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No.10571の一覧
[0] 旅人の精一杯【現実→異世界】[ねしのじ](2009/09/13 18:33)
[1] 第一章 プロローグ[ねしのじ](2010/03/29 13:25)
[2] 第一話 ジャングルからジャングルへ[ねしのじ](2010/03/29 13:25)
[3] 第二話 おいしい晩御飯[ねしのじ](2010/03/29 13:26)
[4] 第三話 キャラ作りと不思議アイテム[ねしのじ](2010/03/29 13:27)
[5] 第二章 プロローグ[ねしのじ](2009/08/02 14:55)
[6] 第四話 涙の道[ねしのじ](2010/03/29 13:27)
[7] 第五話 タヌキなキツネと馬鹿試合[ねしのじ](2010/03/29 13:28)
[8] 第六話 屋台と軍と縁剣隊[ねしのじ](2010/03/29 13:28)
[9] 第七話 女性の神秘[ねしのじ](2010/03/29 13:29)
[10] 第八話 ダンスの手ほどき[ねしのじ](2010/03/29 13:29)
[11] 第九話 白い眠り黒い目覚め[ねしのじ](2010/03/29 13:30)
[12] 第二章 エピローグ 異世界での覚悟[ねしのじ](2010/03/29 13:30)
[13] 番外編1 腹黒領主[ねしのじ](2010/03/29 13:31)
[14] 第三章 プロローグ[ねしのじ](2010/03/29 13:32)
[15] 第十話 王都への旅[ねしのじ](2010/03/29 13:32)
[16] 第十一話 好奇心は猫をも殺す[ねしのじ](2010/03/29 13:32)
[17] 第十二話 分身・変わり身[ねしのじ](2010/03/29 13:33)
[18] 第十三話 大学[ねしのじ](2010/03/29 13:33)
[19] 第十四話 手紙[ねしのじ](2010/03/29 14:30)
[23] 第四章 プロローグ[ねしのじ](2010/03/29 13:51)
[24] 第十五話 薪割り[ねしのじ](2010/04/11 16:09)
[25] 第十六話 加護[ねしのじ](2010/04/11 16:11)
[26] 第十七話 意思[ねしのじ](2010/09/23 08:50)
[27] 第十八話 女神の抱擁[ねしのじ](2011/11/27 16:14)
[28] 第十九話 秘書とレベル[ねしのじ](2011/11/27 16:26)
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[10571] 第七話 女性の神秘
Name: ねしのじ◆b065e849 ID:b7c8eab1 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/03/29 13:29
 今までの疲れが一気に出たのか、起きたときには朝食の時間はとっくに過ぎていた。一階に下りると朝の仕事が一段楽したのだろうか、女将さんが椅子に座って何かを飲んでいた。
「おはようございます」
「もうおはようって時間じゃないよ」女将さんは苦笑交じりに返事を返した。
「はは、そうですね。今日はちょっと調べ物をしたいんですけど、この街って図書館とかありますかね?」
 女将さんはニヤリと笑う。
「あるよ~、ここいらじゃ一番の図書館が」
「そんなに大きな図書館なんですか?」
「詳しいことは知らないんだけど、国内でも有数のって評判さ。領主様が建てたんだけど、お披露目の時には王様を呼んだりもしたんだよ」
「それだけ大きいなら期待できます」
「そうだね。だけど図書館行く前に身体を拭いたほうが良いよ」
 鼻をつまむしぐさをしながら忠告された。
 自分でも匂ってみると……かなり臭い。
「そうですね。そういえば昨日はごたごたしていて忘れてました。すいません」
「まぁこの宿には全く拭かない人も居た位だからそれぐらいならかわいいもんさ。でもそれで図書館はやめといたほうが良いね」
「じゃあ身体を拭いたら出ます。水場はどこですかね?」
「そこに水桶があるからその仲のものを使うといい。冷たすぎなくてちょうど良いはずだよ。後、図書館は前の通りを門と反対側へずっと行くとあるよ。教会よりも奥だから結構歩くけどね」
「分かりました。ありがとうございます」





 部屋で身体を拭いていると無性に湯船とシャワーが恋しくなった。向こうに居たときはカラスの行水だったというのに変な話だ。領主や王族も身体は拭くだけなのだろうか? 詮無い疑問が浮かぶが、そのような人種とそうそう縁があるとも思えない。考えるだけ無駄なことだろう、と思考を切り替えた。



 途中で朝飯兼昼飯となる食事を済ませ、図書館へ入った。図書館に流れる静謐な空気はもとの世界を超えるほど濃密に感じる。
 この場にいる人間は全力で本に相対しているのだろう。内容を必死に理解しようとする者、目的の本を探している者、未だ見ぬ物語に思いを寄せている者様々だが、それら一人一人が持つ本への情熱がこの静謐な空気を生み出しているのだろうと感じた。
 立ち止り、深呼吸し、その空気を身体に巡らせる。頭の中がクリアになっていくようだ。初めての場所なのに、懐かしさすら感じた。辺りを見回すと受付のらしき場所にお姉さんがいたので声をかける。
 金色の髪を後ろでまとめ、ポニーテールにしているお姉さんはこちらに気付くと「いらっしゃいませ」と笑顔とお辞儀で迎えてくれた。
「すいません、図書館って初めてくるんですけどお金とかかかるんですか?」
「館証を持っていれば無料で読めますが、そうでなければ一冊に付き銅貨10枚かかります」
 こうして考えるとソニカの村はかなり親切だったのだろう、無料で読ませてくれるどころか、貸出までしてくれたのだから。
「中身の確認って出来ないんですか?」
「こちらに持ってきていただければ大雑把にならわかりますが」
「そうですか、中身を写したりとかは大丈夫なんですか?」
「本を汚さなければ大丈夫ですよ。返却の際に確認しますから気をつけてくださいね」
「わかりました。ありがとう」


 目的と合致しそうなものを探す。神様に関しては「神様大全集」、アイテムに関しては「神から授かりし物 Part IV:特殊道具編」、スキルに関しては「神から授かりし物 Part V:スキル編」がそれぞれ見つかったのだが、肝心の元の世界に帰る方法が見つからない。とりあえず、司書さんに尋ねることにした。
「すいません、この中身が知りたいんですけど?」
「はい、え~とそうですね」
 本についている鍵を外すと中をぱらぱらと確認する。
「はい。神様大全集が現在確認されている神族の種類と特徴、系譜、加護なんかを網羅した事典ですね。で、こちらの神から授かりし物二つはそれぞれ現在分かっている特殊なアイテムとスキルに関する事典です」
 持っていった本は大体想像通りの物の様だった。
「じゃあ、それを読めるようにしてください。あと……人がいきなり全く違う場所に行ってしまうような話って無いですか?」
「そうですね……それでしたら二階の緑の棚三番が物語の棚となっていますので、そこで見たような気がします」
「ありがとう」
 せっかくの情報だったが、物語の棚とは、期待度が薄そうだ。一縷の望みに賭け、二階への階段を上った。



























 ――――衝撃を受けた。結果から言うとどうも元の世界に帰る方法はなさそうだ。いや、ひょっとしたらあるのかもしれないが、その道を詮索するぐらいならこの世界で巨万の富を得るほうが簡単なようだ。
 二階には司書さんの言っていた本かは定かではないが、目に付くタイトルの本があった。そのタイトルは「ジロウの冒険」。どうやら伝説的な英雄ジロウの娘アスカが彼の日記を一部訳し、そこに自身の日記を付け加えて書いたものらしい。
 曰く、ジロウはこちらの世界の文字を読むことは出来ても書くことは出来なかった。(ジロウの日記はアスカだけがかろうじて一部読むことが出来たらしい。)
 曰く、珍しい現象や出来事が起こったと聞けば危険も顧みずに向かった。
 曰く、帰ってくると決まって落胆しており、そのたびにレベルが上がっていた。
 最終的にはディスマーズと呼ばれる高レベル火竜を単身で倒し、伝説級の武器を持ち帰り、それを売って、家族三人末永く幸せに暮らした……らしい。
 そんな危険を潜り抜けた結果だめだったというのなら、例え探したところで見つかるはずが無いだろう。こちらの世界で職探しをすることがいよいよ現実味を帯びてきた。それどころか、こちらの世界で骨を埋める覚悟すら必要かもしれない。
 こちらの世界での出来事が脳裏を駆け巡った。



 こんな場所で泣き喚こうものなら縁剣隊か軍の世話になるだけだ。気持ちを切り替えると残りの三冊に取りかかった。
 どうやら加護の欄に書いてあった工物神アランシムというのは大雑把に言うとものづくりの神様らしく、創物神の下位に存在するらしい。加護の内容としては手先が器用になる。戦闘後の報酬として素材が多くなる。材料さえあれば一度作ったものと全く同じものを作れるようになると言ったものらしい。
 …………これまたビミョ~な能力だ。おそらくだが、クラフに使ったあの簡易爆弾が気に入られたのだろう。そんな簡単な理由でいいのかとも思うが、本によると大体そんなものらしい。
 また、神様は加護を与える際に一つ奇跡を与えるらしいとも書いてある。
 心当たりが……あった。
 クラフ達に寝込みを襲われたときに聞こえた声だ。あれが奇跡か、余りに小さな奇跡の内容に半ばあきれてしまうが、あれが無ければ今頃奴隷になっていただろう。
 そう考えるとすさまじい幸運だったのだと自分を納得させた。


「神から授かりし物 Part IV:特殊道具編」によると昨日鑑定してもらった道具袋は某ネコ型ロボットの四次元ポケットのようなもので、見た目以上にものが入るらしい。同系統のアイテムに現在確認されているものでは「大きい物広き場所」総合C+、「小さき物狭き場所」総合C、「大きい物狭き場所」総合C-があるとのことだ。
 そして「自然陰伏」。このスキルは自然界においてこちらの気配を隠すことが出来る。……二つの条件付で。その条件とは第一に「相手がこちらに気付いておらず、かつこちらが相手を視認していること」もう一つが「膝と肘を地面につけていること」である。条件が厳しすぎやしないだろうか。
 このスキルを持っている人間は凶悪モンスターによる被殺害数は極端に減っているが、大型モンスターによる圧死が死因の第一位になっていた。……明日は我が身だ。注意しよう。





 とりあえず現状必要な情報はそろえた。
 だが、せっかく金を払って読んでいるのだ。有用そうな情報ぐらいはメモしておこうと、カバンからルーズリーフと筆記用具を取り出し、図書館の隅で写し始める。
 一時間ほど経ったころだろうか少し疲れてきたため、軽く伸びをすると司書のお姉さんと目が合った。
 軽く会釈する。すると立ち上がってこちらへと歩いてくる。辺りを見回すが場所が隅ということもあり近くにはほかの人は居ない。
「あのっ!これなんですか!?」
 控えめな音量で、だが驚きを表しながら聞いてきた。視線の先はこちらの右手に向かっている。視線の先を見て己の迂闊さを呪った。その通りだろう、こんな世界にボールペンなんてものがあるはずない。
「いや、え~と」
 しかし司書のお姉さんにはこちらの回答を聞く気はないようだ。
「え、これも!?」
 司書のお姉さんはボールペンを凝視していた視線をルーズリーフに移すとひったくりまじまじと見ている。
「なん……ろい、いや……そも……薄い……」
 口に手を当てて何かをつぶやきながら紙を睨んでいるお姉さんにひいてしまう。今の内になんとか逃げれないかと壁伝いにゆっくりと移動した。
 静謐な図書館の空気はこの一帯だけ完全に霧散している。机の方を向いているお姉さんの背後に回ることに成功したと思った瞬間お姉さんが肩越しにこちらを睨みつけてきた。……正直怖い。怖すぎる。
「これは……どこで手に入れたのですか?」
 まさか生協で200円出してなどと言えるはずもない。
「あ~実は祖父が発明家でして」
 田舎で農業を営んでいる亡き祖父(趣味は読書)に泥をかぶってもらうことにする。……ごめんよじいちゃん。
「そうですか……ここであまり色々尋ねるわけにも行きませんわね。少しお待ちいただけますか?」
「は……はい」
 そう言ってちらちらとこちらを窺いながらカウンターへ向かった。カウンターに着くと何かベルのようなものを手に取り振った。が、特に音はしない。
 せめて目の届かないところへ行ってくれれば逃げられたのになどと考えているとドアが開いた。
 入ってきたのは知的という言葉がその甘いマスクからにじみだしているような青年だった。服装はスーツのような黒っぽいジャケットとパンツに見える。
 司書の女性と二言三言交わすと青年をその場に残し、女性だけがこちらへと戻ってきた。脱出は困難を極めそうだ。
「お待たせいたしました。屋敷に招待いたしますので、どうぞ着いてきてください」
 また拒否権ないのだろうか? もはや決定事項といった口調である。
「……分かりました」
 悪意があるようには見えないのでとりあえず着いていくことにした。怖いのは非常に怖かったんだが。






 連れられた先は高い塀に囲まれた、もはや無駄だとしか言いようのないほど広い屋敷だった。
 客を威圧することが仕事だというような扉を越え、道行く人すべてに頭を下げられながら行き着いたのは来客用と思わしき広い部屋だった。
 今はソファに座らされ待っている。テーブルの上には紅茶のようなものが置いてあるが、正直怖くて手をつけられない。漂ってくる香りだけを楽しむことにする。
 落ち着かない。そもそも周りの調度品が元の世界でも見たことないような焼き物や複雑な模様の絨毯なのだ。落ち着けという方が無理だろう。
 そして話をする相手もいないので、できることと言ったら辺りを見回すことぐらいなのだが、結果としてさらに落ち着かなくなってしまうという悪循環だった。
 そんな中、足音を耳が捉えた。


 ドアを開けて入ってきたのは彼女の妹だろうか? 
 豪勢なドレスに身を包んだ金髪の少女とお付きの者が三名だ。こちらとの会話に参加する気はないとの意思表示だろうか? お付きの者たちは一様に目を伏せている。
「あ~、お姉さんはどうしたのかな? ここで待っとくように言われたんだけど?」
「……そこまですっとぼけた反応をされたのは初めてです」
 心外だというように少女はつぶやく。
「……は、え? もしかして……司書のお姉さん?」
 コクリとうなずく目の前の少女。どう見ても目の前の少女と司書のお姉さんでは5、6歳は離れて見えるのだが……恐るべしは女性の神秘か。
「この髪と服のせいというのは分かるのですが、レディに対してその態度はいささか失礼ですよ?」
「あ~、すいません」
 確かにと思ってしまったので、頭を下げておく。頭をあげてよく見てみると確かにドレスはピンクで花の形をした飾りがついているようなものだったが、少女……女性の雰囲気には合っている。先ほどは後ろでまとめていた髪も下ろすときれいなストレートになっていて顔だちを幼く見せている。だが、その眼に携えられている理知的な光だけは確かにあの女性と同じものであった。
「あまりじろじろと見つめるのもです。……申し遅れました。私はファールデルト・ヴァル・サル・ディートリと申します」
 頬を赤く染め、拗ねたような自己紹介を行われた。
「すいません。シュージと申します」
「それで、先ほどの続きなんですがあの……紙? はおじいさんが発明したものなのですか?」
 いつの間にか淹れられていた紅茶を優雅に手に取り、訪ねてきた。
「そうです」
 待っている間に方向性はまとめておいた。簡単にぼろを出すことはあるまい。
「あのペンもですか?」
「そうです」
 カップをテーブルに置いたファールデルトはその言葉にうれしそうな笑みを見せた。
「ではその人はどこにおられるのですか?」
「去年亡くなりました。さっきの代物はその時の形見なのです」
 生協で買った200円のボールペンとルーズリーフが形見とか言ってごめんよ、じいちゃん。田舎で農業を営んでいた祖父(日曜日はゲートボールに出かけていた)に対し心の中で再び謝罪する。
 ファールデルトはその言葉に一気に塞ぎ込んでしまった。
「そう……です……か」
 少し想像していた流れと違う。製造方法を聞き出したいのだろうと思ったが、そうではないのだろうか?
「中々ままならないものですね。では、製造方法などはご存じですか?」
「いえ……それがまったく。紙に関してはどうやら木が原材料だと思うのですが、それ以上のことはちょっと」
「やはりそうですか。紙自体はここ最近東の大国で作成されるようになり、我が国にも輸入で多少は入ってくるので少しは情報があります。あそこまで白くて薄いものは初めて見ましたが」
 想像通りだという言葉に違和感を覚える。
「そうなんですか」
「ええ、あのペンなのですが、少し使わせてもらってもよろしいですか?」
「はい、どうぞ」
 鞄から取り出したペンを渡す。手に取ったそれをまじまじと見つめている。
「なるほど、中にインクを入れて……どうやって少しづつ? ずっと下を向けてても垂れてこないし……」
 ペンを片手にぶつぶつ言いだした。美少女が無表情で何かをつぶやいている図はかなり怖い。
「書き心地もいい、紙のざらついている部分に引っかからないし……」
 ほっとくと自分の世界から帰ってきそうにない。付き人たちは慣れているのか止めようとしない。
「あの……」
 返事がない。
「すいませーん」
 こちらの声が聞こえないのか、耳に届いていないのか、返答はない。助けを求めるように付き人を見るとダンディな紳士がわかりましたと言わんばかりにうなずいた。
「お嬢様、そろそろ」と言って椅子を軽く叩く。
「……すいません、ちょっと考え事をすると止まらなくなるくせがありまして。これだけの物を発明できる方がお亡くなりになられたとは……残念です」
 その振動で気付いたのだろうかこちらを向き謝ってくる。
「なにか、発明品より祖父の方に興味がお有りみたいですね」
「実は……領主の娘が恥ずかしいのですが、私こういう研究・発明が趣味なんですの。それほどの発明家ならぜひ弟子入りしたかったのですが……」
 実に残念そうに顔を伏せるが、そもそも領主の娘が弟子入りなんてできるのだろうか?
「そこまで評価していただければ祖父もきっと喜んでいるでしょう」
「そんな、ほんとにこれらは素晴らしい発明ですよ」
 顔を傾けながら華が咲くような笑顔を見せてくれるファールデルト。その時、部屋にノックの音がこだました。部屋に鳴り響いたノックの音にファールデルトがほんの一瞬だけ動きを止める。付き人に目線をやると一礼した付き人が扉へと近付いて行った。扉を少しだけ開け、来訪者の確認をしている。ふと前に目線をやるとファールデルトも視線だけを扉の方に向けている。どうやら来客が気になるようだ。付き人は小走りで戻ってくるとファールデルトに何やら耳打ちをした。ファールデルトは最初のノックから表情をほとんど動かしていないが、付き人の反応から来客者が今ここに来てほしくない人物、あるいは想定外の大物のどちらかであることが窺い知れる。ファールデルトが口に付けていたカップをテーブルに置くのと来客者が部屋に侵入してくるのはほぼ同時だった。


 来客は30代ほどに見える男性で、絹のような素材なのだろうか? 光沢のあるゆったりとした服を着ている。そして、こちらの世界に来て初めてメガネをかけている人を見た。そのメガネの奥にある瞳は何かを連想させた。
「ファル、せっかく客人を連れているのならどうしてこの父に知らせてくれなかったんだい? 危うく客人をもてなさないという末代までの恥を作成してしまう所だったじゃないか?」
 …………ファールデルトだ。
「そのような恥、父上は毎日のように作ってるではありませんか」

「何を言ってるんだいファル。私は神に誓ってそんなことはしていない。するはずがないじゃないか」
「縁剣隊の持つ審判の盃にでも誓ってほしいものですね。今日も嘆願に来ていた商人を門前払いしてたではありませんか」
「ああ、彼らのことかい?ファルもまだまだだね。ああいうのは客とは言わないんだよ?自分の要求ばかり喋ってこちらに不幸を連れてくるのは客じゃなくて厄と言うんだ。厄は払わなきゃ。できることなら門前でね」
「屁理屈を」
 漫才を見ているようだ。アドリブとは思えないほど複雑な嫌みの応酬を間断なく続けている。
「だが、真実さ。ところで客人を紹介してくれないかい」
「……こちら、偉大な発明家を祖父に持つシュージさんです。シュージさん、この恥ずかしい物体は悲しいことに私の父、デイトリッヒ・ヴァル・サル・ディートリです」
「ファールデルトの父、デイトリッヒ・ヴァル・サル・ディートリと言う者です。今後とも良しなに」
「よろしくお願いします。シュージと言います。娘さんと仲良いんですね」
「何を言ってるんですか!?」
「わかるかい? いや、君は実に良い目をしている」
「今すぐ撤回してください!!」
「分かりますよ。お互いに深く理解してないとああ言った掛合いはできませんから。何かわだかまりがあってもすぐに溶けますよ」
「う……」
 ファールデルトは落ち着いたのか、唸って下を向いてしまった。どうやらビンゴだったようだ。
「……君は本当に良い目をしてるね」
 デイトリッヒさんは居住まいを正してこちらのことをじっと見つめてきた。
「さすが軍と縁剣隊の関係に一石を投じた流亡の薄弱者なだけのことはある。臆病者故の彗眼なのかな?」
 今度はこちらが驚かされてしまった。不敵そうに笑うその顔から、どうやらこちらの驚愕が向こうに伝わってしまったことを察する。正直舌打ちしたい気分になった。
「見えすぎると不安になるんですが、見えないのもまた怖い。ほんとに損な性分してると思ってます」
「改めて自己紹介しようか。ファールデルトの父でありこの街の領主でもある、デイトリッヒ・ヴァル・サル・ディートリだ。以後お見知り置きを」
「……流亡の薄弱者、シュージです。よろしくお願いします」
 そういうとデイトリッヒさんは笑みを浮かべる。
「やはり一度会ってみて良かった。アッサム様とやりあったというのも誇張ではないらしい」
 アッサム様?……やりあったということは縁剣隊のあの少年のことだろうか?
「それで……私の評価はどのようなものになりましたか?」
「いや、実に面白い。田舎で育ったとは思えない腹芸だ。それが純粋に才能のみだと言うなら君は偉大な指導者になる素質を持っていると言えるよ」
「それは褒められているのですかね?」
 人格を否定されているようにしか聞こえないのだが。
「私からの最大級の賛辞だよ。実にタイミング良いことに今日は晩餐会が開かれる。是非参加して行ってくれたまえ」
「それは良いアイデアです。是非参加して行ってくださいませんか?」
今まで会話を聞いているだけだったファールデルトも父親の援護に走る。が、正直これ以上きな臭いことになるのはごめんだ。
「あいにくと礼儀作法も知らない田舎者ですので」
「何、その程度のことに如何ほどの問題があろうか、スピーチをするわけでもあるまい。それに今こうして相対している君が不作法者だというのは少し信じられないがね」
 逃げ道をふさがれた。服がないなどと言ったところですぐさま用意されるのだろう。少し考えているとファールデルトが立ち上がり、領主の反対側――俺の左隣へと座った。
「シュージさん……こうして会えたのも何かのご縁でしょうし、私はできればシュージさんともっと親交を深めたいのですが……シュージさんはお厭ですか?」
 そういい、上目づかいでこちらを覗きこんでくるファールデルト。おかしい、絶対におかしい。こんなかわいい子が今日初めてあったばかりの男にこんなこと言うはずがない。落ち着け――――思考を加速しろ――――なにか裏があるはず――――
「お厭なんですね」
 そう言って顔をこちらから背けるファールデルト。だが手だけはこちらの袖口をつかんでいる。――これはもう詰んでるのではないだろうか?
「ぐっ……分かりました。その代わりすいませんが服を用意してもらえませんか?晩餐会に着ていくようなものは持っておりませんので」
 ファールデルトは勢いよくこちらに振り返ったと思うと――――
「ありがとうございます!!」
 そう言って抱きついてきた。落ち着け、落ち着くんだ。こんなことあるはずない――絶対に何か裏があるはずだ――心の言葉とは裏腹に頭が真っ白になっていく。抱きつかれたことで、俺には全く見えなかった。予想通りにファールデルトの顔にしてやったりと浮かんでいる笑みと










 予想外に真っ赤になっていた耳が。



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