「……ふぅ、何とか持ち直したか」
「ちょっと、立ち上がって大丈夫なの?」
自身の能力によって生じた負荷を完全に処理し終え、赤坂悠樹は覚束無い足で立ち上がる。
疲労感が酷すぎてさっさと気を失いたい処だが、まだやる事が一つ残っている。
「そういえばあの超能力者はどうしたの? 倒したんでしょ?」
「ああ、多分生きていると思うから、ちょっくら探しに行ってくる。それまで木山春生を宜しく、あと警備員が来たら知らせてくれ」
矢継ぎ早に告げ、悠樹はふらふらしながら早足に立ち去る。
一般人である御坂美琴が一緒にいては、不都合だからだ。
七月二十日(8)
「……良く生きているよな。流石は第二位か」
赤坂悠樹は瓦礫の下に半ば埋れている垣根帝督を静かに見下ろす。
帝督は赤い極光の砲撃を寸前で避けたが、翼を掠った余波だけでこうなっている。
AIM拡散力場を掌握した力と、超能力単体で此処まで差が開くとは悠樹も思っていなかった。
「……っ」
仰向けに倒れている垣根帝督が弱々しく眼を開く。
この様子では、指一本動かすどころか、能力を使用する事も出来ないだろう。
「……殺さねぇのか?」
「オレは一流の悪党だからな、勿論殺さんよ」
「……どういう意味だよ?」
帝督は不思議そうに聞き返す。
殺す奴の世界は一方的に縮まるのみで、赤坂悠樹の目的を達成させるには世界を広げる必要がある。
マイナスを無理矢理でもプラスに変えていかなければ、到底届かないのだ。
「此処で学園都市に超能力者の死体一つ提供しても、オレが得する事は何も無いって事だ。それならお互いハッピーになる道を選ぼうぜ?」
「良く言う、この悪党が……」
帝督が悪態を付く中、悠樹は勝者の笑みを浮かべる。
この勝者と敗者が完全に決した現状で、対等という前提は在り得ない。
「此方から提示する条件は二つ。一つはオレが死ぬか諦めるか勝つまで『一方通行(アクセラレータ)』との交戦を禁ずる事」
「……今のテメェなら楽勝だろうよ」
「それはオレを過大評価しすぎで、一方通行を過小評価しすぎだ」
今の疲労困憊した思考では考慮したくないほど、一方通行とは厳しい戦闘を強いられるだろうと悠樹は考える。
「もう一つはオレが一方通行に勝った時限定で良い。一回だけオレに協力する事。それぐらい容易いだろ?」
「断る、と言いたい処だがな。……一つ条件を付け加えさせろ。もう一度戦って勝ったら、だ。次は絶対殺してやる」
もし再戦したならば、その時は間違い無く垣根帝督に軍配が上がるだろう。
能力の詳細をほぼ完全に知られたのは手痛い失態であるし、AIM拡散力場の掌握戦も何方に転ぶか解るまい。
ぶっちゃけ、AIM拡散力場を停止させ、あの未知の力を阻害した時、垣根帝督の元からの能力を即座に使われていたら殺されていた。
停止する事が出来たのはAIM拡散力場であって、垣根帝督が操る正体不明の素粒子『未元物質(ダークマター)』では無かったのだから。
「オッケイ、交渉成立だな。いやはや、其方にとっても悪い話じゃないと思うよ、垣根」
それでも構わない、と悠樹は笑う。
垣根帝督が今以上の壁として立ち塞がるなら、また乗り越えてやればいい。自分の能力を知った者がどんな対策を練ってくるのか、今までに無い経験になるだろう。
「お前の願いは学園都市の内に向いていて、オレの願いは学園都市の外に向けられている。互いの領分を尊重する限りは上手く付き合えると思うがね」
「……首洗って待ってろ、赤坂」
もう喋る事は無いと、帝督は不機嫌そうに目を瞑る。
元々馴れ合いをする関係でもあるまい。悠樹は背を向けて立ち去る。
「ああ。じゃあな、垣根。――次に遭うまでには這い上がって来いよ」
――そんな、悪党に似合わない余計な一言を残して。
「……ハッ。テメェこそ、一方通行如きに殺されんなよ」
――テメェを殺すのはこの俺だと、今度こそ自身が誇れる『悪』を見せつけてやると誓い、垣根帝督は静かに意識を失った。
「ま、まさか一日足らずで『幻想御手』事件を終わらせてしまうとは……!」
「今日だけで色々ありすぎて疲れちゃったわ」
とある病院にある白井黒子の病室にて、ボロボロの制服に包帯塗れの御坂美琴と初春飾利、ついでに付いて来た佐天涙子が事件の事の顛末を黒子に伝える。
赤坂悠樹が画策した風紀委員の総動員から始まり、佐天涙子のちょっとしたきっかけから『幻想御手』の開発者が木山春生だと判明する。
これにより簡単に事件が終わったかと思いきや、木山春生が『幻想御手』を大々的に流して(この方法については未だに捜査中であるが)事態が一転する。
警備員も風紀委員も混乱状態に陥り、通信すら難しい中、赤坂悠樹は『幻想御手』を使用するという危険を犯して木山春生の居場所を逆探知して向かうが、其処に立ち塞がったのは第二位の垣根帝督だった。
その後は「此処はオレが足止めする、御坂は先に行け!」という死亡フラグを赤坂悠樹が華麗に立て、美琴が映画さながらのカーチェイスをやったり、能力開発を受けていない木山春生が多重能力で暴れ回ったり、何か訳解んない怪獣が出現したりと信じられない事が続出したらしい。
黒子は親愛するお姉様の発言なれども、半分も信じられなかった。
「それで赤坂さんは……?」
「ああ、アイツなら能力使いすぎて疲労困憊なだけよ。念の為、私と同じく一日入院するみたいだけど。それに風紀委員を勝手に総動員した件も、全ての風紀委員が自発的に協力したって庇い立てしてね、十日間、風紀委員の活動を自粛するって事で実質お咎めなしよ」
その時の悠樹の不機嫌そうでいて、多分照れ隠しの表情は見物だったと御坂美琴は笑う。
「それにしても赤坂さんって第二位の人倒しちゃったんですよね? って事は順位が逆転したりするんですか?」
「いえいえ、佐天さん。そんな素敵な下克上制度は多分無いですよ」
幾ら学園都市の治安が世紀末寸前でも、超能力者の順位は成績や身体測定の結果だと思われる。
というのも、その明確な規準が余り解ってなかったりするのであくまでも憶測であるが。
「そうよ。第一、私はアイツに負けてないもん」
そんな負けず嫌いな御坂美琴の物言いに、黒子は「お、お姉さま……」と苦笑し、釣られて皆一斉に笑ったのだった。
御坂美琴も赤坂悠樹も、皆無事で良かったと黒子は安堵する。
(――でも、これで赤坂さんは迷わず第一位の『一方通行(アクセラレータ)』に挑戦する……)
御坂美琴を凌駕し、垣根帝督を上回る最強の超能力者(レベル5)に。
果たして無事に済むのだろうか。答えは、見つかるのだろうか――?
一方、赤坂悠樹の病室は通夜の如く沈痛な雰囲気が漂っていた。
悠樹は退屈気にベッドに横たわり、カエル顔の医者は悠樹に一枚の書類を無言で手渡す。悠樹は書類を一通り一瞥した後、くしゃくしゃに丸めてゴミ箱に放り投げた。
「――このまま能力を使い続ければ、君は最短で六年程度しか持たないよ。それでも止めないのかね?」
カエル顔の医者の診断は概ね事実だった。
赤坂悠樹の『時間暴走(オーバークロック)』は通常の物理概念から外れ、科学的に説明出来ない部分もあるが、能力を使う毎に『自分の時間』を消費している可能性があった。
今は目立った老化現象は起こっていない。もしかしたらその予兆が無く、寿命が著しく縮まって突然死するかもしれないし、もしかしたら何も問題無いかもしれない。
それ故に、大体の目安として、この診断は赤坂悠樹の寿命が八十年であると仮定して行われている。
今から能力を一切使わなければ、三十年程度は長生き出来るだろう。だが、それに何の意味があるだろうか?
「自分で選んだ自分の道です。それに幾ら貴方が『冥土帰し(ヘヴンキャンセラー)』と呼ばれていても、自分から死を奪わないで下さい」