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No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
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[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14
Name: G3104@the rookie writer◆f78c4bd3 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/06/07 23:12
 午後の爽やかな日差しが挿し込む荘厳な道場の中にぱしんぱしんと竹刀の音が木霊する。胸中に蟠る疑念を振り払うが如く、私達は剣の鍛錬を行っていた。少なくとも、考えても埒の明かない問いに思考を空回りさせるよりは、体を動かしていた方が……今の私には在り難い。こうして体を動かしている間は、それだけに集中できる。考えずに済むからだ。戦う道具であるサーヴァントの私が何故、このような自身には必要の無い鍛錬などを行っているのかというと、単にそれはマスターの為だ。




第十四話「兵士対剣士、未熟者は真昼の真剣勝負に活目する」




 事の発端は昼食の席に遡る。アリアが用意した和洋折衷の献立を胡乱な頭のまま摘んでいると、やおらにアリアが凛に向けて口を開いたのだ。その内容は、従者である私でさえ気付かなかった主の状態について。……驚いた。パスだけの繋がりで、ラインが通っていない異常は把握していたが、まさかシロウ自身の身がそんな危うい状態だったなんて。私はマスターのコンディションを、少しも理解出来ていなかったのだ。まったくなんという失態か。尤も、今回は元から半ば事故のような偶然で、正規のプロセスも経ずに召喚されたらしい。それが原因かは判らないが、今の私は魔力供給の為のラインさえまともに繋がっていない。最初からそんなイレギュラーを抱え込んだ今の私には、霊脈(レイライン)を通してマスターの魔力回路を把握する事さえ儘成らない。今の私にはシロウの身体状況を把握することすら出来ないのだ。だからといって、それが如何したというのだ。なんの言い訳にもなりはすまい。私の、明らかな注意不足だ……。

 私はシロウを護り、勝利に導く事を最優先に考えていた。だが、その中に彼の状態を把握する事までは念頭に入って居なかったのだ。なんと愚かな……彼は望んでこの戦に挑んだ訳ではない。それでも、彼は受け入れた。犠牲になる人を護る為、そして聖杯を望む私の為にも、と。聖杯に望む願望など何も無いと断言した無欲な主。何が彼をそこまで強く在らせるのかは私には判らぬ事だが、さりとて、だから私が彼の内面を窺わなくて良い事にはなる筈も無い。
 私も、彼の為に何かしてやりたい。否、今の私は彼にとって負担でしか無い存在だ。『してやりたい』だなんて、おこがまし過ぎる。

「…………で、……する訳だ…ど、貴女は……で良いわよね?」

 でも私にも、彼の為に何か出来る事はある筈だ。私が彼にしてあげられる事、一体何が在るだろうか。

「……ちょっと、ねえ……聞いてる、セイバー?」

 そんな事を考えていると唐突に凛に呼びかけられた。しまった、不覚にも自問に耽って周りの事に気を配れなくなっていたらしい。

「あ、ハイ。申し訳ない、少し考え事をしていたもので聞きそびれてしまいました。……確か、貴女がシロウの魔力回路を正常に治す、という話ですね」
「そう。で、いい機会だから士郎の魔術講座も開いてやるって話。聞いてなかったみたいだけど士郎ってば、ホンットとんでもないド素人だったのよ!」

 心底呆れ返ったと云わんばかりに溜め息を付き頭をふる凛。確かにシロウを侮辱する心算は無いが、彼には魔術的な能力は余り高く無いだろうとは思っていた。だがまさか彼女にそこまで言わせる程だったとは。ふと心配になって隣に座る彼の顔を覗き見ると、やはり多少堪えていたらしく、些か口惜しそうな渋面で鶏肉の和風唐揚げを摘んでいた。

「悪かったな。どうせ俺はド素人だよ。強化の魔術ぐらいしか扱えない半人前だ」
「あはは、そう腐らないで下さい。独学だったのですから無理も無い話です」

 アリアが困ったように笑いながらフォローを入れる。そう、シロウの状態を見破ったのは他ならぬアリアだった。彼女は時に恐ろしい洞察眼を垣間見せる。今も私の頭を悩ませ続けている張本人。

「では、今日の午後は凛から魔術の教えを請うのですねシロウ?」
「ん、ああ。正直願っても無い話だしさ。今まで俺は、親父が死んでからは誰にも教わる事が出来なかったんだから。独学でもずっと続けてきたしこれからも辞めはしないけど、今の状況じゃ独学でも少しずつ……なんて悠長な事言ってられないだろ?」

 地道に進めるだけの猶予は無いのだからと、彼は言う。

「敵は待ってくれないのに俺には最低限身を護ることさえ儘成らないんじゃ余りに情けない。これじゃセイバーにばっかり負担かけっぱなしだ。少しは戦えるように鍛えなきゃ」

「そうですね。敵の前に何の備えも無く出るのは危険極まりない。……ちょっと待ってください! シロウ、貴方は今何と仰いました!?」
「え? いや、俺も戦えるように鍛えるって。だってそうだろ、セイバー一人に戦わせるなんて事、俺には出来ない。本当はお前に危ない目にあって欲しくなんか無いけど、戦わなきゃいけないなら俺も一緒に戦う」
「戦う!? ちょっと待ってください。貴方のするべき事は後方支援です!! 決して前衛で戦う事じゃない! サーヴァント相手に人間が敵う筈が無いのはもうご存知の筈だ」
「判ってるよ、でも幾ら後方支援だからって、敵に襲われない保障も無いだろ。セイバーを信用していない訳じゃないけど、俺みたいな弱いマスターはそれだけで格好の標的だ。敵が手段を選ばないヤツなら直接俺を狙ってくるだろう。そんな場合、セイバーは俺を護ることだけで精一杯になってしまう。俺のせいでセイバーが不利に立たされるなんて嫌なんだ」

 確かに、私一人なら彼を狙われた場合不利な状況になる恐れはある。だが、今は私一人ではない。この上ない同盟者が二人も居るのだ。彼が心配するような事態など、彼女らが看過する筈が無い。

「そんな事には……」
「アリア達に頼ってばかりも居られないよセイバー? 確かに遠坂もアリアも優れたマスターとサーヴァントだ。でもだからこそ、俺一人劣ってるせいで皆の足を引っ張るような事には、絶対に成りたくないんだ」

 私の反論を見透かしたかのように言葉を重ねてくる。

「ですが……」
「反論は無しだセイバー! こればっかりは譲れないからな。俺はこの戦争に参加すると決めたんだ。自分の意志で戦う、そう決めたんだ。それに……君みたいな女の子がこんな非情な殺し合いをするなんて、何かが間違ってる」
「私はサーヴァントだ。性別など何の意味も在りません。その認識は見当違いですシロウ!」
「お前にはそうかも知れないけど、俺には多いに意味在りだ!! 女の子が斬った張ったの命の遣り取りをするなんて俺には見過ごせない! それが例え人間であろうが無かろうが、君は現に此処に居て、仮初めでもこの世界に存在しているんだ。傷を負えば痛みだってあるだろう。女の子が傷付いて、痛みに苛まれるなんて男として黙ってなんか居られない!」
「だから、私を女性扱いする必要など無いのだと何度言ったら判るのです!!」
「俺から見たらどんなに凄い力を持っていたってセイバーは歴とした女の子だよ!! セイバーがわけの判らない化け物なんかに見えるもんか!!
 ……とにかく、俺はセイバーに全て頼りきって一人安穏とする気なんて無いからな」

 私と彼との遣り取りはいつの間にか内容が完全に平行線を辿っている。頭に血が昇ってしまって、一体何時、何故このような言い争いになってしまったのか……決まっている。彼が私をサーヴァントとしてではなく人のように扱おうとするからだ。はあ、彼は何故こんなに強情なのだろう。
 そこまで考えて、ふと思い至った。在るではないか。一つだけ、私が彼にしてあげられる事が。

「……判りました。そこまで言うのならもう止めはしません。その代わり、条件を出します」
「条件?」
「はい。貴方には私から剣の鍛錬を受けてもらう」
「え? それって、つまり、セイバーが俺に剣を教えてくれるって事か?」

 素っ頓狂な声で疑問を返してくるシロウ。私の提案がそんなに意外なものだったのだろうか。

「そうです。貴方があくまでも戦いに赴くというのなら、最低限自身の身を護るぐらいは出来るように成らなければ。但し、私は人に教えられるほど器用ではないし、そもそもこのような短期間では何を身に付けられるものでもありません。ですからシロウには実戦形式で、とにかく生き延びる為の生死の見切りと心構えを磨いてもらいます」
「そ、それはまあ、願っても無い事だけど……いいのか? 普段は出来るだけ魔力の消費を抑える必要があるだろ
「構いません。その程度の事で戦闘不能になるほど私は軟では在りません。貴方は私に傷付いて欲しくないと仰いましたね。それは寧ろ私の台詞です。貴方に傷付かれては、貴方の御身を守護すると誓った私が自分を赦せない! だから貴方が戦うなら、私は貴方を鍛えます。敵を前にしても、私が護りに戻るまで貴方が生き延びられるように」

 彼がこの戦いで傷付いたり斃れたりなど、そんな事は私が絶対、させはしない!

「話は纏まったかしら。それじゃあ、私の方は鍛錬の後の方がいいわね。なにしろスイッチを開くなら普通、丸一日は動けなくなるだろうから」

 それまでずっと沈黙を続けていた凛がぱんぱんと拍手を打ちながらそう提案を持ちかけてきた。そういえば、私達が言い争っている間、彼女らは終始だんまりを決め込んでいた。
アリアの性格から考えれば以外な事だ。彼女なら真っ先にお節介を焼いて口を挟んだに違いないのに。彼女の方を見やると、彼女は私の視線に気が付くや全てを察しているかのように微笑んできた。

「意外ですね。貴女が何も口を挟まなかったなんて」

 本心を飾らず口にする。その言葉に当のアリアは何に応えるとも無く自然に笑みを返してくる。

「ええ。必要は無さそうでしたから。本当は最初から貴女には実技面での鍛錬を頼もうと目論んでいましたので」

 一人落ち着き、手にした湯飲みを一口啜ってさらりとアリアは何でもない事のように答えてくる。私が思い至る事を最初から彼女は私にさせようと目論んでいたというのだ。

「ですが貴女の顔を見れば何を考えているか容易に察しが付きましたので。わざわざお節介を差し挟む必要は無いだろうと」
「誰も犬も食わない痴話喧嘩なんかに口を挟む心算なんか無いけどさ、二人ともヒートアップしていくもんだから流石に止めようか迷ったわ。でもアリアが余計な口出しはしなくてもいいって妙に楽しそうに念を押すもんだから私も黙ってたわよ。まあ、それが正解だったみたいだけどね」
「なっ……」

 なんてことだ。私の顔にはそんなに思惑がありありと浮かんでいたのだろうか? アリアは私が彼女の目論む通りの答えに既に行き着くと踏んでわざとだんまりを決め込んだのだ。なんて意地の悪い……こんな性格の彼女が私だなんて、そんな事絶対あるものか!

「ふふっそんなに機嫌を損ねないで下さい。貴方達には必要な口喧嘩だった筈です。より互いを知り、認め合うには……そうでしょう?」

 確かに、シロウがこれほど頑なで判らず屋だとは思いもよりませんでしたよまったく!
だが、何故に彼女は面識の浅い彼のそんな内面まで見抜けているというのか……本当に彼女は謎だらけだ。

「まったく、意地が悪いわねーアリアってば。こ~のお節介小母さん」
「むう、失礼な。誰がお節介小母さんですか。元々彼女らは似た者同士なのですから、こういう事は真正面からぶつかるほうが他人より早く判り合えるのは道理ですよ」

 にやりと意地の悪い笑みを浮かべながらからかう凛に、口では失敬なと異を唱えながらもその指すところには反論しないのかアリアもまたしたり顔でにやりと笑みを返している。
 アリアは私とシロウを似た者同士だと言うが、二人して同じように座してお茶を啜りながら軽口めかして談笑しあう彼女らもまた、余りにも似た者同士だと思うのは私だけだろうか。ふと二人があまりにも落ち着いて湯呑みを手にしている事に気が付く。彼女達はもうとっくに昼食を食べ終わってしまっていた。しまった、折角の昼食が冷めてしまったではないか……。冷めても無事なのは野菜サラダだけだ。
 シロウと私は二人そろって、もう冷たくなってしまった唐揚げや出汁巻き卵を虚しく突付くことになってしまった。


 それが昼食の席での出来事。私がシロウの剣術の師を買って出た顛末だ。そして、何故か今私の前に居るのはシロウではなくアリアだったりする。私はシロウと稽古をしていた筈なのだが……。シロウはというと、今は壁ぎわに座って、逐一私達の動きを、一挙手一投足を見詰めている。模擬戦形式での直接の稽古はつい先ほどまで続けていた。一時間程も打ち合っていただろうか。十何回目かの一本負けでシロウが打ち払われて竹刀を落とした頃だった。

「はあ、見るに忍びませんね」

座敷で一人黙々と機械に向かって何かの作業を続けていた筈のアリアが道場の入口に寄りかかって腕組みをしながら此方を覗いていたのだ。その表情はさもありなん。シロウがあまりに一方的に倒されてばかりだった為だろう。やれやれといった感じの苦笑が浮かんでいた。

「セイバー、貴女は確かにあまり人に教えるのは得意とは言えませんね」
「む。否定はしないが、さりとて一対一で実戦闘の厳しさ、非情さを教えるには現時点ではこれが最良と判断しての事です」
「そうですね。ですが今のままでは余りにも士郎君のスタートラインが低すぎる。今の彼はまだ打ち込みも防御も甘い素人です」

 私の反論にアリアは何も異を唱えるでもなく、蒼地のコートを脱ぎゆっくりと私達の傍までやってくる。そのまま、何を思ったか突然ぺたぺたとシロウの体を手で触りだす。突然の事で顔を真っ赤にして驚くシロウを後目にアリアが続きを口にする。

「え、うわっちょ、ちょっと!?」
「ふむ、ですが基礎的な体造りは既に出来上がっています。セイバー、貴女とて見立てで彼の身体能力は水準以上だと判っているでしょう?」
「はい。だがそれはあくまで身体面だけの話です。シロウには実戦の経験値が絶対的に不足している」

 どうやらシロウの体つきを調べていたらしい。私とてシロウの体の完成度には気付いている。確かに大した物だ。日々修練を行わねばここまでの肉体はそう作れない。私の言葉を受けてアリアが言葉を続ける。

「確かに戦闘時に危険を察知する直感を養うにはとにかく実戦を数多く経験する他在りませんが、それはもうこの一時間の間で十分経験出来たでしょう。何の元手となる技術も持たぬまま格段に強い相手にはどうあっても勝てない。という事ぐらいは嫌でも判ったでしょう士郎君?」
「ん、ああ。こっぴどくタコ殴りにされたよ。認める、俺の認識が甘かった」

 この一時間の間、彼はとにかく私の一撃を防ぐ事さえ出来ずに失神してばかりだった。シロウには悪いが、あまりにも動きが素人で満足な型さえ無く、ただとにかく思いつくままに動く、といった感じのその場しのぎでしかない動き。それでは熟練者に及ぶ筈も無い。

「上出来です。ならば次は身のこなし、生き延びる為の身の振り方を覚えさせるべきだ。まずはガードを固める方から学ばせた方が効率的ではありませんか? 今のまま直感に任せて自ら対処法を身につけるのも悪くは在りませんが、生憎と時間は限られています」

 防御面を先に形にする、か。確かにそれは一理ある。だが、生憎と私はそれほど器用には振舞えない。

「いいでしょう。ですが、私は確かに人に教える事は余り得意ではない。今のまま実際に私の剣を受ける上でどう対処するべきかとか、そういった実践式でしか上手く伝えられない。貴女が私に代わってシロウに身の護り方を手解きしてくれるというのですか?」
「いいえ、私とて余り人に教えるのは得意ではありません」

 その言葉にアリアは諦めるかと思いきや、涼しい瞳を少しも揺らさずとんでもない事を言い出した。二人揃って教官失格だというのなら如何するというのだ。

「では一体如何するというのです」
「そうですね。それではこういう形式はどうでしょう? 私と貴女で組手をするのです」

 ラフに姿勢を崩して腕を組みながら、人差し指を立てながら彼女が楽しそうに語った方法……それこそが私との模擬戦闘実演だった。


 そうして今、私はアリアと組手を交わす事となった訳だが……これがまた彼女らしいというか、最初はシロウの動きをそのままトレースしただけのものだった。

「ぃっ痛たたたた。はあ。自分で受けてみると結構効くものですね竹刀でも」
「…………。だ、大丈夫ですか、アリア? 一体何の心算ですか今のは」

 脳天に一発、ものの見事に入った一本に頭を振って痛みに堪えながらもあっけらかんと笑うアリア。突然に行われた頓珍漢な攻撃、余りに無防備で考え無しな大振りだったため一瞬呆気に取られたが、彼女の事だ、何かの策の心算だろうと思って何のためらいも無く竹刀を振り下ろしたのだが……まさかそのまま食らうとは思いもしなかった。

「何の心算も、今のは単純に先ほどの士郎君の動きを再現したまでです。どうですか士郎君、貴方の何処がいけなかったか、判るのではないですか?」
「ああ、セイバーの太刀を後ろに飛び退いて、空振りした隙を狙って渾身の上段切りを入れようとしたんだけど、詰め寄ろうとする間にセイバーには体勢を立て直されていたんで脳天に一撃を食らって倒れた。さっきの俺はそういう事だな」

 打ち込まれた頭をさすりながらシロウに何がいけなかったかを再認識させるアリア。なるほど、まずはミスの答え合せをしようという腹か。

「それだけではありません。さっきのような場合、貴方は丸々バックステップ一歩分飛び退いていながら、その上隙の大きくなる大振りを、しかも飛び退いて体勢が崩れたままのところから繰り出そうとしていました。体勢も悪ければ当然振りかぶるスピードも鈍くなる。結果セイバーが完全に迎撃体勢を取れるだけの猶予を与えてしまっていた訳です」
「む、そうか。無我夢中で気付いてなかった」
「ですが先程の場合、仮に体勢を崩す事無く素早く面打ちに移れたとしても結果は同じです。セイバーはまだきっちり一進一退、基本を忠実に護って律儀に攻守を分けてくれています。さりとて今のように丸々一足分の猶予があっては確実に此方の上段斬りなど下から打ち払われて返し刀で額を割られるだけです。ここはバックステップで避けるならそのまま回避に徹するべきだ。そもそも士郎君、貴方の技量ではまだ反撃するには早すぎる。まずはひたすらに回避と防御に専念なさい」

 アリアは冷静に分析と解説を述べてゆく。確かにあの状況ではどんな方法で反撃してこようと迎撃は容易かった。その説明は的確で明解だ。全く、何処が“教えるのは得意ではない”だ。十分に教官ぶりが板に付いているではないか。

「なるほど、判ったよ。でもずっと逃げっぱなしじゃそのうち追い詰められてしまうじゃないか。やっぱり反撃出来る時には打って出なきゃ……」
「だから、それはまだ先の話です。ですがまあ、気持ちは判らなくもありません」

 それは時期尚早だ、とばかりに困った顔で一言に断じるアリアだが、後半の台詞には若干含みをもった微笑が現れていた。

「アリア? 何か企んでますねその顔は」
「ええ、勿論。此処からが本来の目的ですからね」

 そう不敵な笑みを浮かべて楽しそうに私の眼を見据えてくるアリア。何を企んでいるのだろうか?

「遣る事はさっきと同じです。貴女と私で組手を構える。ですが、私は本来のスタイルで遣らせてもらいます」
「「本来のスタイル?」」

 ついシロウと二人して同じ言葉で聞き返し声がハモる。本来の、というと……アレか。私が初めて彼女と相対した時に見せた奇妙な型の戦闘術。

「そうです。但し最初は此方の獲物は無し、つまり素手です。そもそも士郎君は生身の人間です。我々のように必要な時だけ自由に武装出来はしない。万全に前準備でもしなければ武器を持って敵に相対できる場面の方が希少です。ならば素手での対処法も知っておいて損は無いでしょう。つまり、今から私が見せるのは所謂、手本です。模範演技。今すぐにソレをマスターしろとは絶対に言いません。こういう対処法もあるのだ、と、参考だけに覚えておいてくれればそれで良い。士郎君、どんなものでも最初は“見て覚える”が基本ですよ」
「判った。目を皿のようにして食い入るように見る事にするよ」

 シロウの言葉に小さく頷き、此方を向き直す兵士の英霊。

「良い心構えです、見逃さないようご注意を。セイバー、今回私は貴女と同レベルの機動力で挑みます。貴女は、そうですね。常人での経験者か玄人レベルを意識してください」
「了解した。だが本当に素手で構わないのですかアリア。確か貴女の基本スタイルはあの銃と小太刀を使う業だと思っていましたが」

 無手とはまた極端なことを言い出す。剣の英霊としては明らかに不利な丸腰の相手をする等騎士道に反するが……否、相手は剣士ではないのだ。相手が無手を是とするなら拒みはしない。

「ええ、確かにそうです。だがそれは決してその型のみに縛られるものではない。私の近接戦闘術においてこの無手はもっとも基本であり礎なのです。道具を使う事も基本であるここから発展したものに過ぎない。打ち合ってみれば自ずと判ります。何故、私があらゆるカテゴリーから外れたか……きっとこれも理由の一つでしょう。
 あ、先に謝っておきますね。今回は討ち取らせて貰います。此方が一矢報えねば意味が在りませんから。その代わり、力とスピード以外は全開で構いません。常人の身体能力に限定し、真っ向から技量勝負と行きましょう」
「判りました。そこまで言うのなら心配は無用ですね。その自信の程、見せてもらいましょうかソルジャー」

 彼女に対して疑問はあるが、とにかくアリアの狙いに合点はいった。そういう事か。私はシロウに可能な限り、『戦いとはどういう事か』という事を仮初めでも実体験させて覚えさせようとした。だがアリアは更にそこから先を自ら実演して見せて、効率よく彼に予習をさせようというのだ。私の口上に対しフッと小さく不敵な笑みを作り応じる。

「では、始めましょうかセイバー」

 アリアはそう開始の言葉を切るとすぐに、自然体で立っていた身体をすっと半歩引いて僅かに腰を落とし、控えめに構えらしきものを見せる。構えと同時にすぅっと彼女から発せられていた穏やかな雰囲気は波が引くかのように消え、鋭利で研ぎ澄まされた気配が代わりに立ち昇り、心地良いプレッシャーとなって頬をくすぐってくる。アリアは睨んでなどいない。むしろ僅かに笑みでも浮かべているかと錯覚する程に表情が無い。まったく感情の宿らぬ無表情なのだ。されど既にその瞳に宿る光は硬質な刃物の如き冷たさで私の背筋を這い上がろうと静かに爪を砥いでいる。
 臆する事など無いが……こんな寒気さえ覚えそうな、アリアの純粋な殺気を感じたのは、考えてみればこれが初めてだった。

「では、いざ!」


**************************************************************


 昼下がりの道場の中、板張りの四角い空間の中央に二人、僅か二メートル程の近距離で対峙する。アリアが始まりの声とともに小さく構えを取った瞬間から両者の間に、じりっとした剃刀のような近寄り難い雰囲気が立ち込める。セイバーもアリアももう十分に遣る気、何時仕掛け合ってもおかしくない臨戦態勢だ。これから俺は、この二人の実演模擬戦闘を目にする事になる……そう考えると当事者でもないのに緊張して、体が石になったみたいに硬直して、暑くも無いのに汗が吹き出る。それほどに二人の交わす殺気の応酬は激しく、鋭いのだ。もう今の俺に出来るのは二人とも無事で終わってくれるよう祈る事だけ。今更ながらに、彼女達が人智を超えた人ならざる存在である事を嫌というほど思い知らされる。

「では、いざ! ……ハッ!!」

 動かぬアリア目掛けて達人も舌を巻くだろうと感じさせる俊足の踏み込みで上段から袈裟懸けに竹刀を振り下ろすセイバー。その切っ先は確実に先程までアリアの首があった空間に襲い掛かる。一瞬で肩口に食らい付き、竹刀がぱぁーんと耳を劈く乾いた音を響かせる……事は適わなかった。

「――!!」

 セイバーが一瞬息を呑む。当然だろう、一足に飛び込んでの上段から渾身の一振りを避けられたのだから。だが彼女の眼前に敵の姿は無い。それがどういう事を指すか、答えは実に単純だ。アリアはセイバーの斬撃に対して横に避けたのだ。ただそれだけと武芸に造詣の浅い人の眼には映ったかもしれない。だが実際は違う。彼女の動きは酷く地味でぱっと見、なんの冴えも華も無い。だが彼女がとった行動はその実、恐ろしく洗練された物だった。

 アリアはセイバーが踏み込んだ瞬間から既にセイバーの太刀筋を見切り、その死角に滑り込むように一切無駄の無い動きで一足跳びに体移動を行っていたのだ。その動きは素人の常識から考えれば最も危険で、選択肢としてまず在り得ない。それは真正面から襲い掛かろうと飛び込んでくる刃の前に自ら飛び込んでいくような物だ。セイバーを中心にした左斜め前方向への軸移動。アリアは左の肩口目掛けて振るわれた軌跡と入れ違うように、さらにその外側へ回り込む。“死中に活を見出す”を地で行こうとでも言うのか彼女は。だがアリアの体捌きは見事成功した。

「フッ!」
「ッ……!?」

 両者の鋭い息遣いが交錯する。セイバーのほぼ真横、振り下ろされた腕の直ぐ隣という、言うなれば至近距離(クロスレンジ)にまで接敵したアリア。そのまま間髪入れずに右前腕でセイバーの利き腕を抑え、体重の掛かっている右膝裏を崩すべく右足を叩き込むと同時に、空いた左腕が喉元を刈るように振われる。それは大外刈りの変形版みたいなものだ。だがアリアがセイバーの膝を捉える刹那、セイバーが未来予知めいた直感に導かれて飛び退き、間一髪で難を逃れる。それはほんの一瞬の攻防だった。空振りに終わった右足が湿った摩擦音を響かせて床を擦る。きっとアレが極まっていたならアリアはそのまま首に掛けた腕に全体重を乗せて床に叩きつけて息の根を止めに掛かっていただろう。……当然最後は寸止めするだろうが。三歩程の間合いを空けて対峙したまま、空間に沈黙が流れる。

 それにしても信じられない……あのセイバーがいともあっさりと懐に潜り込まれ、しかも技を掛けられそうになったなんて。懐とは正面で剣を振るう事が儘成らなくなる肘がぶつかり合う程の至近距離の事を指すが、両手剣使いの場合、実は体の正面以外の、所謂腕の外側にも死角がある。そう。腕を振るえない位置には剣は振れない。剣の軌道は線で、その基点は腕だ。柄を握る手よりも内側、刀身の届かない腕の可動半径内に入られてしまっては折角のリーチも活かせない。セイバーはその外側の死角への侵入を赦してしまったのだ。
 セイバーは剣。その本領は近距離(ショートレンジ)であり、両手が塞がる剣は至近距離に難が在る。対するアリアは徒手空拳。当然の如くその本領は至近距離(クロスレンジ)。

 だが、常識的に考えれば剣は近距離の覇者であり、リーチの足らぬ素手が適う道理など無い筈なのだ。ならば今の一瞬の攻防は何だったというのか?

 もう一度、今の状況をおさらいしてみる。先に動いたのは、セイバーだった。二人の戦力差を考えればそれは仕方が無い。竹刀を持つセイバーに対しアリアは徒手空拳。己から仕掛けるなんて事は自殺行為に等しい。だからアリアは決して自分から仕掛けはしないとセイバーも良く判っている。だがそれでは試合として進まないから、セイバーは好むと好まざるとに関わらず先手を打つしか無かった。そう、それこそがアリアの意図する所だったんだ。

 徒手空拳で武器を持つ者に対処する。その極意は先手必勝などでは決して無い。それは常にカウンターから始まる制敵術であり“格闘技”では無いのだ。“格闘技では無い”、此処こそがアリアが狙っていた勝機の真髄なのだろう。セイバーの技術は、それこそ英雄たるに相応しいだけの卓越した剣技だ。恐らくこの時代のどんな剣客が相手だろうと負けはしないだろう。だが、それは相手が同じ剣術家、ないし格闘家ならばという前提あっての事。

 セイバーの剣筋は潔く、そして高潔だ。そこに穢れなど全く無い。きっと生前からあの桁違いな膂力をもってして、相手と正々堂々切り結ぶ様な戦いをしてきたんだろう。いや、戦乱の世の中を乱戦の中一人異彩を放って並み居る敵を次々と斬り伏せても来ただろう。だが、彼女の剣筋はあくまで正道。戦場が如何に形振り構わず、卑怯も汚いも無い血みどろの乱戦であろうと、彼女はその高潔な自身の矜持に適う範囲でなら、敵を倒す為に剣のみならず戦術や体術も使った事だろう。だが、あくまで彼女の本分は正面対決を是としている。

 対するアリアは、どうだろうか。正々堂々とは、している方だろう。だけれども、アリアの動きは攻撃、防御ときっちり分かれたような物じゃない。防御ではなく回避と同時に制圧、攻撃を同時に行う。いわば攻守一体、体一つ之全て即ち武器といった感だ。騎士道や武士道に則った律儀な戦い方では無いと肌で感じる。アリアはきっと、使えるモノなら何でも使って敵を倒す。そういう戦い方をする。
 ……この勝負、セイバーは苦戦する。そんな予感が脳裏を過ぎってゆく。
 彼女も本能的にそう感じ取ったのか、セイバーが口を開く。

「…………。やりますね……なるほど、それが貴女の本気という事かソルジャー」
「当然です。今回は貴女を組み伏せる事が目標である以上、最初から本気で挑まねば貴女は御せませんからね。私の本領は体術だ。得物によるリーチの差など“在って無い”物と思いなさい。甘く見ると足元を掬われる事になりますよセイバー」

 鋭い眼光を微塵も揺らがせず冷徹な表情のまま、アリアはセイバーの言葉に頷く。今の彼女からは普段のあの人の良い穏やかさは爪の先ほども感じられない。其処に居るのは文字通りの『兵士』。歴戦を潜り抜けてきた戦人。修羅場を知る者のみが身に纏う威圧感が肌に痛い。焼けた鉄のような殺気が冷たい道場の空間をジリジリと焼き、支配する。

「さあ、続きを始めましょう、セイバー」

 アリアの言葉にただ行動だけで答えるセイバー。再び正眼に構えを取り直し、対峙する。セイバーももう同じ手は食わないだろう。両者隙を窺い、ゆっくりと両者の中間を軸にして回り始める。
 一周して元の位置に戻ったところで、一向に動かなかった場が動いた。今度は自らはまず動かないと思っていたアリアが先手を切ったのだ。

「せいっ!!」

 飛び込んできたアリアに対し絶好のタイミングで迎撃に出るセイバー。先のように左右へ逃げられぬよう構えを脇構えに変えて振りかぶり、掛け声と共に鋭い右横薙ぎの一閃を見舞う。だが、またしてもアリアはその一閃を潜り抜けた。
 襲い来る竹刀を前にして彼女はさらに一段と突入速度を上げて、限界までその上体を屈めて竹刀の腹を避け、再びセイバーの懐に潜り込んだのだ。勢いづいた転倒にさえ見えるアリアは完全にバランスを失っている。だがアリアはそこから無理に立ち上がる気など毛頭無く、タンッと床に付いた手を軸に回し蹴りでセイバーの足を刈ろうとする。
 だがセイバーも屈まれた瞬間にその意図を察知しバックステップで一端飛び退くと即座に反撃に出る。跳ね返るバネのように一足飛びでアリア目掛けて逆袈裟に竹刀を振り下ろす。立ち上がり姿勢を立て直す余裕など無い。だがアリアもセイバーの動きは完全に読んでいた。回し蹴りでくるっと一回転して、再び飛び込んでくるセイバーを正面に捉えるや再びセイバーの脇をすり抜けるように飛び込んだ。再びセイバーが小さく詰まった息を吐く。

「――――!」

 竹刀を握る腕はまだ腰より上、対するアリアは獣が地を這うように低く跳ぶ。アリアはそのまま前転してセイバーの脇を抜けると即座に体を捻り床を踏み蹴って転身し、セイバーの直ぐ真後ろに立ち上がる。背後から投げ落としに掛かろうと、首に手を回し再び膝を踏み抜かんと襲い掛かるアリア。だがまたしてもセイバーの直感は鋭く、背後で見えない筈のアリアの挙動を察知して上体を前に思い切り倒し、捻りを加えて振り下ろしていた竹刀を横薙ぎに背後目掛けて振り抜く。だが咄嗟で急場凌ぎに過ぎない振り抜きは、竹刀を持つ手が片方だけになっている時点でそれが苦し紛れに出た一刀であることが判る。バランスを崩しながらも牽制の為に振われた竹刀がアリアに襲い掛かる。

「っ――!!」

 今度はアリアが危機を感じて息を呑んだ。彼女は瞬時に上体を限界まで逸らし、セイバーの竹刀がその胸の上を掠めて衣服を裂く。セイバーもまさかこれほど容易く何度も懐に滑り込まれるとは思っても居なかったのだろう。何とかアリアの射程から逃れようと焦り始めたセイバーの斬激は片手で在りながらもはや人の域を超えた速度に達していて、空気を切り裂く竹刀は切っ先が傍を掠めるだけでアリアのウエストコートとシャツを引き裂いていたのだ。黒と白の生地が宙に花びらとなって舞う。

「……!」

 されど表情一つ変えること無くそのままブリッジのように反り返って、一気に地を蹴り背後へと跳躍するアリア。まるでサーカスか新体操選手のバック転のようだ。ブリッジの状態から床を蹴り上げて倒立に持ち込み腕の力でさらに飛び退く。二メートルは後方にダンッと重い音を響かせて綺麗に着地するアリア。その衣服は丁度胸の上が鉤裂き状に無惨に切り裂かれてしまっていた。アリアは服が裂けた事も意に介さずそのまま再びセイバーへと歩き出す。セイバーもまたそれに応じて体勢を直し、構える。
 翡翠色の瞳が四つ、その視線が二人の間でぶつかり合う。其処に差し挟まれる会話は、もう一言も無い。
 セイバーが一歩踏み込みアリアをその射程に捉えた瞬間、今までで最も速い剣戟が奔る。その速度は先ほどの横払いと同じ、否、両手で力強く振るわれる分さらに速い――! だがそれでもアリアは辛くも避けきった。しかし上段からの袈裟切りを再び側面に回って捌くも、今までとは格の違う人の域を超えたスピードで切り返し、横薙ぎに彼女の胴を狙ってくる。

「っ!!」

 アリアの表情が始めて焦燥に変わる。だが僅かに顔を歪めようと冷静さは失わず、斬り払われるぎりぎりの所で腰を床にまで落とし上体を捻って避ける。腰の捻りに合わせて頭上を通り過ぎる竹刀を追従するように回し蹴りを放つアリア。だがむべなるかな、セイバーの剣速が上がった為、今までより踏み込みが浅く懐までは入りきれなかったアリアの蹴りはセイバーの胴までは届かない。だからアリアの狙いは別にあった。アリアの足首は振り切って止まった柄を持つセイバーの手首にヒットする。最初から武器狙いだったのだ。
 だが左手は弾き飛ばせても右手までは柄から離せなかった。アリアの目論見は不完全に終わる。蹴りの失敗を察するが早いか、でんぐり返しの要領でぐるりと退く。そうしていなければセイバーの膝が顔面に打ち込まれていただろう。此処に来てセイバーも形振り構わずになってきた。ぱっと軽く飛び退き立ち上がるアリア。相手の剣速が上がっても尚、その闘志に揺らぎは無いとばかりに果敢に攻め続ける。

 振るわれる竹刀の前に飛び込み一の太刀を外へ外へと掻い潜り、切り返しの太刀は彼女にとって最大のリーチを持つ回し蹴りで腕ごと防ぎ、セイバーの蹴りには掌底で捌き対処する。そういえばアリアはずっと竹刀の刀身には一度も手を出していない。彼女程の腕ならアレがマトモな刀剣だったなら刃の腹を打つ、なんて事ぐらい遣ってのけそうな物だが、敢えてそれをしない。彼女はあくまで人の身で到達できる域を超えないよう心掛けているのか、既に人の身を超えた速さのセイバーを相手に。そんな危うい遣り取りが高速で二度、三度と繰り返される。だがそれももう限界が近い。まだ人の域を超えずに対処し続けているアリアにとってスピードで上を行くセイバーの剣戟は一合打ち合う度にジリジリと攻守のスピード差が開いてゆく。もっとも、これほど速度差が開いていながら尚も互角に捌き切っている事自体、信じられない事でもある。

 アリアにもセイバーのようにずば抜けた直感があるのだろうか? 否、きっとそうじゃない。アリアは完全に“読んでいる”のだ、セイバーの攻撃の全てを。刹那に閃く直感に引き寄せられるのではなく、セイバーの攻撃パターンを常に一手、いや、二手先まで予測し、さらにセイバーの直前の膝の動きや全体の重心移動など些細な挙動から消去法で残った攻撃を導き出し、相手の挙動より僅かに先行して防ぐ。彼女が速度で勝るセイバーに対処出来ているのはそれの“読み”が恐るべき的中率を誇っているからだろう。だがそれも、もうあと何合持つか。下段からの斬り払い、面打ち、袈裟懸けに横斬り払いと太刀筋を絶え間なく繰り出すセイバー。もう幾合目の剣戟だろうか、竹刀が風を斬る音は既に十を超えた。アリアが剣速について行けるのももう限界だと思った次の瞬間、目を疑う事態が起きた。

「「なっ――――!?」」

 セイバーと俺の驚いた声が重なる。セイバーの頭突きを避けて再び両者が一足一刀の間で対峙した次の瞬間、セイバーの体が宙を舞った――今まで一度として投げ技など食らわなかったセイバーが投げ飛ばされたというのか!?
 セイバーがアリアの投げを食らった理由は恐らく、今まで一度も取らなかった行動をアリアが取った為だろう。とうとう彼女もまた人の域を超えた瞬発力を解き放ったのだ。加えて、アリアは此処に来て初めて、セイバーの太刀筋の内側に身を滑らせた。竹刀の内側、つまり正真正銘の懐に潜り込んだという事。言ってみれば不意を付かれた訳だ。それまでずっと頑なに外へとばかり捌き続けてきたその布石あってこそ通用したフェイントモーション(だまし討ち)。セイバーが渾身の兜割りと見せかけて袈裟懸けに切り替え竹刀を振り下ろした、正にその一瞬の隙を突いて鍔迫り合い出来るほどの距離まで一気に詰め寄られたのだ。
 その狙いは只一つ。アリアはセイバーの竹刀を持つ手を絡め取る為だけに、今まで避けてきた正面の間合いに敢えて飛び込んだのである。そして一度その手首を掴まれてしまえばもう逃げ場は無い。アリアはセイバーの右手と左首筋に手刀を当て、そのまま滑らすように柄を握る両手を取り、振り下ろそうとしていた力を逆に利用して刀身で右腿を裂くように切っ先で弧を描く。驚きに目を見開くセイバーを素早く竹刀ごと両手を揚げて転身し、一連の流れるような動きで仰向けに投げ落とす。

 勝負は、そこで決まったかに見えた。だが、それは明らかにおかしかった。そう、アリアは“投げ落とそうとした”筈なのにセイバーが宙を舞うなんていうのはおかしい。
 つまりアレはアリアが持ち上げた訳じゃないという事。極められた肩を軸にして体全体でグルリと宙を舞い、両腕の自由を取り戻す。あの跳躍はその為の行為だ。だが後ろ向きにバランスを崩されたあの体勢から飛び上がるのは人間の筋力ではまず不可能に近い。何故なら極められた肩も腕も、その延長である竹刀を持ったアリアの手が力でその場に固定していた訳じゃない。肩を固定軸にして筋力で下半身を引っ張り上げる事が出来ない以上、飛び上がるには純粋に床を蹴り飛ばす足の跳躍力しかない。そんな出鱈目な筋力なんて、人間にはまず無い。そう、これは正しくセイバーの“魔力放出”というロケットブースターを使った爆発的な跳躍力に他ならない。

「――っ!?」

 セイバーの異変に気付いたアリアが驚きに目を見開き声にならない舌打ちをする。そのまま反転してアリアの正面に着地するセイバー。既に投げ落としの体勢に入っていたアリアにはもうどうする事も出来ない。そのまま手を離せば自由になった竹刀に斬られ、離さなくてもセイバーの腕力に適う筈も無い。どちらにしても、もうアリアに勝ち目は無かった。
 ずぱん! と、この徒手での試合を始めてから初めて、道場に竹刀の音が木霊した。
 丁度アリアの胸の位置に来ていた竹刀を握る手を彼女の手から奪い返すように引き抜きそのまま一打を叩き込むセイバー。竹刀の切っ先が破れたシャツの爪跡に引っ掛かりボタンを弾き飛ばす。此処に勝敗は決した。

「い、一本! それまでっ!! ストップ!! 終わり!!!!」

 さらに派手に肌蹴られたシャツの下からアリアの意外に豊かな谷間が現れる。イカン、見ちゃいけない見ちゃいけない幸い辛うじて桜色の頭頂部は見えていないからギリギリセーフだけど余りに刺激が、シゲキがツヨスギル!!

「……う、そうですね。一本捕られてしまいましたから。はぁ、結局失敗ですか。すみません士郎君。大口を叩いて置きながら、不甲斐ない……」
「い、いや……いいよ。もう十分過ぎる程に参考になった。嘘じゃないよ、ただ余りに凄すぎて、俺じゃ全然役に立てられないんじゃないかって方が心配だ」


 それまでずっと息を止めていたかのように一つ溜め息を吐いてがっくりと肩を落とすアリア。その声音からも判るように、もう彼女から放たれていた背筋も凍りそうな鋭く痛い殺気は消え去っている。いつもの穏やかな気配を取り戻しながら、酷く情けないと落ち込むアリア。なんともしおらしすぎてついフォローしたくなる。いや、正直アリアが負けたとも言えない筈だ。どうやらその点についてはセイバーも同意見らしい。ただ無言でアリアの事をジッと見詰め……いや、あれは明らかに睨んでいる。

「……不甲斐ないのは私の方だ、アリア。負けたのは私で、貴女ではない。……貴女が自身を卑下する必要は何処にも無い」

 セイバーは心底自分が赦せないと言わんばかりに渋面を滲ませ、自分の非を恥じていた。彼女自身も、自分はルールを破ってしまったと認めていた。途中からの機動力の上昇、そして最後の投げ技返しでの魔力放出。どちらも、最初にアリアが持ち掛けた人の域を超えずに戦うという条件から逸脱している。つまりセイバーは勝負には勝ったが試合には負けてしまったのだ。正々堂々を是としている彼女にとって、これは何よりも屈辱的な敗北かもしれない。

「魔力放出の使用ですか? でもそれなら私だって結局最後は使ってしまったのですから五十歩百歩、イーブンですよ。条件を同じにしなければ私は絶対に貴女には勝てませんから。尤も、そこまでしても勝てませんでしたが」

 おあいこだ、とアリアは語り、寧ろそれでも勝てなかったと頭を振る。だがそれは真実じゃあない。最後の魔力噴射は間違いなくセイバーの本気のソレだ。人を超えたスピードでもさらに上を行くサーヴァントとしての出鱈目な機動力そのものだった。セイバーは余程負けず嫌いなのだろう。アリアが予想外に接近戦に強かったから。彼女の強さがセイバーのリミッターをつい解除させてしまうほどだったのだ。

「そんな事は無い! 先に破ってしまったのは紛れも無く私だ。非礼を詫びます。アリア、私は貴女を見縊っていた……。私は貴女の手強さに焦り、つい戦意が昂ぶり我を忘れて、無意識に力の加減を忘れてしまっていた!!」

 セイバーが微かに声を震わせて告白する。胸中の告白は尚も続く。

「こんな手合わせは、私も初めての経験だった。生前にあのような素手の達人と対峙した事など、一度も無かった」

 無理も無い。彼女は格闘家でも武芸者でもない、何時の時代かは知らないが騎馬戦や武装した騎士の武器、斧、槍、弓が主体の中世の戦乱を剣術で駆け巡った“剣士”なのだから。如何な中世の戦場とて、彼女が経験した戦いでこんな手を使われた経験なんて無かった事だろう。武器を使わないで襲い来る者が無かった訳でもないだろう。だがそういった者とは寝首を掻く暗殺者などの隠者であって、堂々と真正面から挑んでくるような正者ではない。

「はは、まあ……そうでしょうね。私のは幾分我流ですが、基本と成るものはこの国、日本の古武術、合気柔術と呼ばれる武術です。特に最後の投げは完全にその型の一つで、太刀捕りの四方投げといいます。昔、軍の教導官にこれのとんでもない達人が居ましてね。合気柔術を基礎からみっちり扱かれましたから……」

 柔和で爽やかな笑みを浮かべ、床に腰を下ろして遠い記憶に耽るアリア。確かにあの動きは昔何かのテレビ番組で見た覚えがある気がする。とんでもなく小柄なお爺さんが大男を次々と倒してしまうやつだ。なるほど、確かにアリアの体捌き、足の運び方はアレと良く似ていた。

「へえ、凄いな。じゃあアリアは格闘家でもあるのか」
「いいえ、それは誤った認識です。私は決して格闘家でも武術家でもない……。国と、何より人を護る為に敵となる“人”を屠る。ただひたすらその為の術(すべ)を、爪を砥ぎ続けてきただけの……只の人殺しに過ぎません」

 深く眼を閉じ、瞑想に向かうかのように静かに通った声で、そんな非情で哀しい事を言う。其処に謙遜も卑下も無い、ただ事実そうであるだけなのだと言いたげに。

「ですから、貴女は何も気にする必要は無いのですセイバー。私と貴女とでは、戦い方にそもそも決定的な相性の悪さがある。……貴女は武器対武器であり、私は最初から無手対武器で武器を“無力化する事”を前提にした戦い方なのです。貴女が常識に無い私の手に戸惑うのは当然の事。
 ……そもそも、貴女はその類稀な魔力量に支えられた絶大な膂力と宝具、そして未来予知にも匹敵する神掛かった直感こそが強さの真髄なのだから。そのうち直感以外の利点を封じて勝てたとしても、それは決して私が強い訳ではない。それだけは言っておきます」
「……判りました。貴女がそう言うのなら、もう気にはしない。ですが貴女は決して弱くもない。それだけは確かだ。ええ、生前でも私より剣の立つ者も居た。それでも私は負けはしなかった。貴女が体術で私に勝るのは間違いない。私より腕の立った彼らと同じだ。認めます。貴女は十分に強い。私は、今改めて貴女と共に戦える僥倖に感謝したい」

 そう言葉を締め括るとセイバーは徐にアリアに歩み寄り、右手を差し出す。セイバー自ら、彼女に握手を求めたのだ。前は戸惑い気味に彼女の手を取ったセイバーだけど、それは彼女への不信感が僅かでもあったからだろう。だけど今のセイバーは、謎だらけの彼女だけれど、信じる事を決意したんだろう。
 ひょっとしたらその精神(こころね)は誠実で真っ正直で、それでも護りたい者の為に自らが汚れる事さえ厭わない鋼のような覚悟を持つ強さとそれを包む優しさを、彼女の戦い振りから感じ取ったのかもしれない。

「…………。ええ、こちらこそ感謝したい。貴女達に巡り会えたこの奇跡に」

 いつもの温和な笑みを満面に浮かべて、セイバーの手を握り返すアリア。セイバーが握手した手をそのまま引っ張り上げ、アリアを立たせる。と、やおら意識から外れていた大変な事実が俺の眼に飛び込んできた。ぴったりと体のラインに沿っていたウエストコートが破れて緩み、シャツにも横一文字に鉤裂かれた跡を残したままボタンを弾け飛ばされて襟元が大胆に割り開かれてしまっているんで、柔らかそうな双丘と谷間が晒されてしまっているのだ。

「うわっちょ、あ・あ・あ、アリア! 服っ服破れたままっ!!」
「おっと。あはは、すみません。そういえば破れたままでしたねえ。すっかり忘れていましたよ。ふふっ、士郎君には少々刺激的過ぎましたか」

 わ、忘れていましたって、少しは恥じらいってものがあるでしょうにアリアさん? あ、いや。彼女には余り無いのかも知れない。というか、余りに豪気過ぎる気がするのですが……ううむ、明らかに少々からかわれている。ええ、確かに刺激的過ぎましたよ俺にゃ。
 慌てて明後日の方を向いて白い柔肌を視線から外すようにする。そうでもしなきゃ、コッチの頭が一瞬でショートして逆上せ上がってしまう! 何せ、モデルのように均整のとれた肢体なのだ。普段は上着のせいで判り辛いが、出るとこは出て、引っ込む所は引っ込んでいるのである。……そう、胸も、意外にあるんだ。セイバーと彼女の大きな違いの一つだった。いや、セイバーの裸なんて知らないけど。って、何考えてるんだ俺、もし見ちまったりしたらもっとヤバイ、脳細胞が死滅する。

「はい、これで宜しいでしょう?」

 アリアは一端霊体化して、再び実体を取る。破けていた服はもう嘘のように綺麗に直っていた。はあー、サーヴァントってのは便利なものだなあ。

「さて、それじゃあもう一本遣りますか」
「え、……まだ遣る心算なのですかアリア?」
「え、え、え? まだ遣るの!?」

 アリアの言葉にセイバーも俺も呆気に取られて聞き返す。

「当然でしょう? 先程のは私達二人共もう本来の目的を忘れて無茶してしまいましたし。それに、本来あの技は余程熟練した人間でなければ扱えません。あれは素手対武器という絶対的に不利な状況を打破する一つの到達点です。だからお見せした。いきなり士郎君にアレを身に付けろ、等とは言っていません。次は、ちゃんと武器を持った上での戦い方。それを貴方に教えなければ。そうですね、次はナイフ等の短剣術です。ナイフや警棒、まあ色々ありますが基本は同じですよ。ただ、戦術的に幅が利くようになります」
「う、ま、まだそんなに在るのか?」
「驚いた。貴女は本当に底が知れない。その究極点があの両手武器ですか」

 セイバーが改めて目を細める。確かにアリアの超近接戦闘はフルスペックで遣られると脅威的かもしれない。敵でなくて、ホント良かった。

「さあ、まだ凛の講義まで時間は余っています。その間に今日で詰め込めることだけでもやってしまいましょう。セイバー、次は手加減してくださいよ? 模範演技になりませんからね」

 くすりと笑いながらアリアは楽しそうにセイバーをからかう。

「わ、判っています! 先のは技量のみとはいえ真剣勝負だったのですから。次は本当に模範指導という事でしょう? 十分心得ています!」
「ははは……。元気だな、二人とも」

 まったく、彼女達サーヴァントってのはタフに出来ているらしい。俺なんか見ているだけでももう気疲れを覚えているっていうのに。だけどこれも全て俺のために遣ってくれている事だ。その俺がこの程度で音を上げるなんて出来やしない。さて、それじゃあまた目を皿のようにして、彼女達の組手を見学しよう。 今日は、まだまだ濃い一日になりそうだ。


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