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No.1027の一覧
[0] Fate / happy material[Mrサンダル](2007/02/04 07:40)
[1] Mistic leek / epilog second.[Mrサンダル](2007/02/04 07:56)
[2] 第一話 千里眼[Mrサンダル](2007/02/04 08:09)
[3] 第二話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 08:26)
[4] 第三話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 08:43)
[5] 第四話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:03)
[6] 幕間 Ocean / ochaiN.[Mrサンダル](2007/02/04 09:14)
[7] 第五話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:24)
[8] 第六話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:34)
[9] 幕間 In to the Blue[Mrサンダル](2007/02/04 09:43)
[10] 第七話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:50)
[11] 第八話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 09:59)
[12] 幕間 sky night bule light[Mrサンダル](2007/02/04 10:05)
[13] 第九話 パーフェクトブルー[Mrサンダル](2007/02/04 10:12)
[14] 第十話 されど信じる者として[Mrサンダル](2007/02/04 10:20)
[15] 幕間 For all beliver.[Mrサンダル](2007/02/04 10:28)
[16] 第十一話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 10:34)
[17] 第十二話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 10:45)
[18] 第十三話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:03)
[19] 第十四話 朱い杯[Mrサンダル](2007/02/04 11:11)
[20] 第十五話 白い二の羽[Mrサンダル](2007/02/04 11:19)
[21] 幕間 白い二の羽[Mrサンダル](2007/02/04 11:26)
[22] 第十六話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:36)
[23] 第十七話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:44)
[24] 第十八話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 11:51)
[25] 第十九話 されど信じる者として[Mrサンダル](2007/02/04 11:58)
[26] 第二十話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 21:18)
[27] 第二十一話 本の魔術師[Mrサンダル](2007/02/26 02:18)
[28] 第二十二話 スパイラル[Mrサンダル](2007/02/04 21:22)
[29] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅰ[Mrサンダル](2007/02/26 02:51)
[30] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅱ[Mrサンダル](2007/02/26 02:58)
[31] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅲ[Mrサンダル](2007/02/26 03:07)
[32] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅳ[Mrサンダル](2007/02/26 03:17)
[33] 幕間 伽藍の日々に幸福を Ⅴ[Mrサンダル](2007/02/26 03:26)
[34] 第二十三話 伽藍の日々に幸福を 了[Mrサンダル](2007/02/26 03:37)
[35] 幕間 願いの行方 了[Mrサンダル](2007/02/26 03:43)
[36] 第二十四話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 03:53)
[37] 第二十五話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:04)
[38] 第二十六話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:14)
[39] 第二十七話 消せない罪[Mrサンダル](2007/02/26 04:21)
[40] 第二十八話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:29)
[41] 第二十九話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:38)
[42] 幕間 朱い杯[Mrサンダル](2007/02/26 04:47)
[43] 第三十話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 04:57)
[44] 第三十一話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:04)
[45] 第三十二話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:13)
[46] 第三十三話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:22)
[47] 第三十四話 願いの行方[Mrサンダル](2007/02/26 05:55)
[48] 第三十五話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:15)
[49] 第三十六話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:22)
[50] 第三十七話 黄金残照[Mrサンダル](2007/02/26 06:31)
[51] 幕間 天の階[Mrサンダル](2007/02/26 06:41)
[52] 第三十八話 されど信じるモノとして[Mrサンダル](2007/02/26 06:51)
[53] 第三十九話 白い二の羽 [Mrサンダル](2007/02/26 07:00)
[54] 第四十話 選定の剣/正義の味方[Mrサンダル](2007/02/26 07:20)
[55] 幕間 deep forest[Mrサンダル](2007/02/26 07:30)
[56] 第四十一話 ある結末 [Mrサンダル](2007/02/26 07:37)
[57] 第四十二話 ある結末 [Mrサンダル](2007/02/26 07:45)
[58] 第四十三話 されど信じる者として [Mrサンダル](2007/02/26 07:57)
[59] 第四十四話 その前夜 [Mrサンダル](2007/02/26 08:09)
[60] 最終話 happy material.[Mrサンダル](2007/02/26 08:19)
[61] Second Epilog.[Mrサンダル](2007/02/26 10:39)
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[1027] 第二十七話 消せない罪
Name: Mrサンダル 前を表示する / 次を表示する
Date: 2007/02/26 04:21
/ 6.

「へえ、ココが龍界寺か」

 まるっきり龍洞寺だな。目の前に伸びる石段を見上げながら故郷に在りしその寺院の事を思い出す。
 月に延び上げた階。
 紅く脈打つ大気と、血のように濁った大地。
 虚空に開いた、澱んだ穴。
 そして誰かが、愛している、そう言ってくれた丘。
 立ちんぼで見上げる寺院は、ソレでも容易に境内の様子を想像できた。もっとも、こんな非常識なイメージではなく、あくまで俺が長年見続けた退屈なモノだが。

「そや、あんまり有名なお寺さんやないけど、それでもお父さんが管理してる霊山の中でも重要な土地やし、紹介せなあかんやろうと思ってな」

 お昼過ぎの和やかな陽光と一緒に、近衛は俺よりひとつ前に踏み出し溢した。……で、連れてこられたのは一向に構わないのだが。

「でも、立ち入り禁止ってなっているよ? 見られないんじゃないの」

 幹也さんが顔を俺と近衛の間からぬっと除かせ、目の前にぶら下がる立て札の文字を読み上げた。“工事中につき立ち入り禁止”しかし、別にトラクターが来ているとか土木業者が入っている様なことは無いし、何か妙だ。
 それに、さっきから感じる違和感はなんだ? 世界がずれている様な、世界が幾重に重なる様な奇妙な感覚。
 石段を囲み茂る高い杉の木の群れは、怪しくざわつき、ココだけが異界の様な肌寒さを感じさせる。刺さる寒気は本当に仔細なモノなのに、それが喩えようも無く。

―――――――いつかの、禍々しい夜を思い出させて―――――――

「……ねえ、シロウ。ちょっといい」

 皆揃って首をかしげる横で、イリヤが俺に小声で話しかけた。俺は頭をふってその違和感を黙らせる。

「――――っなにさ?」

 俺は腰を落とし、イリヤの口元まで耳を寄せた。黒いツイードハットから除かせる彼女の小顔が神妙にしかめられている。

「ここ、何か違和感を覚えるんだけど」

 幹也さん達に聞かれないよう、小さく呟く。
 俺は先ほどの違和感を穿り返されたようで、一瞬どきりとした。

「イリヤもか?」

「わたし、も? てことはシロウもか。気付いた? ここ、マナの濃度が異様に濃いの」

 マナ?
 違う、俺が感じた違和感は、――――もっと根本から。

「でも、ここは京都だぞ? 多少なりとも差はあるんじゃないか? 俺はその手の察知は苦手だから分からんけど、ここいらに霊山も一杯あるし。それに、龍界寺は霊脈の中心地って話だ、イリヤの感じる位は誤差範囲なんじゃないのか」

 だが、不確かなその言葉を口にするのは憚られた。恐らくは気の所為だ。イリヤの言う通り、感知は出来ないまでも、溢れるマナに溺れでもしたのだろう。

「それにさ、何か異常があれば詠春さんたち退魔組織の人たちがなんとかしてくれてる筈だろう? ココは組織のお膝元だしさ」

「う~ん、それはそうかも知れないけど………」

 気楽に答えた心算なのだが、それでも、不満そうに唇を尖らすイリヤは桜咲に視線を移し、再度同じ質問を繰り返す。

「……はい、それは私も気になっていた。しかし最近は京の街全域でマナの濃度が高まっている。ここニ三ヶ月の事らしいのですが、ココもその影響に当てられていると見ていいでしょう。組織の定期査察でも“問題無し”と調査部の方から上がってきているらしいですから」

 だが、桜咲もイリヤの憤懣を和らげる回答を寄越さなかった。やはり気の所為だ。桜咲曰く、キチンと調査されているらしいしな。多少なりともなりを潜めた俺の違和感、結論が出てしまえば、どうってことない。
 そう、ここは“問題ない”。まるで誰かが脳みそに直接囁きかけるように、俺はそれを無理やり意識し、納得させられていた。
 それに気付くことは、最後まで無かった訳だが。

「なあ、立ち入り禁止じゃ仕方ないだろう。他のところにつれてけよ、木乃香」

 式さんが、飽きたと、隠そうともせずにそう言った。
 本当に猫みたいだ、気ままにジャンパーを振り回し、式さんはサッサと車の中に消えてしまった。

「そうやね、そんじゃ他のところに連れて行こうか? 車もあるし、二条城にでも行ってみよか?」

 衛宮君、と視線を向けられる。
 ふむ、反対する理由がまるで無いな。俺は未だ眉を緩めぬイリヤの手を引き運転席に乗り込む。渋々ながら後部座席に乗るイリヤと、案内の為に俺の隣のボックスに入ったのは桜咲だった。

「あ、ちょっと待って士郎君」

 キーを差し込む直前、サイドウィンドーから幹也さんに呼び止められた。

「ちょっと飲み物でも買ってくるよ。ココから二条城まで距離があるし、口寂しいのもなんだろ?」

 ああと頷く前に、各種色とりどりのリクエストが飛び交った。
 苦笑しながら、全員分のオーダーを記憶した幹也さん。彼は一人、ざわつく山林の小道に消えていった。





Fate / happy material
第二十七話 消せない罪 Ⅰ





/ .

――――――僕は出会った。紅い髪の、赤鬼さんに。

 自販機を探して駆け抜けた桟道の先、そのまた先に、果たしてその女性はいた。
 京都の景観を貶めるのが目的としか思えない超高層のホテルビルが右手に、左手には天然記念物の植生が茂る珍妙な路傍を歩き回り、気づけば龍界寺って言うお寺の脇を小走りで彷徨い、これは道を間違えたと思った時には、小高い丘の上にいる不思議。
 仕方が無いでしょ。コンビニは愚か自販機だって見つからないし、あちこちうろついていたら士郎君達のいる駐車場を見失っちゃったんだからっ。
 誰に言い訳するでもなく、一人頭の中でいもしない誰かに責任転嫁。何やってんだ、僕は。
 丘に続いていた細道と、そこを囲った朱色の千本鳥居。
 顫動する竹林の小道を下ろうと。そう踵を返した矢先、その視界に飛び込ん出来たのが彼女だった。
 空は余り綺麗とは言えず、重たそうな雲が鈍く蠢いている。
 昼間だってのに、お天道様をひた隠しにする灰色の塊は、ソレだけに飽き足りず古都の情景をも同んなじ色に染めていた。
 はは、あんまりドラマチックなシーンじゃないよね。自販機を探して迷子になった成人男性と、灰色の空の下で出会うなんてさ。
 だけど、じっと崖下を見下ろす彼女はそんなことを抜きにしても一枚絵の様に綺麗だった。

「―――――あら? ココに何の御用かしら。坊や」

 上から見下ろされるような、そんな圧力と一緒に振ってきた銀鈴。
 それに、背筋が強張った。高圧的な声調だけが理由じゃない、その中には殺意が含まれているように感じたから。

「坊やは酷いですよ。多分、貴方とそう違わないと思います」

 だけど、僕はそれに親しみを感じてしまった。 我ながらどうかしている。知らず、彼女に歩みを進め、そんな憎まれ口を叩いていた。
 ろくに整備もされていないのか、コレだけの高さの丘なのに柵は所々壊れている。石畳も舗装されておらず、ぽつぽつと土壌がむき出しになっていた。彼女の隣、崖の縁に近づけば近づくほどその荒涼とした様子が見て取れて、本当にドラマが無いと、埋もれた思考を掘り返している自分がいた。

「何しているんです、こんなところで」

「貴方こそ。二回も言わないわよ。私、ソレほど気が長くないから」

 彼女は古都を俯瞰したまま、腰まで伸びた髪を一度掻き揚げた。
 ジャギーのかかった薄い赤髪が僕をあしらう。そこから毀れた女性らしい香気、恐らく香水か。かいだことの無い、だけど生気を焼き付ける様な鋭く孤高な芳香は彼女を象徴していた。
 鋭角にすっと伸びた細い顎と、切れ長の赤い瞳。冷たい感じの女性だなと思う反面、もしかしたら激情家なのかもしれないと、そう微笑んだ。

「聞きたいんですか? ここに来た理由」

「ええ、珍しいから。ここにヒトが来るなんて。特に、―――――今は」

 やはり、僕をまともに見ようとはしなかった。延びた鼻筋は高く、それが僕の方に向くことは無い。
 妙なアクセントと台詞回しが気になったが、構わず続けることにした。僕の言葉に彼女がどんな風に表情を変えるのか、少し興味が湧いたから。

「大した理由ですよ。なんと、迷子になったんです、僕」

 ピクリと、彼女の口元のほくろが微かに震えた。
 整った顔立ちが一瞬だけ呆け、そして怒りを隠そうともしない彼女はようやく僕に振り向いた。ほら、意外と可愛いところがあるじゃないか。
 存外、子供の様な女性だ。世知辛い今では、珍しい希少種。失礼かもしれないけど、そんな単語が脳裏に浮かぶ。

「貴方、馬鹿にし――――――っつ」

 彼女のきつい眼光は僕の左目、正確には傷跡をなぞった。そこで、彼女の息が詰まったらしい。確かに、余り見ていて気持ちの良いものでは無いが、彼女の様な女性にまで驚かれるとは思わなかった。それだけ、僕とこの傷は不釣合いと言うことかな。

「いいわ、もう。………しかし迷子か、コレはとんだ来訪者だこと」

「あれ、信じてくれるんですか? 冗談かもしれませんよ?」

「まさか。貴方、そんな賢しいヒト? 嘘をつくヒトはね、ダレよりも自分を信じない。貴方、それを我慢できないヒトでしょう?」

 詩的な言い回し、式の言葉を真に受けた訳じゃないけど、お株を奪われたみたいでチョッと悔しい。
 が、そんな事より彼女の笑顔が嬉しかったのでまあいいかと、そう思った。

「答えかねますけど、ソレじゃ貴方はどうなんです? 生憎、僕は気が長いんで、答えてくれるまで聞き返しますけど」

 僕はブルゾンの中に手を突っ込んで問うた。
 黒い外套から除かせる深緑のストライプシャツ、分厚い外皮越しにも分かる女性らしいふくよかなシルエットが灰色の空の中で浮き彫りにされている。

「街を見下ろす理由かな、ソレとも私が嘘つきってお話? 貴方も一つしか答えないんですもの、私も当然、答えるのは一つ。道理よね」

 意地悪く微笑み繕った彼女、だけど可愛い物だ。所長の切れ味には遠く及ばない。
 よって即答。
 考えるまでも無く、僕は前者を問いだすことにした。僕が狼狽すると踏んでいたのか、目の前の彼女は予想とは正反対の結果を送られることとなった。

「――――――っつ。理由か、そうね。………最後に、見ておきたくなったのかな、忘れてしまった私の故郷を、きっともう思い出さない故郷を」

 それでも、彼女は何とかそう言った。僕には意味が良く分からなかったが、それでも、彼女の瞳が懐かしむように、どこか優しく感じられたので、それ以上は望まなかった。

「そうですか、確かにココは京都の町が良く見渡せる」

 二人、灰色の古都を俯瞰する。
 だけど、そんな沈黙はとても短い物だった。

「ねえ貴方、聞いてもいいかしら?」

 弱弱しい、それが僕の感想だ。さっきまでの気丈さはなりを潜め、彼女は寒さのためか外套の肌蹴た胸元をぎゅっと右手で寄せた。

「別に構わないですよ。僕が答えられることなら」

 彼女は一度乾いた空気を吸い込んだ。初めて出会った女性に、なんて馴れ馴れしい。
 かさかさとした空気は、炎を吸い込みよく燃えるだろう。どうしてそんなことを考えたか、不思議だったけれど、僕はそんな感想を描いた。

「貴方、私のことが怖くない?」

 そして、彼女は溢す。
 本当、どうかしている。一体どんなことを聞かれるとかと思えば。

「さっきだって、貴方は怯えたでしょう? 分かるの、私は無意識で貴方を……だって私は鬼だから。……しかし、何故かしらね。初対面の筈の君に、こんなにも無防備に問いかけてしまって」

 身の毛が総立った先ほど交感。だけど、生憎と僕はあの程度で怯えるような真っ当な人間ではなかった。
 本当の鬼と言うのは加えタバコの厚顔不遜な社長さんとか、着物でジャンパーの和洋折衷大学生とか、白くて意地悪なお姫様とかの事ですから。そうだろう、士郎君?

「はあ、コレは可愛い赤鬼さんもいたもんです。どうして僕が貴方に怯えなけりゃならないんですか? それこそ、僕が聞きたいですよ」

 大きくため息をついた後、何の感慨も込めない僕の言葉。
 だって、本当に何も思わなかった。怖い? まさか。鼻で笑える。そんな感情より目の前の女性を綺麗だと感じた情動の方がずっと大きかった。

「それに、僕の彼女は殺人鬼ですから、今更です。鬼だかなんだか知りませんけど、僕はそんなものより人間の方がよっぽど怖い。詰まらないたとえ話だけど」

 雲は流れ、もう直ぐ光が差し込みそうだ。
 切れ目の走る雲の向こう側に、少しだけ快晴の青が覗かせていた。
 何故かそれだけで嬉しく感じてしまう貧しい僕の心。
 それでも、僕の唇は一層微笑みを深めていた。

「鬼を恐怖たらしめるのは、いつだって人間だけじゃないですか」

 そんなの当たり前の帰結だ。
 廻り廻って、最終的に僕が怖いと思うのはやっぱり人間しかいない。つまらない、当たり前の一般論だ。

「------------―――――――――――」

 だけど、どうして君はそんなに驚いているのか。
 整った顔を呆然とし、彼女の冷淡だった黒い瞳は焦点を失っている。それでも、彼女は揺らいだ自分を受け止めきったのか、身体を抱き寄せ僕を拒絶する言葉を選んだ。

「そう、それじゃお話しはこれで終わりかな。龍界寺の石段前に帰りたかったのかしら? 貴方は?」

 そっぽを向いたままの言葉だったので彼女の貌は分からない。
 ただ、街を再度俯瞰する彼女の折れそうな背中は、僕を嫌っているのに間違い無かった。
 雲の厚みに変化は無い。差し込まぬ冬の日差しは、今だけでいいから彼女に注いで欲しかった。意味も無く、ただそんな事を望んだ僕はその時なにを思っていたのか。

「……はい、出来れば」

 頷いた僕に道を示した彼女は、二度と僕の顔を見ることは無かった。
 背中合わせのまま、彼女と僕の距離は遠のいていくだけ。竹林の鳥居まであと僅かだ。

「ねえ、最後の我侭にもう一つだけ質問いいかしら」

 拒否など許さぬと、声色がそう告げている。
 穏やかだった空気は摩擦し、点火寸前の炉心の様相を呈していた。喉がからからだ、それでも沈黙は変わらず。彼女は最後に呟いた。

「どうして貴方は私の意地悪い二択に即答できたの、その理由を教えてくれる?」

 正直者か嘘吐きか。
 こんなの、彼女に聞く必要ないじゃないか。

「だって、貴方が嘘をつけるわけ無いじゃないですか? 貴方、自分を騙せるほど、強くないですもの。分かりますよ。貴方みたいな人を、僕は何人も知っているから。奇妙な縁ですよね、本当」

 果たしてこの言葉は彼女に届いていたのか。
 その答えは、出来れば知りたく無かった。
 それが、僕と同い年の赤鬼さんとの最初の出会いだった。

 まあこの後、我が愛しの鬼姫様に遅れた理由やら、僕に纏われた香水の匂いを突っ込まれ死に掛けたのはまた別のお話しでしたとさ。

 …………笑い事じゃないけどね。






/ 7.

 温泉はやはり良い物だ。
 肩まで浸かり粘度の高い鉱泉に身体を漬け、頭の中でそう反芻させる。
 黒曜石の湯船は月下にありて、沸き立つ湯気は霞の如く。木枯らしに巻いた竹林の囁きと遥か遠く、古都の灯りが優艶に瞬いていた。……なんてな。

「ああ、なんて素晴らしい」

 一日の疲労がやんわりと抜けていく。
 俺はごちて、視線を夜空へ。地上より高い近衛の実家は星を僅かながら俺に近づけてくれる。山の匂いを吸い込んで天上を仰げば、風の嘶きが耳を掠めた。
 夏にも温泉に浸かったが、それとは異なる安らぎが肌に心地よい。

「そうかい? 気に入ってもらえて嬉しいよ」

 肩を並べて浸かるのは詠春さんに幹也さん。シシオドシが落ちるのと重なり、詠春さんが答える。
 カコーンって音が最高、カコーン。

「幹也さんも、そう思うでしょ?」

 妙なテンションで、俺は彼に微笑む。
 俺は使い込まれ浅葱色になってしまった手ぬぐいを頭に乗っけながら、浮かない人影までお湯を掻いた。ジャブジャブとかき分けて彼の横まで進み、そして隣に腰を下ろす。
 理由は知らないが、昼の龍界寺での悶着の後から、彼はしおらしい。そりゃ、普段から元気一杯って人ではないが、それでも消沈した感じの彼を見るのは初めてだった。

「うん、そうだね……」

 一体何が彼をこんな風にさせているのか。力なく微笑んだ彼の笑みが、俺は何を意味しているのか分からない。けど、ともすると幹也さんだって分かっていないのかもしれないと、そう思案してみる。
 それからはしばしの沈黙が続いた。男三人で、そんなかしましくお喋りをする訳にもいかず、ただ滴る湯煎を満喫していただけだった。だが。

「―――――――っつ」

 一際強い寒風。
 雪の無い吹雪、滅茶苦茶な日本語だが、ソレほど凍えた風が頬を叩いた。山峡を注視する、風はどこから凪いだのか。
 違う。呻かず、匂いを辿る犬のように鼻をひくつかせ、気がつけばもう一度古都の灯りを俯瞰していた。

「これは、嫌な風だねえ」

 取り落としたタオルを拾い上げながら、飄々した詠春さんの言を耳に残す。
 彼のその瞳は鋭利なものだった。彼も感じたのだろう、凍えた山風に紛れていたのは、含まれていたのは喩えようも無いほどの獣の匂いだと。
 しかも、ただの獣ではない。もっとグロテスクで、もっと凶悪で醜悪な何か。そう、こちら側にいる外れた獣の匂いだ。
 優れた感知能力を持っているわけではないが、それでも分かる。いままで穏やかだった空気がざらつき、肌を舐めていくこの不快感は、いつかアイツと一緒に味わったモノに間違いない。全く、才能も無いくせに場数だけはこなしているもんだから、半端に鋭利な嗅覚が養われている。

「どうしたんです、二人とも?」

 こわばる俺と詠春さんに、幹也さんが不思議そうな顔を向ける。
 古の宮、その突然の豹変。違う、変化は既に始まっていた。詠春さんと俺が感じたのは最後の何かが弾けた錯覚だ。塞き止めていた何かが、外れ、そして決壊した。俺が獣の匂いと一緒に感じたのは、そんな理由の無い世界の崩壊だ。
 俺の構造把握、世界を読み取る力がそれを教えてくれる。特化された俺の触覚が、蔓を伸ばすようにその“ズレ”感じさせてくれる。

「詠春さん、今の」

「はあ、すまないね衛宮君。どうやら、忙しくなりそうだよ」

 背反する言葉と雰囲気、彼の滑らかな筋骨が湯船から浮かび上がる。
 緩慢とした彼の言葉と、佩いたのは鋭利な殺気に俺は釣られて浴場を後にする。

 二日目。
 何かが始まる予感は、ただ加速していく。
 ちらつく黄金は、今も俺の眼窩の渦中。果たしてこの白昼夢に、終わりがあらんことを。


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