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No.10271の一覧
[0] 東方虹魔郷 (現実→東方Project TS)[Alto](2009/09/26 21:13)
[1] 東方虹魔郷 第二話(現実→東方Project TS)[Alto](2009/10/28 02:05)
[2] 東方虹魔郷 第三話(現実→東方Project TS)[Alto](2009/10/19 03:45)
[3] 東方虹魔郷 第四話(現実→東方Project TS)[Alto](2009/10/19 03:48)
[4] 東方虹魔郷 第五話(現実→東方Project TS)[Alto](2009/09/27 08:43)
[5] 東方虹魔郷 第六話(現実→東方Project TS)[Alto](2009/10/14 23:09)
[6] 東方虹魔郷 第七話(現実→東方Project TS)[Alto](2009/10/24 22:05)
[7] 東方虹魔郷 第八話(現実→東方Project TS)[Alto](2009/10/25 20:19)
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[10271] 東方虹魔郷 (現実→東方Project TS)
Name: Alto◆285b7a03 ID:b41f32f4 次を表示する
Date: 2009/09/26 21:13
今、私が置かれている状況は、我思う故に我在り等と言う格言だけでは処理しきれない程困難だ。
いや、俺と言うべきなのか。いずれにせよ思った所で自身が何ものであるか等と言う事は分からないのだ。
記憶喪失?違う。出自不明?Non.いや、後者についてはある意味Yesか。Noと言わずに気取ってNonとは、まぁ、片方の人格の所為だろう。……どちらも余り頭が良いとは言えない。いや、片方は経験が足りない、か。狂っていると言うべきか。
そう、今現在私には二つの記憶がある。憑依?そうではないだろうか。まぁ、思った所で私、若しくは俺が何ものであるか等とは確定出来ないのだ。
非常に困った。この状態は困難極まって余りすらある。
だが、この体が何ものとして生まれたのかは分かる。幸いと言うか、どちらの人格もそれを知っていた。
私は何者とも分からぬ者。幻想郷の紅き魔の館に幽閉された暴虐たる吸血鬼。
私を知る人は私をこう呼ぶ。
悪魔の妹、フランドール=スカーレットと。

俺は、キリスト教徒何だがなぁと、静かに一人ごちた。







東方虹魔郷
第一話 U.N.オーエン





周りを見渡す。此処は自室。紅い壁紙の明るい室内は、可愛らしい人形とその残骸、美しい調度品とその残骸に溢れていた。良く見れば壁には補修の跡がある。どうやら癇癪を起した直後の様。白い大理石の床を覆う品の良い赤地に金のカーペットも所々破けていた。天蓋付きのベットに座っている現状ではこれが視界に入る全て、残りは記憶を探るしかない。
私は確認を終えると、手に負えないな等と脳に入り込んだ新たな人格で思ったが、同時に何とも言えぬ不快感を味わう羽目になった。小康状態と言えるが、未だ混乱は続いている様だ。
さて、と思い。一先ず一人称を私に固定する事にした。普段から使っていた一人称だ。下手に使い分けるという事は避けた方が良い。そう判断した。賢く見えるからなどと言う下らない判断が自然と浮かんだのはどちらの人格の影響だろうか?案外、いや、既に融合していると言っていい故に二人の人格を合わせた結果かもしれない。鬱だ。

彼女は帽子の乗った頭を軽く振った。幼い顔に似つかわしくない、舌打ちが聞こえそうな顔だ。合わせて背中から生える羽も揺れる。羽は黒い骨格に、虹七色の菱形宝石が付いた様なものであり、到底飛べるとは思えなかった。翼膜を張る為の骨格すらない。
彼女は自身の体を確認し、溜息をつき思考に戻った。ひらひらした服に慣れなかった様だ。顔にかかる短めの、波打った金髪を鬱陶しげに掻き上げる。

私は、普段慣れているはずの翼に違和感を感じていた。ついでに服や体にも。やはり、新たな人格がもたらした影響は大きいのだろう。様々な経験が織り交ざっている。
フランドール=スカーレットの経験は五百年に上り、男の人格は僅か二十余年程。だが、彼女の人格構成は彼女のそれを基礎としつつも、孤独のみを糧としたそれは基礎にしかならず、様々な経験をした男の人格が主なそれとなっているようである。
私は私の基となった二人の人格を比べ、もしこの二人が出会ってもお友達にはなれなかっただろうな、と結論付けた。二人とも我が強い。私も我が強いのだろうか?
経験が足りなかった所為でまるきり無知だった元私の片方。しかし、頭の具合はそれ程悪くはないようである。と、一通り思考を巡らせてから思った。
さあ、肝心の此処に至るまでの経緯である。男の方は何とも言えない。大学の授業を受けていたと思えばここにいたのだ。向こうでは大騒ぎかもしれない。では、彼女の方はどうだろうか?と、記憶を探り、予想通りこの状態は彼女が原因であると突き止めた。
どうやら彼女、自身の持つありとあらゆるものを破壊する程度の能力(以下能力)で世界の壁を破壊したらしい。何ともあり得ない話である。彼女の、現在は自身の能力であるが、これは破壊の対象に目を見つけ、それを引き寄せ握りつぶす事で成されるが、空間のそれを見つけられても世界のそれ等見つからない。東方と言うゲームの無いこの世界ではなく、彼の世界、つまり異世界への壁を突破したならばそれは五次元への干渉に他ならない。偶然?何にしても空恐ろしい。限定的に四次元的要素を操るここ紅魔館のメイドを超え、スキマと呼ばれる幻想郷の創造主以上の能力を発揮したのだ。世界の壁は世界の壁として分かるらしいが、下手に空間の目は潰せそうにない。怖いものである。
そのまま暫し瞑目し、自身の気を落ち着かせた。一度に多くを考えすぎである。

深く深く、深呼吸。それを幾度か繰り返す。整った可愛らしい顔に少々の余裕が戻る。

……落ち着いてくると、考えなしにこれを成したフランドール=スカーレットに憤った。同時に、それが自身の基礎であると思い気が沈んだ。思っても仕方がないが、もう少しこれを為すに躊躇してほしかったものだ。せめて自身の姉やメイドに、と、思った所で更に気が沈む。彼女の置かれていた状況は文字通り同情に値するものであった。今は自身のこと故に、余り同情と言うのもおかしな話でもあるのだが、彼女の感じていた深い孤独と怒りに憎しみ。そして、縋る様な僅かな信頼は心を蝕んで余りあるものであると文字通り実感したからだ。無論、認めるわけにもいかないのだが、既に家族に先立たれている自身としては何とも言えない気持ちになる。彼女の狂気はそれ程に深い。元から少々気が違っていた部分を差し引いて余りある。

と、その時室内にノックの音が響いた。思考の海に沈んでいた彼女はその音に反応する。慌ててフランドールの記憶を探って、しかし自身で対応する事に決めた。最早戻る事は適わない。真実を語るわけではなく、素の自分で行く事にしようと決めたのだ。彼女は頑固だった。無駄に我が強いのだ。

「フランドール様。失礼してよろしいでしょうか。」

「どうぞ。」

私は丁寧な声に、同じく丁寧な声で返した。声色に疑問を覚えたのか、扉を開き入ってきたメイド、メイド長十六夜咲夜の紫紺の瞳には、少々困惑した雰囲気が見て取れた。
彼女、十六夜咲夜(以下咲夜)は先程ちらりと思考に出てきた時空間を操るメイドである。フランドールの姉、レミリア=スカーレットに忠誠を誓っている人物であり、レミリアに敵対しない限りは信用してもいい人物であろう。元吸血鬼狩りであるのではと元の世界では言われていたが、真実であれば尚の事敵に回したくはない。

「先程大きな音がこちらから、地上の方まで響いてきたので窺ったのですが。いかがなさいました?」

「能力を使った。被害は……熊のぬいぐるみ、他。」

嘘は言っていない。主な被害は熊のぬいぐるみだ。
銀糸を持つメイドの、その落ち着いた女性の声は静かな詰問の色を見せていたが、それ程強くはなく、私は冷静に答える事が出来た。ただ、自分の声の高音に関しては眉を顰めるしかなかった。これが不愉快の証として相手に映ったようで、結果咲夜の納得の色を濃くさせる事に成功したのは運が良かったと言うしかない。

「お嬢様も常々仰っておられますが、余りものを壊さぬようにお願いいたします。」

咲夜がそう注意を促してきたので私は分かったと了解を返し、そして、色好い返事に深々と頭を下げてくる咲夜に続けて聞いた。無論、それが守られると思ってはいまいが。

「……お姉様は?」

すると咲夜はすっと極自然な動作で頭を上げ、その涼やかな声色で答えてくれた。

「現在、ハイティーをお楽しみになられておいでです。」

その内容には少々眉を顰めざるを得なかったが。
思わず疑問が口に出てしまう。

「ハイティー?夕食だろう。」

「だろう……?いえ、名称を選ぶのも貴族の嗜みだとお嬢様が。」

子供か。いや、子供か。レミリアは確か貴族然としていると同時に本質は何処までも子供だったはずだ。あれは、何というか、嗚呼、不意打ちに弱そうだ。比較的安全なここ幻想郷では余り経験と言える経験は積めていないのでは?五百年の重さは実感として分かるのだが。

「そう、か。では、私もご一緒しても構わないか?食べ始めたばかりならば、そうしたいのだが。」

私は一先ずレミリアの人柄と言うものを見る事にした。フランドール、フランも彼女については良く知っているのだが、それは余りにも偏っている。問題なさそうであれば或いは話を一気に進めるのも良いだろう。いずれにせよこの状態については問われるだろうから。

「…………少々お待ちください。少々お待ちください。」

何故二回言う?とは聞かなかったし聞けなかった。恐らくは空間を渡ったのだろう。咲夜の姿は掻き消えていた。酷く困惑した様相だったのが印象深い。無理もない。が、少々面白かった。何とも意地の悪いと思ったので頭を一度殴っておく。自身を教育しなければならないとは何とも……。自制は大切だ。







広い食卓。文字通り貴族が使う様な無駄に長大なそれに一人の少女が座っていた。室内のシャンデリアに照らされた姿は酷く幼く、しかしその実彼女は500年もの時を重ねた吸血鬼であるのだ。背中から生えた黒い蝙蝠の様な翼がその証である……と、いっても彼女の翼もまた小さすぎて飛べるようには見えないのだが、フランのものよりはそう見える。
フランと同じ紅い瞳に薄く暗めの青みがかった銀糸。長くなれば波打つであろうその髪を上から押えているのはピンク色の帽子、服もピンクだ。しかしあまり派手ではなく、ドレスの様な子供服と言った感じだ。胸元には紅い宝石が輝いている。
彼女の名前はレミリア=スカーレット。永遠に紅い幼き月と言われるこの紅魔館の主にして、フランの姉である。
自己主張の強い紅い館や紅い部屋は彼女の趣味である。目が痛い為、内装は流石に全面赤ではないのだが。
食卓の上もまた貴族然としていた。飾られた花はシャンデリアの明かりと食卓の上の銀燭に照らされ、料理は味だけでなく見た目も重視されている。

「全く、フランにも困ったものね。」

レミリアは食事に手をつけながら小さく一人ごちた。先程館を揺るがすほどの轟音が地下から聞こえたのだ。十中八九フランの仕業だろうと彼女は頭を振った。
咲夜に確認に行かせたけど、どうせまたいつもの癇癪でしょう。そう思って特に何も考えなかった。
彼女はフランに対して無関心というわけではない。仲良くしたい、と言うほど彼女は素直ではないが、親愛の情は抱いていた。ただ、恐怖とも言える警戒心がそれに勝っているだけなのだ。
フランドール=スカーレットはレミリア=スカーレットにとって最大の汚点であった。切り捨てるべき、と考えた事すらあったのだ。彼女の周りには破壊の運命しか存在していなかったのだから、と理由をつけて。
実際、現在も妖精相手に手加減なしで弾幕を打ち込んだり、今日の様に館を破壊したりと被害は出ている。

「はぁ。」

レミリアは小さくため息をついた。
フランを幽閉した事に後悔はある。しかし間違っていたとは思わない。切り捨てるべきとも思わない。そう言う事だ。
彼女はまだ、若かった。せめて向こう側からアプローチがあれば、等と希望的観測を思い浮かべる。

「ただ今戻りました、お嬢様。」

忽然と咲夜が隣に出現する。初めこそ驚く事も多かったが、既に慣れたものであり、さして驚かずに労い報告を聞く。

「ご苦労様、フランの癇癪でしょう?」

「はい、被害は調度品を除けば熊のぬいぐるみだけでしたので、いつも通り注意をしておきました。ただ……。」

「ただ……?」

言い淀む咲夜、珍しいと思いつつ先を促し、レミリアは鮮血入り紅茶を口に含んで――

「お嬢様と、お食事をご一緒したいと。」

「ぶっふぉ!?」

盛大に噴き出した。紅い紅い紅茶が霧の様に噴き出される。
幸い横に吹いた為料理は被害を免れたが、不幸にもメイドは返り血を浴びた様な紅茶塗れとなった。南無といった所だろう。







私は今、酷く緊張している。無論、そんな無様を晒すわけにもいかないのでおくびにも出さないけれど。
現在、長らく姉妹の繋がりが酷く希薄だった私の妹、フランと一緒に食事をとっているのだ。私から見てもちょっと無駄なのではと思う長大な食卓の向こう側、そこには綺麗に料理を切り分け口に運ぶフランの姿が見えた。実の所この食卓に変えたのは最近なのだが、それは正解だったようだ。これで至近距離での対話等したらどうなっていたか。

「お姉様と食事をご一緒できる事を嬉しく思う。長らく……そう、長らくこの様な事はなかった。」

「え、ええ、そそうね。」

おくびにも出さないと思ったばかりであるのに一瞬詰まってしまった。フランの口調と雰囲気は正に一新されている。しかし、懐かしむ顔に嘘は見えず。同時に酷く大人びていた。一瞬どころか今この瞬間にも目の前のフランは偽物ではないかと考えてしまう。だが気配、妖気は彼女のもの。或いは先程の爆発によって何か……?それしか考えられない。
口調の変化、雰囲気の変化。一緒に食事をとると言う奇怪とも言える行動。しかし、何より何より私を困惑させるのは――

――彼女から、破壊の運命がまるで感じられない事である。
レミリアには彼女が破壊を行える運命は見える。しかし、それを振る運命が比べ物にならない程に減少しているのだ。
何時までもたたらを踏んで進まないのでは意味がない。そう決心して彼女はフランに核心を問いかける事にした。

「フラン。先程の爆発、熊のぬいぐるみを破壊しただけじゃないでしょう?何があったの?」

これで答えが返れば真相は明らかになり、私の心の平穏も少しは取り戻せるだろうと半ば願う様に。
するとフランは食事をする手を止めた。そしてその小さな口を開く。

「そうだな。強いて言うのならば……。」

「……。」

手に持った食器を置き、口元を拭ってから目を細めるフラン。私は緊張した面持ちで、半ば取り繕う事を忘れて返事を待った。斜め後ろに控える咲夜からも緊張した気配が伝わってくる。

そして、それは告げられた。

「運命を、破壊した。」

「―――っ。」

告げられたその一言。私の願いも虚しく、私の心は更に乱れ、語られた事実に打ちのめされた。

瞠目し、息を呑む。

運命を破壊した?馬鹿な、ありとあらゆるものを破壊する程度の能力とはその様な事も出来ると言うの?だが、事実彼女の運命は確実に変化している。

「信じられないわ。」

思わずそんな言葉が口をついて出ていた。

「五次元への干渉だ。運命を破壊したのは間違いない。恐らく、巨大にして強大な流れの中に砂の粒子を一粒投じた程度だが、その周囲におけるその影響は大きいだろう。
 口調が疑問ならばそれが原因。性格もまた然り。咲夜やスキマの四次元への干渉及び擬似的な五次元への干渉とは文字通り次元が違う。」

そこでフランは言葉を切ってフッと笑い、気取った様な仕草で続けた。

「……何より、私はお姉様の妹だ。」

その一言は事実に裏付けられた説得力を含み、その妙に様になった仕草はそれを補う。
私は、理路整然と並べられた説明を聞き、理解できない部分を省きつつもしかしそれが真実だと悟った。限定的とはいえ運命を見、操る私の妹だ。それくらいできても可笑しくはない。ならば。

「……破壊したのは、己の運命なのね。」

それはつまり己の人格の破壊である。しかし、彼女は瑣事であると言わんばかりに答えた。

「然り。」

「何故?」

口をついて出たのはそんな下らない問いだ。しかし、恨まれていないとは思えない。聞かないわけにはいかなかった。
フランは一度瞑目。そして、開いた目の紅い瞳で、同じく紅い瞳で彼女を見据える私を見つめながら言った。その喉を震わせるのは呪詛かと身構え

「暇だったのだ。そう、暇だったのだよ。」

「……何ですって?」

しかし、その口から出たのはそんな他愛無い言葉だった。だが、その認識は間違いだったと言う事を次の言葉で理解させられた。

「永い永い孤独と心を蝕む狂気。いずれ来(きた)る破壊の運命を変えるためにそれは必要だったかもしれない。だが、それでも暇だった。」

フランはワインを一口含み嚥下する。紅い液体が揺らめいた。その様を何処か艶めかしいとレミリアは感じ、その瞳を見て硬直した。
淡々と語るフラン。しかし、その瞳には確かに狂気ともいえる物の片鱗があったのだ。それは孤独と偏愛に育まれた狂気だった。

「そこに提示された一つの選択肢は若しくは自由へと繋がり、故にそれは何処までも魅力的だった。不安定に在り正しく希望だった。故に掴んだ、故に潰した、その目を。そして、破壊したのだ――運命を!」

最後の一言と同時に、フランから魔力とも呼べる妖気が解き放たれた、彼女の持つグラスに罅が入る。風で銀燭の炎が揺らめき掻き消えた。
フランは、グラスの罅割れも気にせずワインを一気に飲み干す。そして求めるように呼吸を行い、そのまま肘を付き俯いた視界を手で覆った。僅かに息が荒い。

初めは冷静に語り始めたフラン。しかし途中からまるで狂気に呑まれたかのように熱く語り始めた。それは以前フランから感じていた幼い狂気とは違い、深みのある重い狂気だった。そう、思わず気圧されてしまうほどに深い深い狂気だったのだ。そして、破壊の運命がその影を色濃く現すほどに。
思わず戦闘態勢をとる私と咲夜。相手はフラン、とても油断出来たものではない。ましてや世界の壁の破壊を行ったと知れたばかりである。
しかし、私たちの懸念は杞憂に終わった。先ず、フランが手で制してきたのだ。そして上げられた顔。そこに凶相は無く、いつの間にか、狂気は瞳の奥深くに呑みこまれていた。
私達は、ほっと息を吐き、一先ずの緊張を解く。

フランはゆっくり体を起こし、グラスをとん、と静かに置いた。罅割れたグラスからは僅かにワインが滲んでいる。
血の様だ、とレミリアは思った。

「禁断とされた箱にあったそれは正しく私を自由に導き、そして私を変革させた。それに縋って変革されて、この程度ですんだのならばそれは私の能力故の幸運か。或いは不幸とも呼べるのかもしれない。狂気は色濃く残り、しかしそれを自制する術を私は手に入れた。」

「……貴女の望みは?」

それだけ、これだけ深く重い狂気を身に宿したフランの望み。想像するに絶するものだ。それに、フランは狂気に蝕まれていても頭が切れた。今、自制を覚えた彼女がどのように行動するか等及びもつかない。
しかし、この不安と警戒は無意味であったと直ぐに悟る。何故ならば、既にフランの運命にはこの場においての破壊が見えなかったからである。
事実……

「外に出たい。」

フランは唯それだけが望みであると静かに言った。深い孤独がそこに見え、恨みの念は無い、と言うよりも完全に押し殺されていた。変化した運命は、否、彼女は破壊で為される復讐を許容しなかったのだ。文字通り己の人格を粉砕したのだ。彼女をそこまで追い込んだのは……私ね。
私はその運命に挑まなかったのだから。生まれたその瞬間、見えた運命を恐れ彼女に見切りをつけたのだから。

「それだけ?」

「ああ、それだけだ。」

私は、深く深くため息を吐く。後悔と安堵が織り交ざったそれは、酷く醜悪なものに感じた。







紅魔館の赤を基調とした廊下を歩く。時折すれ違う妖精メイド達は私を見つけると深く頭を下げて決して此方を見ようとしない。
成程、悪循環とはいえ彼女が孤独になるわけだ。これでは人格が歪んでも可笑しくはない。いや、この環境にしてはまだまともなのだろうか?少なくともまだ取り返しのつく所にはいた筈だ。その機会は永遠に失われてしまったが……。自業自得であると静かに恥じた。
レミリアには世界の壁の破壊は常時使えるわけではないと既に告げてある。その時少なからずの安堵が見えた。私の目的を告げた時の溜息と同種のそれが見えた安堵だった。
故に、現在彼女は間違いなく落ち込んでいるだろう。少なからず心配だが、彼のメイド長やパチュリーがいれば大丈夫だと思う……あ、美鈴もいた。
運命の破壊と言うのは大げさだったかもしれないが、まぁ強ち間違いではないだろう。パラレルワールドと言う奴だ。
行動を起こすと言う時点で運命が変わる方向に動き、強大な能力を使った事により大きく変革されたと言うところか。
よもやフランドールの中に別人の意識が混ざったなどとは誰も思わないだろうが……まぁこれは明日にでも話すとしよう。嘘は苦手だ。

思考に沈んでいる内に彼女は自室の前に着いた。扉を開け、いつの間にか整理されている部屋のベッドに身を投げ出す。薄桃色のシーツは彼女の体をふわりと包んでくれた。
彼女は風呂の事を考えたが、今は体、と言うよりも頭がひたすら睡眠を欲している。

これからどうしようか等と愚にもつかない事を考える。日々を良く生きると言うのは当たり前であり、真摯に生きると言うのもまた当然である。私はそう思っている。
しかし、ここ幻想郷において明確な目的などありはしない。先ずはそれを見つける事から始めねばならないか……いや、待てよ?
レミリアが紅い霧を生み出したという記憶は現在、私の中には存在しない。記憶の混濁?もし違うとすれば今後異変と呼ばれるものが次々と起こると言う事である。つまり、日々の生活の中でそれが障害として生まれる可能性を秘めているのだ。何とも面倒だ。
ああ、そう言えば日の光の中で行動する事は出来るのだろうか?日光を直接浴びた記憶はないし、日傘をさせば大丈夫みたいなかなり適当な設定だった気がしたが……いや、二次創作だったか。考えてもしょうがない。多少の記憶の混濁は寝て覚めねば治まらないだろうし、明日試そう。今は既に日が沈んで久しい時間だ。

「……お休み。」

私は明かりを消し、瞼を閉じた。不安はあるが、進む事に迷いはない。殺された恨みの念は、495年間の孤独の念に溶けて消えた。
夢の世界への誘いは、私の普段よりも幾分早かった。

……はて、私とはどちらの事だったか。そんな事を最後に思って彼女は眠る。








夜、そう、今は夜だろう。そして、夢の中だ。私は、様々な夢を見ていた。
それは例えば彼の楽しい思い出であったり、下らない思い出であったり、真剣な思い出であったり。
彼女の悲しい思い出であったり、怠惰な思い出であったり、大切な思い出であったり。
それらは次々に湧き出ては消えていく。一つ一つを丁寧に整理するように。湧き出ては消えていく。幾つも幾つもいつまでも。
膨大な数のそれ。見ていて飽きるものではなく、脳が活発に動いているのを感じられた。
まるで溢れ出る泡沫。シャボン玉の様だと思った。屋根より高く飛ばした思い出が目の前に現れる。
私はふと、それに向って手を伸ばし―――。

「ふぎゅっ。」

いつの間にか目は覚めていた。夢の中の時は速い、と言う事だろうか。
私の手は、恐らく私の寝顔を眺めていたのであろうレミリアの両頬を、挟み込むように掴んでいた。

「…………お早う、お姉様。実に面白い顔だ。」

「ふぉふぁふょうふぁふぃふぃふぁふぁ、ふぁふぁふぃふぇ」

お早うは良いから放して、だろうな。少し聞き取りづらいが。
だが、放そうとは思えないし、唯で放すのは勿体ない。

「ふぇ?痛たた!?放しなさいフラン!」

私は頬を放すと素早く手を動かし、今度は片方の頬だけを摘むように掴んだ。もちもちとした感触がたまらない。
これが、レミリア=スカーレットの頬か、等と感慨深く思う私はどうなのだろうか?変態なのだろうか?いやいや姉妹のスキンシップでもある故一概にそうとも。

「はー!なー!しー!なー!さー!いー!よぉーー!」

手を振りまわして怒りをアピールするレミリア。子供か、いや子供か。五百歳児だ。私も四百九十五歳児だが。

「……ああ、申し訳ない。」

私は強く引っ張りすぎたと反省し、頬から手を離した。名残惜しげに指がピクリと動いたのは仕方がないとしか言い様がない。
解放され、体を起こしたレミリアは、紅くなった頬を擦りながら涙目で睨みつけてくる。それを見ると一層の罪悪感が胸に生まれる。可愛いと思った私には一先ず怒鳴り散らしておいた。

「全く、折角起こしに来て上げたのに。人様の頬を弄ぶなんて失礼な子ね。」

ふん、等と言いながらレミリア。私は一先ず、頬を掴んだ理由を伝える事に。恥ずかしくもあるのだが。

「……掴んで消えなかったから安心した。」

私が頬の熱さを実感しながら、しかし彼女を真っ直ぐ見ながらそう言うと。レミリアは一瞬キョトンとし、次の瞬間頬を染め、ふいっと顔を逸らし、胸の間で腕を組んで視線だけでこちらを見たかと思えば再び逸らし、あらぬ方向を見ながら言った。

「ま、まあ、貴女も不安でしょうし、勘弁して上げるわ。」

そして、頬は赤いまま、目を瞑ってふんっと首を限界まで逸らす。

「有難う、お姉様。」

私はそんなレミリアに、内から湧き出た感謝を捧げた。笑顔になるのも無理ない、というものだ。


早く着替えなさいよね、部屋の外で待ってるから。と言って部屋から出て行ったレミリアを待たせぬ為、私は急いで服を着替え始めた。
最早大分違和感はなくなったが、それでもその多少の違和感と言うものは大きいものだ。……と、そこで私は更なる違和感を覚える。はて何だろうと思っていると、控えめなノックの音がした。継いで聞こえてきたのは緊張を含んだ鈴の様な幼い声。

「フランドールお嬢様、お着替えのお手伝いに参りました。」

そこで私はようやく気付いた。ああ、そうか。昨日はさっさと眠ってしまったが、着替えをする時は何時も妖精メイドに任せていたのだった、と。
私は解きかけていた胸元の黄色いリボンを元に戻し、どうぞ、と言った。仕事をとるわけにもいかないだろう。羽が邪魔で着替え難いという理由もあるが。

「……失礼致します。」

私の声色の変化を感じ取ったのか、昨日の咲夜と同じく多少戸惑いの様子を見せながら妖精メイドは部屋に入ってきた。継いで二人入ってきて合計三人。紅いリボンの目立つシンプルなメイド服を着ているが、その大きさは妖精と言うだけあって30~40㎝程だ。生気がなければ人形でも通せる可愛らしさだろう。

「嗚呼、では早速頼む。余りお姉様を待たせる訳にもいかぬ故。」

「……承知致しました。お任せください。」

やはり戸惑いの色が濃い彼女達。しかし、失礼致しますと一声かけてから即座に着替えに取り掛かってくれた。案外私の始めた新しい遊びとでも思っているのかもしれない。

無言で手際良く妖精メイド達は彼女の服を脱がしていく。徐々に露わになってくる自身の裸体に戸惑いを覚えたのか少々赤面するフラン。幸いにも妖精メイド達は気づいていないが、慌てて眼を閉じ上を向くその様は笑いを誘うものがあった。先程からの言動も様になってはいるのだが、彼女の容姿を加味するとそれは戸惑いを誘うと同時に少々の滑稽さも感じさせる。

「終わりましたフランドールお嬢様。……お嬢様?」

「ん……そうか、有難う。」

私は少々礼を言うのが遅れてしまった。
どうにも、男性であったと言う意識があるのは頂けないものだ。然程強いものではないが慣れるまでほんの少しだが時間を要しそうである。

「では、私達は失礼致します。」

何時の間に回収したのやら。脱いだ衣服は勿論、ベッドのシーツや枕カバーまで手に持った妖精メイド達がこちらに頭を下げて言ってきた。妖精は気ままなものの筈だが、良く教育されていると感心してしまうほど彼女達は礼儀正しい。私も出ると言うと、畏まりましたと素早くドアを開けて待っていてくれるほどだ。

「有難う。」

そう礼を言い、私は自室を後にした。







遅いわね、等と緊張を誤魔化す為にうそぶき続けて五分間。レミリアはつま先で床を叩きながら待っていた。
フランドールは気にしていない風だったが、実の妹があの様になってしまって彼女自身かなりのショックを受けているのだ。昨日は咲夜とパチュリー、そして美鈴の三人がかりで慰められたほどだ。故に、今朝フランが笑いかけてくれた時は救われる思いだったのだが、それでもやはり罪悪感やその他から来る緊張は無くなってはくれないらしい。永遠に紅き幼い月は今では見る影もないほどにただの少女である。

ガチャリ、とドアノブが音を立てる。レミリアの羽がピーンっと限界まで一気に張った。

「お待たせした、お姉様。」

「いえそんなに待ってないわよ、ほんの十分くらいよ。」

レミリアは早口で捲し立てたが、極度の緊張のせいで時間間隔が狂ったらしい。二倍ほどに増えている。
フランはそれに気づきつつも、そんなにお待たせさせてしまったか等とうそぶいて手を差し出した。

「それは申し訳ない。では、料理が冷めぬ内に急いで行こう。」

「え、ええ、分かったわ。」

レミリアはそっと差し出された手に自身の手を載せる。怯えるように繊細な手つきだったが、掴んだら、放さないとばかりに力を込めた。
それに対してフランは苦笑。しかし戒め綺麗な笑顔でそっと歩き出す。レミリアを優しくリードするように。
あ……っと息を漏らしたのはレミリアだ。優しく引っ張られて足は自然と歩みだした。何時の間にか、いや昨日から、妹が自分よりも先に行ってしまうように感じて不安に。だから、初め遅れても、先を行くのは譲らない、とばかりに赤い絨毯を踏みしめる。私は姉だから、五年分姉だから。百分の一歩前を歩くのだ、と。
そんなレミリアに、フランは嬉しそうに暫し眼を瞑り、二人は仲良く並んで歩いて行った。


後書き

はい、と言うわけで新作ですが、ぶっちゃけた話これはFGの為の練習作です。
基本的にこの書き方をマスターする為に書いております。突然最終回等と言う事もあるやも知れません。ご了承ください。
尚、この作品を気に入って下さった方、作者の文章力強化にご協力くださる方は是非感想を送って下さいませ。
此処が可笑しい、此処はこうした方が良い等々いかなる批判及び批評も受け入れる所存です。
正し、荒れそうな書き方、及びそれを見つけた場合の注意などはご遠慮ください。出来れば作品本筋に対する要望も控えめにお願い致します。
誤字に設定の矛盾及びネットで見つけた知識の穴や間違いなどのご報告も出来ればお願い致します。
では、また次回更新でお会いしましょう。


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