。私達もヤツを此処よりは戦いやすい公園まで誘導する」
「判ってる、無茶はするんじゃないわよ、ソルジャー!」


 その言葉を機に私は左手にベネリM4を具現化し目の前の暴風に突っ込む。G3を連射しながら走り込み、薙ぎ払いにくる斧剣に対して、姿勢を腹ばいになりそうなほど姿勢を倒してかわす。
 そのまま走り込んだ勢いを殺さず地に手を付き、普通なら危険すぎるほどの速度で前転し巨獣の脇をすり抜ける。勢いづき弧を描く両足を地面に叩きつけ、滑るように身を翻した背中を斧剣の切っ先が掠める。
 コートに施された防弾加工も意に介さぬその破壊力が背中に刻み付けられる。対刃繊維、スペクトラレイヤー十枚重ねの下に、カーボンナノファイバーとチタン合金繊維で、六角セル状の小さなチタンプレートを繋ぎ編まれた鎖帷子状の防弾層さえ、一撃の下に容易く削られてしまった。

「ぐぅっ!?」
「ソルジャー!? 大丈夫ですか!?」

 切っ先が掠めた私を気遣い、斧剣を避けながらセイバーが声をかけてくる。背中に受けた剣圧に肺の空気を圧迫され、思わず呻き声が漏れる。恐るべき怪力、まともに食らえばひとたまりも無い。
 痛みも呼吸できない苦しさも無視して上体を捻り、弾の切れたG3を手放し左手に構えていたセミオートショットガンを連続で横っ腹に叩き込む。

「セイバー!!」

 一際重く大きな咆哮を三つ。火薬の違いから重く、低い怒号をその長い喉の奥から轟かせながら吐き出す大きな鉛の礫。
 背後に空の薬莢が弾き飛ばされ、アスファルトの上に落ちる度、軽い音色を奏でる。
 12番ゲージのショットシェルを三発、それも散弾じゃない鹿撃ち用の一粒弾、R・スラッグの強装弾だ。
 それを四メートルの近距離からまともに叩き込んだのだから、幾ら物理的にダメージは無効化されようと、その衝撃力は今までの比じゃない。これなら幾ら強靭なバーサーカーといえども、そこに隙を作るぐらいは出来るだろう。

「■■■■■■■■■■■■―――!?」
「もらった――!!」

 左脇腹に、灰色熊さえものけぞらせる程のボディブローを食らって微妙に口篭った咆哮を轟かせるバーサーカー。
 そこに間髪入れずセイバーが踏み込み、左肩から袈裟懸けに斬り付ける。空気を切り裂き擦れる風切り音を纏い、岩の肉体を両断せんと閃く透明な刃。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!」

 だが、よろめくバーサーカーが寸での所で腕を振り上げ身を庇う。バッサリと両断され地に落ち、重い地響きを立てる太い丸太。
 切り落とせたのは左腕の肘から先だけだった。 

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!」
「ぐっ拙い!!」

 それは誰の毒づきだったか、既に二十メートルは離れている士郎か、それともセイバーのものか? いや、私自身だったか。
 左腕を犠牲にし、セイバーの渾身の一撃を耐えた狂戦士が怒りに震えるように右手を振り上げ、今にもセイバーの頭上に振り下ろさんとしていた。

「うあああああああああああああああああっ!?」
「ちょっ……士郎!! 戻りなさい馬鹿っ!!」

 叫び声と同時に凛の焦った声が響く。いけない、士郎が耐え切れず走り出した!
 あの時と同じだ! このままではあの時のように……昔の私の時のようにセイバーを庇って彼が切り裂かれる事になる!!
 くそっ今動けるのは自分しか居ない、一か八か――!!


 その時、耳に聞こえてきたのは風を切り裂き、というより風の層を叩き潰すように斬り分けて襲い掛かってきた暴風の迫る轟音と、自分の身が斬り跳ねられた時の脆い果物が砕けるような音だけだった。
 次の瞬間、私はバーサーカーを挟んで反対側のアスファルトの上に倒れていた。腕の下にはセイバー、そして私の体当たりに巻き込まれた士郎が、セイバーごと私に突き飛ばされて、少し先に倒れていた。

「ぐっ……ごふっ!!」
「な、ソルジャー!? まさか貴女が庇うなんて……!!」
「痛ってて……何がどうなって、うわっ何だ、ソルジャー! どうして君が……!?」

 どうやら、私はまだ生きているらしい。物々しいコートのおかげか、背中を焼き焦がされているような激痛が背骨を駆け抜けていくが、幸い真っ二つにはされずにすんだ。
 寸でのところでセイバーに飛び掛り、飛びついた勢いのままに彼女を突き飛ばし、そのままバーサーカーの剣の間合いから逃がす心算だったのだが。

「っく、どうやら避けきるには、こふっ……けほっ……至らなかったようですね……」

 喋るだけで内臓から逆流した血反吐に咽込んでしまう。背中には斜めに一筋、右肩から左腰にかけて酷い斬撃の爪跡が残っている。背骨は何とか無事らしいが、腰の裏あたりから内臓に達しているらしい。
 受けた傷の箇所はバイタルゾーン、只の人間だったなら間違いなく致命傷だった。
 幾らサーヴァントの身だとしても、奴の攻撃をマトモに受けていれば助からなかっただろう。
 成功する保証など何もなかった危険な賭け。
 だがマトモに頭部、急所を捉えられていたセイバーを逃がすには、あの場では自分が体当たりして逃がす他に、何も思いつかなかった。
 痛みに思考が鈍りそうになった所で私の魂の中から“彼”の切迫した声が怒鳴りつける。

 ――アルトリアッ直ぐに逃げろ! 敵は待ってくれんぞ!!――
「くっ! セイバー逃げなさい!!」
「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!」

 片腕を切り落とされたことに憤怒したのか、一際大きく咆哮をあげて斧剣を振り上げるバーサーカー。
 腕の下になっていたセイバーを横に突き飛ばし、反動もそのままに傷の痛む体を鞭のように撓らせ横転する。
 刹那の差で私の身体があった場所のアスファルトに、暴風のような斧剣がめり込み、解体用の鉄球が建物を破壊した時のような轟音が冷えた大気を震わす。
 飛び退くままに地を蹴り身を跳ね起こし、暴虐の化身を狙う。傷のせいで力が入らぬ手に握るショットガンがカタカタと震える。
 それでも銃口を狂戦士に向け、残り三発のスラッグ弾をこめかみ、頚動脈、心臓の三点に叩き込む。
 撃ちこんだ銃の反動を受けて、傷口からボタボタと、赤黒く変色しはじめた血や内臓と思しき肉辺が噴出し零れ落ちる。
 構ってられるものか、仮初めの肉体など霊核さえ無事なら魔力で再生できるのだから。

「はああああああっ!!」

 ショットガンの連射を頭部に食らい、バランスを崩したバーサーカーの右腕をセイバーが斬り落としにかかる。
 私の武装では傷一つ与えられない奴の肉体だが、彼女の剣は聖剣エクスカリバー。
 人類の純粋な理想、願望が集まり結晶化した無敗の剣。その高い神秘はバーサーカーの護りさえ凌駕する。
 彼女の性格からして即座に急所を狙いそうなものだが、守る対象が増えてしまった為、先に敵の戦力を奪う戦略に切り替えたのだろう。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■――!!!!」
「!? ぐはっ!」

 しかし、やはり規格外に強いサーヴァントは己の腕を犠牲にしながら、強烈な体当たりをセイバーに仕掛けていた。鈍く重い大きな音が響く、まるで大型トラックに跳ねられた子供だ。
 セイバーは優に五メートルは空中に跳ね飛ばされ、士郎の傍に落下した。

「大丈夫かセイバー!?」
「くっ、シロウは下がって! 私は軽傷です、庇ってくれた彼女に比べればたいした事は無い。それよりここは危険だ、早く凛のところへ!!」

 セイバーが大きく離れたことで奴の標的は再び私に戻った。背中の傷が痛むが、此方に注意を挽き付けておかねば、何時また士郎がセイバーの危機に飛び込んでくるか判らない。

「まったく、今ほど“剣”を持たぬこの身が恨めしいと思ったことは無いですね!!」

 空になったM4ショットガンに魔力を通し、一時的に魔力の補強をかけることで何とか斧剣の一撃を凌ぐ。但し、まともにその威力を受け止めては、如何に銃身が鋼で出来ていようと持たない。
 力に任せ薙ぎ払われるままに吹き飛ばされる事で威力を逃がし、路面に手を付き反転し、受身を取って向き直る。また無茶な側転をする度に勢い良く腰後ろから血飛沫が飛ぶ。
 尚も続く斧剣の猛襲に、魔力で強化したショットガンで時に剣をいなし、時に敢えて弾き飛ばされながら凌ぎ続ける度に開きっぱなしの傷口から血を、肉を失う。
 いい加減血を失いすぎたせいだろう、失血による視力の低下で視界が狭まってくる。立ち止まって再生の為にじっくり肉体に魔力を回す余裕が無い。

「ぐっ……コレは拙いかもしれんな。目が霞みだした……」

 視界がぐらつきその場によろめく。その一瞬の隙が命取り、バーサーカーの斧剣が横薙ぎに襲い掛かってくる。

「しまった!?」

 咄嗟にショットガンを盾にして防ぐ。だが一瞬遅れた構えは不十分だった。斧剣の直撃を受け、ひしゃげる弾倉筒と砕けるフォアグリップ。
 破壊されたショットガンと共に真後ろに跳ね飛ばされた私はそのまま民家の塀に背中から突っ込み、塀を破壊してその庭に落下した。

「ソルジャー!!」

 塀の向こうから凛が叫んでくる。参った、今のでマトモに右腕と左足がイかれた。背骨は激痛に軋み、肋骨も数本は確実に折れている。肺にも刺さっているのだろう。息をするだけでも辛い。
 だがこんな所では死ねない。私には遣り残した事がある。それは自分自身の事じゃない。
 ……少々の怪我など、今の私は気にする必要も無い。だから自分のことはどうでも良い。
 私にはまだ“彼”に伝えられていない事がある。
 かつての主であり、僅かな間でも忠誠の誓いを立てた最愛の伴侶。私への想いを胸に幾多の戦場を駆け抜け、やがて人知れず小さな伝説となった私の鞘の半身。
 もはや一度現世の枠から外され、守護者になった彼は消えはしない。だがあの時還れなかった“彼”を、彼の本体が眠る“座”に還すまでは、私は死んでも死に切れない!

「あああああああああああああああああああああああああああっ!!!」

 死の気配が近づき、脳裏に私が召喚されたこの世界に願い求めた、一縷の望みが鮮烈に浮かび上がる。
 その強い想いが、ボロボロに破壊された四肢に霊脈(レイライン)から供給されてくる凛の魔力を目一杯流し込む。
 それはさながら、壊れたエンジンにスロットルを全開にして燃料を注ぎ込むようなもの。
 本来流れる量を遙かに超え、溢れる魔力のオーバーロードに仮初めの肉体が悲鳴を上げている。
 だが同時に、私の魂に受け継がれていた“ある物”にも魔力が流れ、一時的にその本来の力を取り戻し、急速に肉体の損傷を修復してゆく。

「セイバーッ!! どきなさい!!!」

「ソルジャー!?」

 烈しい激昂の感情のままに叫ぶ私に圧されたか、それとも私に何か策があると見たか、セイバーが飛び退く。
 まだ感覚に残る骨が折れていた痛みも無視して立ち上がり、塀を乗り越えて歩く暴風に飛び掛る。手にした大型ナイフをその巨体の首筋に付き立てるが、やはり刃は立たない。
 ナイフの攻撃はあくまで効くかどうか、挑発がてら試しただけ。
 目障りとばかりに骨まで分断され繋がってるだけの右腕と肘先の無い左腕を力に任せて振り回してくる。
 振り回す千切れた腕の速度は凄まじく、下手に当たれば相当酷いことになるだろう。
丸太のような腕を避けながら開いていた手にセムテックス爆薬を取り出し、その巨体にぐるりと幾つも貼り付け大きく飛び退く。

「いい加減少しくらい怯みなさいっ!!」

 自分が安全圏に逃れる僅かな時間も相手には与えない、私は自分も巻き込まれる事を承知で起爆スイッチを押した。
 手の中で起爆装置が小さな電子音を響かせる。目の前で鉛色の巨体が眩く強い閃光の渦に包まれた。

「アリア――――!!」

 目と鼻の先で弾けとんだ爆薬の光に目を焼かれ、衝撃派と熱風が私の肌を傷付け焦がす。
 遠く後ろで凛が私の無謀にしか見えない行動に驚き、私を心配して叫んでいるのが聞こえる。私のこと何なんかどうでもいい、奴はどうだ!?
 直撃の筈だが、多分、これでも大して傷も付かないだろう。だがセイバーにとっては大きな隙になった筈だ。
 彼女が上手く立ち回ってくれていれば今頃、彼を一回ぐらいは殺せているかもしれない。だが私の意識はそれを見届けるまで続かなかった。
 爆風に吹き飛ばされ、今までの戦闘であちこち穴だらけのアスファルトに投げ出される。
 しばらくして、焼け焦げて地に這い蹲った私に駆け寄ってくる少女は凛か。

「……凛? 奴はどうなりました? セイバーは上手く……?」
「……このバカッ!! 勝手に特攻なんか遣らかして、一時はどうなるかと気が気じゃなかったわよっ!!!」

 私を瓦礫だらけの地面から立ち上らせようと、肩を貸してくれる彼女に状況がどうなったか聞きたかったのだが、第一声は説教だった。
 私は吹き飛ばされた直後、一瞬気を失っていたらしく、奴がどうなったのかは確認できていない。

「まったく、もう生きてるのも奇跡ってほどボロボロじゃない貴女!! って、あれ? また傷が治り始めてるわね。これなら心配はない、か。ホント肝を冷やしたわよ、もう。奴は、まだあそこに健在よ……残念ながらね。セイバーが斬り込んだんだけどね……」

 そこには、セイバーに肩口から袈裟懸けに斬られてもまだ雄雄しく仁王立ちで、爆発に抉られたクレーターの中心に聳え立ち続ける灰色の怪物が居た。

「セイバーもまだランサー戦の傷が癒やしきれてなくて、思うように力が出せなかったみたい。深手を負わせる事は出来たんだけど、殺すには至らなかった」

 見れば、傷の修復の為に直立不動のままで睨み続けている狂戦士と対峙するように、左胸辺りから血を流しながら、気丈に剣を構え続けるセイバーの姿があった。

「セイバー、大丈夫か。傷開いちまっってるじゃないか」
「くっ……平気ですシロウ。ご心配無く」

 傷を修復している巨人の傍にやってきたイリヤスフィールが、セイバーと私を見て、何か面白い玩具でも見つけた子供のような眼差しを向けてくる。

「ふうん。あの状態でまだ生きてたんだ。やるじゃないリン。貴女のサーヴァント、ちょっと興味湧いちゃったな。セイバーと二対一でも一度も殺される所までは行かなかったとはいえ、私のヘラクレス相手にここまで遣れるとは思ってなかったし」
「へ、ヘラクレス!? まさかバーサーカーは、あのヘラクレスだっていうの!?」

 私に肩を貸してくれている凛が、横で驚愕に声を上ずらせている。無理も無い、ヘラクレスといえばギリシャ神話でも最も有名な英雄だ。
 主神ゼウスと人間の娘との間に生まれた半人半神の子。その神格たるや並の英雄の比ではない。

「そうよ。そこにいるのはギリシャ最大の英雄、ヘラクレスっていう魔物。貴方達が使役できる英雄とは格が違う、最凶の怪物なんだから」

 その目に明らかな優越の光が燈る。確かに神の域に達する英雄と肩を並べるなど、おこがましい物だということは判っている。
 セイバーもいくら世界的に有名な騎士王といえど、神格化しているヘラクレスと同位とはいえない。ましてや、世界との契約で再び英霊となった碌に名も知られぬ私などは……。

「いいわ、戻りなさいバーサーカー。予定には無かったけど、貴女のサーヴァント、ソルジャーだっけ? 彼女に興味が湧いたの。だからもう暫くは生かしておいてあげる。それにしても変わったサーヴァントが召喚されたものね。そのみょうちくりんな能力もだけど、やけにセイバーと波長が似ているのも気になるし」

 イリヤスフィールの言葉に従い、まだ地面に炎が燻る中、灰色の巨人が消える。
 白い印象を残す少女は無垢な子供のような微笑を浮かべながら

「それじゃあバイバイ、次は必ず殺してあげるからね? また遊ぼうね、お兄ちゃん」

 そう士郎に物騒な別れの言葉を言い残して、硝煙の靄の向こうに消えていった。


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