――意識が揺らいだ刹那、懐かしい光景が目に映る。
血塗れになった子供の自分、ぴくりとも動かなくなった亡骸の妹、自分が殺したのに驚いている憎き仇敵――そして、それを俯瞰している今の自分がいる。
既に何もかも終わった過去の光景だった。
希望という希望が砕かれ、無根拠に信じていた当然の正義が死んだ瞬間。何度も思い返し、何度も絶望した、赤坂悠樹という人間の運命を決定付けた原点。
ただ、今回は面白い事に今の自分がいる。学園都市の能力開発を受け、超能力判定を下された、こんな三文芝居の惨劇など簡単に捩じ曲げる事の出来る今の自分が――。
無意識の内に妹を殺した元凶の頭を鷲掴みにし、握撃をひたすら『加速』し続けて、やがてトマトを握り潰すが如く感触を得る。
力無く倒れた体を能力込みの全力で殴り続け、肉片がこの世から残らず消えるまでその作業を繰り返す。
此処で、最初に呆気無く殺し過ぎたと猛烈に後悔する。もっと苦しめて殺すべきだった。実際やる時はその点に留意しよう。
次に目を付けたのは過去の自分であり、その頭に銃を突きつけて無造作に撃つ。
素敵な風穴が両眼の間に出来た過去の自分は壊れた人形のように事切れ、弾切れても構わずに何回も何回も撃つ。
――何でお前が死ななかったのか。
――何でお前が生き延びたのか。
――何で、お前(オレ)は、
八月一日(6)
「あァ? 年増の糞婆が何ほざいてんだ? 消し飛ばされてぇようだなアァ……!」
紫色のスマートな駆動鎧に乗った女に殺意を抱きながら、麦野沈利はいつでも駆動鎧の部隊を葬る用意をしていた。
彼女の超能力『原子崩し』は専らこういう大々的な殲滅戦にこそ真価を発揮するものであり、恐らくは超能力者の中でも最も効率良く撃破出来るだろう。
「ちょっと待ってよ麦野! 結局対象(ターゲット)は完全に沈黙してるからお仕事終了、って訳には?」
だが、幾ら仕事がかち合ったとは言え、同業者――学園都市直属の暗部と事を構えるのは非常にまずい。
フレンダは笑顔一杯で麦野沈利を宥めようとし、即座にその禍々しい眼力に怯んで失敗する。
(うぅー! どうして最近こんな役回りって訳ぇ!?)
どういう訳か、あの第八位が自分達の下に現れてからロクな事にならない。
とにかく、その元凶が気絶しているのだから穏便に済ませたい。そういう大人な話し合いを期待して紫色の駆動鎧の女に笑顔を送ったが――フレンダの涙ぐましい努力は無駄に終わった。
『良いね、良いねぇ。超能力者二人に能力体結晶の適合者! 今日は実験動物(モルモット)が豊富に揃っていやがる!』
うわぁ、狂科学者(マッドサイエンティスト)かよとフレンダはげんなりする。
というか、麦野沈利が超能力者だと解っていて手出ししようとする精神が理解出来ない。
自分がどうこう手出しするまでもなく、沈利に一方的に殲滅されて終わりだなと、フレンダは内心黙祷する。正当防衛なら上からも文句は言われまい。
「もうボケが頭に来てんのかねぇ、この年増は。絹旗、先に片付けるわよ」
「……仕方ないですね、超不本意ですけ――!?」
何か小さい音が聞こえる、フレンダにはその程度の違和感に過ぎなかったが、麦野沈利を初め、絹旗最愛、滝壺理后までもが苦悶しながら膝を折ってしまう。
一体何が――状況に追いつけず、混乱している中、紫色の駆動鎧の女は舐めた挙動で正面から間合いを詰め、立てないほど苦しむ絹旗最愛と麦野沈利を槍型の兵器で纏めて薙ぎ払った。
「え、嘘!?」
フレンダが驚くのも無理は無い。あんな殺して下さいと言わんばかりの大振りの一撃に対し、あの麦野沈利が何一つ反撃出来ず、絹旗最愛は大能力(レベル4)に分類される『窒素装甲(オフェンスアーマー)』の自動防御能力が正常に作動してないのか、強打された痛みで立てずにいる。
『オラァ、どうした! さっきまでの威勢は何処に行ったんだァ?』
「ッッ、畜生っ、何だこの音は……!?」
眉間を酷く歪ませた麦野沈利は、歯を食い縛りながら立ち上がる。
滝壺理后に至っては能力を使い過ぎた時の如く、見ている此方が危機感を抱くほどの脂汗を滲み出していた。
まずい。自分は無事だが、『アイテム』の主力戦力が何らかの方法で無力化されている。
無能力者の自分が無事な事から、高位能力者のみを対象とした妨害音波が何処かで流れているとフレンダは推測する。
(多分、アイツ等が乗っていた車から。注意が逸れている内に爆破出来れば――)
『あぁ? 一片の存在価値も無い屑の無能力者が紛れ込んでいたのか。そんな塵屑のようなカスでも放っておいたら後々面倒よねぇ?』
駆動鎧の部隊の銃身が一斉にフレンダに向けられる。
何処をどう見ても大口径のグレネードランチャーであり、あんなのにしこたま撃たれては自慢の脚線美は愚か骨一つ残るまい。
基本的に、フレンダの戦術はトラップと爆発物――つまりは、待って嵌める、これに尽きる。麦野沈利のように打って出るような戦闘要員では無いのだ。
(ままま、まずい! ど、どうしよう! 麦野も絹旗も動けないし、私一人じゃどうにも……!? 白旗振って降参しちゃう? でも後で麦野に殺される……! かと言って正面突破して音源の爆破なんてムリムリ! 撃たれて死んじゃう……あれ、完全に詰んだ?)
一瞬、頭が真っ白になる。何か、何か活路は無いか、フレンダは必死に周囲を見回し――未だに倒れ伏す第八位に目が止まった。
「ま、待って! 私なんかより、そっちの第八位を放置しておいて良いのかな? もしかしたら気絶した振りして横合いから叩きつける最高のタイミングを見計らっているかもよ?」
完全なハッタリである。だが、それでも疑心暗鬼に陥ってくれれば活路は開ける。
背中にリモコン式の爆弾を用意しながら、フレンダは今か今かと機会を窺う。麦野沈利さえ復活すればこんな奴等など簡単に片付けられるのだ。頑張れ私、とテンパりながら自分に激励する。
『ふーん、面白い事を言うのねぇ。それじゃまず、テメェの顔を綺麗に吹き飛ばしてからコイツの四肢を取り外そうかァ! 脳髄さえ無事なら問題無いしなァ!』
だが、下された号令は無情にもフレンダの射殺であり、「ひっ」と怯えながら思わず目を瞑る。
だが、何時までも銃声が鳴らなかった事に疑問を覚えたのはフレンダも紫色の駆動鎧の女も一緒だった。
「――全く、モテる男は辛いねぇ。その無能力者の言う通りだったのは少々癪だが」
大きな欠伸をしながら、赤坂悠樹は自然に起きるように立ち上がり、窮屈そうに背伸びする。
走行中の車から転がり落ちた影響など欠片も見当たらなかった。
『テメェら、何チンタラしてやがる!?』
リーダー機を除く他の駆動鎧はその場からぴくりとも動けず、通信機能さえ外的要因で『停止』していた。
これだけ時間があれば駆動鎧の関節部を遠隔操作で『停止』させる事など第八位の『時間暴走(オーバークロック)』には容易い。
ただ、リーダー格の女に関してはAIM拡散力場が何処か壊れており、強能力者以上と同じように遠隔からは干渉出来なかった。
『何故だ、何故テメェは『キャパシティダウン』の影響を受けない!?』
「え? まさか其処から説明しなきゃいけないの? 面倒だから嫌だよ、自分で勝手に解釈してくれたまえ」
赤坂悠樹は事前に『キャパシティダウン』についての知識があり、当然の事ながら既に対策済みだった。
木原数多の時はそもそも最初から使わせず、そして使用されてしまった今回は特定の音波を『停止』させる事で完全にシャットアウトしている。
「それにしても準備の良い奴等だな。わざわざ自分から鉄の棺桶に入っているなんてさ――殺して下さいって言わんばかりだろ?」
今回の駆動鎧に乗った哀れな連中は心臓を掌握するまでも無い。
彼等は今動かない駆動鎧を必死に動かそうと『停止』した関節部に負担を掛け続けている。それがどんなに危険な事か、彼等は気づく事無く――赤坂悠樹が笑いながら指鳴らす。
駆動鎧を纏っていた彼等の腕や足の関節は360度、在り得ない方向など無いと言った具合に捻れ曲がり、紫色の駆動鎧の女を残して全員一斉に倒れ崩れた。
「きゃははっ! 何それ、最高に愉快な死に方だなぁ! ちなみにこの場合はショック死になるんかねぇ? もしくは千切れた関節部からの出血死?」
通信機能が復帰し、細切れた断末魔が立て続けに鳴り響く。
紫色の駆動鎧に乗った女は即座に通信を切り、歯軋り上げながら悪魔じみた嘲笑を浮かべる第八位を睨んだ。
「さぁて、茶番は終わりだ。先程の礼を兆倍にして返してやるよ。劣化超電磁砲という何とも滑稽で無様な一発芸を見せて貰ったしな」
『――劣化だって? 舐めんなよ第八位(モルモット)。私は第三位の『超電磁砲』を解析・再現し、オリジナルを超える性能のレールガンを作り上げた! この偉大さが解らないっていうならもう一度味合わせてやんよォ……! 超能力者の中でも序列が低いテメェらが生き残れるとは到底思えねぇがなアァ!』
槍状の兵器が四方八方に開き、布を剥ぎ取った傘の内側が如く展開する。
夥しい電気が歪な銃身に迸る。御坂美琴の『超電磁砲』を再現したと豪語するだけはあり、その規模は確かにいつぞやに見た光景だった。
「御宅の解析した『超電磁砲』は玩具のコイン如きで撃たれた超手加減バージョンですかぁ? その程度の豆鉄砲を再現して有頂天とは、マジ片腹痛い。何この道化っぷり、オレを笑い殺すつもりですかぁ!?」
極限まで馬鹿にしながら赤坂悠樹は回転式拳銃を取り出し、片手で持って正面に構える。
「つーかさぁ、参考にするのが御坂の『超電磁砲』っていう時点でもう間違って無い? 垣根の『未元物質』を参考にした方が兵器として遥かに良いもん作れると思うんだけど? まぁテメェ程度の科学者じゃ触れられない領域っぽいし、そもそも頭の出来が余りにもお粗末だから理解すら出来ないだろうがねぇ」
『最高に愉快な遺言を、あ・り・が・と・う。超能力者(レベル5)のテメェの死体は徹底的に解剖し尽くして絶対能力(レベル6)への礎にしてやるよォ……!』
「本流である一方通行の絶対能力進化(レベル6シフト)から脱落した分際で良く大法螺吐く気になれるねぇ。いい加減現実を見つめ直した方が良いんじゃないか? ま、此処でテメェが死ぬのは確定事項だからその必要は無いが」
『――減らず口を。この実験動物(モルモット)風情が、単なるサンプル如きがぁ! この私に逆らってんじゃネェエエエエエエエエエエエェ――!』
チャージを完了し、科学の力によって再現されたレールガンはその最大出力で発射され――この刹那に、赤坂悠樹の擬似超電磁砲がその胸に突き刺さり、途方も無い威力を駆動鎧で受けた彼女は色々飛び散りながら遥か彼方に消え失せる。
それに対して、レールガンの弾丸は幾重に敷かれた『停滞』によって干渉され、赤坂悠樹に近寄る毎に減速していく。
最終的には見てから躱せる程度まで弾速が落ち、ひらりと避けた赤坂悠樹の付近を通り過ぎると同時に元の最高速に戻って、車すら吹き飛ばせるぐらいの衝撃波を撒き散らした。
――余りにも無情で無惨な結果だった。この現実こそが当然と言うが如く、赤坂悠樹は高々と哄笑した。
「実験動物(モルモット)風情に返り討ちにされる研究者を何と言うか知っているか?」
笑い過ぎて痛む腹を押さえながら、悠樹は涙目混じりで断言する。
「総じて『間抜け』って言うんだよ」