ソニカの村は思いのほか大きく、おそらく村を囲むのであろう木で出来た柵や、入り口となる門があった。門の隣には門番らしき人までいる。門番がこちらに気付き、近づいてきた。
「アーリアちゃ~ん!! ランツどうしたんだ!!?」
俺がランツさんでないこと、あるいは俺に背負われているのがランツさんであることに気付いたのか、熊のような見た目の門番はひどく驚いていた。
「ちょっとレベルの高いモンスターが出たんだけど……怪我はその場で治癒したし、そのモンスターはそこのシュージさんが倒してくれたわ」
「そうか、ランツがやられるとなるとは……厄介な相手だったんだな。おう、お客人、シュージって言ったか? おれはジョフだ。どうもありがとうよ、この二人を助けてくれて」
豪快に笑いながら背中を叩いてくる。叩き方に容赦がない。普通に痛い。
「どうもシュージです。俺も無我夢中だったんで、それに俺もアーリアさんに助けられましたし」
ジョフは不思議そうな顔をする。
「シュージさんはネムの森で迷子になってたの」その言葉にジョフと名乗った男性はパチクリと目を瞬かせた。
「ランツより強い人がネムの森で迷子とはね」
ジョフは可笑しいのかククク、と笑っている。どうやらあの森は迷うような森ではないらしい。とてもじゃないが道なんてなかったと思うのだが。
「でもおかげで助かったわ。それじゃあ兄さんを休ませたいし、シュージさんをもてなさないといけないから私たちは行くね」
「おう、あんまり珍しいものはないだろうがゆっくりして行ってくれや」
俺にとっては十分珍しいと思いますけどね、と心の中だけで呟く。
「ありがとうございます。それじゃ、失礼します」
アーリアにつれられて村の中に入った。
あそこが定食屋であそこが道具屋などと村の細かい情報を聞きながら進んでいくと比較的大きな、並び立つ二棟の建物が見えた。
「右が教会で左がギルドです。教会はもう閉まっていますので明日にしたほうが良いですね」
何か教会に行く理由、あるいは行かなければならない理由があるらしい。どうやって聞き出すかと考えているとアーリアはすたすたと先に行ってしまった。しょうがないのでそのまま付いて行く。
どうやら目的地に着いたようでこちらに振り返った。
「ここが私たちの家になります」
きれいに手入れされている二階建ての建物に通された。二階に上がり、ベッドにランツさんを寝かした。
「顔色は悪くないし、ほんとに寝ているだけなんだろうけど、よく起きないね」
「兄は一度寝てしまうと中々起きなくて……」
こういう世界でそれは大丈夫なのだろうか?
「それは……旅なんかに支障ないの?」
「……ありますね。なので、商隊の護衛依頼なんかには手を出さないようにしています」
頭の痛い部分でもあるのだろう。アーリアは苦笑いとともに小さなため息を吐いた。
「寝込みを襲われたら一発だろうしね」
「そうだ、お礼代わりといっては何ですが、今日は是非泊まっていってください」
良いことを思いついたというように軽く跳ねた。いきなりの提案はありがたいものではある。あるが……
「いいの?」
いくら助けられたからといって、今日初めて会った男を泊めるアーリアの危機管理能力に疑問を覚える。
「ええ、さすがの兄も私が悲鳴を上げたら起きますので、襲ってきても無駄ですよ?」
前言撤回。思ったより強かそうだ。
「それなら俺も迷惑を考えなくて良いね。お言葉に甘えさせてもらおうかな」
何とか口調に動揺を表さないことには成功した。頬が赤くなっている自覚はあったが。
「どうぞ。ゆっくりとくつろいでください」
くすくすと笑いながらアーリアが答える。ベッドのついている客間へと通された。
「ご飯が出来たら呼びますね」
「何か手伝うよ」
「お客様にそんなことさせられませんよ」
手のひらをこちらに向けて制される。
「……そうか、ありがとう」
食い下がろうかとも思ったが、やめておいた。
「どういたしまして。それではまた後で」
静かに扉を閉めて、アーリアは階下へと降りて行った。
部屋に一人取り残された俺はベッドに座るとそのまま上半身を倒した。木の板の身で出来たベッドは固く、思いのほか痛かった。しばらく天井を見上げているとリザードロードの目が思い出された。縦に割れた瞳孔がこちらを見つめてくる。手のひらに首を断つ感覚がよみがえる。背筋をひんやりとしたものが駆けていった。
ベッドから起き上がると一つ息を吐いた。休もうかと思ったが、とても休めそうにはない。ふと辺りを見回すと鞄の中から筆箱が顔をのぞかせていた。今の内に分かる範囲のことをまとめておこう。かばんから筆記用具とルーズリーフを取り出し、今までに判明した情報を記していく。
最終目標は元の世界に変える手段を探し出すこと。
中期的な目標として生計を立てる手段を確立すること。
初期の目標としては路銀を得ることが挙げられる。
正直、あちらの世界に特に未練があるわけではない。こちらでの生活が快適ならそのまま留まることも視野に入れておくべきだろう。
「親しい知人が居なかったという事実を喜ぶべきか悲しむべきか……」
窓から外を眺めると夜の帳はもう下りきっていた。静寂に包まれていた部屋に控えめなノックの音がこだまする。
「シュージさん、ご飯の用意が出来ました」
「ありがとう。すぐ行くよ」
ルーズリーフをバインダーにはさみ、かばんの中にしまった。
テーブルには色とりどりの具材を挟んだサンドイッチとポタージュが用意してあった。
「簡単なもので申し訳ないのですが……」
お風呂に入ったのだろうか、汚れを落としたアーリアは輝いているようにすら見える。実際、水分を含んだ髪は光を反射している。
「いや、すごく美味しそうだよ。ありがとう」
「お口に合うとよろしいですが」
「大丈夫じゃないかな。それではいただきます」
手を合わせる習慣があるかわからないので、アーリアに軽く一礼してサンドイッチを手に取る。正直何を挟んでいるのかさっぱりわからないが、まさか毒だの食べられないものだのは入ってないだろう。
見た目だけを言えば具材を挟んでいるパンはピザの生地のように薄い。挟まれている具材はレタスのような形状でありながら、ホウレン草のように緑の濃い野菜。マグロのような生き物のものだろうか?ハムのように四角い脂身を含んだ赤身でありながら、刺身のように柔らかいのだろう。はみ出した部分が垂れ下っている。
大きく口をあけ、頬張り、咀嚼する。口の中には口内の温度で溶け出す肉の脂身に香ばしいパンの香り、シャキシャキとした歯ごたえと共に口一杯に広がる野菜の香り何より噛むとジュースかと思うような甘みを含んだ水分が出てくる。どうやら見えないところにトマトのような果実系の野菜があったようだ。…………これは旨い。
「……どうですか?」
俺の顔が緩んだのがわかったのだろうか、つい先ほどまで不安そうにしていたアーリアはうれしそうに感想を聞いてきた。
「いや、正直すごく美味しくて驚いてるよ。こんなに美味しいサンドイッチは初めて食べた」
「よかった~、でもシュージさん大げさですね」
俺の言葉を聞いてアーリアが顔を綻ばせた。だが、俺としてはお世辞でもなければ誇張のつもりもない。パンは向こうのものと比べると比較的普通、ソースは若干旨い程度、肉のうまみと柔らかさはかなり良い。だがそれと比較しても野菜だけ次元の違うものに感じる。
「この野菜はどうしたの?今まで食べたことないくらい美味しいんだけど」
アーリアは両手にサンドイッチを持ったまま顔をほころばせる。
「そういってもらえるとうれしいです。実は私が育てた野菜なんですよ」
「そうなの?すごいね」
「これでも菜園には結構自信があるんですよ。仮にも調剤士の卵ですから」
“調剤士”か、薬剤師みたいなものだろうか。
「そっか、通りで森でも薬草集めてるわけだ」
「ええ、畑の大きさには限りがありますから、ものによっては採取に行かないといけないんです」
そのとき天井から大きな音が聞こえた。
「兄さんが起きたかしら?」
大きな足音は階段を駆け下りてきた。
「アーリアッ!!??」
ランツさんはアーリアの姿を確認するとへなへなとその場にへたり込んだ。
「よかった。無事だったのか」
「ええ、 兄さんが倒されてしまった後こちらのシュージさんに助けられたんです」
こちらを向いたランツさんと目が合ったと思った瞬間深々と頭を下げられた。
「このたびは私たちの危ないところを助けていただきまことにありがとう。感謝する」
そのままの姿勢で動かない。大の大人がへたり込んだまま頭を下げている図はかなりシュールだ。
「そんな、頭を上げてください。俺も妹さんには助けられたんです」
「しかし、あのままでは私だけではなく妹まで……あぶなかったかもしれないんだ」
悲痛な声を出すその顔は見えない。
「それは俺もですよ。妹さんが居なかったら俺は今もあの森をうろついてたかも知れません」
頭を上げたランツさんが怪訝そうにアーリアのほうを向く。
「たぶんホントよ。シュージさん道に迷ってたみたいだから」
「ホントの話ですよ」
その言葉にランツさんは俺とアーリアの顔を交互に見つめ、安心したように息をついた。
「……そうか、ではせめてこの村に居る間はこの家を宿代わりに使ってくれ。せめてもの礼だ」
「いや、そんな……、あーではそうさせてもらいます。ありがとうございます」
アーリアも“それがいい”と、口にこそ出していないが、手を叩くジェスチャーをしている。現在路銀がまったくないことも頭を掠めたため、好意に甘えることにする。
「ではよろしく。妹から聞いてるだろうが、俺の名前はランツだ」
口調が若干砕けたものになった。
「シュージといいます。こちらこそよろしくお願いします」
その後は三人で食卓を囲み、にぎやかな時間をすごした。
食後、洗い物ぐらい手伝うといった俺にアーリアはかたくなに譲らず、仕方ないので、ランツさんとリビングでくつろいでいる。
ランツさんが思い出したように尋ねてきた。
「もう教会へは行ったのか?」
「いえ、村についたときには閉まっている時間だったので、明日行くことになったのですが」
「そうか、何か鑑定するものがあったらついでに持って行くと良い。ギルドには俺から話を通しておく」
鑑定……普通に考えたらアイテムのことになるだろう。
「ありがとうございます」
「気にするな。恩人のためだ。これぐらい分けないさ」
「ランツさんこそ、あまりそう気にしないでください。俺も助けられたんですから」
「ぬ……検討する」
その後、洗い物を終えたアーリアがやってきた。リビングで三人、雑談をしながらゆっくりとした時間をすごした。
翌朝、何か悪夢でも見ていたのだろうか、空が白み始めるころに目が覚めてしまった。寝汗がひどく気分も最悪だ。とてもこれ以上寝られそうにないため、昨日の日本刀を持って外に出る。
人の気配がしない早朝は、耳を澄ますと辺りから動物の息吹を色濃く感じることができた。屋根の上に止まっている猛禽類のような大きな鳥。一足先に起きて家主の目覚めを待っている犬。一晩中働きまわっていたのだろう。壁際を目にもとまらない速さでかけていくネズミなど、様々な生物がいる。
目に見える範囲にいる生物は見覚えのあるものにかなり近い。生物学的に一致するものはいないのかもしれないが、少なくとも種族を特定できそうな程度には常識的な姿をしている。
……やはり、昨日のあれは例外的なものなのだろう。
辺りに気を配りつつ抜き身の日本刀を使っての素振りを開始した。刀から発生する風を切る音は軽く、どことなく物足りないものを感じた。
昨日の例もある。いつどこで武力が必要となるかわからないので、せめて武器の使い方に慣れる必要があると判断したため始めたが、今後の習慣にする必要がありそうだ。型も何も知ったものじゃないが、がむしゃらに刀を上下へと振り続けた。
10分ほど刀を振って違和感に気付いた。それなりの重さの武器をこれだけ振っているのにほとんど疲れていないのだ。そういえば昨日もランツさんを背負ってここまで来たけど特に疲れたということはなかった。
自分より体格の良い人間を背負ってきたというのにだ。
「レベルアップの恩恵か?」
そうだとしたら棚から牡丹餅だろう。いくら死に掛けたとはいえ。後は重力の大きさが違うとか、なにか変な力が使えるとか言う可能性も捨てきれない。せっかくなので疲れるまで全力で刀を振ってみる。
振りかぶり、振り下ろす。そして間髪いれずに振り上げる。急制動をかけ、上から下へ、下から上へと刀は跳ねまわった。
どうやら全体的に身体能力が向上しているようだ。今までにないほどの速さで腕が動いた。ただ、やはり全力を出すと疲れるというのは変わらないらしく、すぐに息が上がってくる。あまり意味がなさそうなので、一度深呼吸してから丁寧に剣筋を意識しながら振るようにした。
さらに30分ほどしたころだろうか、アーリアが扉を開けて出てきた。
「おはようございますシュージさん」
「ああ、おはようアーリア」
そう言って振り返ろうとすると止められた。
「すいません、まだ身支度を整えてないので……できれば見ないでください」
「気にしなくても良いのに」
苦笑しながら答える。
「私が気にするんです。朝から精がでますね」
むくれているのだろうか、顔が見れないのでどうにも判断がつかない。
「生来の臆病者だから。生きてくために精一杯なんだよ」
「でも、今回の旅でレベルが5も上がったんでしょ? そんなシュージさんが臆病者ならみんな臆病者になっちゃいますよ」
何か関連性があるのか? 参考になりそうな情報もないため適当に話を合わせておく。
「それもそうか。でも訓練は必要だしね」
「そうですね。でもあまり根をつめないように気をつけてくださいね。それでは」
「ああ、また後でね」
足音が遠ざかっていく。家の裏手へと向かって行ったようだ。
適度なところで素振りを切り上げ、タオルを持って井戸へと向かった。体感時間では一時間程度経っていそうだが、これがはたして意味があるのかは疑問だ。
紐のついた水桶を井戸の中へ落とすと、痛いほど冷えた水を汲みとり、タオルを浸す。井戸の周りは広場となっているが、朝早いためか、人が少ないためか周りには誰もいない。火照った体に冷たいタオルは心地よかった。
運動で流した汗をふき取り家に戻るとアーリアが朝食の準備を始めている。
「何か手伝うよ」
「お客さんは――」
「どちらかというと居候に近いんじゃ?」
「……じゃあお皿取ってください」
しぶしぶ手伝いを認めてくれた。
「了解」
朝食の準備の間に起きてきたランツを交え、昨晩同様三人で食卓を囲んだ。一足早く食べ終わったランツが尋ねてくる。
「おれはギルドに行くが、シュージはどうする?」
目の前にはまだ2割ほど残っている朝食がある。
「俺はもう少し後にするよ。ところで、前の街で路銀をほとんど使い果たしてしまったんだ。昨日のモンスターの武器を売りたいんだが、どこか良い場所はないかな?」
「そうなのか? ちょっと見せてもらってもいいか?」
「いいよ。じゃあ、とってくる」
「かなりよさそうな剣だな。これなら俺が買い取ってもいいか?」
そう言ってくるランツさんは口元が……なんか変な風になっている。
「問題ないよ」
「じゃあ前金で銀貨5枚渡しとく。ギルドで鑑定してもらって差額は後で払う」
「了解」
500円玉大の硬貨を5枚渡される。銀色の輝きを持つそれはいわゆる銀貨なのだろうか?その後残っていた朝食を食べ終わり、洗い物をしているとアーリアが声をかけてきた。
「道具屋に薬を卸しに行くので、教会にいかれるなら一緒に行きませんか?」
両手を後ろに回しながら小首を傾けるアーリアからのお願いを断れるはずもなく、断る気もない。
「喜んで」
道具屋からの帰り、協会へと向かう途中、アーリアとの間には微妙な空気が流れている。それもこれも道具屋の女将のせいだ。アーリアにばれないように、心の中だけでため息をついた。先ほどのやり取りに思いをはせる。
「あら、アーリアちゃん、こんにちわ」
道具屋に着くと恰幅の良いおばちゃんが店の中から出てきた。
「ジェスカさん、こんにちわ」
礼儀正しくお辞儀をするアーリアにつられてこちらもお辞儀をした。ジェスカと呼ばれた女性はがっしりとした体つきと豪快な口調が印象的な人だった。
「こちらにおいていただけますか?」
「了解」
アーリアに荷物を持たせるのも気が引けたため、道具屋まで付いて行ったのが運の尽きだろうか。
こちらを見てニヤリという擬音がぴったりな表情をした道具屋のおばちゃんがアーリアに向かって「アーリアちゃん、彼氏かい?」とか「中々良い感じの人じゃないか」とか、俺に向かって「アーリアちゃんはとってもいい子なんだから泣かしたら許さないよ」とか「ランツさんに認められるのは大変だろうねぇ」とか言っちゃってくれた。
おかげで教会へと向かう二人の間には、どこかぎこちない空気が流れてしまっている。というかランツさんはシスコンなんだろうか。よくわからない考え事をしている間に教会の前へと着いた。
「私は兄の所に行ってますね」
といい、逃げるようにアーリアはギルドの建物へと向かった。教会の扉を開けて中を覗き込むと恰幅の良い中年のシスターが居る。
シスターの服装が白黒なのはどこの世界でも変わらないのだろうか?シスターは腰のものを一瞥するとこちらにたずねてくる。
「祝福の確認ですか?」
たぶん……そうなのだろう。確証は得られないが話を合わせておく。
「はい、そうです」
「ではこれを持ってその円の中に入ってください」
シスターは羊皮紙を差し出しながら、教会のほぼ中央に描かれているサークルを指差す。
「はい」
紙を受け取り、サークルの中に入ると、いつの間にか祭壇の前まで移動していたシスターが膝をつき祈りをささげていた。5分ほどそのまま立っていると祈りが終わったのかシスターが立ち上がった。
「これで確認は終了です。問題はありませんか?」
近づきながら尋ねてくるシスターの目線は羊皮紙に向けられていたので、確認する。羊皮紙には文字が浮かんでいた。読めないはずのその文字だが、なぜか意味は理解できる。どうやら内容はレベル、スキルなど、俺のステータスと思わしきものと――――
「はい、大丈夫です」
「ではお布施はあちらにお納めください」
――――お布施という名の料金だった。
「わかりました、両替とか出来ますか?」
「大丈夫ですよ」
ちなみに銅貨10枚だった。あと、どうやら銀貨一枚は銅貨100枚になるらしい。
ギルドに入るとランツさんとアーリアが手を振ってきたので、振り返して近づく。
「今朝の剣なんだが、鑑定の結果がこれだ」
先ほどの羊皮紙と似た材質の紙を渡してきた。
[半月刀:明星に振る手]
総合:C+
攻撃力:C
耐久性:B+
希少性:C-
斬撃補正:D+
刺突補正:D-(負)
備考:
金額換算:銀貨15枚程度
やはりギルドでの鑑定とはアイテムの鑑定のようだ。
「だからこれが、残りの銀貨10枚だな」
そういってランツはテーブルの上に銀貨を置いた。アーリアは置かれたコインに目線をやると目を伏せている。相場が良くわからない。
「ありがとうございます」
テーブルの上の銀貨を受け取り1枚をアーリアへと渡した。
「これは宿代とご飯代代わりに」
「こんなには受け取れませんよ!!」
両手を振って断ってくるアーリア。
「いいんだよ。その代わりアーリアの育てた野菜たくさん食べさせて」
「……わかりました。好きなだけ食べていってくださいね」
「話は纏まったな。シュージも鑑定に行っとけ。あそこの人に言っとけば手続きはしてくれる」
「了解。ありがとう」
受付を行っていたのは小柄な老人だった。しわだらけの顔には穏やかな笑みを浮かべている。
「これの鑑定をお願いしたいんですけど」
腰に差してある日本刀を指差しながらたずねた。
「銅貨10枚になるよ」
「はい」
「刀なら鞘の上からじゃなくて柄のところに巻くんだよ。うまく鑑定できなくなるからね」
そういうと先ほどランツさんが見せてくれた物と同じような紙を渡してきた。いわれた通り柄に髪を巻くと、二人の所へと戻った。
「鑑定結果はどうなんだ?もういいだろ?」
席に着くや否やそう言われたので、先ほど巻いた紙を外すと、紙には文字が浮かび上がっていた。
[野太刀:忠義を示し刃]
総合:B+
攻撃力:B
耐久性:C-
希少性:B
斬撃補正:B+
刺突補正:C+
備考:
金額換算:金貨6枚程度
身体能力上昇:微弱
「うおっ!? すげぇ!!」
見せるや否やランツさんが驚嘆の声をあげた。いきなり耳元で叫ばれ、身体が反射的にのけぞる。
「どっ……どうしたんですか?」
「どうしたんですかって、お前、B+だぞB+!!」
失敗した。どうやらB+は驚嘆に値するらしい。アーリアに至っては茫然としている。
「この半月刀だってここいらじゃあ最高級の武具だってのにB+なんて言ったら王国の近衛が持ってるようなレベルじゃねぇか!!」
どうやって切り抜けるべきか。
「そうなの?実は武器って手作りの木刀ぐらいしか使ったことなくて……いまいちすごさが分からないんだけど」
「なっ……よくそれでここまで生き残ったな……」
「シュージさん……」
アーリアにひどく憐れんだ目で見られている。ランツさんは本棚の方へと歩いていった。受付の人と二言三言交わした後、本を取り出しこちらへと戻ってきた。
「お前はもうちょっと旅の心得を学べ、そんなんじゃいずれ騙されるぞ」
「兄さん……もうすでにシュージさんは前の街で偽の地図をつかまされたそうです」
「遅かったか……まぁこれから先同じような被害に遭わないためにも基礎ぐらい身に付けとけ」
「あ……はい、ありがとう」
ランツさんが渡してきたものは「ギルド新規入会者基礎知識」と「明解:モノの価値」という二冊の分厚い本だった。
その後、一足先に家に帰らせてもらった俺は早速本の中身を確認した。
「……やっぱり分かるなぁ」
先ほどの鑑定や祝福の確認と同様に、見たことのない文字であるはずのそれらがなぜか理解できる。どういう仕組かは分からないが、読めないよりははるかにましであるため、そういうものだと思い込むことにする。……甚だ理不尽だとは思うが。
やたら分厚いと思った本だったが、ページ数にしてみると100ページ程度しかない。それに加えて字の密度も低かった。
丁寧に読んだが「ギルド新規入会者基礎知識」は1時間程度で読み終わることができた。……正直、頭が痛い。
どうやらこの世界には神様が居るらしい。それも多種多様な。多くの神様は何らかの形で人間達の営みに影響を与える。レベルもその一つであるらしい。
レベルというのは好闘神ディリウスという神が勇敢な戦士を湛え、付与する。このディリウスは戦闘を見るのが何よりも好きらしく、より自分が楽しめる戦闘を探している。勇敢な戦闘を行える者をさらに高見へと登らせ、より自分を楽しませてくれるように、あるいは楽しませてくれたお礼としてレベルや強力な武具、スキルなどを勝者に与えるらしい。
自分より強い相手へと向かっていった者へ、誰かを守ろうと立ち上がった者へ、窮地からの大逆転を行った者へ、ディリウスが楽しめるような戦闘を行った者への“褒美”、それがレベルなどの加護らしい。その他にもギルドに所属するような人間がお世話になる神様として治癒神アリテス、鑑定神ソクラシム、武具神ガリケイアなどがいるとのことだ。
また、レベルというのは最もシンプルな強さに直結するとのことである。具体的には筋力、スピード、体力がレベル毎に強化されるらしい。その他のスキル、相性や戦術などにより、純粋にレベルのみで勝負が決まることはない。だが、レベルが相手より低ければそれは大きなハンデを背負って戦うのと同義であり、勝つことが非常に難しい。つまり、レベルはその当人の強さを表す最も簡単な指標となりうるのだ。
そのため、武力を必要とする仕事役職には必須レベルというものが設定されていることが多く、レベルが高いほど収入もよく、仕事の選択肢も増えることになる。逆にいえばレベルが低い場合、得られる仕事の種類は少なく、報酬は低い。これはつまり、その手の仕事で生計を立てようとした場合には、死ぬかも知れない戦いを何度も経験してレベルを上げなければ十分な収入が得られないということだ。
それは避けたい。昨日ので十分に怖かった。しかし、そうすると特に役立ちそうな技能を持ってない、こちらでの一般常識も怪しい俺は職に就けない。ひいてはまともな生活ができないかも知れない。その場合、何とか元の世界に帰る方法を発見しなくては。
ふと、教会で貰った紙を手に取り眺める。
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流亡の薄弱者
レベル:6
職業:――
出身地:――
スキル:投擲必中 弱
加護神:――
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この紙は祝福を受けた本人が手に取っていない限り誰にも読むことができないと説明が書いてあった。身分証書代わりにもなると。“流亡の薄弱者”……正直恥ずかしい。
みんながみんな、こんな恥ずかしい名前を付けられているのだろうか?
この紙には各人の個人名が載るのだがそれは生まれてから親に付けられるものではなく、“神様達がそいつをどのように認識しているか”によって変わるらしい。少なくとも名付けた神様は俺が異世界から来たことを知っているらしい。
そしてレベル6というのは一般的な大人よりやや高めというぐらいで全く珍しくない程度のものとのことだ。軽く気落ちする。するが、今は他にすべきことがあるので意識の外に締め出すことにする。――思考停止だけはしてはならない。辺りが暗くなるにつれて光を発するようになったランプに照らされる天井を一瞥した後、短く息を吐く。「明解:モノの価値」を手に取った。
「明解:モノの価値」を読み終わり思索にふけっているとドアがノックされた。
「シュージさん、お昼ごはんの用意ができましたよ」
「ありがとう、すぐ行くよ」
下に降りると上機嫌なのかランツさんが鼻歌を歌いながら椅子に座っている。
「何かいいことでもあったんですか?」
「おう、シュージ。いや、お前に売ってもらった刀な。そりゃもう使いやすくてな。前から良い剣が欲しかったんだが、買おうにもこんなとこだろ?仕入れ自体がなかったんだよ」
ゆらゆらと身体を揺らしながら上機嫌に答える。
「喜んでもらえたならよかったです。あ、今の剣も必要なら売ろうかと考えているんですけど、誰か買ってくれそうな人に心当たりはないですか?」
もう戦うつもりもない以上金に換えてしまうのも一つの手だろう。何せ金貨6枚あれば十年は余裕で暮らせるらしい。
「え?……この村にはあんないい剣買えるだけの貯蓄ある奴なんていないぞ。それこそガイスまで行かないと無理だろうが……いいのか?」
ガイスはそれなりに大きな街なのだろうか?
「何がです?」
「いや、こんな世の中だろ? せっかく手に入れた良い武器を手放す奴なんてそうはいないぜ?」
そうだったのか。でも十年は、でもそれまでに稼ぐ手段も、武器の必要性と金額を秤にかける。
「あ~、まぁ使ってみてなじまなかったらの話なんで、気にしないでください」
「そうか?まぁそれならいいんだが」
「早くご飯にしましょうよぅ」
そんな会話をしてる間にお腹が減ったのか、せっかくの料理が冷めてしまうのが悲しいのかアーリアがせっついてきた。
さわやかな風が草を揺らしている草原には思い出したかのようにぽつぽつと木が生えている。雲ひとつない青空からの光をはじく草原はまるで濡れているようでもあり、さざめく姿は寄せては返す波を彷彿とさせる。涼しい風と温かな光の融合が心地良い。
食後少しまったりとした後、村の外れに来た。スキル欄に書いてあった投擲必中スキルの検証を行うためだ。
スキルとはその名の通り各種技能を表すものである。ある一定の動作を反復練習することで得られたり、レベルなどと同様に好闘神ディリウスからの加護によって得られたりと様々な習得方法がある。その種類も多岐にわたっており、戦闘に使用できるものや一般生活で役立つもの、果てはそれ一つで飯を食っていけるような特殊技能まであるとのことだ。足元に落ちている小石を拾い、遠くに見える木に投げつけた。石は見事にあさっての方向へ飛んでいく。
「あれ?」
投擲必中というくらいだから絶対に当たるのではないのだろうか?試しにもう一つ。……やはり外れる。
「???」
何か発動条件でもあるのだろうか?気合を入れながら投げてみる。
「はぁぁぁぁ、はぁっ!!」
手の中に収まっている石を力強く握りしめ、気合を肺に貯めた空気とともに吐き出す。思いっきり振りかぶり、腕を振り下ろす力を使って身体を後ろに引っ張る。限界まで伸びきった背筋が貯め込んだエネルギーを徐々に開放する。下半身から順に身体をひねると同時に右足で地面を力強く蹴りだし、身体を前方へとスライドさせる。左足が地面に着いた瞬間、前方への運動エネルギーは一瞬にしてゼロになりその力は慣性の法則に基づいて上半身へと伝えられた。各関節を通過するたびにその力が跳ね上がるようだ。それら全身から集められた力を頭より高い場所を通過する右手に乗せる。
――目標はあの木――
「らぁッ!!」
手から離れる小石は――鈍い音とともに地面をはねた。……恥ずかしい。誰にも見られてなくて良かった。しかし……なんで外れるのだろう?投げ方の問題かと思い、サイドスロー、アンダースロー、果てはトルネード投法まで試してみたが、全く当たらない。めげずに石を探しては投げ、探しては投げしていたらだいぶ的に近づいてしまった。石を探すのが面倒になってきたので的に向かう。的にしていたこともあって木の周りには石が大量に落ちていた。石をまとめて持っていこうと考えた俺は散逸しているそれを木の根元に集めることにした。
拾っては木の根元に向かって投げる。木まで2メートルも離れていないので十分近くに固まるだろう。
こんなものでいいか、と木の根元に近付く。
「なっ!?」
そして愕然した。
投げ集めた石がピラミッドのように積み重なっていたのだ。
これは間違いなく投擲必中の効果だろう。だが、それなら発動条件は何だ? 今までとの違いを考える。
――距離。
今までとは狙った場所との距離が違うのだ。他にも要素はあるかも知れないが、これが最も可能性が高そうだ。
集めた石を拾ってすぐそばにある木に向かって投げる。
――あたった。正直スキルなんてなくても当たると思うが。
一歩離れる。投げる。――あたった。
また一歩離れる。を繰り返すと八歩目で外れた。
その後検証を続けると、どうやら対象から十歩前後の範囲がこのスキルの有効距離らしい。目測でおよそ5m。
「…………使えねぇ~」
なんて役に立ちそうにない能力だ。ちなみに他の発動条件として対象を視認できないと無理らしい。後ろを向いて投げると当たった音がしなかった。レベルも普通、スキルもこれでは本気で帰る手段を探したほうがよさそうだ。生活に困りそうなことは目に見えている。
一通り検証を終え、その日は家に帰った。