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No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
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[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21
Name: G3104@the rookie writer◆21666917 ID:28e7040d 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/08/16 04:23
 まだ繁華街が眠るには早い時刻に、私達は戦場であるこの街へと到達した。
 目的はライダーの打倒、及び排除。罪も無い無関係の人間に手を掛けた非道をこのまま黙って見過ごせる程、私は人間が出来ては居ない。
 それは私自身を否定する事に他ならないからだ。

「さて、では此処からは二手に分かれましょうか」
「その前に、あの襲われた女の子は助かったのか?」

 士郎が心配そうにそう尋ねてくる。

「ええ。今確認しています。……丁度今、警察に保護されました。吸血されただけで済んだらしく、気を失っていましたが極度の疲労と貧血だけで済んだようです」
「そうか、良かった」

 ライダーによって襲われた女性。彼女を放っておく訳にもいかなかったので、移動中に私が警察に匿名で通報しておいたのだ。
 その通報を受けて警官が彼女を見つけ、救急車を呼び搬送したという警察無線がPDAを通して私のヘッドセットグラスに内蔵されたイヤホンから聞こえてくる。
 視界上に浮かぶように表示されたIRカメラの映像でその救急車を確認し、ほっと一息つく。まだ彼女が襲われてから十五分も経っていない。二次被害の心配は無いだろう。

「それ、凄いな。そんなのもあるのか」
「ああ、これですか? これは私のPDAのヘッドセットです。戦場で常時こんな嵩張る物を開けて、確認しながら行動する訳にいきませんからね」

 鼻の上に掛けているヘッドセットを指で指し示しながら答える。形状としては眼鏡というより、シューティンググラスに近い。耳に掛ける蔓の部分に耳掛け式ヘッドホンが合体したような形をしている。
 だが実は骨伝導式スピーカー式なので、別にヘッドホン型である必要はないのだが、形状は機能的に出来ていると言えるだろう。

「そんなの映画の中だけかと思ってた」
「あはは。まあ、ここまで自然な形というのは、まだこの時代には無いでしょうね」

 そう軽く相槌を打ちながらフェンスの下を見下ろす。ここは丁度、冬木大橋から此方、ビジネス街、そして繁華街へと伸びている大きな交差点の一角にあるビルの屋上。
 私達は此処に陣取り、これから始める作戦内容の最終ブリーフィングに入る。

「では最終確認です。本作戦の標的はライダー。但し現状索敵に掛からず現在位置は不明。よって目下隊を分け索敵する。ライダーを発見し次第相互に通達。セイバーは常時携帯を私と通話状態に。それによってリアルタイムに貴女との連携が図れる。凛は念話で構いません。其方の状況を私に報告してください。いや、いっその事、知覚共有しておいた方が良いかもしれません」
「そうね。その方が何か有れば直ぐ伝わるわね。オーケー、Anfang(セット)――Es teilt einen Sinn(祖は感覚を共有せん)」

 軽い眩暈のような錯覚と奇妙な音の無い耳鳴りが神経を駆け抜ける。その直後には脳裏に彼女の五感が自分の物に重なるように流れ込んできた。

「あまり必要の無い味覚や触角なんかは悪いけどそっちでフィルタリングして。意識すれば各感覚の感受性の調整位は出来る筈よ」
「了解しました」
「俺は如何したら良い?」

 士郎が手持ち無沙汰な面持ちで指示を請う。その表情には何処か自信無さげな色が差す。
 彼自身、いざシリアスな戦闘になれば自身が最も非力である事を理解している。それ故の表情だろう。だが、私のマスターだった“彼”はあまり見せなかった顔でもある。

 ――私の時には君という“頭脳”は存在しなかったからな。非力さは感じていても、とかく遮二無二駆け抜けるしか無かった私と違い、君のおかげでこの未熟者も多少は自分を冷静に見る事が出来るようになった、と言う事だろう――

 それは重畳だ。この様子なら、貴方ほど無茶な真似はしないでしょうから。

 ――くっくっく。さて、それはどうだろうな。余り過信しない方が良いと思うがね――

 そういう縁起の悪い事は余り言わないで欲しいものですが。まあ、この程度で彼の歪みが直るなら、私もあれほど苦労しなかったでしょうしね。そうでしょう、シロウ?

 ――む。アルトリア、君……やっぱりだんだん凛に似てきたぞ――

 あら、そうですか?
 そんな他愛無い軽口を胸中で交わしながらも、私は彼に指示を出す。

「士郎君は目が良い。ですので視力を強化してライダーの捜索を。戦闘は私達の領分です。貴方は凛と共に後衛に回り、セイバーを援護して下さい。如何にセイバーとて死角はあります。故に、貴方の役目はセイバーの盾になることじゃない。彼女の死角を補う“目”となってあげて下さい。貴方が安全であれば、セイバーも心置きなく攻撃に専念出来る」
「そうですね。私の背中を預けます、シロウ」
「判った」

 私とセイバーの言葉に答える士郎。よし、これならセイバーの信頼に答えようと無茶な行動は慎んでくれる筈だ。セイバーもその心算で背を預けるといったのだろう。

「凛は士郎君達と共に。セイバーの補助と士郎君の護衛をお願いします」
「任せておきなさい。貴女も気をつけてね。それと、無茶するんじゃないわよ? 士郎もだけど、貴女の無鉄砲さは下手すると士郎以上だから心配になるわ」

 と、私も凛から心配されてしまう立場でしたか。

「はは、これは耳が痛い。ご心配なく、私もそうそう主に心配は掛けない様にします」
「よろしい」

 私に釘を刺した凛は満足げに頷く。はは、私も見抜かれているなあ。

「では時計を合わせましょう。現在時刻二三○七(フタサンマルナナ)、三、二……」
「ちょっと、ねえアリア。それって必要な事?」
「はい? ――あ、そうですね。私達にはあまり意味がありませんか」

 怪訝な顔でそう聞いてくる凛の言葉で失態に気付く。

「そうだな。俺、時計してないし」
「私もです」

 ああ、そういえば。何をやっているんでしょうね私。作戦指揮なんて久方ぶりだったから何時の間にか軍人の性が出てしまったかな。
 まったく、情けないぞアルトリア。しっかりしろ自分。

「はは、私とした事が……はあ。まったく、締まりませんねえ」
「あはは。まあ、いいじゃないか。おかげで緊張が解けたよ」
「気にしなくて良いわよ。私達じゃそんな堅苦しい事してもあんまり効果無いってだけ」

 そう慰めてくれる士郎と凛の表情は程よく緊張が解けて穏やかになっている。ガチガチに緊張していては出来る事も上手くいかない。まあ、怪我の功名でしょうか。

「成る程、正確な時を刻める物を使い、隊の個々の行動を揃えるのですか。中々興味深い」

 騎士的、というより将としての性か、時計の戦略上の意味に興味を示すセイバー。

「まあ、そうですね。時計合わせは主に突入作戦などのタイミングが重要な作戦で有効なだけです。特殊部隊に居た頃の癖でつい」
「へえ、何処のだい?」

 私の経歴に興味が沸いたのか、士郎が何の気無しに聞いてくる。そういえば軍属とは伝えていましたがそれが何処のかまでは語っていませんでしたね。

「スペシャル・エア・サービスです」
「え、それってあのSASか!?」
「シロウ、それは有名なのですか?」

 私の言葉に目を丸くして驚く士郎にセイバーはキョトンとするばかり。

「有名だよ。最近じゃ海外の紛争地帯のニュースでもよく耳にするくらい有名な、イギリスの対テロ特殊部隊だ。エリート中のエリートだよ。成る程、道理で……」

 特殊部隊というのは、その存在が広く知れ渡ってしまうのはあまり好ましい事ではないんですけどね。まあその分、知名度による抑止力が少しは働くかもしれませんが……。
 そんな事は今はどうでも良い。時間は余り無いのだ。さっさと行動に移らなければ。

「はい、お喋りはそれまでに。これより作戦行動に入ります。私は単騎でビル伝いに繁華街西側外縁から回ります。セイバー達は地上から通りの東側を探索して下さい」
「了解」

 良し。これで準備は整った。後はゴーサインを発令するだけだ。

「では只今より『ゴルゴーンの騎兵掃討作戦』を開始する。総員、出撃!!」

 私の号令と共に二手に分かれ、私は単身で夜の摩天楼へと飛び込む。
 その選択が後に後手に回らされる原因になるとは……。




第二十一話「小隊は戦場に入り乱れる」




“アルゲス・システムに感有り! ポイント・チャーリー、四時の方向約三百メートル”
「ライダーか!?」

 丁度私鉄の駅舎が見える辺りまでビルの上を跳び回ってきた所だった。
 突如私のPDAが甲高い電子音を鳴らし、搭載AIのK教授がそう報告してくる。

〔アリア、ライダーを発見したのですか?〕

 セイバーが電話越しに私の声に気付いて、問いかけてきた。

「ちょっとまって下さい、セイバー。まだ確認中です」

“現在画像解析中……パターン照合結果、五十八パーセントの確立で設定対象に一致。映像表示します。ご確認を”
「……間違い無いな。良し、周辺IR映像出せ!」
“了解”

 シューティンググラスのような幅広のレンズ面に複数の映像が表示される。光の屈折率の関係で私の目にはそう見えているが、外から私のゴーグルを覗いても映し出されている映像を見る事は出来ず、レンズが薄らと蛍光色に光っているようにしか見えない。
 そのレンズ面に現れた映像の中にライダーの姿が映る。彼女は電柱の頂に屈み、封じられた双眸でありながら、その視線は再び襲う獲物を物色するように通りを舐めてゆく。

「ちっ! ライダーめ、まだ吸い足りないと言う心算か」

 私はすぐさま屋上のモルタル床を蹴り、一直線にライダーの居る場所を目指す。

「凛、セイバー、ライダーを発見しました! 至急此方に合流して下さい! 場所は――」
(発見したのね!? え、ちょっと如何したのアリア、アリア?)
〔発見したのですね? アリア、如何しました?〕

 別行動中の彼女達に召集を掛けようと念話を送った丁度その時だ、突然私のPDAから通信のコール音が鳴り響く。

「!? 無線……? 豊田か!」
“イエス。豊田三佐より入電。指定周波数帯より彼の識別コードを受信。スペクトラム拡散FH方式、自衛隊の暗号化プロトコルを確認。応じますか?”
「繋げ!」
(ちょっと、豊田って誰よ!? 自衛隊って何!?)
(あ、しまっ……! 詳しい事は後で話します凛。大丈夫、協力者です)
〔どうしましたアリア?〕
「っとと! ちょっと待ってくださいセイバー。今情報を整理しますから……」

 しまった、今私は凛と感覚を共有している最中だった。それにセイバーとも電話で通話状態のままだ。慌てて携帯電話からマイクの線を外す。
 流石に豊田達との話は彼女達に聞かせても混乱させるだけだろうし、何より、二人に豊田らの事を説明している暇は無い。セイバーにはマイクを切るだけで済むが、問題は凛だ。
 彼女からの感覚を此方が遮断する事は出来るが、此方から彼女への感覚を切る事は出来たのだろうか。もっとも、既にばれてしまった今では、考えても仕方のない事だが……。
 今、私の携帯電話は現在セイバーと繋がったままだから、彼は仕方なく無線で連絡を寄越してきたのだろう。

〔姐さん聞こえるか!?〕
「如何しました一体?」
〔姐さん達が一体誰を探してるのかは知らんが、コッチの監視網が色々とヤバイモノを見つけちまったんで、急ぎアンタに知らせた方が良いと思ってな!〕

 ヘッドセットから骨を振動させて届く声には、些かの興奮と焦りが感じられる。

「一体何を……」
〔バーサーカーだよ! それも弓を使う奴、アーチャーだったか? 今交戦中だ!!〕
「何ですって!?」

 私の声を遮って捲くし立ててきた豊田の口から発せられた単語に、思わず叫び返した。

〔その上アンタの言ってた黒い滲みみたいな奴……! アレがマジで出やがった!!〕
「なっ!? それは何処です豊田!?」

 何てことだ、あの泥まで……それも寄りによってこんな時に!!

〔アンタ今駅側だろ? 完璧逆方向だ! 姐さんの位置から4時方向、距離二キロ弱!!〕
「くっ! 遠すぎるな」

 なんという事だ。丁度この繁華街――いや、集まる店舗の種類から言えば歓楽街と呼ぶべきかもしれないが――へ入る前に最終ブリーフィングをしたビルが有るあの交差点の向こう、オフィス街へと続く大通りの辺りじゃないか!

〔如何するよ姐さん? とりあえず市内の状態はずっと俺達が監視し続けてるから連中の動きも逐一伝えてやれるが?〕
「ええ、そうですね。バーサーカーの方にはセイバー達を向かわせます。貴方は私に現状この街で動いている全ての敵勢力の情報を!」

 一先ず立ち止まって辺りを確認しながら答え返す。ヘッドセットの視界上に表示されている地図上で、ライダーの位置と今聞いた泥の出現位置、そして自分の現在地を確認し、泥の居る方角を一瞥する。
 さて、これ以外に、現状もう他に不確定要素が増えなければ良いが……。

〔姐さんの別働隊のお嬢達か、成る程な。判った。一先ず現状新都で俺達が確認してるのはアーチャーとバーサーカー、それにライダー。後はアンタ達だけだ。他の連中は動き無しだ。ランサーは教会、キャスターは柳桐寺から一歩も出てない。だが今日はどうも間桐の妖怪爺が出張ってやがる。何の心算かアーチャーを連れてボケッとオフィス街の一角を眺めていたんだが、丁度そこにバーサーカーを連れた嬢ちゃんが現れた。目の良い野郎だ、八百メートルは離れてたってのに速攻でバーサーカーの目を射抜きやがった。……驚いた事にあのデカブツ、無傷だったがな。全く、八百メートルをピンヘッド狙撃する弓使いに攻撃が通らない無敵の怪物……とんだバケモノ揃いだぜ〕

 英霊同士の物理法則を無視した馬鹿らしい程の超能力バトルを目の当たりにして、心の底から理不尽さを吐き出すかのように深い溜め息を吐く豊田三佐。
 その気持ちは判らなくも無い。私も桁外れな魔力を武器に神造兵器を振り回せたあの頃と違い、彼らと同じ人の身でこの時代の戦場を、そして人の身の限界を思い知ったから。
 私だってこのような身に成らなければ、我ら英霊の能力が唯の人間にとって如何に桁外れであるかを本当の意味で実感する事は出来なかったろう。

〔その後はアーチャーが雨霰と浴びせる矢をことごとく跳ね返しながら、デカブツがマスターのちびっ子抱えて一直線に突っ込んで行ったんだが、アーチャーの手前五十メートル辺りで突然立ち止まったかと思ったら、横道から例の黒い『何か』が出てきやがった! ありゃあ、まるでバーサーカーに反応して出てきたような感じだったな〕
「……でしょうね。奴は高い魔力に反応する。目の前にバーサーカーなんて魔力の塊が現れれば当然捕食しようと動くでしょう」

 成る程。恐らく泥は元からその近くに出現していたのだ。蔵硯は奴の“食事”を安全な場所から観察していた。そんな所だろう。そこに“ご馳走”が飛び込んできたのだ。
 まったく、運が無いというか、拙い時に出てきてくれたものだ。自分の城に篭っていれば護りは鉄壁に近いというのに、わざわざ地の利を捨ててまで街中に出てくるなんて。
 また得意の気まぐれですか……イリヤスフィール。

〔今バーサーカーはその黒い水溜りから伸びる触手を避けながら、アーチャーの攻撃を受けてる。どうもアーチャーは奴をあのヘドロに食わせようと企んでるような動きだな〕
「そうですか、判りました。一先ず彼女達に状況を伝えます」

 そう豊田に伝え、念話で凛に呼び掛ける。

(凛! たった今状況が一変しました! オフィス街の方でバーサーカーが……)
(聞いていたわ、全部)
(っ! そ、そうですね……)

 説明も終わらないうちに、一言でその意味を奪われてしまう。私の聴覚は彼女に筒抜けなのだから、当然といえば当然なのだが……参りましたね、本当に。
 今度ばかりは怒られても仕方が無い。信頼を裏切るような真似をしているのだから。

(全く、後で彼らについて詳しく説明してもらうわよアリア!?)
(は、はい……)
(そんなに萎縮しなくて良いわよ、もう。それで、如何したらいいの? 私達の方が近いんでしょ?)

 凛はまるで全てを察しているかのように、そう私に指示を促してくれる。そんな彼女の懐の深さに、素直に感謝する。今は私情よりも優先しなければならない大事がある。その事を彼女も良く理解してくれているのだ。

(はい。場所はオフィス街の大通り、丁度私達がブリーフィングを行った交差点を上がった辺りです。貴女達からは直線距離でおよそ八五〇メートル。アーチャーに襲われているバーサーカーを一時的に護り、泥から逃がして下さい。正直な所、私にも何が起こるか全く判りません。だから最大限に注意を払って向かって下さい!)
(判ったわ。こっちは任せなさい。貴女も一人じゃキツイかもしれないけれど、ライダーは任せるわ、大丈夫ね?)
(はい。勿論です)

 彼女にそう言い切り、念話を終える。と、そうだ。セイバーにも一言断っておかねば。
 外していたマイクの端子を繋ぎ直し、彼女に呼びかける。

「セイバー、聞こえますか。状況がかなり急変しました。計画を変更して、貴女達には別行動を取ってもらいたい。その為、ライダーには私が単機で対処します。状況と変更後の作戦詳細については凛に伝えてあります。詳しくは彼女から聞いて下さい」
〔判りました。ご武運を〕

 セイバーはそう言葉短く、二つ返事で了承してくれた。王であり、多くの兵を率いてきた将でもある彼女だ。状況の変容など戦の常、その情報を把握する事が要である事を知っている。私の声音から、その深刻性、重要性を察してくれたのだろう。

「良し。向こうは彼女達が向かいます」
〔そうか〕
「あと、すみません。貴方達の事がマスターにばれてしまいました。丁度感覚共有していた時に貴方の無線を受けてしまったもので。私の耳を通して彼女にも全て筒抜けに」

 起きてしまった事は仕方が無い。黙っていても後々問題になりかねないので伝えておく。

〔何!? ……あちゃ~。魔術師ってのは便利なもんだなおい。ソイツは間の悪い時に声を掛けちまったもんだ。拙ったなあ〕
「申し訳ありません。此方も秘匿できる余裕が全く無かったもので」

 失敗失敗と頭をぼりぼり掻いていそうな彼の姿が目に浮かぶ。

〔まあ、それは良いさ。後で姐さんに頑張ってもらって、彼女を説得してもらえば良い〕

 然程重要な事ではないような含みを声に持たせて、彼は気だるそうに軽く話す。まあ、魔術協会の本部にはまだ直接知られては居ないのだ。
 確かに、冬木の管理者である凛の裁量で見逃してもらえれば特に何の問題も無い。彼らにとっても、それほど神経質になるほど重要な事ではないのだろう。
 組織間の相互不可侵というのが表向きの原則だが、やはり原則は原則。実際には裏もあるのかもしれない。そうでなければ、組織というものは上手く機能できない。

〔それよりもだ。……ライダーはどうも人食いに精を出しているようだな、クソッ〕

 通信の向こうで舌打ちし毒吐く豊田三佐。彼もまた、本来人を護るべき自衛官だ。やはり任務とはいえ、目の前で襲われてゆく人々を助けに出られない事が悔しいのだろう。

「ええ。今私達が追っているのはそのライダーだ。彼女の凶行を止めるのが私達の目的なのですが……」
〔奴め動き出したぞ。どうやら獲物を定めちまったようだ。そこから百二十メートル先にあるでかいカラオケボックスの脇の路地だ、早く向かってやれ!〕
「判った、ありがとう!!」

 豊田からライダーの最新情報が入り、急ぐ。どうか間に合ってくれ!


**************************************************************


「まったく。ホント隠し事が多いんだから……」
「ふう。まったくですね」
「隠し事って、アリアの事か? まだ何か隠してたのか?」

 つい口から漏れた私の愚痴を耳聡く聞き取られてしまった。

「ん、何でもないわ。些事よ些事。それより大変よ二人共」
「大変って?」
「アリアから聞いた件ですね」

 セイバーが相槌を打つ。彼女も電話でアリアと繋がっている。だけど、私との念話は兎も角、どうも豊田という男との遣り取りは聞いていないらしい。
 多分、アリアが一時的に接続を切ったんだろう。

「そうよ、セイバー。どうも雲行きが怪しくなってきたわ」
「如何様にです?」

 私の言葉に先を求める二人。事が事なだけに落ち着いて一呼吸ついてから、口にする。

「アリアがライダーを発見したわ。それはセイバーも電話で聞いたわね? でも同時に、向こうのオフィス街でバーサーカーとアーチャーが交戦中だそうよ」
「「!!」」

 二人共目を丸くして驚きの相を顔に張り付かせる。

「私には全くサーヴァントの気配は感じられませんでしたが……」
「そりゃそうでしょうよ。此処から一キロ近く離れてるもの。私でさえ魔力の余波も碌に感知出来なかったんだから」

 それに、こう騒々しい繁華街の中では、戦闘の物音さえ気付きにくい。それがこんな入り組んだビル街で、何百メートルも離れた場所なら尚更だ。

「しかも最悪な事に、そのバーサーカーに黒い泥が襲い掛かってるらしいのよ」
「アンリマユがですか!?」

 セイバーが更に険しい表情で驚きに凍る。士郎も同様の顔だ。

「そうよ。だからアリアは私達に別行動を頼んできた。彼を、バーサーカーを逃がして欲しいってね。ライダーは自分一人でも構わないからって」
「成る程、そういうことですか。彼女の言葉の真意は判りました。……ですが、まさか私達があの巨人を助太刀する事になろうとは」

 彼女の感想はもっともだ。私だって、あの馬鹿みたいに強いバーサーカーをわざわざ護りに行くだなんて、何の冗談かと思いたくなる。
 でも、アリアの声に巫山戯たところは微塵も無かった。切羽詰った深刻さが、必要な事なんだと必死に訴えていた。なら、応じない訳にいかないじゃない。

「助けるって言っても、あくまであの泥から逃がすだけよ。要はヤツに餌を与えるなって事。それと、具体的にはアーチャーの妨害よ。どうもアーチャーはバーサーカーを泥に飲み込ませようと動いてるらしいわ」
「なっ!? ……霊長の抑止力ともあろう者が、何故そんな事を……」

 アーチャーの行動に驚き悩むセイバー。仮にも同じ英霊である彼女にとっては信じられない事なのかも知れない。
 でも確かに人類の滅亡を防ぐ事が彼らの存在理由なのだから、確かにアーチャーの行動は矛盾している。
 だけど私達が幾ら考えた所で、彼が矛盾した行動を取る理由なんて判るはずも無い。

「理由なんて知らないわよ。でもやってる事は紛れも無く事実。なら、私達が取るべき行動は一つでしょ?」
「そうだな。行くぞセイバー、アーチャーを止めに行くんだ!」
「心得ております。では一刻も早く向かいましょう、凛!」
「ええ!!」

 彼女達に力強く答え、私達は戦場となったオフィス街を目指し駆け出した。


**************************************************************


「早く逃げなさい!」
「は、はいっ」

 まだうら若きスーツ姿があまり板についた感じしない女性が私の声に我を取り戻し、あたふたと慌てながらライダー達の横をすり抜け逃げ出てくる。
 きっと同僚か上司にでも付き合って呑み会にでも来ていた新米の会社員だろう。

「助かりました、ありがとう!」

 私の横を通り抜ける際にそう礼を残し、通りへと逃げてゆく。その足音が背後の路地を曲がった先の雑踏に溶け込むまでそう時間は掛からなかった。

「ふう、何とか間に合いましたね。ライダー、これ以上の凶行は私が赦しません」
「な、な、何だお前っ!? ライダーッ敵だ、サーヴァントかコイツ!?」

 驚き狼狽える真二を護るように、ライダーが彼の前に出る。

「下がってくださいシンジ。あれはトオサカのサーヴァントです」
「何っ!? 遠坂のだって!? チクショウなんてこった。遠坂とは後で同盟を組もうと思ってたのに……!!」

 突然狂ったかのように頭を抱え、掻き毟りながら激昂する慎二。その態度はまるで幼い子供を見ているようだ。

「生憎ですが、凛がこのような非道を働く貴方と同盟を結ぶ事など有り得ませんよ」

 どんな計画が彼の頭の中にあったのかは知らないが、少なくとも凛が彼を同盟者として迎え入れる可能性だけはまず無いだろう。

「う、うるさいっ! なんだよお前っ何様のつもりさ!?」
「何様も何も、凛のサーヴァントですが」

 余りに間の抜けた詰問に思わず肩を竦めてしまう。彼は今自分が置かれている状況が理解できていないのだろうか。足元に私の投げた短剣が深々と突き刺さっているのに。
 それが、目の前に居る私は紛れも無く貴方の敵だ、という意思表示であることさえ、気付いていないというのか。

「そんな事は判ってるよ! なんだよ、お前は遠坂の僕だろ!? 同盟するかどうかはお前が決める事じゃないんだよ!!」
「はあ。まったく……これでは貴女も苦労しますね、ライダー?」
「…………。まさか貴女に同情されるとは思いませんでしたよ」
「なっ!? 何だとこの偉そうに! お前もだライダー!! 何だその態度は!? お前、僕を馬鹿にしてるだろ!!」

 私の一言が更に彼の激情を逆撫でしたようだ。更にライダーの一言が彼のプライドを追い詰めてゆく。

「……いえ、考えすぎですシンジ」
「い、今間があった! やっぱりお前馬鹿にしてるだろ!! もういいっ、後で覚悟しとけよライダー! それとお前だクソッ、元はと言えばお前が元凶だ、遠坂のサーヴァント! 澄ました顔しやがってムカつくんだよ。やれライダー、そいつを切り刻んじまえ!!」
「了解しました、マスター」
「ようやくですか」

 私の言葉が終わる前にライダーは動き出していた。
 私の眉間目掛け繰り出されるハイキックを後ろにかわして避けるのではなく、逆に前方へ踏み出す。そう、やや斜め前へだ。
 それは間合いから逃れるのではなく、間合いの更に内側へと滑り込む動作。私の格闘術の基本形であり要である体裁き。
 重心を低く落とし、半身に上体を捻り肉薄するほど迫る互いの肉体。繰り出される蹴りは私の頭の斜め後ろで虚しく空を切る。

「っ!」

 私のセオリー外な挙動に小さく息を呑むライダー。だがもう遅い。
 私の肘は既に彼女の鳩尾を捕らえている。
 そのまま後ろに残した左脚を支柱とし、地面に固定した足の裏から伸びる力の動線を作り上げ、全体重を乗せて一気に突き飛ばす!

「ふっ!」
「ぐふっ!!」

 咄嗟に全身の力を抜いて不意な外力に対し一切抵抗せず、私の突きで盛大に後へと吹っ飛ぶライダー。見た目は派手に一撃を食らったように見えるが、実際は否。彼女の咄嗟の判断は正しい。彼女は全く抵抗をゼロにして、私に押し飛ばされるようにしたのだ。
そこで不用意に踏ん張ったり硬直して守りに入ろうとすれば、打撃力を全て肉体に吸収してしまう事になる。それはつまり内部へのダメージとなるのだ。

「うわあっ!? 痛っ、こら重いバカッ早くどけよこのウスラトンカチ!!」

 間が悪かったらしい慎二は丁度ライダーの真後ろに居た所為で、運悪く吹っ飛んできた彼女の下敷きになってしまったようだ。

「こほっ。申し訳有りませんマスター。――――ふむ、成る程。貴女、知略家かと思いきや意外に武闘派なのですね。面白い」
「相手を倒す為なら何だって使いますよ。武器でも、己自身でも」

 ゆらりと立ち上がり、此方へとゆっくり距離を詰めてくるライダー。歩き方までもがゆらりと滑らかに地を滑るよう。その様はまるで蛇を思わせる。

「徒手格闘は御得意のようですね。ならば、これなら如何です?」

 徐に構えた彼女の手には何処から取り出したのか、既に二対の鎖が付いた釘を思わせる短剣が握られていた。
 此方もそれに応じてファイティングナイフを取り出し、左手に握る。
 約五メートルを開けての対峙。私も彼女も動かず、場の時間が凍りつく。だが、静寂がずっと続く事は有り得ない。些細な切っ掛けが有れば、それは容易く破られる。
 近くの電灯が切れかける寸前なのか、鈍い羽音のようなノイズと共に明滅する。
 ソレが引き金となった。

「はっ!!」

 気勢と共に放たれる二振りの釘剣。それは真っ直ぐに私の眉間と心臓を狙い襲い掛かる。
 全力で横へ跳び、その二刀の軌道から逃れると同時に小さな筒を投擲する。それはまるで明後日の方向へ放物線を描き、ビルの壁面に跳ね返って彼女の後ろへと転がる。

「? 何の心算で……マスター、下がって!!」

 本能的な物か、それとも今現在の自分達の立ち位置から察したか、ライダーは私が投げた物が危険な物だと気付いたようだが、時既に遅し。

―――ボフッ!

「うわ!? ゲホッゴホゴホッなんだこれ……!? う、なん……だ……」
「マスター!? この煙は……マスター大丈夫ですか!?」

 そう、私が投げた物。それは非殺傷性手榴弾の一種。ただし今使ったのは暴徒鎮圧用の音響閃光弾や催涙ガス弾ではなく、特殊作戦用の催眠ガスを発する物だ。

「ご心配無く。少し眠ってもらうだけです。妙な動きをされても困りますし、後で色々と吐いて貰おうかと思っていますのでね」
「マスターを封じた、と言う訳ですか」

 手で口元を覆いながら、ライダーは憎憎しげな声で呻く。私の行動が余程予想外だったのだろう。まあ、そう言いたくなるのも判らなくは無い。
 “昔の私”ならきっと、貴女と同じ反応をしたでしょうからね。

「まあ、そういう事です。その少年は放っておくと碌な事をしないでしょうからね。この手の類は問答無用で黙らせるのが一番だ。でしょう、ライダー?」

 慎二をこの場で殺さないのは後で幾つか吐かせたい事も有るからだ。だが、そもそも排除するというだけなら今のように眠らせるか、気絶させてしまえば事は済む。
 私は無用な殺生など好まない。否、確かに前世も生前も、数えるのも嫌に成る程この手を幾度も血に染めてきた。だが、例えどんなに必要性が有ろうと、私は決して殺人を好んだ事など無い。それは相手が目の前のこの矮小な人格の哀れな少年でも同じ事。

「……成る程。貴女ならマスター殺しくらいやってのけるかと思いましたが、存外にお人好しのようですね。……別に殺してしまわれても良かったんですが」
「……本音が漏れていますよ」
「おっといけない。つい日頃の鬱憤が溜まっていたもので」

 私の指摘にも特に意に介さない。元より隠す気など無いのだろう。彼女も人を食ったような不敵な態度で相手を翻弄し、自分に有利なよう流れを操るタイプ。
 いいでしょう。此処からは狐と狸の化かし合い。悪知恵比べだ。

「不本意なのは判りますが。まったく、不謹慎ですね、ライダー」
「ええ、全くです」

 くすりと酷薄に笑いながらそう軽口を叩くライダー。

「いいでしょう。貴女がマスターを狙わないというのなら、此方も戦いに専念出来る。今の奇術といい、私も貴女の力量に興味が沸きました。さあ、始めましょうか!」

 口上とともに地を蹴り弾けるライダー。
 今までは前座、此処からが本番。その闘いの火蓋が今切って落とされた。


**************************************************************


「シロウ、凛、もうすぐです。気を引き締めて下さい」
「ええ。判ってるわ」
「ああ。頼むぞ、セイバー」

 先行していたセイバーが立ち止まり、此方を振り返って注意を促す。
 周囲の景色は殆どが無味乾燥な事務所系のテナントビルに変わっている。此処はもうオフィス街の一角。バーサーカー達はこの先、大通りで戦っている。
 まだ現場は数ブロック先の筈だけど、もう魔力の余波が肌に痛いほどピリピリと感じる。
 間違いない。とてつもない魔力のぶつかり合いが起きているんだ。
 魔力感知はこの中では私が一番鋭い筈だけど、ここまで濃密なら士郎でもすぐ判る筈。

「凄いな、このプレッシャー」
「そうね。此処まで離れてても判るほどだなんて」
「……急ぎましょう!」

 セイバーの声に頷き、私達は再び走り出す。
 走り出してからふと気付いたが、時間が惜しいのでそのまま走りながら彼女に作戦を伝えることにした。

「聞いてセイバー、相手は一人じゃないわ。バーサーカーを襲ってるのはアーチャーだけじゃない。彼を飲み込もうとしている泥は貴女も見境無しに襲う筈よ」
「判っています」

 彼女も走りながら相槌を返す。

「だから、影の動向は私達がずっと監視しておく。勿論援護も兼ねてね。私の魔術が泥にどのくらい効くかは判んないけど。とにかくやれるだけの迎撃はしてみる。だから貴女はアーチャーに専念して」
「判りました。凛、私の背中を預けます。貴女がたも無理はしないで下さい」

 そうこうしているうちに、目の前には戦場が迫っていた。
 ビルの谷間から覗く大通りを――ヒュン!――と白銀に光る何かが幾筋か奔る。直後には轟音とバーサーカーの咆哮。間違いない、目の前が目的地だ。
 今の砲撃――いや、弓撃?――の方向や魔力反応の位置関係からしてドンピシャリ。
 このまま大通りに出れば間違いなくバーサーカーとアーチャーの間に割って入れる筈。
 恐らくアーチャーは泥と挟み撃ちにしているだろうから、泥はバーサーカーの後ろだろう。位置的にセイバーが襲われる危険はかなり小さい筈だ。よし!

「セイバー、行って! アーチャーの狙撃を防ぐの!!」
「判りました!!」

 強い突風が私の顔を襲い髪を弄ぶ。前を走る彼女が一瞬で銀の弾丸と化した余波だ。
 その弾丸は真っ直ぐ大通りへと飛び出し、再び襲い来る光の筋を一薙ぎで払い落とした。

「えっ!? セイバー……なんで!?」

 遠くから驚いたイリヤスフィールの声が耳に届く。どうやら近場には居ないようだ。
 ワンテンポ遅れて私達が大通りに出る。

「逃げなさいアインツベルン!!」
「!?」

 私の言葉が伝わらなかったのか、イリヤスフィールは動揺した声を上げる。

「下がって! そこは危険です、私の後ろに!!」
「判った!」

 慌ててセイバーの後ろに回る。そしてそのままバーサーカーの方を確認する。
 そこには小さな主を庇い、必死に黒い泥と戦っている巨躯があった。
 周囲には無数の破壊跡。アーチャーの矢を弾いたり叩き落した事で出来た跡だろうか。
 穿たれた爪跡の出来方は滅茶苦茶だ。ひょっとしたら殆どはバーサーカーの斧剣による物かもしれない。
 事実バーサーカーはずっと黒い泥に対して地面ごと斬り付け、抉られた道路の残骸ごと黒い闇を吹き飛ばしている。その度に道路には無残な爪跡が増えていく。 
 もはや彼の足元には綺麗なアスファルトなど殆ど残っていない。

「!! あれが、アンリマユ……」
「アリアがサーヴァントの天敵だって言った意味、何となく判ったな」

 マスターとして齎された能力がそれを可能にしたのか、それとも人間の本能がその存在を忌避したのか。アレを見た瞬間、本能的にその本質を理解した。多分士郎も同じだろう。

「百聞は一見に如かずね。良く言ったものだわ。アリアの説明だけでは現実感がなかったけど、アレ見たら全部納得。確かに、厄介だわ」

 背後で幾度も聞こえる甲高い金属音。セイバーが矢を打ち払い続けている音だ。
 振り返ってその矢の主を探す。ざっと視線を巡らせて、百メートルほど向こうの歩道橋から次々に銀光を繰り出してくる紅い男を見つけた。

「あれが、アーチャー……」
「ああ、間違いない。アイツだ」

 位置的に見ると私たちは丁度交差点に居て、後方一ブロック先にある小さな交差点を塞ぐように泥、その手前にバーサーカー。私達からバーサーカーまでは約四十メートル。

「なあ、ちょっと妙じゃないか?」
「何が?」
「いや、確か俺達、バーサーカーを逃がすために来たんだよな」
「そうだけど。何が言いたいのよ」

 士郎の質問の意図が掴めず、聞き返す。

「さっきからアーチャーが射ってくる矢って、なんかあんまりバーサーカーに通用しそうに思えないんだが」
「あ」

 そういえばあのオッサン――アリアが話していた誰かの事だ――がバーサーカーにアーチャーの矢は効いてなかったと言っていた筈だ。

「確かに……無線の相手もそんな事言ってたわ」
「無線?」

 しまった、つい口が滑った。今士郎達にあの妙な連中の事を話している暇は無いし、その必要も無い。適当に誤魔化しておこう。

「ああ、いや、こっちの話。詳しい事は後で」
「あ、ああ。判った」

 私の言葉に一瞬だけ怪訝な顔をするが、直ぐに気を取り直してくれた。そのまま士郎はアーチャーを警戒しながら、私の返答を待っている。

「でも、だとしたら妙よ。アイツの攻撃が無駄なら、バーサーカーはあの場から逃げられる筈じゃない」
「そうなんだよな……だから、妙だなって」

 そう話していた直後だ。突然セイバーが焦るように気配を一変させた。

「――――! 二人とも伏せて!!」
「!? ――遠坂っ!!」

 セイバーの叫ぶ声が聞こえたと同時に、内容を理解するより早く私も彼女が感じた危機を、背筋がゾクッとするほど異常な魔力の高まりを察知した。
 だがそれよりも先にその危険に気付いていたのか、私は士郎に引っ張られて強引に組み伏せられた。

“ブロークン・ファンタズム(壊れた幻想)”

 一際高い魔力の収束と、その後セイバーの剣が矢を弾く音と同時に聞こえた呪文。
 その直後、彼女の眼前で魔力の大爆発が起きた。

「きゃあああっ!? ――――何よこれっ!?」
「うわっ!? ――――熱っ!!」

 余りの大音響と熱、爆風に晒されて思わず叫ぶ。

(凛、凛!? 大丈夫ですか!!)

 五感を共有しているアリアが心配して念話を寄越してきたが、私もまた彼女の状況は五感を通して知っている。アリアの身体能力では怪力と機敏性を誇るライダーを相手にするのは実際問題、決して得策ではない。
 此方に注意を逸らして対処出来るほど楽な相手じゃない筈だ。

(だ、大丈夫。吃驚させられたけどダメージはないわ。貴女はライダーに専念しなさい!)
(すみません、凛)

「一体、何が起こったんだ……遠坂、セイバー、無事か!?
「え、ええ。私は平気よ、お陰様で。それよりセイバーは大丈夫!?」

 それにしても今のは不意を突かれた。一瞬セイバーが爆発したかと思った程だ。

「…………はい。何とか……多少ダメージは負ったようですが。防いだ心算だったのですが、咄嗟に鎧に魔力を集中させるのが精一杯でした。私に高い対魔力があったお陰です。無ければ今頃どうなっていたか……」

 確かにセイバーの姿を確認すると所々青い綺麗な戦装束は裂け、彼女の鮮血で赤黒く変色し、鎧にも傷や焼け焦げた跡がある。傷口は浅かったのか直ぐに閉じてゆくが、白い肌に残った血糊の跡が小さくないダメージを物語っていた。

「貴女が防波堤になってくれたお陰でこっちも助かったのね」

 地面に出来上がったV字の無傷な路面と周囲の焼け爛れたアスファルト――燃える物が少ない所為か炎上はしなかったが、まだ一部には小さく燻る火が残っている――を見詰めて、ふと彼女の足元にカランと硬い音を響かせ転がった妙な物を見つける。
 これは……剣?

「何、これ……なんで剣なんて」
「それが先程爆発した物です。彼が射ってきた“矢”の正体です、凛」

 セイバーが此方に少しだけ振り向いて、だが体は以前見えない剣先をアーチャーの方へ向け、構えた姿勢のままそう説明してくれる。

「はあ!? 剣を矢の代わりにしたっていうの!?」
「どうやらそうらしい。見ろよ遠坂……ぐっ!? コレ……消えていくぞ。投影した物だ」

 士郎に促されて足元に視線を戻すと剣は存在感が薄れ、飴の様に溶けて跡形も無くマナの霧に変わっていった。

「なんって、デタラメ……」
「一瞬しか見えなかったけど剣の形状といい、多分……デュランダルだと思う」
「それって、宝具じゃない! ……ちょっと、大丈夫?」

 辛そうに顔を顰めながら説明してくる士郎。まさかさっきの爆発で怪我したのかしら。

「ああ。大丈夫だ、なんでもない」
「そう……? なら、いいけど。……そろそろ退いて貰える?」
「あ、……ああ! ゴメン、遠坂」

 士郎が慌てて私の上から飛び退く。良かった。そのぐらい動けるのなら、別に怪我した訳じゃないようね。

「デュランダル……」

 中世の騎士ローランが持っていたとされる剣。その柄には四つの聖遺物が埋め込まれていたとされ、三つの奇蹟を持つと伝えられる剣だ。

「アリアから、彼は宝具を投影出来ると確かに聞いていましたが、まさかこんな使い方をしてくるとは、思いもよりませんでした」

 アリアにこの滅茶苦茶な技がある事を何故教えてくれなかったのかと、文句の一つも言いたくなる。だが五感に送られてくるアリアの現況はライダーとの交戦真っ最中。
 此方の様子に気を回している余裕なんて無いだろう。距離を離そうとするアリアにライダーは自慢の俊足であっという間に追い付き、格闘戦に持ち込んでくる。
 どうやら人気の多い繁華街から離れるようにライダーを誘導してきたらしい。
 そういえばさっきは気を回す余裕なんてなかったけど、アリアはライダーと正面切って遣りあったようだ。負傷したらしく、右腕に痛みがある。
 痛覚はフィルタリングしているのに、それでも鈍く判る程……右腕って、それって利き腕じゃないの! それほどライダーとの戦いは厳しいのか。
 此方に気を回す余裕なんて無さそうだ。仕方が無かったのかもしれない。そう胸中で一人納得していると、当のアリアが謝ってきた。

(御免なさい凛、説明を忘れていました。まさか彼が貴女に向けてアレを放つとは思っていなかったので。今の技は……)
(いいわよ、アイツの技については大体判ったから。それよりもアルトリア、貴女は自分の戦いに集中しなさい! 気を抜いて懸かれる相手じゃないでしょう)

 私の反論に少し面喰らったような気配を見せるアリア。

(……判りました。凛、彼の奥の手はまだ有ります。気を付けて!)
(オッケー。気を引き締めてかかるわ)

 そう答えて念話を終える。アリアは随分と悔やんでいたようだけど、そんなの、全然気にしなくて良いんだから。
 普段から手際の良さが目立つアリアだけど、彼女だって決して万能じゃない。それを責めるのは少々酷というものだろう。気持ちを切り替えて目の前の敵を見据える。

「今アリアが謝ってきたわ。今のは彼女にも意外だったみたいで結構悔やんでた。伝えておけばよかったって」
「そうですか。まあ彼がアーチャーである以上、このような宝具を射出してくる攻撃は予想して然るべきでした。目算が甘かったのは私達も同じです」
「そうだな」

 だそうよ。因みに私も同じ意見。アルトリア、聞こえてるわよね?
 アリアの気を散らせないよう念話に乗せはしないが、そう胸中で語りかける。

「追い討ちが来ると思いましたが、来ませんね」

 あちらにとっても今のは結構な大技だったのだろう。直後にすぐさま矢の追撃が有るかと思ったが、硬直でもしているのか様子見の心算か、追撃は来ない。

「そうね。結構な魔力を込めていたみたいだもの。そうポンポンとは撃てないんでしょ」
「どうやらバーサーカーが動かない理由はコレみたいだな。流石に今のを直撃食らったら、バーサーカーといえど無事じゃすまないのかも」

 確かに、デュランダル程の神秘の塊なら、あの巨人の宝具も撃ち抜けるかもしれない。

「それに無傷と言えど、その衝撃力までは無効化できないようですし。ほら、アリアの銃弾を受けていた時を思い出してください。バーサーカーの足場を崩したり、頭や四肢に当てて仰け反らせたり。アーチャーの矢の威力なら傷は負わずとも、弾き飛ばす位は容易い。恐らく彼の狙いもそこでしょう……また来ます!」

 セイバーが身構え、再び見えない剣を奮う。音よりも早く飛来する常識外れの銀光。
 それを彼女は神速の如き剣戟で次々叩き落し、弾き飛ばしてゆく。
 どうやらこれは只の矢のようだ。だが如何見てもその破壊力はアリアの銃弾の比じゃない。一撃一撃が重い。
 魔力放出によるブーストが尋常ならざる膂力を生むセイバーだからこそ、その威力に立ち向かえているのであって、人間では到底真似出来やしないだろう。
 アーチャーの矢の威力はまるで砲撃。その一撃の重さは例えるなら暴走したトラックが突っ込んでくるような物。並みの人間じゃ魔術で幾ら筋力や体を強化しようが適わない。
 今更ながらに、目の前の小さな少女がどれ程尋常ならざる存在かを再認識させられる。

「今のうちにバーサーカーを誘導して下さい!」

 剣と矢が衝突する耳障りな金属音が鳴り響く中、それに負けぬ声量でセイバーが請う。

「判ったわ!」
「よし、じゃあ一先ずイリヤを保護しよう。あれじゃバーサーカーは逃げられない」

 士郎の声に促されてイリヤスフィールの様子を見る。

「何やってるのよバーサーカー! そんなのいいから早く逃げるの、逃げなさい!!」

 イリヤスフィールはどうやら冷静さを失っているらしい。命令に応じないバーサーカーを詰る声にも震えが混じっている。それほどまでに目の前の泥を恐怖しているのか、それともただサーヴァントを失う事を恐れているのか。
 それは当人にしか判らない事だけれど、あの恐れ方を見ると後者のように思える。何れにしろ、彼女が恐怖に理性を呑まれている事だけは確かだ。
 彼女とて目の前の黒いモノがどれほど忌むべき物かは判っているだろう。アレにはサーヴァントは敵わないという事も。だからこそ彼女はバーサーカーに退けと命じている。
 だがバーサーカーは主である彼女がそこに居る限り、決してその場を離れないだろう。
 それに、既にバーサーカーは泥の捕食対象として射程に捕らえられている。本能の赴くままに光に誘われる蟲の如く、泥は英霊へと群がる。
 地面を這う黒い滲みが足元を狙い、泥の中から伸びる黒い蔦が、触手のように畝りをあげて上半身に襲い掛かった。

「■■■■■■■■■■■■■■■■■――――――――!!!!」

 主の命に従わず、鋼鉄の巨人は咆哮と共に鉛色の暴風を吹き荒らす。腕に絡もうと伸びる蔦を薙ぎ払い、地を滑る泥を地面ごと斬り撥ねる。
 泥の襲撃に斧剣一本で立ち向かわねばならないバーサーカーには、もう防ぐ以外の手は残されていない。取り付かれれば即呑まれる。
 理性を失っているというのに、それでも尚、本能でそれを理解しているのか。バーサーカーはその身に近づく全ての触手、大地の滲み全てを斧剣一本で薙ぎ払う。
 その豪腕が生み出す暴風で泥を斬り刻む。でも彼に出来るのはそれが限界。
 狂化により理性と共に剣技や諸々の術を失った今の彼には、ヒュドラを仕留めた神技を繰り出すことも叶わない。
 泥の攻勢は思いのほか強く、バーサーカーの暴風を持ってしても防戦一方。背後に護るイリヤスフィールを抱かかえて逃走するような余裕なんてない。
 そんな隙を見せればすぐに触手が彼の体を貫くだろう。だから彼は逃げない。例え主の命令であっても。それを彼女は理解しているのかいないのか。

「拙いわね。――イリヤスフィール! イリヤスフィール・フォン・アインツベルン!!
今すぐその場を離れなさい、早く!!」
「な、何で……」

 私の言葉に尚も動揺し、戸惑いの表情を浮かべるアインツベルンの少女。

「何でトオサカが私を助けるの!? 目的は何!?」
「良いから話は後! とにかく逃げなさい!! 私達の目的はそれだけよ!!」
「だから何でっ……」

 魔術師として、アインツベルンとしての敵対心、猜疑心がそうさせるのか、私の助けを素直には受けようとしない。等価交換が魔術師の原則である以上当然ではあるが……。

「ああもうっ! バーサーカーをソイツに喰わせる訳にはいかないからよ!!」

 私の怒声に気圧されたか、一瞬ビクッと身を竦ませるイリヤスフィール。

「そ、そんな事にはさせない。バーサーカーはちゃんと逃げられる……助けなんて借りなくても、やられたりしないわ!」

 引っ込みが付かないのかプライドが邪魔しているのか、ムキになって拒否し続ける。

「ちっ。まったく埒が明かないわね。行くわよ士郎、イリヤスフィールを連れ出すわ!」
「ああ、まかせろ!」

 掛け声と共に二人、一斉に駆け出す。

「セイバーも来て。徐々に後退しながらで良いから!」
「判りました!」

 私は取っておきの宝石を三つ指に挟み、目の前の修羅場へと走り出した。


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