<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.1071の一覧
[0] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier”[G3104@the rookie writer](2007/05/14 02:57)
[1] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.2[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:23)
[2] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.3[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:24)
[3] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.4[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:03)
[4] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.5[G3104@the rookie writer](2008/06/02 22:10)
[5] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.6[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:32)
[6] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.7[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:33)
[7] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.8[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:34)
[8] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.9[G3104@the rookie writer](2007/03/30 00:27)
[9] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.10[G3104@the rookie writer](2007/03/05 00:36)
[10] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.11[G3104@the rookie writer](2007/03/31 05:11)
[11] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12[G3104@the rookie writer](2007/04/19 23:34)
[12] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.13[G3104@the rookie writer](2007/05/14 00:04)
[13] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.14[G3104@the rookie writer](2007/06/07 23:12)
[14] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.15[G3104@the rookie writer](2007/09/28 08:33)
[15] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.16[G3104@the rookie writer](2011/07/19 01:23)
[16] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.17[G3104@the rookie writer](2008/01/24 06:41)
[17] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.18[G3104@the rookie writer](2008/01/27 01:57)
[18] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.19[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:05)
[19] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.20[G3104@the rookie writer](2008/08/15 20:04)
[20] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.21[G3104@the rookie writer](2008/08/16 04:23)
[21] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.22[G3104@the rookie writer](2008/08/23 13:35)
[22] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.23[G3104@the rookie writer](2008/08/19 14:59)
[23] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.24[G3104@the rookie writer](2011/06/10 04:48)
[24] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.25[G3104@the rookie writer](2011/07/19 02:19)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[1071] Fate/Liberating Night her codename is “Soldier” vol.12
Name: G3104@the rookie writer 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/04/19 23:34
 知らないうちに、何処かの街を歩いていた。ああ、多分これは夢ね。だって私、こんな街並み知らないもの。
 ここは何処だろうか。薄灰色の曇り空、道生りに建ち並ぶ時代の厚みを感じさせる石灰色の建物の群れ、薄茶掛かった石畳の道路。目に映る看板や標識の文字は全て英語。どうやら異国の地に居る。イギリスかアメリカか……雰囲気的にはイギリスだろう。
 私は国外に出たことなんて殆ど無いけれど、全く知らない景色、って訳でもなかった。知らないのは間違いない。けど、なんとなく既視感はある。きっとテレビか何かで目にした何処かの旅番組ででも取り上げられた景色なんじゃないかと、自分の夢の筈なのにあまり自身の無い推測が頭をよぎる。『時計塔』、つまり魔術協会のあるロンドンでは無いだろう。そこまで都会ではない。

 ふと、目の前の雑踏、といっても余り人気のある通りでは無いがその行き交う人の中に一人の少女の姿が目に留まった。家族連れだろう、両親と兄らしき少年の間に挟まれるようにして、犬の散歩なのだろう。白い飼い犬を連れて楽しそうに談笑しながら歩いてくる。
 生来のものであろう透き通るような金砂の髪にエメラルドのような翠の瞳。誰の目にも華やかに映るであろう恵まれた外見を持つその顔は白磁のような白さと滑らかさで、あどけない純真な笑顔が彩っている。その無邪気な笑顔が、誰かに似ていると思った。
 可愛い子ね。年の頃は大体九、十歳位かしら。そんな他愛無い事を脳裏に浮かべながら私は暫くぼうっとその家族を眺めていた。




第十二話「召喚者は従者の過去を観る」




「ほらほら、アルトリアーッ 早くおいでよー」
「まってお兄ちゃん、そんなに走ると危ないよ」

 アルトリア……っていうのかあの子。白い子犬を引き連れる彼女を置き去りにして駆け出すやんちゃそうな兄に、アルトリアと呼ばれた女の子が困ったように兄を窘める。
 と、その時だ。丁度少年が上機嫌にはしゃいで交差点の角に飛び出した時、反対側の交差路の奥から暴走したトラックが飛び出してきた!

「お兄ちゃんっ!!」
(拙い!! あれじゃ避けられない!!)

 キキキィーっとトラックが急ブレーキを掛けるタイヤの悲鳴が通りに響き渡る。
 私は思わず彼に疾風の魔術を叩き込んで弾き避けさせようと呪文を唱えようとして、出来なかった。そう、だってここは夢の中。でも私の夢の筈なのに、全然私の思い通りにはさせてくれないヘンなユメ……。
 その事にもどかしさを覚えながらも、苛立ちを覚えるより先に私の心は驚きに支配されていた。あの女の子が兄を庇って助けたのだ。それも、常人とは思えない程の瞬発力で。
 まるで銃口から飛び出す弾丸のように風を掻き切って、彼女は数メートルの距離をコンマ5秒も掛けずに駆け抜けて……彼を突き飛ばして、代わりに己が撥ね飛ばされた。

(…………!! あの子、なんて無茶を……)

 なんて無茶を……それは彼女の無謀な行動に対しての感想、だけでは無かった。
 少女が飛び出した瞬間。魔術師である私には“ソレ”が何であるかすぐに判った。彼女が常識を超えた身体能力を発揮したその“理由”、正体。それは紛れも無く、“魔力放出”による爆発的な推進力だったから。あの子からは殆ど魔力なんて感じられなかった。家族の在り方を見ても、全然魔術師の家系とは思えないほど普通の、温かく幸せそうな家族に見えた。
 魔術師には見えなかった。そう、只の人間の筈の少女が紛れもない“魔術”を行使したのだ!
 全く、なんて無茶を。世の中には確かに、全く遺伝形質の無い親からでも魔術回路を持つ子供が生まれる事はある。だけどそんな子供は基本的に自らの魔術回路を認知したり、ましてや回路の制御法なんて知りようが無い。そういった彼らが突然にその眠っていた力を行使してしまった場合、殆どは魔術回路が限界を知らず暴走してしまう。緊急時に無意識のリミッターが外れ、慣れない筋肉を突発的に行使すると容易に筋断裂を起こしてしまうのと一緒。だが魔術回路で起こるソレは簡単な肉離れ程度より肉体に掛かる負荷、危険度がはるかに高い……下手をすれば簡単に命を失いかねないのだから!
 きっと目の前で兄の危機に動揺した彼女が兄を助けようとする必死の思いで、無意識に眠っていた魔術回路を目覚めさせてしまったのだろう。

 と、そんな事より彼女を助けなくちゃ! そんな思いで彼女の近くに駆け寄ろうと走るのに、身体は全然彼女の傍にたどり着かない。脳裏の何処かで声がするような錯覚。何処かに冷静な自分がいて私に諭してくる。私は傍観者でしかない。触れる事は出来ない、只観ることしか叶わないのだと。
 その証拠に、凄く遠くにいた筈なのに気が付いたら私は彼女を取り囲む家族を数歩離れた位置から眺めるように立っていた。
 そして、更に目を疑うような光景を目の当たりにする事になった。

 少女の手足は折れ、露出した肌には無数の擦り傷、切り傷。地面に落下した時に頭を打ちつけたか、金色に輝く美しい髪は紅い鮮血に汚されて見るも無残な怪我だった。きっと魔術回路も相当なダメージを負っているに違いない。
 トラックからは狼狽した運転手が降りてきてパニックになりながら救急車を呼ぼうと携帯電話相手に捲し立てていたり、泣き叫びながら必死に少女の名前を呼ぶ少年、焦り泣き崩れる母親に、焦りながらも必死に意識を取り戻そうと気道を確保し、生体反応を確かめ応急処置を行う父親。何事かと次第に集まり始めた住民達。現場はにわかに混沌とし始めていた。
 そんな中、少女の体に異変が起こった。体中の傷が次第に塞がり始め、折れていた骨も勝手に元通りに繋がってゆく。

(何!? 治癒魔術……まさか、それもこんな重症をあっという間に!?)
「お、おお!? 何だ……傷が、治っていく」
「貴方、こんな事って」
「す、凄い……アルッアルトリア!! 目を覚ませ!!」

 家族が見守る中、見る間に傷は跡形も無く治り、青白く生気を失っていた顔に赤みが戻り、彼女は目を覚ました。意識を取り戻したのだ。
 それは魔術師の私が見ても驚くぐらい信じられない光景だった。治癒魔術にしてもかなり高度な魔術師でなければ此処まで綺麗には治るまい。傷の塞がり方なんてあれはもはや治癒というより、復元と言ったほうがニュアンスが近い。……あれ? 私、これと似たような光景最近何処かで見なかったかしら? よく思い出せない。
 ともあれ、にわかには信じられないような魔術を目の前で二度も行ってくれたこの少女は、いったい何者なのだろう。周囲に魔術師らしき姿は一人も見当たらないから、彼女自らの魔術行使以外に考えられる可能性は無い。恐らく生まれて初めて魔術回路を開いたのだろう。今の少女からは僅かながら魔力を感じる。でもそれは凄く弱い。とてもあんな大魔術を行使出来たとは思えないぐらいに。

「う、うん……私、どうしたの? あれ、お父さん? お母さん?
!! そうだお兄ちゃん、お兄ちゃんは無事!?」
「ああ、ここに居るよ! 大丈夫なのか、アル……」

 眩暈に呻くように眉間に皺を寄せながら、それでも必死に兄の身を心配して辺りを見回し、兄の顔を見つけて破顔する。

「う、うん。ちょっとグラグラ眩暈してるけど、平気です。良かった、お兄ちゃん無事だったんですね」
「馬鹿っ心配したんだぞ!! 俺を助けてくれたって、お前が死んじゃったら意味無いんだからな!?」

 涙と鼻水で顔をくしゃくしゃにしながら真っ赤な顔で少年が少女を叱り付ける。

「あ、うん……ごめん、なさい。でも、良かった。間に合わなかったかと思ったから」
「ばか……でも、ありがとうな。アル」
「はい。ごめん、ちょっと疲れ、て……」

 兄の言葉に僅かに微笑み返して、やはり身体には相当な負荷があったのだろう。救急車のサイレンの音が近づいてくる中、そのまま最後まで言い切れずに静かな寝息を立てて彼女は深い眠りに落ち、私の視界も同じように暗く落ちていった。


 真っ暗な中、ぼうっと自分の足と、紅い大地が見えた。徐々に姿を消す闇。見上げると赤茶けた雲が流れる灰色の空が頭上を覆っていた。視線を前に戻す。紅い大地の先は小さな丘を描き、その頂きに人影が在った。

「あれは……」

 少女の口から呟きが漏れる。
 その人影は一言で現すなら、紅い男だった。僅かに見える肌は麻黒く、頭髪はどれほどの失意と絶望を知ればそうなるのかと思わせるほどの白髪。その姿を、少女は見たことがあるはずが無かった。だが知っていた。出会った事など無い筈のその男に、少女は似つかない誰かの姿が重なって見えた。その重なった幻影もまた見たことなんて無い誰か。赤銅色の髪の少年。
 その両者の姿を、少女は見た事など無い筈なのに、知っていた。だがそれが何故なのか判らずに混乱し、動揺していた。
 今にも泣き出しそうな顔で少女はその後姿を見詰める。

『どうか、君の望む夢が……その道が幸せに輝いている事を祈っている』

 赤い背中は静かな口調で、そう口にした。万感の思いを込められたそれは、まるで死に逝く者の最後の遺言のような響きを持っていた。

「――――!!」

 その言葉に少女は言葉にならぬ声と息を呑む。少女が目を見開き、必死に手を伸ばすが、辺りは急速に白く輝き出し――


「■■■ー―――ッ」

 病院のベッドの上で、その女の子は目を覚ました。私はどうやら少女の見ていた夢を見ていたらしい。夢の中で更にその夢の中の人の夢を覗くって一体……なんなのそれ。
 奇妙な経験に釈然としない気持ちを引き摺りながらも、少女の様子を見守る。たしか、アルトリアと呼ばれた彼女は、突然に誰かの名前を叫んで目を覚ましたまま、暫く手を天に突き出したまま硬直していた。少しして、小さくビクンと肩を震わせ、瞬きも忘れ乾き始めていた翠の瞳に光る雫が溢れ始める。

「そ、そん……な……。まさか、嘘!?
私は、アルト……リア。アル……アーサー……嘘、そんな、あれは夢だったんじゃ……」


 やにわにベッドから飛び起き、シーツの上で頭を抱え、限界まで見開かれた双眸から大粒の涙をぼたぼたと零しながら咽び泣く。
 小さな肩を一層縮こませて、何かとても怖い夢でも見たように震えて、怯えていた。

「っ!! そうだ、彼!! まさか、そんな……お願い、嘘であって!!」

 突然我に返り、あたふたと慌てながらベッドから転がり落ちる。床に腰を打ち付けたことも厭わず、今にも再び泣き出しそうな、何かに必死の形相でよろよろと病室の隅にあったテレビのスイッチを入れ、チャンネルを出鱈目に回してゆく。BBCの国際報道が映ったところで少女はその手を止めた。報道番組の上部にはニュース速報が流れていた。

『国際的指名手配犯、紛争地帯の英雄エミヤの死刑、本日執行さる』

 報道番組の記事題目にはそう書いてあった。え、エミヤ? あれ? なんだか凄く聞き覚え在りそうな気がするんだけれど……まさか、ね。あの唐変木がそんな大それた事出来るはず無いし。うん、似た名前ってだけよね?
 だけど彼女はテレビに齧り付いたまま、小さく震えていた。

「……嘘。そんな、死ん……だ? 死んでしまったというの……。
こんな事って……あんまりじゃないですかっ!!」

 最後には思いつめたように切ない叫び声を上げて、その場にくず折れるアルトリア。

「あ、ああ……あああっうわああああああああああああああああああっ!!」

 突然に大きな叫び声を上げて頭を抱え、天を仰ぎ泣きはらした。

「うっく、ううっ!! 全て……全て、思い出した……。
……なんてこと、今になって……貴方が死んでしまった今になって、今頃記憶を取り戻すだなんて」

 天を仰いだままの双眸に前腕を被せ、止め処なく溢れ流れる涙を必死に拭う。

「もうあと数年、一年でもいい、もっと早く記憶を取り戻せていたなら……! 貴方に会えたかもしれないのに!! どんな奇跡か、貴方と同じ時代、同じ世界に産まれつけていたと言うのに……!!」

 その告白は、私にはどういうことなのかはよく判らなかった。だけど、彼女が恋焦がれていた人がもう死んでしまっていた、という事なのは判った。
 よく催眠療法とかで自分の前世が見えるとか、話に聞いたことはあったけど、彼女は自力で記憶そのものを取り戻したということなのかしら。そんな事例は聞いたことが無いけれど。魔術師として輪廻から外された英霊なんて存在と契約を交わしたりしている身名だけに、人の魂が輪廻転生を繰り返すって話に動じる事は無いけれど、流石にこれは吃驚した。自分の夢にしてはちょっと想像力豊か過ぎると思う。ほんと何なんだろうこの夢。
 でも、夢だとしても、折角記憶が蘇ったというのに意中の彼はもう故人だなんて、ちょっと可哀想な話じゃないかしら。この子を哀れに思う。

「なんて皮肉……自分を取り戻した時には既に、貴方はもう居ない……。もう、逢えない」

 本当に、なんて皮肉な巡り逢わせだろう。泣き崩れる彼女に、私は何もしてやれない事がとても歯痒い。傍観者は只、だまって観ているしか出来ない。

「そうか、貴方が呼んでくれたのですね、シロウ。貴方が……願ってくれた。私の未来が、私の道が過去のようにならず、希望あるものであるようにと。
死の間際に祈ってくれたその想いが、きっと私の眠っていた記憶を呼び覚ましてくれたんですね。
……でも、そこに貴方が居てくれなくて、貴方は私一人で幸せになれと言うんですか」

 少女は尚も涙を流し、想いを吐き出す。その時、やにわに病室の扉がガラリと開けられた。

「大丈夫かいアルトリア!?」
「ちょっと先生に呼ばれて私達は下の階にいたんだけど、凄い叫び声が聞こえたから飛んできたのよ?」

 扉の向こうから現れたのは彼女の悲鳴に慌てた家族達だった。看護婦まで緊急事態かとなにやら器具まで用意して駆けつけていた。

「あ……ご、御免なさいっ。ちょっと、怖い夢を見てしまって」
「そう、あんな事があったばかりだもの、無理も無いわ。安心して? 誰も貴女を傷付けたり襲ったりする物はありませんからね」

 泣きべそ顔で床にしゃがみ込んでいたアルトリアを母親が優しく抱きしめ、頭を撫でる。

「そうだぞ、アルトリア。何も心配する事は無いよ。皆付いてる、君には私らが何時でも傍に居るからね」
「妹を泣かせるヤツは俺が許さないから心配するなよ、アル?」

 父親やお兄さんも元気付けるように慰め、励ます。彼女がどんな過去を生きたかは知らないが、少なくとも今の彼女は、幸せな家族に囲まれていると思う。

「はい。もう大丈夫です。ありがとうお父さん、お母さん、それにお兄ちゃん。御心配おかけしました」
「そう?何かあったら直ぐ呼びなさいね。私達は直ぐ傍にいるから」
「はい。大丈夫だから、皆もう休んで?」

 内心はまだ動揺を収められていないだろうに、それでも気丈に笑顔を取り繕って、安心させようとする彼女はとても心が強い子なのだろう。
 家族が病室を後にする。病室は一人用の個室らしく、彼女のほかには誰も居ない。暗がりに月明かりだけが窓から差し込むベッドの上で彼女は暫く星空を眺めていた。
 徐にベッドを降りて窓に寄り、窓を開けて夜風に髪を流す。

「少し考えていて、判った。私が記憶を取り戻せた理由。きっと私が“鞘”を目覚めさせたからだ……。あの時は無我夢中で、自分に何が起こったのかもさっぱり理解出来ていなかったけど。今なら判る。あの時、私は魔術を使ったんだ。一度も使った事の無い、魔術を。そのお陰で、お兄ちゃんを助けられた。でも自分が代わりに跳ねられたんだ、気絶して覚えてないけど、きっとそう。本来なら死んでいてもおかしくない傷だった筈。でも私はこうして生きている……恐らく、初めて魔力を使った事で、体内の魔力回路が起動して、鞘を目覚めさせたんだ。私、生まれ変わっても魔術とは縁が切れなかったのですね。
……ははっ。まさか魂と一緒に、私の鞘まで、アヴァロンまで魂に取り込まれて受け継がれるとは思いもよらなかった。今なら感じる。私の中に、鞘の存在を……。多分、私の記憶は鞘がずっと護っていたんだろう。本来、転生した魂に前世の記憶は残らない筈。それを大切に護っておける方法なんて、五大魔術をも寄せ付けない究極の護りであるアヴァロンの鞘以外に、世界の力を撥ね退けられるものを私は知らない。私と貴方の縁を繋いだ物、貴方の半身だった存在。きっとこの鞘は貴方の想いに満たされている。私を想ってくれた強い願い。きっとそれが私の、セイバーを護りたいという想いが私の心を護ってくれた。記憶を護っていた。そうか、だから貴方の最後の祈りが、私に届いたのだろうか。貴方の半身である鞘を通じて……」

 いとおしく慈しむように胸に手を当て、また熱い雫が頬を伝ってゆく。その横顔は月明かりに淡く照らされて、頬を伝う一筋の涙がキラキラと柔らかい光を反射して幻想的な美しさを魅せる。

「それにしても、前世の記憶を取り戻しても、そう今の自分という人格が崩壊したりはしないようで、ホッとしましたよ。もう今の私はルキウス・アルトリア・カストゥスではない。片田舎の平凡な市民の娘、アルトリア・コーニッシュ・ヘイワード。ふふっ、ファーストネームが一緒だったなんて、なんの因果なんでしょうね。あ、そういえばお兄ちゃんはケインだし、お父さんはエクターだしお母さんはイグレア……ケインが拾ったあの子にはアーサー王伝説好きの父さんがベティヴィエールって名付けてたし……まさか、皆も私と同じように転生? まさかね……あ、でもお隣のお爺さんの名前って確か、ウィル・マー・リン……嘘だ、絶対何かの間違いです! 間違いであって欲しい!!」

 少しゾッとしたように顔色を蒼くしてぶるぶると首を振る少女。よっぽど想像したくない事だったのかしら。まあ、誰にも思い出したくない相手ぐらいは居るわよね。私にとっての綺礼とか、そんな感じの人なのかも。
 少女の独白は、もう年相応の少女が口にするような物ではなかった。十分に成熟し、高い理智を持った一人の“女性”のものだった。それにしても、あれ? あの子今、セイバーって言った? ……聞き違いよね?

「そうですね。貴方が望んでくれた私の未来。貴方の分まで精一杯生きなければ、貴方に申し訳が立ちませんね。貴方がそうしたように、私も人を守れる強さが欲しい。もうあの頃とは違う。私にはあの剣も力も無い、王の責務ももう無いけれど。でも今日のことで、自分の望みが判った。
もう誰も失いたくは無い。失わせたくも無い。
愛する人達を私はもう、誰も失いたくは無いから。家族を守れる、力が欲しい。それに、貴方の変わりに凛達を守れるようにならなきゃいけませんしね。もっとも、私が成長するころには……彼女達は十分強いかも知れませんけど。どうか、見守っていて下さい。シロウ」

 そう自分に言い聞かせるように言葉を紡ぐ彼女の瞳はまた涙に濡れていたが、その顔は穏やかな微笑みを湛えていた。


 トンテンカンテン、ガタガタゴトンと、なにやら騒々しい音がする。重い瞼を開けると、いつもとは違う天井が目に入った。

「あれ? そっか、今は士郎の家に泊まってるんだっけ。……はて? 私いつ部屋に戻ったのかしら?」

 なんてすっ呆けた言葉が口を付いて出る辺り、まだ私の脳は碌に機能していない。朝は壊滅的に弱いのよね私。

「……ってぇ! 何だったのよさっきの夢は!?」

 今回はこの間と違って、アリアの特大迷惑目覚ましで記憶を吹っ飛ばされなかったからか、完全にではないが、ぼんやりとは覚えている。なんか、士郎の名前とか、私の名前とか不自然に出てこなかったっけ? うーん、なんかすっごく物騒な内容で士郎の名前が出てきたりしてたような気がするんだけれども……。
 っていうか、あれ一体誰よ? あの金髪碧眼の可憐な少女は。私あんな知り合い居ないわよ。……訂正、居ない事は無いけど、何で? 年齢とか全然違うし。どう考えても繋がらないじゃない!
 そんな纏まらない思考をかき乱すようにさっきからずっとなにやらガタゴトと外から音が響いてくる。

「ああもうっ。五月っ蝿いわねえ朝っぱらからぁ!!」

 思考をぐちゃぐちゃに掻き混ぜられてこっちは頭に来てるのよ!! 誰だ外で騒いでいるのは!?
 不機嫌になりながら部屋を出て廊下から縁側に移り、庭に出る。すると土蔵のほうから音が聞こえてくるなと土蔵のほうを見やると……なんと騒音の主は、アリアだった。

「アリア! 貴女こんな朝っぱらから何遣ってるのよ!?」

 アリアは金槌を片手に、土蔵の中の物を外に引っ張り出してきたり作業机を組み立てたりしていたらしい。地面にはブルーシートが敷かれ、上にはさっき作っていたらしい簡易作業台や工具が散らばっていた。

「ああ、おはようございます。って、もう十時ですよ? 全然朝早くはありませんけど」
「え? もうそんな時間……? ちょっと、なんで起こしてくれなかったのよ!! 学校遅刻どころじゃないわよ!?」
「はい。昨夜はかなり疲れていそうでしたので、大事を取って学校には今日は風邪で休みますと連絡を入れておきました」

 しれっと素の表情でそう対応してくれる彼女。まったく、相変わらず彼女は抜け目が無い。

「そ、そう。じゃあいいけど……って、じゃあ士郎は!? アイツだって学校行くでしょうにセイバーは連れて行けないし、まさか一人で出歩かせたりなんて――」
「大丈夫ですよ、ほら。士郎くーん! ちょっと来てもらえますかー」

 アリアが土蔵の入口に向かってそう声を掛ける。すると土蔵の中から呼ばれた当人が煤だらけの顔をひょっこりと出した。

「なんだいアリア――って、ああ遠坂、起きたのか。おはよう」
「へ? あ、おはよう」
 おはよう、なんて軽く声を掛けてくる士郎に目が点になったままで、自分でも判るくらい間の抜けた返事をする。

「って、そうじゃなくって! あんた、学校は?」
「ん? アリアが今日はまだ遠坂が体調悪そうだから一緒に行かせられないんで、自分が二人を護衛出来ないから休んで欲しいって頼まれてさ。土蔵の整理もするって言うから、ほら、人手もあったほうがいいだろ?」
「一応、一度起こしには行ったんですよ。でもなんだかかなり魘されていたみたいで、顔色が悪かったので」

 魘されていた? いや、確かにあの妙な夢を見ている間はあまり気が休まる暇は無かったように思うけど、ちょっと辛い内容だったし。まさか思いっきり顔に出てたのかしら。

「それはもう良いわ。で、貴女は今何をしているの?」

 目の前に広げられた光景を指差して聞く。

「見ての通り、土蔵の整理ですが」
「もう始めてるの?」
「ええ、当然でしょう。私の索敵能力を底上げするには早くビットを作ってしまわなければいけませんし」
「え? まだ造ってないの?」

 アリアからの返答に思わず素っ頓狂な声を上げてしまう。だってアリアの事だから、気が付いたらもう二、三個は造り上げてしまってそうなものなのに。彼女の取り得はそんな手早さだと勝手に思っていたんだけれど……。

「流石に元のままの土蔵の中では作業し難いですよ。スペースも取りますし。それに、昨夜はパソコンを据えるのに座敷を片付けたり、機器を配線したりで朝方まで掛かりましたしね。ああ、そうそう。朝ごはんは居間に用意してありますから。冷めても大丈夫なようにお弁当にしておきました」

 え、あんたってば昨夜から動きっぱなしなの? 流石は英霊。人間とは耐久力が桁違いだわ。

「そう、そういえばまだ食べてないんだったわね。まあ、私は朝は食べない主義だったんだけど……」
「い・け・ま・せ・ん。朝食は起きてこれから動こうとする為の重要な活力源です。きちんと食べて下さい! 食べないとまともに頭が働いてくれませんよ? その証拠に凛、いま自分がどんな格好かお判りになってないでしょう?」

 そこまで一気に喋るとにわかに「はぁ」とため息を付きながらこめかみに指を添えていつもの困り顔をする。

「え、あ……うわっ私、今頭ボサボサじゃないっ服も昨日のままだし……!」
「とりあえず、洗面所で顔を洗って、着替えて身支度を整えましょう。凛」

 うわ、こんな格好で士郎の前に出てきてたっていうの私!? くうっなんたる不覚!! 悔しいけどアリアの言葉は逐一もっともだから、大人しく従うことにするけど。なんでこう、うっかりを連発するかな私。あー、きっと学校みたいに無縁の他人ばっかりじゃなくて、此処が付き合いの濃い身内ばっかりだからきっと気が緩んだんだ。きっとそうに違いない! そういえばお父様も結構うっかりした所があったと綺礼が零した事があったっけ。これが遠坂家の呪いなら、怨むわよ御先祖様。

「さ、私も手伝いますから行きましょう」
「え、いいわよ一人で。いいから此処をさっさと片付けちゃいなさいよ」
「あー、行ってきなよアリア。コッチはしばらく俺が引き受けるから」

 土蔵からまた煤で真っ黒な顔を覗かせて士郎が余計な後押しをする。

「わあっこっち見ないで!! もうっデリカシー無いんだからバカ士郎!!」

 手近にあったスパナを拾って投げつける。スパナは見事にシロウの額にゴンと直撃した。
士郎の体が入口の奥でひっくり返る。
「イデッ!? わ、悪かった。見ないからさっさと着替えてきてくれ。体が持たなくなる」
「す、すみません士郎君。後で氷もってきますから。もう凛! 危ないですよ」
「ご、ゴメン。でも士郎も士郎なんだからね!? 乙女がこんなみっともない格好してるところを覗くなんて重罪なんだから!」

 う、しまった。体がつい……。引っ込みが付かなくなって自分でも良く判らない事を捲し立ててることは判ってる。

「はいはい。はやく支度してきましょう凛」

 呆れるアリアに背中を押されて、私達はそのまま家の中に入っていった。


 洗面所で顔を洗いながら、私は昨夜の夢の事を思い出していた。あの夢。あまりに自分の無意識が生み出した他愛も無い妄想にしてはやけにリアルで、話も全然矛盾した所や突然突飛な展開になったりといった普通の夢ならあって当然の不整合性が殆ど無かった。
 起きてしまってから話の細かい所までは上手く思い出せないけれど、大体の大筋ぐらいは思い出せる。あれは、例えるなら誰か他人の記憶。そんな感じだった。でも、誰の?

「謎は尽きない……」
「はい? 何か申されました?」

 横でタオルを用意していたアリアが私の呟きを聞き取ってしまったらしい。即座に否定しようとして、やめた。

「あ、ううん。独り言。……ねえ、アリア? 貴女たちって、夢は……見ないのよね?」

 私の問いかけに、何故かアリアは一瞬、微かに表情を硬化させた。見えていたわけじゃない。けど雰囲気でなんとなくそうだと判った。

「はい。基本的に既に死者である私達の仮初めの肉体は生者の脳のように夢を見る、といった自由な精神活動は行えません。
私はまだ召喚されてから眠った事は在りませんが、セイバーのように肉体を休止させて眠ったとしても、見るとすればそれは自らの過去の記憶。自身の魂に記録された情報を再生しただけの只の映像です」

 顔を洗顔ソープで泡だらけにしながら、無言で彼女の説明に耳を傾ける。英霊は夢を見ない。見たとしてもそれは過去の再生。なんとなくその現象は、私が最近見ている妙な夢のパターンに似ている気がする。再び水を流し、バシャバシャと石鹸の泡を洗い落としてゆく

「そう。じゃあ貴女に聞いてもあまり参考にはならないかな? 最近ね、妙な夢を見たのよ。自分の夢じゃないような……誰か別の人の夢のような、奇妙な夢」
「…………」

 アリアは答えない。ただ無表情に横で佇むだけ。
 石鹸を落とし終えて、水道の栓を捻って締める。と、アリアがタオルを手渡してくれた。

「それがさぁ、その夢に出てきたのが誰だかさっぱり。見ず知らずの人ばっかりで。見た事も無い景色。見た事も無い人達。で、それをなんだかテレビのドラマでも見るように外から眺めてるような。そんな変な夢」

 私が顔を拭きながら喋り続ける間、アリアは終始無言。その瞳は何処か焦点が合っているのかいないのか、よく判らない。何を考えているのか、その瞳の色は今は深く沈み、真意を悟らせてはくれない。

「そんな夢、貴女は生前に見た事ってある?」

 ちょっと軽めに口調を上げて、聞いてみた。その問いかけに、僅かに表情を取り戻し、いつものようにふむ、とすこし考え込むような表情をして、やっといつもの穏やかな顔に戻り、語る。

「……そうですね。無い事も、無かったですね」
「なによ、そのどっちつかずな返答は」

 彼女にしては歯切れの悪い答えに、ちょっと意地悪く突っ込む。すると彼女は途端に饒舌に語り出した。しまった、アリアの“先生”モードが入っちゃったか?

「あはは、夢っていうのは無意識の願望とか、それまで経験した記憶とか、見聞きした様々な情報を脳内で整理、最適化をする際に見えるものだと言われています。眠っている間は脳は理性的なセーブが掛からない一種の暴走状態といっても過言ではありません。
ですから、テレビで見た風景とか、本で読んだ物語だとか、そんな全然繋がりそうも無い一つ一つの情報も、頭の中ではゴチャゴチャに入り混じって駆け巡ります。そこへさらに、人っていうものは空想が大好きな生き物です。自身の夢や願望、空想の世界まで混じってしまえば、本人にも想像も付かないような不思議な夢を見る、と言う事も在るでしょう」
「そ、そう。……そうね、夢って大体妙な物ばっかりだものね、はは……」
 一通り喋り終えて、アリアが一息ついたところでストッパーを掛ける。なんかこのままいったら脳の神経細胞がどうとか、神経伝達物質がどうとか延々と話が転がって喋り続けられてしまいそうな気がした。

「まあ、余り深く気にする必要は無いと思いますよ?」
「そうね。今はそんな事より聖杯戦争っていう大事があるものね。でも、それにしてもあの子……誰かに似てたのよね、すっごく」
「ほう、どんな子だったのですか?」
「んん? そうねえ、って、そうよ、誰かに似てるっておもってたら、貴女よ貴女! 年は全然幼くて小さくて可愛かったけど」

 私の言葉に少し吃驚したように目を丸めるアリア。ビシッと指差してしまったので面食らってしまったのかもしれない。

「わ、私……ですか? 幼くて可愛いと、ほう。今の私は年増で可愛くないですからね。申し訳ありません」

 可愛くなくてすみませんなんてしおらしく涙を拭くようなジェスチャーで嘘泣きしてみせるふざけた英霊が目の前にいる。まったく、冗談は程ほどにしておきなさいってのよ。

「ふざけないでよ。貴女みたいにモデル顔負けの美人がそういうこと言うと嫌味にきこえるわよ? まったく、化粧もなんもしてない今のままでも十分可愛いくせに」
「あはは、そうでしょうか? 化粧は昔から苦手でして」

 意地悪くからかうと照れたように頬を掻いてみせる。大体、化粧も無しにその顔ってどうなのよ全く。世の中なにか間違ってるわ!
 そんなやりとりをしていると洗面所の扉が開いた。扉の向こうに居たのはセイバー。

「おや、おはようございます。と、いってももうお昼前でしたが」

 朝の挨拶をするも時間が昼前という事に気付いて恥ずかしそうに小さくなるセイバー。なんとなく可愛げがある。隣のアリアにも見習わせたい気がするのは何故だろう。

「おはようございますセイバー。今日は凛もつい先ほど起きたばかりですからお気になさらず」
「ちょっとアリア! もう。おはよセイバー。洗面所、使う?」
「あ、はい。もう宜しいのですか? では失礼して」
「あ、はい。セイバー。タオルをどうぞ」
「ありがとうございます」

 洗面所に入るセイバーにアリアがタオルを渡して私の後に続く。入口の手前でふと思い出したことを口にする。

「そういえばね、夢に出てきたその子、名前まであったのよ。自分の夢ながら妙に凝ってるわよね。確か、アルトリアって……」

 その名前を聞いたアリアとセイバーが同時に硬直する。

「……へえ、変わった名前ですね。女の子の名前でも珍しいほうですよ」

 アリアは直ぐに普段どおりの態度でそう返してくるがセイバーは何かに驚いたように目を白黒させている。この名前、そんなに驚くような名前だったのかしら?

「……あ、アリア、すみません。石鹸が切れてしまったみたいで、予備は在りますか?」
「え、ええ。ちょっと待って下さい。凛、すみませんが先に戻って着替えてて下さいますか。直ぐ戻りますから」
「ええ、いいわよ。大体着替えぐらい一人で構わないんだから」

 なんとなく雰囲気から二人にしたほうが良いような気がしたのでそのまま場を後にする事にした。

**************************************************************

 アリアが戸棚からハンドソープの予備を取り出して中身を補充してゆく。その横顔に私は意を決して問いかけた。

「アルトリア……凛はどこでその名を知ったのでしょう」
「……夢の中、だそうですよ。それがどうかしましたか?」

 表情を変える事無く、アリアは慣れた手つきで液体石鹸の補充を終え、ボトルの蓋を閉めてゆく。

「慣れていますね」
「ええ。普段から遣っていた事ですからね。貴女と違って私は現代の出ですから」
「現代……やはりそうでしたか」

 現代。聖杯の機能によりこの時代の知識は十分に備わっている。だが知識として知っているだけで、普段から扱いなれているわけではない。やはり自分が生きた時代の生活の癖が出てしまったり、この時代の生活に慣れない部分もある。だが彼女にはそれが無かった。それはやはり現代の出であったからなのだ。

「聞きたいことがあったのでしょう、セイバー?」

 一人物思いにふけってしまっていた所を、アリアから問いかけられる。そうだ。凛が何故あの名前を知っていたのか。だがそれは先ほど答えられてしまった。

「ええ。ですがその答えは先ほどあっさりと答えられてしまった。ですから今は問いたい言葉が見つからない」
「……判っています」

 判っている。そうだ、考えてみれば彼女は私の正体を知っているらしいのだ。ならば私の動揺の理由も判っていてもおかしくは無いのか。

「そういえば、貴女は私の名を、知っているのでしたか」
「ええ、知っていますよ。アルトリウス・ペンドラゴン、アーサー王。いえ、アルトリア」

 その響きに背筋が震える。本当に知っていた。それも、私の本当の名。アーサーではなく、アルトリア。性別を偽り、男として王位に付いた小さな少女の、本当の真名を。

「貴女は、本当に……何者なのだ! 私の真名を知り、私と良く似た姿を持ち、現代に起源を持つという貴女は……!?」

 冷静になりたくても、理性に反して声には熱が入る。判らない……彼女が何者なのか、一体私とどんな関係があるのか。目の前の彼女は、それら全ての答えを持っている。
 彼女は私に背を向けて歩き出しながら静かに、だが強い意志の篭った声色で答えてくる。

「その答えは、貴女が自分で見つけなければ意味が無い。その答えは、貴女の抱える問題に繋がっているから。そう、貴女の抱える矛盾した望みに」
「何!? 望み、だと……!? 貴女に私の何が判ると……そうか、判っているのだったな。それは、私の願いまでもか?」

 用事を終え、洗面所を後にしようと扉の前へ歩いてゆく後ろ姿に思わず叫ぶ。血が昇り、武装を編みそうになってしまう。だが、聞き捨てなら無い。アリアは私の正体は愚か、私の心まで知っていると言い出したのだ。そんな馬鹿な話があろうか、現代の、それこそ碌な魔術も神秘も持ち得なさそうな彼女がどうして私の心を読み取れようというのか。詭弁ならそうであって欲しい。

「まだ、私の正体がわかりませんか? でも、凛はきっともう、薄々ではあるけれど……私の正体に気付き始めている」
「!?」

 凛はもう気付きかけている? 確かに彼女はアリアのマスターだ。アリアの秘密も、共に居る時間が多い分だけ、彼女のほうが気付きやすいのは確かだろうが。

「私の正体。それに気が付いた時、貴女は貴女が抱える問題に直面しなければならなくなる。その覚悟が今の貴女にお在りですか?」

 静かに、ゆっくりとアリアが此方を振り返り、私を見据える。その瞳は真摯で、とても真っ直ぐに私の瞳を射抜いてくる。

「ヒントを一つ差し上げましょう。私の名前、アリアは本当の名を短縮したものだと教えましたよね?」

 それでこの話は終わりとばかりに、アリアは洗面所の扉に手をかける。

「……!? まさか……」
「信じる、信じないは貴女次第です。でも、貴女が考えるより私はもう少し複雑な存在だと思いますけれどね」

 最後まで、結局何がなんだかもう私にはさっぱり判らない。彼女は私なのか……ありえない。まさかこの戦争で聖杯を得て、受肉した姿だとでもいうのか……。否、それこそもっと在りえない!! 彼女が私なら、エクスカリバーを持っていなければおかしい。だが彼女はエクスカリバーを持っていない。だから聖剣を持たぬ彼女は、アーサー王足り得ない。
 なら、彼女は一体何だと言うんだ。判らない……。
 もう少し複雑な存在……彼女は最後にそう一言だけ付け加えて、彼女は廊下の向こうに消えていった。


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.027444839477539