第二話 中編 フェンリル 貪りし凶獣■■■ side:マリコルヌ ■■■ ルイズの『解除』を込めたサイトの一撃によってフェンリルの仮面は砕かれた。 僕は『遠視』でその様子を観察するが、その顔も異形だった。 顔が無かった。 あるのは牙を生やした巨大な口だけで、目も耳も鼻も何も存在していなかった。 あの怪物は“ネームレス”だけじゃなくて、顔が無い“フェイスレス”でもあった。 そして。 「GAaaaaaaaaaaaa」 その口から唸り声が響き始める。 「Arrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrrr!!」 それはやがて絶叫に変わる。「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 そして、もはや人語の域にない魔性の雄叫びに変化する。 今までのガーゴイルのような生命が感じられない状態も不気味だったけど、これはそれとは比較にならない。 らしいといえば怪物らしいのに、それを直視してはいけないと感じるほどの禍々しさを放っている。 「お、おいルイズ、あれは何だ?」 僕は思わず訊いていた。 「怪物よ。信じられないことだけど、今までが封印されていた状態だったみたいね」 そして、その怪物が咆哮し、その身体が赤く発光し始める。 その光はどんどん輝きを増し、口に収束していく。「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 フェンリルの口から赤く輝く何かが撃ち出される。 その先には“レスヴェルグ”と戦うロマリア軍の二個大隊が存在したが。 その全てが一瞬で燃え尽きた。 「な、何だよあれ………」 僕は呆然と呟く。 「圧縮した炎弾ね、火竜のブレスを数十頭分凝縮して放ったようなものだわ。たかが人間数百人を焼き尽くすなんて、まさに造作もないわね」 ルイズは一切動じず冷静に分析を続けている。僕もそれで冷静になることができた。 「ってことは、火の精霊力を一気に放出したってことだよな?」 「そうなるわね、タバサ! “精霊の目”ではどう見える!」 ルイズが“コードレス”に話しかける。 「フェンリルの体内の精霊の力が集中して撃ちだされた。けど、もう回復してる。あれですら総量のほんの一部に過ぎないみたい」 何て怪物だ。 「でも、流石に連射は出来ないようね、僅かに準備期間を必要にする」 と、ルイズが冷静に分析を続けていると。フェンリルがさらにとんでもない行動に出た。「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 「飛んだ! こっちに来るぞ!」 「そうか! 解放されたのは「火」だけじゃない! 「風」の力もこれまでとは比較にならない!」 僕はペガサスを駆って逃げるが、フェンリルは空中を自在に飛んで追ってくる。 「まずいぞ! 向こうの方が速い!」 ペガサスだって遅いわけじゃない、グリフォンと同じくらいには飛べる。 しかしフェンリルの飛行速度はそれを凌駕してる。火竜並の速度だ。 「『幻影(イリュージョン)』!!」 ルイズが僕達の幻影を作り出す。 けど、フェンリルはこちらだけを追ってくる。 「やっぱ効果無いわね。あいつは多分脳が機能していない、だから『幻影』は通じないわ」 「どうすんだよ! このままじゃ追いつかれるぞ!」 「それ以前の問題みたいよ」 その言葉に振り返ると、フェンリルが再び赤く発光していた。 「やばっ!」 「マリコルヌ! 歯を食い縛りなさい!」 その瞬間、ルイズが僕を抱えペガサスから飛び降りる。 「『爆発(エクスプロージョン)』!!」 「ぶへあ!」 さらにペガサスに『爆発』を放ち、僕達はその反動で遠くに吹っ飛ぶ。 担い手のルイズには影響はほとんど無いが、僕にはかなりの衝撃が来る。 しかし、さっきまでいた空間をフェンリルの圧縮炎弾が通過していき……… その先に存在したロマリア軍に命中、さらに数百人以上の人間が燃え尽きた。■■■ side:シャルロット ■■■ 暴走したフェンリルの攻撃力はこれまでとは比較にならず、フェンリル一人によって、既にロマリア軍の兵士は1千人以上が消し飛んでいる。 さらに凶暴性、再生力、防御力も向上しているようで、これまでとは完全に別物になっている。 「怪物にも程があるわよ、ヨルムンガントの方が何倍もましね・・・」 キュルケの声も引きつっている。 確かに、ヨルムンガント10体が一斉に大砲を撃つよりも、フェンリル一人の火力の方が凄まじい。 しかも、弾切れが無い。 「そんなのに追われるこっちは、もっとたまったもんじゃないけどね」 「きゅいきゅい、あれはやばすぎるのね!」 「頑張って、シルフィード」 私達は今フェンリルに追いかけまわされている。 流石に風韻竜のシルフィードが機動力で勝るけど、向こうには疲れというものがない。 先程マリコルヌのペガサスが消し飛ばされ、ルイズが『爆発』で脱出した模様。彼女等はモンモランシーと合流したみたい。 そして、ルイズから新たな指令が来て、私達はそれを実行中。 あれにはもう生半可な攻撃は効果がないから、ひたすら逃げ回るだけになる。「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 そして、フェンリルの咆哮が轟く。 「来たわよシャルロット! 撃ってくる!」 「シルフィード! 避けて!」 「いわれなくてもそうするのね!」 シルフィードが右に急旋回すると同時に、キュルケが『ファイヤー・ストーム』を放ち、私も『エア・ストーム』を放つ。 「風」の私と「火」のキュルケの二人が協力すれば、強力な推進力を任意の方向に発生させることが出来る。 フェンリルの圧縮炎弾は私達には当たらず、向こうのロマリアの連隊を直撃する。 「何で必ずロマリア軍に当たるのかしら?」 「フェンリルがそうなるように位置関係を誘導してる。あの凶獣は人間を効率良く殺すことに関してだけは愚鈍じゃない。最小の動きで大量の人間が殺せるような暴れ方をしている」 つまり、本能的に私達を追いかけまわす一方で、同時に大量の人間を殺すために動いている。 要は大量の人間さえ殺せればいいのだ。だけど、自分に攻撃を加えるものは容赦なく迎撃する。 そして多分、理性に依らず理解しているのだろう。 自分に対して脅威になり得るのは、一万に近いロマリア軍ではなく、私達だということを。 それがあの怪物の本能なのか、“ネームレス”の力なのかは分からないけど。 「シルフィード、急降下」 「きゅいきゅい、了解なのね」 私達は地上に降りる。囮役を終えたのもあるし、シルフィードの疲労もかなりのものになってる。 圧縮炎弾を撃ち終えたフェンリルには『炎蛇』が絡みついている。 すぐにフェンリルによってかき消されたけど、別方向からの脅威にフェンリルが気付いた。 そして、そちら目がけて急降下していく。 その先には、“長槍”の上に立つコルベール先生がいた。■■■ side:コルベール ■■■ フェンリルはこちらに真っ直ぐ向かって飛んでくる。 その速度は地上を走りまわる速度と大差ない。よくぞまあ、このような怪物を生み出せたものだ。 「まだだ、サイト君、まだ早い」 私はフェンリルに杖を向け戦車の上に立つ。 私がここにいる限り、フェンリルは間違いなく一直線に突っ込んでくるはず。 確かに性能は上がったが、知能は落ちている。以前のように戦車に狙われぬよう蛇行しながら迫るようなことはない。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 そして、先ほど圧縮炎弾を撃ったばかりなのでこちらに撃ってくることはない。これも全てミス・ヴァリエールの指示によるものだ。 まったく、よくぞまああの子はこの短期間でフェンリルの特徴を見抜き、対抗するための作戦を立てれるものだ。 教師としては、優秀な教え子に恵まれたことを喜ぶべきなのだろうな。 そして、フェンリルがあと100メイル程まで接近する。 「今だサイト君!」 戦車から88㎜鉄鋼弾が放たれた。■■■ side:才人 ■■■ 100メイルもの至近距離で88㎜鉄鋼弾を喰らったフェンリルがバラバラに弾け飛ぶ。 フェンリルが内部に爆弾を放り込んだことで戦車の駆動系は完全にやられていたが、幸運なことに砲座は生きていた。 だが、中で砲身が歪んでる可能性もあったし、砲弾が暴発する可能性もあった。 けど、もうこれに懸けるしかなく、ガンダールヴのルーンはまだ撃てるということを教えてくれた。 今のフェンリルは真っ直ぐに突っ込んでくるだけだから、あの圧縮炎弾さえ無ければ、ぶち込むのは難しいことじゃない。 そして、コルベール先生が囮になって、フェンリルの胸に88㎜鉄鋼弾を叩き込んだ。 ルイズ曰く。 『いい、最悪でも“ネームレス”のルーンさえ破壊できればあいつは倒せるわ。ガンダールヴなら左腕を切り落とせばいい、ヴィンダールヴなら右腕を、ミョズニト二ルンなら首を切り落とせばいい。本体と切り離されればルーンの効果がなくなることは実証されているの』 首を切り落とせばその時点で死んでる気もしたが、フェンリルみたいな例外もいる。 『だから、“ネームレス”さえ破壊すればあいつの力は無力化される。精霊の力を抑えつけているであろう“ネームレス”がなくなれば、フェンリルは自壊するわ』 「ま、それ以前にまるごと吹っ飛んだけどな」 確かに胸のルーンは消し飛んだだろうが、それ以前に五体がバラバラになって吹きとんだ。 「やったなサイト君!」 コルベール先生が話しかけてくる。 「ええ! フェンリルの野郎も、これには敵いませんでしたね!」 俺達はルイズ達の下に駆けていく。 「ルイズ! やったぜ!」 「御苦労さま!」 「見事だったよサイト!」 そこにはルイズとギーシュがいた。 「マリコルヌは?」 「今はモンモランシーが治療してるわ、直ぐに完治するでしょうけど」 さっきの爆発はルイズ以外にはきついもんだったろうな。 「サイト~♪ ルイズ~♪」 「サイト!」 シルフィードから降りたシャルロットとキュルケも駆けつけてくる。 それに、水精霊騎士隊の連中も続々こっちにやってきてる。 「しかし、とんでもない怪物だったね」 皆を代表するようにギーシュが言う。 「確かに、あれとはもうやりあいたくないものだ」 コルベール先生も同意する。 「サイト、無事で良かった」 微笑むシャルロット。 「あらあら、危険なのはサイトだけじゃなかったはずだけど?」 「そうよねえ、私だってあの圧縮炎弾を喰らいかけたんだから」 そして悪魔が二人。 「いや、まあ、全員で勝った訳だしな」 とりあえずそう言っておく。 「駄目ねサイト、そこは“お前らブスが何人集まったよりも、俺はシャルロット一人の方が千倍大切だ”くらいは言わないと」 「そうね、“俺は青髪で、かわいくて、背が割と低くて、幼女体型の子にしか欲情出来ないんだ”くらいは言ってあげないと」 好き勝手言うなこいつらは。 「………」 そして顔を真っ赤にするシャルロット。うん、かわいいな。 「皆、割と無事みたいね」 「やれやれ、急いで治してもらったんだけど、必要無かったね」 そこにモンモランシーとマリコルヌも到着。 これで全員がそろ 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 だが、ありえない咆哮が響き渡る。 「そんあ!」 「馬鹿な!」 「うそでしょ!」 全員が困惑の声を上げるが、その咆哮の中心には、フェンリルの首と僅かな肉片が存在していた。 そしてフェンリルが大きく口を開けると、いきなり突風が吹いた。 「なんだこりゃ!」 「吸い込ま!」 「『エア・シールド』!!」 咄嗟にシャルロットが『エア・シールド』を張るが、あたり一帯から何かがフェンリルに集中していく。 それは、細切れになったフェンリルの肉片だった。 「まさか………」 瞬く間に全部の肉片が集い、もの凄い勢いで組みあがっていく。 そして、最後にあの鉄塊もフェンリルの下に引き寄せられ、それを持ったフェンリルの身体が赤く発光する。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 お返しとばかりに、戦車目がけて圧縮炎弾が叩き込まれた。■■■ side:ハインツ ■■■ 「“グング二ル”では“フェンリル”には勝てない」 フェンリルが放った圧縮炎弾は完全に戦車を破壊した。 今のフェンリルは精霊の力を吸引する巨大な磁石のようなもの、バラバラになったところで、磁石は互いに引き合い元に戻る。 それこそが、“核”というものが存在しないフェンリルの最大の利点。 “ネームレス”は肉体ではなく魂に刻まれているので、いくら肉体を壊したところで意味は無い。 「通常の死体なら、バラバラにした時点で終わるのだが、フェンリルは違う」 肉体が存在する限りは“ネームレス”が消えることはない。 「しかし、あの鉄塊はまさにフェンリルに相応しい武器だな」 あれは東方(ロバ=アル=カリイエ)で発見された未知の金属だそうで、この世の何よりも硬い。 しかし、それ故に加工法がなく、見つかった姿のままで現在にいたる。 権力者の財宝にするには無骨すぎ、研究材料にするにも加工出来ないのでは意味がない。 結果、役立たずの荷物として、金属に名も与えられず、ハルケギニアに流れてきた。 こっちでも、結局あれが何なのかは分からなかった。 だが、ひたすら硬く、唯一フェンリルが振るうことが可能な武器である。 『硬化』をかけた武器では、ルイズの『解除』を受けた時点で役立たずになってしまう。 「名前無き怪物、名前無きルーン、名前無き鉄塊」 だが、それらが合わさった時、不死の怪物“フェンリル”が誕生した。 「故に、フェンリルを倒すには、完全に消滅させるより方法は無い」 『爆発』ならそれも可能だろうが、フェンリルを消滅させる程になると、相当の威力が必要になる。 そして、“ネームレス”に秘められた恐るべき最後の特性。 「さあ、どうする“博識”」■■■ side:キュルケ ■■■ 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 フェンリルは荒れ狂う。まるでそれしか知らないように。 「あんな怪物、どうやって倒せってのよ・・・」 「今はチャンスでもあるわ、流石に影響が無いわけじゃない。本来ならこっちに突っ込んできてるはずなのに見境なく暴れてる。つまりは僅かにでも戦略を練る時間がある」 だけどルイズはあくまで冷静だった。流石は指揮官。 「デルフ、確かに砲弾は“ネームレス”を破壊したはず、にも関わらずあれは動いてる。その理由は分かる?」 「ああ、思い出したぜ、何でおれはいっつも後になって思い出すんだろうな?」 「記憶なんてそんなもんよ、試験の解答だって、終わってから話を聞くと思いだすのよ。それで、理由は?」 とても分かりやすい例えね。 「あの“ネームレス”は身体じゃなくて、魂に刻まれるんだ。だから肉体のルーンを消しても意味はねえ。普通は肉体を完全に破壊すりゃルーンも効果を失うはず何だがな………」 「フェンリルはバラバラになってもなお、精霊の力を維持してるから“ネームレス”は稼働を続けるわけね。そうなると、もう手段は完全に消滅させるしかないわ」 そうなると、手段は一つくらいしかないわ。 「皆、私の『爆発(エクスプロージョン)』で片をつけるわ、残り全員であいつの足止めをお願い」 やはり、あの『爆発』以外ありえない。 「けどよルイズ、あいつを倒すほどの『爆発』じゃあ巻き添えが出るぞ。お前の『爆発』なら対象を任意に選ぶことも出来るけどよ、そんなことに余力を裂いた状態で吹っ飛ばせる怪物じゃないだろ」 そう、それがこれまでルイズが大規模な『爆発』を使わなかった理由。 『爆発』は威力が上がるほど範囲を抑えることが難しくなり、対象を選ぶことも難しくなるという。 あのフェンリルはヨルムンガント並の耐久力を誇るから、ヨルムンガントを“反射”ごと吹っ飛ばすつもりで撃たないと多分倒せない。 けど、『爆発』は球状に広がるから、地上にいる私達はおろか、地下トンネルにいる水精霊騎士隊の連中も巻き添えになってしまう。 「そうだったけど、状況が変わったわ。今のフェンリルは空を飛ぶ、つまりは空中戦に引き込むことが可能なのよ。だから、フェンリルが空中にいるならば、タルブの再現をすればいいだけのことよ」 なるほど、でも、危険も大きいわね。 「だから、まずはサイトがフェンリルを地上で相手にして、ギーシュとマリコルヌは水精霊騎士隊を率いてそれを援護する。私の詠唱が終了に近づいたら、シルフィードがタバサとキュルケとコルベール先生を乗せて飛び立つ。そしてフェンリルを空中に引き出すのよ」 「私も乗るのかね?」 「はい、やや重量は重くなりますが、シルフィードが全力で飛べば特に問題はありません。逆に推進力が上がるから瞬間的には高速で飛行することが出来ます。先生の“コードレス”は一旦モンモランシーに預けてください。シルフィードが飛ぶ時間は、可能な限り短くします。全力飛行が可能なのはせいぜい1分が限界ですから」 その辺は竜も人間も変わらない。 ある程度の速度なら長時間走れるけど、全力疾走だったらせいぜい1分が限界。 「つまり、貴女の詠唱が終わりかけたら、モンモランシーがこっちに連絡をいれて私達は飛び立つ。そして、『爆発』の直前に、私の「火」、ジャンの「火」、シャルロットの「風」を最大限に発射して『爆発』の範囲から離れるってことね」 「ええ、対象を固定する力や、範囲を絞る力は、全部フェンリルを消滅させるのにつぎ込むわ。そうでもしなきゃあの怪物は多分倒せない」 まさに、一か八かの大勝負ってわけね。 「分かった、俺はあの野郎を地上で引きつけりゃいいんだな」 「そうだけど、生き残ることを最優先にしなさい。間違ってもあの圧縮炎弾を喰らうんじゃないわよ」 「了解だ。あんなもん喰らったら骨も残らねえよ」 「僕とマリコルヌは援護と、いつも通りだね」 「治療してもらった甲斐があったな」 囮組は気合いを入れる。 「そろそろフェンリルが再起動しそうよ、作戦開始!」 指揮官の号礼の下、私達はそれぞれの持ち場に散っていく。■■■ side:才人 ■■■ 「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 フェンリルが振り回す巨大鉄塊をなんとか避ける。 が。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 フェンリルの猛攻は仮面があった時とは比較にならねえ! 「相棒! 上に跳べ!」 デルフの指示に従って垂直に4メイル位ジャンプする。 その下をフェンリルが猛スピードで通過していく、フェンリルはそのまま数十メイルは一気に暴走した。 「なんつう速さだ!」 「足に「風」の精霊の力を集中させて一気に解き放ちやがった! 原理的にはあの圧縮炎弾の風バージョンだ!」 そんなことも出来んのかよ。 そしてとんでもない速度でまたこちらに向かってくる。 「野郎!」 フェンリルの鉄塊を低く屈みながら避け、すれ違いざまにその足をデルフで切るが。 完全に弾かれた。今回は腕にも相当のガンダールヴの力を込めてたんだが。 「頑丈さも上がってやがるな、「土」の精霊力が増したことでさらに硬くなってるんだ。しかも、「水」で再生しやがるしな」 デルフが呆れ混じりに言うが、そんな暇も無かった。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 咆哮と共にフェンリルの身体が赤く発光していく。 「来るぜ相棒! 死ぬ気で避けろ! タイミングが命だ!」 「分かってる!」 俺はガンダールヴの力を“目”と“脚”に全て集中させ、極限まで心を震えさせる。 見きれ! 見きれ! 見きれ! 自己暗示をかけるように、外界からの情報を遮断し、フェンリルの口を見ることに全神経を集中させる! 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 そして、圧縮炎弾が放たれた。 その刹那、俺は空中に跳躍していた。 圧縮炎弾は恐れをなして戦場から逃げてる最中のロマリア軍に直撃。また、何百人も消し飛んだ。 「どんな射程だよ」 「戦車の砲弾は2リーグ離れてても届いたけどよ、あれに多分射程なんて概念はねえな、フェンリルの分身が飛んでってるみてえなもんだ。敵を焼き尽くすまでは、どこまでも追うだろうよ、流石に方向転換は出来ねえだろうけどな」 「つーことは、ここからアクイレイアの街を焼き尽くすことすらできるのか?」 だとしたら、ロマリア軍が全滅したら今度はそっちに放たれる。 「多分な、「風」の力は探知能力に優れる。フェンリルなら半径数十リーグに以内にいる人間は残らず探知できるはずだ。だからあれだけ正確に、ロマリア軍の一番密集してるところに圧縮炎弾を叩きこめるんだよ。アクイレイアに集まってる人間ももう捕捉してるだろうさ」 つまり、ロマリア軍は市民の身代わり地蔵ってことか。 俺は着地する。フェンリルは圧縮炎弾を放つ直前は動きを止めるが、放った後はすぐに動き出す。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 その大きく開いた口に青銅の大槍がぶち込まれる。 「ギーシュ! マリコルヌ!」 多分ギーシュが『錬金』した槍を、マリコルヌが『エア・ハンマー』で飛ばしたんだろう。 だが。 バギン! という音と共に、噛み砕かれた。 「化け物! こっちだ!」 「水精霊騎士隊! 続け!」 トンネルを使って回り込んだ奴らが一斉に魔法を放つ、相変わらず見事な連携だ。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 だが、フェンリルがその炎球や風の刃を飲みこんでいく。 「野郎! 俺の真似しやがって!」 「そういやお前の能力に似てるよな」 俺はフェンリルとの距離を離しながら呟く。 フェンリルが相手じゃあ数十メイルの距離なんてないようなもんだが、ガンダールヴの俺なら安全圏といえる。 魔法を吸い込んだ分だけ、“使い手”を動かすことが出来る。それがデルフの能力、精霊の力を吸い込んでフェンリルを動かしてる“ネームレス”とよく似ている。 「ああ、認めたくねえが、俺も“ネームレス”も同じ技術で作られてる。どっちもブリミルが開発したものなんだ。だけど、あの魔法吸収は元々そういう効果があったんじゃなくて、付属効果だな」 「付属効果?」 「大量の精霊を吸い込み続けてるから、そのついでに系統魔法も吸っちまうんだろ。系統魔法は自然の流れを歪める力。先住魔法は自然の流れに沿う力。だが、結局は大元の力は同じだ。それの使い方が違うだけなのさ」 なるほどな、川から大量の水を汲んでたら小魚も混じってました。ってことか。 そしてフェンリルはこっちに突っ込んできた。 「来たぜ!」 「応!」 そしてまた白兵戦の開始だ。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 だが、フェンリルは少しもその動きが衰えない。 こっちは元々ぎりぎりだったってのに、体力が少なくなればそのまま押し切られる。 しかも、あの巨大鉄塊の一撃がかすりでもしたら、その瞬間に終わりなんだから厄介だ。 「はあっ、はあっ」 ガンダールヴの力はまだもってるが、肝心の俺の体力がそろそろやべえ。常に全力で動いてりゃあっという間に底をつく。 ジャララララララ! しかし、鎖がフェンリルに絡みつく。 「引っ張れー!!」 「「「「「「「「「「 せーの!! 」」」」」」」」」」 綱引きの要領でフェンリルを引っ張る水精霊騎士隊。馬鹿かあいつらは! 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 「「「「「「「「「「 ウワアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!! 」」」」」」」」」」 案の定、逆に引っ張られる。というか宙に舞って吹っ飛んでく。 「サイト! 奴の半径20メイル以内から離れろ!」 「! 分かった!」 やることが分かったぜ! 「マリコルヌ!」 ギーシュが叫ぶ。 すると。 フェンリルを中心とした地面が陥没した。 当然フェンリルは飛び上がるが、その先にはシルフィードがいて、シャルロットの『ジャベリン』が叩き込まれる。 フェンリルは鉄塊を投げ捨て、シルフィードを追っていく。空中戦では重荷にしかならないからだろう。 「ヴェルダンデが新しく掘った穴に水精霊騎士隊の連中が火薬を仕掛けて回ったんだ。そしてマリコルヌが導火線に『着火』した」 「だからあんな馬鹿な真似して、フェンリルをおびき寄せたのか」 水精霊騎士隊の連中は全員が数十メイルは吹っ飛んだから、逆に陥没からは免れた。 「僕らの役割はここまでだ。後は空中戦組とルイズに任せるしかない」■■■ side:シャルロット ■■■ シルフィードが高速で飛行し、フェンリルがその後を追う。 既にルイズの詠唱は完了している。あとはタイミングを合わせるだけ。 「喰らいなさい!」 「『炎蛇』!」 キュルケとコルベール先生が「火」の魔法を放つけど、効かないどころか逆に吸収していく。 「きゅいきゅい! 精霊を吸い込む力も増大してるのね!」 風韻竜のシルフィードは精霊の力を感じることが出来る。 だからフェンリルが今どういう状態なのか感覚で分かる。 シルフィードの感覚と、私の“精霊の目”、この二つによってフェンリルに関する情報は引き出された。 「効果あったわ! フェンリルが発光を始めてる!」 「予想通りだ!」 これもルイズの策略。 フェンリルが系統魔法をも吸収するのなら、あえて「火」を喰わせることで、あの圧縮炎弾を撃たせることも出来るのではないかという理屈。 「シルフィード、全力飛行準備」 「了解なのね!」 あのフェンリルはとんでもない速度で動き続けるが、あの圧縮炎弾を放つ直前だけは動きが止まる。 精霊の力を集中させるのは「風」で飛行しながらでも行えるが、解放だけは他の能力を止める必要があるみたい。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 フェンリルの肉体が赤く発光し、その光が口に集中していく。 私達はその瞬間に魔法を解き放つ! 「『エア・ストーム』!!」 「「 『ファイヤー・ストーム』!! 」 3人が同時に放ち、全力飛行するシルフィードをさらに加速させる。 進む方向はそのまま、ただひたすらフェンリルとの距離を離す。 そして。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 フェンリルの圧縮炎弾が放たれる直前。 光の球が顕現した。■■■ side:ギーシュ ■■■ フェンリルの咆哮が轟いた瞬間、極大の光球がフェンリルを包み込んだ。 小型の太陽のような光を放ち、さらに拡大を続け、膨れ上がる。 その膨れ上がる速度に競うように、シルフィードはとんでもない速度で爆走していた。 「なんて光景だ。タルブでの戦いが“奇蹟の光”と言われるのも頷けるな」 あれならヨルムンガントでも一瞬で消滅するだろう。 戦車の砲弾を防げなかったように、“反射”にも限界はあるのだから。 「けど、あんなもんを地上でぶっ放したら間違いなく味方が吹っ飛ぶな。味方を巻き込まず敵だけを消し飛ばす真似も出来るみたいだけど、そんなことに力を使ってたらあの威力は出ねえ」 隣のサイトが言う。 「何とも効率が悪く、使い勝手が悪い魔法だね。まあ、それを完全に使いこなしてるルイズが凄いけど」 流石は“博識”。ただ虚無に振りまわされたり、虚無に与えられた力に縋るんじゃなくて、最大の戦果を上げれるように策を練ってる。 「しかし、よくまあ、あんな精神力が溜まってたもんだね」 あれほどの魔法にはとんでもない量の精神力を使うはずだ。 「ああ、例の“負のスパイラル”を利用したらしい。意図的にストレスをかけて、敢えて発散せず、内側で溜めこみ続けたんだとさ」 なんとも無茶をするなあ。 「よく精神が崩壊しなかったね」 「洒落じゃなく、何度も魔法学院やトリスタニアを吹っ飛ばしたくなったそうだ。ハインツさんからもらった地球産の精神安定剤で、かろうじて持ちこたえたそうだけど」 最早、廃人寸前だな。 「ルイズらしいというか何と言うか。“虚無”は嫌いなのに、“有力な魔法”を最大限に利用するための研究は怠らないんだなあ」 そしてそのために自分を躊躇なく実験台にしてる。 「ま、その結果があの大爆発だからな。ルイズに感謝しようぜ」 そして、光球が音も無く晴れ。そこには最早何も存在していない。 はずだった。 「■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■ッ!!!!」 フェンリルは健在だった。そして、赤い発光が収束する。 「ルイズ!」 ルイズがいる方角に、圧縮炎弾が撃ちだされた。■■■ side:マリコルヌ ■■■ 「危なかったああああああああ」 導火線に着火した後、僕はルイズと合流した。 しかし、『爆発』をくらってなおフェンリルは健在であり、こっちに圧縮炎弾を撃って来た。 僕はルイズに咄嗟に『エア・ハンマー』を全力で叩き込み、自分も『フライ』で逃げた。 そのすぐ後にフェンリルの圧縮炎弾が着弾し、大火炎が発生した。 「助かったわマリコルヌ」 そう言うルイズの格好は酷いことになってる。 “アクイレイアの聖女”の巫女服は完全に焼け焦げ、肌もあちこちが焼きついてる。正直、普通だったら苦痛でのたうち回ってるはずだ。 「ルイズ! 無事か!」 「大丈夫かい!」 サイトがギーシュを持って走ってきた。この表現が一番適当だ。 「無事よ、どうやら、『爆発(エクスプロージョン)』も完全に無意味じゃなかったみたい。収束してた「火」の精霊の大半を消し飛ばすことは出来たみたいだわ。そうじゃなきゃこの辺一帯が巨大なクレーターになってるし」 確かにそうだ。上空から地上に向けて撃たれたんだから、その破壊力は凄まじいはず。 でも、僕の『フライ』で逃げ切れる程度だったということは、威力は5分の1以下だったということ。 「だけど、あれは何の冗談だよ。まさか、あの『爆発』に耐えるなんて」 サイトの言葉は僕達全員の代弁だった。 「いや、あれは多分“ネームレス”の特性だと思うぜ。確証はねえが、さっきの光で思い出したことがある」 しかし、デルフリンガーが否定した。 「どういうこと、デルフ」 「さっき、『爆発』に巻き込まれないように、囮になってた韻竜が爆走してただろ。あの役割はブリミルの時はいつも“ガンダールヴ”が担ってた。何せ、神の盾だからな。だから、下手すりゃ敵だけじゃなくてガンダールヴも巻き込んじまう可能性があった。敵だけを対象にするような調整も出来るけどよ、今回みたいに威力を重視しなきゃいけない場合もあった」 言われてみればそうだ。『爆発』では味方も巻き込んでしまう。 「“ガンダールヴ”はブリミルの最初期の使い魔だ。次に確か“ヴィンダールヴ”だったと思うんだが、その次の“ミョズニト二ルン”には攻撃性の虚無魔法に対する耐性が追加されてたはずだぜ」 「ってことは、俺が“ガンダールヴ”じゃなかったら、ルイズの爆発で吹っ飛ばされることはなかったのか?」 「“ヴィンダールヴ”も吹っ飛ばされるけどな。で、“ネームレス”は最後の使い魔だ。しかもその特性上、前戦で戦う方が多そうだろ。だから、『爆発(エクスプロージョン)』とかの攻撃系の虚無を無効化する機能を、ブリミルが付けてても不思議じゃねえ」 そういうことだったのか。 「成程ね、考えてみれば当然だったわ。本来は4の使い魔は全部、始祖ブリミルの使い魔だった。だから、虚無の使い魔と虚無の担い手が戦うなんてことは想定する必要が無かった。だとすれば、己の使い魔に“虚無”に対する耐性をつけるのはむしろ必然ね。味方を消し飛ばしてしまうんじゃ話にならないもの」 ルイズがそう言うけど、状況は凄くヤバい。 「しかし、そうしたらどうやってあの怪物を倒すんだい? 魔法は効かない、砲弾でも倒せない、そして“虚無”まで効かないんじゃ、もう倒しようがないよ」 まるで対抗手段が思いつかない。 「しかも時間がねえ、シルフィードの速度が鈍ってきてる」 サイトの言うとおり、今もフェンリルを引き付けてるシルフィードの飛行速度が落ちてきてる。 このままじゃあ、フェンリルに追いつかれる。そもそも、次の圧縮炎弾を避けれるかどうかも怪しい。 「駄目だ、打つ手がない」 「もうどうしようもないよ」 僕達はつい弱音を吐いてしまう。 「諦めるな!!」 そこに、ルイズの大声が轟いた。 「戦場では諦めた者から死んでいく! 本当の敵は怪物じゃなくて、容易く折れる自分の心よ! この世に無敵の存在なんて絶対にあり得ない! 必ず、倒す方法は存在するわ! この“博識”がそれを見つけ出す!」 そう叫ぶルイズは輝いていた。 格好は焼け焦げた巫女服。髪も焦げて、肌は焼け、重傷といっていい傷だ。 だけど、その姿は神々しかった。まさにヴァルハラの戦乙女。 “アクイレイアの戦乙女” そんな称号こそが彼女に相応しい。ルイズは諦めていない。あの怪物に勝つつもりでいる。負けることなんか微塵も考えていない。 だったら、指揮官が諦めていないのに、その部下である僕達が諦めてどうする! 「分かった! 司令官! 作戦を言ってくれ! どんな困難な任務でも、絶対にやり遂げてみせる!」■■■ side:ルイズ ■■■ 私は脳をこれ以上ない速度で回転させていた。 考えろ考えろ考えろ! 私は“博識”、今ここでその真価を発揮せずにいつ発揮する! フェンリルは怪物。その身体は強靭で、通常の大砲如きじゃあびくともしない。 その動力は精霊の力を吸収することによる永久機関。あれに燃料切れはあり得ない。 しかも、“ネームレス”のルーンの効果で、身体をバラバラにしても死なず、再び蘇る。 “ネームレス”は肉体ではなく魂に刻まれている。だから肉体のルーンはただの飾り、壊したところで意味は無い。 それはつまり、“ネームレス”は魂を縛り付けることで、あの怪物を動かしているということ。魂を直接消滅させでもしないかぎり、フェンリルが死ぬことはない。 だけど、魂を消滅させる方法なんて皆目見当もつかない。ひょっとしたら虚無魔法の上位には、そんな“魂砕き”の魔法も存在するかもしれないけど、無いものねだりをしていても仕方がない。 となると、あとは肉体を跡形もなく消滅させるしかない。 けど、それが可能な「火」の魔法はフェンリルの体内に宿る強大な精霊の力が弾いてしまう。 それを圧倒的に上回る「火」を叩き込めば倒せるでしょうけど、そんな火力を持つ兵器は存在しない。 何しろ、あのフェンリルが放つ圧縮炎弾ですら、フェンリルが内包する精霊力の一部に過ぎないのだから。 仮にフェンリル自身の圧縮炎弾をフェンリルにぶつけても倒せない。その10倍以上の火力が必要になる。 そして、『爆発(エクスプロージョン)』も通用しない。 おそらく、始祖ブリミルが自分の使い魔を巻き込んでしまうのを恐れて、追加した機能。 初期型の“ガンダールヴ”には無いけど、最終型の“ネームレス”にはその機能が存在する。 ブリミルが使い魔を心配して追加した機能が、担い手に牙をむくんだから、皮肉なもんだわ。 だけど、恐らく先住魔法の結晶と思われるあの怪物と、最凶の使い魔“ネームレス”が合わさることで、あのフェンリルは出来あがった。 ………………………待て、今私は何を考えた? 最強の怪物と、最凶の使い魔が合わさることで、あのフェンリルは出来あがった。 最凶の使い魔? それはおかしい、なぜなら、あれを作り出したに違いない、ガリア王ジョゼフの使い魔は……… そう、自分はそれに気付いていたはず。ならばその解答は? 『全てのルーンマスターはガリア王ジョゼフが復活させた技術によって刻まれているはず。だったら、“虚無の使い魔”のルーンを刻めてもおかしくはない』 そう、あれは“虚無の使い魔”ルーンの模造品。他のルーンマスターと本質的には変わらない。 だとすれば……… そして、一瞬でもその連結が絶たれれば……… 「勝てる! 一つだけあるわ! フェンリルを打倒する方法が!」 私は叫んでいた。 「よっしゃ! 流石だぜルイズ!」 サイトが応えた。 「けど、恐ろしいほど困難よ、『ルイズ隊』全員が死力を尽くす必要がある。一人でも失敗したらその瞬間に終わるわ」 凄まじく困難、しかもチャンスは一度きり。 けど、私達なら出来る。そう信じない限り、フェンリルを打倒することは出来ない。 「ルイズ、全員集合するのはいいが、その間フェンリルはどうするんだ? あの化け物が僕達を見逃すはずがないぞ?」 「これは全員の作戦よ、一人一人が役割を持っている。マリコルヌ、私に『拡声』をかけなさい」 マリコルヌが私に『拡声』をかけるまでの間に、私は残りの『ルイズ隊』に収集をかける。 「水精霊騎士隊! これからフェンリルを倒すための最後の作戦を開始するわ! あんた達の任務は一つ! これからフェンリルを3分間、死ぬ気で足止めしなさい!」 どうしても時間が必要になる。その時間は誰かが稼ぐしかない。 「絶対に命を無駄にしないこと! 死んだら殺すからね! 生き残るために戦うのよ! そもそもあいつから逃げられるはずもない! 戦って勝つことで道を切り開く! 唱えよ! 我等が信念は!」 「「「「「「「「「「 名誉を捨てろ、命の為に! 命を懸けろ、仲間の為に! 」」」」」」」」」」 そして、私達の最終作戦が始まる。■■■ side:モンモランシー ■■■ 「あのフェンリルに、貴女が接近戦を挑むですって!」 私は今水の秘薬を使いながらルイズを治療している。 この戦いだけで既に10人近い怪我人が出てるから、私の一人では結構きつい。 「詳しく説明してる時間は無いわ。けど、それができれば必ずフェンリルは倒せる。だから、貴方達はそのためにあいつの動きを止める。役割はこうよ」 そして、ルイズはフェンリルを文字通り止めるための作戦を手短に話す。 「けどよルイズ、俺達の力でそれが可能なのか?」 サイトの疑問ももっともだわ、純粋に力不足。 「モンモランシー、“イーヴァルディの勇者”を使うわよ」 「! 確かに、それならいけるかもしれないわ」 私とルイズが共同で作り上げた新薬、“イーヴァルディの勇者”。 基本的にはハインツの“ヒュドラ”や“ラドン”と変わらない。 けど、あれが向こうの世界の薬品を使用し、どんな人間にでも必ず効果を発揮するのに対し、これは効果が不安定。 瞬間的な爆発力なら“ラドン”をも上回るはずだけど、それを発動させることは難しい。 別に薬を使わなくても、極度に感情が昂ぶってる時には魔法の効果は上昇する。これはそういう状態になった者をさらに補助する薬。 だから、あくまで力を引き出すのは本人の心次第。そこにはランクは関係ない。 例えば、学院の教師連中とか、以前学院を襲撃してきたワルドだのメンヌヴィルだの、ああいう連中はスクウェアメイジだろうが、この薬を使ってもなんの効果も無い。 逆に、ただの平民の少年であっても。守りたいものがあり、戦う理由があり、恐怖に竦んでもそれを乗り越えられる小さな勇気があれば、誰よりも強くなれる。この薬は身体能力、魔法、ルーンを問わず、本人が望む力を強化する。 故にその名は“イーヴァルディの勇者”。 誰にでもあるはずの小さな勇気、それを持ち続けることさえ出来れば、誰でもが英雄になれるのだという希望を込めて。 “虚無”だの“魔法の才能”だのという、与えられただけのものではなく、自分の意思で未来を切り開く為に。 ハインツの薬は“凡人”を“達人”に、“達人”を“超人”に変える。 だけどこの薬は、“人間”を“勇者”に変える薬。ほんの一時の夢に過ぎないけど、いつか自分の力だけでその高みに至れる日が来ると信じて。 「あれを使うのか、ってことは、まさに最後の賭けだな」 サイトも腹を決めたようね。 この薬は精神状態に強く左右されるから、失うものが無い訓練では絶対にその真価を発揮できない。 ガンダールヴのサイトだけが、その力を断片を引き出すことが出来た。 けど、その結果、この薬は全生命力を一気に使い切ることが分かった。 つまり、アルビオンで7万に突っ込んだ後のサイトと同じ状態になるということ。 “イーヴァルディの勇者”を使って、その力を発揮できれば、自分の究極の一撃を叩き込むことが出来る。 けど、二撃目はない。そんな余力は一切残さず、全ての力を込めるから。 「やるしかないのよ、フェンリルをここで倒さない限り、全滅は免れない。今フェンリルを止めてる水精霊騎士隊の連中も全員死ぬことになる。絶対に失敗は許されないわ。皆、覚悟を決めて」 全員が頷く。 自分と皆の命が自分に懸っているという事実。それを重荷ではなく、自分を奮わせる力に変えることができるか否か、それこそが“イーヴァルディの勇者”を完全に発動できるかどうかの境目。 そして、最後の戦いが始まった。