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No.1034の一覧
[0] エンゲージを君と[nubewo](2011/06/16 00:02)
[1] 第一話[nubewo](2011/06/16 00:01)
[2] 第二話[nubewo](2011/06/16 00:01)
[3] 第三話[nubewo](2011/06/16 00:02)
[4] 第四話[nubewo](2006/07/09 18:18)
[5] 第五話[nubewo](2006/07/17 18:55)
[6] 第六話[nubewo](2006/11/01 00:03)
[7] 第七話[nubewo](2006/11/01 00:06)
[8] 第八話[nubewo](2006/11/01 00:09)
[9] 第九話[nubewo](2006/11/28 18:10)
[10] 第十話[nubewo](2006/11/28 18:11)
[11] 第十一話[nubewo](2006/11/28 18:12)
[12] 第十二話[nubewo](2011/06/16 00:03)
[13] 第十三話[nubewo](2007/03/06 09:57)
[14] 挿話[nubewo](2007/03/06 10:26)
[15] 第十四話[nubewo](2007/03/25 22:50)
[16] 第十五話[nubewo](2007/03/31 13:16)
[17] 第十六話[nubewo](2008/04/26 01:12)
[18] 第十七話[nubewo](2008/10/23 12:32)
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[1034] 挿話
Name: nubewo 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/03/06 10:26
 最近、彼女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン――のまわりの様子は、少しおかしかった。

 とは言っても危険があるような話ではない。ことの発端にしても気に留めるほどのことではなく、彼女の現状の養父に当たる藤村雷画のところに変わった客が舞い込んだ、それだけだった。
 彼女が窓越しに見た去り際の後姿は、ごく普通の女の子だった。いや、藤村の家が変わっているからその普通の少女が珍客になり得た、というのが話の正確な表記だろう。彼女の生国にあるそうした裏家業の組織と同じと思えないほど長閑(のどか)ではあるが、彼女は藤村の家が堅気ではない事くらいわかっていた。
 そのときはさして気にも留めなかったが、夕刻から雷画がその少女のためになにか段取りをして、すぐ次の日には士郎の家で集まりを開いたらしかった。
 雷画はこの出来事が何であったのかを彼女に話さなかった。聞かなかったから答えなかっただけかもしれないが。
 留守番を言いつけられた彼女は、その少女が士郎に関わりがあると、直感的にそう察していた。ただ衛宮邸が使われただけではないはずだと思っていた。


 士郎のもとへ行くのを禁じられた一日、そこを境に衛宮邸にも変化が訪れた。
 繰り返し言えば、それは些細なものでしかなかった。
 シロウを見るサクラの目がちょっとヘンだった、その程度。咎めるのとも怒るのとも違う、たぶんあれは嫉妬というのだろうと、彼女は当たりをつけていた。
 イリヤスフィールにとっては、士郎の意識を惹きつけたいという願望は秘めず口にするものだったから、桜のような、どこか閉塞感を伴うその感情がいまひとつ理解できていなかった。
 その目が気になって、何気なく家事をする桜の動きを追いかけた。別段変わった事のないその仕草の中で目に付いたのは、士郎の制服にアイロンをかけようとして、思わず手を止めて、そして袖からつまんでとった何か。
 ゴミ箱にすぐに捨てられたから彼女からはよく見えなかったが、長い髪の毛と思われた。その予想が正しいなら、それは士郎の髪ではない。

 では、当の士郎はといえば、彼女が見る限りはそれほど大きい変化があるようには思えなかった。

 さらに数日が経って、桜の変化が他にも生じていた。洗い物をし終わった桜に声をかけたときだった。
 洗い終わった食器を置くかごに、弁当箱が三つ。凛の分ではないのを知っていたから、彼女は必然的にその三つをシロウとサクラ、そしてタイガの分だと考えた。
 タイガを付け上がらせると碌なことがないとすでに察していた彼女は、その弁当を作った士郎への陰口を桜に言った。それが引き金になった。
 帰ってきたのは、桜の、どこかぎこちない笑い。
 曖昧な笑みが持つはっきりとした意味を、彼女は悟った。この三つ目の弁当は、タイガ用に作られた弁当ではない。それは別の誰か、それも女性のために作ったもの。これが士郎の男友達にだというのなら、桜はこんな顔をしない。


 桜を風上に、衛宮邸に凪がず漂い続けるこの空気が、彼女にもそろそろ一つの推測を立てさせていた。
 おあつらえ向きな今日、彼女――イリヤスフィール・フォン・アインツベルン――は衛宮家の居間でシロウを待ち続けている。
 目的は一つ。


 ――変な女に引っかかったんだったら、シロウを懲らしめよう。
 大河と二人で夕食を摂って、居間で佇む。
 最近は、サクラはほとんどシロウと同棲している。
 彼女の認識は正しくなくて、正確には同居である。どちらにせよ桜は間桐の家にほとんど帰っていなかった。
 桜の前では、士郎とこうした話をするのは出来ないことだったが、都合よく今日は桜が居ない日だった。
 そして、もうひとりの障害、大河はといえば、だらだらとテレビを見るうちにすっかり寝こけてしまっている。眠りが深いのが読み取れたから、そのまましばらくおきないで欲しい、という願望を実現させるのは彼女にとってはたやすいことだった。
 彼女はテレビには関心がない。ただ、そのざわめきは衛宮家の居間を構成する日常の一つだった。だから別段それを消すでもなく、時計の音にだけ時々意識を向ける以外、彼女は人形のようにぼうっとしていた。
 夜の十時。外は当然真っ暗で、人工の明かりと音声が満たす部屋にぽつんと佇むと、夜の森にひとり投げ出されたときとは違う心細さがある。恐怖と近いところにある心細さではなくて、何者からも隔てられた、空虚さに近い気持ちかもしれない。
 彼女の周りにあるものでは、その静かな寂しさを消すことは出来なかった。

 いけない、と頭を振りかぶった。だが、手入れが行き届いて引っかかる原因など微塵もないその銀髪は、左右にゆれても音一つ立てなかった。
 もう一度、いけない、と心の中で呟いて、自分を取り戻す。士郎に誘われるまま冬木で暮らして数ヶ月、自分の物の考え方が多様になって、周りが望み自分もそうあれと思うイリヤ像というものに自分が近づいている反面、出来事と出来事の間にふとこうした瞬間が生まれるようになったのに気付いていた。聖杯戦争時に最高のパフォーマンスを発揮できるよう調整された彼女だから、自分というものが少しずつ衰えているのはわかりきったことだった。
 大河が眠りについてから15分が経つ。その間に心にできた空白に、何かを注ぐことにした。
 手元にあるのは帰ってこない士郎への不満。待っててあげてるのに、シロウのばか、そう呟けば心が少しそれで埋まった。
 言葉の湧くに任せて、心の中でつむぎ続ける。
 だいたい、サクラをシロウはほったらかしすぎ。リンに熱を上げてるって言うのならまだしも、聞いたこともない誰かのほうがサクラより可愛いわけなんてないのに。シロウのばか。

 呟きで埋めた心がまた空っぽになるよりは前に、ガラリと扉の開く音がした。こんな時間に扉を開けるのは士郎だけだった。
「ただいまー」
 その声にぱっと立ち上がり、玄関まで迎えに行く。
 最初の出迎えは侍従の仕事と彼女は考えていたが、帰ってきた瞬間にお帰りなさいって言ってもらえる温かみを大事にしたいという桜の言葉が好きで、それに倣うことにしていた。
「おかえり、シロウ。」
 少しイライラさせられた分、彼女は笑いかけず、そっけない対応をとることにした。
「イリヤ。今日はずいぶん遅くまでいるんだな。」
 しかし、士郎はそれに寂しそうな顔一つしなかった。そうした機微に弱いのは彼女もよく知っていたが、今の心境では斟酌などするつもりにはならなかった。
 シロウのばか。そう呟いた。
「シロウが帰ってこないからタイガが帰らないもの。」
「そうか。うちのばか虎は?」
 靴を脱ぎ、制服のホックを外しながら自室に向かうシロウに問われ、居間の現状を言いつける。
「テレビ見たまま寝てる。まったく、あんなののどこが面白いのかしら。下品なこといってるだけなのに。」
「ふーん。」
 彼女はシロウの部屋のすぐ外にもたれかかった。着替えを覗くのはマナー違反だし、殿方の着替えを手伝うのは妻か、せいぜいこの家では桜のための仕事だろうというスタンスだった。
「晩御飯、あっためようか?」
 桜が律儀に晩御飯だけは作っていった。盛り付けも考えられていて、一皿ずつちゃんとラップに包まれて、あとはレンジで暖めるだけの簡単になっていたから、彼女にとっても難しいことはなかった。
「いや、自分でやるから大丈夫だぞ。」
 とはいえ、士郎のこの反応は予想済みだった。正直なところ、問い詰めてやろうといきり立ったものの、士郎の普通さに攻めあぐねているだけだった。だが、考えてみれば、別に自然な流れで糾弾に持ち込もうとする必要があるわけではない。
 正攻法で、ストレートに聞くことにした。
「シロウ。話があるわ。」
 厳かにそう宣言した。衣擦れの音から、そろそろ着替えが終わるのは判っている。
「え、なんだ?」
 だが、部屋を出てきて、ぽんぽんと頭を撫でて居間に向かうその仕草は、彼女の気持ちを全然わかってないことがよく現れていた。
 シロウのばか。またそう呟いた。

 居間に戻り、少し冷めたお茶を注いで士郎を対面に座らせた。
「シロウ、眼鏡の女の子とどういう関係?」
 彼女はもし自分の予想どおりのことが起こっているのならお灸を据えるつもりだったから、最初からはっきりと聞いた。
 対する士郎が、な、とだけ言って絶句した。怪しい。それは、絶対何かある、そう思わせるに余りある反応だった。目が大河のほうに向き寝ているのを確認したのを見て、その確信はさらに深まった。
「なあイリヤ。えっと、どこで、それを?」
 恐る恐る、と言った感じで聞いてくる士郎。それに彼女は振り払うように言葉を返す。
「知らない。それよりちゃんと答えを言いなさい。」
「……。」
 士郎は、黙ってしまった。
 彼女にとって歯がゆい事実だが、別段桜と士郎はどうという仲でもない。桜の気持ちは、自分では隠そうとしながらも結局は隠れていない、当人達の外からすればあからさまなものだが、士郎のそうした感情は曖昧でとらえられなかった。そうした感情の不明瞭さは、セイバーとの別離に無関係ではないだろうとも思っていた。
 結論として、士郎が桜を差し置いて他の女を好きになるということを、彼女はあまり考えられなかった。
 さらに言えば、仮にそうなったとしても、少なくとも士郎はそれを隠すことはないだろうと思っていた。それだけに士郎の黙秘は彼女の不安をかきたてた。
 変な女に引っかかったなら、なんて冗談めいた大義名分がにわかに真実味を帯びてきて、じわ、と嫌な気持ちが心に忍び寄るのを彼女は感じていた。
「黙ってないで、ちゃんと話を聞かせて?」
 彼女のこの家での立場はあやふやだ。だが、士郎の姉として、桜の理解者として、力になりたいとも思う。願わくばくだらない話であってくれと思いつつ、彼女は続きを催促していた。
「なあイリヤ。」
 彼女の危惧より士郎の沈黙はずっと短かった。だが、おずおずと切り出すその表情は悩みが現れていて、それが彼女の胸をざわめかせた。
 そして、士郎の呟きは、彼女の予想をはるかに超えるものだった。悪い意味でではなく、違う意味で。

「実はさ、今日、その子から告白っぽいことされたんだ。」
 頭をカリカリとかく士郎。事実は、そういうことらしかった。

「え、え、ええーー!!」
 返せた反応はごくごく原始的。しかしそれにも数瞬を要した。
 思わず身を乗り出し士郎に詰め寄って、
「それで、どうしたのっ?」
 続きを催促した。
 シロウには悪いけど、と思いながら、彼女は士郎が誰かに交際を求められるとは考えたことがなかった。
 シロウはシロウだからあんまりもてないだろうと彼女は思っていた。彼女自身のその見解を他人に理解できる言葉に直すなら、衛宮士郎というあり方は人にひどく理解されにくいからだ、ということだろうか。ハタから見ていれば、桜でも、そして大河でも理解の及ばない領域を士郎がもっているのが彼女には見えていた。
 だからこそ、そんな士郎を好いている桜を誇らしくも思っていた。桜以上に士郎のことを知って、そして好きになってくれる人などいないと思ってさえいた。
 眼鏡、鎖骨くらいまでの髪、背筋の伸びたまっすぐな歩き方、士郎に告白したと思われる女性の情報をイリヤスフィールはそれだけしか持ち合わせていない。その女性が、いったいどれほど士郎のことを好きになれるものか、予想が立たなかった。
 身を乗り出すほどに続きを待ったが、対する士郎の言葉は、ずいぶんと歯切れが悪く滞りがちだった。
「いや、それが……」
 原因は、士郎本人にも事情が上手く飲み込めてないせいらしかった。
 士郎の説明も、事実の羅列に近かった。
 概要はこうである。
 その女性本人とは関係ない理由でこの家で会うことがあって、そこで喋ったのがきっかけだった。
 その後アルバイト先へ向かうのに、何度か帰り道を共にした。
 今日、理由はよくわからないがすこし口論になり、そのまま勢いで告白された。
 頭が真っ白で、すぐには答えられないって言ったら、もういい、今のは無しといって帰っていった。
 ……恋愛なんてしたことがない彼女にでも、これは無茶苦茶だ、と思わせる説明だった。

 その説明をし終えると、なんとなくこの追及の時間はおしまいという空気になってしまった。
 士郎を含め誰かに非がある話ではなかったし、そうであれば彼女は何かを強く言う立場ではなかった。
 台所に立ち、自分の夕食の準備をする士郎の後姿をぼんやりと見つめながら、どういうことなのだろう、と彼女は考えた。
 シロウはこの家と同じで来る人拒まずなところがあるけど、同時に、誰かを特別に扱うことをめったにしない。そういう意味で、戸惑ってるさっきの素振りはシロウらしいけど……。
 とそこまで考えて、女性に鼻の下を伸ばす士郎の姿を思い描いてみて、最低、と一蹴した。
 結局、気になることは一つに収束した。
 彼女は先ほど問い詰め切れなかったことを、電子レンジの前にそびえるその背中に尋ねた。
「シロウはその子のこと、嫌いなの?」
「いや、そういうわけじゃない。」
 そっと切り出したが、士郎の返事は気負いないものだった。
 彼女のほうを振り向いた士郎に、さらに質問を投げかけた。
「お付き合いしてもあわなさそう? 別れちゃう?」
「そこまでは判らない。でも別に、そういうことを思ったわけじゃない。」
 士郎の答えは簡潔で、少なくとも相手の女性のことを悪く思っていないのは確からしかった。
「じゃあ、どうして?」
 そう聞きながら、桜の顔が士郎の頭をよぎったからということはないだろうなと、彼女は少し桜を不憫に思っていた。
「どうしてって、いまくらいの気持ちで、中途半端に頷いちゃ駄目だって思った。」
 あの少女は、どれほどのアプローチを士郎にかけたのだろうか。桜くらいの引っ込み思案がどんなにアプローチを仕掛けたって気付かなかったくらいだから、その女性も苦労はしただろう。
 だが、士郎の生真面目さもいい点ではあった。
「そうね、私がそれくらいの気持ちで士郎に迫られたら、きっと殺すわ。」
 偽らざる気持ちだった。
 机の上にそろった献立に箸置きと箸を揃えながら、士郎はそれに答えた。
「だから結局、今日みたいな結果になった。」
 図らず、相手の女の子をあしらうという。


 大河の側に転がったリモコンを拾い上げ、適当にもてあそびながら彼女は士郎の食事をぼんやり眺めた。
 ついでにテレビは消した。士郎の存在のほうが、賑やかしとしてもテレビの猥雑なノイズよりずっと好ましかった。
 里芋の煮付け。皮をむくところから自力でやるのは桜にとってはじめてで、何度も細かく皮を落とした結果、士郎が作るものよりもずっと多面体になっていた。それでも味付けには失敗などなく、充分に良い出来だった。
 鰆(さわら)の塩焼き。彼女の知る限りこちらは焼き加減を含め、もう桜の中では安定したレパートリーとして確立されていた。焼きたてよりは質が当然落ちていたが、士郎はその解決策として、お茶漬けという手を打つようだった。
 それらを勢いよく口に放り込んでいく士郎。夜の十時まで食事抜きというのは、やはりそれだけ空腹なのだろうか。しかし、それだけではない乱暴さが、士郎の箸使いにはあるように彼女には感じられた。
「どうしていらだって、ううん、戸惑っているの?」
 思わず彼女はそう聞いた。ただ、言った後ですこし後悔もした。図星だった士郎は、やや憮然とした表情で最後の一口を箸で攫えていた。
 そのご飯一口分の沈黙を待って、士郎の口をついて出てきた言葉は、愚痴に近いものだった。

「氷室はいろいろって言ってたけど、結局、俺のどこを好きになるのかわからない。」

 ふうん、シロウの気になる相手はヒムロって名前なんだ。
 彼女にしてみれば、士郎の言葉の中身はつまらなかった。言っていることは当たり前すぎた。
 魔術師の中には、自分が人から愛されてしかるべき存在であると疑いなく思う輩がごく普通に存在する。だが、彼女の愛する士郎はその間逆に近い性質だ。
 もちろん、ヒムロという名前だけはきちんと心のうちにメモしたのだが。
 さらに士郎は言葉をつむぐ。
「大体あんな言い方じゃ気付けるわけない。」
「シロウはその子のこと、気にしてるのね。」
 士郎の愚痴にかぶせた言葉はそれだった。心の中では、サクラがかわいそう、と付け加えておいた。正直言って、この手の言い訳を士郎から聞くのは不快だった。
 大河に聞いている限りでは、士郎の恋愛遍歴などといえるものはおおよそここ一年にその動向の全てがある。そう考えれば、ごく一般的な流れの恋愛というのは、士郎にとっても初めてだろうと彼女は推察していた。
 百人や千人、周囲から女性をかき集めた程度ではセイバーを越える美しさの女性などいないだろう。ましてその人柄は英雄譚に綴られるほどの高潔ぶりだ。そんな女性と一つの修羅場をああして潜り抜けたのだから、士郎の恋愛観が普通と大きくずれていたって、それは士郎のせいだけではないとも彼女は思った。
「そりゃ、気にはするだろ。いろいろ言われたからな。」
 当然だといわんばかりに呟く士郎の様子を見て、少し苛立ちを彼女を覚えていた。シロウはわかってない、そういう思いが湧いていた。
「でも、喧嘩になって、最後は帰したんでしょう?」
「いや、だって、仕方ないだろ?」
 士郎の中ではごく当然の言い分だった。だが、彼女にしてみれば、それが違う。
「シロウは何も感じてないみたいだけど、女の子を引き止めなかったのは、お前はいらない、って言うメッセージだわ。」
「そんなつもりはない、けど。」
 思わぬイリヤスフィールの糾弾にたじろいだのか、士郎は言葉に詰まっていた。
 ここまで続いた言葉のやり取り。きちんと投げられなかった言葉は、彼女のグラブに収まるより手前で、ぽとりと地面に墜落していた。

 その届かなかったボールは、投げ損ねた士郎が率先して拾って再開するのがキャッチボールのあるべき姿だったろう。
 それが出来ない士郎のために、彼女が玉を拾いに行く。
 なんだかんだと言って、彼女は士郎の味方だった。桜の味方であることよりも、それは優先されることだった。

「きっと。」
 イリヤスフィールがこぼしたその言葉に、士郎は顔を上げる。
「きっと、その子に興味がなかったら、シロウはもっと離れた接し方をしてるはずだわ。」
 反論はなかった。
「その子のどこが可愛かった? 容姿?」
「まあ、見た目は美人だけど。」
「じゃあ、なに?」
 予想以上に士郎の反応が早かったのを驚いた。彼女は、その口調とは裏腹に、士郎は親しくない相手にも別段離れた接し方をしないように思う。心理的な距離感がいつまでも残るだけで。
 この誘導に士郎が早い段階で食いついたということは、それだけ士郎にも思うところがあった、そのヒムロという女性を気にかける何かがあった、ということだろう。
 士郎の返答はそれを裏付けるものだった。
「まとまってないけど……、大切にしたいって、思った。大切にしてやれれば、かな。意外に傷つきやすいって言うか。氷室も女の子だなって思ったし。」
 ――可愛いってコト? サクラだって可愛いのに……。
 当然口には出さないが、紛れもなく彼女の本音はそれだった。
「いつから、そう思ってたの?」
 それはたぶん重要なことだと彼女は思った。数週間前の時点でもうそう思っていたなら、今日士郎がしたことは非道だと言える。
 しかし、士郎はそんなことは考えたこともなかったという風に戸惑った顔をして、記憶を振り返っているようだった。宙を目が泳ぐ。
「いつって、はっきりとは判らないけど。意外にいいやつだなって思ったのは前からだけど、まぁ、その、なんて言うか。」
 士郎はそっぽを向いてお茶をすすった。今更、恥ずかしくなってきたようだった。誰が可愛いだのという話を人前でするのだからごく自然なことではある。しかし、だからといって彼女は話をやめるつもりはなかった。
「かわいいなって思ったのは今日?」
「いや、それより前だってそう思わないってわけじゃなかったけど。」
 話を止めて逃げようとはせず、律儀に答える士郎。
 核心を突くのが彼女の目的だから、士郎の逃げ腰をフォローするでもなく、容赦なく言葉を続けた。
「ふうん、じゃあ、どうして振っちゃったの?」
「いや、だから、振ったとかそういうわけじゃなくて、氷室が。」
 その返事は予想できた。ただ、彼女に言わせれば、それは大きな間違いだ。
 女として、シロウを愛するものとして、サクラの味方として、どの立場で見てもそうだった。
「振ったわ。士郎の意思とは関係なくね。」
 意思とは関係なく、という点では士郎に同情できなくもなかった。お人よしの士郎にははっきりと断る決断はすぐには下せまい。
 リモコンを大河の側に転がし、彼女は立ち上がる。対面で喋る時間は終わりだと思った。行儀が悪くても、食卓越しではない会話が必要な気がしていた。
 見上げる士郎の側に立つ。スカートで畳へと腰を落ち着けるのにもずいぶん慣れていた。士郎の背中を背もたれに、彼女は士郎と反対を向いた。
 廊下の向こうに見える庭。夕べに桜が掃いた庭に落ち葉がさらさらと舞う。彼女は日本の落葉は好きではなかった。桜吹雪ほどではないが、それは終末の象徴にしか見えなかった。
 目を瞑り、ひざを抱いた格好で士郎に問う。
「ひとつ聞かせて。もう一度告白されたら、シロウはどう答えるの?」
 べたりと抱きつくでもないこの距離のとり方は、士郎にも変化を与えたようだった。
 先ほどより自然に、言葉をつむいだ。
「……わからないんだ。付き合うって言ったら、どうなるんだ? 何をしたらいいのか判らない。」
 デートして、喋りあって。案ずるより生むが易しという言葉がきっと似つかわしいであろうその戸惑いを、彼女はクスリと笑った。背中から響く士郎の声が心地いい。
「そっか。」
 続く言葉があるのを、彼女はわかっていた。

「でも、もし、笑ったりできる時間を過ごしてそれを共有できるのは、きっと尊いと思う。」

 暖かい気持ちのまま、冷酷なことを彼女は考えていた。
 きっとシロウには、そのヒムロって女の子は特別じゃない。その子でなければならない、絶対に彼女でなくてはならない理由がない。
 だけど、セイバーにはそれがあって、だからこそ今シロウは苦しんでいるのだと思う。でもそれは普通のことのはずだ。
 普通の少女には、他の女性を押しのけるほどの特別なんて、ない。
 だから、それならば、サクラを好きになってくれれば良かったのだ。
 しかし、その桜が告白しなかったのも事実だった。人の縁とはそういうものなのだろう、雷画が語る、縁という言葉の意味がおのずと今そこに見えている気がした。
 運命の人ではないからといって、その縁が不自然だという訳ではない。

 ――シロウに幸せであって欲しい。その行く先が幸多き路であってほしい。
 そのために、いつしかそれが必然と思えるほど近しくなる、シロウの側にそういう人がいて欲しい。
 自分ひとりでは笑えない彼を笑わせてくれる人。何よりも理想を優先して傷ついて磨り減ってしまうことのないようにシロウと手を取り合って歩いていく人。私のシロウを心の底から愛してくれる人。そんな人に側に居て欲しい。
 それが彼女のもっとも大きくて、そして切実な願いだった。
 ――それは、自分がかなえられない夢が故。

 士郎が背を少し反るのに気付いた。お茶を飲み干しているのだろう、時間はもう11時に近かった。
 一息つけば大河を起こし、二人を送り出すにちがいない。
 この時間もそろそろ終わりだった。

「もう一度、喋ってみる。」

 おもむろに呟いた士郎の答えは、それだった。
 その言葉のうちに、告げられた内容以上のものが詰まっているのを聞き届けて、彼女は満足した。
「まだ帰らないのか?」
「タイガがおきないから。」
 ったく、と呟く士郎を、後ろから抱きしめる。シロウを待ってたのよ、と弁解しておいた。もちろん彼女の力で眠り続けているとは言わなかったが。
 士郎の広い背中を撫ぜる。
 士郎に思い人が出来ても、こうして士郎を抱きしめることはやめないだろう。でも、きっと意味が違うものに変わっていく。
「シロウは私が居なくても、大丈夫だね。」
「なんだよそれ。もしかしてあっちに帰るのか?」
「ううん、そういうことじゃないわ。言ってみただけ。」
 真意を判らせる気はなかった。
 この時間が終わる最後まで、この気持ちだけは忘れないようにしよう。
 そう誓いながら、再び目を閉じて彼女はより強く最愛の人に抱きついた。


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