「おはよう、実に爽やかな朝だな御坂美琴」
早朝、柵川中学の一室に存在する第一七七支部の前にて、赤坂悠樹は待ち合わせの時間通り訪れる。
いつもの涼しそうなワイシャツ姿ではなく、今日は長点上機学園指定のブレザーを上から羽織っている。負傷して襷掛けに固定している左腕も無事な右腕も袖を通していない当たり、通常の枠組みに嵌らない彼らしいと言えなくもない。
後ろには同じく長点上機学園出身と思われる風紀委員の少女が重そうな荷物を両手にぶら下げていた。
「アンタのブレザー姿、初めて見たわ」
「……夏だと暑いし重いわの二重苦で着たくないんだよ」
「重い?」
何かおかしな事を聞いたが、美琴はとりあえず保留する事にした。
それよりも、後ろで目が充血し、更には目元に隈が目立つ、丸縁の眼鏡を掛けた女の人の方が気になった。
「えと、其方の人は?」
「……ああ、貴女が御坂美琴さんですねぇ~、噂は兼ね兼ね聞いておりますぅ……。初めまして、私は風紀委員の雨宮園子です~……」
低血圧なのか、雨宮園子と名乗った女生徒は物凄く眠たそうに受け答える。
意識の半分以上が夢の中に逝っている感じで、今にも倒れてしまいそうな危うさが漂っていた。
この人は大丈夫なのか、美琴が心配する最中、悠樹は無視して第一七七支部の扉を開けた。
「さっさと中に入るぞ。最初にして最難関なんだから気張らないとな」
七月二十日(1)
前日、休日の者を含む全ての風紀委員に所属する支部に集まるよう緊急の召集令が下った。
この異例の事態に誰もが首を傾げた。風紀委員を総動員する機会など、学園都市に所属する全学校が合同開催する超大規模な体育祭、大覇星祭を除けば皆無である。
そして彼等を更に困惑の渦に陥れたのが、これを実行した首謀者の名前だった。
「初見となる、赤坂悠樹だ。知っている者もいるかもしれないが、超能力者(レベル5)の末席に名を連ねる者でもある」
ブリーフィングに使う比較的大きな一室にて、赤坂悠樹は神託を語る神父のように威厳を持って、人の意識を惹き付けるように語る。
その名を聞いた途端、第一七七支部に集まった風紀委員はざわめく。風紀委員の中で唯一の超能力者である彼の名は、良い意味でも悪い意味でも有名だった。
「――諸君等も最近多発する『幻想御手』事件については存知だと思う。現物は既に確保し、専門家に解析依頼を出したものの、未だ効果を実証出来ないが故に少数の者しか動かせず、事件に対する対応は不十分極まりない」
普段の彼を知る御坂美琴から見れば、演技100%の芝居掛かったものでしかないが、それを差し引いても今の彼の振る舞いには指導者としての風格があった。
「学園都市の上層部は重い腰を上げようとしない。この傍観がどれだけ被害を拡大させるかは諸君等にも容易に想像出来るだろう。――それを良しとしないのであれば、私に協力して欲しい」
気づけば、会場中の視線が赤坂悠樹に釘付けになっていた。
こういう大衆を魅了して引き寄せる資質をカリスマと呼ぶらしいが、美琴は詐欺紛いの集団商法みたいだと率直に思う。
彼の多重能力の中には精神に作用する催眠系のものでもあるのだろうか、真剣に疑う。
「既に『幻想御手』は第七学区に留まらず、全学区にまで及んでいる。各支部が独立して動いているだけでは対処出来まい。――よって、全学区の支部の指揮系統を一元化し、一丸となって対処に当たるのが最善であると私は提案する」
風紀委員の性質として、共通する学区内での支部の連携はある程度機能しているが、一つ学区を隔てればほぼ完全に断絶していると言って良い状況である。
学園都市に蔓延する『幻想御手』にしても各支部毎に情報の一律化がなされておらず、捜査状況に差が生じている。
その場限りの小さな事件ならばそれでも構わないが、長丁場が予想される大きな事件では致命的と呼べる。
確かに、それが現状で事件の進展を妨げる要因であるのは理解出来る。だが同時に、幾つもの問題を孕んでいる事も――。
「……幾つか質問があります。この提案は貴方一人の独断ですか? 警備員(アンチスキル)への通達は?」
「形式上はそうなる。故に生じた責任の所在は全て私にある。二つ目の質問だが、我々が組織立って行動するのに警備員の許可は必要無い。それに彼等の性質と現在の多忙振りから、協同はほぼ不可能だろうしな」
眼鏡の女子生徒の質問に、悠樹は淀みなく答えるが、周囲の風紀委員の不安は払拭されず、尚も増すばかりである。
そもそも風紀委員は学生で組織されたものである。
子供を危険にさらす訳にはいかない、危険を蹴散らすだけの力を子供に持たせないという二つの理由から、基本的に重要な任務には就かない。
それが教員で構成された警備員(アンチスキル)の言い分であり、風紀委員(ジャッジメント)の限界でもある。
赤坂悠樹の提案は確かに有効だろうが、風紀委員の領分から逸脱する越権行為に過ぎない。
(……う、話の雲行きが怪しく――)
風紀委員をやっている者ならば、誰しも一度はぶつかる壁であり、容易く超えられるものではない。
組織に身を置くからには組織のルールに従わなければならない。それが出来ない者に、街の秩序など守れる筈も無い。
「風紀委員の正義の範囲は校内のみで、校外及び他の学区には適応されない。そう考える者は早々に立ち去ってくれ。邪魔なだけだ」
悠樹は痛烈に言い捨てる。向かいの席には「なんだと!?」と反射的に食いかかる者もおり、何で此処で挑発するような発言をするんだと美琴は慌てに慌てる。
「……されども、私は信じている。諸君等の抱く尊い理念が、そんな二流三流のものでは無いと。そして今一度思い出して欲しい。諸君等が何の為に風紀委員に志願したのかを――」
そう、誰もが一度は望んでいただろう。頭の固い大人達が構築したくだらないルールとは関係無しに、困っている人を助けたいと、危険に晒される誰かを救いたいと、大事な人を守りたいと。
その志があるのだからこそ、彼等は風紀委員を続けている。
結局立ち去る者はおらず、各々が浮かべる決意に満ちた表情に悠樹は満足気に頷いた。
だがその悠樹の表情も、美琴の視点からには「計画通り」というような微笑ましいぐらい悪どい笑顔にしか見えない。
「諸君等の答えは聞かせて貰った。既に大半の支部が賛同し、協同している。言い忘れたが、名誉ある捜査本部はこの第一七七支部だ」
「久しぶりですね。貴方があの第八位とは思っていなかったわ」
「虚空爆破(グラビトン)事件以来だね。固法美偉、だったかな」
「あら、名乗った覚えは無い筈だけど?」
「美人の名前は基本的に覚える事にしている」
ミーティングが終わり、三つの部門に分けられた風紀委員達が慌しく行動する中、赤坂悠樹は先程質問をした眼鏡の女子生徒と和やかに会話している。
似合わない。物凄く似合わない。この場に黒子がいれば同意しただろうが、いないので一人きりである。
唯一同意出来そうな初春飾利も、パソコンの用意などで慌しく働いているだけに、喋り相手がいなかった。
「よぉ、あの時は助かったぜ。……言いそびれていたが、ありがとよ」
「気にするな、出来る事をしたまでだ。今日は宜しく頼む」
隣にいた男子生徒もやや照れた様子で謝礼し、悠樹は自ら右手を差し出し、友好的に握手を交わす。
仮にも超能力者なのだ、優等生の外面を被る事ぐらい容易いだろう。だが、それでも口に出さずにはいられなかった。
「……凄く似合わない」
「自覚しているよ。だから扇動者なんてやりたくなかったんだ」
「リーダーとか指導者じゃないのね、それならアンタらしいわ……」
漸く人だかりから抜け、御坂美琴の下に訪れた悠樹は取り付けた仮面を早速脱ぎ捨てて大きなため息を零す。
限界まで弛緩して「慣れない事はするもんではないな」と愚痴る。いつも通りの彼だった。
「それで、リーダーとしての仕事は良いの?」
「他の支部には優秀な配下を送ったからな、後はふんぞり返る事と全ての責任を取る事ぐらいだ。緊急時は別だがな」
責任を取る、その事に対して御坂美琴は敏感に反応する。
今回の組織的な行動が問題視された場合、赤坂悠樹の独断専行として片付けられ、他の風紀委員は「力尽くで従わせられて仕方無く動いた」と見捨てさせる予定である。
「……大丈夫なの?」
「別に、腕章一つ剥奪されるぐらい痛くも痒くもない。そんな事の為に風紀委員やっている訳じゃないし、いざとなれば踏み倒せば良い」
本人は風紀委員の資格を剥奪される事を何でもないかのように振舞うが、全ての代償を背負い、相応の覚悟を持って挑んでいる。
それだけに、今回の本気具合を見て取れる。
「……そう。それにしてもこんなマニュアルまで一晩で作っちゃうとは」
「ああ、彼女が一晩でやってくれたぜ」
美琴の手に持つしおりは先程の会議で全員に配布されたものである。
100ページに渡って『幻想御手』の事件について記され、基本的な事から学生寮で生徒の安否を確認する際のマニュアル、『幻想御手』の所有者を摘発する際のマニュアル、支部で対応しつつバックアップする際のマニュアルなど、ほぼ完璧に網羅されている。
こんな大層なものを一晩で作ったから、あの長点上機学園の風紀委員、雨宮園子は亡者のような目をしていたのだろう。ちなみに彼女は現在、限界だったのか、仮眠室で睡眠を取っている。
「それにしても凄いな」
「……凄いね、ホント」
二人の超能力者が揃って感嘆する。
その視線の先にあったのは、複数のパソコンの画面に囲まれ、次々に送信される膨大な情報を的確に対処する初春飾利の姿だった。
「こうでもしないと処理が追い付かないのです」
十台近くのパソコンの画面を同時に認識に、初春飾利は余裕をたっぷり感じさせる挙動で動かしていく。
「第一七七支部には『守護神(ゴールキーパー)』と呼ばれる凄腕のハッカーがいると噂されていたが、いやはや中々どうしているものだな。その情報収集と処理能力なら長点上機学園でも通用するだろうよ、初春飾利」
「あ、名前覚えていたんですね。呼ばれたの、初めてな気がします」
初春飾利は嬉しげに微笑むが、美琴はどうにも疑いの目を向けてしまう。
彼が人の名前を普段まともに呼ばないのは意図的では無いだろうか。先程の演説もとい扇動みたいに、飴と鞭を使い分けているような印象を受ける。
「有能な人材は基本的に覚えているさ、後で扱き使う為にな」
「その割には黒子の名前呼ばないわね」
「呼ぶかどうかは俺の勝手だ」
ジト目になって美琴に、悠樹は不敵な笑顔で返す。
その例外がわざと名前を間違えている白井黒子のみだが、案外彼女の事を特別に気に入っているのかもしれない。
「それで、私は何をすれば良いの? ふふんっ、何でもこなしてみせるわ。矢でも鉄砲でも持って来なさいっ!」
「基本的に待機で」
「ちょ、何でよ!?」
いきなり出鼻を挫かれ、美琴は悠樹に食って掛かる。
「言うなれば君は最終兵器だ。瑣末な事など他の者に任せるが良い。状況が出来上がって最終段階に移行した時、とりを飾るのは君だ。今は英気を養ってくれたまえ」
「……んー、何か引っ掛かる言い方ね」
褒めているようだが、どうにも裏がありそうで素直に喜べない。美琴は内心訝しんだ。
勿論、これは建前である。御坂美琴はどう足掻いても一般人であり、その能力は知れ渡っているので彼女が風紀委員じゃない事を誤魔化すのは不可能だろう。
それが問題になるのは確実なので、故に使えるのは最後だけというのが本音である。事件さえ解決してしまえば、後の問題など些事だと悠樹は考える。
「それでも何かやりたいなら、学園都市で三番目に優秀な頭脳を借りるかね」
「へ?」
悠樹はパソコンの画面とキーボードを一台分掻っ払い、自身の眼下に設置する。
初春飾利が人間の出来る範疇で動かしているに対し、悠樹は目にも留まらぬ速度で必要なファイルを次々と展開していく。
「今まで入手した情報を徹底分析して『幻想御手』の開発者に至る。新情報は秒単位で増えるから、後はオレ達次第だ」
「そもそも『幻想御手』は一体何の目的で無料配布されていたのだろうか? 開発者に何らかの利点があるのは確実だが、能力者の強度の向上がそれだとは考え辛い。副作用の昏睡にしても――いや、本当に副作用なのか?」
「どういう事よ? 能力の強度が上がる代わりに数日以内に昏倒するなんて、副作用以外何物でも無いでしょ」
二時間後、二人の超能力者は早速行き詰まっていた。
一応、学生寮で昏倒していた生徒を早期発見したり、『幻想御手』の所有者を補導したりなど、各支部から続々と成果が挙がっているが、開発者に至る情報は未だに不足していた。
「発想の視点を変える必要があるな。もしかしたら能力者の強度の向上が副産物的なもので、昏睡状態にさせる事が目的だとすれば――推測の材料が足りないな」
「報告ばっかで新情報、全然無いしねぇ……」
幾ら優秀な頭脳を持っていても、必要な情報が無ければ正確な答えを演算出来無いのは当然である。
悠樹は眠たそうに背伸びし、大きな欠伸をする。二、三日中に解決すると豪語したが、この調子では長引き兼ねない。
「赤坂さーん、長点上機学園の風紀委員から重要ファイルが転送されましたよー」
「お、漸く来たか。こっちに送信してくれ」
やる気を失い掛けた悠樹を歓喜させたのは初春飾利からの一報だった。
「これ何の統計?」
「『幻想御手』を使用してから昏睡に至るまでの統計だ。強度の推移も解る範囲で調べさせた。本人から聞けなかった分は周囲の聞き込みで補っているがな」
「なるほど、此処から何か共通点や法則を見つける、の、ね?」
・介旅初矢、能力は量子変速、強度は異能力(レベル2)、七月十日に『幻想御手』を使用し、大能力(レベル4)まで向上し、十九日未明に意識不明となる。
・釧路帷子、能力は量子変速、強度は大能力(レベル4)、向上しても超能力(レベル5)には至らず、十日未明に意識不明となる。使用日は不明である。
・丘原燎多、能力は発火能力、強度は低能力(レベル1)、七月十二日に使用、強能力(レベル3)まで向上し、十八日未明に意識不明となる。
・岡林光謙、能力は発火能力、強度は大能力(レベル4)、能力が向上しても超能力(レベル5)に至らず、使用日は七月五日以前と推測され、七月十七日未明に意識不明となる。
・重福省帆、能力は視覚阻害(ダミーチェック)、強度は異能力(レベル2)、強能力(レベル3)まで向上、七月十三日に使用、十七日に意識不明となる。
以下、延々と続くものの、全体を通して共通点の「きょ」の字も見当たらなかった。
「……使用してから昏倒するまでの日数も、向上する強度も、全部バラバラじゃない。共通点なんて何一つ見当たらないわよ」
「……完全に空振りか。期待していただけに残念だ」
悠樹と美琴は精魂尽きて、同時にダウンする。
一旦、休憩入れて思考の入れ替えをしようとした刹那、支部の扉から風紀委員の腕章を付けない女子学生が唐突に現れた。
「こんにちはー! 初春はいますかー……って、御坂さんに赤坂さんもいたんですか」
その女子学生、佐天涙子の視線は疲れ果てた美琴と悠樹に向けられ、次に壁際に配置されたホワイトボートに向けられる。
誰が書いたのかは悠樹とて与り知らぬ処だが、其処にはデカデカと『幻想御手対策本部』と書かれていた。
一般人が入って来れるなど想定外だっただけに、悠樹は内心舌打ちした。
「……え? 『幻想御手』ってマジモンなんですか?」
「……そういう名称の音声ファイルで、実際に能力が向上すると思われる代物は実在しているな。何なら試してみるか? 数日以内に確実に昏倒する羽目になるがな」
悠樹は「実際に試してくれる者がいたら何か解るかもしれんな」と意地悪く笑い、涙子は慌てて「いえいえ、全力で遠慮しときます!」と首を振った。
「ところで佐天涙子、今日の予定は何かあるかな?」
「え? いやぁ、そんな大それたものは無いですけど……」
「そうか、それは良かった。すまないが、今日一日身柄を拘束させて貰うよ。『幻想御手』の存在を外部に漏らす訳にはいかないからな。――ああ、君がそういう人間ではないと思うが念の為だ、今日一日は諦めてくれ」
その時の悠樹の眼は本気と書いてマジと読むほど危ういものだった、と後に涙子は語る。
「へぇ、強度(レベル)が上がっても絶対に昏睡しちゃうんじゃ意味無いよね。やっぱりそんな都合の良いアイテムは無いかぁ」
「そうですよ、ズルしても良い事なんて何もありません」
泣き言に近い強がりを涙子は平然を装いながら言い、返って来た初春飾利の言葉が心に突き刺さって痛い。
もしも万が一に自分が『幻想御手』を見つけていたら、多分使ってしまって昏睡状態になっていたんだろうと思う。
そしたらこの表にも自分の名前が乗っていただろう。無能力(レベル0)から低能力(レベル1)か異能力(レベル2)、魅力的だが恢復の見込みが見られない昏睡なんて真っ平御免である。
「だよねぇ。……ねぇねぇ、初春。気になったんだけど、これって日時が進むほど昏睡するまでの時間短いけど何で?」
「え? 佐天さん今なんと――」
「――何?」
涙子の何気無い言葉に反応したのは、休憩ついでにコーヒーを飲んでいた赤坂悠樹だった。
「初春飾利。すまないが、『幻想御手』を使用した日時が古い順に並べてくれ」
「は、はい!」
「え? なになに、何か解ったの?」
迅速に駆けつけた悠樹に、更にはソファでぐったりしていた御坂美琴も駆けつける。
涙子は自分は何がまずい事を言っただろうか、少し不安になる。
「これはお手柄かもしれないぞ、佐天涙子。誇って良い、超能力者二人が見逃していた事を君が気づいたんだから」
やっと進展の糸口を掴み、悠樹は生き生きとする。
そして全て並べ直した結果、見えなかった法則が明確に見えてきた。
「使用した日時が古いほど昏睡するまでの時間が長くて、新しいほど昏睡する日数が少ない?」
まるで『幻想御手』の性能が日々向上しているようだと、美琴は思う。
十日以前に使用した者は昏睡に至るまで一週間から二週間以上の時間を必要としたが、十二日や十三日ぐらいに使用した者は一週間未満で昏睡している。
「……使用者が多いほど昏睡までの時間が短い? という事は『幻想御手』は全体で一つ、つまりは繋がっている? リンクしているというのか? 複数の能力者でネットワークを構築していると言うのか? そんなの可能――いや、実例が一つあるか。人間の脳で代用した桁外れの性能を誇る並列コンピューターなんて『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』に匹敵しかねな――」
自分の思考を纏めるように呟いてた悠樹の口が止まる。
どうして今の今まで其処に気付けなかったのか、自分の愚鈍さを呪いたくなる。
狂気の実験の副産物である『あのネットワーク』の詳細を、事前に知っている自分なら真っ先に辿り着けた結論だろうに、と。
「……すまないが、席を外さして貰うよ」
悠樹はそれだけ言い残し、美琴や涙子が訝しむ中、一目散に第一七七支部の外に出る。
自身の携帯を取り出し、登録されていない番号を淀みなく押す。コールは七回、電話の相手は限界まで渋りながら出た。
「赤坂悠樹です。お久し振りですね」
『……何のようだ』
「いえいえ、少しばかり噂を小耳を挟みましてね。まだ続けているそうじゃないですか」
具体的な言葉を避け、悠樹は惚けた風に喋る。
電話から重苦しい沈黙が漂う。時折聞こえる荒い息遣いから、相手の精神状態が手に取るように分析出来る。
これだから自身の保身にしか興味の無い老人は扱い易い。
『……さて、何の事だか』
「御園製薬・第八臨床検査研究所、霞ヶ原大学付属・AIM拡散力場実験センター、他には――」
『もういい! 何が目的だ……!』
電話の相手が声を荒らげて激昂する中、悠樹は腹の底から嘲笑う。
赤坂悠樹の事を悪魔のようだと恐れ戦くだろうが、それは間違いだ。悪魔の契約は内容こそ酷いものの、良くも悪くも契約内容に忠実だ。
だが、赤坂悠樹の交渉内容は一方的な搾取だ。それに都合次第では簡単に反故する。その悪魔を凌駕する悪辣さは人間らしさの極限に他ならない。
「此処一年で『樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)』の使用を要請し、複数回に渡って却下された人物と、その使用用途を口頭で教えて頂きたい。貴方の権限なら、それぐらい容易い事でしょう?」
最高に嫌味たらしく、相手の尊厳と威厳を踏み躙りながら悠樹は笑った。
電話の内容もそうだが、今の自分の顔は、正義を絶対的に盲信する他の風紀委員達には見せられない――。