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No.10186の一覧
[0] 聖将記 ~戦極姫~  【第一部 完結】 【その他 戦極姫短編集】[月桂](2010/10/31 20:50)
[1] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(一)[月桂](2009/07/14 21:27)
[2] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(二)[月桂](2009/07/19 23:19)
[3] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(三)[月桂](2010/10/21 21:13)
[4] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(四)[月桂](2009/07/19 12:10)
[5] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(五)[月桂](2009/07/19 23:19)
[6] 聖将記 ~戦極姫~ 前夜(六)[月桂](2009/07/20 10:58)
[7] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(一)[月桂](2009/07/25 00:53)
[8] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(二)[月桂](2009/07/25 00:53)
[9] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(三)[月桂](2009/08/07 18:36)
[10] 聖将記 ~戦極姫~ 邂逅(四)[月桂](2009/08/07 18:30)
[11] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(一)[月桂](2009/08/26 01:11)
[12] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(二)[月桂](2009/08/26 01:10)
[13] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(三)[月桂](2009/08/30 13:48)
[14] 聖将記 ~戦極姫~ 宿敵(四)[月桂](2010/05/05 19:03)
[15] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2009/09/04 01:04)
[16] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(一)[月桂](2009/09/07 01:02)
[17] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(二)[月桂](2009/09/07 01:01)
[18] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(三)[月桂](2009/09/11 01:35)
[19] 聖将記 ~戦極姫~ 激突(四)[月桂](2009/09/11 01:33)
[20] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(一)[月桂](2009/09/13 21:45)
[21] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(二)[月桂](2009/09/15 23:23)
[22] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(三)[月桂](2009/09/19 08:03)
[23] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(四)[月桂](2009/09/20 11:45)
[24] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(五)[月桂](2009/09/21 16:09)
[25] 聖将記 ~戦極姫~ 上洛(六)[月桂](2009/09/21 16:08)
[26] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(一)[月桂](2009/09/22 00:44)
[27] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(二)[月桂](2009/09/22 20:38)
[28] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(三)[月桂](2009/09/23 19:22)
[29] 聖将記 ~戦極姫~ 深淵(四)[月桂](2009/09/24 14:36)
[30] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(一)[月桂](2009/09/25 20:18)
[31] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(二)[月桂](2009/09/26 13:45)
[32] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(三)[月桂](2009/09/26 23:35)
[33] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(四)[月桂](2009/09/30 20:54)
[34] 聖将記 ~戦極姫~ 蠢動(五) (残酷表現あり、注意してください) [月桂](2009/09/27 21:13)
[35] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(一)[月桂](2009/09/30 21:30)
[36] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(二)[月桂](2009/10/04 16:59)
[37] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(三)[月桂](2009/10/04 18:31)
[38] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2009/10/05 00:20)
[39] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(四)[月桂](2010/05/05 19:07)
[40] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(五)[月桂](2010/05/05 19:13)
[41] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(六)[月桂](2009/10/11 15:39)
[42] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(七)[月桂](2009/10/12 15:12)
[43] 聖将記 ~戦極姫~ 狂王(八)[月桂](2009/10/15 01:16)
[44] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(一)[月桂](2010/05/05 19:21)
[45] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(二)[月桂](2009/11/30 22:02)
[46] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(三)[月桂](2009/12/01 22:01)
[47] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(四)[月桂](2009/12/12 12:36)
[48] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(五)[月桂](2009/12/06 22:32)
[49] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(六)[月桂](2009/12/13 18:41)
[50] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(七)[月桂](2009/12/19 21:25)
[51] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(八)[月桂](2009/12/27 16:48)
[52] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(九)[月桂](2009/12/30 01:41)
[53] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十)[月桂](2009/12/30 15:57)
[54] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間[月桂](2010/01/02 23:44)
[55] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十一)[月桂](2010/01/03 14:31)
[56] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十二)[月桂](2010/01/11 14:43)
[57] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十三)[月桂](2010/01/13 22:36)
[58] 聖将記 ~戦極姫~ 音連(十四)[月桂](2010/01/17 21:41)
[59] 聖将記 ~戦極姫~ 筑前(第二部予告)[月桂](2010/05/09 16:53)
[60] 聖将記 ~Fate/stay night~ [月桂](2010/01/19 21:57)
[61] 影将記【戦極姫2発売記念】[月桂](2010/02/25 23:29)
[62] 影将記(二)[月桂](2010/02/27 20:18)
[63] 影将記(三)[月桂](2010/02/27 20:16)
[64] 影将記(四)[月桂](2010/03/03 00:09)
[65] 影将記(五) 【完結】[月桂](2010/05/02 21:11)
[66] 鮭将記[月桂](2010/10/31 20:47)
[67] 鮭将記(二)[月桂](2010/10/26 14:17)
[68] 鮭将記(三)[月桂](2010/10/31 20:43)
[69] 鮭将記(四) [月桂](2011/04/10 23:45)
[70] 鮭将記(五) 4/10投稿分[月桂](2011/04/10 23:40)
[71] 姫将記 & 【お知らせ 2018 6/24】[月桂](2018/06/24 00:17)
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[10186] 聖将記 ~戦極姫~ 幕間
Name: 月桂◆3cb2ef7e ID:49f9a049 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/01/02 23:44


 躑躅ヶ崎の乱。
 かつて甲斐を二分したこの戦いは、守護権力の強化をはかる武田信虎と、その謀臣真田幸隆の手になる謀略の仕上げであった。
 幸隆は、衆目に映るように信虎との間に君臣の不和を醸し出し、晴信方に身を投じると、その才略をもって晴信方の国人衆を巧妙に死地に追いやり、信虎の勢力伸張を陰ながら手助けしていく。
 当時、甲斐の国人衆の内には文武に優れた者たちが多くいたが、信虎の猛勇と、真田幸隆の謀略の挟撃を凌ぐことが出来たものはいなかった。結果、信虎は晴信方の重臣を次々と討ち取って勢いを増し、晴信は人的資源に致命傷に近い大打撃を被って敗退を重ねることになる。
 だが、追い詰められた形の晴信方は、それまで反信虎の象徴にとどまっていた武田晴信の直接指揮により信虎の猛攻を防ぎとめ、幸隆の叛心を察知。この謀略を看破し、からくも勝利を得た――


 真田幸村が知った、躑躅ヶ崎の乱の真相――正確に言えば、真相だと言って信虎の口から語られた内容であった。
 そして今、その内容は信虎の娘の口から肯定される。
 語られなかった、ほんのわずかな真実を付け足して。 


◆◆


 その日の朝、真田幸村の顔には、滅多に見ることができない表情がはっきりと浮かんでいた。
 一言でいって、呆気にとられていたのである。
「お、御館様?!」
 ここにいるはずのない人の姿を目の当たりにして。


 武田信虎の奇襲を退けたことで、今川家との戦は佳境を迎えようとしている。
 東部国境でにらみ合いを続けていた春日虎綱の軍と北条綱成の軍は、躑躅ヶ崎館強襲の報を受けた時点で擬態を解き、躑躅ヶ崎館に向かっている。
 この軍は甲府を通って甲斐南部で今川軍と対峙している山県、馬場両将と合流、甲斐に侵攻してきた今川軍とぶつかることになっている。春日らの軍が合流すれば、兵数の上からも今川軍を上回ることになり、撃退することも難しいことではないだろう。
 くわえて、これと時を同じくして、相模からは北条氏康率いる北条軍主力が駿河へと侵攻することになっている。これを知れば、本拠を守るために今川軍は後退せざるを得まい。その退き際を討てば、勝利はより容易になるだろう。今川軍を甲斐国内から追い払った後は、北条軍と歩調をあわせて一気に駿河に侵攻、駿府城を目指すというのが武田、北条両軍の戦略であった。


 ただ、これは今のところあくまで机上の作戦である。分散した兵力を糾合するためには少なからぬ時間を要するし、信虎が駿河に戻れば、なにがしかの手を打ってくるのは間違いない。
 それゆえ、晴信は作戦に齟齬が生じないよう、躑躅ヶ崎館に居残ったはずなのだが。
「何か不測の事態が――」
 と、口にしかけて、幸村は思いとどまった。
 不測の事態が起こったなら、余計に晴信が湯治場に姿を見せるはずがないのである。
 むしろ、逆なのかもしれない、と幸村は考え直す。
 つまり。
「きわめて順調ですよ。そう、少し私が館を抜け出しても問題がないほどには」
 そういって、武田晴信はくすりと微笑んだのである。


 そう言う晴信は供回りの者も片手の指の数ほどしか引き連れていなかった。当然というべきか、先触れの使者もない。
 慌てて饗応の準備を整えようと立ち上がった幸村に、晴信は首を横に振る。
「それは結構です。上杉の者たちに余計な気を遣わせる必要もありません。それに用件はあの者たちではなく、幸村、あなたにあるのです」  
「私に、でございますか?」
 自室に落ち着いた晴信はそう言って、ゆっくりと出された茶をすする。
 一方の幸村は、戸惑いをあらわにして、晴信の顔を見返すばかりであった。
 その幸村に、晴信は穏やかに語りかける。
「かつての乱で、真田家がどのような役割を果たしたのか。今代の真田家当主として、あなたにはそれを知る権利があります。今のあなたならば、話して聞かせても問題はないでしょう。無論、あなたが望まぬのなら、強いてとは申しませんが……どうしますか?」


 晴信の言葉が進むにつれ、幸村の顔からは戸惑いが拭われ、その眼に真摯な光が浮かぶ。
 それを承諾ととった晴信は、ゆっくりと口を開いた。
 



  
「まずはじめに言っておくと、先に我が父が口にした事――幸隆が父に仕えたことも、重用されたことも、謀臣として父の統治に重きをなしたことも、まぎれもない事実です。そして、謀略をもって躑躅ヶ崎の乱を引き起こしたこと、戦の最中に深傷を負ったこと、躑躅ヶ崎館で亡くなったことも。その点で言えば、父の話は付け加える必要のないものでした」
「……はい」
 幸村は小さく、しかし、しっかりと頷いた。
 あの場面で、信虎が安易な偽りを吐く必要はないことは幸村にもわかっていた。それゆえ晴信の言葉も幸村の予測を越えることはなかった。


 だが、晴信の言葉には続きがあった。
「幸村、奇妙に思ったことはありませんか」
「は、奇妙、でございますか。それは何を指して仰っておられるのでしょうか?」
 幸村の問いに、晴信は静かに答えを返す。
「躑躅ヶ崎の乱で、武田は多くの重臣を失いました。板垣信方、飯富虎昌、甘利虎泰、原虎胤、その他数え切れない者が倒れました。その数の多さに、です」
「それは戦ならば有り得ること、と思うのですが」
 幸村は怪訝な顔をする。
 それに対し、晴信はこくりと頷いてみせた。
「そう、戦ならば将兵が倒れるのはむしろ当然です。しかし、今挙げた者たちは、いずれも他家にまで名をとどろかせた猛将であり、智将。信方などは名将と呼ぶべき将器の持ち主でした。そんなつわものたちが、たかだか一つの乱でことごとく討死する。これは奇妙というべきではありませんか?」


 晴信の意図を察し、幸村はやや面差しを下げた。
「それほど、祖父のほどこした策が巧妙であった、ということでしょうか?」
 沈痛な表情を浮かべる幸村に、晴信はあっさりと肯定を返す。
「そう、巧妙でした。あまりにも巧妙すぎて、誰もその真意をうかがえないほどに」
「……真意、でございますか。御館様に味方する者たちを討つため、謀をめぐらす。それは明らかなのでは」
 すでに一度、信虎の口から語られてはいたが、尊敬する祖父や父が、敬愛する晴信に害を為していたという事実に、幸村の声からは自然と力が失われていく。
 堂々と敵対した、というならばまだしも、味方を装って敵に通じるなど、もっとも幸村が忌む所業である。それを真田の先代が行ったという事実は、幸村の肩に重荷となってのしかかる。幸村自身に関わりがないとしても、今代の真田家当主として無関係ではいられないのである。



 ――晴信は、ゆっくりとかぶりを振った。
「父の謀臣として知られていた幸隆が、その父を討つ企てに参加する。幸隆が衆目の前で父に打擲されたことは事実ですが、ただそれだけで他の者たちが疑うことなく同じ陣営に迎え入れるとでも思いますか? むしろそれこそ謀略の証である、と考える者は少なくなかったのですよ」
「し、しかし、実際に祖父が戦の絵図面を引いたと言っておりました。あれは偽りなのですか?」
「いいえ、はじめに言ったとおり、父が言ったことは事実です。実際、あの戦でも、幸隆は事実上の軍師として、我が方の軍勢を縦横に操っていました」
「では、やはり、祖父の目論見は明らかであるように思えるのですが……」
 晴信の言わんとすることについていけず、幸村は声に戸惑いを滲ませる。


「幸隆の建てた策は、いずれも完璧でした。武田の誇る重臣たちが、鵜の目鷹の目で不備を見つけようとしても見つからないほどに。幸隆を疑う者とて、それは認めざるをえない事実だったのですよ。だからこそ、皆、幸隆の策に従って戦ったのです」
 ――そして、多くの者が冥府へと旅立った。完璧だと思われていた策で、どうしてそれだけの犠牲が出たのか。犠牲が出た上で、それでも幸隆の策が受け入れられたのはどうしてか。
 そんな疑問をおぼえた幸村に教え諭すように、晴信はさらに言葉を紡いでいく。
「先の乱は、父を討つか、あるいは捕らえ、私に家督を継がせて、これまで通り国人衆の権益を確保することが、我が方についた者たちの狙いでした。そのための最良の手段は戦場で直接父を討捕することです。ただでさえ、それまでに父が起こした度重なる戦で甲斐は疲弊していましたから、皆、戦が長期に渡ることは避けたかったのです」


 晴信の言葉を聞いた幸村は、胸中でその言葉を噛み砕こうとする。
 総大将を討ち取る。たしかにそれが出来れば、戦はたやすく勝利できるだろう。
 だが、戦場で幾度も敵将を討った幸村なればこそ、それがどれだけ困難なことであるかもまた理解している。
 虎穴に入らずんば虎児を得ずとはいえ、作戦に多少の無理が生じるのは仕方のないことだろう。まして、この例で言えば、虎穴の中に待っているのは虎児などではなく、獰猛な人食い虎なのだからなおさらである。


「深追いし、あるいは逆撃され、多くの者が討たれました。それでも、何故幸隆がかわらず軍略を任されつづけたのか。それは幸隆の策であれば、父を討つことが可能だと、皆がその都度、判断したからです。さきほど完璧といったのはそういう意味でもあります。幸隆が建てた策、そのすべてにおいて、父を討ち取ることが出来る可能性は確かにあったのですよ。策が漏れ、あるいは父に有利なように取り計らっていれば、歴戦の諸将がそれに気付かぬはずもないのです」
「あ、あの、御館様、それはつまり……」
「そうです。幸隆の策は、敵と味方、双方に等分の利があり、等分の危険があった。あの戦で父が討たれていた可能性も、決して低くはなかったのです。ことに信方は、父の首まであとわずかのところまで迫ったと聞きました。幸隆は私の軍師として、最善を尽くしたと言えるでしょう」


 しかし、信虎から見れば逆に映ったことだろう。
 信虎とて幸隆の策の刃が、自身に迫っていたことに気付かなかったわけではあるまいが、それもまた幸隆の策の一環と考えていたと思われる。それだけ、幸隆は信虎の武勇を信頼しているのだ、と。
 晴信はどこか愉快そうに言う。
「我が軍師として最善を尽くすことが、父への忠誠となり、私への忠義ともなる。煮ても焼いても食えないというのは、幸隆のような者たちを指すのでしょう。表裏比興の者、とでも言うべきか」
「は、その、何と申し上げるべきか……申し訳ございません」
 晴信の評価は辛辣ともいうべきものだったが、その表情は楽しげでもあり、幸村はどう受け止め、何と答えるべきかわからず、困惑しきった様子で晴信の前に平伏する。


 幸村は、晴信の言わんとしていることを察した。
 信虎の言葉はいつわりではない。だが、その解釈までが正しいというわけではない。そう言ってくれているのだろう。
 実際に話を聞けば、それが単なる慰めでないことは幸村にも瞭然としている。
 そこまでは理解した幸村だが、では、祖父と父の真意が何処にあったのかという点は、やはり気になった。
 晴信に忠誠を尽くしたのか、それとも信虎の腹心として蠢動していたのか。しかし、その行動からだけでは計ることが出来ず、鬼籍に入った二人に真意を問うことも不可能とあっては答えなど出しようもなかったのである。





 そんな幸村の苦悩を眼前で見つめる晴信は、その内心を察したものの、それ以上、言葉を紡ごうとはしなかった。
 答えを知らないからではない。
 答えを知るからこそであった。


『狂われたのか、父上ッ?!』


 驚愕と焦慮に彩られた、真田昌幸の言葉が、晴信の脳裏によみがえる。
 それは、躑躅ヶ崎の乱の最終章。
 永遠に胸のうちに秘しておかねばならぬ、晴信のみが知る乱の真相であった。




◆◆◆




 躑躅ヶ崎館の各所から響く鬨の声と剣撃の響きも、館の中にあってはまだ遠い。
 しかし、突如門扉が開かれたことで、信虎方は動揺を隠し切れず、逆に晴信方は士気をおおいに高め、喊声をあげて信虎方に斬りかかっていく。
 このまま戦況が推移すれば、遠からず躑躅ヶ崎館は晴信方の手に落ちるだろう。
 だが、この戦いだけでなく、今回の戦全体の趨勢を見れば、まだ両軍は一進一退――否、晴信方の名だたる将帥を討ち取り、連戦連勝している信虎方の勢いが明らかに優っていた。
 たとえ、ここで一度敗北を喫しようと、信虎方がすぐに勢力を盛り返してくることは明らかで、だからこそ、晴信方はこの戦で信虎を討ち取っておかなければならなかった。
 真田昌幸はそう考えていたのである。


 しかし。
 その昌幸の前に立ちはだかるは、昌幸の父幸隆であった。
 すでに信虎は、幸隆によってこの場を離れている。いまだ周囲では戦闘が続いているが、信虎の武勇と躑躅ヶ崎館内外の知識を考えれば、これを捕らえることは至難と言って良い。唯一の機会を潰した父を前に、昌幸は冷静ではいられなかった。
「狂われたか、父上ッ?! この期に及んで信虎殿を逃がすなど!」
「……狂うてはおらぬよ。いや、そのつもりである、と言った方がよいかもしれぬが」
 一方の幸隆は落ち着きを失っていなかった。
 この戦に先立つ戦闘で深傷を負い、顔には血止めの布を巻き、身体の傷が響くのか、その声もわずかにかすれていたが、それでも幸隆が正気を保っていることは、思慮深いその目の輝きを見れば明らかであった。
 昌幸も、そして黙然とこの場に佇む晴信もそう判断せざるをえなかった。


 だからこそ。
 昌幸は理解できなかったのだ。どうして、父が信虎を逃がすような真似をするのか。
「信虎殿を討たずして、この乱は終わりませぬ。父上が旧主を討つことをよしとしかねていたことは承知していましたが、しかし、その葛藤に決着をつけたと申されていたではありませんか。だからこそ、此度の乱、晴信様のもとで戦ってこられたのありましょう?!」
「うむ、葛藤は終いにした」
 凪いだ湖面のごとく、静かな幸隆の声が響く。
「昌幸、わしはひとたび信虎様に真田の家運とわしの命を預けた。信虎様が志を変えられたは事実。だが、だからといって、わしの誓いまでが変わって良い理由にはならぬのだ。君、君たらずとも臣、臣たれ。そのお命を奪うような真似はできぬのじゃよ」


「何を仰っておられるか、わかっておいでかッ! 信虎殿が何をしてこられたか、何をされようとしておられるのか、その全てを、我ら真田は見てきたではありませんか。あまつさえそれに力を貸し、民を傷つけ、兵を酷使し、甲斐に混乱をもたらしてしまった。その罪を贖うために、晴信様に従ったというのにッ」
 昌幸の声は慟哭にも似て、隠し切れない悲哀があふれ出ていた。
「板垣様、飯富様をはじめ、多くの将が我らの策に従って戦い、果てられた。多くの兵が失われた。父上は、皆を欺いておられたのか。私が建てた策にすべて頷いておられたは、今の結果を予期しておられたからか?」
「それは違う、昌幸」
 幸隆ははっきりと首を横に振る。
「そなたが建てた以上の策は、わしにも考え付くことはできなかった。口出しをしなかったのは、する必要がなかったからじゃ。仮にわしがお主にかわって策を建てたとて、今以上に晴信様に利する状況にはならなんだろう」
「ならば、何故、信虎殿を逃がされたッ?! 信虎殿を逃がせば、後日、武田にとって大患となるは必定。是が非でもここで討ち取っておくべきと、あれほど申し上げたはず! 父上もそれに異論は示されなかったはず! 父上は、一体何を考えておられるッ?!!」



 晴信は、ここまで激昂する昌幸を見るのははじめてであった。
 常に冷静にして沈着、若年にしてその才略を重臣たちにも認められ、武田の次代を担う俊英の一人として期待を集める真田昌幸である。
 事実、今回の戦でもその才能を存分に発揮し、信虎との直接戦闘こそ勝利を得ることが出来なかったが、麒麟児の評判を裏切らない活躍を見せてきた。ここまでは。
 だからこそ、今、頬に血涙を流して、父の行動を糾弾する昌幸の姿はあまりに痛々しく、正視に耐えないものと晴信の目には映るのである。



 一方の幸隆は。
「……そうさな。何を、考えているのか。何をしたかったのじゃろうな、わしは」
 信虎を討つわけにはいかぬ。そう言いながら、晴信のために自ら進んで躑躅ヶ崎館に赴き、門扉を開け、しかる後に信虎を逃がした幸隆。
 かつての鋭気と精悍さを失い、言葉すくなに呟くその顔色は、今や死者のそれであり、深く刻まれた皺からは深い憂愁と諦念が滲んでいた。
 その父を見て、昌幸も言葉を失い、時ならぬ沈黙が場に満ちる。
 不意に。
 幸隆の身体が大きく崩れ、膝をつく格好となる。
 咳き込む口を押さえる手からは暗赤色の血がこぼれていた。
 幸隆の傷が開いたことをさとった昌幸が咄嗟に駆け寄ろうとするが、幸隆は片手をあげて、それを制した。


「……晴信、殿」
「言い残すことがあれば聞きましょう」
 幸隆の顔に、死にいく者の翳りを見た晴信は、余計なことは言わず、ただそれだけを口にした。
「……ありがたき幸せ」
 一礼した後、幸隆はゆっくりと口を開いた。
「……信虎様を逃がしたは、わしの独断。昌幸も、無論、他の真田の者も存ぜぬことでござる」
 幸隆の言葉に、晴信は静かに頷く。幸隆は、その言葉が免罪符になることはないと承知していたし、それは晴信も同様であった。だからこそ、晴信は頷く以外に応えようがなかったのであり、幸隆は、晴信が過不足なく自分の言葉を聞いてくれたことを知った。


「……が、あ」
 口からあふれ出る血に、自身の命脈が間もなく絶えることを、幸隆は知った。
 時は少ない。幸隆は、口元を押さえつつ、言葉を続けた。
「……この身は、御身にとって何一つ益することなく。数ならぬ身でこのようなことを申し上げるは不遜なれど……どうか、御身の上に御仏の加護があらんことを。その智仁義勇をもってすれば、武田の家の繁栄は必定、いずれ京洛にまでその名は届き、御身が彼の地を踏む日も参ると存ずる」
 幸隆はそう言って、最後の力を言葉に込めた。


「……彼の地にて、闇は深く澱み、人を引き込みまする……どうか、お忘れ、なきように」


 その言葉の意味が理解できたかと問われれば、晴信はかぶりを振ったであろう。
 だが、ただ覚えておくことなど造作もないことである。
 そして、晴信の返答と、幸隆の身体が地に崩れおちたのはほとんど同時であった。
 昌幸が駆け寄り、幸隆の瞳を覗き込んで、そこにすでに意思の光がないことを確かめる。
 静かに両の眼を閉ざす昌幸。幼い晴信には、その胸中に去来する感情を察する術はない。


 その時、不意に昌幸が動いた。
 瞼を開いたかと思うと、たちまちのうちに晴信との距離を詰め、覆いかぶさるようにのしかかってきたのである。
「なッ?!」
 驚愕の声さえ昌幸の身体に遮られ、晴信は地面に押し倒されてしまう。
 あまりの意外さと、無礼な振る舞いに晴信の目に紫電が走る。
 だが、昌幸を見据えた晴信は、すぐに昌幸が奇行に出た理由を悟った。悟らざるを得なかった。
 晴信の目に映ったのは、誤魔化しようもないほどに深々と昌幸の身体に刺さった矢羽であったからだ。


 舌打ちの音と共に、何者かの気配が消えるのを晴信は感じ取ったが、それに構っている暇はなかった。
 幸隆の傷が致命傷であったことを知る晴信は、すでにその死は覚悟していた。また、幸隆が心に何事か秘めていることも、それとなく察していたため、感情を乱すことなく最後を看取ることが出来た。
 だが、昌幸の死まで予測できたはずがない。この時、晴信ははっきりとうろたえている自分に気付いていた。
 そして、晴信はもう一つの事実に気付く。
 それは、昌幸の顔に笑みが浮かんでいることだった。まるで予期せぬ幸運を得たとでも言うかのようなその笑みに、晴信はますます困惑を深めるのだった。




 今ならば。数年を経て、晴信は思う。
 昌幸の行動に困惑することはなかっただろう、と。
 信虎に謀臣として仕え、事起こると、その信虎を討つために今度は晴信の麾下として采配を揮う。真田家に近しい者たちから見ても、真田の行動は眉をひそめる類のものだ。まして事情を知らぬ者たちからすれば、真田の行動は変節そのものである。
 昌幸が、それを承知していないはずはない。くわえて、結果として昌幸が建てた策で多くの将兵が失われたことも事実である。乱が沈静したとしても、晴信の傍らに侍る昌幸に向けられる視線が険しいものとなることは容易に予測できることであった。


 いや、険しくなるくらいであれば、まだましだろう。
 元々、真田家は信濃の外様である。甲斐の者たちからすれば、自分たちの下にいるべき者が、主君の寵を得て自分たちに指示を下してきたのだから、面白いはずがない。その主君が謀反人として放逐されれば、当然、溜まっていた不満は何らかの形で噴出する。相手は脛に傷を持つ身であり、その手段はいくらでもあるとなれば尚更であった。
 晴信がこれを抑えることは可能だが、そうなれば今度は晴信に対して不満が向けられる。せっかく治まった乱が、また芽吹く可能性さえあるのだ。


 それらの状況を回避する――すなわち主家の安定と、真田家の存立を二つながらに成し遂げる手段はないだろうか。
 一つある――当主と嫡子、双方が討死し、真田家を滅亡の淵に立たせること。
 すなわち真田家を意図的に悲劇の家として、周囲の同情と輿望をかき立てるのである。
 真田家は、家の存続さえ度外視して、主家のために戦った。それは御家大事の戦国の世にあっても、決してめずらしい話ではない。だが、一人は死を賭して敵城の門扉を開き、一人は自らの命に代えて主君の命を助けたとなれば、その忠烈が軽んじられることは決してないに違いない。


 おそらく。
 たとえこの時、命を長らえたとしても、昌幸は遠からず討死していただろう。
 そうして、危機に瀕した真田の家名を晴信が復興せしめることで、武田の家臣は新たな主君が寛厚の君であることを知り、より忠誠を尽くすようになる。
 たとえ自らが討たれようと、残された家や家族は、主君によって守られ、引き立てられる。そのことがはっきりしているのだから、奉公に専心できるのは当然であった。




 正しく、この時の昌幸も同じことを口にした。
 後で確認してわかったことだが、この時の矢には毒が塗られていた。おそらくは想像を絶する苦痛に苛まれながら、それでも昌幸は先刻よりもはるかに落ち着いた様子で、言葉を紡いでいく。
「……真田の家は、反覆常なき詐謀の家……信之と、幸村にそのような汚れた家名を譲るわけには、参りませんでした。父や、私が陥ったような難しい生き方を、娘たちには、してほしくはありませぬ」
 ごぼり、とその口から血を滴らせながら、昌幸は言う。
「……かといって、二人を引き立ててくれとも、申しませぬ。あの二人に、それだけの才があるや否や。親の欲目ほど、あてにならぬものはございませぬし」
 そういって、おそらく昌幸は笑みを浮かべようとしたのだろう。かすかに顔を歪ませた。
 晴信は唇をかみ締めつつ、口から下を血で染めた昌幸の顔を見つめることしか出来ない。致命傷であることは明らかだった。苦痛を終わらせるにしても、その言葉、すべてを聞き終えてからでなければならぬ。


「晴信様……この身を賭して、一つだけ、願いの儀がございます」
「聞き届けましょう」
「ありがたき、幸せ……」
 それは奇しくも、先に幸隆が口にした言葉と同じであった。
 血に染まった唇が、開かれる。
「……どうか。御身が耳にした、我が父の言葉、私の言葉、それを娘たちに伝えないで、いただきたい」
 昌幸の言葉に、喘鳴が混ざり始めた。
 聞き取りにくいはずの言葉を、しかし晴信は一言一句余さず、しっかりと聞き届ける。
「……あれらは、まだ戦場を知りもうさん……なればこそ、新しき真田を、一からつくることが出来ましょう。もし、それが、御身の目にかなうものであれば……その時は、どうか……娘たちを、よろしく、お願いいたします……」



 力なく垂れ落ちる首。崩れ落ちる身体。
 その重みを腕に感じた時、晴信は知る。
 生きていれば、どれだけの偉業を為しえたか。武田晴信の眼力をもってすら測り難い器量を持った武将が、躑躅ヶ崎館のただ中で、今、静かにその生を終えたのだ、と。




◆◆◆




 無論、晴信はそのことを口にはしない。
 今の幸村であれば、受け止めることは出来るとわかってはいたが、それは晴信が口を開いて良い理由にはなりえない。
 幸村が知りたいと欲する答え。かつての真田家の真意。肯定と否定が入り交ざったその事実は、晴信が生涯秘めていかねばならないものであり――そして、晴信は生を終える瞬間まで、その事実を口外することはなかったのである。




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