ロマリア軍はガリアの中央部に位置するカルカソンヌまで進撃するも、そこでガリア軍の反撃にあう。 ガリア王政府軍9万を率いるはヴァルター・ゲルリッツ、ディルク・アヒレス、バッソ・カステルモール、の三花壇騎士団長。 いかに“聖戦”の錦旗があるとはいえ、容易に突破できる精鋭ではなく、睨み合いが開始された。 全ては悪魔の筋書き通りに。第四話 狂信者■■■ side:シャルロット ■■■ 私は今、街道沿いに歩いている。 このカルカソンヌにも何度か任務で来たことがある。というより、ガリアの主要都市で行ったことがない都市は無い。 ハインツは間違いなく、そうなるように意図的に任務を与えていた。私がガリアについて知れるように。民の生活を自分の眼で見れるように。 イザベラ姉様は、自分で見なくても資料だけで、それを理解することが出来るそうだ。 ハインツ曰く、 『イザベラの凄いところはそこだ。あいつの理論は実践を凌駕する。ルイズも同じように理論者だが、ルイズは実践が出来ないわけじゃない。だが、イザベラにはそれが出来ない。故に、内政や情報管理に関してはあいつは最強だ。情報収集や外交ならイザークが上回るけどな』 本当に、今のガリア王政府の人材は凄まじい。そして、その頂点に君臨するあの男は、彼ら全てを兼ねることが出来るほどだという。 …………父様が嫉妬したというのも頷ける。 そんなことを考えながら歩いていると。 「やあ、タバサ」 教皇の使い魔、ヴィンダールヴのジュリオが話しかけてきた。恐らくここで待ち伏せしていたのだろう。 彼も教皇と同じく顔が無い。 彼は出来すぎている。誰でもが思い描けるような美しい少年、神官としては非の打ちどころがなく、それ故に彼自身が無い。“ジュリオ・チェザーレ”という記号に過ぎない存在。 彼自身、それに気付いていないのか。それとも、気付いても彼にとってはどうでもいいことなのか。 まあとにかく、私は無視して通り過ぎることにした。 「失礼。呼び方を間違えたようだ。シャルロット姫殿下」 そう言われて振り返る。 「知っていたの?」 「ええ、このハルケギニアのことで、我々ロマリアが知らぬことなど、何一つありませんから」 よく言う。 「そして、陰謀に長けた国」 「と、申されますと?」 「南部諸侯の寝返り。何か月も前から準備を進めねば、ここまで早い侵攻は不可能」 ロマリアが何か月も前から、ガリアの封建貴族達を密かに懐柔していたのは間違いないだろう。 けど、ハインツは4年前から、ガリアの封建貴族達をロマリアへ寝返らせるために、工作を続けていたという。 「その通りです。ご慧眼であらせられますね。では、私が次にお願いする内容も、お見抜きになっているのでは?」 「全てが貴方達の掌の上だと思ったら大間違い」 脚本を書く悪魔はガリアにいる。 「ですが、予想の範囲なんですよ。このカルカソンヌで足止めを食らうことも、そして、どのようにしてこの川向うの敵を突破し、リュティスに至る道が出来るのかも………」 「貴方達の人形になれというの?」 「いえ。由緒ある王国を、本来の持ち主にお返しするお手伝いがしたいだけです」 愚か者が。私は正統な後継者ではない。父、オルレアン公は王に選ばれなかったのだから。 それ故に命を落とすことになったのだ。ガリア王家のことを何もしらぬ下郎が、知った風な口をきくな。 「私は冠を被りたいわけではない」 そんなものはいらない。何の価値も無いのだから。 「困ったな。どうして我々に復讐のお手伝いをさせてくれないのです?」 「手を組むに値しない、無能なゴミだから」 言葉はきついくらいでちょうどいい。こいつは触れてはならない、私達王家の闇に触れようとしたのだ。 「ゴミですか、それは中々に過激な表現ですね」 「ただの事実。貴方は先程、予想の範囲内と言ったけど、あのフェンリルに3000もの兵が一瞬で焼き尽くされたことも。貴方が悪魔公に深手を負わされたことも、全て予想の範囲内だったと?」 分際を知れ。私の兄を甘く見るな。 「そこは、厳しいところですね」 「あと、このハルケギニアで知らないことなど、何一つないと言った」 「確かに言いましたね」 微笑みながら言うジュリオ、多分、あのことだろう。 「それは、私に双子の妹がいることも含めて?」 「!」 動揺が走る。なんて脆い。北花壇騎士団本部に勤める“参謀”達ならこの程度で動じたりはしない。 「そして、その妹はセント・マルガリタ修道院ごと、悪魔公によって焼き殺されたことも?」 これは嘘、だけど、今のこいつに確かめる術はない。 「まさか……」 「彼は恐ろしい男。いずれ自分以外の全ての王族を殺すつもり、当然その中には私も含まれる。貴方達にとっては貴重な駒でも、彼のとってはただのゴミ。殺すことに何の躊躇いもないはず。何せ“悪魔公”なのだから」 ハインツは間違ってもそういうことをしない。 殺す必要がある人間はどこまでも無残に、無慈悲に殺すけど。そうじゃない人間は自分の寿命を削ってでも助けようとする。 自分が助けたいから、ただそれだけの理由で。同時に、自分が殺すと判断したから。それだけの理由で何万人もの人間を殺せる。 だから、ロマリア軍にかける情けなんか少しももっていない。どこまでも無慈悲に殺すだろう。 「だから私は貴方達に協力しない。すぐ沈むことがわかっている船に乗る馬鹿はどこにもいない。悪魔公の掌の上で踊る道化に従うのは道化以下」 そして私はヴィンダールヴの前から歩み去った。 ガリアは政争と簒奪の国。あの人達はその中を生き抜いてきたばかりか、その国を平和な新しい国に変えようとしている。 過去に縋るしか能がない狂信者にどうにかできる存在じゃない。 私達は私達の役割があるからここにいる。別にロマリアのためではない。 「貴方はどう思う? アイン」 私は誰もいない空間に対して呼びかける。 ≪流石はシャルロット様、見抜かれましたか。私の隠形もまだまだですね≫ すると、声が響いてきた。 「風」のスクウェアスペル、『伝心』。 『サイレント』は風の初歩と言えるけど、これは難しい。自分が定めた相手にのみ声を伝えるのだ。 ハインツに言わせると、『相手の耳の傍にのみ、音声と同じ周波数を持った空気の振動を発生させる』とかなんとか。 私達メイジは向こうで言う“科学現象”を無意識で行っているそうだ。原理を知っていても知らなくても、それほど変わりはないらしい。 『魔法ってのは過程を通り越して結果を引き起こすものだ。だから下手な情報は逆効果になることもある。出来るはずがないなんて思っちまったら絶対に出来ない。これはルーンマスターにも言えることだけどな。人間は自分の意思で現実を侵食するんだ、そこが自然に沿う先住魔法との最大の違いだ』 とまあ、そういうことを言っていた。 要は、ハルケギニアに生まれてハルケギニアで育った私達は、下手に異界の知識なんか求めず、自分に合った方法で魔法を使った方がいいということらしい。 ≪いいえ、貴方の隠形は完璧だった。だけど、私があのヴィンダールヴと会話したこのタイミングなら、必ず貴方は傍にいる。その確信があっただけ≫ 私も『伝心』に切り替えて話す。 これは一方的に話すだけの魔法だから、「風」のスクウェア同士じゃないと対話にならない。 ≪なるほど、確かにその通りです。流石はイザベラ様とハインツ様の妹君ですね。素晴らしい洞察力です≫ アインの言葉には純粋に褒めている感じを受ける。少し気恥ずかしい。 このアインはハインツの“影”。 北花壇騎士団内部粛清用暗殺集団であり、同時に副団長ハインツ直属であり、闇の仕事を請け負っている。 この“アイン”の任務は私の護衛。アーハンブラ城から助け出された後、「風」のスクウェアになった私は、初めて彼に気付くことが出来た。 彼は「風のスクウェア」の死体を元に作られたホムンクルス。彼以外にもツヴァイ、ドライ、フィーア、フェンフ、ゼクス、ズィーベン、アハト、ノイン、ツェーン、エルフ、ツヴェルフ、ドライツェーンと続き、現在では40近くに達するとか。 私がアインの存在に気付いた時は、可能な限り全ての情報を教えることを許されていたらしい。 ≪それで、あの話は本当なの?≫ 以前、そのように言えばロマリアの愚者は動揺する。と教えられたけど。 ≪いいえ。オルレアン公とマルグリット様の間に生まれたのは貴女一人です。闇の技術によってそのように作られた存在がいたのです。そうでなくては、心を病まれていた頃のマルグリット様は貴女以外の名前も叫んだはず≫ 確かに、母様はシャルロットの名前だけを呼んでいた。もし私に双子の妹がいるのならそれはおかしい。 ≪それ以前に、それが事実だとすれば、あのオルレアン公がそのようなことを隠すわけがありません。王家の禁忌がなんであれ、隠すことは決してなさらない方です。そうであるが故に彼は“ガリアの光”だったのですから≫ 父様なら隠さない。それに、兄に相談しているだろう。二人が力を合わせれば出来ないことなんてなかったはず。 ≪ですから、そのような役割を背負わされた哀れな少女がいたという話です。これもまたガリア王家が孕む闇の一つといえましょう≫ でも、それをロマリアが知っていた。いや、知らされたのか。 ≪その事実を知らず、純粋に私の妹であるとロマリアは信じ込んでいる≫ ≪その通りです。この前、虎街道の出口にてハインツ様によってバラバラにされたバリべリ二枢機卿なる男。あの男が情報源です。そして、ヴァランス本邸にいるマルグリット様に干渉しようとしたそうです≫ 母様に! ≪ですが、それは生肉を抱えて火竜の巣に飛び込むようなもの。ヴァランス邸には我々“影”のみならず、“ファースト”のルーンマスター達、さらには先住種族と、あらゆる警戒網が存在しています。彼の者はあっさりと捕まりました≫ ヴァランス邸はヴェルサルテイル並の防衛力を誇るという。一種の要塞といっていい。≪ハインツ様は貴女やイザベラ様、そしてマルグリット様に手を出すものを決して許しません。奴は生まれたことを後悔するほどの拷問を受け、狂うことも許されず、生きたまま内臓を虫に喰われました。そして、代わりに火の秘薬を詰めて、あの場で爆散させたわけです≫ 流石はハインツ、とことん容赦がない。 その枢機卿は別にどうでもいい、自分達の都合で私達に干渉しようとしたのなら、ハインツの都合で殺されても仕方ない。だけど、その少女が闇の犠牲者だというのなら。 ≪その少女のことを知ったハインツはどうしたの?≫ ≪特に何も。そもそも必要が無いのです。大元の闇を砕けばそれからこぼれたものも意味を失います。彼女は普通の少女として、己の人生を過ごすでしょう≫ そうか、ロマリア宗教庁が滅び、王家というものがなくなるのなら、彼女は彼女の人生を歩めるようになる。 ≪彼女のような存在は決して少なくありません。この世界の歪み、血にこだわる貴族制度、異端審問、あらゆるものが既に生活の一部に組み込まれています。ですが、生まれた時からそういうものであったが故に、平民の中にそれに疑問を持つ者は少ないでしょう≫ 確かにそうだ。そういうことに疑問を持つには知識が必要。情報が不可欠。 だけど、今のガリアならそれが揃いつつある。 ≪ですが、虐げられた者達は数多くおります。貴女もその一人と言えましょう。であるならば、ハインツ様が何をなさるかは考えるまでもないでしょう≫ 壊す。何もかも。そういう人だ。 ≪後は、貴女が知る事実を“博識”様にお話しになれば、全ては明らかになるはずです。我が主が何を考え何のために行動しているか≫ ルイズならきっとそれだけで分かる。いや、既に9割くらいは察しているだろう。そのために彼女はイザベラ姉様とハインツに会いに行ったんだろうから。 それはいいとして、聞きたいことがあった。 ≪ねえアイン、貴方達ホムンクルスは、なぜハインツに従うの?≫ 彼らがハインツに従い、共に戦う理由が分からない。 ≪簡単です。我々がハインツ様の分身であるからです≫ ≪分身?≫ それはいったい。 ≪そもそもホムンクルスに本来自我などありません。いえ、必要ではなかったのです。材料となったメイジの死体の能力を発揮し、主の言葉に従う人形。それが6000年の闇の技術によって作られたホムンクルスです≫ まるで、“ネームレス”。人間が作るものは、結局そうなるのだろうか。 ≪ですが、ハインツ様はそれにさらに魂を与えたのです。インテリジェンス・ウェポンに使用されている、魂を模写する技術。それを用いて我々に自我を与えたのです≫ ≪魂の模写?≫ ≪はい、デルフリンガーを考えると分かりやすいかと。彼は人間と同等の知能を持ちますが、剣である己を是としています。“我は剣なり、故に我なり”といったところでしょうか。我々も同じです。“我はホムンクルスなり、故に我なり”というわけです≫ 自分をホムンクルスと最初から認識していたということ。 ≪でも、どうやって魂の模写を?≫ ≪古代のマジックアイテムに『魂の鏡』というものがあったそうで、映したものの魂を模写するのです。ですが、それをさらに付与するには別の技術も必要になり、ハインツ様には半分ほどが限界だったそうです。そこで、二人分の魂を入れたのです≫ それはまさか。 ≪ひょっとして、貴方の魂は≫ ≪はい、半分はハインツ様の模造品、半分はハインツ様の補佐官であるマルコ様の模造品です。性格などは受け継ぎますが、明確な記憶はありません。一般常識や知性などはありますが、マルコ様の母に関することなどは一切分かりません。残りの者達も“参謀”方々の魂を模写しており、フェンフやアハトなどは命令を受ける度にぶつぶつ文句を言っております。ですが、言われた仕事はきちんとこなします≫ 彼らの魂を模写したのならそうなるだろう。 ≪ちなみに“ツヴァイ”はヨアヒム様の魂を模写してまして、どっちの魂が宿る方が“アイン(一番)”となるかでマルコ様と揉めに揉めました。『俺がハインツ様の影だ!』、『いいや! そこだけは譲れないね! 僕こそがハインツ様の一番の影だ!』と、結局はくじ引きで決まったのですが≫ 何て凄まじい言い争い。自分が日蔭者だと言い張り合うなんて。 ≪そうして我々は存在するのです。なぜハインツ様と共に戦うのかと問われれば、あの方と共に戦いたいからだとしか答えられません。多分、ハインツ様が陛下のために戦うのも、似たような気持ちなのでしょう≫ そう言われるとなんとなく分かる。だけど。 ≪それは可能なの? 剣とかのように、元の人間からかけ離れたものならともかく、人間の死体を使ったホムンクルスでは矛盾が起きそう。自分に疑問を持ってしまえば、精神が崩壊してしまう≫ ≪流石はシャルロット様。その通りです。人間の魂をホムンクルスに込めれば普通はそうなります。自分は人間だという自我が優先され、ホムンクルスであることを拒絶してしまうでしょう≫ ≪普通は、ということは?≫ ≪我々は普通ではないということです。考えてみて下さい、我々の半分はハインツ様の魂なのです。あの方が今日からホムンクルスとなり、あと1か月の命だと言われたところで、何か変わると思いますか?≫ なるほど、そういうこと。 ≪何も変わらない、ハインツはハインツ、人間であることにこだわるはずがない≫ あの人はそういう人だ。いや、人じゃないのかもしれない。 ≪ですから我々もそうなのです。人間の模造品ではなく、ハインツ様の模造品。であるが故にホムンクルスとして自我を持つことが出来ます。それに、残りも半分も北花壇騎士団本部の方達。ハインツ様には及ばずとも、十分変人です≫ あの本部はイザベラ姉様とその補佐官のヒルダさん以外は、全員が暗黒街出身。 ハインツは違うはずだけど、あれはもう別物。 ≪故に我等は“影”なのです。人間ではなく、悪魔の影。シャルロット様にはシャルロット様の在り方があり、我々には我々の在り方があります。ですから、それでいいのです≫ 確かに、彼らはハインツの“影”だ。考え方が凄く似てる。 けど、口調はマルコに似てる。ハインツに戦い方を教わる際、彼らも協力してくれた。 ≪分かった。私は私が在りたいようにある≫ ≪そうなさって下さい。サイト様とお幸せに≫ なんでそういうところまで似ているのか。 そして、私はアインとの対話を終了した。とはいっても彼は私の護衛を続けるから、傍に控えているのだろうけど、余程集中しないかぎりその存在を僅かに感じ取ることさえできない。 フェンリルとの戦いでは彼はいなかったそうだ。曰く。 『兄君がおられる以上、私の出番はありません』 だそう。マルコは僕、ハインツは俺、なのにアインは私。これは混ざった結果なのかな? そんなことを考えつつ歩いていると。 「あ、見つけたよ!」 「きゅいきゅい! お姉さま発見なのね!」 迎えがやってきた。■■■ side:才人 ■■■ 俺とシャルロットはマチルダさんに発見されてルイズの宿舎にやってきた。 「あら、意外と早かったわね」 ルイズは少し意外そうだった。机の上には何枚もの資料が乱雑してる。 こいつは致命的に片付けるのが下手だ。学院と違って片付けるメイドがいないから必然こうなる。 だけど、そんなことより気になることがある。 「おいルイズ、その腕どうしたんだ?」 ルイズの右腕は肩の先からほぼ全部、金属製の義手になっていた。 確か、フェンリルとの戦いの後でちょっと副作用が出てるとか言ってたけど。 「ああ、これ? 切り落としたのよ。ちょっとやばいことになってね」 平然と答えるけど、洒落になってねえだろそれ。 「腕切り落とす事態って、一体何があったんだよ?」 フェンリルを倒す際に右手の肉が溶けたとは聞いてるけど、腕全体じゃあなかったはずだ。 「フェンリルの倒す際に使った“王水”、あれが原因よ。あれは元々ハインツが作ったものだけど、あんたの世界でいう“王水”をベースにはしてるけど完全に違うものなの」 確か、金をも溶かす酸だったよな。 「何がどう違うんだ?」 「元々の“王水”は別に何でも溶かすものじゃなかったらしいけど、それをベースにこっちにあった複数の毒。特に強力な幻獣の消化液に含まれる成分を解析して作った毒とか、毒蠍の尾に含まれる毒とか、その他もろもろ。死ぬほどヤバいもんばっかを混ぜて合成したっていうとんでもない毒なの。だから冗談抜きに何でも溶かすわ、例外はそれと対になる解毒剤の成分を持った薬品をかけた上で『固定化』をバランスよくかけたものだけね」 「何つー危険なもんを作るんだあの人は」 「やり過ぎ」 シャルロットも同意する。 「あいつにとっちゃあ警告も兼ねてたらしいわね。あんたのところの“科学”とこっちの“魔法”が融合したらとんでもないものばっかが出来るっていうね。もしあんたの世界に『錬金』が伝わったら、“核燃料”だったかしら?そういうのが誰でも作れるようになるとか」 「ヤバいなんてもんじゃねえな」 高校生がインターネットで爆弾の作り方を見て、実際に作って爆発させたなんて事件もあったそうだけど、そんな感じで核爆弾が作れるかもしれねえってことだろ。 「で、そういうことでハインツが作った代物だったんだけど、私とモンモランシーでさらに改良を加えたのがあの“粘着型”ね。だけど、予想以上に強力な代物になっちゃってね」 「何でそんなのをさらに改造すんだよ」 「狂魔法学者」 シャルロットのつっこみは厳しい。 「その効果が問題でね、付着した部分を溶かすのは従来通りなんだけど、そっからさらに毒が遅効性で拡大していくの。つまりは少しでも付着すれば後は勝手に侵食して敵を殺すわけね。毒というよりも、呪装兵器と呼んだ方がいい代物になってたわ」 完全にスルーしやがったこいつ。しかも、呪装兵器っておい。 「だから、あのフェンリルだったらそっちは問題ないわ。毒が進行する速度よりあいつの再生力の方が圧倒的に強い。だから直接効果の方しか意味がなかった。けど、私の肉体はただの人間だから、“王水”の毒に耐えられるわけもなかった。右手からどんどん浸食が進んでったわ」 「何でそんな危険なもん自分ごと使うんだよ」 「考えなし」 「仕方ないでしょ、出来たばっかであんまり試してなかったし。それに、一次効果だけで実験用の生物は死んじゃってたから確かめようがなかったのよ。ハインツだったら手頃なので人体実験をやったでしょうけど」 「人体実験……」 「やる。絶対」 もの凄い確信を込めて呟くシャルロット。うん、兄のことをよくわかってるんだなあ。 「モンモランシーが色々手を尽くしてはくれたんだけど、現時点ではその毒の進行を抑えるのが手一杯で、根本的な治療は不可能だったの。だから腕を切り落とすしかなかったのよ。万が一毒が残ってたらそこからまた侵食が始まるから、ちょっと余分に肩までね。ま、フェンリルを倒す代償としては安いもんよ」 「……」 「……」 俺達は絶句した。 「で、私とモンモランシーでその義手をくっつけたって、わけさ」 そこでマチルダさんが言う。 「こういうのは「水」と「土」メイジの協力が不可欠だから。お願いしたのよ」 「だけど、その義手はどこから?」 シャルロットの疑問ももっともだな。一体どこから? 「“アイン”が届けてくれたのよ。以前“デンワ”で何かいい品ないかって打診しておいたんだけど。2日前くらいに私の机の上に置いてあったわ。ちゃんと取扱い説明書付きでね。どうやらミョズニト二ルンの作品らしいわ」 「あいつの作品を、お前が使うってのも変な感じだな」 一応敵対してるって立場になってるわけだし。 「前にも言ったけど国際関係なんてそんなものよ。ある部分では敵対して、ある部分では協力する。共通の外敵が出てきたら完全に手を組むことだってあるし。とはいっても、握手しながらもう片方に毒を塗ったナイフを持ちながらだけど」 うーん、やっぱりルイズはすげえな。普通だったらここまで割り切れん。 てゆーか、向こうが作ったフェンリルを倒すために腕を失って、その義手を向こうからもらうんだもんな。 「義手自体はハルケギニアじゃそう珍しいものではないわ。当然貴族に限ってのことではあるけど。あんたがアルビオンで腕を切り落としたワルド。あいつも次に戦う時には義手を付けてたでしょ」 「そういやそうだったな」 「けど、“硫酸”を浴びて死んだ」 シャルロットが学院の戦いで倒したんだったな。確かその“硫酸”も改造されてて治療しにくいとかなんとか。 「あと、“王水”も一般に出回ることはないわ。何せあれだけの量で1万エキュー以上するんだから、コストかかり過ぎよ。人間を殺すにはナイフ一本どころか、素手で首締めれば事足りるんだから、そんなのは無駄以外の何物でもないわ。あくまでフェンリルみたいな異形の怪物を倒すための異形の毒ってことよ」 そこで魔法じゃなくて、素手で相手を絞め殺すって発想が出るのがすげえ。 「その義手は、ただの義手じゃない?」 「正解よ、色々な機能が付いてるわ。ま、そこは実戦で使ってのお楽しみね」 何か楽しそうにいうルイズ。うん、確かに狂魔法学者だ。 「何か言った?」 「いえ何も」 何で心が読めるんだこいつは? 「そろそろ本題に入るけど、いいかしら?」 急に話題を変えるルイズ、そう言えばそもそもここに呼ばれた理由はそれじゃなかったな。 「本題はこの戦争の意味というか、ガリアの思惑ね。ロマリアの方は分かりきってるから今更言うまでも無いんだけど」 「丁度良かった、私の方でも話しておきたかったことがある」 シャルロットにも何か話があったのか。 「ルイズ、なんで俺が呼ばれたんだ?」 しかし、俺が呼ばれる理由が分からん。 「あんたにも聞きたいことがあったのよ、まあ、それはもう少し後でいいわ」 そして、シャルロットが話し始めた。 「成程ね、旧世界の秩序を破壊する。狙いはそこか。だとすれば、全てに意味ありき、ね」 シャルロットの話を聞いてルイズが納得してる。よく分かるな。 「全部分かったの?」 「多分ね、ロマリアの真意は死ぬほど分かりやすいわ。何しろ聖地奪還って決まっているんだから。途中の道がどうあろうと結末が決まってるなら、逆に辿ってやればやってくることを予想するのは簡単。でも、ハインツやガリア王の真意がどこにあるかは正確には掴めなかった。大体予想はついても確証がなかったのよ。中途半端な予想を元に動くのが一番危険だからね」 確かに、あの人がなに考えてるかなんてさっぱりわからん。 分かるのは、シャルロットをとても大切にしてることくらいか。 「彼らの目的はロマリアを滅ぼすことでもなく、宗教庁を滅ぼすことでもなく、この世界の価値観を変えること。しかも、強制的に全てを変えるんじゃなくて、古いものも残す。つまりは可能性をどんどん広げるってことね」 「ルイズ、さっぱりわからないんだが」 「難解」 そういえばマチルダさんがいないな。テファのところにいったのかな? 「まあ、そこは一旦置いておいていいわ。そのうち嫌でも分かるようになるでしょうし。とりあえずはこの“聖戦”のことだけを考えましょう」 つまり、この“聖戦”もあくまで通過点ってことか。 「まず、ロマリアに“聖戦”を発動させたことにはいくつもの理由があるんでしょうけど、大きな理由にガリアの封建貴族を寝返らせることがあるでしょうね。両用艦隊の謀反と合わせて、これまで王政府から冷遇されてきた諸侯は一斉に反旗を翻した」 「それは分かるぜ、そうでもなきゃ国の半分が寝返るなんてありえねえもんな」 「でも、計算づく」 「そうね、ここに集まった貴族がどこどこ出身なのか、キュルケやギーシュ達に調べてもらったの。すると、確かに国の半分といっていい領土が反旗を翻していた」 こいつはいつの間にそんなことを。 「まず、両用艦隊の母港だった軍港サン・マロン。そこを圏府とするアキテーヌ地方。そこからオーヴェルニュ、プロヴァンス、ローヌ=アルプ、シャラント、ピカルディ、レユニオンなどの王都から離れた南西部。そしてミディ=ピレネー、リムーザン、ラング=リションのロマリアと国境を接する地方と、フランシュ=コンテ、オート=ルマン、といった東の辺境。全24州のうち12州が寝返ったといえるわ」 「お前、よくそこまで正確に把握できるな」 ガリアの州の特徴なんて全然わかんねえぞ俺。 「いえ、私だけじゃ無いわよ、ねえタバサ」 「うん」 あ、それって。 「この前言ってたやつか?」 確か、シャルロットが姉のイザベラって人を手伝えるようになりたいって。 「そうよ、この子はフェンサーとしての任務でガリア中を飛び回る一方で、各地の特徴や特産物、軍事的な価値、その他諸々、色んなことを学んでたのよ。ま、ハインツが学ばせたって言った方がいいかもしれないけど」 本当に兄なんだなあの人は。 「そのくらいのことは最低限知らないと、手伝うことすら出来ない」 うーん、流石は大国の宰相だな。 「で、一見半分が寝返ったように見えるけど、実は人口は500万くらい。州の数は半分でも人口密度が違うのよ。その上、反乱軍には物資が無い」 そういや、重装備がそれほど見当たらない、メイジの数は多そうだけど、大砲とかが少ないんじゃ戦争にならないよな。 「ここに来るまでいくつかの都市を通ったけど、どこも備蓄用の物資が無かった。しかも、それ以前に都市の太守が封建貴族ということが本来ならありえないわ。ねえサイト、私達がアーハンブラ城に行く際に通った都市は皆、王領だったでしょ」 「そういやそうだったな」 「大陸公路や主要な街道上に存在する都市は本来、王政府管轄。これによって地方の貴族が反乱を起こした場合でも他の貴族と連合することを抑え、なおかつ鎮圧用の王軍の進撃がやりやすくなる。サルマーン公爵家が反乱に至った時もそうだったはず」 シャルロットが後を引き継いだ。 「そう、なのに、ロマリア国境からカルカソンヌに至る都市の太守は全て封建貴族だった。まるで寝返ってくださいとでも言わんばかりにね。その代りに王都周辺の土地は全て王領になっている。けど、ロマリアはそれに気付けない。都市国家連合体である彼らにとっては領邦国家の特徴を理解できない。特に不思議なことじゃないのよ。その辺を唯一理解出来てたベリーニ卿は更迭されたし」 「全部計算づくってことか」 すげえな。 「その上、各地の備蓄用の物資は悉く王政府が回収していた。エミール・オジエ中将とアラン・ド・ラマルティーヌ大将、その二人の仕業。二人ともハインツの友人で『影の騎士団』のメンバー。だから、諸侯が“聖戦”に呼応して反乱を起こしたけど、戦うための物資が不足している」 シャルロットにとっては顔見知りだったか。 「元々封建貴族にとっても計画してた反乱じゃないからね。本来は綿密に準備してから起こすものを、勢いに乗ってただ起こした。それから物資を集めようとしたら、それがなかった。もう反旗は翻したから今更戻れない、ってとこかしら」 「よくそんなんでロマリアに協力してるな」 俺だったら降伏してる。 「だから、そのための私達なのよ。彼ら諸侯は王政府というよりも“悪魔公”を憎悪してる。彼らを左遷したのは他ならぬ悪魔公。それに、あいつを敵にすれば、“王を誑かす逆臣を討つ”っていう大義名分を立てることも可能になるわ。だからこそ、悪魔公の軍団を打ち破った“アクイレイアの戦乙女”と“虎街道の英雄達”は必須なわけね」 「それで俺達がここにいるわけか」 本当に、“全てに意味ありき”だな。あのフェンリルにも教皇を2週間くらいロマリアに足止めする意味があったらしいし。 「両用艦隊120隻と軍港サン・マロンが寝返ったとはいえ、残りの80隻は“湖の街”ブレストを母港に健在。それを率いるのはアルフォンス・ドウコウ中将と、クロード・ストロース中将。彼らも『影の騎士団』のメンバー」 ハインツさんの友人は凄い人ばかりだな。 「つまりは、“湖の街”ブレストを圏府にするバス=ノルマン、“人形の街”ラヴァルを圏府にするクアドループ、“鋼の街”グルノーブルを圏府にするマルティニーク、“街道の街”カルカソンヌを圏府にするロレーヌ、“ガリアの食糧庫”ロン=ル=ソーニエを圏府とするコルス、そして、王都リュティスを中心とするイル=ド=ガリア。ガリア最大の穀倉地帯でもあるこれらに、国中の食糧、軍需物資、陸軍、空海軍が集結している。この状況、どこかに似てると思わない?」 敵軍が侵攻してきて、けど、占領した都市はほぼ空っぽ。ガリアの戦力は食糧や軍需物資も含めて全て王都周辺に集中。これってまさか…… 「アルビオン戦役!」 「そうよ、ロサイスはクレテイユ。シティオブサウスゴータはカルカソンヌ、そしてロンディニウムはリュティス。完全に符合している。つまり、アルビオンはこの為の巨大な実験場だったってことね。アルビオンでやったことを、このガリアでより大規模に行っている。皇帝クロムウェルの秘書は神の頭脳ミョズニト二ルンだったそうだしね」 っていうことは。 「あの戦いも全部ハインツさん達が仕組んでたってことか?」 「でしょうね、そうでもなきゃ、あの結果にはならないわ。戦争が起きたのに、何もかも良くなったなんてありえないでしょ」 何もかもが良くなった? 「そりゃどういうことだ?」 「確かに死人は出たわ、戦争なんだから。けど、タルブが襲われたのに村人に被害は出なかった。ゲイルノート・ガスパールがトリステインとゲルマニアを次々に襲ったけど、被害を受けたのは軍需物資集積場、一般国民には不安は広がっても死者は出なかった。ロサイス、シティオブサウスゴータも市民の被害はほぼゼロ。死んだのは軍人ばかりよ」 言われてみればそうだ。不思議なほどに一般人の被害が出ていない。 「それに、アルビオンに蔓延ってた膿はゲイルノート・ガスパールが全部焼き尽くし。今のウェールズ王の下、優秀な官吏と、ホーキンス、ボーウッド、ボアロー、カナンらの優秀な将軍らが協力してアルビオンを統治してる。ゲルマニアにしても、アルブレヒト三世の下に権力が集まり、これまでバラバラだったが故に出来なかった様々な政策が実行され始め、好景気になっているわ」 確かに、戦後の方が、戦前よりも良くなっている。 「そしてトリステイン、王が空位だった頃にあちこちの貴族が好き勝手やってたような状態で、リッシュモンのような汚職の塊みたいな貴族が蔓延してたわ。だけど、軍部の膿はあのアルビオン戦役で消えたし。戦争があったことで王政府の権限は強化され、そういった害虫の排除も可能になってきた。だから、トリステインはかつての姿をとりもどしつつある。それに、アルビオンの強力な艦隊も健在のままで、トリステイン王政府と友好関係にあるしね」 トリステインもか。 「その上、あのゲイルノート・ガスパールが掲げた大義は“聖地奪還”だったから、トリステインとアルビオンの民にはその言葉に対する不信感や拒絶感が強くある。それに、ゲルマニアは元々聖戦反対組だし、やっぱりアルビオン戦役以降はその傾向が強まってるわ。それに、トリステインとアルビオンはガリアに多大な恩があるから今は逆らえない」 てことは、ロマリアは孤立無援? 「だから、ハルケギニア諸国の膿を除き。かつ、ガリアには手を出せない状態にする。その上、“聖地奪還”という言葉に対する抵抗感を王政府ではなく国民に植え付け、さらにはこの戦いの前哨戦というか、実践をも兼ねていた。何事も一度やってみるのが確実。それで出てきた問題点を考慮して、次に生かせばいい。その次が、この“聖戦”なわけね」 全部か、全部なのか。 「全て、彼らの筋書き通り?」 シャルロットも驚いてる。まさかそこまで壮大な計画だとは思ってなかったんだろう。 「そういうことよ。私もさっぱり気付かなかったわ。さっきもいったけど、終点が見えればそこから逆に辿れば過程が見えてくる。あのアルビオン戦役がハルケギニア全体にもたらした効果を考えて、逆に辿っていくとそうなるのよ。全て、旧世界の秩序を破壊するための布石だったわけね」 「……」 「……」 俺もシャルロットも絶句するしかなかった。 「ガリアに始まり、トリステイン、アルビオン、ゲルマニア。皆新しい流れが生まれて、いい方向に進み始めている。止まっていた歴史が動きだしたみたいに。なのに、ロマリアだけは過去に向かっている。何千年も前の“聖戦”なんてものを再現しようとしている。つまり、ここが最後よ、彼らの計画は全てここに収束するはず。その為に私達もここに招待されたんでしょうね。ハインツが言っていたわ、私達は新時代の担い手だと」 「つまり、新時代の担い手として、旧世界の終りを見届ける?」 「多分、ハインツはそれを望んでいるんだと思うわ。けど、強制はしないのがあいつなのよね。常に最後の選択は自分でやらせる。この時点で私達に全てを明かしたようなものなのは、知った上で私達がどう行動するかは、自分達で決めろということなのでしょうね」 その辺はハインツさんらしいな。 「まあ、正直話がでかすぎてよくわからねえけど、俺はここまできて途中で帰りたくはねえよ。死ぬほど後味悪いしな」 「私も、自分の眼で見届けたい」 まあ、他の皆も全員同じ答えだろう。そうでもなきゃ、あのフェンリルと戦ってやしない。 「そう、それで、あんたを呼んだところに戻るんだけど。以前あんたが話してたわよね、十字軍ってのについて」 十字軍? まあ、確かに話したことがあったかな。 「それがどうかしたのか?」 「それがこの“聖戦”に似てるって言ってたでしょ。それで聞きたいんだけど、その十字軍に参加していた者達は何を目的にしていたか」 十字軍の目的か。 「俺も歴史の教科書で習ったくらいだから詳しくは知らねえけど、お題目は“聖地奪還”だったはずだ。けど、実際はただの略奪集団で、飢えた農民とかも多く参加してて神の名の下に殺戮しまくったとかなんとか」 ん? これってまさか…… 「もう一つ確認よ。当時の世界において、侵略した側とされた側。文化が進んでいた方、もしくは作物とかが豊かで民の暮らしが安定していたのはどっち?」 今じゃあヨーロッパ=先進国のイメージがあるけど、当時は確か。 「イスラム世界、あ、いや、侵略された側の方が進んでたはずだ。だから、十字軍は西の蛮族とか呼ばれていた。だったかな?」 若干不安がある。 「つまり、それがこの“聖戦”におけるガリアとロマリアの関係ね。しかも相手は狂信者、どこまでも暴走するでしょう」 だけどな。 「なあルイズ、ヨルムンガントやフェンリルから逃げ回ってたあいつらが狂信者なのか?」 とてもそうは思えないんだが。 「確かに、あれはただの腰ぬけ」 シャルロットは厳しい。 「そうね、あいつらはただのゴミよ。というのも、あいつらはロマリアの中でも特権階級にいる奴ら。市民がその日の食糧にも事欠く有り様なのに、神官は贅沢が出来る。だから、どんなに神を盲信しようが、現世での生活が快適なものである以上、未練がある。死を恐れぬ戦士に恐怖を与えるのは豊かで安全な生活なのよ」 「だから腰ぬけなのか」 「自分の為に仲間を見捨てる屑」 「だけど、それとは比較にならない本物の狂信者はいる。ロマリア連合皇国に所属する都市国家の中でも辺境のほうにあったり、もしくは都市周辺の村落に住む者達。彼らはその日の生活もままならない挙句、配給されるスープも無い。だから、神に縋ることでしか生きられない。神に祈って、神に従って生きていれば、死後の世界や来世で幸せになれる。それだけを希望に生きている連中、だから、神の為に死ぬことに未練が無い」 神の為にしか生きられない。根っこの理由は真逆だけど、教皇と似てるな。 教皇は信徒の為、そいつらは自分の為。 「彼らも今回の“聖戦”で動員されている。総力戦だから当然だけど、ただの農民に過ぎないから戦力にはそれほどならない。だから、兵站輜重や寝返った諸侯の領土の監視役などにまわされたわ」 普通に考えりゃ当然だ。トリステインの諸侯軍も似たようなもんだった。戦うのは王軍で、彼らは後方支援。 「けど、食糧が無いロマリアにはそもそも補給線が無い。だからガリアの都市に備蓄されてる物資を奪うつもりだったんでしょうけど、それもほとんど無かった。かといって、都市の生活用の食糧を奪えば諸侯はまた寝返ってしまう。結果、辺境までいって食糧を集める必要がある。そしてそこに、その狂信者達、約1万が派遣された」 「それって、ヤバくねえか」 「まずい」 そんな奴らを手綱もつけずに解き放ったら、何をしでかすかなんて考えるまでもねえ。 「ベリーニ卿が大軍をまとめてトゥールーズに留まっているうちはよかったわ。“高潔なる騎士”の指揮下でそんなことをすれば命は無い。下手をすれば神に逆らう異端になる。けど、ロマリア軍の士官は大半が聖堂騎士あがりなのよ。だから大局を見る力が無い。ベリーニ卿と一緒に生粋の軍人だった幕僚も一緒に更迭されたから、まとめることが出来る指揮官が存在しない」 「どれだけ無能なんだ?」「簡単に言えば、アルビオン戦役でのド・ポワチエやウィンプフェンを聖堂騎士にして、前進しか頭に無いようにした感じね。で、その連中が暴走して、カルカソンヌまで進撃し、広大な土地が軍隊の存在しない空白地帯となった。そんなところに狂信者1万だけがあちこちに散らばることになった」 「教皇は、それを認めたのか?」 「そうよ、彼は“理想の教皇”で、善しか持っていないから人間がどういう生き物か理解できない。神の戦士が私欲の為に、民を一方的に殺戮するなんて考えることが出来ない。いえ、それを考えてしまったら彼は彼じゃなくなる。それを考えれるようだったらそもそも“聖戦”なんて起こさない」 そうか、致命的なところで壊れてるんだ。 「そいつらは聖堂騎士とは比較にならない本物の狂信者、まさに何でもするし、異端が相手ならどこまでも暴走する。本質的にフェンリルと同じなのよ。あれも元々は“聖戦”で使用するための怪物だったそうだし」 結局、怪物ってのは人間なのか。 「だから、ガリアの辺境に狂乱が起こるわ。神の為の死を恐れない軍勢が暴走を始める。殺さない限り止まることはないでしょうね」■■■ side:out とある辺境の村 ■■■ ラング=リション地方の山間に存在に小さな村があった。 そこは交通の便が悪く、他の村との距離も遠く、三方を山で囲まれた陸の孤島と言ってよい村だった。 村の人口も100に満たず、ガリアでも最も小さい方の村といえる。 それ故に情報が入ってくることも滅多になく、1か月に一度入ってくればいい方だった。 この村伝統の工芸品は他の地方では珍重されるので、それを時折売りに行く以外は、完全に自給自足。 言ってみれば自然の修道院みたいな生活をする村だったが、飢えることも無く、穏やかに過ごしていた。 だから、ロマリアが“聖戦”を発動したことも、ガリアに攻め込んだことも知らない。それ以前に、自分達が住んでいる国がどういう国かさえよく知らなかった。 そんなことを知らなくとも彼らは生活できたし、この地方は自然が豊かで、幻獣などがごく稀に出る程度。 ブリミル教の寺院も近くにないため、彼らブリミル教を信じる以前に接する機会が少なかった。 そして、たまに出る幻獣の退治を依頼する代償として、王国に税を納めているという認識でしかなかった。 だが、そんな村はある日、唐突に消滅することとなる。 「焼け! 焼き払え! 殺し尽せ! 異端は元より、ブリミル教の信徒でありながらエルフと通じた背信者どもだ! 神の御意志に背き、異端共と誼を通じた悪魔共だ! 生かしておくな!」 「殺せ! 殺せ! 異端を殺せ!」 「神に仇なす悪魔を滅ぼせ! より多くの悪魔を殺した者に神は恩寵を与えられる!」 「奪え! 奪え! 神の恵みを貪る異端共から、神の糧を取り返すのだ!」 「始祖ブリミルが祝福を与えし、このハルケギニアを汚染する悪魔を殺せ!」 神への狂信に囚われた兵士の一団が現れ、悪夢の刻が始まった。 彼らは村に駆け込み、逃げ惑う人々を殺戮し始めた。 老人も女も容赦なく、神に背く悪魔として殺された。 血がしぶき、悲鳴が上がり、血に酔った侵略者達はさらに熱狂しながら殺戮を続けていく。 赤子とて例外ではなかった。 悪魔の子はいずれ神に逆らう悪魔となる。故に殺すべし。 その教えに従って彼らは容赦なく、赤子をも槍で串刺しにした。 神に逆らう者に対しては何をやっても、どんな残虐なことをしても許される。 いや、殺せば殺すほど、神の恩寵を与えられる。 彼らはそう教えられており、それを心から信じ切っていた。 そうでもなければ、生きることへの意味が見いだせなかったから。 家々には火が放たれ、炎に追われて逃げ出してくる者は全員殺された。 そして、家畜や倉庫にあった食糧などはすべて奪い、彼らはさらなる異端と獲物を求めて進撃していく。 これは神の名の下の“聖戦”。 異端共を殺し尽すまでは終わらない。 果てしない狂嵐が始まった。