ガリアの民衆達は自分達の意思で“聖軍”を滅ぼすために立ち上がり、義勇軍としてリュティスへと集結。 その数は60万に達し、リュティスでのガリア王ジョゼフの演説を受け、それを統制した6万の王政府軍と共に巨大な『ゲート』を通過し、カルカソンヌ北方10リーグ地点へと転移した。 カルカソンヌにて対峙を続ける王政府軍9万とロマリア軍・ガリア反乱軍によってなる“聖軍”の傍に、突徐として66万もの大軍が出現したのである。 そして、神を滅ぼす軍団(レギオン)は“聖軍”へ向けて進軍を開始した。第八話 串刺しの丘■■■ side: フェルディナン ■■■ 「アドルフ! この馬鹿が! 軍人が真っ先に突っ込んでどうする!」ようやく追いついた俺は、先走った馬鹿を怒鳴りつける。 「まあいいじゃねえか。それによ、民の為に盾となり、矛となるのが俺ら軍人だろ。だったら先頭切って突撃しても問題ねえだろ」 「小賢しい理屈を言うな、単に一番先に走りたかっただけだろう」 「応よ、その通り」 この馬鹿は、反省する気はないようだな。 「あのな、どう考えてもあのまま義勇軍が走り出していたら混乱していただろう。ならば、それを統制し、整然と進ませるのが俺達の役目だ。そのために6万もの軍隊がリュティスにいたんだぞ。なのに、いきなり突っ走ってどうするのだ」 「いやまあ、悪かったとは思ってるよ。それに、ちゃんと『ゲート』のこっち側で義勇軍の統制はとってたぞ、俺」 「当たり前だ、それすらしていなかったら、お前を殺している」 まったく、60万を統制するのは並大抵ではなかったぞ。 「だけどまあ、よく死人がでなかったよな」 「ガーゴイルの存在が大きかったな。あれがなければ流石にきつかった。その辺の用意は怠りないのがハインツという男だ」 彼ら義勇軍が隊列とまではいかなくとも、列を成して『ゲート』をくぐれたのは、ガーゴイルが道を作ったからだった。 合計1万にも及ぶ“カレドヴィヒ”と“ボイグナード”が木の杭で何本もの長い列を作ったため、その間を義勇軍が通るという道が出来上がったわけだ。 「けどよ、なんででっかい杭なんだろうな? 普通はロープとか使うと思うんだが」 確かに。 「普通に考えればそうということは、普通ではない理由があるのだろうな」 「ああ、あれは本来別の用途で用意したんだけど、丁度良かったから道作りにも利用したんだ」 と、そこにハインツ到着。 「お、ハインツ。手前、何で俺達に事前に伝えてなかったんだよ。俺が自制なんて出来るわけねえだろ」 開き直るな馬鹿、暴走したのはお前だけだ。 「まあ、確かに。そこは俺が悪かったと思ってる」 ハインツも失敗だったと思ってるみたいだな。 「ところで、随分早かったな。確かお前は、最後に『ゲート』をくぐったのではなかったか?」 「ヨルムンガントの歩幅は人間とは比べ物になんないからな、追いつくのは簡単さ」 2メイルもない人間と25メイルのヨルムンガントでは大きさが違いすぎる。 ちなみに、60万の軍勢は今ひたすら前進中だ。速度は小走りといったところだが、とりあえず進ませれば、足の速い奴は自然に前に来る。足の遅い奴は後ろに来る。そうやって、自然と隊列らしきものになった後に整えた方が効率はいい。 「だけどよお、アルフォンスとクロードは事前に知ってたんだろ?」 「ああ、3日前くらいに教えたかな。何しろ、“バージ”を用意してもらう必要があったからな」 「確かに、あれがなければ1時間で60万、いや、王軍も含めれば66万か。この数が『ゲート』をくぐるのは無理だったな」 “バージ”は本来、両用艦隊が陸軍を運ぶために考案したものだ。 戦列艦が2隻1組で、巨大な縁つきの筏を頑丈なザイルで宙づりにし、そこに兵士を乗せて運ぶ。本来、兵士を運ぶのはガレオン船の役目だが、これを使用すれば戦列艦も簡単に輸送船として使用することが可能になる。 積載重量なども問題もあるが、“着地”機能を備えている新型戦艦ならば、1000人の兵士を一度に運ぶことが可能だ。 「しかし、流石はアルフォンスとクロードだよな。ちょっと制御に失敗すりゃ、1000人が上空から降ってくることになるんだもんな」 寝返った両用艦隊120隻は、2隻1組でヨルムンガントを運んでいたようだが、それは別に揺れようが構わないから技術的に困難ではない。 だが、“バージ”は揺れて傾かないように細心の注意が必要になり、二つの戦艦の完璧な連携と、素早い連絡が不可欠となる。 そのために、“コードレス”による高速通信が利用され、アルビオンの航空技術を導入し、あいつらは精密な艦隊運用の訓練に励んできたのだ。 それがこの場面で役に立ったわけだから、世の中分からんものだ。いや、これを見越して、陛下はアルビオンの航空技術を取り入れたのか。 「80隻が2隻1組で1000人を運んで、それが大体5往復くらいしてたから、およそ20万人は“バージ”で移動したことになるかな? そのために『ゲート』は高さが50メイルもあったんだしな。まあ、ヨルムンガントが通れる大きさという意味もあるけど」 人間が通るだけならあの高さは必要ない。高さを抑えればもっと長時間展開することも出来たのだろう。 しかし、戦艦が通過できる程に上に広げることで、移動効率そのものを上げれば、短い時間で済むわけだ。 「よくまあ1時間で5往復も出来るな。流石に、輸送にかけちゃあ空海軍は随一だな。進軍ばっかの俺達とはわけが違うな」 アドルフですら感心している。まあ、それが空軍の存在意義ともいえるからな。 「だが、結局は戦艦は向こう側に残ったのだな」 「ああ、何しろ“バージ”に出来るだけ積めるように、戦艦自体は「風石」以外空っぽだったからな。今頃食糧やその他の物資を積み込んでる頃だろう。それに、輸送用のガレオン船も動員されるだろうし」 『ゲート』の幅に限りがあるため、ガレオン船は使わなかったからな。あれほどの高速運用は“着地”があってこその芸当だ。乗せて、運んで、降ろす。戦艦自体は空にいたまま、人間だけが移動していく。 言ってみれば、“空の道”を人間が歩いているようなものか、物資運搬だったらこうはいかん。 「まあ何にせよ、無事全軍が転移出来たわけだ。ロマリア軍はぶったまげただろうな」 いきなり10リーグ先に巨大な光り輝く門が現れ、そこから66万の大軍が出てきたら悪夢だろうな。 「普通なら全部出てくる前に各個撃破するのがセオリーだろうけど、この状況でそんな判断が出来るのがロマリア軍にいるとも思えないし、それ以前の問題として」 「カルカソンヌ防衛軍との挟撃にされる。9万もの大軍がいるわけだからな。そんな真似が出来るのなら、奴らはとっくにリュティスに向かってるだろうな」 ここで突撃でもしてきたら、そいつらには“真正の間抜け”の称号を贈ろう。まあ、どちらにせよ全滅は免れんがな。 「ま、後は敵をぶちのめすだけだ。大分列も伸びてきたし、編成も出来そうにはなってきたか?」 「6万の王政府軍は左右に展開しつつ並走している。道路ではないからやや進軍は遅いが、道路を進む義勇軍よりやや速いだろう」 行進は軍人の必須技能だ。単純だが意外と重要なのだ。 「OK。もう3リーグ位は来てるよな、残り5リーグになったら一旦停止させて隊列を組ませてくれ。このまま突撃したら大混乱になること間違いないから」 「だろうな、その辺は任せろ」 部隊の統率をとるのは得意分野だ。その点に関しては、『影の騎士団』の中でも俺が一番だな。 だが、アドルフは許さん。いくら得意とはいえ、60万の統率を一人で任される覚えはない。 まあ、有能な士官達がいたから助かったが、副司令官が突撃したのでは話にならん。 「だけどよおハインツ、確かに5リーグも走ってりゃあ、一旦停止して隊列を整えることもできるだろうさ。疲れてきて休憩したくなるだろうからな。けど、そんなん関係無しに突撃しそうな、体力有り余ってそうなのが結構いるぜ」 確かに、先頭集団の速度は速い。軍人と比較して遜色ないな。 おそらく、鉱山で働いている者や、山で動き回っている樵、そして狩りを行う猟師など、普段から身体を動かすことで生計を立てている連中だろう。 商人や職人と比べたらかなり体力が余ってそうな連中だ。 「分かってる。だから、6万の王政府軍をフェルディナンが指揮して隊列を整える。そして、先頭を突っ走ってる連中はアドルフが率いてそのまま突撃してくれ。あいつらなら十分戦力としていけそうだからな」 「おお! いいなそれ! 確かに、戦には勢いってもんがある。それを実現させる体力がなきゃ話になんねえが、それがあるなら休ませず突っ込ませたほうがいい」 アドルフが言うことは正論だな。走りたがっている馬を無理やり抑えつけても意味はない。まずは疲れるまで走らせた方がいい。 それに、“聖軍”が混乱しているうちに、一気に滅ぼした方がいいのも確かだ。 だが。 「危険が大きいぞ、敵は混成軍とはいえ6万だ。この具合だと、そのまま突っ込むことになる数もおよそ6万くらいだろう。武器は揃っているとはいえ、軍人ではないのだから被害が大きくなりかねん」 義勇軍の武器は槍、弓、そして“魔銃”と、下手したら敵よりの充実している。 アラン先輩が集積した武器を、リュティスに集った際に配ったのだ。力がありそうな者には重武装を、それほど力がなさそうな者には軽武装をさせた。 武器というのは高いようだが、量産品を大量に購入すれば案外安くあがる。 工業は進んでいるマルティニーク、ロレーヌ地方などで、武器を大量に注文したわけだ。普通なら砲弾などを注文するところを、接近戦用の武器や原始的な武器を注文したらしい。義勇軍に大砲を扱えるわけがないからな まあ、大砲などがあったところで、“バージ”に積める時間もなかったから、結局は自分で持てる武装に限られるのだが。 そして、“魔銃”。数はそれほどでもないが、これの最大の利点は安全装置があることで、それを解除しない限り魔弾は発動せず、弾も飛ばない。 つまり、今間違って引き金を引いても暴発する危険はないわけだ。 だが、それでも義勇軍では厳しいことになるだろう。 「その点は問題ない。まず、俺がヨルムンガント30体で攻めよせる。そして、『拡声装置』を使って呼びかける。こんな風にな」 そして、ハインツは演説の内容を語る。 「なるほどな、確かにそれなら被害は最小限で済む。いや、敵は抵抗することも出来んだろうな」 「だな、血気盛んな連中なら、敵の都合なんざお構いなしに突っ込むだろうぜ。例の“侵略者を殺せ”、“売国奴を殺せ”コールも再発してるみたいだしな」 ああいうのは、一人が言いだすとあっという間に全体に広まるからな。 軍隊では命令が伝わりにくくなるから禁止されているが、義勇軍では士気を上げるためにも必要なことだろう。 などと話しているうちに、さらに1リーグほど進んでいる。後は6リーグか。 「お、もうカルカソンヌが普通に見えてきたな」 まだ遠くにうっすらとだが、目がいい者には見えてきてるだろう。 「5リーグ地点なら誰でも見えると思う。士気を維持しながら隊列を組むには最適なところだと思うんけど、どうだ?」 ハインツが聞いてくる。こいつは常に専門家に意見を聞いて、それを採用する。 「ああ、丁度いいところだろう。近すぎず、遠すぎず、陛下が『ゲート』を開いた位置はまさに絶妙と言えるな」 軍人ではなく、一般人の寄せ集めであることを考慮してあの位置になったのだろう。 「よし、じゃあ後は任せた。アドルフ、そっちも頼むぞ。俺はヨルムンガントで先行する」 「任しとけ! “切り込み隊長”、“烈火”のアドルフの本領を見せてやる!」 「ああ、俺も“将軍”として、“炎獄”のフェルディナンの本領を見せよう」 アドルフが“切り込み隊長”、俺が“将軍”、アルフォンスが“提督”、クロードが“参謀”、エミールが“調達屋”、アラン先輩が“管理者”、そしてハインツが“軍医”。 懐かしき、暗黒街での戦いの日々だな。 まあ、今でもその配分はほとんど変わらん。唯一違うのはハインツが“処刑人”になったことくらいだろう。アドルフが“烈火”、俺が“炎獄”、アルフォンスが“暴風”、クロードが“風喰い”、エミールが“鉄壁”、アラン先輩が“鉄拳”、ここまではメイジの異名として普通なのだが。 ハインツは“闇の処刑人”、“死神”、“悪魔公”、“粛清”、“毒殺”ときてる。一人だけ完全に毛色が違う。 ま、ハインツの本領は粛清と暗殺にあるから仕方ないのだが。 「OK、じゃあ俺も、“悪魔公”としての本領を発揮することにしよう。ようやく観客が揃ったんだ。恐怖劇(グランギニョル)を本格的に始めるための舞台は整った」 66万、これにカルカソンヌ防衛軍9万が加わる。 さらにカルカソンヌの人口は21万だから足せば96万、そして4万加われば100万となる。 「一体何をする気だお前は?」 100万もの人間にこいつは何を見せるつもりなのか。 「狂気だよ、“聖戦”の狂気を終わらせるために、民衆の狂気を利用している。ならば、それを覚ますには、さらに上位の狂気を見せるのが一番だ」 ハインツの笑顔は、まさに悪魔の笑みだった。■■■ side: ルイズ ■■■ ガリアの大軍が突如出現して、それを知ったロマリア軍は大混乱に陥った。 誰もかもがどうすればいいかも分からず右往左往し、トリステイン組を気にする者は一人もいなかった。 ま、それを利用してこっちも好き勝手やってるんだけど。 「マリコルヌ、確認は済んだ?」 「ああ、間違いないよ、ヨルムンガントが30体程こっちに向かってきてる。しかも、その後ろにはとんでもない数の大軍がいるよ」 マリコルヌには周辺の情報を集めるように指示しておいたけど、そうするまでもなく、いきなりカルカソンヌ北方10リーグに大軍団が現れた。 どうやらガリアは南部への情報を完全に遮断していたようで、義勇軍が編成されつつある、くらいの情報はリマリア軍にも入って来てたけど、どの位の規模なのかは一切不明だった。 「ギーシュ、準備は出来てるわね?」 「ああ、何だかシティオブサウスゴータを思い出すねえ」 「確かに、あん時とよく似てるよな」 ギーシュとサイトは思い出しているようね。 「そりゃあそうでしょ、あの戦いはこれの予行演習みたいなもんだったんだし」 もっとも、あの時ロンディニウムから来たのは5万だったけど、今回はその10倍近いみたい。 「偵察してきた」 「もの凄い数だったわよ」 そこに、キュルケとタバサが帰還。 「どうだった?」 「ガリア中の平民が立ちあがったみたい。“侵略者を殺せ”、“売国奴を殺せ”、“教皇を殺せ”と叫びながらこっちに向かって進軍中」 「数は、多分50万以上。いえ、60万くらいかしらね? 軍人じゃないから断言は出来ないけど」 「いいえ、そういうことに対するあんたの直感は結構優れてる。60万強と見ていいでしょうね」 しかし、とんでもない数だわ。 「60万かあ」 「ありえないねえ」 「7万でも凄かったのになあ」 男3人も呆れ顔になってる。ここまで大軍だったらもう笑うしかないもの。 「ま、とにかく、もう勝ち目とかそういうレベルじゃないわ。どれくらいで全滅するか、そういう話ね」 「でも、それに私達が付き合う必要もないわよね」 そこにモンモランシー登場。 「モンモランシー、準備出来た?」 「水、食糧、ついでにワインとか、その辺は万端。コルベール先生が服とかマントとか、その他も集めてるわ。あと、テファとマチルダで野営用の準備もしてるし」 水精霊騎士隊の連中もその辺の手伝いに動員したから問題なさそう。 「じゃあ皆、私達も撤退の準備を始めわ。必要なものを持ってギーシュのトンネルに運び込む。まだ少しは時間があるから焦らずいきましょう」 「りょうかーい」 「任せろい」 「いっつもこんな感じだねえ」 「私達らしいわ」 「楽しそう」 「完全に傭兵集団よね」 確かに、戦う時は協力して、旗色が悪くなればすたこら逃げだす。完全に傭兵集団だわ。 でも、私達がロマリアの為に死ぬ義理もなければ義務も無い。別に教皇の臣下ってわけでもないし。 「なんか文句言ってくるロマリアの奴らがいたら問答無用でぶっ飛ばして構わないわ。どうせガリア軍が皆殺しにするでしょうから、怪我させようが問題ないわ。明日までには死体になってるんだから」 「魔女だ」 「ひでえ」 「女は恐ろしいねえ」 「貴女らしいわ」 「効率的」 「ついでに金品も奪いましょう」 モンモランシーは私に負けず劣らずね。 「でも、時間が有り余ってるわけでもないからね。いざとなったらアルビオンの撤退戦みたいに、ロマリアの指揮官は私達を捨て駒にしようとするでしょうから、それまでに逃げるわよ」 そして、撤退の準備を始める私達。■■■ side: シャルロット ■■■ 他の皆はギーシュのトンネルから物資を持って撤退を開始した。 あのトンネルは数リーグほど続いていて、しかも、南のロマリア国境にあるベルフォールへ向かうのではなく、南東のトゥールーズを経由して、フォンサルダ―ニャ侯爵家が治めるクレテイユに進むのでもなく、南西にあるミディ=ピレネー地方の圏府、ディジョンに向かっている。 ロマリア軍は最初、虎街道の出口であるクレテイユから侵攻を開始し、各地の諸侯がガリア王政府に反旗を翻してからは、後続の軍(つまりは辺境で暴れ回った狂信者)は虎街道よりもさらに大きな主要街道である火竜街道を通ってきた。 そこを守護する城塞都市がベルフォールであり、かつては六大公爵家に一角、ベルフォール家が周辺の土地ごと支配していた。けど、反乱を起こそうとした罪によって断絶、領土は没収され、ベルフォールは別の封建貴族の管轄となった。 「なあルイズ、主要街道は固められてるんだよな?」 「間違いなくね。狂信者達を殲滅する部隊がいたはずだから、彼らが大陸公路を遮断しているはずよ。ロマリア軍の首脳陣は真っ先に逃げ出すでしょうけど、どのみち逃げ場はないのよ。それ以前にヨルムンガントに追いつかれそうだし」 今、私、サイト、ルイズの3人だけで、シルフィードに乗っている。 風韻竜のシルフィードなら、どんな敵が相手でも逃げ切れる。流石にフェンリルみたいな化け物はもういないだろうから。 私達は出来る限り見届けるために上空にいる。重量の関係上3人くらいが限界だったからこうなった。 指揮官であるルイズは当然。私も、ガリアの民衆達が立ち上がった結果を見たかった。 すると。 『じゃあサイトも必要よね、後ろから抱き締めるチャンスだし』 ルイズの言葉でサイトも一緒になることが決まった。 「だから、ミディ=ピレネー地方の山道で火竜山脈を越えれば、後は陸路でロマリアに行ける」 ディジョンから、ボース、ラルハイ、モンテス、ラ・サルトの鉱山都市を経由していけば火竜山脈を越えることが出来る。あまり知られていないルートだけど。 「ロマリアに戻ったらどうするんだ? 確かにこのままガリアを縦断してトリステインに帰るのは無理だろうけど」 「まずはアクイレイアに向かうわ。あそこには『オストラント』号があるから、あれさえ確保すればいつでも帰れるし。でも、その前に宗教都市ロマリアに向かうわよ。多分、結構とんでもない事態になるから」 大体予想できる。“聖軍”が壊滅すれば、ロマリアがどうなるか。 「色々あるなあ、俺達が進む先には」 「ま、自分達から飛び込んでるようなものだけどね」 「でも、自分で決めた道」 だから後悔なんか微塵も無い。私達が考えて、自分の意思で決めた道なんだから。 「そろそろガリア軍が到着しそうね、いえ、義勇軍と言ったほうがいいかしら?」 カルカソンヌ北方1リーグ以内に既に迫っている。 「あれで一部なんだろ。うーん、6万くらいはいるよな」 「相棒、また突っ込むかい?」 「馬鹿言うな、60万を突破できるわけねえだろ」 流石にサイトでも無理がある。 「私も無理ね、あれを吹き飛ばすのは。フェンリル戦で消耗した分はまだ回復出来てないし」 普通に言ってるけど、よく考えると凄い会話だ。 「お前、無茶したもんなあ」 「“アクイレイアの戦乙女”」 この響きは実にルイズに合っていると思う。とてもかっこいい。 そして、上空にまで叫び声が聞こえ始めた。 私は「風」の魔法、『集音』で声を拾う。『サイレント』の逆の魔法。 「ガリアの為に!」 「侵略者を倒せ!」 「教皇を殺せ!」 「裏切り者を許すな!」 「売国奴を殺せ!」 「神を滅ぼせ!」 といった声が聞こえてくる。サイトとルイズにも聞こえているはず。 「“聖戦”とは違った意味で狂気の軍勢ね」 「すげえな」 「民が、自分達の意思で神を捨てた」 ブリミル教徒なら絶対に“教皇を殺せ”とも、“神を滅ぼせ”とも言わない。 例え扇動された結果であったとしても、そこに自分の意思もあったのなら、彼らの行動は自分の責任だ。 自分で戦うことを選んだんだ。 「だけど、あの狂気が続けば、ロマリアの民は皆殺しにされそうね」 「うーん、その辺どうするんだろ?」 「多分、何か考えてる」 あの狂気を収める手段を何か用意しているはず。 「まあ、それ以前にまずは“聖軍”が殲滅されるわね。裏切り者も皆殺しみたいだけど、このままじゃ義勇軍にも相当な被害が出るでしょうね」 「だけど、ハインツさんがそれを良しとするかな?」 確かに、まだ何かあるのかも。 と思ってると、その答えが出てきた。 『カルカソンヌ南部に展開するガリア諸侯軍に告げる。我はハインツ・ギュスター・ヴァランス。お前達を動かした封建貴族共からは“悪魔公”と呼ばれているものだ』 ハインツの声が響き渡る。多分、「風」の力を込めたマジックアイテムを使用している。 けど、ここまで広範囲に伝えるには高純度の「風」の結晶が必要なはず。 例の“知恵持つ種族の大同盟”の人達で作ったのかも。 『ロマリアの侵略者に加担し、ガリアの民の殺戮に協力したお前達は売国奴であり、それを皆殺しにするために、66万もの大軍が迫っている。しかも、そのうち60万は義勇軍。王政府に仕える者ではなく、国を愛するが故に立ち上がった者達だ』 それを裏付けるように、一斉に義勇軍が叫ぶ。 最早言葉として聞こえないけど、意味は考えるまでもない。 『だが、最後の機会を与えてやる。ただちにロマリア軍に反旗を翻し、侵略者を皆殺しにせよ。それから、お前達を動員した封建貴族共もだ。それらの死体の五体を切り離し、高く掲げた者は、ガリアへの忠誠を果たしたとみなそう。そうしない者は、悉く殺し、ヨルムンガントにて焼き尽くしてくれる』 ヨルムンガントが一斉に大砲を放つ。多分、あれは魔砲“ウドゥン”。 ロマリア軍の一部隊が消し飛んだ。 『よく考えることだ。いや、考えるまでもないか。このままロマリア軍に協力していれば、お前達は売国奴として殺される。当然、お前達の家族も売国奴と見なされる。ガリアには住めなくなるだろう。最悪、虐殺されかねんな』 その言葉は、正に“悪魔公”に相応しいものだった。 『まあ、それ以前に俺が全て殺してやってもよい。売国奴の家族を探し出して、殺していくというのも中々に面白そうだ。酒の肴には丁度いい』 もう、彼らが選べる道はただ一つ。 『後は行動で示せ、時間はないぞ。後2分程で神を滅ぼす軍団(レギオン)が到着する。さあ、答えを示すがいい』 そうして、彼の言葉は途切れた。 ヨルムンガントはその先駆けとして前進を開始する。飛び道具は持っていない。素手で進軍している。 「これで、“聖軍”は滅ぶわね、内部から4万、外部から6万に挟撃されたんじゃどうしようもない。しかも、4万は死に物狂い、6万は狂気に満ちている。皆殺し以外の結果はありえないわ」 確かに、諸侯軍が生き残るためには、ロマリア軍を全滅させるしかない。 「さて、そろそろ逃げましょうか。火竜騎士団が来るかもしれないし、もうここにいても、虐殺しか見るものはないわ」 「だな」 「シルフィード、出発して」 「きゅいきゅい、了解なのね!」 私達はトンネルの出口に向けて出発した。 「けどよルイズ、教皇はここで死ぬのか?」 「いえ、ヴィンダールヴがいるから助かるでしょう。最後の最後まで諦めないでしょうから、一旦ロマリアに引き返すでしょうね。ま、絶望しか待ってなさそうだけど」 神の右手ヴィンダールヴは機動力に特化してる。 歌の中でも、“我を運ぶは地海空”とされている。 「だけど、空を飛べない者、そして、ヴィンダールヴ程の機動力を持っていないものは助からないわ。ガリアにも風竜騎士団はいるし。東薔薇花壇騎士団団長、バッソ・カステルモールが率いているはずよ」 「彼はカルカソンヌ防衛軍の指揮官だった。風竜騎士団がここにいる可能性は高い」 「それに、南薔薇花壇騎士団長のヴァルター・ゲルリッツって人が、火竜騎士団を率いてたよな。ペガサスなんかじゃあ逃げ切れねえな」 ロマリアの指揮官達は逃げようとするだろうけど、逃げることすら出来ない。 「ま、私達もここからは行軍の開始よ。山越えもあるし、厳しくなるわ」 「これまでにない経験だよな」 「私もない」 シルフィードが使い魔になる前は、ハインツが用意してくれたワイバーンで飛んでたから。 そして、トンネル組と私達は合流し。ロマリアのアクイレイア向かって、旅を開始した。■■■ side: カステルモール ■■■ ガリア義勇軍の猛攻とガリア諸侯軍の寝返りによって、“聖軍”は壊滅した。 我々カルカソンヌ防衛軍はこの戦いには参加せず、民を落ち着かせることに専念せよという指令を受けていた。 ただし、ロマリア軍の指揮官達が逃走することが考えられたため、私の風竜騎士団と、ゲルリッツ殿の火竜騎士団は追撃を行った。 カルカソンヌはアヒレス殿に任せることとなるが、民にはアヒレス殿が一番信頼されているので問題はないだろう。 ゲルリッツ殿の火竜騎士団はハインツ殿が率いていたそうだが、例の『ゲート』を通ってからは、ハインツ殿はヨルムンガントの操作に専念するらしく、ゲルリッツ殿の指揮下に戻った。 「『エア・スピアー』!!」 私は愛竜である風竜のメネルドールの乗り、ペガサスで逃げるロマリア軍指揮官を串刺しにする。 風竜は速度に特化しているが、ブレスは強力ではないので、魔法を放つほうがいい。 「焼き払え! グラウルング!」 向こうではゲルリッツ殿の愛竜グラウルングが巨大な炎のブレスを吐きだしている。 火竜は風竜に比べて速度で劣るが炎のブレスの威力は凄まじく、体格も大柄である。 風竜の全長の平均は10メイル程度、私のメネルドールは全長11メイルほどだが、火竜の平均は13メイル程でありゲルリッツ殿のグラウルングは18メイルもある すると、メネルドールが遠くに何かを発見した。 私は使い魔との感覚共有を用いてそれを確認する。 「あれは、シャルロット様と、ルイズ殿、そしてサイト殿か」 アーハンブラ城からゲルマニアへ向かう彼らと会ったことがある。どうやら無事に脱出されたようだ。 他にも仲間がいたはずだが、彼らがあそこにいるということは、既に脱出しているのだろう。 「流石は“博識”殿だ。先を読むことにかけては凄まじいな」 ハインツ殿も凄いが、彼女も負けず劣らずといったところか。 「カステルモール、何ぼさっとしてるんだ?」 ふと気付くとゲルリッツ殿が隣にいた。 「シャルロット様を見送っておりました。無事に脱出されたようですので」 「そうか、流石と言うべきか、それともハインツが手引きでもしたのか、まあ、どちらでも変わらんか」 「恐らく彼らは自分の力で脱出したのでしょう。ハインツ殿は以前、もう彼らは一人前だ、自分で何でもやれると、おっしゃってましたから」 そうは言っても、万が一に備えて準備しておくのがあの方だが。 「そうか、まあ、俺達の任務は完了だ。逃げた敵は全滅したみたいだな。下の方も早くも片が付いている」 地上はもはや惨劇。 戦いではなく一方的な蹂躙といったほうが適当だろう。 2万対10万ではそもそも戦いにならない上、4万は内部から、6万は外部から襲いかかってくる。しかも、30体のヨルムンガント付きで。 さらに、敵の数は増え続けるのだ。 向こうにはさらに6万近い軍が前進してくる。どうやら全軍を10に分け、6万ずつくらいで前進しているようだ。 その後ろにも延々と軍勢が続いており、勝負することを考えること自体が間違っている。 「これで、“聖軍”は全滅だな。教皇がどうなったか知らんが、おそらく逃げ延びただろうな」 「教皇の使い魔は神の右手ヴィンダールヴでしたね、確かに、逃げることは可能でしょう」 彼が聞いた通りの男ならば、ここで死ぬことを良しとはするまい。命ある限り、出来ることをしようとするだろう。 その心意気は立派なのだが、進む方向を致命的に間違えている。 最初の進む道だけを間違え、後はひたすら真っ直ぐ進み続けたのだろう。 「しかし、問題はむしろ義勇軍のほうか、血に酔った者はそう簡単には止まらん。下手をするとロマリアの民を虐殺するまで暴走しかねんな」 「確かに、その懸念はあります。しかし、ハインツ殿はそれを抑える策があるとおっしゃってました」 彼は言っていた。狂気は短く終わらせる。そして、彼らは新しい国家を作ることに全力を尽くしてほしいと。 「そうか、しかし、どうやるのだか」 一度沸騰したものを覚ますのは難しいことも確かか。一体彼はどうするのだろう? 彼らの計画に穴があるとは思えんが、気になるな。 しかし、すぐにそれは示された。 次の義勇軍の前に、ある部隊が到着した。 それは、ガーゴイルの軍勢。陸戦型のガーゴイル、“カレドヴィヒ”と“ボイグナード”であった。 だが、あのタイプは確か旧型だったはず。 その数はおよそ1万。欠点として、初期型であるため耐用時間が短いことと、単純な命令しか受け付けないことがあるそうだ。 最新の“カレドヴィヒ”と“ボイグナード”は主に拠点防衛などに使われ、城壁の守護などには最大の効果を発揮する。平原で展開しても大砲で吹き飛ばされたり、騎兵に蹂躙されるからな。そして、改良も加えられているので燃費も良く、実戦で十分使えるレベルになっている。 だが、旧型は実戦に使えるレベルではないが、利点もある。 非常に作りやすく、大量生産が可能で、一体一体が安い。 すぐに壊れるから総合的には改良型の方が数段優れるが、場合によってはこちらの方がいい場合もあるとか。 クアドループ地方圏府、“人形の街”ラヴァルはガーゴイル生産が盛んであり、そこで2年かけてこれら1万と、飛行型の3千を生産したそうだが。 「ガーゴイルか、しかし、何かを運んでいるな?」 「あれは……木の杭でしょうか?」 槍というには太すぎる。破城鎚のような大きさだが、鋼鉄でなければ破城鎚にはならない。 どちらかというと、刑場の十字架に似ているな。 1万のガーゴイルがそれらを運んでくる。あれらも『ゲート』とやらを通って来たのだろう。 しかし、凄い量だ。数体で台に載せたものを運んでいるから、数万本はありそうだ。 『ガリア諸侯軍に告げる。これより、ガリアへの忠誠を測る審査を行う。ガーゴイルが木の杭を運んでいくので、それを使ってロマリアの侵略者と裏切った売国奴を全員串刺しにして晒すのだ。当然、行わない者はヨルムンガントで踏み潰すこととなる』 そこに、とてつもない指令が下された。 それはつまり、地獄を作り出せという命令だった。 『場所はカルカソンヌ南方の丘だ。そこならばカルカソンヌの城壁の上から一望できる。ガリアに逆らった愚か者には良い報いであり、これは見せしめなのだ。王家に逆らった者はこうなる。よく覚えておくがいい。従わぬ者は同じく串刺しとなるが良い、家族もろともな』 そして、地獄が作られ始めた。 ガーゴイルが運んできた杭に、諸侯軍の兵士達がロマリア兵のバラバラ死体を串刺しにしていく。 それだけではない、血に酔った義勇軍の兵士達も叫びながらそれを行っていく。 丘は赤く染まった。 流れ出る血は小川となり、大地は吸い込みきれないと叫ぶように血を流す。 凄まじい血の匂いが充満する。本来戦場跡の死体は腐敗が始まる前に荼毘にふすものだが、それを行われない死体は急速に腐っていく。 このまま放置されれば、まさに地獄の具現となろう。 「恐怖劇(グランギニョル)」 ハインツ殿が言っていた言葉が頭によぎる。 2万もの人間の串刺し死体が、延々と続く屍の丘。その死体は徐々に腐敗し、凄まじい光景を作り出す。 まさに、その名の通りだ。 私は空から、作られていく地獄を眺めていた。■■■ side: ハインツ ■■■ ロマリア軍を殲滅した次の日の夜。俺達『影の騎士団』が久々に勢ぞろいした。 「どーよ、俺の恐怖劇(グランギニョル)の出し物は」「酷すぎます」 「鬼」 「悪魔」 「鬼畜」 「腐れ外道」 「人間失格」 なんか懐かしい返事が来た。 「そこまで言うことあるだろ」 「自覚してんじゃねえか」 アドルフに突っ込まれた。 「いくらなんでもあれはやり過ぎだと思うんですけど、僕の補佐官が思いっきり吐いてましたよ」 エミールの補佐官はまともな神経の持ち主みたいだな。 「というか、カルカソンヌ市民が可哀想だろ。あんなもんが街のすぐ傍にあったんじゃ呪われそうだ」 うん、フェルディナンが言うことももっともだ。 「俺とクロードがやってきたら、いきなり赤く染まった串刺しの丘だったからな。どこの地獄に迷い込んだのかと思ったぜ」 「あえてそこに“着地”しようとしたお前もお前だ」 「いや、一番降りやすそうだったからな」 「乗組員の精神的ショックも考慮しろ、最悪、立ち直れんのが出かねなかったぞ」 アルフォンスも中々にぶっ飛んでる。まあ、『影の騎士団』にまともなのはいないが。 ちなみに、陸軍は陛下の『ゲート』を通って来たが、アルフォンスとクロードは食糧や物資を運ぶために船で来た。 カルカソンヌもリネン川があるので船が降りるのには苦労しない。両用艦隊は現在80隻だが、それは戦列艦に限っての話で、他にも1千隻近いガレオン船がある。 アルビオン戦役においても、トリステイン・ゲルマニア連合軍の戦列艦は60隻だったが、6万の兵や軍需物資を運ぶために大小合わせて500隻もの船が動員されてたわけだ。 で、こいつらは運搬用のガレオン船で、食糧と物資を大量に運んできたわけなんだが。 「だがまあ、効果的ではあるな。60万の義勇軍の熱狂も完全に冷めている。あんなものを見せられては当然だが、狂気を覚ますにはより強い狂気を見せるのが一番ではあるからな。“聖戦”の狂気よりも、義勇軍の狂気よりも、お前一人の狂気の方が凄まじかったというわけだ」 流石はアラン先輩、よく分かってる。 「それに、王族の醜さや、権力者が狂った時にどうなるか、ということを民衆に示す狙いもあるな。全てに意味ありき。あの惨劇も全て計算ずくなのだろう?」 「まあそうですね、まさかイザベラにその役を負わせるわけにはいきませんし、陛下には別の役割があるので無理です。となると、王位継承権第二位で、しかも、“悪魔公”。さらに、これまでにも散々粛清してきた俺は最適なわけです」 「何だかんだ言っても。愛しの従姉妹に嫌われ役をやらせたくないだけだろ?」 「ああそうだ」 それは大きい。アドルフの言う通りだ。 恐怖と嫌悪の視線がイザベラに向けられるなど、考えたくも無い。 「凄い、言い切りました。しかも至極当然のように」 「これで不能なんだから、すげえよなこいつは」 「世にも珍しい存在だ」 こいつらは……、本当に好き勝手言いやがるな。 「最終作戦ラグナロクで壊すのは、神に関する価値観だけではないからな。そちらの布石も同時に打ってるわけか」 フェルディナンが軌道修正してくれる。 「それに、義勇軍の意義は歴史の流れの証人を大量に作ることでしたよね。神への価値観が国家全体で変わらないと意味ありませんし。だから、戦ったのは若くて体力のある6万くらいで、残りは見届け役なんですね。まあ、そもそも戦闘に参加する民が少ないに越したことはありませんし。大軍の意義は、その威圧感で敵の戦意をくじくこと、ですもんね」 エミールが続く。 「そういうこと、それで、ここからは結構重要になる。“悪魔公”は独裁者を目指して徐々に暴走することになるから。当然、それと敵対する者も必要になってくる」 「王家の闇を全部背負うわけか、闇そのもののお前に相応しい役割ではあるな」 クロードは常に冷静だが、こういうことに関しては特に鋭い。 「んー、てことは、お前をぶん殴ればいいのか?」 アドルフは単純、けど、なぜか本質を突く。 「実はそうだ。殴るのが一番手っ取り早い。だけど、間違ってもここで殴るなよ。その拳を引っ込めろ」 「ちっ」 「代わりに、俺がアドルフを殴ろう」 「それおかしいだろ! 相手が変わってんじゃねえか!」 こいつらはいつもこうだな。 「それでハインツ、義勇軍60万、王政府軍15万、カルカソンヌ市民21万、そして諸侯軍4万、合計100万がここに集結しているわけだが、まだ恐怖劇(グランギニョル)は続くのか?」 アラン先輩が訊いてきた。 「はい、せっかく観客が満員御礼になったんです。思いっきりやりますよ。この血の丘の惨劇をさらに上回るインパクトで」 「どんだけだよ」 「よく考え付くな」 「流石はハインツ」 「人でなしだな」 「慈悲の心も必要ですよ」 「悪魔公全開だな」 息ピッタリだな。 「ま、細かい打ち合わせはおいおいやってくとして、先に、“血と肉の饗宴”作戦の方を話し合おう」 ロマリア宗教庁を終わらせる最後の作戦。 ロマリアの街に血の雨が降ることになる。 「こっちの準備は済んでますよ、遠征軍の派遣と連動しながらでもいけます」 「俺の方も万全だ。やはり、エミールとの共同作業は効率がいい」 それにはやはり彼ら二人が最大のポイントとなる。 「ガーゴイルは俺達で運ぶぞ」 「120隻もその頃には俺らの指揮下に入ってる。ゆとりはあるな」 空軍の力も必須。ガーゴイルが大量に必要になるからな。 「俺らは本番のみか」 「まあ、それまでに別の仕事が多いからな」 陸軍はロマリア侵攻の大任がある。準備の方は出来ないだろう。 「それぞれ、作業を進めてくれ。その他全般は俺が引き受ける。それに、宗教都市ロマリア攻略に関しては俺らに一任してくれると、陛下が約束してくれた。何をやってもいいと」 これで、思いっきりやれるわけだ。 「まあ、まずは明日の惨劇を成功させる。その後で細かい打ち合わせをやろう」 「おっしゃ」 「了解した」 「OK」 「ああ」 「わかりました」 「問題ない」 そして、惨劇へと至る。