堕ちた神世界を滅ぼすための最終作戦、ラグナロクは着実に進行中。 ガリアに侵略した狂信者達は平民、メイジ、そして先住種族の連合部隊によって壊滅していった。 しかし、同時にもう一つの布石が打たれていた。 ラグナロクにおいては誰もが役割を持ち、終幕へ向けて走り続けていた。第六話 立ち上がる者達■■■ side: out とあるファインダー ■■■ ここはイル=ド=ガリアの北方に位置するウェリン地方、そのはずれに位置する辺境の村。 林業によって糧を得る普通の村であり、人口はおよそ400人。 そこに、俺はある知らせを持って来た。 「おい、大変だ! ロマリアの教皇が“聖戦”を発動しやがった! しかもガリアを“聖敵”としてだ!」 俺はこの村では、情報通ってことで知られてる。 王都や最寄りの都市の事情に詳しく、この村に色んな情報を持ってくるのは自然と俺の役目になってたからだ。 「なんだって! どういうこったそりゃ!」 「俺達が何したってんだ!」 「ふざけんな! これまで坊主共が俺達にどんな仕打ちをしてきたと思ってんだ!」 「そうだそうだ! あのふざけた額の寺院税を取りやがって! しかも文句を言おうものなら『異端とみなす』だった! それを必死に払って来たってのに、この上“聖敵”だって? ふざけんのも大概にしやがれ!」 話を聞くやいなや、村人の怒りが爆発した。普段から高い寺院税を搾り取ってきた上に、傲慢な態度をとる坊主共への不満が溜まっていたんだから当然だ。 「聞いた話によるとだ。ロマリアの糞野郎共は“聖地”を奪還するとか抜かして戦争を始めるつもりだったそうだ。だが、俺達の王様はそれを拒否した。エルフと戦争なんかしても何の意味もねえってな。だが、それを聞いた教皇の糞野郎がガリアを丸ごと“エルフと通じる異端”だとか抜かして一方的に“聖敵”にしやがったんだ」 この村の住人はブリミル教が言う聖地奪還だのについて結構知ってる。 何しろ、そういったことを理由に税金を搾り取られてきたんだ。自分の生活に大きく関係することには関心を持って当然。そして、それらに対する知識を民衆レベルに広めることも、俺達北花壇騎士団情報部の大きな役割だった。 まあ、あまりにも辺境にある小さな村とかまでは流石に手が回らねえと思うが、人口が150人以上の村なら一人はメッセンジャーがいるはずだ。そして、そいつらがその辺一帯を管轄する、俺みたいなファインダーから情報を受け取り、代わりにその地方の情報を伝えていた。 そうして、北花壇騎士団の情報網は構築されていて、全ての情報は本部に集う。 「どこまでふざけやがるんだ! 糞坊主共は!」 「散々税金を取っておきながら、戦争に反対したら“異端”だと! ざけんじゃねえ!」 村人の怒りはどんどん高まって、人もどんどん集まってくる。最早、決起集会みたいな様相だ。 「しかもだ。“聖敵”でなくなるために“聖戦”に協力したら、今度はそのための費用だとかいって馬鹿高い税金が、また取られることになる。それだけじゃあねえ、“聖地”を取り返すための軍隊、“聖地回復軍”とやらに若い男は皆、徴兵されることになる。そして、死ぬまでエルフと戦争をさせられるんだ」 「おい、マジかそれ?」 「冗談だよな?」 「嘘だろ?」 雰囲気が一転、落ち着いたものになる。あまりにも怒りが溜まると逆に冷静になるってやつか。いや、嵐の前の静けさってやつか。 「冗談でこんなこと言えるかよ。しかも、もう被害は出てるんだ。ロマリアの国境に近い地方では狂信者共が好き放題に略奪してるって話だ。村は皆殺し、女も子供も、赤ん坊まで皆殺しだ。そして、作物とか家畜とかは全部奪っていったそうだ。王政府の騎士さん達が何とか食い止めてるそうだが、狂信者はどこまでも暴走してるらしい」 これは事実だ。フェンサー達がそのために動いているんだからな。 「ってことは、俺達もこのままじゃそうなるのか?」 「何もしてねえのに、いきなり皆殺しにされたのか?」 「なあ、王様はどうしてるんだ?」 その疑問を待っていた。 「俺達の王様は断固として侵略者と戦う姿勢をとってるそうだ。既に、何万もの軍隊が侵略者を倒すために動員されているらしい」 「そうか! 王様は俺達を見捨ててないんだな!」 「それなら安心だ! 何せ今の王様は良い王様だ! きっと俺達を守ってくれるさ!」 「そうだぜ! 俺達が生きてこられたのも王様が税を引き下げてくれたからだもんな!」 また一斉に叫ぶ皆、正直不安で仕方ないんだろう。 そして、ここからが本番だ。 「そうだ! そうなんだよ! 王様は俺達の為に戦ってくれてるんだ! だけど、貴族の糞野郎共がロマリアに寝返りやがったんだ! しかも、自分の為だけにだ! 自分の領地の平民が狂信者に襲われてもロマリアに協力してやがる! 俺達を金と権力の為に売りやがったんだ!」 「何だって!」 「おい、嘘だろ!」 「そんな真似しやがったのか!」 完全に今や沸騰してる。 「ああ、だからもう坊主共も、狂信者も、教皇も、貴族も、全部俺達の敵だ。俺達を守ってくれてる王様は頑張ってるけど、このままじゃきつい。だから、今こそ俺達が恩を返す時だ。平民による義勇軍ってのがあちこちで出来てるらしい。俺達もそれに参加しよう!」 これは嘘であり本当。 義勇軍はちょうど今出来ている。もしかしたら、先に別のファインダーが作ってるかもしれねえし、ここが最初かもしれねえ。 「義勇軍か、つまり、俺達が戦うんだな?」 「そうだ! 貴族なんかに任せてても何も解決しやしない!その貴族が俺達を裏切りやがったんだからな!ロマリアの侵略者達から俺達でガリアを守るんだ! そして、王様と一緒に戦うんだ!」 「そうだ! 俺達だけじゃ無理でも、王様と一緒に戦うことは出来るぜ!」 「ああ! やろうぜ! もう糞坊主共に遠慮することはねえ! 俺達の手で叩き潰してやろう!」 「威張り腐った貴族や坊主共に、平民の意地を見せてやろう!」 「そうだ!俺達は魔法なんざ使えねえが、戦うことは出来るぜ!」 「どうせこのままじゃ殺されるか、何もかも奪われるかだ! だったらこっちからやってやろう!」 「そうだ! そうだ!」 「ガリアの為に!」 「侵略者を倒せ!」 「教皇を殺せ!」 「裏切り者を許すな!」 そして、ここに義勇軍の一つが誕生した。これと同じものがガリアのあちこちで作られているはす、後は王の下の集うだけだ。 「よーし皆! リュティスまでは俺が案内するぜ! つっても迷うことはねえ! 途中でたくさんの仲間に会う!彼らが進む方向に行けばいいだけだ! 何か武器になりそうな物と、食べ物と水を持てるだけ持って王様の下に行こう!」 「おおー!」 「王様の下へ!」 「ガリアの為に!」 そして、俺の言葉は現実になった。 村を出たのは50人程だが、僅か半日で別の村から出た義勇軍に合流した。 そして、最寄りの街に着く頃には10倍になっていて。都市に着く頃にはさらに数倍に増えていた。 俺達はどんどん大きくなりながら、一路リュティスを目指した。■■■ side: ハインツ ■■■ 俺は現在火竜騎士団を率いてガリア中を飛び回っている。 ガリアの火竜騎士団は150近い数を誇り、それらが並んで飛行する姿は圧倒的な威容を誇る。 本来は南薔薇花壇騎士団長のヴァルター・ゲルリッツの指揮下にあるが、近衛騎士団長である俺はこれを代わりに動かす権限を持つ。 そして、俺の役割は街や都市まで来た義勇軍を鼓舞し、リュティスに集うよう呼びかけることにある。 「よくぞ立ちあがった! ガリアの勇者達よ! 諸君らこそ英雄である! ロマリアの教皇は己の欲の為に“聖戦”を起こし我々を“聖敵”としたのだ! 決して許してはならん! 狂信者をも皆殺しにしろ! 侵略者を殺せ!売国奴を殺せ!」 そのような感じで各地で呼びかけて回っている。 「殺して殺して殺し尽せ! 一人として生かすな! ガリアに仇なすもの全てだ! 王家に逆らう者全てだ!」 ここが重要、“悪魔公”はあくまで民の為ではなく自分の為、ロマリア軍を殺す為に煽っている。 後に彼らが振り返った時、そう思うようにしなければならない。 「さあ勇者達よ! リュティスへ向かえ! そこで王と共に戦う軍団(レギオン)に加わるのだ! 我らこそがハルケギニア最大国家! ロマリアのゴミなど恐るるに足らん!」 そうして、ガリア義勇軍はリュティスへと進んでいく。当然、休む場所や食糧なども必要となるが、最終作戦ラグナロクに穴は無い。全ての者が動いている。ロアン国土卿が街道の整備にあたり。そのための人員確保にミュッセ保安卿が協力した。そして、サルドゥー職務卿、ボートリュー学務卿らが宿泊施設の確保などに動いており、ビアンシォッティ内務卿はその統括。カルコピノ財務卿はそのための資金確保と、必要となる経費の計算に余念がない。ジェディオン法務卿もまた、各地の役人に迅速な指示を飛ばし、義勇軍が足止めされることがないように務め、義勇軍にはこの瞬間、どんなところへも無許可で行ける特権が与えられたも同然になっている。そして、ロスタン軍務卿と、あいつらによってその行先は誘導され、全てはリュティスに集う。 だが、イザークだけは別。 外務卿であるあいつの役割はロマリアへの仕込み。国内はあいつの担当ではない。 そして、全ての準備は整えられ、民衆は義勇軍として決起。 その数はどんどん膨れ上がり続けている。■■■ side: マルコ ■■■ 「撃て!」 僕の合図と共に炎の魔弾「イグニス」が教会に叩き込まれる。 元々『錬金』によって油が捲かれていた教会は勢いよく燃え広がり、あっという間に燃え尽きる。 既に、『ルシフェル』の部隊は同時に展開し、ガリア中にあるブリミル教寺院を焼き打ちにしている。 僕の役割はその総指揮。ブリミル教寺院をこのガリアから一掃することが僕の任務だ。 これには大きく二つの目的がある。 一つは、義勇軍の方向性を一つに束ねるため。 下手にブリミル教の象徴である寺院が存在してしまうと、彼らの怒りがそちらに向けられる可能性がある。故に、先手を取って焼き滅ぼし、彼らの怒りの向け先を“聖軍”と教皇に限定させた。 そしてもう一つ、こちらがそれ以上に重要な理由。 それは、罪も無い普通の善良な神官やシスターが、怒り狂った民によって虐殺されるのを防ぐために、僕らの手で保護するためだ。 まあ、その先が“プリズン”ってのはちょっと問題があるけど、元々プリズンは大きな修道院みたいなものだから、普通の神官やシスターだったら違和感なく普通どおりの生活が出来るはず。 民の熱狂が冷めるまでは、安全な場所に彼らを匿う必要がある。 何があろうとも絶対に、神官であるという理由だけで殺させてはいけないのだ。 それでは僕達と変わらない。平民の血が混じっているという理由だけで“穢れた血”とされた僕達と。 だからこそ、貴重な戦力を割いてまで彼らの為に動きまわる必要がある。僕達がそういう理由で戦う以上。そういう犠牲だけは絶対に許容できない。 まあ、当然のことだけど、神官の大半は寺院税を搾り取って贅沢三昧をしてる奴らだから、そんなのは容赦なく殺している。 僕の任務が『ルシフェル』だけで足りるのは、予めどのような人物か時間をかけて調査し、民から搾取してるような奴は地獄に叩き落とすことが決定していた。要は、怒り狂った民衆の好きにさせたのだ。 だから僕達は善良な人々の救出と、焼き打ちだけに集中すればいい。ヨアヒムの任務に比べれば地味で淡々とした任務だけど、重要度では大差はない。 これは世界の価値観を変える為の作戦なんだ。だから、ここでの犠牲者を出すことは絶対に許されない。 「さあ、次に行きましょう。休むことは許されません。南部で狂信者を相手にしてる者達も休んではいないはずですから」 これは最終作戦ラグナロク。 この日の為に僕達はこれまで戦ってきたのだ。 ここでは無理して当たり前。死ななければそれでいい。 でも、一つだけ不安はある。 ハインツ様はこれまでも常に無理に無理を重ねてきた。 あの方の身体には、これ以上の無理に耐えられる力が残されているのだろうか? 最終作戦ラグナロクを終えると同時に、燃え尽きてしまうのではないだろうか? そんな一抹の不安を振り払うように、僕は不眠不休で働き続けた。■■■ side: アドルフ ■■■ 「よーし! 全体止まれ! ここで休憩だ!」 サントル地方圏府、二オールに集った義勇軍に指示を与える。 カルカソンヌ防衛軍以外の王軍6万の任務は、この義勇軍の統制をとりつつリュティスに導くことにある。 辺境の村から街に集まるまではいい。 そこから都市に来るにもまあ問題はない。 しかし、既に数万規模にまでなると、そこからが問題だ。下手すると行進するだけで死人が出かねねえ。 大軍が動くってのはそれだけで訓練が必要になるもんだ。今回は進む速度はゆっくりとしたものだとはいえ、専業軍人の指示なしに動ける規模じゃねえ。 だけど、今ここにいる奴らをリュティスに送っても、またここに後続が詰めかけてくるはずだ。 だから、そいつらが先行する連中とぶつからないように調整しなけりゃいけないし、南からも別の義勇軍がやって来るだろう。 当然、保安隊の協力もあるが、街道の整備と宿泊所の確保だけで手一杯だろう。しかも、集った連中はどんどん増加しているっていうわけだしな。 「各連隊長は一旦集合しろ! 軍議を始める!」 これも一種の戦いだ。間違ってもここで死者なんて出すわけにもいかねえし、必要以上に足止めさせるわけにもいかねえ。 俺の担当はリュティスの東側だが、西側はフェルディナンが担当してる。向こうも向こうで必死だろうから、こちはこっちで何とかするしかねえ。 だが、俺の担当はここだけじゃない。コルスやウェリンの義勇軍も同じように誘導しなきゃならねえ。だから、ここを一時誰かに任せて、向こうの指示に移動しなきゃならねえんだが、その人選を誰にするかも問題だ。 俺の部下は基本的に血の気の多い奴ばっかだからこういうことに向いてそうな奴がいない。 となると、つい最近まで同格だったやつらになるんだが、こっちの指示通りに動くかどうかには疑問が残る。 「ま、いざとなったら一人燃やすか。軍人が死ぬのは構わねえだろ」 要は民に被害が出なきゃいいんだ。下手なプライドにこだわって上官の指示に従わないような奴を、一人焼き殺すことで民の被害を抑えられるんなら問題なし。 とりあえず手加減はしておく、そして、将官でありながらそのくらいも避けれないようじゃそもそも軍に必要ねえからな。 「やれやれ、敵を思いっきりぶっ潰す方がよっぽど楽だぜ」 敵がいないってのも厄介なもんだ。 「だけど、ここで弱音を吐いていられねえ。俺はラグナロクの指揮官だ。これくらい軽く乗り切れないでどうする」 俺は決意を新たに、何万もの義勇軍を混乱なしにリュティスまで進軍させるための指示を部下に与えた。■■■ side: クロード ■■■ 俺は今、旗艦である『ヴィカリアート』に乗ってアルデンヌ地方に向かっている。 サントル、ウェリン、コルスなどの、リュティスから東にあり、かつ比較的近い地域の義勇軍はアドルフが先導することとなっているが、さらに遠隔地ではそうはいかない。 結果、俺は東側の遠隔地、アルフォンスは西側の遠隔地を担当することとなった。当然フェルディナンが西側の近郊だ。 ロマリアに寝返った120隻は通常艦だが、残った80隻はそれ以前から俺達の独立的な指揮下にあった。これはアルビオン戦役での戦功があったのと。パリー卿ら、アルビオン軍の講師達の教えを受けた連中と上手く連携を取り、指揮できるのが俺達しかいなかったためでもある。 つまり、クラヴィル卿が率いた120隻は従来型の艦隊に、従来の艦隊運用。 俺とアルフォンスが率いる80隻は、新型の機能が搭載された艦隊に、アルビオンの航空技術を取り入れた艦隊運用。 寝返ったほうではまだ“コードレス”を最大限に利用した艦隊運用を実現できてはいないようだが、こちらは既に一斉砲火や、散開、再集結、楔形陣形への変換、紡錘型、球型への変換など、様々な艦隊運用を行っている。 そして、“迷彩”が付いているのは俺とアルフォンスの旗艦だけだが、他の艦にも“着地”機能は搭載されている。 つまり、遠隔地に存在する都市に赴き、そこに集っている義勇軍を乗せ、そのままリュティスに運ぶことが可能となる。 最も、大量の「風石」を消費することとなるが、これは最終作戦、ケチっている場合ではない。 だが、それでも大量の兵を“着地”で運ぶのは効率がいい訳ではないのであくまで非常手段だ。 リュティスからカルカソンヌまでどう移動させるかについてはハインツからなにも聞いていない。何やらとんでもないことを企んでいるようだが、そこを気にしても始まらん。あいつのことを深く考えるほど無益なことはない。 「提督、間もなくエピナル上空に着きます」 「分かった。竜騎士隊を先遣隊として送り込み、しかる後に“着地”を行え。可能な限りの人員を搭載し次第、リュティスへ向かうぞ」 「了解」 この最終作戦ラグナロクの鍵となるのはあくまで彼ら義勇軍。 民衆が自分の意思で立ち上がり、国と家族の為に狂信者や裏切り者の封建貴族と戦う道を選択したという事実こそが最大の意味を持つ。 例えそれが最初の一歩であれ、その一歩があれば次を踏み出せない道理はない。 後はゆっくり、確実に進んでいけばよい。時間が限られているわけではないのだから。 「さて、いよいよラグナロクも山場に差し掛かるか。ハインツはどのような恐怖劇(グランギニョル)を考えているのだろうな」 あいつは『楽しみにしていろ』とは言っていたが、あいつがそう言う以上は碌なものではないのは確かだ。 「人間が死ぬのは間違いない、それも大量に。後はどのように、どこまで残酷に殺すかだが、果たして……」 予想の斜め上を行かれることはよくあるが、今回は殊更読みにくいな。 アルフォンスなら深い所は考えず突っ走るのだろうがな。奴の脳天気さが時折羨ましくもなる。 そしてエピナル上空に到着。義勇軍を搭載した我々は一路リュティスを目指す。 そこでこの部隊を降ろした後は、フランシュ=コンテ地方北部の農業都市カストルに向かう。 フランシュ=コンテの南部は寝返ったが、北部は王領となっている。 忙しくなりそうだ。■■■ side: エミール ■■■ 僕は今、冗談抜きで死にかけている。 何しろガリア中から義勇軍が集結してきており、彼らに食べさせる食糧を確保するのは僕の役目なのだ。 一応確保自体は終了しているものの、今度はそれを効率よく配分する必要がある。しかも、各地の義勇軍の集まり具合を計算しながら、各都市に的確な量を輸送しなきゃならない。 こういうのは本来アラン先輩の方が得意なんだけど、アラン先輩も忙しいから僕がやることになる。 「副総長、アジャンから報告です。2千人分の食糧を至急送ってくれとのことです」 「ラヴァルから報告です。予想より早く義勇軍が通過したそうで、食糧が余ったとか。どうすればよいかとの打診が来ています」 「グルノーブルから報告。5万もの義勇軍が集結しているとのことで、1万人分ほど足りないそうです。あと三日しかもちそうにないと」 「ブレストから報告、空海軍に依頼していた輸送は完了しました。それで、次の指令を求めています」 「エピナルから報告、クロード・ストロース中将が義勇軍を率いてリュティスへ出発したそうです。近いうちにリュティスに到着するので食糧の準備を求むと」 「ランスから報告、フェルディナン・レセップス中将の部隊が義勇軍を出発させた模様。さらにモン=ド=サルマンに向かう予定だそうです」 「レンヌ、ネンシー、アラス、アヌシーのリュティス衛星都市より連絡。食糧集積場がそろそろ空になるそうです」 とまあ、そんな感じの報告が実にひっきりなしに届く。 何しろ義勇軍は移動する。しかも人数を変化させながら。増えることはあっても減らないというオマケつきで。 しかし、これが出来るのは僕しかいないという自負もある。 アラン先輩ならもっと効率よく出来るだろうけど、アラン先輩はこっちを手伝える余裕はないだろう。 「さて、問題はロン=ル=ソーニエの食糧を如何に移動させるかだけど」 “ガリアの食糧庫”の別名を持つあの街には大食糧庫が存在して、数十万人が数か月は暮らせるだけの食糧が保管されている。 クアドループやバス=ノルマンも穀倉地帯ではあるけど、備蓄は各都市に分散してる。ここまで1箇所に集まっている都市は無い。 「陸路は義勇軍で埋まってるから無理。となると空だけど、民間船を利用するかな」 大都市はほとんどが大河の傍にある。水があればそこを港にして船を発着させることが可能となるからだ。 ロン=ル=ソーニエも例に漏れず、東側がザーレ川に面している。 “着地”を備えてるのは、まだ両用艦隊の戦艦くらいだから、ガレオン船にはその機能が無い。そして、両用艦隊はほぼ全てが出動しているから余裕がない。 「そうだ、例の大花火用の船が確保してあったはず。あれを使えば…………」 僕は“デンワ”を取り出してハインツ先輩に繋ぐ。 「あ、ハインツ先輩、ちょっと聞きたいことがあるんですけど。例の大花火用のガレオン船は使えますか?」 「ああ、陛下の親衛隊が整備してるはずだ。悪魔の軍団(レギオン)を動員した時も彼らに協力してもらったしな、『インビジブル』や『スルト』も含めて一緒に整備しているはずだ。確か場所はアラスだな。ソーヌ川とルトニ川が合流してる場所だから水量が多いからな。それに工業都市のアラスなら職人の数にも事欠かない」 「分かりました。じゃあ、それらを食糧輸送用に利用しますね。ロン=ル=ソーニエからリュティスへ一気に運びます」 「分かった。陛下とイザベラには俺から話しとく」 「お願いします」 ふう、これで大丈夫、後は通常の輸送体制で問題はない。要は“約束の日”まで持たせればいいんだから。 その後は各地に分散してある食糧をまとめればいい、その頃には王軍の動員が可能になってるはずだ。 「絶対に義勇軍は飢えさせない。それが“調達屋”たる僕の誇りだ」 自分を叱咤しつつ、“働け、休暇が来るその日まで”を服用する。 このままじゃいずれ“ヒュドラ”を眠気覚ましに使う羽目になるかもな。■■■ side: アラン ■■■ エミールの奴は今頃死にかけてるだろうが、俺も俺で結構忙しい。 「総長、燃料の確保は済みました。後は輸送するだけです」 「ブレストの街でテントが足りてないとか、直ちに補給してくれだそうです」 「総長、カルカソンヌから連絡です。弾薬をもう少し送ってくれだそうです。なんでも敵の攻撃があって相当量を消費したとか」 「アジャンから連絡、木材の搬入にはもう少し時間がかかるとか、ですが、三日後までには間に合わせるとのことです」 「ラヴァルから連絡、靴、服、鎧などの装備類の配布は完了したとのことです」 「レンヌから連絡、馬の飼料が足りてないそうで、至急送ってくれとのことです」 エミールの担当は食糧。これにはガリアの分だけではなく、ロマリアの民に配給する分もあるからとてつもない量になる。 俺の担当はその他の物資。量自体はそれほどでもないが、種類が多種多様なので、確保する場所、輸送手段、必要とされる場所、その全てが異なるので忙しさでは大差ない。 だが、俺の方は少しばかり遅れようがそれほど問題はないが、食糧はそうはいかん。腹が減っては戦は出来ぬというが、食糧が無いと何も出来ん。 このガリアでは水に困ることはない。どの都市でも水の確保は容易だし、上水道がある都市も数多くある。その辺の川の水もだいたいが飲める。しかし、食糧は別だ。流石にその辺の草を食べるのはお勧めできん。中には毒を持つものもあるはずだからな。 義勇軍が飢えて毒草を食べて死にましたでは、笑い話にもならん。 そういうわけで、深刻なのはやはり向こうの方になるか。 すると。“デンワ”で連絡がきた。 「俺だ」 「アラン先輩、さっきエミールから連絡がありまして、大花火用のガレオン船を輸送用に使用することにしたそうです。ついでですから、そっちも何か運びますか?」 ふむ、そうなると。 「出発場所はどこだ?」 ロン=ル=ソーニエからリュティスに食糧を運ぶのは分かりきっている。問題はその出発点だな。 「アラスです。あそこからロン=ル=ソーニエへ向かいます」 「そうか、では、そこから何隻かカルカソンヌへ派遣できるか? 弾薬や砲弾を届けてやってくれると助かるが」 「大丈夫ですね、それから、頼んでおいた木材はありますか?」 「ああ、シュヴァルツヴァルトからアジャン経由で確保してある。三日後にはリュティスに着くだろう」 「分かりました。ありがとうございます」 「しかし、あれを何に使うんだ? 燃料ならば他にもっとましなものがあるだろう」 「ちょっとした大道具です。金属だと重いのでここは木材にしました」 大道具か、こいつのことだ、何か企んでいるな。 「まあいい、注文されたものは確保する。他に要望はあるか? 今のエミールに追加注文するのは酷だからな。何か必要なら俺に言え」 「うーん、他は大丈夫でしょう。何といっても今回の最重要は食糧ですから。強いて言うなら水ですね。ロマリアは水に乏しいので」 「水か、軍隊の進軍中にでも調達できそうではあるが、まあ、確保はしておこう」 「お願いします。後方支援は先輩とエミールが頼りです」 「もう少しこっち方面の人材育成にも力を注ぐべきだな。士官学校に専門の兵科を設けるべきだと思うが」 「そうですね、軍務卿や学務卿、それと職務卿にも相談してみましょう。イザベラにも伝えておきます」 「頼むぞ」 そして、ハインツとの通信は切れた。 「結局、ガリアの人材を全て把握しているのは、陛下と、宰相殿と、あいつだけか。ものの見事に王と王位継承権第一位、第二位になっているな」 専制国家なのだから当然といえば当然なのだが。実力的にそうなるというのが凄まじい。 九大卿とて有能な者達の集まりなのだがな。 「ガリア王家には特殊な血でも混じっているのか?」 そう思えるほどだが、それ故に身内で相争ってきたのかもしれんな。 「まあ、最終作戦ラグナロクが終わればそれも意味が無くなる。全ては本人の意思次第となるか」 その方が面白そうなのは確かだ。自由度は高いほうがいい。 俺達みたいのは、どんな社会制度だろうがそれほど変わらないような気もするがな。 「異端はどこまでいっても異端か、そんなのが7人も集まっているのだ。だからこそ“血と肉の饗宴”作戦を実行出来るというのものか」 あれは俺達の作戦だ。ロマリア宗教庁をこの世から完全に消滅させるための。 被害者は大量に出るだろうが構うものか。6000年の終わりにはあれほど相応しいものはない。 そのための準備も俺とエミールで行っている。そしてそれは間もなく完了する。 「さて、いよいよか。世界はどう変わるのか、非常に楽しみだな」