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No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
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[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19
Name: G3104@the rookie writer◆21666917 ID:1eb0ed82 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/08/15 20:05
 空は既に日が西に傾き陽光を茜に変えようとしている昼下がり。太陽の角度や淡い小金色を帯び始めた陽光から推し測るに、午後三時を少し回った位か。
 己の左手に巻いた航空時計(クロノグラフ)を一瞥して確認する。推測に誤りは無かったようだ。手首から視線を戻し、少し後ろを歩く士郎の方を一瞥する。

「さて、どうした物でしょうかね」
「…………」

 間桐の屋敷を出てからというもの、士郎はじっと此方を見つめたまま、ただの一言も口を開かない。ずっと何かを考え込むように表情を硬くしたままだ。ひょっとして、最後のアーチャーとの遣り取りが聞こえてしまったのだろうか。だとしたら少々拙いのだが……。

「如何かされましたか、何か気になる事でも?」
「…………」

 私の言葉も聞こえていないのか、少しも気付く様子はない。

「士郎君?」
「ん? あ、ああ、ゴメン。考え事してた。すまない、何か質問されてた?」
「いえ、質問したいのは貴方の方じゃないかと。何を黙々と考え込んでいたのです?」
「ああ、うん。あのアーチャーってサーヴァントの事。何だか、アイツを目にした時、何故だか無性に気が立っちまったんだ。ムカつくというか、イラつくというか……自分でも訳判んないんだけど」

 ああ、成る程。そういうことか。良かった、あの遣り取りを聞かれた訳では無いらしい。
 確かに奇妙なものだろう、自分の未来の一つを目の前に見せられたのだから。
 現時点の自分ではどう足掻いても勝てる道理など無い、成長した未来の自分自身を目にして、心を掻き乱されない人間なんてまず居ない。
 それも、衛宮士郎にとってそれは紛う事なき自身の理想を体現した存在であれば尚更だ。
 尚且つその男自身が己の在り方を忌み憎んでいると在れば、それは士郎にとって赦せる事である筈はない。
 直接問い質した訳でも、殆ど言葉を交わしていなくとも、同質の魂であるが故か、そんな彼の認め難い在り様を、無意識化で感じ取ってしまったのだろう。

「まあ、それは無理も無い事でしょうね。貴方と彼は浅からぬ因縁が有りますから」
「え、如何いう事だソレ? アリアはヤツの事を知ってるのか?」
「ええ。アーチャーのサーヴァント。彼と直接対峙したのは今日が初めてですが」
「はあ、それって答えになって無いと思うんですが、アリアさん?」
「ええ、はぐらかしました。御免なさい」

 ぺろりと舌を出しておどけたフリをする。内容が深刻な事だから、重い空気にならない様、わざと軽く振舞ってしまうのは、如何なる心理作用によるものだったか。
 やれやれ、心理学の講習はもう少し真面目に受けておくべきだったでしょうか。

「いいけど……あんまり聞いて欲しくない事だったりする?」
「いいえ。何れ話さなければならない事ですから。……ただ、内容が内容なので、貴方に何時明かすべきか、そのタイミングが見出せなくて。……そうですね、幸い今、此処には貴方しか居ませんし、今がその時なのかもしれない……」
「それは、君の正体にも関わりがある事なのか……?」
「如何してそうだと?」
「なんとなく……そうでなければ、君が伏せたりするような情報じゃないだろ?」
「ふふ、そうですね……でもそれ以上に、貴方自身に非常に深く関わる事ですから……」
「…………」

 士郎は黙って私の目を見つめてくる。私の迷いを汲み取らんとするかのように。

――話してやっても構わんだろう。この未熟者にとってプラスとなりこそすれ、マイナスにはならん話だ。如何するかは君の好きに決めるが良い――
(……そうですね。判りました)

 私の葛藤を汲み取り、彼が鞘(アヴァロン)の中からそう語りかけてくる。この人はいつも的確に私の迷いを見抜き、助言をくれる。頼りになるお節介焼きだ。

「まあ、隠しても何の得にも成らないでしょう。でも、ソレを知る事で、貴方は絶対に衝撃を受ける事になる。受け入れがたい事かもしれない。それでも、知る事を望みますか」
「…………ああ。どんな事だろうと、俺はそれを知る必要が有る。重要な事なんだと、何故だかそんな気がするんだ」

 士郎の目を見る。恐れや怯えは微塵も無い。ただ真っ直ぐに真実を知ろうとする意志がそこに宿っていた。
 閑静な住宅街の細い路地。私達の他に人気の無い事を確認し、徐に歩を止める。

「判りました。話しましょう、彼の正体を……。彼の真名は『エミヤ』。そう、彼はエミヤシロウ。理想を貫き通した貴方の姿、貴方の行末、その一つの可能性が彼です」

 士郎にとって衝撃的過ぎるその真実を、私はただ淡々と静かに口から紡ぎ出した。




第十九話「兵士は一つの迷いに決別する」




 私が告白したその真実を聞き、顔面蒼白になりながらその場にただ立ち尽くす士郎。

「な……お、俺の!?」

 予想通りに目を見開き、打ち震える相貌。無理も無い。誰だって自分の未来を予言されれば驚き狼狽するものだ。いや、予言ならまだ良い。これは宣告も同然。明確にそうなるのだと乱暴に決め付けられたといっても過言ではない。

「ええ、貴方の未来の姿です。といっても、必ずしも貴方が彼と同じように“守護者”となるとは限りませんが」
「守護者……」
「ええ。私と同じ、霊長の抑止力。人類が破滅へと向かう時、その元凶となる全ての要因を破壊、消滅させる為の純粋な無色の力。それが私達“守護者”です」
「霊長の、抑止力……」
「そうです。英雄は、自身に奇跡を起こす力が無ければ、世界にその奇跡を請い願い力を得る。その代償として輪廻の枠から外され、死後を世界に明け渡す。そういった契約の下に英雄となった者達が守護者となる。私もそう、そして彼も。彼はそうして守護者となった貴方です。英霊となった時点で彼は貴方とは異なる存在となり、現世の時間軸からも切り離される。だから貴方が生きているこの時代だろうと関係なく、アーチャーは呼び出される。貴方とアーチャーがこの時代に同時に存在しようと、時間軸に矛盾を引き起こす時間的逆説(タイム・パラドックス)とはならないのです」

 言葉も無く、ただ俄かには信じ難いだろう説明を呆然としながら士郎は聞き続ける。
 いけない、やはり打ち明けるにはまだ時期尚早だったろうか。いきなりあのアーチャーが己の未来だなんて言われても、士郎にとっては不快でしかないだろう。
 誰であれ、自分の未来を一方的に見せ付けられるなんてそう愉快なものではない。受け入れるには時間が掛かる事だ。

「ただし、間違えないで欲しい。彼は貴方の未来の一つの可能性というだけ。今ここに居る貴方の未来を縛り付けるモノではありません!」
「あ、ああ。判ってる。うん、判ってるよ」

 呆然としながらも、私の強い口調に気を取り戻したか、気圧されながらもはっきりとした言葉が返ってくる。だが、やはりまだショックからは立ち直りきってはいないだろう。

「大丈夫ですか、顔色が優れませんよ? やっぱり、話すべきじゃ無かったでしょうか」
「いや、そんな事無いよ。アイツがそういう存在だって事は、多分、今日初めて会った時から何となく判ってた。なんていうのかな、ただ漠然と感じたというか……でも、それもアリアにちゃんと言われなきゃ、きっと理解出来なかった感覚だと思う。だから打ち明けてくれて、感謝してる」
「士郎君……」

 幾分かショックからは立ち直ってくれたようで安心する。もう伝えてしまった以上、これから先、彼が己の未来をどう望むかは判らない。私とあの日別れた貴方はあのまま、ただひたすらに理想を追い続け、遂には世界と契約まで交わし守護者となってしまった。でもソレは、守護者は貴方にとって呪縛以外の何者でもない。

――ああ、叶えようのない救い無き理想を追い求めて、永劫にその理想に裏切られ続ける、終わりの無い悪夢だ。
 奴もその妄執の果てに行き着いたこの愚かな末路を知れば、わざわざそんな地獄に自ら飛び込もうなどと思わんだろう……。いや、それでも無謀に突き進むやもしれんが。
 奴が私のように成るか否か、それは誰にも判らん――


 そうですね、と胸中で頷きながら、それでも私は想う。願わくば、彼には守護者になどなる必要の無い未来を掴み取って欲しいものだと。

「あ、でも、何で君はアイツの正体にそこまで詳しいんだ?」
「え? ああ、それはですね……」

 突然の問いに思わず口篭ってしまう。如何する、流石にアーチャーの正体を貴方自身だと明かしてしまった手前、私と彼の関係を明かせば私自身の存在に疑問が移ってしまう。

「それは……私が嘗て、この聖杯戦争を経験した人間だったからです」
「はぁ!? け、経験したって、この? 俺達が今戦ってる、この聖杯戦争をか!?」

 返答に窮し、咄嗟にそう答えた。嘘ではないが真実でもない、そんな微妙な均衡を保った綱渡りのような答え。こう答えてしまってはもうそれで貫き通すしかない。以前イリヤに対し語ったのと同じことだ。どの道、これから家に戻って、二人に私の持つ情報を明かす心算だったのだ。そうなれば必然的に、何故そんな知識を持っているのかと問い詰められる。それが早いか遅いかの違いだけだ。

「え、ええ、そうです。詳しくは後で、皆が揃ってから説明する予定だったんですが」
「え……じゃあ、アリアは他のサーヴァントやマスターの事も知っているっていうのか?」
「はい。全てという訳では有りませんが、私が目にした相手なら」
「じ、じゃあアリアはこの聖杯戦争の参加者で、その後英霊となった人間だと言うのか」
「マスターだった訳では有りませんよ。私はただ、巻き込まれただけです」

 それは流石に嘘だ。通常なら知るはずの無い、今この聖杯戦争の顛末を知っていた理由を、もっともらしくでっち上げただけ。
 いくらなんでも、私が嘗てサーヴァントとして、聖杯戦争の渦中で貴方と共に戦っていたセイバーだなどと、如何して彼に云えようか。彼を今以上に混乱させるに決まっている。

「そうか、大変だったんだろうな」
「まあ、色々と。でも今となっては、それも良い思い出です」

 不意に笑みが零れる。笑おうとなんて、全く意識していなかったのに。あの頃の事を思い出してしまったからだろうか。

「そっか」
「ええ、貴方はいつも一人で飛び出して無茶をして、私がどれほど心配したことか」
「え、それって如何いう……俺、そんなに無茶したっけ? 確かにバーサーカー相手に飛び出しかけたけど……」

 おっと、いけない。迂闊な事は言えませんね。此処は誤魔化した者勝ちです。

「私の経験した聖杯戦争での事ですよ。この世界とは異なった可能性を辿った、平行世界と言ったところですかね。私はその聖杯戦争で貴方達に助けられ、一緒に行動していました。以前言ったでしょう? 私は貴方達とは無関係じゃないと」
「あ、そういえば…」

 私との会話を思い出した士郎が、呆けたように宙を見上げながらポンと手を叩く。なんとか辻褄が合うように誤魔化せただろう。

「さあ、早く帰りましょう。そろそろ凛も帰ってくるでしょうし、今日の夕食は私が担当ですからね。買い物も済ませないと。早く帰ってあげないと、セイバーが機嫌を損ねてしまいますよ! 朝も結局、余り納得してくれてはいなかったようですし」
「ああ、そうだった! セイバー怒ってるかな……」

 この話はここまでとばかりに話題を切り替え、家路を急ぐよう背中を押す。
 気が付けば、何時の間にか陽の光は茜色に染まっていた。


**************************************************************


「遅いですね」

 幾分弱くなってきた茜色の日差しを瞼越しに感じる。じきに陽も落ちて、辺りを蒼い暗闇が包み始めるだろう。もう黄昏の刻か。
 縁側で正座し瞑想に耽っていたが、もうそろそろ彼らが帰ってきてもいい筈だろう。

「まったく、幾らアリアが傍に付いているとはいえ、この有事に呑気に学び舎に通うなどと、一体シロウは何を考えているのか……。確かに、行動習慣を急に変えない方が返って不自然に思われないという理屈は判る。だが、いくらアリアが付いていると言っても、彼女の体を二つに分けられる訳ではないのに」

 広いこの屋敷に一人で居るせいか、どうも独り言を漏らしてしまう。それも内容は愚痴ばかりだ。いけない、私は一体如何してしまったのだろうか。

「やはり帰ってきたら、学校を休むよう談判するしかない。それがシロウの為だ。危ないと判っている道を満足な護りも無しに歩かせるなど、もっての外だ!」

 グッと拳に力を込め、決意を新たにする。
 既に茜色の残滓も消え、夜が空を蒼から暗い群青に染め、庭から色を奪い始めた。

「早く帰ってきて欲しいのですが……まだでしょうか」
「ただいまー」

 ちょうどその時だった。屋敷の門に人の気配を感じたと思うや、すぐに聞き慣れた声が聞こえてきた。凛だ。だが妙だ。彼女一人の気配しかしない。
 疑問を感じながら玄関へ向かい出迎える。

「お帰りなさい、凛。実はお話があるのですが……?」
「ただいま、セイバー。ん? 如何したの?」
「いえ、シロウは一緒ではないのですか、アリアも居ないようですし?」
「あ、ああ……アイツなら“お友達”の所に寄ってるわよ」
「ご友人の家、ですか?」

 俄かに不機嫌になる凛。一体如何したというのだろうか。

「全く、あの馬鹿ったら。よりによってノコノコと奴の懐に飛び込むなんて、何考えてんのよ……って、そうよ、よく考えたらおかしいじゃない? 何でアイツがサーヴァントなんて従えられるのよ……!?」
「!? 凛、今何と!?」

 如何いうことだ、シロウはご友人を尋ねたのではないのか? そこで何故サーヴァントという単語が出てくるというのか!?

「サーヴァントって、凛。一体如何いうことですか、シロウは無事なのですか!?」
「え? ああ、無事でしょうよ当然。大体、士郎に危険が及べば、真っ先に貴女が気付く筈でしょう」
「そ、それはそうですが……」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ、アリアが傍に付いてるもの。アリアの目を通して無事は確認してたし」
「そうですか」

  一先ずは胸を撫で下ろす。だが何も疑問は解決していない。

「ねえ、とりあえず上がらせてくれない? ずっと玄関で立ち話もアレだから」
「あ、はい。すみません」

 靴を脱いで上がり框に上がる凛。何となく彼女から普段の覇気が感じられない。

「お疲れのようですね」
「ああ、うん。ちょっと色々あってね」

 答える声にも何処か疲れが感じられる。彼女にも何か有ったのだろうか。気になることではあるが、今はそれよりもシロウの事が気掛かりだ。

「それで、一体何が起きているのですか、凛? サーヴァントが現れたのですか?」
「ん? ええ、そうよ。全くアイツときたら、何でノコノコとついていくのよ」
「サーヴァントに付いて行った!?」
「ああ、いや、違うのよセイバー。アイツが付いて行ったのは友達よ。でもソイツの家にライダーが居たのよ」
「なっ!? それはつまり、そのご友人がマスターだったという事ですか?」
「そういう事……になるかな、やっぱ。でも普通に考えたら有り得ないのよね……そもそもアイツが……」

 何やら歯切れの悪い返答を返す凛。そのままブツブツと思案に耽り出してしまった。
 彼女はずっと考え込んだまま、とうとう彼女の自室まで来てしまった。

「凛、凛?」
「え? あ、ああゴメン、セイバー。着替えるから居間で待っててくれる? 詳しい事はあっちで話すわ」
「判りました。お待ちしております」

 気持ちは今すぐにでも聞き出したいと逸るが、己を律して居間に戻る。
 シロウの安否は一先ず無事のようだし、案ずる必要は無いだろう。今此処で私が焦ったところで、何の得も無いのは明らかだ。

「確か、シロウ達がお茶を淹れる時に使う急須はこれでしたか。む、お湯は……沸かさなければいけませんか。そういえば、お茶の葉は何処に有るのでしょう……むう、困った」

 凛が戻ってくるまで少しかかるだろう。その間が手持ち無沙汰に思えたので、お茶でも淹れてみようと思い立ったのだが、如何せん、何時もシロウが当たり前のようにやっている事だというのに、いざ実際に自分でやってみようとすると難しい。

「確かいつもこの辺から袋を取り出していたような……あった、茶葉だ。……と、そうだお湯を沸かさなくては」

 コンロの横に置かれていた薬缶を取り、水を張って、コンロにかけ火を起こす……。

「む? 火を起こすには、如何すれば良いのでしたか……この機械の使い方は……あ、この摘まみを回せば良いのか? ――――わっ!?」

 試しに捻ってみると簡単に火が付いた。何時も火が付いている部分を傍で見ていた為に、突然火が付いたので面食らってしまった。なんと便利な機械だ。火を起こすのに摘まみを捻るだけで良いとは。これが進んだ文明の利器というものか。
 戸棚から湯呑みを出し、お盆に準備を終えて、後はお湯が沸くのを待つだけだ。

「おまたせ、セイバー」
「あ、はい。少しだけ待っていて頂けますか。今お茶を沸かしている所なので」
「あら、そう……って、え!? お茶をって、セイバーが!?」
「はい……って、何ですかその顔は。私だってお茶ぐらい淹れられます!」
「は、はいっ! そ、そうよね、大丈夫よね」
「……多分。いえ、きっと問題ありません!」

 少しだけ及び腰になるが、すぐに弱気を振り払って自分を鼓舞する。つい先程までは早く凛に話を聞きたくて仕様が無かった筈なのだが、此処までやってしまうと、もう途中で止めるのも中途半端に思われて出来ない。
 丁度その時薬缶が甲高い音を立てて、お湯が沸き立ったと告げてくる。

「あ、やっと沸きましたね。すぐ淹れますから、待っていてください」
「え? あ、ちょっと……」
「大丈夫です」

 茶葉を急須に入れ、お湯を注ぐ。お盆に急須を載せて座卓に戻り、少し待ってから湯呑みにお茶を淹れる。

「む? はて、何だか色が違う。それに薄い?」
「あ~、セイバー……?」

 心なし色が茶色味がかっているし、香りも少ない。気になって一口味を確認してみる。

「うっ……し、渋味が……」
「あ~、やっぱり……」
「や、やっぱりとは?」

 お茶の渋味に舌を痺れさせながら、隣で困ったように苦笑いを浮かべている凛に問う。

「あのね、お茶っていうのは沸騰直後のような熱いお湯で淹れちゃ駄目なの。それ、煎茶でしょ? 大体七、八十度ぐらいが目安。少し冷ましてからでないと、渋味の成分ばっかりが出ちゃうのよ。色も綺麗な黄緑色にならないしね」
「そ、そうだったのですか。むう、失敗してしまいました」

 何となくシロウ達がしている様を見ていただけの、浅い知識で淹れようとしたのが間違いでした。お茶一つでも奥が深いのですね。

「まあ、しょうがないわよ。初めてでしょ、お茶を淹れた経験なんて?」
「はい」
「じゃあ、失敗を踏まえて淹れなおしましょ。いらっしゃいセイバー、美味しい淹れ方を教えてあげる」
「ご教授賜ります、凛」

 失敗は悔しいが、同じ失敗は二度とするものですか。急須を持って台所に向かう凛に付いていく。お茶の淹れ方を習う為に。

「こうして冷まして適温にしてから注ぎ、一分ほど待つ。こうして茶葉を開かせるのよ。こうする事で苦味や渋味を抑えて旨味を引き出せるの。さっきのはちょっと早すぎたのね」
「成る程、勉強になります」

 湯呑みに片方ずつではなく、交互に注ぐようにして二人分のお茶を淹れる。その湯呑みを受け取り、中の液体を眺める。いつもの仄かに黄色味がかった綺麗な薄緑色だ。
 煎茶の澄んだ緑色の水面に映りこんだ私が見つめ返してくる。

「はい、どうぞ」
「では……おお。美味しい。いつもの味です」
「でしょ」
「はい。流石ですね、凛。やはり祖国の文化は疎かにはしないのですね」
「ん~、そんな大層な事じゃないと思うけどね」

 軽く微笑みながらそう言う凛。彼女はどちらかと言えば、西洋風の生活習慣だと思っていたので、少々驚きを感じた。
 湯呑みを手に座卓の前に座り直し、本題に入る。

「それでは、改めてお聞きします。今日、一体学校で何があったのですか?」
「さて、何処から話したものかしらね……」
「ただいまー」
「只今戻りました」

 丁度その時だった。二人が帰ってきたのは。


**************************************************************


「あれ? セイバー居ないのかな?」
「いいえ、二人とも居ますよ。居間の方から気配がしますから」

 ただいまと声をかけたが、返事が返ってこない。ひょっとして外にでも出たのだろうかと思ったが、アリアが居るんというんだから、居るんだろう。二人と言ったから、遠坂ももう返ってきている筈だ。何より、二人とも靴は此処にあるのだから。

「如何したんだろ?」
「あ、あぁ~。何となく予想が……」
「なんだよ、そんな気まずそうな笑みを浮かべて」
「行けば判りますよ士郎君。先に言っておきますが、私はフォローしません。大人しく叱られましょう」
「え……?」

 大人しく叱られろ? その意味する所を暫し考えて、あっと声を漏らす。まさか……そういう事か。目でアリアに問いかけてみる。すると察しの通りだとすまし顔で返してくる。
 まいったな、こりゃセイバーや遠坂にこっ酷く怒られそうだ。

「まあ、自業自得ですので。油絞られるぐらいは覚悟して下さい」
「ぐ、判ってるよ」

 覚悟を決めて襖を開ける。そのまま居間に入ってみると、予想したのとはちょっと違う空気が出迎えた。

「遅かったわね」
「お帰りなさい、シロウ」
「あ、ああ。ただいま。悪いな、晩飯の買い物もしてたからさ」
「遅くなりました。すぐに夕餉の仕度をしますから」

 予想通りお冠と思しき遠坂に、若干張り詰めた険しさが見えるものの、怒っているとまではいえない、どちらかと言うと困惑したような表情のセイバー。
 その二人の様子にも動じず、我関せずな姿勢を貫き、買い物袋を片手に台所に消えようとするアリア。
 三者三様の言動をする中、俺だけが場の妙な雰囲気に全身を縛られる。

「一先ず、何で勝手に行動したのか、説明してもらえる、衛宮くん? 先に言っておくけど、貴方の間桐邸での遣り取りはアリアの目を通して知ってるから」
「あ、ああ。ゴメン。あれは確かに考えが甘かったと思う。サーヴァントも連れずにマスターからの誘いを受けるなんて、馬鹿げてたのは良く判ってる」

 俺の言葉を聴いてそれまで困惑顔だったセイバーが途端に瞳に怒気を込め怒鳴る。

「なっ!? し、シロウ! 貴方はそんな危ない事をしたんですか!?」
「ん、ああ。悪かった。確かに後から考えれば、危険極まりない事をしたと思う。でも、あの時はそれ以外、どう行動すべきか考え付かなかったんだ。何しろ、慎二が自分はマスターだと自ら明かしてきて、俺に協力してほしいって」
「つまり、士郎君に同盟を求めてきたと言う事です」

 さっきはフォローはしないと突き放すように言っていたアリアだけど、俺の下手な説明を的確に補足してくれた。

「慎二は俺の友達なんだ。ただアイツ、性格がちょっと独特な奴でさ、下手に拒絶したら不機嫌になって、その後暫く荒れたりしちまうんだ。だから事が事なだけに、迂闊に刺激するような事も出来なくて。言うとおりについて行くしかないなと思ってさ」
「そう。まあいいわ。確かにアイツの性格を考えれば、下手に刺激しない方がいい。その判断は悪くないわ。でも、無断で行動しないで欲しかったわね。偶々アリアが、校門を出て行く貴方を見つけてくれたから良かったものの」
「悪い。そうは言っても、俺、念話なんて使えないし」
「バカ、何のために昨日携帯を渡したと思ってるのよ」
「あ、そか」

 言われて思い出した。そういえば昨日、昼飯の前に全員が居間に集まった時、アリアから「私達の連絡用にです」とプリペイド式の携帯電話を渡されていたんだった。
 モノは一昨日買出しに出た時に買っておいたらしい。

「それって確かメール機能もあるのよね、アリア?」
「有りますよ」
「う……悪い。携帯の事全く頭に無かった。でも覚えてても、俺、メールなんて碌に使った事無いからなあ……あの場で俺が電話かけようとすれば怪しまれるだろうし」

 言い訳がましいが、実際俺はメールなんて全然打ったことが無い。打とうとすれば、それこそ電話以上に怪しい挙動になっていたことだろう。

「メールでなくとも、此方に一回コールしてくれるだけでも十分です。それで此方から掛ければ、相手に不自然に思われること無く電話を取れるでしょう? その後は上手く誤魔化しながらでも、私達に行き先を伝える方法は幾らでもあります」
「うう。咄嗟にそこまで頭回らないよ、アリア」
「ま、過ぎた事だし、とやかく言ってもしょうがないわ。でも、今度からはソレ使うようにしてよね? 結構したんだから……」
「凛も、せめて電話を掛けるぐらいは容易に使えるようになってくださいね?」
「わ、判ってるわよアリア!」

 急に矛先が自分に向いて慌てる遠坂。そういえば一昨日はそれで一騒動あったっけ。

「ともかくっ! その事で一つ如何しても引っ掛かってる事があるのよ」
「?」
「間桐のマスターが慎二だって事よ。本当にアイツがライダーのマスターだったの?」
「ライダー……まだ見ぬ相手ですね」

 遠坂の口から出たサーヴァントのクラス名にセイバーが反応する。そうか、まだ知らなかったんだな。

「ああ。確かにアイツはそう言ってたぞ。ライダーもちゃんと従ってたし」
「それがおかしいのよ! だってアイツ……」
「魔術師じゃない、だろ? アイツも自分で言ってたよ。間桐の魔術は親の代で枯渇しているから、自分は魔術師じゃない。魔術回路も持ってない。だから魔力なんて欠片も持たないから、遠坂にも感知されないって。でも魔術に関する知識は残っていたんだと。長男である慎二がその知識を受け継ぎ、マスターになったらしい」

 そこまでしゃべると遠坂は見事なまでに“しまった!”と言わんばかりの渋面を作り、宙を睨んでいた。

「しまった、そうか……そういうケースもあるか……まずったわね。確かに魔導書が残っているんなら、マスターになるぐらいは可能だろうし。第一この聖杯戦争の召喚システムを構築したのは、他ならぬマキリだもの……。それじゃ何、私の行動、全部ヤツに筒抜けだったんじゃない、ああもうっ私のバカッ」
「お、おーい、遠坂?」

 遠坂はブツブツと自分の世界に篭ってしまった。反省するのはいいけど、まだ話は途中なんだけどな。ふむ、遠坂は普段はほぼ完璧なんだけど、どこか抜けている部分があるようだ。問題は、それがここ一番とか、結構重要な物ばかりって事だろう。大体、何で今そんな事を不思議に思うんだ。見てたんじゃないのか?

「なあ、遠坂はアリアを通じてこっちの事見てたんだろ? なら全部聞いてたんじゃ?」
「生憎とね、こっちもそれどころじゃなかったのよ。ランサーのヤツに絡まれてた真っ最中だったんだから!」
「なにぃ!?」
「なっ……ランサーにですか!?」

 遠坂の突然の暴露に目を見開いて驚く。セイバーも同様だ。大きな瞳を一際大きくしてしこたま驚いている。

「ランサーと身一つで渡り合ったと言うのですか、凛……? 信じられない、良くご無事でしたね……」
「ランサーはただの暇つぶしにからかってきただけ、本気で掛かって来られた訳じゃないもの。でも、まあ。確かに大きな傷一つ無く済んだのは奇跡かもね。何しろ私には、戦の女神がついていてくれたんだから」
「り、凛」

 成る程、戦の女神か。確かに彼女にはぴったりのイメージかもしれない。何しろ戦の申し子みたいな人だし。
 本人は自分には過ぎたイメージだと思っているのか、困惑した顔をしているけど。

「如何いうことです?」
「アリアが知覚共有でね、私をサポートしてくれたの。それと、コレのおかげ」

 そういって遠坂がポケットから取り出したのは、小さなピストルだった。よく映画なんかで見かけるヤツだ。たしか……デリンジャーって名前だったか。

「これは、これもアリアの銃なのですか?」
「ええ。私が離れる間の保険として、凛に渡した物です。テキサス・ディフェンダーの口径.357マグナムモデル。小さな見た目とは裏腹に強力な銃ですよ」
「直撃さえしてればランサーを倒せたんだろうけど、私には扱い切れなかったわ。だってコレ、すっごく手が痛いんだもの」
「ほう。それほどの物なのですか」
「そりゃもう。いったいわよぉ~?」
「はは……確かに素人には厳しい銃でした。すみません」

 手をヒラヒラと振るジェスチャーで痛みを訴える遠坂に困ったように苦笑するアリア。
 セイバーはただ感心したような、物珍しげな物でも見るような表情で、銀色の光沢を放つ小さな鉄塊を眺めている。
 確かに、あんな小さな銃でマグナム弾を撃とうというのだから、その反動たるや俺には想像もつかない。さぞかし手が痛かったんだろう。
 随分頭に血が上っていた遠坂も今の遣り取りで緊張がほぐれたのか、少し何時もの落ち着きと調子を取り戻したようだ。

「話を戻すけど、慎二が後継者だから桜は何も教えられてないし、何も知らないそうだ。魔術も、この戦争の事も」
「そう……」
「ああ。それで、例の結界についてだけど……」
「ええ、迂闊だったわ。私のミスよ。もっと早く気付けていれば慎二を完全にマークしていたし、あんなふざけた物を張らせる事もなかったのに」
「え、いや。慎二はあの結界は自分が張ったんじゃないって言ってたぞ。アイツが言うには、学校には確かにもう一人マスターが居るらしい」
「ええそうでしょうね。確かに学校には後一人、私達の知らないマスターが潜んでいるのは明白よ。でも貴方、まさか慎二の言葉を本気で信じてるの?」
「いや、そこまでお人好しじゃない。確立で五分だろ。残りはそのもう一人だ」
「五分ねえ。半々だと思ってる時点で十分お人好しだと思うけど」

 半眼になって呆れたようにため息を吐かれる。そんなにお人好しだろうか、俺。

「ま、良いんじゃない? それが貴方の味だから、慎二も正体を明かしたんだろうし」
「味? 何だよソレ」
「判らなくても別に良いわよ。貴方らしいって言ってるだけ」

 なんだか釈然としないが、まあいいか。話を元に戻そう。

「で、同盟しないかって話だったけど、悪い。俺の独断で断っちまった……早まった事したかな?」
「別に良いんじゃない。貴方にお呼びが掛かった同盟話なんだから、決めるのは貴方の自由よ。私がとやかく言う事じゃないもの。ま、その判断は間違ってないとは思うけどね」
「? そ、そうか」

 何故か視線を逸らしてそっけなく答えを返してくる。声もごにょごにょと小さくて歯切れが悪いし、なんだか遠坂らしくないんだけど、まあいいか。今はそれよりも話さなくてはいけない事がある。

「それから、こっちの方が重要な情報だと思うんだが、柳桐寺にマスターが居るらしい。これはライダーが教えてくれたんだけど、山には魔女が陣取っていて、大規模に街中から魂を集めているって」
「柳桐寺……柳桐寺って、あの山のてっぺんにある?」
「そうだよ。なんだ、何か思い当たる節があるのか遠坂」
「まさか、その逆よ。柳桐時なんて私行った事も無いもの。どんなマスターだか知らないけど、なんだってそんな辺鄙な所に……」
「さあな。でも俺も驚いた。いくら人目につかないって言っても、寺には大勢の坊さんが生活してるんだ。怪しい真似したらすぐ騒ぎになると思う」
「それもあるし、いまいち信用出来ないわね、その話。話半分として聞いてもよ。第一、柳桐寺って場所はあの山の上でしょ? あんな郊外の端っこから深山と新都の両方に手を伸ばすなんて大魔術だし、魔力の無駄遣いでしかない。集めた魔力よりも魔術に要する魔力のほうが莫大過ぎて、殆ど不可能な規模だもの」

 喋りながら再び考え込み始めてしまった遠坂。此方は魔術関連の意見は遠坂頼みだから、遠坂が顔を上げない事には前に進めない。
 だがそこに、遠坂の言葉を聞いて思案顔になっていたセイバーが顔を上げる。

「――――いえ、シロウの話は信憑性が高い。あの寺院を押さえたなら、その程度の魔術は容易に行えるでしょう。あの寺院は落ちた霊脈だと聞いていますから」
「え!? ちょっと待ってセイバー、落ちた霊脈って、それって遠坂邸(うち)の事よ!?
なんだって一つの土地に、地脈の中心点が二つも存在するのよ!」
「そこまでは私にも判りませんが、あの寺院が魔術師にとって神殿ともいえる土地なのは間違いありません。あの地はこの土地の命脈が流れ落ちる場所だと、前回の聖杯戦争に参加した時に聞いた覚えが有ります。ならば、魔術師は自然の流れに手を加えるだけで、町中から生命力を収集できる」

 セイバーは声を荒げる遠坂と諭すように、淡々と冷静に説明を返していく。

「……そんな話、初めて聞いたわ」
「そういえばセイバーって前回も経験あるんだったっけ。そうだな、普通、寺社は霊的に優れた土地に作られるもんだし。そうじゃなきゃ、あんなトコに建てたりしないぞ」
「うっ――――そんな事言われなくても判ってるわよ!」
「だよな。昔っから寺や神社ってのは神がかる場所に建てて町を守るものだ。その本来の役割は鬼門を封じて禍を退ける事。その線で行けば、柳桐寺のある山が神聖な土地ってのは道理だろ」
「判ってるってば!」

 ムキになって怒る遠坂。顔どころか耳まで真っ赤なってるのは何故だろうか。

「おい……まさかお前、柳桐寺をお飾りの寺だとでも思ってたのか?」
「っ――――そうよ、悪い!? 今まで在るだけの寺だと思ってたわよ、だってあの寺には実践派の方術師がいないんだから!」
「実践派の方術師?」
「読経や信心、祈願以外で霊を成仏させる連中の事よ。言ってみれば日本版エクソシストみたいなモノね。信仰する宗教が違うけど。そういった術者達が集まって、組織みたいになってる集団がこの国には古くから存在するの。魔術協会(わたしたち)とは相容れない連中だから、詳しくは良く知らないけどさ」

 ぶつぶつと文句を言うように説明してくれる遠坂。そんなに恥ずかしかったのか。

「へえ。そんな集団がいるんだ」
「そんな事より、寺の事よ。確かにあそこが落ちた霊脈なら、街中から生命力を掠め取るくらい魔術師なら簡単な事よ。でも、それならおかしいじゃない? 何だって他の連中はそんな美味しい場所を見逃してるのよ」
「それについては、私が説明しましょう。それと、皆さんに聞いて欲しい事があります」

 今まで無口だったアリアがその問いに答えてきた。その真剣な顔を見て、背筋に微かな緊張が走る。夕方に聞いたあの事を話す決心をしたのだろうか。
 アリアの表情にはなにか、決意めいたものが感じられた。


**************************************************************


「確かに魔術師ならば容易く寺院を制圧出来るでしょう。ですが、あの山にはマスターにとって厄介な結界が張られているのです」
「厄介な結界?」

 暫く話に参加せずにいたアリアが説明を買ってでた。いつもの落ち着いた声だが、その瞳には真剣な光が宿っている。
 彼女は“私に”ではなく、“皆に”聞いて欲しい事があると言った。その事が気に掛かるが、とりあえず考えるのは目の前の疑問を解消してからにしよう。

「はい。山を取り囲むように、自然霊以外を排除する方術が働いているのです。生身の人間に害は有りませんが、私達サーヴァントにとっては文字通り鬼門となる」
「そんな……じゃあ、サーヴァントはあの山には入れないって事?」
「いいえ。入れない事は有りませんが、難しいでしょう。山中に踏み入るだけで、常に近づくなと令呪の縛りを受けるようなものですから」

 私の問い掛けに頭を振って答えるアリア。だがその答えもまた更なる疑問を呼ぶ。

「じゃあ尚更、中にいるマスターはどうやってサーヴァントを維持してるのよ」
「一度内部に侵入を許してしまえば、結界の力は及びません。本来、結界とは寺院を外敵から守る境界線。いわば防壁であって、侵入者を殲滅する為のものではありません。寧ろ、中に入ってしまえば、あの土地は我々霊体にとって、力を蓄えやすい格好の陣地です」
「そうなの? ……でもそんなふうに寺院を密閉しちゃたら、地脈そのものが止まっちゃうんじゃ……?」
「ええ。ですから、一箇所だけ結界の無い場所があります。寺院の道理では正しい門から来訪する者は拒めません。その道理に従ってか、寺の正門に繋がる山門には結界が張られていないのです」
「成る程ね。それもそうか、全ての門を閉じちゃったら中の空気が淀むもの。ふうん、唯一つだけ作られた正門か……」

 私が思案顔になったのを見逃さず、アリアの眼光が強くなる。

「そう。それが重要なのです。何故、他のマスター達があの場所を手に入れようとしないのか。あの地を手に入れた者がまず最初にする事とは何か」
「……守りを固める事、ね」
「そうです。あの場所は山門以外に攻め込まれる心配が無い。逆に言えば、そこで待ち構えれば有利に戦える。つまり、あの山は先に取った者勝ちの陣地だということです。事実、あの山門にはサーヴァントが……あっ!」

 そこまで言おうとして、アリアが突然驚いたような顔になる。

「如何したの?」
「大河です! 大河さんが帰って来ます!!」
「えっ!? もうそんな時間!?」
「うわ、ホントだ。時計見てみろ遠坂」
「如何しましょう、まだお夕飯の仕度も出来てませんよ!」

 慌てたように立ち上がるアリアにつられて腰を上げると、直後に藤村先生のスクーターの爆音が聞こえてきた。壁の時計を見ると、もう七時になろうかという時間だった。

「やっほーっ! たっだいまぁーっ!! 皆ちゃんと帰ってきてるわねー!?」

 スクーターの音が消えたかと思ったら、もう居間までやってきた。なんという素早さだろうか。

「お帰りなさい大河さん。すいません、まだこれから仕度をする所なので、ご飯はもう少し待って貰えますか」
「えーっまだなのー!? うぇーんお腹すいたよーぅ、しろー何とかしてよーっ」
「せ、先生……」

 帰ってくるなり異様なハイテンションで捲し立てる藤原先生。バタバタと大げさなリアクションで不服を訴え、士郎に泣きついている。仮にも学校教諭ですよね、藤村先生?

「判った判った。俺も手伝うから、セイバー達と一緒に大人しく待っててくれ」
「お願いよ! お姉ちゃんを餓死させないで!?」
「絶対しないと思うが……」
「すみません士郎君。お手を借ります」

 アリアが申し訳無さそうに目尻を落として助力をうける。

「いいって。皆メシの事忘れて話し込んじゃってたしさ。セイバー、悪いけど藤ねえの相手しててくれるか。具体的には、暴れださないようにしっかり見張っててくれ」
「むうーっ。人を猛獣みたいに言うなーっ!」
「判りました。お任せ下さい。存分に腕を奮った美味しいご飯を期待しております」
「あうっセイバーちゃんまで!?」
「あはは。なんか余計プレッシャー与えてない、それ?」
「む、そうでしょうか? それはいけません。失言でした」

 セイバーってば対応が生真面目だから可愛いわ。台所からはアリアが材料を切る規則正しい音や、士郎が鍋を振る音が聞こえてきた。
 さて、私もお皿出したり準備の手伝いぐらいはしましょうか。


「ぷはーっ! ごちそーさまー」

 満面の笑みでごろんと畳の上に寝転がる満腹の虎、もとい、藤村先生。各々、食器を片付けたり、足を崩して寛いだりしている。
 湯呑みを片手にテレビのニュースを眺めていると、台所から士郎達が戻ってきた。

「ふう、やっと一息ついたな」
「ですね」
「ご馳走様でした、シロウ、姉上。今日も美味しかった」
「急ぎで作ったにしては上出来だったわよね」

 晩御飯は簡単にご飯とお味噌汁、豚肉の野菜炒めといったものだった。ただ面白いのが、アリアが作ったお味噌汁は豚汁並の具沢山だった事か。あれに豚肉を入れてたら、豚汁そのものだと言っても過言じゃない。

「味噌汁って飲むモノだと思ってたけど、“食べるモノ”だと初めて思ったわ」
「あはは。お気に召しませんでしたか?」
「ううん。美味しかったわよ。意外と薄味なのに味はしっかりしてたし」
「あれは昆布出汁だな。でもそんなに手の込んだ出汁の取り方してなかったよな? 一体如何したんだアレ」
「ふふふ、秘密です。全然大したことではありませんよ。料理の技とは呼べません。どちらかと言うとズルの部類に入ってしまう手ですので、私としては恥ずかしいのですが」

 なんだそれ? と思わず思ってしまう。当のアリアは本当に恥ずかしいのか、少し顔を赤らめている。アリアは完璧主義なところがあるだけに、人より自己採点が厳しいきらいがあるのよねえ。それが良い事かどうかは、少々疑問ではあるけれど。

「くー……すかー……ぐぅー……」
「それは良いけれど。ねえ、アリア。あれは貴女の仕業?」
「え、ええ。睡眠薬をこっそり……いけませんでしたか」

 なんとまあ。悪知恵の働く事よ、私のサーヴァントは。何時仕込んだのか、藤村先生に眠り薬を盛ったらしい。アリアはこういう事を余り積極的に行動に移す性格じゃない。
 必要が無ければ寧ろ避けようとするのがアリアだ。その彼女が自ら行動した。それほど重要な話をすると言うことなんだろう。

「別にいいけど。言ってくれれば私が魔術で眠らせたのに」
「俺、藤ねえを布団に運んでくるよ」
「そうね、お願い」
「悪い、セイバー。一緒に来てくれるか。布団出すの手伝って欲しいんだ」
「承知しました」

 アリアの方をチラリと見やってから、士郎がらしくも無い事を言う。アリアの表情から何かを察したのだろうか。少しの間、私達二人だけにしてくれる心算らしい。
 藤村先生を抱えた士郎とセイバーが和室に消えて、居間は私達だけになる。

「まったく、余計な気を使ってくれちゃって。……ねえ、アリア。さっき言おうとしてた事だけど、皆に聞いて欲しい事って……」
「…………はい」
「やっぱり、貴女の事? 正体を明かすの? 自分が実はセイバーだったと」
「いいえ。それは、まだ……。でも、もういい加減、潮時です。この戦いを良い方向に導けるのなら、私の詰まらない倫理観で、私の我侭で、最初から知っている情報を封印し続けるのは……何の益にもならない事ですから……」

 そう語るアリアの表情は決して明るくは無いし、まだ迷いも感じられる。だけど、その瞳に宿る光は強い決心を訴えていた。

「そう。じゃあ、話すのね。……話してくれるのね、敵の詳細と、この聖杯戦争の顛末を」
「はい。私が知る限りの、ですが」
「その事で、貴女の正体に疑問を持たれても?」
「その件は大丈夫です。ちょっとだけ、嘘を付かせて貰います」
「嘘?」

 少しだけ表情を緩ませて、ペロリと舌を出しておどけた笑みを見せるアリア。無理矢理にでも明るく笑おうとしている様が痛いほど判る。

「はい。私はセイバーとして戦ったのではなく、偶然貴女達に助けられ、聖杯戦争を経験しただけの少女だったという事に」
「……成る程。そりゃまた、良い嘘八百を考えたものだわ」
「そういう訳ですから、ボロは出さないようにお願いしますね、凛」
「判ってるわよ。それで、如何する? 私は貴女のその、偽の正体を知ってる事にするのか、一緒に驚けばいいのか」
「ある程度は予想が付いていた、と言うだけで、明確には知らなかったという事にしておいて下さい。その方が自然でしょうから」

 サーヴァントと霊的にリンクの有る私達は、お互いの表層意識、自我が休眠などで抑制された時などに相手の精神に干渉し、その記憶などを垣間見てしまう事が有る。
 それを踏まえた上での反応として、アリアの案は十分に的を得ていた。

「そうね。……彼らの方はどうなのかしら。士郎はセイバーの過去を夢で見てるのかしら」
「どうでしょう。士郎君は何らかの記憶を見ているかもしれません。ですが、私が彼の記憶を見てしまったのは、少なくとも……」

 そこまで喋って、やにわに顔を紅く染めて口篭ってしまうアリア。一体如何したと言うのだろうか。

「如何したの?」
「い、いえ。……少なくとも、私が彼の記憶を見るようになったのは、彼との間にちゃんとしたラインが通った後でしたから。セイバーはまだ何も、見ては居ないでしょうね」
「え、アレってサーヴァントの方にも見えちゃうの? え、じゃあ何? 私の過去なんかも実は見られてた……!?」
「い、いえ。私はまだ一度も……! 私は召喚されてからまだ一度も、完全な休眠状態にはなっていませんし、凛の記憶を誤って覗かぬよう、常に気をつけていましたから」
「そ、そう……。別に、見られても良いんだけどね、アリアになら。見られて恥ずかしいような記憶なんて無いし、男の人に見られる訳じゃなし」

 第一、一方的に見ちゃってるのは私だし……。なんだか私だけ一方的ってのは気まずいというか、居心地が悪い。

「ふふ、気になさらないで下さい。私の記憶なんて味気ないか、殺伐として心地の良くない物ばかりだったでしょう」
「そんな事無いわよ。それに、見ちゃったのは殆どセイバーとしての記憶じゃなくて、アルトリアとしての記憶だったもの。良いご家族だったのね」
「……はい。私には過ぎた家族でした。あんなに幸せな家族の下に転生出来たなんて、今でも信じられないくらいです。国の為とは言え、王としての責務を全うする為……幾ら目的がそうであっても、それが血塗られた道である事に、違いは無かった。そんな私が手に出来る幸せだとは、思ってもみなかった」

 遠い眼差しで、過去を振り返りアリアは語る。自分には過ぎた幻影(ユメ)だったと。

「そんな風に考えちゃ駄目よ! それは貴女の悪い所。自分を卑下しないで! 少なくとも、私は貴女を残酷な殺戮者だなんて思ったりしないわ。国の長でしょ、戦乱の祖国を平定したんでしょ? そんなの、血塗られずに果たすなんて、無理な話よ。……時代が求めたのよ。貴女という輝く存在を」
「そう……ですね」
「だからといって、貴女が自分を悪く思う必要なんて無い。貴女が優しすぎるほど優しくて、誰より戦や争いが嫌いな人だって事は、私が保証する! そんな貴女が、あんな当たり前の幸せさえ、手に出来ないだなんて……そんなの、私が許さないんだから!」

 如何したんだろう、柄にも無く熱くなってしまっている自分がいる。何故だろう、己を卑下し、哀しげな目をするアリアに、無性に腹が立っちゃったのだ。

「凛……。ありがとう、凛。御免なさい、私が間違っていましたね。彼にも昔、同じように怒られたと言うのに……ふふっ、全然進歩が有りませんね、私」

 私の、自分でも何だか良く判らなくなって来るほどの激昂した言い分だというのに、アリアは真摯に受け止めてくれたのか、そんなふうにお礼を言って、進歩が無いと軽く自嘲気味にクスクスと笑う。

「彼?」
「ええ、シロウです。本当に、貴女達はよく似ています」
「ええっ!? ちょっ、ちょっとまってよ! あんなへっぽこと私が似てるですって!?」
 心外よアリア、冗談やめてよ!」

 先程までの哀しそうな憂い顔も何処へ消え去ったのか、これでもかと言うほど暖かな微笑みを湛えて、そんな事を言ってくる。

「あら、何故です? 能力はともかく、貴女達は本当に良く似てますよ? 人間的な情緒感というか、倫理観というか。道理で、あの彼が貴女に召喚される訳だ」
「やめてってば! っていうか、何? その彼って」
「ふふっ後で詳しく説明しますよ。まあ、その正体には驚かれるでしょうが」 
「こらぁっ勿体付けないで、今教えなさいよっ!」
「そんなに焦らなくても、後で説明する時に判りますから」
「今教えてって言ってるの!」

 問い質すも、クスクスと朗らかに微笑み返すだけで口を割ってくれないアリア。
 そろそろ士郎達も戻ってくる頃だろう。ただ布団を敷いて藤村先生を寝かすだけに、こんなに時間など掛からない筈だ。向こうは向こうで、話し込んでいるのかもしれないけれど、明らかに、私達に話し合う時間をくれただけ。

「ええい、教えなきゃこうよ!」
「きゃっ!? あはっあははっ、止めて下さい凛、擽るのは卑怯です!」

 未だにクスクスと可笑しそうに笑うアリアを擽り攻撃でとっちめながら、彼らの帰りを待つことにした。


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