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No.10186の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~  【第一部 完結】 【その他 戦極姫短編集】[月桂](2010/10/31 20:50)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(一)[月桂](2009/07/14 21:27)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(二)[月桂](2009/07/19 23:19)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(三)[月桂](2010/10/21 21:13)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(四)[月桂](2009/07/19 12:10)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(五)[月桂](2009/07/19 23:19)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(六)[月桂](2009/07/20 10:58)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(一)[月桂](2009/07/25 00:53)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(二)[月桂](2009/07/25 00:53)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(三)[月桂](2009/08/07 18:36)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(四)[月桂](2009/08/07 18:30)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(一)[月桂](2009/08/26 01:11)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(二)[月桂](2009/08/26 01:10)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(三)[月桂](2009/08/30 13:48)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(四)[月桂](2010/05/05 19:03)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2009/09/04 01:04)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(一)[月桂](2009/09/07 01:02)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(二)[月桂](2009/09/07 01:01)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(三)[月桂](2009/09/11 01:35)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(四)[月桂](2009/09/11 01:33)
[20] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(一)[月桂](2009/09/13 21:45)
[21] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(二)[月桂](2009/09/15 23:23)
[22] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(三)[月桂](2009/09/19 08:03)
[23] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(四)[月桂](2009/09/20 11:45)
[24] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(五)[月桂](2009/09/21 16:09)
[25] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(六)[月桂](2009/09/21 16:08)
[26] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(一)[月桂](2009/09/22 00:44)
[27] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(二)[月桂](2009/09/22 20:38)
[28] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(三)[月桂](2009/09/23 19:22)
[29] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(四)[月桂](2009/09/24 14:36)
[30] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(一)[月桂](2009/09/25 20:18)
[31] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(二)[月桂](2009/09/26 13:45)
[32] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(三)[月桂](2009/09/26 23:35)
[33] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(四)[月桂](2009/09/30 20:54)
[34] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(五) (残酷表現あり、注意してください) [月桂](2009/09/27 21:13)
[35] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(一)[月桂](2009/09/30 21:30)
[36] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(二)[月桂](2009/10/04 16:59)
[37] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(三)[月桂](2009/10/04 18:31)
[38] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2009/10/05 00:20)
[39] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(四)[月桂](2010/05/05 19:07)
[40] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(五)[月桂](2010/05/05 19:13)
[41] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(六)[月桂](2009/10/11 15:39)
[42] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(七)[月桂](2009/10/12 15:12)
[43] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(八)[月桂](2009/10/15 01:16)
[44] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(一)[月桂](2010/05/05 19:21)
[45] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(二)[月桂](2009/11/30 22:02)
[46] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(三)[月桂](2009/12/01 22:01)
[47] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(四)[月桂](2009/12/12 12:36)
[48] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(五)[月桂](2009/12/06 22:32)
[49] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(六)[月桂](2009/12/13 18:41)
[50] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(七)[月桂](2009/12/19 21:25)
[51] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(八)[月桂](2009/12/27 16:48)
[52] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(九)[月桂](2009/12/30 01:41)
[53] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十)[月桂](2009/12/30 15:57)
[54] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/01/02 23:44)
[55] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十一)[月桂](2010/01/03 14:31)
[56] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十二)[月桂](2010/01/11 14:43)
[57] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十三)[月桂](2010/01/13 22:36)
[58] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十四)[月桂](2010/01/17 21:41)
[59] 聖将記 ~戦極姫~ 筑前(第二部予告)[月桂](2010/05/09 16:53)
[60] 聖将記 ~Fate/stay night~ [月桂](2010/01/19 21:57)
[61] 影将記【戦極姫2発売記念】[月桂](2010/02/25 23:29)
[62] 影将記(二)[月桂](2010/02/27 20:18)
[63] 影将記(三)[月桂](2010/02/27 20:16)
[64] 影将記(四)[月桂](2010/03/03 00:09)
[65] 影将記(五) 【完結】[月桂](2010/05/02 21:11)
[66] 鮭将記[月桂](2010/10/31 20:47)
[67] 鮭将記(二)[月桂](2010/10/26 14:17)
[68] 鮭将記(三)[月桂](2010/10/31 20:43)
[69] 鮭将記(四) [月桂](2011/04/10 23:45)
[70] 鮭将記(五) 4/10投稿分[月桂](2011/04/10 23:40)
[71] 姫将記 & 【お知らせ 2018 6/24】[月桂](2018/06/24 00:17)
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[10186] 影将記(二)
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/02/27 20:18

 獅子城に不穏の動きあり。
 その報告が島津の居城である内城にもたらされた時、ちょうど俺たちは軍議を行っていた。大隈国との国境に出向いていた義久、義弘の二人から、隣国の肝付氏が盛んに兵を集め、薩摩に攻め寄せる気配を示しているという報告がもたらされ、その対策を練っているところだったのである。



 獅子城は薩摩南部に位置する山城で、頴娃(えい)氏という豪族の居城である。頴娃氏は祖先を遡れば島津家に連なる血筋であり、島津の一族と呼んでも差し支えなかったが、実のところ、頴娃氏は隣国の肝付家とも浅からぬ縁を持っていた。むしろ、血の濃さで言えば、こちらとのつながりの方が強いと言えるかもしれない。
 そのため、頴娃氏はこれまでも心底から島津家に従ってきたわけではなく、時に居城の天嶮を頼んで、島津家と矛を交えたこともあった。日新斎様が家督を継がれてからは、おとなしく島津の麾下となっていたのだが、近年、島津家の威勢が衰えるに従って、また反骨の相をあらわにしつつあったのだが――



 九国の南の諸城を記した地図を前に、俺は腕組みしながら考える。
 軍議とはいっても、この場にいるのは俺を除いては二人だけ。
 一人は難しそうな顔で首を傾げている島津家久。
 そして、もう一人は。
「予想どおり、肝付も私たちを潰すのに本腰を入れてきましたね。よほど背後から焚き付けられたと見えます」
 そういって、その少女はかすかに目を細めた。その眼差しには怜悧な輝きが躍り、前後を難敵に挟まれた苦境に臨んで、一かけらの動揺も覚えていないことが瞭然としていた。
 だが、それも道理。前後してもたらされた二つの報告、そのいずれもがこの少女――島津の智嚢たる島津歳久の予測の範囲内であるのだから。



「日向の伊東家が大隈の肝付家をたきつけて、その肝付家が一族筋の獅子城の頴娃(えい)さんをそそのかしたって感じだね。私たちが肝付さんと戦うために大隈との国境に兵を進めたところで、背後を衝くつもりだったのかな」
 家久が右の人差し指を頬にあてながら、敵の動きを推測する。
 それを聞いた歳久はゆっくりと頷き、妹の見解に賛意を示した。
「大方、そんなところでしょう。久ねえと弘ねえが国境に赴いた今、この城も掌の内とでも思ってほくそえんでいるに違いありません」
 浅はかですね、と今回の敵の動きを、歳久は一刀両断してのけた。
 自分の策が図に当たった形なのだが、満足している様子はない。むしろ、この程度の策に謀られるような相手は、自分が智略を競う相手としては役者不足も甚だしいと感じていることが、付き合いの長い俺にははっきりとわかった。


「こちらは、はじめから鵜の目鷹の目で獅子城を見張っているのです。その気配さえ察せないようでは、戦う前から勝敗は見えています」
「んー、それはそうだと思うけど。でも油断は禁物だよ」
 歳久の自信に満ちた言動に、家久が控えめに異見を述べる。
「このままいけば、作戦通り獅子城から敵をおびき出すことは出来ると思うけど、こっちの兵力が少ないのは事実だし。もし、あっちの当主や主要な武将を取り逃がしたら、天嶮に縄張りする獅子城に篭城されちゃう。そうしたら、あの城はそう簡単に陥とせないと思う」
「それは確かにそうです。だからこそ、第一矢で敵の心の臓を射抜かねばなりません。しくじれば、わざわざ弘ねえに頼んで一芝居うってもらった意味がなくなってしまいますから」
「あはは。でも、弘ねえ、伊東さんとこの使者が来た時は本気で怒ってたっぽいよ、作戦とか関係なく」
 その時の姉の鬼武者ぶりを思い起こし、家久はくすくすと邪気のない笑みを浮かべる。
 歳久もまた、はじめてその表情を緩め、小さく肩をすくめた。
「――『しょせんは没落した守護の姫。薩摩一国すら掌握できない貴様らにとって、わしの傍に侍ることが出来るのは無上の幸運であろう』でしたか、あの日向の暴君の口上は。私たちを端女のごとく嬲ろうなどと世迷言を。怒る価値さえない小者とは、ああいう男を指して言うのです」
「そうだねえ。使者の人も、明らかに私たちを見下していたしね。弘ねえが怒ったのも無理ないよ」
「むしろ弘ねえが怒ったことを連中は感謝するべきでしょう。コブや痣をつくっても生きて帰ることが出来たのですから。もし弘ねえがあそこで我慢して、使者があのまま戯言を口にし続けていたら、私がこの手で射殺していたところです」
 完全に本気の表情で断言する歳久。
 もし、あの時の使者がここにいたら震え上がって恐れおののいたに違いない。



 
 まあ、それはともかく、だ。 
「なあ、キクゴロー」
「なに、颯馬?」
「俺がこの軍議にいる意味って何だと思う?」
「颯馬、ボクの頭の中のご先祖様が言っているよ。『人には知らない方が幸せなこともある』って」
「さいですか」
 二人の会話に口を挟むことができない俺は、キクゴローと埒もない囁きを交わして暇を紛らわしていたのだが――
「ばか颯馬、何をこそこそしているのですか。キクゴローも、誇り高き知猫なのですから、ばか颯馬に合わせる必要はありません」
 歳久の鋭い眼差しが俺とキクゴローに注がれ、俺たちは二人して背筋をただす。


 俺を置いて話を進めていたことに思い至った家久が表情を曇らせて口を開く。
「あ、ごめんね、お兄ちゃん。つい話に夢中になっちゃって」
 もう一方の歳久はといえば、そもそもはじめからそれを承知で話を進めていたらしく、微塵も悪びれた様子がない。
「家久、こちらに非がないのに謝る必要などありません。そもそもばか颯馬は、お爺様の名代としてこの席にいるよう申し付けられているのでしょう。意見の一つや二つ、申し述べて当然ではないですか」
「それを言われると一言もないな、歳ちゃん」
「歳ちゃんと呼ばないでください、ばか颯馬ッ」
「ばか颯馬と呼ぶな、と俺も何度も言っているはずだが?」
「事実を指摘しているだけです。それとも、あなたは私を上回る策を練ることができるのですか?」
「それは無理だ」
「……なんでそこで自信満々で即答しますか。まったく」


 はあ、とこれみよがしに深いため息を吐いてみせる歳久。
 俺はなんとか一矢報いようと試みる。
「しかし、俺も事実を指摘しているだけだぞ。歳久は俺より年下だし、昔から歳ちゃんと呼んでただろう。歳久だって小さい頃は俺のことをお兄さ――」
「ばか颯馬、今すぐ黙らないと、口の下にもう一つ穴が開きますよ。それも首の前と後ろの両方に。ああ、でもその方が意見も言いやすくなるかもしれませんね。いつも黙ってばかりのばか颯馬にはちょうど良いかもしれません」
 それはつまり首筋を射抜いてやるということか。はは、まったく歳久も冗談ばかり……冗談……冗談?


「ねえ颯馬。歳久、本気みたいだよ?」
 キクゴローの言葉に、俺はかすかに頬をひきつらせる。だが、かりにも妹同然の女の子に迫力負けするなど男児の沽券に関わるというものではないか!
「……みたいだな。だがこの天城颯馬、いかに稀代の切れ者といえど、年少者の脅しに屈するような腑抜けでは――!」
 腑抜けではない、と断言しようとした俺に――歳久は不意ににこりと笑みを向けた。
 突然の笑みと、そこらこぼれでる無色の気迫に、知らず、俺の身体はがたがたと震えだす。
「……どうしました、ばか颯馬?」
「い、いえ、何でもない……です、はい」
「そうですか。ところで、私は小さい頃、あなたのことを何と呼んでいたんでしたっけ?」
「た、たしか呼び捨てだったような気がするな、うん、『颯馬』って」
「ええ、そのとおり。今後は自分の願望に、私の姿を重ね合わせるのは許しません。いいですね、ばか颯馬」
「……は、はい、かしこまりました」
 思わず、ははー、と平伏しそうになる俺であった。



「……情けないにゃあ」
「ほ、ほら、お兄ちゃん元気だして。私はお兄ちゃんの味方だよッ」
「……ありがと、家ちゃん」
 キクゴローはため息まじりに俺を評し、家久は俺を励ますように声をかけてくれた。
 だが、なおも島津の三姫の舌鋒は止まらない。
「家久、あなたや久ねえがいつもいつも甘やかすから、ばか颯馬がいつまで経っても本気を出さないのではありませんか。昨今の情勢をかんがみるに、九国にも激しい嵐が近づいてきているのは明らか。薩摩だけが安寧を保っていられるはずもありません。今の島津の国力では、大友や伊東、それに近頃勢力を強めている竜造寺などの強国に抗うことは難しい。だからこそ、私たちは先手を打って動くことを決めたのでしょう」
 そう言った後、俺を見る歳久の眼差しは相変わらず厳しいままであった。だが、その中に、厳しさ以外の何かが含まれているように思えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。


「……ばか颯馬。あなたにも言っているのですよ、わかっていますか?」
 その問いに対し、もちろん、と答えることは出来た。
 だが、俺はあえてその言葉を口にせず、ただ頷くだけにとどめた。
 そんな俺を見て、歳久はさらに何か口にしかけたが――束の間、逡巡した後、歳久は口を噤む。 これ以上は何を言っても無駄と考えたのか、あるいはそれ以外の理由があったのか。口を閉ざした歳久の顔には、俺の洞察を許すような隙はなく、結局、俺がその答えを知るのは随分と先の話になるのであった。




◆◆



 数日後。
 内城は常以上の熱気と喊声で満ち満ちていた。
 千を越える島津家の主力部隊が、宿敵たる肝付氏との戦のために集まっているのである。
 大隈守護の肝付家が、三千を越える大軍をもって薩摩領内に乱入する気配を示したのが先日のこと。両国の国境には、すでに島津の当主と、鬼と恐れられる猛将が千の兵を率いて滞陣しており、容易に敵の侵入を許すことはないであろうが、敵は三千、一方の味方は千。兵力上の不利は誰の目にも明らかである。
 それゆえ、留守をあずかる島津歳久は、さらに千の兵を援軍として国境に差し向けることにしたのだ。これは現在の島津家が動員できる兵力のほとんど全てであったのだが、兵の集まりが歳久の予想以上に悪く、結局、当初予定していた兵力が揃った頃には、すでに日は西に没しかけていた。
 このまま出陣すれば、間違いなく夜間の行軍となる。しかし、それを避けるためには夜明けまで待たねばならず、そのせいで援軍が遅れては国境が破られる恐れがあった。それゆえ、歳久はすでに夜間に進軍することをすでに決定していた。
 将兵一人につき一つ、松明を渡して、行軍の助けとなるようにし、敵味方の誤認を避けるために合言葉を徹底するなど、準備にも万全を期す。


 それらの準備が終わると、急速に茜色の空を侵食する夜空の下、歳久は将兵の前に立って高らかに声を発した。
「聞け、島津が精鋭よッ! 此度の敵は隣国、大隈の守護肝付家の軍勢である。その将は武に長じるも謀に弱く、その兵は数こそ多いが錬度において我らと比べるべくもない弱兵である。すなわち、この戦に島津が負ける要素はない」
 先刻までの喧騒が嘘のように、しんと静まり返る城内。その静寂を裂いて、歳久の声は、弱冠の乙女とは思えぬ力強さで朗々と響き渡る。
「されど、油断は大敵であり、慢心は敗北を招く。皆の中には肝付との戦で親兄弟を失った者も少なくないだろう。報復を願う者も少なくないだろう。だが、この戦は恨みを晴らすための戦に非ず。主を守り、友を守り、配下を守る戦である。それはすなわち、この島津という家を守るための戦であるということだ」
 歳久の声を聞くうちに、俺は自身の内より滾々と湧き出でる感情を自覚する。ただただ勇壮なその感情を、人は勇気と呼ぶのかもしれない。
「将の令を守れ。友の声に耳を傾けよ。配下の進言を等閑にしてはならない。それを為してはじめて、我らは一つの軍となるのだ。さあ、刀をとれ、槍を掲げろ! 背に弓を負い、矢を揃えろ! 此度の戦は魁(さきがけ)である。島津が起てば、敵すべからず。その事実を九国全てに知らしめるのだッ!」
 歳久が腰の宝刀を抜き放つ。
 その宝刀は城内の篝火を映して、将兵の目に燦然と煌いて見え、否が応にも将兵の興奮を高めていく。
 そして――


「全軍、出撃ッ!!」


 島津歳久の号令にわずかに遅れ、その場にいた将兵の口から発された力強い喊声は、内城の城壁を確かに揺るがしたのであった。 



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