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No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
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[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17
Name: G3104@the rookie writer◆21666917 ID:1eb0ed82 前を表示する / 次を表示する
Date: 2008/01/24 06:41
 朝靄に煙る庭先に目をやり、夜が明けた事を実感する。今日は時間が経つのが早く感じるようだ。

「ん、おお。もう朝か。参ったな。どうするよ姐さん。今日はこれ位にして、俺達はもう失礼しようか?」

 座敷のモニターと机の上の地図を囲んでずっと情報交換をしていた豊田三佐が徐にそう口にした。そろそろ士郎達も起きてくる頃合の筈だ。

「むう、そうですね。では一先ずこれで解散という事にしましょう。豊田三佐、柴田二尉、安岡陸曹長、今日は有り難うございました」
「いや、なに。大した事はしとらんさ。精々情報提供くらいなもんだ。コッチとしても、このバカ騒ぎをアンタの手で早々に終わらせてくれりゃ、言う事無しだからな」
「民間に被害がこれ以上拡大して欲しくないのは我々も同じです。お気になさらず」

 豊田三佐と柴田二尉がそう答えを返してくる。民間の被害……正直、胸が痛い。
 アレを今すぐには止められない自分が情けない。

「申し訳無い。私はあの集団失踪を阻止できなかった。あれは失踪などではない。文字通り“吸収”されてしまった彼らは、もう二度と戻ってくる事は無い」
「そうか……。まあ、あまり自分を責めなさんな。アレはアンタのせいじゃなかろう? アンタからの情報で、今回のバカ騒ぎが下手をすれば、十年前より酷い物になるかもしれん事が判っただけでも僥倖だ」
「皆さん。もし街中で黒い異様な影を発見したら、危険ですから直ぐ様その場から待避して下さい。そして、直ぐに私に連絡を。……アレを“狩る”のは、私の責務だ」
「判った。任せておけ」

 それじゃあな、と軽く手を振り、縁側の戸襖を開けて外に出ようとする豊田達。おっと、そうだ忘れる所だった。一応伝えておかねば。
 彼らの後を追い、縁側まで出て庭先の彼らに問い掛ける。

「豊田三佐。一応、貴方がたの所属と協力関係は、私のマスターに報告させてもらいますが、よろしいですか」
「ん? ああ、確か冬木の土地の第二管理者(セカンドマスター)だったか。まあ、協力者が居るって程度に留めて貰えると助かるが。何分、辺境扱いされてるとは言っても、魔術協会の所属だろ?」
「解りました。ではやはり伏せておいた方が無難ですね。……ですが、流石に凛に令呪を使って喋らされては隠し通せませんので、それだけは悪しからず」
「はは。そこはアンタの裁量に期待しよう。ご主人様にゃ悪いが、なんとかはぐらかしてくれや」

 くすり、と思わず笑みがこぼれる。善処しましょうと軽く返すと、彼らは足音を立てないよう、だが速やかに庭から屋敷の外へと帰っていった。

「ふむ。芝生を趾行で歩くか」

 例え趾行と蹠行を使い分けたとしても、一流の追跡者(トレーサー)には流石に通用しない。だがそれを自然と行えるというのは、彼らが隠密行動のプロフェッショナルだというなによりの証左だろう。

「これは少しばかり、勝算が増えたかもしれませんね」
 ――やけに楽しそうだな、アルトリア――
「いえ、不謹慎かもしれませんが、まさか彼らのような優秀なバックアップが得られるとは思ってもみませんでしたから」
 ――そうだな。しかし、此度の聖杯戦争は、段々と私達の経験した聖杯戦争とはかけ離れた物になり始めた。油断は出来んぞ――
「ええ。もう既に、私にも予測は付きません。誰にも、明日の事は判らない……」

 そうだ。だからこそ、今出来うる事は全て手を打っておかなければ。情けない話だが、絶対的な攻撃力に劣る私はまず、このバカ騒ぎで倒されないようにしなければならないのだから。もはや、何時までも己の願いに囚われても居られない。
 まずはこの戦いで生き残らなければ……あの闇を葬る為に。




第十七話「召喚者は兵士の涙を見る」




 まったく、昨日は疲れる一日だった。色々と振り回されたし。それにしても、私なんでロンドンになんて居るんだろ? 
 え、……ロンドンって何で、私昨日は日本に居た筈よ!? 衛宮くんの家を拠点にして、離れに借りた部屋で寝てた筈……アリアに散々ビックリさせられて、彼方此方と振り回されてた気がするけど。
 みょーに頭がぼんやりしててキレが悪い。うー、気分が冴えないなあ。

「それにしても、なんでロンドンなんかに……」

 目の前に見えるのはニュー・スコットランド・ヤード。
 ウェストミンスター橋側の、古めかしい赤煉瓦造りの庁舎の方ではなくて、近年移った新しい方。ガラス張りの高層ビルだ。ニュースで見た事がある。……でも、なんで?

「父さーん!」

 何でこんな所に居るんだろう。そんな疑問で頭が一杯になっていた時に、不意に飛び込んできた声。なんだか聞き覚えがある声ね?
 気になってそちらの方を見ると、セミロングの金髪が美しい小柄な女の子が小走りに駆け寄ってきた。歳の頃は十六か十七かといった感じ。

「せ、セイバー!?」

 い、いや。違う。セイバーな筈が無い。彼女はサーヴァントなんだから。
 でも、じゃあ一体、目の前で駆け寄ってくるあの娘は一体誰なのか。
 容姿、声、見た目の年齢……全てが一致する。どう見ても、あの女の子はセイバー以外の何者にも見えない。セイバーと違う所と言えば、髪を下ろしている事くらい。
 ん、いや? 良く見ると若干この娘の方が発育が良さそう……サーヴァントが成長する訳は無いし、大体今誰かを父さんって呼んでたし、やっぱり別人?

「おお、早いなアルトリア。迷わなかったか」

 後ろから聞こえた声に振り向くと、目前の庁舎から屈強そうな壮年の男性が出てきた。
 彼女の父親のようだ。パリッとした背広を着て、手には何か紙袋を提げている。スコットランドヤードから出てきたって事は、警察官だろうか。

「勿論です。私が地図に強いのは知ってるでしょう」
「ははは。そうだったな。そこは母さんに似なくて良かったな」
「あら。口は災いの元ですよ、父さん?」
「う? 待て、今のは母さんには内緒だぞ?」
「ハイハイ」

 なんとも微笑ましい、家族らしい会話だ。きっと良い関係なんだろうな。自分にも父がまだ居てくれてたら……はは、どうだろう。こんな会話、多分余り無いだろう。魔術師の家系なのだから。でも、少しはしてくれたかも。おっと、感傷が過ぎてるわね、私。しっかりしろ遠坂凛。
 それにしても、明朗快活な娘ねえ。なんか、見た目はセイバーなのに、性格はちょっと違うみたい。セイバーが少し砕けて、人当たりが優しくなったような……って、最近そんなのが身近に居たわよね、私?
 二人は合流すると、話をしながら近くのカフェテラスに向かって歩き出した。

「それで、どうだ軍の方は。もう訓練には慣れたか?」
「はい。まだまだ至らぬ事ばかりですが」
「ははは。まあ最初はそんなもんだ。父さんだって昔、軍に入った頃はそうだったしな。……どうだ、続けられるか? お前は女の子なんだ。別に他の道に進んだって全然構わないんだぞ?」

 店内で珈琲を頼み、丸いテーブルの屋外テラス席に座る親子。
 へえ、娘さんは軍に入ったのか。その若さで。軍……あれ、それって?

「勿論、続けられます! 決心は変わりません。父さんや母さん、兄さん達を守りたい。大切な人達をこの手で守れるようになりたいから」
「ふっ。まったく、親泣かせな娘だよ。気持ちは嬉しいが、娘に危ない道を歩かれる親の気も知らんで、一丁前な口を利きおって」

 業とらしく渋面を造りながら、皮肉交じりにそう軽く笑い飛ばす。なんというか、会話の内容は深いのに全然態度に乱れは無いし、悠然として堂に入ったお父上だわ。

「はい。ご心配をかけます。でも、有り難う、入隊を許してくれて。嬉しかった。入隊が決まってから忙しくなって、ちゃんとお礼が言えてませんでした」
「まあ、物心ついた頃からお転婆だったからなあお前は。女の子なのに、フェンシングや剣道、空手や柔道と、男の子がするような事に夢中になるし。友達の厄介事にはすぐ首を突っ込むし。なんとなく、何時かはこうなるんじゃないかって気はしてたよ」
「あ、う……」

 過去を持ち出されて、少し恥ずかしそうに下を向く金髪の少女。

「思えば、お前がそう必死に強くなろうとし始めたのは……あの事故からだな」
「!」

 事故? そういえばこの間見たあの妙な夢。そうか、やっぱりこれも夢だ。私、今あの夢の続き見てるんだ。
 そういえばさっき、お父さんが彼女の名前を呼んでたっけ。アルトリアって。
 アルトリア……アル、トリア……ア、リア。やっぱり……この夢ってアリアの……。

「元から曲がった事が嫌いで、誰にも優しくて、融通が利かない頑固さはあったが、あの事故に遭うまでは別に強くなろうとか、武術を学ぼうとかは余り思ってなかったろ」
「…………」

 アルトリアと呼ばれた少女は黙したまま、何も語ろうとしない。

「でも、あの日以来、お前は急に武術を習いだした。それも、学べる武術全て、手当たり次第だ。誰が見てもちょっと尋常じゃない、急に何かに囃し立てられるように必死に、一生懸命に。まあ、それからのお前の常識離れした上達スピードには驚かされたが、私は本気でお前を心配したよ」
「はい……」
「前に、お前は私に言ったな。自分がもっとしっかりしていれば、ケインを危険に遭わせずに済んだかもしれなかったと。例え危険に遭っても、自分が強くなれば次は絶対、自分もケインも守りきれる。だから武術を習わせてくれと」
「はい……」
「だが、本当にそれだけか? あれからのお前は、どこか得体の知れない焦燥感に駆られ続けているように見えてな。まるで、自分にはもう時間が限られているかのような……」
「…………」

 父親のその言葉に、俯き暗くなった前髪の影の奥で辛そうな表情をつくるアルトリア。

「まあ、お前が話したくないなら良い。何れ、気持ちの整理がついて、話したくなったらで良い。私はお前の父親だ。お前がどんな悩みを抱えているか、私には判らないが、絶対に相談に乗ってやる」
「父さん……」

 思いも寄らなかったのだろう。彼女は驚いたように目を見開き、嬉しそうとも、辛く悲しそうとも見える複雑な感情を双眸に滲ませた。まるで感情が流れ込んできそうな表情。
 いや、事実彼女の感情が私の中に流れ込んできているのかもしれない。自分を理解して、受け入れてくれる嬉しさと安堵感。でも同時に、秘密を打ち明けられない辛さと、隠し続けるのは家族の信頼に対する裏切りだと自責する念。そして肉親に気遣わせている事への申し訳無さが入り混じって、とても居た堪れない心地になる。

「それに、軍入りはお前自身が決めた事だ。私からとやかく言う気は無い。だが、これだけは約束してくれ」

 父親は一度言葉を区切り、ゆっくりと一口、珈琲で喉を潤してから静かに口を開く。

「絶対に無茶はするな。いいか、死に急ぐんじゃないぞ。私からはそれだけだ。ケインや母さんを心配させないようにな」
「はい。解かりました」

 穏やかな父親の笑顔に、心からの微笑みで答えるアルトリア。もうその表情には先ほどの憂いは見えない。今は父の言葉に甘え、父に心配はかけまいと、秘めた悩みの棘は心の底に沈めたのかもしれない。

「まあ、お前は武術や運動にかけてはピカ一だったからな。父さんもお前の能力には何の不安も持っちゃいないが。……初心、忘れるなよ?」
「はい」

 満面の笑みのまま、続けて頷き続けるアルトリア。余程嬉しかったんだろう。

「あ、いや、不安はあると言えば、あったな。アルトリア、お前、銃はあまり得意じゃ無かったろう?」
「う……はい。射撃は今まであまりした事が無かったですから。今、必死になって訓練で扱かれてます」
「はは、そうだろうな。お前が銃を撃った経験といえば、俺が護身用にちょっと手解きしてやった二、三度だけだろ」
「はい。私にはあまり向いてないように思えて」

 ええっウソでしょお? アリアが銃に向いてないなんて、全然そうは見えなかったけどな、私。あ、そうか。あの子はまだ新米の頃の彼女だっけ。意外ね、昔は銃苦手だったんだアリアって。

「訓練では何を使ってるんだ。軍の支給は今でも時代遅れなFN・ハイパワーか?」
「いえ、FN社は一緒ですけど、今はFNP9Mです。数年前に変わったらしいですが」
「流石に変わったが、相変わらず9ミリか。軍用は原則FMJ(フルメタルジャケット)だから、口径の大きな45ACPの方が打撃力に優れるんだがな……石頭は変わらんな」
「仕方がありませんよ。NATO規格に準じているんですから」

 拳銃の話になってきたが、私には何の事だかさっぱり判らない。アルトリアは判ってるようだけど、誰か私に判るよう説明してくれないかしら。

「それなら丁度良いな。ほい、お前に入隊祝いのプレゼントだ」

 片目を瞑りウィンクしながらニヤリと笑みを浮かべて、父親が紙袋の中から大きな弁当箱大の箱を取り出した。
 テーブルのアルトリアの前にそれをゴトリと置く。何か重い物が入っているらしい。

「父さん、これは?」
「開けてみな」

 言われるままに何の包装もされていない箱を開ける。箱はプラスティック製で、真ん中から二つに開く工具箱のような感じだった。
 その中に入っていたのは、なんと黒く光る一挺の拳銃。工具箱のように見えたそれは、中に緩衝材が詰められた携帯用のガンケースだった。

「……これ、父さん!」

 アルトリアがその銃を見て驚き、父の方を見詰め、口に手を当て狼狽える。

「懐かしいだろ? お前に練習で使わせてやったあの銃だよ。お前にやろう。45口径のダブルカァラム型だから決してファイアパワーに不安は無い! 流石にダブルアクションじゃないが、コック・アンド・ロックが出来る方が即応性は高いからな」
「え、でも! だってこれは……! 父さんがずっと愛用してた銃じゃ」
「そうだよ。最近までずっと現役で使ってた。メンテナンスは十分してある。精度や信頼性は俺が保証する」
「そんな、駄目です、貰えませんよ父さん! だってこれ、亡くなった親友に貰った大切な物でしょう?」
「いいんだ。別に他人に渡す訳じゃなし。それに、練習させた銃の中でお前はソレを一番気に入っていただろ? スコアも一番良かったしな。アイツも、俺の娘になら二つ返事で許してくれるだろうさ」
「…………本当に、良いのですか?」
「ああ、お前にやる。今日からその銃はお前の物だ」

 手の中に抱えた箱の中をじっと見詰めるアルトリア。箱の中で鈍い光沢を放つその拳銃の鋼の胴体には、大きく“NIGHT HAWK”と刻印が打たれていた。
 ナイトホーク……もう間違いようが無い。セイバーそっくりな軍人の女の子。
 アルトリア、この子がアリアだったんだ。
 あれ? でも確かこの子、確か前世の記憶があるとか……アルトリアなんとかって。それに自分の事をセイバーって口にしていたような……まさか!?
 いや、いやいや、そんな馬鹿な……? まて、結論を焦るな私……落ち着くのよ遠坂凛。
 ちゃんと本人に問えば済む事よ。彼女はちゃんと話すと約束してくれたんだから。それにしても、まさか彼女の愛用の武器にこんな背景があったなんて。

「解かりました、有り難く頂きます。……有り難う、父さん」

 彼女はしみじみと懐かしむように銃に指を這わせ、静かに蓋を閉じ、そう口にする。

「でも、父さん。これを使ってないのなら、今は何を使っているんです?」
「ん? ああ。今はもっぱら内勤で机仕事ばかりだからな。だから護身用に多弾装オートなんて必要無いんだよ。コイツで十分だ」

 そう言って背広の襟を捲くり、肩から吊るした銃をチラリと見せる父親。

「リボルバー……信頼性は解かりますが、今時そんな銃を持つ人ほとんど居ないんじゃ」
「おいおい、リボルバーを侮るな? 装弾数こそ少ないが、俺達にとっては信頼性と精度が最重要だ。警官が十何発も無闇に弾ばら撒くのも拙いしな」
「でも最近は、殆ど何処もオートでしょう?」

 うーん、なんだか話がどんどん私には解からない方向へと突き進んでいくなあ。
 オートとかリボルバーってナニ? 銃って皆“はんどがん”とか“ぴすとる”って言うもんじゃないの? ああんもうっ二人だけで納得してるんじゃないわよぉ!

「リボルバーなら357マグが使えるし、何よりジャムらない。それに精度も良い! そりゃあオートよりは嵩張るがな。それでも俺はコイツを選ぶ。それにな、見てみろ。コイツはM686プラスって言ってな、七連発の優れモノだ!」

 アリアの心配げな反論にも頑として譲らないどころか、最後には興奮気味に周囲に目立たぬようこっそりと懐から銀色に輝く銃を半抜きにして見せてくる。
 男って不思議とこういうモノの事になると子供みたいにはしゃぐのよね。何でかしら。
 まあ、何だか良く解からないけど、お父さんが弾数より性能を取るって考えらしいのは判った。それにしても銃って案外弾少ないのねー、何か不便そう……ああ、私は魔力が続く限り幾らでも撃てるからそう感じるのかな。

「解かりました。銃の事で父さんには敵いませんから」
「ん、んん? なんだか呆れられたみたいで寂しいが、まあ良いか」

 軽く一溜め息ついて、アリアは呆れたようにそう口にした。父親の些か子供じみた興奮を伴った解説には、彼女も流石に根負けしたようだ。
 父はそんな娘の反応に些か微妙な顔になるが、気分を切り替え冷めかけた珈琲を啜る。

「気にしないで、父さんは正しい。私の心配もきっと杞憂だと判っただけ。確かに父さんの腕なら、素人がフルオートで来ようと一瞬で返り討ちでしょうし」
「ははは、流石にそれは買いかぶりすぎだが、当たらなきゃ意味無いからな」

 軽く笑いながら答える父親。なんだか、とんでもないお父さんだったのかしらアリアの父上って。二人とも揃って珈琲を一口啜り、ようやくこの話にピリオドが打たれた。
 落ち着いたところで、再び父親が口を開く。

「それで、何処に配属になったんだ?」
「最近発足した機動歩兵科第三〇三連隊です。今、軍は新しい情報相互共有型の司令系統に合わせて再編成中で、機動歩兵科も大量に増員されたとか。そこに放り込まれたみたいです。基礎訓練の頃より情報リンク系の装備が増えて、訓練もちょっと大変ですが」

 うわ、また私にはチンプンカンプンな話題だ。何を喋ってるのか全然解からない。
 アリアってもうこの頃からこうだったのね。

「そういうのも必要な時代だ。私ももう退役して久しいが、私が現役の頃から既にそれがスタンダードになり始めていたからな。勉強は疎かにするなよ?」
「解かってますとも。父さんも、警部補昇進おめでとう! たまにはあっちに帰ってあげて下さいね。兄さんも今はオックスフォードに居るから、エクセターには母さんだけなんですから」

 警部補って、お偉いさんじゃないの! それにお父さんも元軍人か。アリアの家って軍人一家なのかしら。

「解かってるよ。仕方が無いだろ、仕事なんだから。暇が出来ればちゃんと帰るよ」
「それじゃ、父さん。今日はこれで帰ります。これから夜間戦闘演習が有りますから」

 そう言うと徐に席を立つアルトリア。これから基地へと帰るらしい。
 その背中に向けて父が威勢の良い声を掛ける。

「おう。気をつけてな。常に周囲の状況把握を忘れるなよ。夜間は特にな!」
「了解!」

 父の言葉に振り向き、無邪気そうな笑みと共に軽く砕けた敬礼をするアルトリア。そこには私が見た事の無い彼女がいた。アリアも気の置けない暖かい家族の前では、こんな風に軽くおどけてみせる事もあったのね。
 まあ、もっとも、私と彼女の関係が基本的には主従である以上、彼女は私の従者として振舞うから、こんな風に気安くおどけて見せたりする事はないだろう。たまに、人を食ったような態度でからかってくる事はあるが……。
 でもそれは、私に対して彼女が遠慮しているって事。最低限で、主従の一線を踏み越えない為にと彼女が控えている節度の現われ。大体彼女は、初めて会った時から不思議な位、私に対して好意的だった。
 でも、私に今見たような、なんでもない冗談としておどけた態度を見せてくれた事は、まだ一度も無い。そうか、だから妙な感じがしてたんだ。
 アリアはまるで親友のようにとても真摯に接してくれるのに、彼女自身は常に、私に対して一歩引いた態度で振舞うのだ。その心と振る舞いのズレが妙にむず痒い。
 ……マスターとサーヴァントの関係である以上、仕方の無い事だろうけど。

「もし、もっと親密になったら、私にもあんな風におどける一面を見せてくれるかな」

 って、何を考えてるのよ私!? サーヴァントなんて只の戦力。使い捨ての武器と同じだってあれだけ自分に言い聞かせてきた筈なのに。
 いつの間にか彼女を大切な友達のように感じていたみたい。はあ、修行が足りないわ。
 そんな事を考えているうちに、彼女はヴィクトリア駅の方へと歩き去った。その背中を目で追おうとして、辺りが急に霞んでゆく事に気付く。

「あ、あれ? また周囲が白く……わっ!? …………。んん?」

 急に突風が襲ってきたと思うや、あっという間に風は止み、次の瞬間にはまた、見た事も無い場所に立っていた。

「またぁ? 今度はここ何処ぉ?」

 周囲は見渡す限りジャングル……じゃないわね。目に見えるのは鬱蒼とした森林地帯。
 多分何処かの山間部。これがアリアの記憶だとしたら、多分イギリスじゃないかと思うけど……解っかんないわね。軍に入ってたんなら、海外派兵とか在ったって全然おかしくない。それに、さっきからなんだか遠くが騒がしい。

「あーっもう! ホントここ何処ぉ?」

 叫んだその時だった。
 目の前の獣道に大量の荷物を背負った兵隊達がわんさかと湧いて出た!

「きゃああ!? ナニッ何なの!?」
「こらぁ! もたもたすんなぁ!! まだ工程の三分の一も来てないぞゴミ虫共ぉ!!」
「うわわっゴメンナサイ!? ……って誰がゴミ虫よ!!」

 突然の怒声に思わず平謝りしてしまった。けど当然私が怒られた訳じゃない。でもゴミ虫は酷いだろう。何だ此処は?

「っつあ! まったく厳しいとは聞いてたが、コレほどとはな!」
「けっナニ言ってやがる! SASだぞ、解かってて来てんじゃねえのかお前は!?」
「根性無しはお家に帰んな! 折角ここまで残ったんだ、俺は絶対に入隊してやるぜコンチクショウッ!!」
「三十六番に五十八番一〇三番! 貴様ら無駄口叩いてないで走れ、落ちたいのか!?」
「ノー、サーッ!! スイマセンでしたぁっ」

 喋っていた兵士達を一括する見るからに屈強そうな軍服の男……教官だろうか。どうやらこれは軍隊の、エスエーエスって所の入隊試験らしい。
 ちょっとまって……エスエーエスって、SAS!? あのイギリスの特殊部隊の!?
 別に私は外国の軍隊とかそんなに詳しくないけど、それでもSASという名前くらいは知っている。イギリスが誇る世界でもトップクラスの特殊部隊だ。
 なんでそんな試験場に居るのよ私……まさかアリアってばこの試験を受けてるの!?

「あまり喋っていると消耗しますよ、貴方達」

 無駄話で教官の雷を食らっていた大柄な兵士達の後ろから、ひょいひょいと身軽そうに登ってくる小柄な兵士。すれ違い様にぼそりと囁くようにして、坂道を変わらぬ歩調で駆け上っていく。見れば他の兵士達と同じ大きなザックに大きな銃や、ゴテゴテと色んな装備を背負っていると言うのに、その足取りは軽やかでまったく疲れを感じさせない。

「あいつ、何であんなに元気なんだ……オイ?」
「知るかよ! 喋ってっとまた教官にどやされっぞ馬鹿!!」
「確か……女だよな、アイツ。おいお前等、男の俺達がへこたれててどうすんだ気合入れようぜ!!」
「おぅあ! 負けてられっかウラァ!!」
「だから黙れというにっこのカスどもが!!!!」

 小柄な兵士の事で再び騒ぎ出して、またも大目玉を食らうゴツい男達。先に進んだ小柄な兵士は、女か。確かに後姿を望むと迷彩柄のヘルメットの下から、艶やかな金糸の長い髪が風に流れザックに掛かっている。見覚えの有りそうな美しい金髪……という事は、あれはアリアか。やっぱり受けてたんだ。
 その事に気が付いた時にはもう、アリアは茂みの先へと姿を消してしまっていた。

「いけない、追いかけなきゃ」

 アリアを見失ってはいけないと何故か思い、必死に兵士達の後を追いかけた。いつもの夢なら、まるで映画でも見るような、ここに居るという実感の無いままに景色が急に移り変わっていた気がするのに、今回は違うらしい。
 サーヴァントとマスターはレイラインによって霊的に繋がっている。そしてそれは互いの信頼関係といった精神的な交流が高まれば、自ずと結び付きもより強く、深くなる。
 ひょっとしたら、アリアとの霊的な結び付きが前より強まった為に、私の自我が持つ干渉力、あるいは彼女の記憶からの影響力が強くなっているのかもしれない。
 ともかく、頑張って走れば、アリアについて行くことが出来た。だけど、これは本来の私の身体能力ではありえない。常に魔術による強化でもしなければ、彼女について行くなど到底無理だろう。だってここは平坦な舗装路じゃない。険しい岩肌がむき出しで凹凸の激しい、急な斜面が何処までも続く山道だ。
 本当に、あんな大荷物を背負ってよくこんなスピードで歩けるものだと感心する。私は軽装だというのに、慣れない立体的な山道は私を思うように走らせてはくれない。その為私は走っている筈なのに、早歩きのようなアリアについて行くのがやっとだ。

「あ、歩き方って重要なのね。山歩きを舐めてたわ、私」

 それは、想像を絶する試験だった。延々と続く行軍。一体何時まで続くのか、私にはまるで判らない。もうどの位の時間が過ぎたのか判らなくなった頃だ。
 兵士の一人の呟きで、これが選抜訓練最終日の全長八十キロに及ぶ、ビーコン山地越えの強行軍だと言う事が判った。
 目下、時に死亡者まで出る事もある難関のペン・イ・ファン登山の真っ最中だという。
 まったく、なんて過酷。山は気候が変わりやすいというのは本当ね。猛烈な嵐に翻弄され、体力に限界を迎えた志願者が次々と脱落してゆく。
 泥濘んだ危険な足場、体温を奪う雨と風。そんな中を黙々と、合羽を被り自分のペースを守り続けて進んでゆくアリア。慎重に足場を選び、急がず焦らず、ただし迅速に。基本に忠実に、決して無理をせずに一定の歩幅で険しい山道を踏破してゆく。

「う、ぅあ? うわぁ!」
「危ないっ! つかまって!!」

 目の前で足場の悪い所を踏み滑り、河に転落しかけた志願者を彼女は助け上げた。
 思わずヒヤッとさせられた。まったく心臓に悪い。自らが転落する危険も有ったというのに、彼女は一瞬の躊躇も無く男を助けたのだ。
 転落しかけた志願者の兵士は完全に体力を消耗しきっていた。もしそのまま河に落ちていれば、恐らく彼の命は無かったろう。その危険を察知したから、アリアは動いたに違いない。私の知ってる彼女は、そういう人間だ。

「フフッ。お人好しなのは昔からみたいね、アリア」

 結局、助けた志願者は倒れた際の怪我もあり、体力も限界に達していて、リタイヤする事になった。

「スマンな、迷惑をかけて。君は命の恩人だ」
「いいえ、当然の事をしたまでです。貴方も無理をせず、救助隊員が来るまでここを動かないように」
「ああ。“危険を冒すものが勝利する”。君は危険を冒してまで俺を助けてくれた。君ならSASに入る資質は十分だ、きっとなれるよ。俺の分まで頑張ってくれ」
「ええ、有り難う。貴方もご幸運を」

 リタイヤを告げる発炎筒を炊き、アリアを見送る男。
 別れを告げて再び行軍を開始する
 日が沈み、暗闇に覆われても行軍は止まらない。ライトの僅かな光だけで険しい山道を歩き続ける。そうして全工程を踏破しきり、ゴール地点に着いた時には、既に夜が明けていた。最終的に行軍を耐え切った志願者は、全体の半分にも満たなかった。

「はあぁ、やっと……終ったのね? これでアリアはSASにはれて入隊って事かしら」

 てっきりそうだと思っていたのだけれど、ちっとも合格と言われない。

「よし、お前達。この四週間に渡る過酷な選抜訓練最終日の、ビーコン山地越えを良く耐え切った! 諸君らは一週間の休息の後、引き続き半年間の継続訓練に入る! 継続訓練期間中も成績の悪い者は容赦なく落としてゆくので心しておけ、判ったな!!」
「サー、イエッサー!!」
「よし! 今日はもう基地に帰って良し、解散!!」
「サー、イエッサー!!」

 残った志願兵達と一緒に威勢良くイエス・サーと声を張るアリア。
 えええ、うそぉ!? これでもまだ入隊じゃないって事なの!? も、もういい加減クタクタよぉ。私の人生の中でも、こんなに運動させられた事なんて無いんだから。
 これって私の夢よね? 夢なのになんでこんなに疲れてるの私? ああ、なんだか夢の中なのに気が遠くなってきたわ……。

「…………ん。……凛! ……丈夫……ですか……凛!!」

 遠くの方から何故かアリアの声が聞こえる。あれぇ、おかしいな。アリアは目の前に居るのに、なんでだろ? それにしても、本当に疲れた。もういい加減寝かせてほしい。
 あれ? そもそも私って寝てたんじゃなかったっけ? もうどうでもいいや……。
 視界が段々とぼやけてきて、もう周りには何も見えない。私の意識はどんどん真っ暗な奈落の底へと落ちていった。

「凛!! 大丈夫ですか、凛!? 起きてください!!」

 心配そうな声に、真っ暗な無意識の底から強引に引き上げられる感覚。その余りに切羽詰った声に頭を覚醒させられて、重い瞼を懸命に持ち上げる。と、そこには顔一杯に心配そうな表情を浮かべたアリアの姿があった。

「う、う~ん? どうしたのよぅアリアぁ。もうちょっと寝かせてよぉ」
「大丈夫ですか、凛? 酷く苦しそうな顔をしていましたよ」
「んん、そう? まあ、なんだか夢見はあんまり良くなかった気がするから……多分そのせいじゃないかしら……あ!!」
「ど、どうしました?」

 慌ててアリアが私の顔色を心配そうに窺うが、私はすぐに何でもないと手振りで彼女を制した。

「ん、大丈夫よ。ちょっと寝ぼけてただけ。今、何時?」
「はい、五時四十九……今丁度五十分になった所ですね」
「あら、じゃあもう起きなきゃね。何度も士郎に恥ずかしいカッコ見せるなんて遠坂家の名折れよ。常に余裕を持って優雅たれ!」
「ふふ、その意気です。良かった、心身共に異常は無いようですね」

 気丈に振舞った事で、アリアはようやく安堵の笑みを浮かべる。本当に心配してくれていたのだ。その事が少し、チクリと胸を刺す。騙す訳じゃないが、私自身の心は少なくとも平静とは言い難いから。
 そうね、今ならここには二人だけ。聞くなら今かもしれない。

「……ねえ、アリア?」
「はい?」
「サーヴァントって、夢は見ないのよね?」
「はい。……ですが、セイバーのように休眠状態を取れば、サーヴァントは己の記憶を再生して見る事は有るでしょう。或いは、マスターとなっている生きている人の記憶が逆流して、不意にそれを見てしまう事も有るかもしれません」
「! ちょ、それって……」

 アリアは、その時僅かに申し訳無さそうな笑みを浮かべていた。

「やはり、見てしまわれましたか。……私の生前の記憶」
「ごめんなさい。私、勝手に貴女のプライベートを犯しちゃったみたい。知られたくない事だって、あったわよね」

 私の言葉に、静かに頭を振って、哀しさを滲ませた笑顔で答えるアリア。

「いいえ、お気になさらないで下さい。何時かは話すと約束していましたから」
「ごめんね。じゃあ、やっぱりあれは、貴女なのね」
「はい」
「それじゃあ、貴女の真名は……」

 私の問いに、僅かに周囲の気配を探って人気が無い事を確認するアリア。恐らく、近くにセイバーが居ない事を確認したんだろう。
 姿勢を正し、意を決するように胸に手を置いて、神妙に己が真名を口にする。

「はい。私の真名はアルトリア。アルトリア・コーニッシュ・ヘイワードと申します」
「うん。やっぱりその名前だったのね」

 はい、と首肯するアルトリア。

「で、現代の英雄で、それもイギリスの軍人だった。そりゃあ確かに、誰も貴女の真名を知ってる人なんて居ないわけだわ」
「はい。正確には、私はこの時代より未来の出、という事になります」
「ええっそうなの!?」
「はい。抑止の座には現在、過去、未来の概念は無く、一つの輪のようなもので、完全にこの世の時間軸からは乖離した存在です。故に、抑止の輪から召喚される私のような“守護者”はこの世界の時間軸に囚われず、未来の存在であろうと関係なく呼び出されます」
「は~、貴女が年月を経た神秘性を持たないってのは、本当に年月そのものがこの世界に無いって事だったのね」
「そうです」

 俄かには信じ難いが、彼女が嘘を付く理由は無い。むしろ彼女の説明のお陰で、私の頭を悩ませていた謎は少しずつ溶け始めている。
 そう、私にはもっと聞きたい事が一杯あるのよ。

「じゃあ、教えてくれる? 貴女の真名は判ったんだけれど、どうして貴女がセイバーにそっくりなのか。セイバーが貴女の真名、アルトリアという名前を聞いただけで、如何してあんなに驚いていたのか」

 私のこの問いに、アルトリアはとうとうこの時が来たかとばかりに強く目を瞑り、その体をビクリと震わせた。
 その反応が全てを物語っていた。

「ごめん。言いたくなかったら、今はいい。ホントはね、私もなんとなくは、想像は付いてるんだ。夢に、見ちゃったから。……でも、やっぱり俄かには信じられなくて」
「り、凛……」

 その言葉に、信じられないと言いたげにアルトリアが言葉を詰まらせる。何処まで私の心中を察したか、アルトリアは口元を手で隠し、感極まったように瞳を潤ませて、綺麗な翡翠色の双眸から大粒の雫がつうっと一筋流れる。そんな、まさか泣かれるなんて……。
 蒼いコートの肩がか細く震えている。服装のせいもあるだろうが、案外逞しそうに見えて、実は意外なほど彼女は華奢なのだ。逞しそうに見えるのは、とても引き締まった達人の筋肉がその下に隠れているから。
 そんな彼女が、こんなに感情を吐露して泣いている姿なんて、初めて見た。何時だって彼女からは、誰よりも強靭な、鋼のようなその心の強さを感じていた。
 そんな彼女に、私は涙を流させたのか……。

「あっはは、何かね、私も余りに自分の考えに突拍子が無さ過ぎて、頭が混乱しちゃっててさ……。だから、良いの。貴女が決心したら、答えを教えて? 私も、それまでに頭を整理しとく」

 アルトリアの涙に、何かとても胸の裡が火照ってむず痒くなり、誤魔化すように笑ってそう口にした。
 混乱してるというのは、半分本当で、半分は嘘だ。殆どは整理が付いている。私だって第二魔法の実現を宿題にされている遠坂家の当主なのだから、平行世界の実在を疑いなどしない。アルトリアの前世が、無数に存在する平行世界の何処かのセイバーその人だと言われても、有り得ないとは思わないし、寧ろ納得できる。
 ただし、それはセイバーが只の人間であるならばの話。セイバーは人間じゃない、サーヴァントだ。アルトリアと同じように、世界の時間軸から外れた、英霊という私達より遙かに霊格の高い存在だ。
 一度世界と契約して英雄と成った者の魂は死後、輪廻の輪から外され、高次の存在として昇華され、永劫に亘り世界を見守る存在、英霊となる。
 そう、セイバーが英霊であるなら、本来は転生なんて出来る筈がない。でも現に、目の前に居るアルトリアはセイバーの生き写しのような容姿を持ち、夢で見た限りでは何とも言えないが、セイバーだった前世の記憶も持っているらしい。
 その事実が、状況証拠が彼女はセイバーの生まれ変わりだと告げている。でもセイバーが転生できるはずは無いというその矛盾……そこが未だ解けない謎。
 でもきっと、そこには彼女の尤もプライベートな秘密が隠されたデリケートな部分。だから彼女の心を無視して暴くなんて酷い事はしたくない。

「……はい。凛、ありがとう……ありがとう、そして、御免なさい……」

 咽び泣きそうな声を押し殺して、途切れながら感謝と謝罪を伝えるアルトリア。
 その謝罪は何に対してのものだろう。話す事、秘密を明かす事への覚悟がまだ完全でなかったからだろうか。そんな事、気にしなくても良い。
 私だって、同じ立場に立たされたなら、きっと逃げ出したくなるに違いないから。自分が死んで、記憶を保ったまま未来に生まれ変わって、そしてまた死んで……全ての記憶を持ったまま、再び前世の世界に戻ってきてしまったとしたら?
 ……そんな事、誰が考えられる? そんな事になってしまったら、私は過去の、前世の自分や、親友、そんな特別な相手に自分を曝け出せるだろうか? 家族や親友にだって、どう自分の真実を明かせる? ましてや自分自身になんて、何て自分を説明したら良い? 
 私には、そんなの解からない。如何したら良いかなんて、私には答えられない。そんな状況にずっとアルトリアは立たされていたんだ。そんなの、私なら辛すぎる。

 理解されないのでは、拒絶されるのでは……頭がおかしいと、まともに信じてもらえないのでは? そんな不安を一切抱かず、相手の気持ちも考えず自分勝手に自己主張できるような丸太みたいな図太い神経の持ち主なんて、そう滅多にいやしないだろう。また、そんな身勝手な人格の人間なんて、私は好きになれない。お断りだ。
 アルトリアは強いけど、信じられないくらい心の強い人だけど、そんないやらしい性格なんかじゃない。寧ろ、自分の事は過度なくらい犠牲にする性質だ。相手を何処までも気遣う性格の持ち主だ。そんな彼女が、人の気持ちを無視して自己主張などする筈が無い。
 そう、出来る筈も無いのよ。だって彼女は、本当はこんなに暖かくて優しい、繊細な心の持ち主なんだから。
 何かの本で読んだ事がある。日本の伝統である日本刀の鋼は、刀剣として非常に優れた強靭さを持つと言う。非常に硬い鋼。だがその強靭さを支えている本当の要は、実は内部にあるという。中心部にある“心金”と呼ばれる軟らかい鉄の部分、それが日本刀の強靭さには必要なのだと。ただ硬いだけの鋼は、強過ぎる力には脆くも折れてしまう。だが、硬くも中心に軟らかさを残した鋼は、強過ぎる力にも“しなる”事で耐えるのだと。
 アルトリアの心も、そうだ。彼女の心は、正しくその日本刀そのものだ。アルトリアの強い精神の中心には、とても繊細で軟らかい、弱い心がある。その“弱さ”があるから、アルトリアは強いんだ。でも、今はその弱い心を、私が突っ付いてしまった……そうだ、謝らなきゃ。
 ベッドから立ち上がり、目の前で震えて、必死に胸元を握り締めたまま、感情を押さえつけて泣いている彼女をそっと抱きしめる。

「ゴメンね、アルトリア。まさか貴女をそんなに泣かせちゃうなんて思わなかった」
「っ!! いえ、御免なさい、御免なさいっ……謝らないで、貴女は何も悪くない……!
悪いのは私です。必ず……必ず話すと約束したのに……」

 私の腕の中で小さく身を竦ませたまま、アルトリアは張り裂けそうな思いに頬を濡らし続ける。そんな彼女の頭に手を回し、子供をあやすように優しく胸元に引き寄せ、抱き締める。私の気持ちを伝える為に。

「いいから、もう泣かないで、ね? 貴女を困らせたかったんじゃない、悲しませたかったんじゃないの」
「いえ、違うんです。……貴女の心遣いが嬉しくて。……でも自分が情けなくて、貴女に申し訳無くて……」

 ヒックヒックと、あくまで小さく偲ぶような嗚咽の声。あくまで泣き声を響かせまいと押さえ込む様は、如何にも奥ゆかしくて、彼女らしい。
 アルトリアを泣かせてしまった私は馬鹿だ。彼女の性格を考えれば、想像も付きそうなものじゃない。アルトリアは礼儀正しく、理と義を重んじる。そしてなにより己に厳しい。
 そう、彼女はずっと悩んでた、迷ってたんだ。己に厳しく、曲がった事が許せない彼女だから、私に自分を偽り続ける事がずっと苦しかった。
 必ず真実を明かすと誓っていたから。でも現実にはその誓いを果せず、結局アルトリアは私に自らの意志で真実を打ち明けたわけじゃない。
 だからその事をとても恥じ入ってしまっているんだ。でも、彼女にはまだ明かせずに迷い苦しんでいる秘密が残ってる。でも私はそれを許した。何時でも良いと。それがアルトリアにとって、どれほどの救いの言葉になったのかは解からない。
 でも、きっととても嬉しかったに違いない。驚喜と羞恥、受け入れられたという安堵の念と、誓いを守れなかった自責の念、色々な想いが入り混じって、とうとう耐えられなくなっちゃったんだろう。

「うん、解かってる。私にも全部じゃないけど、貴女の事情が少しは判ったから。辛かったよね、苦しかったよね。自分を偽るのって、辛いものね? でも、もう頑張らなくて良いのよ。私、知っちゃたから。貴女の過去、全部じゃないけど、知っちゃったから。だからね、もうそんなに思い詰めなくていいから。ね、セイバー?」
「うっううっ! 凛……凛!! うくっ……ふっぐ、私は……!」

 つい、確かめたい気持ちもあって、彼女のことをセイバーと呼んでしまった。私にも、確証はなかったから。セイバー、それは彼女にとって、特別な意味をもつ名前。その名を私が知っていると言う事。それは即ち、アルトリアの前世がセイバーだという事を、私が知っている事を意味する。その事実を知ったアルトリアは一際大きく声を上げ私に縋りつき、遂に泣き崩れてしまった。私は卑怯者だ、酷いヤツだ。さっき何時でも良いと言っておきながら、既に知っているよと、間違いないよねと揺さぶりをかけたのだから。
 私に秘密をもう知られているという揺ぎ無い宣告を受けて、とうとう感情の堰が決壊してしまったのだろう。彼女は震える手で私の背に手を回し抱き付いたかと思うや、力が抜けたようにへたりと、私を巻き込んでその場に崩れ落ちる。
 二人抱き締めあったままくず折れて、床に座り込む格好になった。そのままアルトリアはずっと、私の肩に顔を埋めたまま、パジャマを涙で濡らす。
 ぎゅうっと力強く抱き締めてくる腕が、彼女の想いの強さを伝えてくる。私はその想いの強さに心を揺さぶられながら、宥めるように彼女の肩を、ポンポンと優しく叩き、その震える背中をさする。いつの間にか、私の目頭も熱くなっていた。

「ん、ゴメンね。つい口が滑っちゃった。卑怯だよね、ゴメン。でももう大丈夫だから。これだけは信じて、私は貴女を信じてる。だから、もう安心して……セイバー」
「り……ん、凛。ありがとう……。やっぱり貴女は優しい。例え別人と判っていても、貴女はやっぱり、私の知っている凛だ。あの時と、同じ……」
「あは、なぁにそれ?」

 やっと落ち着いたか、腕を離して顔を上げるアルトリア。手で涙を拭いながら、まだ潤んだままの瞳で私を見つめてくる。

「私は生前にも、私の知っている貴女にこの姿で再会したんです。その時も、凛はすぐに私を理解してくれた。あの時もこんな風に、優しく抱き締めてくれた」
「! へえ、やるわね、その私。流石は私と想うべきかしら?」
「あはっ、そうですね。確かに流石は凛です」

 潤んだ瞳に僅かながらいつもの彼女の笑みが戻る。
 うん、やっぱり彼女は笑顔の方が似合ってる。

「そっか、なぁんだ。じゃあ私、ちゃんとセイバーを召喚出来てたのね」
「すみません。今の私はセイバーではなくソルジャーですが……わぷっ」

 私の言葉にちょっとムッとしたような、申し訳ないような複雑な表情を浮かべて反論してくるアルトリア。その仕草や表情が余りにいじらしくて、思わず抱き締めたくなった。

「あはは、判ってるってば。セイバーだろうとソルジャーだろうと、もうそんな事どうでも良いのよ! 私は、貴女を召喚できて良かったと思ってる」
「凛……」
「それに過去はどうあれ、貴女は貴女でしょうアルトリア。今一緒にいるセイバーは、もう貴女とは違う道を歩いているセイバーだもの」
「……はい」
「だったら、自分にもっと自信を持ちなさい。貴女は列記とした一人の英霊なんだから」
「はい。やっぱり貴女は聡明で賢い。貴女には私の記憶は無いけれど、私にとって貴女はかけがえの無い、大切な親友です。それだけは変わらない」
「あ、あはは。何だか面と向かってそんな風に言われると恥ずかしいわね」

 気恥ずかしさに思わず明後日の方向を向き、頬を掻いてしまう。只の照れ隠しなのは自覚している。するとアルトリアは徐にすっくと立ち上がり、一歩下がって涙を拭い姿勢を正す。どうしたのかと不思議に思っていると、彼女が口を開いた。

「改めて、誓いを此処に。私、アルトリア・コーニッシュ・ヘイワードは貴女の剣となり銃となり、時に盾となって、必ずや貴女を護ります。是はサーヴァントの契約に有らず。是は単に、私にとっての誓いです。例え主従の契約が失われようと、私は絶対に貴女を護り続ける事を、此処に誓う」
「アルトリア……そんな、本当に良いの?」

 それは、只の誓いの言葉ではなかった。彼女の言葉には魔力が込められていた。
 只でさえ霊格の高い存在である英霊の言葉だ。そこに魔力が加われば、言葉そのものが強制力を持つ“言霊”となる。それはつまり、彼女にとって契約そのものだ。

「勿論です。私は既に、貴女達をこの戦争から護りきると胸に決めて此処にいるのです!
それを己の誓いとしてこの身に刻み付ける事に、何の躊躇いがありましょう」
「……判ったわ。貴女の決意、しかと受け取ります。この戦争、絶対に勝つわよ!」
「はい! 必ずや」

 ここに、契約は成った。
 本当に信じられない……まさか私達人間なんかよりも、遙かに霊格の高い英霊から守護される契約を交わしてくれるなんて。
 こんな奇蹟、私は知らない。この先何かとんでもない不幸が襲ってくるんじゃないかと不安になりそうなくらいだ。

「おっし、それじゃ張り切って行かないとね! っと、そういえば今、何時?」
「あっ! いけないっもうすぐ六時半ですよ凛、急いで仕度を!」
「わわっ解かったわ! っと、ご免アルトリア、ベッドの上お願い!」
「判りました凛! 早く着替えて、顔を洗ってきて下さい!」

 バタバタと慌しく動き出す私達。
 慌ててパジャマを脱ぎ捨て、制服のハンガーに手を掛ける そういえば、もう一つ何か忘れているような気がしだしたのだけれど、それが何だったかが上手く思い出せない。
 制服のブラウスに袖を通しながら必死に思い出そうとするんだけど……

「え~っと、そういえば私、何か忘れてる気がするのよね……何だっけ」

 その時だ、不意にコンコンと部屋の扉をノックする音が聞こえたのは。

「凛、起きてますか。もう朝ですよ?」
「!? せ、セイバー!?」
「あ!!」

 そうだ、しまった! アルトリアと二人、互いに見合わせて固まる。
 そういえばもうセイバーは隠れている必要が無いから、普通に起きてくるんだ!

(ひょっとして今の会話、聞かれたかな!?)
(わ、判りません。私もつい、緊張が解けて警戒が疎かになってしまったので……)
(ど、どうしようか。とりあえずセイバーに貴女の名前を知られちゃ面倒よね)
(は、はい。今はどうか、今までどおりアリアと)
(オッケー!)

 その念話に要した時間、なんと〇コンマ九秒。会話と言うより、殆どアイコンタクトに近い意思疎通だった。

「あ、セイバー? おはよー。ちょっと待って今仕度してるトコなの、今開けるわねー」
「あ、いえ。仕度の途中でしたらけっこ……」

 そう声を上げ、ガチャリと扉を開けると困惑したセイバーの顔があった。

「す、すみません。お手間を取らせる気は無かったのですが」
「いいわよ。どうせ藤村先生に起こすよう頼まれたんでしょ?」
「はい。でも何事もなくて良かった。タイガが心配されていましたよ。アリアの事も。朝起きたら彼女の姿が有りませんでしたから」

 あ、そういえばアリアもあの時は一緒に寝るフリだけしてたっけ。

「あはは、御免なさい。今朝ちょっと凛に呼ばれて、皆を起こしちゃ悪いと思いまして」
「もう、気配まで消して抜け出すなんて。朝貴女がいない事を知って慌てたタイガを誤魔化すの、苦労したのですよ、姉上?」
「ご、御免なさいセイバー」

 少々ご立腹なのか、彼女にしては珍しく嫌味の篭った皮肉を口にするセイバー。腰に手を当て、ちょっと拗ねたように頬を膨らませて自己主張をしている。
 そんなに大変な事態になっていたのだろうか藤村先生……? じろりと半眼で睨まれるアリアは困ったように乾いた笑みのまま謝るほか無かった。

「それで、昨日は一体何処に、何しに行っていたんです?」
「えっ? あ~、あはは……ばれてました?」
「と・う・ぜ・ん・です。第一、夕食前の会話から既に貴女達が昨晩何か行動を起こす事は予想出来ていましたから」
「あらら、バレバレだったみたいよーアリア?」

 うっわ~、やっぱりアリアの元なだけはあるわね。結構鋭いじゃない。

「あはは。それじゃあ、あの時は狸寝入りしてたんですね」
「そういうことになりますね。さあ、納得の行く説明を頂きましょうか、姉上様?」
「あはは……言葉に棘がありますよぉセイバー。ちゃんと説明しますから機嫌を直してくださいな」
「まったく、お願いしますよアリア。あんまり妹役に心配させないで下さい」
「はぁい。御免なさいねセイバー」
「わっ!? ちょっと、アリアッ! 苦しいですっ」

 拗ねた態度が妙に小動物っぽくて可愛らしかったからか、それとも反撃のつもりか、アリアがセイバーをむぎゅっとその胸に抱き寄せる。
 セイバーの態度は普段と何ら変わらない。どうやら、セイバーにはアリアの正体はバレずに済んだようだ。ほっと、胸中で胸を撫で下ろす。
 因みに、私達はそのままセイバーの質問攻めに遭い、私の仕度が更に遅れてしまったのは言うまでも無い。


**************************************************************


 時計の針が七時まで残り十五分弱だと伝えている。
 朝食の用意はもう出来ているというのに、まだ座卓の前には大慌てで飯を掻っ込む虎しか居ないのは何故だろう。
 遠坂達は一体何をしているのだろうか?

「あいつら、遅いなあ。早く食べないと遅刻するぞ」
「はぐはぐ、ん~、ぼーひはのはひらね~? はぐもぐ、へいはーひゃんひあいあふぁん
ふぉはがひへひへっへふぁのんふぁんふぁへど」
「こぉら藤ねえ、食べるか喋るかどっちかにしろ。ったく」

 まったく、そこらじゅうに食べカス撒き散らすなってんだ。一応は女だろ、藤ねえ。

「んぐっんっん、ぷはっ。セイバーちゃんにアリアさんを探してきてって頼んだんだけど、それから誰も戻って来ないのよね~。セイバーちゃんは姉上なら心配はないって言ってたけど、やっぱりちょっと心配になってきちゃうかな」
「ちょっと見てこようか? 多分、遠坂の部屋だと思う」
「あ、乙女の部屋に無断で入っちゃダメよ士郎!? ちゃんとノックする事ー」
「判ってるよ! 人をケダモノみたいに言うな!!」

 そんな実りの無いやりとりを終らせてさっさと襖に手を掛けようとすると、襖の方が勝手に開いた。

「あら、おはよう衛宮くん」
「うぉわっと、遠坂!? 遅かったじゃないか」
「御免なさい士郎君。ちょっと話し込んでしまって」
「め、面目無い、シロウ」

 勿論襖は勝手に開いたりはしない。襖を開けたのは丁度探しに行こうとした面子だった。
 普段と何ら変わらぬ調子で猫かぶりモードの遠坂に、相変わらず苦労性なアリア。
 セイバーはといえば、何やらばつが悪そうな顔で小さく後ろに隠れている。

「あ、ああ。如何したんだセイバー?」
「いえ、その……遅らせてしまったのは私に責任が……申し訳ない」
「あっ、セイバーちゃんご苦労さま。よかった、アリアさんもちゃんと居るわね? よしよし。それじゃ、全員ちゃんと確認出来たし、時間無いから私はもう行くわね士郎ぅー」

 居間に現れた三人を確認して藤ねえが席を立つ。
 いつの間にかもう食べ終わっていたらしい。

「ん、ああ。急ぐのは良いが気をつけろよー」
「まっかせなさーい。遠坂さんも士郎も遅刻しちゃダメよー? じゃ、悪いけど留守番お願いねセイバーちゃん達。いってきまーす!」
「いってらっしゃいませ大河さん」
「あっと、お気をつけてタイガ」

 セイバー達が返事を返すがその頃には虎は猛スピードで玄関を飛び出していた。

「いってらっしゃ……って、あらもう行っちゃったわ。突風みたいな人ね藤村先生って」
「ははは。タイミングを逃したな遠坂。まあそのうち慣れるさ」

 慣れた方が幸か不幸なのかは、この際考えないでおく。

「それはそうと、早く食べないと本当に遅刻するぞ?」
「そうね、軽く手早く済ませるわ」

 そう言うと遠坂達は足早に席に着き、急ぎの朝食となった。
 今朝の朝食は何としても遠坂を見返して遣りたくて腕を振るったのだが、急ぎだった事もあり、碌に味わってくれなかった事を付け足しておく。
 まったく、今日も朝からなんだってこんなに騒がしいんだか。そんな憂鬱な気分を雀の声に幾らか和らげられながら、俺達は家の門を後にした。


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