「赤坂さん、どうしたんですかね?」
花飾りだらけの頭に疑問符を浮かべながら、初春飾利は首を傾げる。
何かぶつぶつと言いながら、重要な何かに気づいた素振りを見せたが、理由云々は本人が帰って来るまで判明する事は無いだろう。
重要なのは、能力の強度を上げるという効果を持つとされた『幻想御手』がリンクしている事実――否、使用者を何らかの手段で繋げる事が『幻想御手』の本当の効果だったのかもしれない。
(能力者の強度の向上が副産物ってのは、結構良い線いっていたのかな? じゃあ、アレと何の関係が――?)
「あの、赤坂さんが最後に言っていた『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』って、学園都市最高のスーパーコンピューターですよね?」
美琴が内心疑問に思った時、佐天涙子が話題の中に丁度出した。
「ええ、学園都市で一番の、だから世界最高の超高度並列演算器(アブソリュートシュミレーター)よ。今後二十五年は誰にも追い抜けないと言われた代物ね」
彼女達の背後から現れた固法美偉は親切丁寧に解説する。
学園都市が打ち上げた人工衛星『おりひめⅠ号』に搭載された『樹形図の設計者』は学園都市の科学の粋を結集させたスーパーコンピューターであり、正しいデータさえ入力すれば完全な未来予測まで可能とも言われる。
事実、『樹形図の設計者』によって行われる天気予報に一分の狂いも無く、確定事項として扱われている。
(――『幻想御手』は『樹形図の設計者』の代用品だった? 確かに脳波を一定に保てるなら、その人達と脳を繋ぐネットワークのようなものを構築出来るかもしれない)
だが、そんな事をすれば人体の活動に大きな影響が出る。――それこそ、急に倒れ、昏睡状態になるのだろう。
(……うーん、一つ判明しただけで随分と前進したけど、開発者までは届かないなぁ)
何しろ『樹形図の設計者』の代用品を必要とした開発者の意図が掴めない。
美琴の思考はまたもや袋小路に陥り、ちぐはぐとなる。こうなれば、何か気づいた悠樹に期待するしかない。
それから数分足らずで帰って来た赤坂悠樹は見るからに不機嫌そうに眉を顰めながら、ぶっきら坊に言った。
「――開発者の目星が付いた。物的証拠は無いが、ほぼ確定だ」
期待以上の爆弾発言に、「えぇ!?」という驚愕の叫びが複数重なる。
「即座に確保するか、証拠の方を固めるか、悩むな」
「流石に証拠無しでの確保は問題あるわ。……いつぞやの時のように現行犯逮捕は無理ですし」
固法美偉は苦笑しながら釘を刺す。今回は『幻想御手』の現物を暴力と共に突き付ける訳にはいかないだろう。
美偉の言葉を悠樹は軽く流したが、実際は迷っていた。――己の勘に従うのならば、真っ先に身柄を確保すべきだ。不用意に時間を与えるべきでないと警鐘を鳴らしている。
万が一、億に一つも無いと思うが、もしも冤罪だったなら「ごめんなさい、間違ってました」と笑って済む問題だ。其処の意識については、他の風紀委員と隔絶している。
だが、証拠を固める方にも利点がある。いざという時の保険も作れるし、証拠さえ揃えて突き付ければ多忙の警備員とて動かざるを得ない。一番面倒な工程を押し付けられる事は魅力的である。
「御坂美琴、一緒に来てくれ。此処は固法美偉、貴方にお願いする。それと初春飾利は木山春生の経歴について徹底的に洗ってくれ」
悠樹が容疑者筆頭の名を出した途端、御坂美琴の顔色が一変する。
「ちょっと待ってよ。何で其処で木山先生の名前が出るのよ!」
「……個人的に何かあったのか? まぁいい。現時点で話すのは無意味だ。今の段階では何を言っても仮定に過ぎないからな」
悠樹は酷く気怠げに、さも面倒そうに、今までと違って気乗りしない顔で言う。
先程まで意欲的で積極的だっただけに、何故此処まで悠樹の様子が急変したのか、美琴は首を傾げた。
普通、追い続けていた犯人が判明したなら、歓喜の一つや二つあるだろうに。それは真逆の反応を示す当たり、何かあったのだろうか?
「……で、何処に行くの?」
七月二十日(2)
「……全く、君は僕の事を青いネコ型ロボットと勘違いしてるんじゃないかい?」
「違うのですか? てっきりそういう類のものを目指しているのだと思っていましたが」
カエル顔の医者は呆れながら、露骨に惚ける赤坂悠樹の要請を淡々と受け入れる。
(リアルゲコ太……!? いやいや、今はそれどころじゃなくてっ!)
パソコンの画面に釘付けの二人の後ろから、御坂美琴はカエル顔の医者を写メで撮りたいとうずうずしているのは別の話である。
「……『幻想御手』の患者の脳波に共通するパターンを探るのはとりあえず置いといて、何でアンタ自身の脳波を率先して調べるのよ?」
「ちょっとした保険さ。使わないに越した事は無いがな」
振り向く事無く、悠樹は淡々と画面に集中する。
まるで一目で暗記せんが如く一心不乱の集中心だっただけに、美琴は色々と言いたい事があったが口を塞ぐ。
この病院に来るまでの道中でも、悠樹から殆ど説明がされていないので一人置いてきぼり状態だった。
「こういう人の特定は君達『風紀委員』の仕事だと思うのだがね?」
「昏睡状態に陥った患者の治療は医者の仕事だと思いますが?」
「やれやれ。相変わらず医者使いの荒い患者だね、君は?」
傲慢不遜が板に付いたコイツでも普通に目上の者に敬語を使う事あるんだね、と不思議そうに眺めていた美琴だが、カエル顔の医者の発言に少し引っ掛かりを覚える。
「患者?」
「良く世話になるからな。この腕とか」
悠樹はギプスで固められた左腕を少し動かし、美琴に見せつける。
(良く世話になるって事は、結構な頻度で怪我している? コイツがそんなにヘマ踏むかな?)
仮にも風紀委員、そういう危険な事態に巻き込まれる機会は一般生徒より多いだろうが、自分と同じ超能力者が他の格下相手に遅れを取る筈が無い。
持病か何かで病院に通う機会が多いのでは、と思い浮かび、美琴は即座に否定する。コイツのキャラはそんな病人属性とはかけ離れていると内心苦笑した。
解析が進み、余り時間を掛けずに植物患者に共通する脳波のパターンを持つ人物が特定された。
「やはり、木山春生か」
赤坂悠樹は少し残念そうに呟いた。
御坂美琴も動かぬ証拠を見せつけられ、何も言えなくなる。過去に木山春生と会った機会は二度あったが、すぐに服を脱ぎ出す変わった人間なれども、こんな事件を起こすような悪人には見えなかった。
何はともあれ、必要な証拠は出揃った。学園都市全土を巻き込んだ事件は大詰めを迎える――。
「後は警備員にこの動かぬ証拠を突き付ければ勝手に捕まえてくれるだろう。先にお疲れ様だ、御坂美琴」
病院の外で拾ったタクシーの中で、赤坂悠樹は脱力しながら労う。
後は支部に戻って、資料を纏めてから警備員に連絡するだけで終わるので「オレや君の力が必要な事態にならなくて良かった良かった」と楽観視している。
「……ねぇ、それなんだけど私達の手で捕まえないの? 今回の御手柄は風紀委員なのに――」
「確かに全ての風紀委員の尽力が無ければ今の結果に辿り着かなかったが、誰が解決したかなんて些細な問題だ。成果で労ってやれないのは少し残念だがな」
その悠樹の言葉に、御坂美琴は隣の彼に聞こえない程度の小さな声で「あの馬鹿と同じ事を言うのね」と気まずそうに呟く。
十八日、セブンスミストで無差別テロを行おうとした暴走能力者を御坂美琴が止めた事になっているが、実際は違う。
あの時、美琴は寸前の処でしくじり、間に合わなかった。其処に居合わせたあらゆる能力を無効化する自称無能力者の学生がいなければ、大惨事になっていただろう。
その彼と同じような事を言われては、返す言葉も無い。
「本音を言うと、余り出しゃばり過ぎると後々が大変なんだよ。独断専行で良い結果を生んだという不用意な前例を残せば、今後の事件で警備員との連携が難しくなるし、相手側からしても良い感情を抱かれないだろ? 何でも匙加減が大切なのさ。持ちつ持たれつつが理想的だから、華ぐらい持たせてやるさ」
そして悠樹は邪な笑顔で「それにオレの責任問題も有耶無耶に出来るしな」と最後に締め括る。
そうやって言わなければ良いのに言って、先んじて悪役を気取る処が彼らしいと美琴はため息混じりで笑う。
短い付き合いだが、上手く立ち回れるのに敢えて損を買う当たり、コイツも複雑怪奇な性格してるなぁと美琴は思う。
(おっと、今の時刻は五時過ぎか。これなら今日は門限守れそうね)
夏休み初日から疲れる一日だったが、『幻想御手』事件を一日足らずで解決出来たのだ。素晴らしいぐらい上出来だろう。
この間々何事も無く終わると確信した刹那、それを嘲笑うかのように悠樹の携帯から着信音が鳴り響いた。第一七七支部に残した初春飾利からだった。
悠樹は眉を顰めながら、専用のイヤホンを取り付けて美琴に投げ渡す。二人とも、同様に嫌な予感がした。
「もしもし、何かあったか?」
『赤坂さん大変です! 『幻想御手』で昏倒したと思われる生徒が続出しています! 何でも道端で突然倒れた事例が学園都市全土で相次いで報告されてます! 解っているだけでも三十、いえ、五十――ああもう数え切れないです!』
「何だと? ――クソ、完全にしてやられたっ! やはり先に確保するべきだったか……!」
「何? 一体どうなって――あ」
言いかけて、美琴は気づく。悠樹の顔もまた同じように苦渋に満ち溢れていた。
「方法は解らない。だが、結果からの推測になるが、ゼロを名乗る馬鹿どもがしようとした事を実際にされたようだな。一体何処まで被害が及んだか、想像も出来んよ」
忌々しげに顔を歪ませながら「それだけ数が増えれば、幻想御手のネットワークに取り込まれる時間も瞬時か」と悠樹は分析する。
「初春飾利、今すぐ警備員に連絡しろ。何としても木山春生の居場所を突き止めるんだ!」
『既に連絡してますけど回線が混雑して一向に繋がりません! 多分、通報が多すぎて混乱状態になってるのだと思います!』
「――!? なるほど解った。警備員に繋がるまで連絡を続けてくれ、オレ達は木山春生の確保に向かう。何か解り次第連絡を入れろ」
最後に「木山春生の情報はメールで頼む」と早口で付け加え、悠樹は苛立げに通話を切る。
「確保って、居場所すら解らないのにどうやって!?」
馬鹿正直にAIM解析研究所にいるとは思えないし、混乱渦巻く現状では警備員と風紀委員の情報網も崩壊していると見て間違いないだろう。
過剰な戦力はあれども、木山春生の所在を探る方法など無く、打つ手が無い。――少なくとも、我が身を傷付けない方法では。
「……早速、切り札の一つを切る事になるか」
悠樹はポケットから音楽プレイヤーを取り出してイヤホンを右耳に付ける。それに見覚えがあった美琴は瞬時に悠樹の意図を察する。
「――アンタ、正気!?」
「現状で方法を選ぶ余裕など無いさ。オレ自身が『幻想御手』を使用し、繋がったネットワークから木山春生の居場所を逆探知する。……理論的には多分大丈夫だ、その為に自分の脳波のパターンを確認したのだからな」
赤坂悠樹は飄々と「運が悪ければ一瞬でネットワークに取り込まれ、昏睡した奴等と御仲間入りだがな」と付け加える。
「失敗したら即座に昏睡、成功しても自分の脳波の維持に能力を常時使用しなければならない。どちらにしろ戦力外となるな。だが、勘違いするなよ。君を木山の元に行かせる事が出来たら、その時点でオレ達の勝利だ。それに役割分担的には君の方がきついぞ?」
珍しく自分の事を心配する美琴に「最悪の場合でも居場所だけは気合で伝えるさ」と悠樹は笑う。危険性を十二分に理解した上での、覚悟の現れだった。
「もし最悪の事態になっても気にするなよ。オレが勝手に決断して勝手にやるんだ。他人の重荷になるなんざ趣味じゃない」
「あ――!?」
未だに迷っている美琴が制止する間も無く、悠樹は曲を再生させるボタンを押した。
――想像絶する衝撃が赤坂悠樹の脳を突き抜け、その一瞬で意識を失い掛ける。
自分の脳波が強制的に他人の脳波に修正される未知の感覚に侵されながら、悠樹は何かと繋がった感覚を全身全霊で辿る。
自分の脳波への干渉はまだ止めない。繋がりを切ってしまえば逆探知は不可能だからだ。意識を塵屑のように刈り取られ、削り取られ、尽くされるより疾く、ネットワークの中心へ感覚を伸ばす、ひたすら手を伸ばす。
万に及ぶ人の意思が混在する果てに、悠樹は中心に座する存在の居場所を掴んだ。
「――見ぃ、つけた……!」
即座に自身の脳波を矯正し、平常時に戻す。
息切れで苦しく、激しい動悸が我ながら耳障りだった。額からは玉粒のような汗が幾つも流れ落ちる。精神的にも酷く消耗したが、赤坂悠樹は何とか取り込まれずに済んだ。
「――悠樹、悠樹ッ!」
「……そう耳元で怒鳴るな。後、名前で呼ばれるの初めてな気がする」
「何度呼びかけたと思ってんのよッ、この馬鹿……!」
今の一度だけだろと悠樹が言いかけそうになった処で、車の窓から見える周囲の景色がかなり変わっている事に気づく。
主観時間では一瞬にも満たないものだったが、結構な時間が経過していたらしい。心配しながら怒る美琴の顔から、ほんの少しだけ申し訳ないと思った。
「良く解らんが話は聞かせて貰った。何処に向かえば良いんだ? 坊主」
「……あー、運転手さん。生命に関わる事態になりますから、下車する事をオススメします。車の代金は後で支払いますので」
「何言ってんだ、車があっても運転者(ドライバー)がいなけりゃ意味が無いだろ。此処で引いたぁ男が廃るってもんだ! 良いから場所を言いな、最速を信条とする俺が最速で送り届けてやるぜ」
妙に個性的な二十代後半のタクシー運転手が自信満々に笑う。
悠樹の能力を活用すれば運転手がいなくても車の一台や二台動かす事に支障は無いが、自身の負担は小さい方が良いかと悠樹は妥協する。
「……、それじゃお願いします」
「おう、任された。――ィィイヤッホォー!」
急激な加速に、二人は大きく仰け反り、美琴は「うわっ!?」と悠樹は「ぐえっ!」と呻いた。
「ハッハァー! 昔の血が騒ぐなぁ!」
信号など無視し、タクシーはあるか無いかの車体の隙間を華麗に潜り抜けながら爆走する。後部座席に座る悠樹と美琴は右に左に揺れ、てんやわんやだった。
ハイテンションで奇声を発するタクシー運転手を見て、悠樹は「早まったかもしれん……」と珍しく後悔するのだった。
「――木山春生、第十三学区立の小学校に教師として赴任するも翌年に辞職、辞める契機になったのは能力開発の実験中に起きた、教え子を原因不明の意識不明に至らしめた事件?」
初春飾利から送信された木山春生の経歴を読み、御坂美琴は思わず唸る。
「それが『AIM拡散力場制御実験』だ。その子達の恢復手段と事故の原因を究明するシュミレーションを行う為に、木山春生は『樹形図の設計者』の使用を二十三回申請し、同じ数だけ却下された」
その原因不明の事件を事細かく説明され、美琴は「何処でそんな事を……」と疑問に思うが、悠樹は「蛇の道は蛇さ」とはぐらかす。
「……何で申請が通らなかったの?」
「その実験が、実は失敗していなかったからさ」
美琴が不思議そうに「はい?」と聞き返す中、悠樹は憂鬱そうに自身の横髪を指先で弄る。
その表情の色は先程から悠樹が漂わせていた不自然な感情と同質のものだった。
「表向きは『AIM拡散力場制御実験』と銘打っているが、裏向きは『暴走能力の法則解析用誘爆実験』だったのさ。能力者のAIM拡散力場を刺激して暴走の条件を探るものであり、被験者が暴走して壊れるのは必然だった訳だ」
美琴は信じられないと言った表情で驚く。悠樹は構わず続けた。
「――『樹形図の設計者』の使用を却下された理由は実に明確だ。事故の原因など解り切っていた結末だし、わざわざ究明して表沙汰にする訳無いだろ?」
当たり前の事だが、『樹形図の設計者』の使用権限は学園都市の上層部が握っている。それだけに暗部に踏み込むような事を許す筈が無い。
「……何よそれ、ふざけてる……!」
「その子供達『置き去り(チャイルドエラー)』が壊れて文句を言う保護者はいないからな。研究者にとっては『学園都市のお荷物が科学の発展に貢献したのだから逆に感謝して欲しい』ぐらいの意識だろうな」
無感情に話す悠樹だが、美琴の眼からも不機嫌さが見え隠れしている。
それを察したのか、悠樹は「オレも『置き去り』だからな」と忌々しげに付け加える。
「でもまぁ、木山春生が他の科学者と同じように非人道的だったなら、この事件は最初から起こらなかった。其処だけは同情しよう」
――本当に面倒な事だと、悠樹は煮え切らない態度で喋る。
「かつての教え子達の為に、立場も何もかも捨てて、学園都市の全てを敵に回してでも恢復手段を求める。そんなの並大抵の奴には出来無いし、やろうともしないさ」
今回の『幻想御手』の事件は、木山春生が善人だったが故に起きた事件だ。――この世の中の仕組みはズル賢い悪党に優しく、馬鹿な善人が損するように出来ている。
その当然の不条理を嘆いた処で何の足しにもならないが、それでも内心愚痴りたくなる。
御坂美琴は個人的な感傷で犯人に肩入れしている悠樹の様子に、強い不満を抱く。
「……何? これだけの人間を巻き込んでおいて、まさかそれを見過ごす気?」
「いや、逆だ。だからこそオレ達の手で確保する。彼女が始末される前にな」
「え? それ、どういう――」
核心部分に差し掛かった時、車は急に停車する。
耳障りな音が鼓膜を突き抜け、慣性に従って二人に重圧が掛かる。
「っ、一体何が……」
美琴が運転席の隙間から正面を覗き込んだ時、十数メートル離れた場所に一人の学生が立っていた。
その金髪の少年は如何にも柄が悪く、まるで悠樹を思わせるような凶悪な顔で笑っていた。
沈み行く夕日の宵闇を背に、死刑を執行する処刑人が如く立ち塞がっていた。
「――よりによって奴か。忌々しいぐらい仕事熱心だなおい」
――暗く、されども何処か愉悦混じりの口調で赤坂悠樹は言い捨てる。
知り合いなのか、などと場違いの言葉は吐けない。一目見た瞬間から、あれは自分とは決定的に違うと美琴の中で警鐘が鳴り響いていた。
「――御坂美琴、木山春生の確保は君に任せる。オレが来るまで風紀委員を名乗ろうが警備員を名乗ろうが、どんな奴にも引き渡すな。今回は何方も動かないからな」
「え? ちょ、どういう事よ……!」
後部座席の扉を開き、悠樹は唯一度も視線を金髪の学生から離す事無く下車する。
一瞬でも離したらその瞬間に死ねる。それは学園都市で三番目に優秀な超能力者がいても同じ話である。
「迂回して目的地を目指せ。あれの足止めはオレがやる」
「ちょっと、一人で勝手に自己完結しないでよ! ただでさえアンタは『幻想御手』のせいで能力が制限されてんだから、邪魔なら私が――」
「――この学園都市には第三位の『超電磁砲』を上回る能力者が二人いる。アイツはその一人だ」
――垣根帝督。第二位の超能力者(レベル5)であり、此処から見る限り、二日前の負傷による影響は皆無だった。
「っ、それなら尚更、そんな腕でどうにかなる相手じゃ……!」
「君の場合、能力の相性的に詰んでいる。オレの場合はこれで二度目だし、この腕の借りを返さないとな」
そう言って、赤坂悠樹が力を篭めた瞬間、左腕のギプスが木っ端微塵に砕ける。
中から現れた悠樹の左腕には傷痕一つ無く、後遺症を全く感じさせない滑らかな動作で、羽織っていた制服のブレザーに腕を通した。
そして悠樹はズボンのポケットから何かを取り出し、後ろの美琴に投げつける。反射的にキャッチしたそれは、風紀委員(ジャッジメント)の腕章だった。
「それは預ける。オレの代行として木山春生を保護してやってくれ。……ああ、後で返せよ。それでも一応大切なものだからな、みさ――『美琴』」
先程の名前だけで呼んだ意趣返しなのか、悠樹はいつも通りのフルネームを言いかけ、わざわざ同じく名前だけで呼んだ。
力量を認めた相手だけフルネームで呼ぶ彼が名前だけで呼ぶ意味は、それ以上の信頼に他ならない。
「――任せなさい。さっさと捕まえて、絶対に助けに行くから」
御坂美琴は受け取った腕章を自身の右腕に付け、強く笑う。
「はっ、オレがアイツを片付ける方が早いさ」
いつもの調子で、悠樹は意地悪く笑う。
負ける気など元より無いし、この展開は自分にとって最高のものだった。何せ片付けなければならない要件のついでに、本命を果たす事が出来る。一石二鳥だったからだ。
ドアが閉められ、タクシーは急速反転し、逸早くこの場から離脱する。
――そして三度、二人の超能力者は対峙する。最初はレストランで、次は既に終わった殺人現場で、最後は大舞台の前座、物語の本流に関係無い脇役二人には不相応なまでの立派な舞台である。
「――別れの挨拶は済ませたか?」
「待ってくれるとは意外と律儀なんだな。それにしても『スクール』が動くとは、上層部の連中も気が早いものだ」
この殺伐とした雰囲気を楽しむように、二人は意味の無い会話を交わす。
「はん、解ってんなら逃がせば良かったのによ。あの常盤台の女、確実に死ぬぜ?」
「余り見縊らないで欲しいな。彼女はオレの代行を務められる唯一の人材だぜ? お前以外のメンバーで止められるものか」
垣根帝督はポケットから両手を出し、赤坂悠樹はブレザーの懐から回転式の銃を取り出す。奇しくも、白井黒子を救出しに来た状況と同じだった。
「なら問題ねぇな。テメェを速攻片付けて、それで王手詰み(チェック)だ」
「残念だが、王手詰み(チェック)を掛けたのはオレの方さ。お前は此処でオレに敗れるのだからな」
以前の焼き直しが如く、赤坂悠樹は自身の能力をフル活用して銃を撃ち、垣根帝督は白の極光を放つ。
二つの軌跡はやはり交差する事無く、ほぼ同時に炸裂する。
――それが今回の、二人の超能力者による、死闘の幕開けだった。