―――その杯を手にした者は、あらゆる願いを実現させる。
聖杯戦争。
最高位の聖遺物、聖杯を実現させるための大儀式。
選ばれるマスターは七人、与えられるサーヴァントも七クラス。
聖杯は一つきり。
奇跡を欲するのなら、汝。
自らの力を以って、最強を証明せよ。
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淡く、か細い月明かりの下、黒髪が月を映して、鮮麗な光の海を形作る。記憶と寸分違わぬ姿で、その人は口を開いた。
「――問おう、あなたが私の主君(マスター)か?」
「サーヴァント・セイバー、召還に従い参上した。これより我が刀はあなたと共にあり、あなたの運命は私と共にある」
懐かしいその人は、しかし、初めて会う眼差しで、俺のことを見つめるのだった。
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敵うはずのない俺の願いを聞き、神父は笑う――否、哂う。
「かなうはずのない願いをかなえる。それこそが聖杯だ。よろこべ、天城颯馬。君は今、聖杯を手に入れる資格、その七分の一を手に入れたのだから」
黒髪の神父はどこか愉しげに、そしてどこか悲しげに――
「最後のマスターの参戦を確認した。これより監督役として、第五次聖杯戦争の開幕を宣する。気をつけたまえ、天城颯馬。これより君は殺し、殺される側の人間となる。その身はすでに、マスターなのだから」
純白の雪原を血で染め上げる戦いの始まりを口にしたのである。
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「この身に、人であった頃の記憶はもはやないのです。けれど、何故かマスターの顔を見ると胸が温かくなる気がする。マスターが人であった頃の私を知るなど、そんなことはありえないというのに」
「何のために聖杯を求めるか、ですか? それは……聖杯を手に入れたその時に、お話ししましょう。今はただ、我らに仇名す敵を討つのみです」
「ライダー、ランサー、アサシン、キャスター、そして私ことセイバー。すでにキャスターに葬られたアーチャーとバーサーカーを含む七つのクラス、その全てが同時代から召還されるなどありえない。ありえないことが起きたならば、それは奇跡を通り越してもはや必然です。この聖杯戦争は、どこか歪だ」
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「私の愛馬は凶暴です。あなた程度の守りでは、秒の半分も保たぬことでしょう」
「キャスターに注意せよとは、笑止な申しようですね。どれほどの策を講じようと、すべては私の手の中です。彼の魔術師が何をたくらもうと、それが成就することはないでしょう」
「人は城、人は石垣、人は堀。ゆえに、我が宝具もまた人です。戦国を駆け抜けた風林火陰山雷の勇姿を目の当たりに出来る幸運を、感謝しながら散りなさい」
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「なんで、殺そうと思えないんだろう、うー」
「私は、会いたいんです。戦って、戦って、頑張って戦っていれば、きっと出会えると思っていた、その人と。私が主と仰いだ、たった一人の御方と、どうしてもお会いしたいんです。たとえ、この身が英霊に――人でないものになったとしても」
「武芸だけでは救えない。想うだけではかなわない。日の本が滅びたあの戦いで、私はそのことを思い知らされたんです。あの悲しみを覆すために、私は聖杯がほしい。だから、とっても嫌だけど、あなたと戦います。私の望みをかなえるために」
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「隙だらけですね。あなたはすでに戦場のただ中にいるということ、忘れてはいませんか」
「セイバーは気付いていないようですが、私にはわかる。キャスターの罠を見破ったのはあなたですね。人の身でありながら、英霊の策に抗するとは。あなたの智略がそれだけ秀でているということなのか、あるいは――」
「時を越え、理すらもこえて、御身と相対する日が来ようとは。これもまた運命なのでしょうか――主様」
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「弓兵と狂戦士ならばすでに滅びたぞ。この鉄扇で首を掻き切った俺が言うのだから、間違いあるまい」
「過去を知ってどうする、セイバーのマスター。知ったところで、お前には何も出来ん。過去を変えたいのならば。この狂った戦いを終わらせたいのならば。おとなしく聖杯を差し出すがいい――お前の望みは、それでかなう」
「――ぐ、ぬ……まさか、とは思ったが、貴様か。一つの国、一つの民、一つの文化を砕いただけでは、まだ足りぬか。今度は世界でも砕きたくなったか……」
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自身の知らぬ過去を有するかつての仲間たち。
何もかもが不確かなままに、聖杯戦争は激化の一途をたどっていく。
時を越えて対峙する伝説の竜虎。
振りかざされる剛槍と、闇に煌く刃。
姿の見えない魔術師と、その掌で果てていくサーヴァントたち。
混沌と霧迷の闇を切り払い、戦うことを決意する天城。聖杯を得るためではなく、かつては共に戦った友と、今も共に戦う主のために。
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「その、鉄扇は……」
はじめて、セイバーの声が、かすかにひび割れたように思う。
俺との距離、その最後の一歩を詰めたセイバーが、驚愕と納得を織り交ぜた不思議な笑みを浮かべた。
「ずっと不思議でした。私と何の縁もないあなたが、どうして私を召還できたのか」
「やっと、わかった。私という淡く脆い刀を、ずっと守り続けてくれた……颯馬、あなたがわたしの鞘だったのですね」
その言葉に背を押されるように、俺も一歩を踏み出す。かつて埋められなかった最後の距離。
ようやく触れ合うことが出来たおれたちは、ただ互いのぬくもりを感じる。
あまりにも幸せで――あまりにも遅すぎる、一歩だった。
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「私は幻想種の頂きの名を与えられたもの。そして今、傍らには、この身を守る鞘がある。かつて、御身と戦った時とは異なるのです」
「ふふ、ならば試してみるがよいわ。鞘におさめた刀で、一体何が出来るのかを」
「言われずともッ!」
あふれ出すは奔流のごとき魔力。竜の名を冠するセイバーの魔力炉は限界を知らぬかのごとく、果て無き力を生み出し続けていく。地面が撓み、空気が揺らぐ。周囲の光景さえ歪ませる濃密な魔力の放出は――
「毘沙門天の、加護ぞある」
闇を纏った人物に向けて――そして、その先にある聖杯に向けて、一点に収束されていく。
大気が軋み、鳴動する。あたりには、天が落ちてくるかのような圧迫感が満ち満ちて――
それは、セイバーの真名解放と共に、迸る。
「懸かり乱れ竜ッ!!」
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……外史を書いていたはずなのに、なぜかこんなんができました。
酔ってないです、はい。消すのももったいないので、投稿してみる。
懸かり乱れ竜のかっこいいフレーズを募集中です(嘘)
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