自室の窓から、幾分高くなった陽光が差し込み、暗い室内に白い縞を描いていた。「ん、もう朝か……」 私は目覚まし時計がけたたましく鳴り響いていない事を少しも疑問に思わず、手探りで『ソレ』を探し出し、顔の前まで持ってくる。 針の位置を眼にして、一瞬で固まった。 ……時刻は既に、午前七時三十分を指している。「うっそ……何、もうこんな時間……!?」 家から学校までは約三十分、このままでは遅刻は確実である。「と、とにかく支度しないと!! それにしても、体がだるい……」 そういえば昨夜は彼女を召喚して、満タンだった魔力を半分以上使い果たしていた。 体がだるいのも当然と言えば当然だろうな。 重い体を引きずって洗面所……は後でいい。何よりも先に牛乳が欲しい。 私は昔から朝に弱い。一体何の呪いかと恨めしく思うが、多分に朝の私は低血圧で低血糖な体質なのだろう。 何はともあれ、何故か牛乳を飲めば、多少すっきりと頭も冴えるのよ。 目覚めの牛乳目指してキッチンに向かう為居間に入る。と其処には既に彼女がいた。「あ、おはようございます凛。大丈夫ですか、顔色が優れませんよ」 朗らかな笑顔で挨拶するなり、私の顔色を見て心配そうな顔を向けてくる。 まだ視界に靄が掛かったまま、私は寝ぼけた声で曖昧に肯いて『朝の気付け薬』を取りにキッチンへ向かおうとする所を――。「はい、凛。牛乳ですよ」 用意の良いことに、彼女がそっと手渡してくれた。ありがたい。 ……むう、朝は本当に頭が廻っていない。焦点のぼやけた目で、室内をぐるりと見回してゆくにつれ、疑問が脳裏に幾つも浮かび上がってくる。 一つ、何故、彼女は私の欲求を見抜いているのか。 二つ、居間は昨夜のうちに半壊した筈ではなかったかとか。 三つ、何故、食卓の上に、暖かくて美味しそうな料理がしっかりと用意されているのだろうかとか……。 私はそれら一切に思考を回すより先に、理性で物を考えられない今の私の脳は、本能の求めるままに従い、手にしたグラスの中身を一気に流し込む方を選んだ。「ゴク、ゴク、ゴク……っはぁ、ありがと。生き返ったわ」「はい。それではまず、洗面と着替えを先に済ませましょう凛。流石にそのままの格好では淑やかさに欠けますよ?」 まるで可愛い我が子を諭す母親のように、困ったような笑顔で私を洗面所に誘う。 むう、何故彼女は初対面の筈の私にこんなに自然に振舞えるのだ?第三話「たった二人の小隊は戦場を偵察する」 朝の七時、私は食卓に就いていた。 実は、家の時計は軒並み1時間早まっていたのを完全に忘れていたのである。 私とした事が情けない。昨晩、それで見事に失敗していると言うのに……。 ちなみに目覚ましは、単純にかけ忘れていた。これまた全く以て情けなさすぎて……穴があったら入りたい、なんていうのはこんな心境かしら。「それにしても凄いわ。たった一晩でよく此処まで片付けられたわね」 居間のテーブルを食卓代わりにして二人で食事を取りながら、私は居間を修繕した功労者に驚きとお礼を兼ねた言葉をかける。「いえ、まあ。然程キチンとした修理をしたわけではありませんから。有り合わせの道具と資材で、とりあえずの応急処置をした程度です」 確かに天井を見れば屋根裏から打ち付けられた突板(つきいた)が見て取れる。だけど室内の方はほぼ元通りだった。「貴女、料理だけじゃなくて大工仕事まで出来たの?」 この朝食だって、彼女が作ってくれた物。まあ朝食なので軽くトーストとハムエッグ。それに各種緑黄色野菜のサラダといった軽い物だけれど。 本来、朝は食べない主義の私だが、用意されたものを断るなんて無粋な真似はしない。 それに、結構美味しそうに見えたので、つい空腹の誘惑に負けてしまったのは内緒だ。 実際美味しい。腕前は確かなようね。「凛。私は元軍人です。被災地の災害救助や、野戦地の駐屯地経営など。陸軍経験者なら簡単な工事や土木作業ぐらいは出来て当然です。本当は、時間と道具さえあれば、天井のクロス補修ぐらいはしておきたかったんですが。料理の方は、私は普段から自炊していましたから」 なんと、炊事洗濯掃除に大工まで出来るというのか彼女は……完璧超人ですかアナタ。 ……で、ソレはいいけど、何で貴女まで一緒になって食べてるんですか?「サーヴァントって、食事必要なんだっけ?」 その疑問を突っ込んでみると、少し慌てたように姿勢を正して頭を垂らし、謝ってくる。「すみません。つい二人分作ってしまいましたので。基本的にサーヴァントは霊体ですので、食事の必要は有りません。ですが、魔力に変換はされますからご心配無く」 何がご心配無く、よ。まあ、それは別に良いのだが、何より食べている最中の、彼女の幸せそうな顔ときたら……。 そんな顔を見せられてしまったら、あまり強く非難する事も出来ないじゃない。まあ、別に怒ってる訳でも、非難したい訳でも無いし良いんだけど。 それにしても、豊かな表情といい、まったく長閑な英霊よねえ……。 私にとって久しぶりの朝食は、そのまま穏やかに過ぎていった。「さて、それじゃ学校に行かなきゃね」「あ、凛。まだ今日はゆっくりと体を休めておいた方が……」 食事を終え、部屋に着替えに戻ろうと立ち上がったところで急に立ちくらみが襲う。「平気よ―― あれっ……?」 ふらっとバランスを崩し、危うく倒れそうになった所を彼女に抱き支えられる。「だから言ったでしょう! 私を召喚してからまだ半日。魔力も全然回復しきってないんですよ。あまり無理をせず、今日は休まれた方が良い」 慌てて私を受け止めてくれた彼女に、心配そうな声で無茶をするなと窘められる。どうやら本当に回復していないようだ。朝から立て続けに情けない話だけど。「あ、うん。そうするわ、ゴメン心配かけて」 しかし、それならそれで、折角開いた時間だ。どうせなら有効に使いたい。此処は一つ、街の偵察でもしておくべきだろう。「よし。それじゃアリア、支度なさい。折角休むんだもの、貴女が呼び出されたこの時代、この街のことを案内してあげる。その格好なら誰も不信には思わないでしょうし」「あ、はい。ですが凛。午前中はちゃんと休息を取って下さいね」 今すぐ行こうと力む私に彼女は、休息は絶対必要だとばかりに言及してくる。「あ、うん」 ううむ、なんだってこう彼女は保護者気取りなのか……? 私たちは昼食を終え、午後から街へ繰り出した。昼食は、これまた彼女が、私が止めるより早く作ってしまっていた。「まったく。私は家事をさせるために貴女を呼んだ訳じゃないんだから、余計な事までしなくてもいいのに」(あら、昼食はお気に召しませんでしたか?) 彼女からの声は、今は周りには響かない。基本的に、本質が霊体である彼女はマスターとサーヴァントを繋ぐ霊脈(レイライン)を通して、思念だけで話しかけてきている。「そうじゃないけど、ああもうっ貴女、自分がサーヴァントっていう自覚ある?」 彼女は霊体化すれば私への負担が少なくなると、今は霊体化して私の隣を歩いている。(勿論。サーヴァントである私は、貴女の武器であり盾です。ですが凛。常にマスターのコンディションを万全に保つ事も、戦略的には重要課題ですよ?)「まったく、貴女ってお節介焼きね……」 本当に保護者気取りね。いや、今は文字通り守護霊か。(それよりも凛。今、私は霊体化しているのですから、念話で喋られたほうが……ほら、周りから奇異の目で見られますよ?) う。姿こそ見えないが確実に今、彼女はいつもの、ちょっと困ったような笑みを浮かべて此方を見ているに違いない。間違いない!(わ、判ってるわよ。それで、次は……ほら、こっちよ――) 冬木市は私の家がある深山町と、大きな川を隔てた隣町の新都の二つから成る。 深山町のほうは大方見回り、私はその川向いの新都に来ていた。(此処が新都の公園よ。これで主だったところは大体歩いて回った筈だけど。どうかしら、感想は?)(ここは、酷く人気がありませんね。……これほど怨念が渦巻いていては無理も無い) 霊脈(レイライン)を通した念話でそう答えてくる彼女。生身の私とは違って彼女は霊体だから、余計に思念や怨念などには敏感らしい。(あ、やっぱりそういうの判る? そうよ、此処は10年前に火災があってね。こっち側は一面焼け野原になったそうよ) 直接その現場を見たわけでは無かったが、あの日の事はよく覚えている。(周りは再開発やらでポンポンとビルが乱立して復興したけど、中心地だった此処だけは手付かずのままで、買い手も付かず結局公園にしたらしいわ) 私の言葉に、少し考え込むように間をおいて、彼女が口を開く。(前回の聖杯戦争の終結地、ということですね?)(察しが良いわね、そうよ。此処が前回の終結地。あの火災と何か関係が在るのかも知れないけど、真相は知らないわ) ソルジャーは辺りを見回している――ように見えて視線は虚空を見つめている。 無論姿は見えないが、何かを思い出しているような雰囲気だ。 時刻は既に午後四時を回っていた。人気の無い閑散とした公園が、天から降りてきた朱によって黄金色に染まる。 だが、まるで色褪せたセピア調の古惚けた写真のように、生気の篭らぬ単色の公園には 精彩が宿らない。(行きましょう。此処は、余りいても良い気分にはなれません)(ええ、同感ね。それじゃ付いて来て。もっと調べやすい所があるわ) 私は彼女を連れ、新都のビル街へと向かっていった。 時刻は既に七時を回り、辺りは夜風が緩やかに流れている。今私達が居るのは新都一の高さを誇るビルの屋上。 彼女にピッキングの能力まであったので、魔術に頼る事も無く容易く入る事が出来た。「どう? 此処からなら街が一望できるでしょう?」「そうですね。此処からなら、新都の大体の地形が把握できる。凛、此処を知っていたのなら、最初から此処に来れば良かったのでは?」 私の言葉にそう返事を返し、彼女はその手に持った数枚のA4サイズの紙を見ながら、新都の街を観測している。「それに、現代は便利に出来ていますから」 にわかに此方を振り返るなり、にやりと目を細める彼女。 う……そう、実はそうなのだ。 実は一時間前、彼女は突然に――。(凛、インターネットカフェがありますよ。あそこで調べましょう) なんて言ってきたのだ。 正直な話、私は“文明の利器”というモノに非常に疎い。いきなり“いんたぁねっと”なんて言われても、何を如何したらいいのかなんてさっぱり判りゃしない。 だというのに……彼女ときたら、私が個室席のパソコンの前で、真っ白に固まっているのを見かねて実体化し、私に代わり凄いスピードで操作しだしたのだ。 あっという間にこの街の見取り図、地形図は愚か、何処からか衛星写真まで引き出して来て、あれよあれよという間に印刷してしまった。 ついでに各種交通機関の路線図やら、各町の非常時避難施設や経路まで引き出してきたのには恐れ入った。 完璧に、この街の地の利を頭に叩き込む心算なのだろう。「ホント。まさか、最新の電子機器まで使える英霊なんて初めて見たわ」 私は彼女が手に持つ様々な地図や図面を見やりながらそう呟いた。「あら。インターネット自体、産み出された発端は、軍事目的に開発された通信構造なんですよ? 軍人の私が扱えなくて如何するというのです」 いや、だから……私にそんな薀蓄を披露されても、さっぱり訳がワカリマセンって。 どうにも解せないが、彼女はほぼ間違いなく、現代に起源を持つ英霊のようだ。 それだけは間違いないだろう。 そうか、だから彼女はあの時こう言ったのか。 『この身は生前からあまり神秘性は高くありません』と。 英霊という存在は、知名度が高ければ高いほど霊格が高く、“人々の幻想”に後押しされ、より高い神秘を得られる。 そんな英霊において、古代からの『伝承、伝説』という強い後ろ盾を持たぬ彼女が、他の典型的な古の英雄達より神秘の低い存在であるのは道理か。 そんな事を頭の片隅で考えながら呟く。「まあ良いけどね。貴女が何処までも予想外れなサーヴァントだってのは、もう嫌って程判ってるし……」 そうぼやきつつ、ふと、何が気になった訳でもないが、見渡す限りビルの外壁ばかりという見飽きた視線の先を変えようと、ビルの端から下界を覗く。 下界は遠く、下からじゃ此方の姿はまず見えても米粒ぐらいにしか見えない高さ。 そのはずなのに―― 何故、あの男は此方を見上げているんだ!?************************************************* 私は実体化したまま彼女の隣に立ち、街の構造を手元の資料と照らし合わせていた。 実体化しているのはそうしないと資料を手に持てないからだ。考えてみると少々間抜けな話だが……。 不意に、彼女が殺気立ったのを感じて彼女の視線の先を追い、直後。一瞬その姿に我を忘れそうになった。 視界の先に見えた小さな影。それは間違いなく“彼”だった。 かつて私と共に、あの聖杯戦争を駆け抜けた半人前の魔術使い。 彼が追う理想、それは『借り物の理想』だと彼自身が誰より判っていた。 それでも構わないと追い続ける、自分の事を少しも省みない“正義の味方”。 私は思わず、涙を流しそうになった。いや、既に頬を熱い雫が伝っていた。 懐かしい。勿論、下に居る彼と私の知る彼は、同一ではあるが別人だ。此処は私の知る過去と同じ世界ではない。それは判っている。 でも、それでもやはり懐かしくて、再びその姿を見られた事が嬉しかった。 彼女はまだ下の彼に殺気を向け、此方には気付いていない。 何故彼女が彼に対して殺気を放っているのか理由に心当たりが無いが、お陰で此方は助かった。彼女に今の顔を見られたら何事かと要らぬ疑いを持たれる。 私は彼女に気付かれる前に指で涙を拭い、明後日の方に視線を移した。 その時、唐突にサーヴァントの強い視線と魔力を感じ―― 彼方から真っ直ぐに飛来してきた一本の剣が我々の横を通り過ぎ、後ろにある階段室の壁面に突き刺さった!「何事!! どうしたの!?」 凛が突然の奇襲に慌てて、私に報告を求めてくる。「凛、どうやら敵サーヴァントです。ですが、どうやら敵も様子見のようだ」 そう、これは牽制。何故なら、この一撃は間違いなく此方を外して放たれていたからだ。 この攻撃は知っている。 直接見たことは殆ど無いが、私の内に在る彼が知っている。 この世界でも、10年前から現界し続けているであろうあの忌まわしき英雄王も似たような攻撃能力を持つが、奴の能力ではこのような超遠距離の『狙撃』は出来ないだろう。 よってこの、矢の代わりに放たれた剣は“彼”のものだ。 そしてそれは、私へのメッセージに違いなかった。『お前は誰だ。何故凛の従者になっている?』 そう込められた一射だ。「良かった……。この世界でも貴方は召喚されたのですね」 小さく、凛には聞こえない程の小さな声で、そう呟く。私の心に、私が唯一つだけ持つ幻想に護られた“彼”が、少し複雑な気分だと渋った声を漏らす。 そうですね。私も過去の“私”に出会ったら、その気持ちが判るかもしれませんね……。 尤も、その時はそう遠くない筈だ。「行きましょう凛、もう街の状況は把握しました」「え、でも敵が居るんでしょ!?」 凛が、敵を前にして何を言い出すのかと驚きの表情を向ける。「大丈夫です、彼はもう去った。彼が本気なら、とっくに此処は大量の矢で針地獄に変えられてますよ」「って、事は、この攻撃は……敵はアーチャーってこと?」 凛が耳敏く敵の情報について聞いて来る。「そうです。見渡す限り、半径ニキロメートル以内でこのような能力を持つサーヴァントが、此処を狙撃するのに適した場所には“異常”は有りません」 私は手にした双眼鏡を軽く振って凛に、既に辺りは走査済みだと示した。「恐らくは半径四キロメートルぐらいまでの何処かから撃ってきたのでしょう」「……!? 半径四キロって、とんでもない距離じゃないの!!」 確か彼の弓の最大射程が四千メートル程だったはずだ。「そうですね。普通の武器ではまず不可能な距離です。私が持つ銃の中で最大射程を誇る対物狙撃銃『XM-109』の最大射程でも、せいぜい約二四〇〇メートルが限度ですね。射程四千メートルともなると、ミサイルか戦車砲のレベルになる」 自分が対応可能であるレンジ(射程)を比較に持ってきて、そう説明し、弓兵に遠距離戦を仕掛ける無謀さを諭す。「み、ミサイルって……」「ですが、戦車砲など私には有りません。一つだけ、その射程でも使えるミサイル兵器を持っています。ですがFIM-92は最高速度こそマッハ2.2に達しますが、初速が遅く、狙撃戦では迎撃される危険が高い。その上、相手を赤外線シーカーでロックする必要まであり、あまりに実用性に欠けます。それに……これらの武器は生前それほど多用した武器ではありませんし、何より破壊力に比例して消費する魔力も大きい」 あ、凛が目を点にしたまま固まっている。どうやらミサイルの辺りから既に表情を硬直させたままのようだ。 多分、彼女のハイテク音痴な頭には、既に私の説明も意味不明な記号の羅列になってい るのでしょうね。困ったものです。「何より、この身はアーチャーではなくソルジャーです。兵士が戦場で最も警戒する天敵、それが“狙撃手”。事、戦闘に於いて彼と私の相性はそれこそ『最悪』だ。現実的に考えて、こんな長射程の狙撃兵器なんて有りません。また、『このような使い方』をする宝具というのもあまり聞かない。恐らくは、彼のクラスならではの能力でしょう。自ら畑違いの領分でわざわざ戦うなんて、自殺行為も同然ですよ」 とりあえずこの辺で説明をやめる事にする。これ以上説明することはないだろうし、何より凛が頭から蒸気を吹いて倒れかねない。「わ、判った、判ったからもう……もういいってば! とりあえず帰りましょうアリア。 私、頭痛くなってきた……」 むう。凛の『機械嫌い』は中々直りませんね。まさかとは思いますが……ひょっとして一生このままでしょうか? ため息を一つ吐きながら、凛の提案に首肯する。いや、もとより移動しようと切り出したのは私のほうだ。「ええ、そうですね。少し凛には難しすぎる話をしてしまいました。すみません」 知恵熱でも出たのか、早く開放してとばかりに渋面で呻く凛を見ていると、少し意地悪をしてみたくなり、つい口が滑ってしまった。「むっ、私だってバカじゃないんだからね!?」 おそらくカチンときてしまったのだろう。顔を真っ赤にして怒られる。「ハイハイ、判っていますよ。バカにした訳じゃ有りませんから、安心して下さい」 たしなめてみるが余り効果は無いようだ。寧ろ余計に、火に油を注いでしまったようで、彼女の双眸が更に怒気を強めて、拗ねるように此方を睨んでくる。「がーっそれならそのクスクス笑いを今すぐ止めなさいっ!!」「まあまあ、そう怒らずに」 私も悪気は無かったのですが、いつもの貴女のイメージと、今とのギャップがとても大きいので随分可愛く、微笑ましく見えてしまうのですよ。 とはいえ、少しからかい過ぎてしまったでしょうか。すみません凛。 私は胸中でそう謝るも、こみ上げる暖かい気持ちが心地良くて、クスクスと笑みを堪え切れなかった。それを見て更に顔を真っ赤に燃え上がらせる凛。 彼女がさらに顔を赤くして怒る原因を作った事に謝罪しつつ、今も少し目を潤ませながら怒る彼女と共に、冬木の街並を裾野に広げる摩天楼の屋上を後にした。