[#12]
クッションの無い樫製の背もたれ椅子に、手足が縄で縛り付けられている。
俺の目の前に立ち、無言で本を突きつける少女。
どうやら本を読んで欲しいらしい。が、手が縛り付けられていては、頁をめくる事すらままならない。
「えーっと、……縄、解いてくれないかな?」
牛乳瓶底もかくやという丸眼鏡越し故に視線は確認できないが、多分俺を凝視したまま本を突き出すのみ。
何この放置プレイ?
「……お茶……どうぞ……」
声のする方を向くと、ソバージュの掛かった長い赤毛を揺らし、手にはトレイに乗せられたマグカップを持った女の子がこちらに歩み寄ってくる。
前髪が長く、目元が見えないために表情は良く判らないが、口元から察するに哂っている様だ。
「……健康……良い……飲んで……」
強烈な異臭のするその液体を、身動きできない俺の口に注ぎ、事もあろうか鼻を摘む。
ギャー。ゲロマズす!! 青汁の比じゃないよ!! 八名さんボスケテー!!!!
「ふむ、まだ耐えるというのか?
そんな君のために断頭台を用意しておいた。これでズパっと逝ってくれたまえ」
断頭台の横で、紐持ちながら無い胸を反らせてふんぞり返るヒルダ様。
クイっと紐を引くと、断頭台の上から巨大な刃が落ち、断頭台にセットしてあった案山子の首が、スポーンと吹っ飛び俺の足元に転がりつく。
「死にたくないなら、死ぬ気で特訓しろ」
相変わらず無茶な事を仰って下さるのは、剣術師範のコーネリア女史。
右手に握ってるのは鞭でしょうか?
非常に良くお似合いの武器だとは思うのですが、人に向ける武器じゃないよ、それ。
皮どころか肉まで裂けますから! SM用の鞭はそんなに長くないから!!
コーネリア女史が大きく腕を振りかぶり、俺に向けて振り下ろす。
「うわああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
自分の上げた悲鳴で目を覚ます。
あ、夢か。
なんか、すげー嫌な夢を見てたんだが。
……あれ? 思い出せん。
どうやら、精神の防衛機構が思い出すことを拒否してるっぽいよ?
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異世界で親友のために下世話焼く男の話
#12 異世界で親友に世話焼かれる男の話
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あれから約1年。今俺は紆余曲折を経て、男爵家の「自称・政務官」として納まってる。
肩書き無いのも寂しいし、名前負けしてもアレなので、びみょーなラインで。
俺たちが卒業し、男爵家領地へ到着すると同時にアデルへの家督相続が行われ、先代……アデルの親父さんは隠居して、現在、マッタリとしてしつこくない過ごし方を堪能している。
ま、体悪くしてるみたいだし、ゆっくり養生してくださいな。
うん。まぁ、ここまでなら想定の範囲内だったんだが。
いきなり「男爵の相談役」、つまり事務方として筆頭クラスの権限を与えられ、旧来の家臣達が俺をサポートするとか言い出す始末。
いや、そこで普通「若造ごときが政務に口を出すな!」とか「どこの馬の骨とも判らん若造に、領地の事が任せられるはずが無い!」とか、確執あるべきじゃないの?
私生活レベルでの相談役 兼 下っ端書記あたりから、どうやって成り上がってやろうかとか画策していた俺が、まるで馬鹿みたいである。
さらには、ほぼ同時に伯爵家から令嬢エリーゼさんの嫁入りの話と、港の使用許可と開発資金提供の話が一緒に来たりもしたし、レヴィさんの実家から愛妾として彼女を迎え入れて欲しい旨の便りなんかも来たりした。
いや、それなんてご都合主義?
とか思っていたのだが、どうも公爵令嬢にして王位継承権第5位とかいう、ちょっと残念な(特に胸とか)スーパーお嬢様・ヒルダ様が暗躍していたらしい。
確かに、あの人が「圧力掛ける」とは言っていたし、こっちとしては、あれこれやる前にお膳立てが整って楽チンではあるのだが。
……いや、結局あの人、一体何やりたいんだ?
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「どうぞ」
部屋の主、アデルからの返事を待って部屋に入る。
当初の計画通り。いや、計画よりもかなり前倒しで、アデルの右腕として辣腕を振るい、いくつかの経済立て直し計画を軌道に乗せ、近隣からは「百年に一度の奇才政治家」という評価を頂いていたりする。
……天才じゃなくて奇才。ってのが物凄く気になるのだが。
つーかこっちの世界、経済収支に関する概念がドンブリすぐる!
簿記準一級舐めるな!キャッシュフローとかグラフにして親切丁寧に説明するぞゴルァ!!
セシルの親父さんに複式簿記の事をチラッと手紙で書いたら、いたく感心されていた模様で、その次に送った手紙が下手な複式簿記入門書になっていたとかいう笑い話もあるぐらいなのだ。
それはともかく。だ。
ここまで派手に実績を積んでおけば、実家に帰ってもそう簡単に「処分」されるような事もあるまい。
あるいはこのまま、この男爵領に骨を埋めるのも悪くは無いし。
なにせ、ここには俺の「現実と化した理想」があるからな。
「……二人きりのときぐらい、普通に話してくれていいよ」
「ん、そうだな。俺も面倒臭ぇし、単刀直入に。
現在、防衛戦力増強は着々進行中。まぁ、どちらかというと、奴さんに手を出させないための妨害工作がメインだな。
戦争なんて、無いに越した事は無い」
隣の「戦争だけが取り得」の脳筋成り上がり子爵が、最近羽振りの良くなってきた男爵領の利権を根こそぎ奪おうと、軍事的な準備をしている。
とかいう、きな臭い情報が入ってきてたりする。
どうも隣の脳筋さん。「英雄」とか呼ばれて戦争の手腕に絶対の自信を持ってるようですが、
脳筋如きに、戦争の大義名分与えてやると思ってるの?
税を搾取するしか能の無い子爵領と、いざとなれば領民総動員して総力戦可能になってる男爵領の継戦能力との差を舐めてるの?
怖いのは電撃戦だけなんだけど、防諜どころか各種工作活動し放題なの判ってるの?
その前に、この俺が脳筋なんかと正面切って戦闘なんか繰り広げるとでも思ってるの?
馬鹿なの? 死ななきゃ治らないの?
……という訳で、「8代先まで子孫領民に墓に石投げつけられるぐらい、歴史に残る赤っ恥をかかせる罠」を発動させるため、絶賛暗躍中である。
「あ、そうだ。先日の公爵家からの手紙だけど、君にも宜しくと書いてあったよ」
あのスーパー(残念な)お嬢様め、「宜しく」だけかいっ!
まぁ、むしろ宜しくお世話になっている訳なので、返事を書けと言われても「こちらこそ恐縮です」としか返しようが無いんだけど。
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その後、取り留めも無い話で軽く盛り上がる。
この時だけは男爵と家臣では無く、以前の悪友同士に戻れる貴重な時間だ。
だが、そんな時間が長く取れる訳でも無く。
扉をノックする音で中断される。
「政務官殿。馬車を待たせてあります」
扉を開けて入ってきたのはデアドラさん。
俺達の二つ前の学校の先輩であり、代々男爵家に仕えるの騎士の家系の娘さんである。
成績優秀のまま卒業しながら、仕官先も無く家で暇していたようなので「優秀な人材が在野とか勿体無い」と、三○志のノリで登用。
表向きは男爵代行として動く事も多い俺に見た目だけでも。ということで、秘書兼護衛としてアデルに頼んで付けて貰った。
正直、生真面目というか堅物というか、キッツイ性格は正直勘弁して欲しいのだが。
「そんな事を言わなければ、私とて、もう少し穏便に対応できるのですよ?」
言わなくても、商人に怪しい薬を取り寄せさせたり、仕立て屋にエロ衣装を仕立てさせたりするだけで怒るし。
「そう思うのであれば、真面目に仕事をしてください」
いや、俺、仕事は真面目にしてるぞ?
仕事も、仕事以外も、手を抜かん主義だからな。
「ですから、その労力を仕事に回してください……」
そこへ空気を読んでないアデル君の、例によって的外れ発言。
「ふたりとも、なんだかんだ言って仲良いよね?」
「違います!」「違うから!」
全力で否定させていただきますとも。ええ。
まぁ、話の腰は見事に折られちゃったし、次の仕事のためこの辺でお暇させて頂きますかね。
「これから港の新設備の視察に行って来るけど、なんかついでに用事とか。無いか?」
アデルは黙して首を横に振る。
「んじゃ、奥さん達と仲良くやれよ」
今日も素敵なプレゼント用意してやったし、明日から数日は港町にいるだろうから苦情も届かんしな。
俺はアデルのほうを振り返らずに、手だけ振ってその場を去った。
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部屋に残されたのは当男爵領の領主である、アデル男爵ひとりである。
「……な陰謀。か」
部屋の主の発した呟きは、他の誰に聞かれる事も無く、静かに石壁に吸い込まれた。
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さて、アデルの嫁さんたちと俺との関係も一応触れておこう。
あの「椅子に縛り付けられての尋問」以来、軽蔑の眼差しで見られるようにこそなったものの、一応は友好的である。
まぁ、彼女達に不利益は被らせてないしな。
で、エリーゼさん相手に
「この『全裸よりエロいスケスケビスチェ』があれbほわちゃあ」
と、ティーポッド(アレ結構値が張るんだぞ)を投げつけられたり。
カティナさん相手に
「この南蛮渡来の秘薬があれば、朝までノンストップ抜かずのsぐぶへぼぅ」
と、鳩尾へイイ一撃を食らったり。
レヴィさん相手に
「この『殿方を悦ばせる67の夜の絶技』さえ読mへぶおべぐはぁ」
と、右フック → 左アッパー → 右ストレートという見事なワン・ツーフィニッシュ食らったり。
ミシェリさん相手に
「この『海軍制式陣中衣エロ魔改造ver.』をビシッっと身に纏「ウマトの呪い針よ、汝に宿りて激痛を成せ ~ 呪いの針千本 ~!!」いでいぢであsl」
と、激痛のあまり怪しい踊りを披露したり。
セシルさん相手に
「このリボンだけを身に付けて『今夜は私を食・べ・て(はぁと)』とか言えbあわびゅ」
と、詩集4冊による乱れ撃ちを食らったり。
まぁ、こんな感じで踏んだり蹴ったりではあるが、概ね友好的な関係を築いていたりする。
なんだかんだで、使ってもらっているみたいだいし。追加注文もあるし!!
最近、彼女達の「仕方ないから使ってやる」的な反応と、次の日の「しょうもないモノ押し付けられた羞恥心と、やる事やって満足しちゃった充実感が入り混じった」表情を見るために、下卑た世話焼くのが楽しかったりするのだ。
大抵数日後に、目の下に隈作ったアデルから苦情が来るのだが。
「家庭円満こそが、領地安寧への第一歩なのだよ」
この一言で、いつも片付くし。
アデルの寿命はちょっと縮むかもしれないが、皆幸せそうで何より。
まぁ、終わり良ければ全て良し。という事で許してやって欲しい。
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さて、俺の華やかな活躍とか、実は下町ではおばちゃんにはモテモテだったり(経済状況が良くなったから……なのか?)とか、積もる話はいくらでもあるのだが、
俺が「異世界で親友のために下世話焼く話」はこの辺で終わりにしようと思う。
別の機会があればその時はその時だが、その際には御清聴頂ければ幸いである。
それではっ!
+
僕の自己紹介については、とりあえず「オリ異世界領主モノ」と言えば概ね判って頂けると思うので、この場では割愛させてもらう。
僕の友人に、とてもいい奴(♂)がいる。
同じ王都の学校を卒業し、つい先日父の跡を継いだばかりの僕を、公私共にサポートしてくれる言わば右腕のような存在。
まぁ、彼女達に変な入れ知恵するのが困りモノではあるのだけれど。
彼のためなら死んでもいい。とまでは言わないが、腕の一本ぐらいなら。と思えるぐらいいい奴なんだ。
彼は否定しているけど、彼に好意を寄せているらしい女性達が存在する。
皆ひと癖もふた癖もあるんだけど、そもそも彼自身が「来る物を拒まず。全ての女性を受け入れて幸せにしてやる。ぐらいの気概あってこそ漢」って日頃から言ってるしね。
さて、本題。
そこでなんだけど。
彼と、彼を慕う女性達の幸せを願うのって、悪い事じゃないよね?
異世界で親友のために下世話焼く男の話 ~ 完 ~
【作者の言い訳】
やぁ(´・ω・`)
オチはあるけど山なし意味なし。そんな作品の最後まで良く来たね。
いろいろ貴重な意見は頂いていたんだけど、このオチだけは変えるつもりは無かったんだ。ゴメンな。
あと、当初からオチに期待してた方々に。
こんな程度のオチで正直スマンカッタ(´・┏┓・`)
「ネタとオチだけ決まっていた話」を勢いで10+なんだかんだで3話分。
大筋だけ決め、色々方針転換なんかもしながら肉付けしてみた。
「10話」というのは、「途中で投げ出さず、飽きる前に書き終えることのできる分量」と勝手に設定しただけで、それ以上の意味は無かったり。
うん。「ある程度のボリュームのSSを最後まで書く」のが最大の目的だったんだ。
という訳で、注文を受け付けるでもなく店じまいなんだ。ゴメンな。
ただ、当作品への批評ツッコミ叱咤激励は、現在構想中の次回作に活かされると思われます。
……多分。
最後に、
当作品を最後まで読んでいただいた皆様に、多大なる感謝を。