ギャラルホルンが高々と響き渡り、ラグナロクは発動された。 その合図を送ったのは“ロキ”である俺、それを受けたのは“百眼”たるイザベラ。 世界を焼き尽くす存在である陛下の下に全ては集い、神を滅ぼす軍団(レギオン)の召集が開始された。 そして、俺は現在ロマリアにあり、その先陣を務める。 さあ、これより、恐怖劇(グランギニョル)を始めよう。第一話 悪魔の軍団(レギオン)■■■ side:才人 ■■■ ルイズの指示に従って、俺達は警戒を続けていた。 とはいっても周りに敵がいるわけじゃあないから、それとなく気を配る程度だったが、俺は何かとんでもないものが来る予感がしていた。 ガンダールヴのルーンが振えている。まるで何かに共振するかのように。 そして、多分ルイズも同じものを感じている。 理屈じゃない何かが、危険を知らせているのだ。 「教皇聖下万歳! 連合皇国万歳!」 「始祖の加護は我等にあり! 驕り高ぶるガリアの異端共め、思い知ったか!」 周囲で聖堂騎士が未だに騒いでいる。つーか、カルロの奴、隊長なんだから部下の統率くらいしとけよ。 「やれやれ、ほんとに口だけはよく動くなあ」 「それくらい身体も動けばいいんだけどね」 ギーシュとマリコルヌは呆れてる。 しかし。 ヒュイン! 独特の風切り音が聞こえ、次の瞬間。 カルロの生首が転がっていた。 「今のは!」 「スライサー!」 俺とシャルロットが同時に叫び、その瞬間。 ドドドドドドドン!! 何発もの弾丸が放たれる音が聞こえてきた。 「ワルキューレ!」 「『エア・シールド』!」 ギーシュとマリコルヌは咄嗟に反応する、この辺は流石だ。 が、弾丸は俺達じゃなくて周囲の聖堂騎士やロマリアの兵士に叩き込まれた。 炎、氷の矢、電撃、風の刃が次々に降り注ぎ、一方的に蹂躙していく。 “イグニス”に“セルシウス”、“ヴァジュラ”に“スライサー”。 「魔銃! しかも、ご丁寧に全種類揃ってるわね!」 ルイズが悪態付きながら、水精霊騎士隊の連中に指示を飛ばしていく。 こういう場合、俺とシャルロットの役割は遊撃兵。砲台はキュルケとコルベール先生に任せ、その他もろもろはギーシュ、マリコルヌ、モンモランシーに任せる。 「行くぜシャルロット!」 「うん!」 俺達は射撃手目がけて突進する。既に弾丸が飛んでくる方向は分かってる。 「て、敵だ! 敵の奇襲だ!!」 「備えろ! 敵はどこだ!」 「魔法が来る! メイジの大隊か!」 今頃になって反応し出すロマリアの士官達、こいつら戦争に勝つ気あんのかね? 俺達は虎街道の入り口を一望できる丘に向かう。この射撃はそこから行われている。 突進する俺達に気付いて周囲の騎士達も後に続く、完全に俺達は切り込み隊長になってるな。 だが。 ドン! ドドドドン! さらなる“魔銃”の一斉射撃が行われる。 「イグニス!」 “精霊の目”を持つシャルロットがその正体を看破する。 「避けろ!」 そう叫びながら俺は“ガンダールヴ”の速度で、シャルロットは『フライ』で弾丸をかわすが、魔銃の脅威を知らない聖堂騎士は、通常の弾丸に対処するように『エア・シールド』を張る。 ドゴオオォォォォン!! 炸裂した「火」の魔弾“イグニス”が『エア・シールド』を難なく突破していく、メイジは黒焦げだろう。 ジ、ジジ、ジジジ。 さらに、嫌な音が聞こえる。これは、あれを撃つ時に発生する音だ。 「この音は!」 「ヴァジュラ!」 さらに、数十発の“ヴァジュラ”が後方に炸裂し、電撃が降り注ぐ。 「ち、好き放題やりやがって!」 「だけど、“魔銃”を戦場で部隊が使用すれば、ここまでの脅威になる」 確かに、“魔銃部隊”なんてもんがあればもの凄いだろうとは思っていたが、実際に相手にしたら、これほどやりにくいもんはねえ。 何しろメイジの魔法と違って、魔銃がある限りいくらでも連射がきく。普通、強力な魔法や射程が長い魔法を撃てばインターバルが必要なものだが、魔銃にはそれがない。一人10丁持ってれば10連発できるわけだ。 そして俺達はその部隊に肉迫するが、そこには予想もしなかった光景が広がっていた。 「な、なんだこりゃ………」 「首なし騎士(デュラハン)………」 そこには確かに“魔銃”を装備した魔銃部隊が存在した。しかし、そいつらには全員首が無かった。 ドドドドドドン! 一瞬愕然としていた隙に“セルシウス”が飛んできた。 「デルフ!」 「ラナ・デル・ウィンデ!」 俺達は何とか避けつつ迎撃するが、敵はそのままロマリア軍に突っ込んでいく。 異形の怪物に乗って。 「何なんだよありゃ………」 その乗り物は異形だった。 馬の胴体に狼の足がくっついていたり。熊と思われる上半身と虎と思われる下半身がくっついていたりした。 「キメラ」 シャルロットがそう呟く。 「キメラ?」 それって、合成獣ってやつだよな。 「ガリアの魔法研究所が開発した異形の怪物。多分、『ファンガスの森』以外にも複数存在した」 よくある生体実験の産物ってやつか。 「だけど、なに考えてあんなもの作りやがったんだ」 あいつらは確かに複数の動物が合成されてる。 中にはグリフォンやマンティコアなども混じっていたし、サラマンダーらしきものもいた。 だが、その全ての共通点が、人間の首を備えているということだ。 そして、その全てが背に“首なし騎士”を乗せており、完璧な連携を見せている。 正に、乗り手と乗せ手が“一心同体”だとでも言わんばかりに。 「あの首はおそらく………」 考えるまでもねえ、首なし騎士(デュラハン)の首だ。 “魔銃”を構えた首なし騎士が、自分の首を持つキメラに乗って戦うなんて。どういう悪夢だ。 「だけど、ぼうっとしてる場合じゃねえな」 敵の数はおよそ30、全部ロマリア軍に突っ込みやがった。 あんなのに突っ込んでこられたらヨルムンガントとは別の恐怖に竦みあがっちまう。 「追わないと」 俺達は全速力で異形の軍団を追った。■■■ side:シャルロット ■■■ ロマリア軍は混乱していた。 いきなり“魔銃”の掃射を受けた上、あんな“首なし騎士”のキメラ騎兵隊なんてものに突進されたのだから当然だ。 「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」 私は『ウィンディ・アイシクル』を唱え、キメラの首を撃ち抜く。 まるで4年前に戻ったような気分になるけど、あれこそが今の私の原点といえる。 あの、キメラに満ちた森で、私は戦うということを知った。ジルからそれを教えてもらった。 そして、『氷槍(ジャベリン)』であのキメラドラゴンを倒したのだ。 だけど、こいつらはあの実験用のキメラとは違い、完全に戦闘用に調整されている。 戦闘能力自体は大したことはない。けど、完全に戦術を知っている。 キメラというよりもむしろ、ガーゴイルと言ったほうがしっくりくる。 私が『ファンガスの森』で戦ったキメラ達は異形の怪物ではあったけど、それでも生物だった。 けど、こいつらには生物らしさがない。姿かたちはそのままだけど、与えられた行動パターンを繰り返し実行するだけのような印象を受ける。 隊列を整えて突撃し、至近距離から“魔銃”の一斉掃射。そして接近戦に持ち込み槍を振るう。 その強さは普通の平民の戦士と変わらない。けれど、洗錬された部隊ならば話は別。しかも、“魔銃”で武装し、キメラを乗りこなすならなおのこと。 その上、その姿の凄まじさは相手の士気をくじく効果を持っている。 純粋に戦力として考えればかなり有効な兵種なのは間違いない。 「『爆発(エクスプロージョン)』!」 だけど多勢に無勢。向こうではルイズも戦っている。 たった30ではロマリアの四個連隊には勝てない。 ヨルムンガントの侵攻によって大きな被害を受けたとはいえ、それと同数以上の援軍がアクイレイアから来たはずだから、今ここには1万近い兵が集結している。 「皆の者、ひるむな! 敵は小勢だ! 一気に殲滅せよ!」 ロマリアの士官も全部が全部の無能なわけじゃない。 神の威を借るだけの聖堂騎士はともかく、純粋な軍人にはそれなりの人物もいるみたい。 「ポール!エルネスト!オスカル! トンネルを通ってハガルの出口に向かえ! そしてギムリ達と合流しろ!」 「『エア・ハンマー』!」 ギーシュとマリコルヌも善戦してる。「ウル・カーノ・ジエーラ・ティール・ギョーフ」 「燃え尽きなさい」 特にキュルケとコルベール先生は活躍してる。 ああいうキメラや首なし騎士(デュラハン)とかには「火」で焼き尽くすのが最も効果的。 どうやらあの首なし騎士は核を潰さない限りは動き続けるようだけど、焼き尽くしてしまえばそもそも関係ない。 そして、ほどなくして異形の兵団は殲滅された。 だけど、私はあることを考えていた。 この軍団を率いていたのは誰か? キメラを保存し、錬度をさらに上げることができ、首なし騎士(デュラハン)との高度な連携をとらせることができる人物。 そして、“魔銃”を大量に用意でき、ヨルムンガントが撃破されたばかりのこの状況を、狙ったように現れることが可能な人物。 私が知る限りでは、それは一人しかいなかった。■■■ side:ルイズ ■■■「皆の者! 異形の怪物共は殲滅した! ガリアの異端共恐るるに足らず! 始祖の加護は我にあり!」 ロマリアの士官と思われる人物が高らかに宣言し、周囲の兵も勝ち鬨を上げる。 だけど、これで終わりなはずがない。 何しろ、これらを操っていたのは恐らくあいつ。 ならば、かの“悪魔公”率いる軍団がこの程度なはずがない。 戦闘が一旦終結し、『ルイズ隊』と水精霊騎士隊は一旦集結した。そして、その瞬間。 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!! 『カッター・トルネード』と思われる竜巻が出現し、さっき叫んだ士官を中心にロマリア兵を細切れにしていく。 そして。 「く、くくく、ははは、ふははははははははははははははは!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」 悪魔の高笑いが響き渡った。 「く、くくくくくくく、神に縋るしか能がない虫けら風情が、我等に勝てるなどと、よくぞまあほざいたものだ。分際を知るのだな蛆虫が、貴様等ごときが何百万より集まろうとも、所詮は無駄なあがき。既に矢は放たれたのだ」 死者を侮蔑する悪意に満ちた声が響く。 虎街道を形成する峡谷。その上に一人の人物がいた。 「な、何者だ!」 恐らく連隊長と思われる人物が、ロマリア軍を代表するように叫ぶ。 「くくく、貴様等ごときに名乗ってやる謂われはないのだがな。まあ、誰に殺されるのかくらいは知らせてやってもよい。我が名はハインツ・ギュスター・ヴァランス! ガリア王国王位継承権第二位にして、ガリア最大の貴族ヴァランス家の当主。“悪魔公”の異名を持つものなり!」 蒼き髪の悪魔が高らかに宣言する。これから開始される殺戮を心待ちにするように。 「“悪魔公”だと!」 「あの、“処刑人”か!」 「枢機卿を殺したあの大罪人だな!」 ロマリア軍の兵士達がその名を聞いて反応する。まあ、やってることがやってることだし。ロマリアじゃあ忌み嫌われて当然ね。 何せ、ガリア史上初、宮殿内でロマリアの枢機卿を殺した人物なのだから。しかも、それから約一年の時が過ぎ、その後任としてやってきた大司教を、蹴り飛ばしてロマリアに叩き返した。 「ああ、あのゴミを殺したことを罪と呼ぶのか貴様等は。あれは単なる害虫駆除だ。我がガリアに寄生していた害虫を殺すことが、なぜ罪になるのだ? 神官だろうが司祭だろうが司教だろうが枢機卿だろうが、何人殺そうとも神は俺を裁かなかったぞ? では、それは罪ではないということではないのか? それとも、神は貴様等ごときが何人殺されようがどうでもいいのかな?」 あくまで笑う“悪魔公”。 「この悪魔めが!」 「神に背く異端者め!」 ロマリア軍の怒りがどんどん上がっていく。爆発寸前ね。 「はっはっは! 落ち着け落ち着け。今回はまず捕虜を返そうと思うのだ。お前達の中には気にしていた者もいただろうからな」 そして“悪魔公”は後ろから一人の男を引き出す。 その男は両手を杭で貫かれており、さらに腕にも穴が開けられ、その間には鎖が通され、その鎖は足を貫通し、“悪魔公”がその鎖を握っていた。 「バリべリ二枢機卿!」 「やはり! ガリアの異端に捕まっていたのか!」 ロマリアの将校達が叫ぶ。私達は知らされていなかったけど、そういうこともあったみたいね。 「くくく、先に手を出してきたのはこいつの方だぞ。こちらは勝手に手を出してきた愚か者を捕え、ちょっとした拷問を与え、暇潰しの人体実験の材料にしただけだ。別に大したことはしていない」 傲然と言い切る。その姿はまさしく悪魔。 その瞬間、一頭の風竜が凄まじい速度で接近して“悪魔公”を弾き飛ばした。 「枢機卿を助けろ!」 その背に乗ったジュリオが叫ぶ。流石はヴィンダールヴね、機動力に関しては大したものだわ。 何人かの聖堂騎士が、そのバリベリニ枢機卿とやらに『レビテーション』をかけ、彼の身体が宙に浮く。 「はーっはっはっはっは! いやいや、ヴィンダールヴの力、見事なものだ! 咄嗟に『エア・シールド』で防がねば危なかったぞ! しかし、短気はいかんなあ。俺は捕虜を返しにきたといったのだぞ? ならばまず身代金の交渉から入るべきではないのか?」 「異端の外道と話すことなど何もないな。そもそも返す気もないのだろう?」 ジュリオもまた傲然と返す。 「くくく、いや、いやいや。それは違う、それは違うぞ。俺は返すために来たのだ。“それ”をな」 パン! という音と共に、バリベリニ枢機卿の身体が空中で弾ける。 まるで、トマトが銃弾で打ち抜かれるように。空中で人間が弾け飛び、その血、肉片、内臓、骨、脳漿などが四方に飛び散り聖堂騎士に降り注ぐ。 「う、うわ、うわああああああああああああああああああああああああ!」 「ひ、ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい!」 「ふははははははははははははははは!! はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」 飛び交う悲鳴と、響く高笑い。 周囲を見ると、水精霊騎士隊の連中も何人かおう吐してるわね。 サイトとタバサは割と平気そう。ギーシュとマリコルヌは少し顔を青くしてるけど、戦闘に支障はなさそう。 キュルケとモンモランシーは動じていない。肝の据わり方が半端じゃないわ。 そして、全く影響が見られないのがコルベール先生。彼が昔見て、そしてその手で作った地獄はこの程度ではなかったのでしょうね。 とはいえ、身体の内部から弾ける死体なんて、普通に生きてりゃ絶対お目にかかれない代物だわ。 「どうだ! 確かに返してやっただろう! 俺は嘘など言っていないぞ! 五体満足で返すとは一言もいっていないからな! そいつの腹を裂いてな、内臓の代わりに硫黄などの火の秘薬を詰めておき、いつでも爆発できるようにしておいたのだ! ははははははは! いやいや! この花火はいつ見ても見飽きんなあ! 今回は中々の出来だ!」 あれを花火と言い切るとは、凄い感性ね相変わらず。 「貴様!」 ジュリオの風竜、アズーロが炎のブレスを吐きだそうとする。 しかし、息を吸い込んだ瞬間、アズーロは即死した。 「なっ!?」 「馬鹿め、貴様如き何人いようが俺には勝てん」 さらに巨大な『氷槍(ジャベリン)』が現れ、アズーロの死体を地面に縫い付ける。 とんでもない威力、多分“ヒュドラ”を使ってる。 不思議と、呟くような声なのに“悪魔公”の声はこっちに届いている。『拡声』を改良したマジックアイテムでも使っているのかしらね? さっき風竜を仕留めたのはおそらく、ハインツの『毒錬金』。 ハインツは生物に対して圧倒的な優位を持つ。故に、幻獣使いのヴィンダールヴでは彼には勝てない。 ガンダールヴのサイトとは、相性がいい訳でも悪いわけでもない。 そして、ミョズニト二ルンが彼の鬼門。ガーゴイルには一切毒が効かない。彼にはあのヨルムンガントをどうすることも出来ないでしょうね。 しかし、彼とミョズニト二ルンは共にガリアに属している。故に、ハインツに鬼門は無い。 「さて、それではそろそろ、血の惨劇を始めるとしよう。あの首なし騎士(デュラハン)やキメラ程度は流石に退けたようだが、こいつらはどうかな? 出でよ、“レスヴェルグ”。愚かな神の奴隷どもを皆殺しにするのだ」 そして、虎街道から巨人の軍勢が現れる。 とはいってもヨルムンガントに比べれば圧倒的に小さい、全長は精々3メイル程。人間とオーク鬼を足したくらいの大きさね。 ………ひょっとしたら、本当にそういう存在かもしれないけど。 しかし、通常のオーク鬼と異なり重厚な鎧を纏い、小型の大砲を抱えており、戦鎚や大剣や槍を背負っている。 元々ロマリア軍は虎街道の出口を包囲するように布陣していたが、反対方向から現れた首なし騎士(デュラハン)とキメラの襲撃によって、そっちへの備えは甘くなっていた。 そして、“レスヴェルグ”が構えた大砲が一斉に火を噴く。 とてつもない大音声が響き渡り、ロマリア軍の前衛部隊が文字通り消し飛ぶ。 「炎の魔砲“ウドゥン”だ。先程の首なし騎士(デュラハン)共が放っていた「火」の魔弾“イグニス”を大砲に改良したもので、火薬を込めた榴弾に、さらに炎を込めた魔法弾を詰め込み、一気に炸裂させる。くくく、お前達、神の軍勢を滅ぼすための悪魔の火だ」 人間が次々に消し飛ぶ中、その中で笑い続ける悪魔公。 “レスヴェルグ”達は背中の武器を手にさらに突撃してくる。その数およそ50程。 「ロマリア軍! オーク鬼共を迎え撃て! 聖堂騎士団! あの悪魔を仕留めるぞ!」 ジュリオが聖堂騎士に号礼をかける。 ロマリア軍は“レズヴェルグ”を迎え撃ち、ペガサスに跨った聖堂騎士や、その他のメイジ達も『フライ』で“悪魔公”の下へと向かっていく。 確かに、彼が司令官なのは間違いない。だから、彼を先に潰すというのは戦略上間違いじゃあないわね。 けど、あの“悪魔公”がその程度を熟知していないわけがなく、ああも悠然と構えていられるのはそれ相応の理由があるはず。 「殺せ、“ガルム”よ。神に背く異端共を蹂躙せよ」 その声と同時に、彼を守るようにペガサスに乗った20人近い騎士が現れる。しかし、その姿は……… 「聖堂騎士だと!」 「馬鹿な!」 驚くロマリアの騎士達に、容赦なく魔法が叩き込まれる。 「くくく、はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは! どうだ! 気にいってくれたか! 中々に愉快な趣向だろう?」 「貴様! 彼らに何をした!」 死んだ風竜の代わりにペガサスに跨ったジュリオが叫ぶ。 「なあに、少々薬品を打ち込み魔法の力を極限まで引き出しただけだ。もっとも、三日程で死ぬことになるがな。それと、少しばかり暗示をかけただけだよ。すなわち、“ブリミル教徒は神に背く異端者である”とな」 心底面白そうに彼は告げた。 「なっ!」 「つまり、今の彼らは異端者、すなわちブリミル教徒を皆殺しにするまで戦い続ける狂戦士というわけだ。自分の肉体を死ぬまで酷使してな。自分達の鏡を見た気分はどうかね? 神の為の狂信的に戦い続ける。まさにお前達の姿そのものだなあ! くくく、はーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」 そして、“ガルム”と呼ばれた騎士達は一斉に叫ぶ。 「神に逆らう異端、滅ぶべし!」 「偉大なる神の御業たる魔法を喰らうがいい!」 「神の代弁者を名乗るブリミルなどという詐欺師を狂信する邪教徒め!」 「殺せ殺せ! 異教徒を殺せ!」 「異教徒を殺せばそれだけ神より恩寵を受けられる!」 「神は偉大なり!」 ここに、狂った聖堂騎士、“ガルム”と、聖堂騎士の戦いが開始される。 けど、本当に狂ってるのはどちらかしらね? どっちも大差はないように感じるわ。 そして、ロマリア軍の方でも戦闘は続いている。 砲亀兵から砲弾が“レスヴェルグ”目がけて放たれるけど、頑強な鎧がそれを弾いていく。 「無駄だ。そいつらが纏う鎧にも“反射”が込められている。もっとも、身体にはかかっていないから。狙うならば鎧の隙間を狙うことだな、上手くすれば倒せるやもしれんぞ。まあ、奴らの猛攻を耐えきれればの話だがな」 重鎧を着込んでいるにも関わらず、オーク鬼とは比較にならない速度で動き回る“レスヴェルグ”。縮小版のヨルムンガントみたいなものね。 「“アクイレイアの聖女”殿! 救援を!」 「例の兵器をお願いいたす! あのオーク鬼共など簡単に倒せましょう!」 だけど、私達は救援にいかない、否、いけない。 予感がするのだ。ここで下手に動けば全滅する予感が。何かとんでもない絶望的な何かが現れる予感が。 「やれやれ、流石は屑共の集まりだ。神の長槍、“グング二ル”や“聖女”に頼らねば戦うことすらできんとは」 “グング二ル”、それは確か、サイトの世界の神話の一つに登場するという神の槍だったかしら? なるほど、あの“長槍”を表すには相応しいわ。 「だが、“グング二ル”を破壊する適役がいる。この恐怖劇(グランギニョル)を飾るに相応しい怪物がな」 ! 悪寒が走る。 何かが来る。とても、とてもおぞましい何かが! 「潰せ、“フェンリル”。その本性に従いて、神の世界を悉く飲みつくすが良い」 そして、怪物が解き放たれた。■■■ side:才人 ■■■ ロマリア軍が異形の怪物にやられていくのを、俺は見ていた。 首なし騎士(デュラハン)やキメラを倒せば、それ以上の怪物が現れ、容赦なくロマリア軍を殺していく。 あの“レスヴェルグ”とかいう巨人達が持つ戦鎚や大剣は人間を容易く肉塊に変えていき、“ガルム”とかいう狂った聖堂騎士が放つ強力な魔法は人間を炎で消し済にし、氷柱で串刺し、電撃で黒焦げにし、風で切り裂き、土で潰していく。 だが、そんなものは全く気にならなかった。 俺の左腕が反応しているのはあいつらじゃない。あいつらも恐ろしい敵かもしれないが、あんなのとは比較にならない怪物がいる。 俺はそれをなぜか悟っていた。 そして、同時にもう一つ思い知ったことがある。 ハインツ・ギュスター・ヴァランスを敵に回す。とはどういうことか、ということを。 あれが、ハインツさんが“悪魔公”、“闇の処刑人”、“毒殺”、“粛清”、“死神”と呼ばれる由縁。 味方だったら彼ほど頼りになる存在はいないけど、敵に回したら彼ほど恐ろしい存在はいないだろう。 こうして、敵対する立場になると、彼の凄まじさがよくわかる。 だが。 「俺は、あの人を越えてみせる」 それが俺の目標だ。俺にこの世界での生き方や、戦い方を教えてくれたのはあの人だった。 だから、倒すんじゃなくて超えてみせる。 「私は、彼を乗り越える」 隣でシャルロットもそう呟く。その面で俺達は非常に似通っているのだ。 だけど、そのためにはまず、この戦場を生き抜かないといけない。 「潰せ、“フェンリル”。その本性に従いて、神の世界を悉く飲みつくすが良い」 その言葉と同時に、俺の予感を具現化した存在が現れた。 外見はさっきの“レスヴェルグ”とそれほど変わらないが、鎧を着ていない。 全長は2メイル50サント程、そして巨大な鉄塊と称したほうがいいような鉄鎚を持っており、それを持つ腕はもの凄い太く、かつ、しなやかでもある。 鎧を着ないのも頷ける。全身がもの凄い筋肉の鎧で覆われているからだ。 そして、顔には一つ目の仮面を着けていた。どう見ても、鉄の杭が脳に食い込むように出来ている。 まるで、何かを封じるか、もしくは、制御するかのように。 そして、それを見たと途端、左腕のルーンが輝きだした。 それは共振するというよりも、まるで怯えるかのように……… 「うそだろ………ま、まさか、ありゃあ…………ありえねえ………そんなはずはねえ」 その時、背負ったデルフが呟いた。 「どうした? デルフ?」 俺はデルフを引き抜きながら尋ねる。 「相棒! あいつは! あいつはやべえ! あいつと戦っちゃいけねえ!!」 急にデルフが叫び出した。 「デルフ、貴方、あれが何か知ってるの?」 いつの間にか隣に来ていたルイズがデルフに尋ねる。 「あ、ありゃあ、“ネームレス”だ!」 “ネームレス”? 「そ、それって、まさか…………」 ルイズの顔に驚愕が走る。何か思い当たることでもあんのか? 「ああ、記すことすらはばかれる“第4の使い魔”だ。あんまりにもやべえんで、ブリミルもあれは使おうとはしなかっし、名前も与えなかった。だからあれは“ネームレス(無名)”って呼ばれるようになったんだ」 !? 第4の使い魔! 「ちょっと待てよデルフ! 虚無の使い魔って4人だろ、俺、ジュリオ、そしてミョズニト二ルン。ガリア王の使い魔はミョズニト二ルンだ。だったら残るはテファだけのはずだろ、なんで二人も使い魔がいんだよ」 「俺が知るかよ! 俺だって信じられねえんだから!」 必死に叫ぶデルフ、それほどやばい相手ってことか。 「いえ、あり得るわ」 だが、ルイズは冷静だった。 「ガリアにいるルーンマスターは、全員ガリア王ジョゼフが復活させたルーン技術によって刻まれているはず。だったら、“虚無の使い魔”のルーンを刻めてもおかしくはないわ」 「ってことは、敵には何人も虚無の使い魔がいるってことか?」 そんなの、どうにもなんねえぞ。 「いえ、だったらガンダールヴやヴィンダールヴ、ミョズニト二ルンも量産できるはず。それをしないということはまだ完成ではないということよ。デルフ、あれがその“ネームレス”に由来するルーンなのは間違いないとして、本当にそれそのものかしら?」 「うーん、確かに言われてみりゃあ、微妙に違うかもしんねえ。6000年も前のことなんで断言は出来ねえけど、何せヤバいってことしか覚えてねえんだ。何がどうヤバかったまでは分からねえ」 「相変わらず頼りになんねえな」 少しは覚えてろよ。 「うっせえやい、相棒だって子供の時のこと全然覚えてねえだろ」 「無駄話は無しよ、そんな時間はないわ。それで、デルフ、何か特徴とか覚えてる?」 ルイズが真剣な表情で聞く。 「一つだけあるぜ、“ネームレス”を刻まれた奴は死なねえんだ。いや、死んでも動き続けてた」 「それって、『アンドバリの指輪』の動く死体と同じってことか?」 聞いた感じだとそう思うが。 「似てるけど多分違った気がするぜ、“ネームレス”からは生命の流れが感じなかった。本当に死体だったんだよ、なのに動いてやがった。「水」の先住魔法で動く奴らは本人の生命の流れに沿って動く、だけど、あれは違った」 「死体が動く?」 そりゃあ一体。 「それは、戦いながら確かめるしかなさそうね、来るわよ」 その瞬間、“フェンリル”は跳躍した。 二十メイル以上の高さから跳んだはずだが、何の影響もなくロマリア軍のど真ん中に着地した。 そして暴風が吹き荒れた。 「な、なんだありゃあ」 速い、速すぎる。馬なんてもんじゃねえ、チーターみてえな速さで動き回ってやがる。 時速100kmを超えてるはずなのに、瞬間的に止まったり、いきなり曲がったりする。あんな真似をすりゃあ身体がねじ曲がって使い物にならなくなるはずなんだが。 「死んでる、ってのは間違いないみたいね。肉体の負担を一切気にせず動き回ってるわ、あれ」 ルイズは冷静に観察してる。 「だけど、あんな速度と重量でこられたら人間なんて粉々ね」 現にそうなってる。“フェンリル”が通過しただけで人間がただの肉塊になって吹っ飛んでる。 その速度はヨルムンガントとは比較にならない。逃げられないという点ではあれより数段厄介だ。 「タバサ、“精霊の目”では、どう見える? 精霊の力は働いているかしら?」 「働いてはいる。だけど、あれはおかしい」 シャルロットの声がやや震えてる。 「おかしい?」 「通常じゃあありえないほどの精霊力が“フェンリル”の体内に集中してる。それも「火」「水」「風」「土」全ての種類が。しかも、動くたびにそれが消費されて、同時に膨大な量が吸い込まれてる」 「つまり、あれは精霊の力を燃料にして動いてるってことね。その点は「風石」を動力にしてたヨルムンガントと大差ないけど、回復するってのは厄介ね、つまり燃料切れはあり得ないということになる」 それがヨルムンガントの弱点だった。 巨大な力を誇るが、やはりあの巨体を動かすには相応の「風石」を消費するらしく、それが尽きたら動けなくなるらしかった。だから、ロマリアの戦艦をバラバラにして「風石」を奪ったんだろう。 だが、あのフェンリルにはそれがないってことになる。どこまでも際限なく戦い続けるってことだ。 しかも、それだけじゃない。 「あれ、受けた傷が瞬く間に再生してるわね。皮膚も相当堅そうだけど、あれは「水」の力かしら?」 「それは間違いない。けど、それを働かせてる力が違う。分からない」 『アンドバリの指輪』は指輪の魔力で人間の体内の「水」を操り、足りない分は補給することで動いていて、何度でも再生した。だから、「火」で焼き尽くされたら「水」そのものがなくなるから死ぬんだが。 「やれやれ、またとんでもない怪物が出てきたもんだねえ」 「全く、次から次へと」 気付くとギーシュとマリコルヌも来ていた。 「あれじゃああの部隊が全滅するのも時間の問題ね」 「その後は恐らく我々を狙って来るだろう」 キュルケとコルベール先生も。 「あれと戦うってのは、契約外じゃないかしら、ルイズ」 モンモランシーも悪態をついてる。 『ルイズ隊』はどんな時でもいつも通りだな。 「とりあえず分かっているのは、あの“フェンリル”は第4の使い魔“ネームレス”の劣化版といったところ。殺しても死ななくて、先住の「水」の力で再生する。皮膚はミノタウルス並みかそれ以上に堅い。攻撃力はオーク鬼とは比較にならない。機動力もグリフォン以上。こんなとこね」 「なんか、聞けば聞くほどとんでもない化け物だな」 「じゃあ、倒すには焼き尽くすしかないってことね」 「もしくはルイズの『解除』だね、先住の「水」対抗するならそんなとこだろう」 「そうなるわ、だから二段構えで行く。サイト、タバサ、キュルケ、コルベール先生、その4人で“長槍”を動かして、可能なら“フェンリル”を主砲で粉々にして。多分無理でしょうけど」 ヨルムンガントには戦車は有効だった。だが、“フェンリル”が相手となると。 「難しいぜ、あの速度で動き回る2メイル50サントくらいの敵に中てれる程、戦車は素早く動けねえ。主砲の照準を合わせてる間に敵が逃げちまう」 「おそらくね、そして、“フェンリル”の役割はおそらく“長槍”の破壊。だからそっちを囮にして、私が『解除(ディスペル)』を叩き込む。そうすれば通常の攻撃手段だけでも勝機は見えてくるわ」 なるほど、今回は戦車が囮で“聖女”が切り札なわけか。敵に合わせて臨機応変ってことだな。 「“長槍”が破壊される可能性もあるから、その後、前衛はサイトとタバサ、この二人以外じゃ絶対“フェンリル”殺させるわ。撹乱役はギーシュとマリコルヌと水精霊騎士隊全員。そして、隙を見てキュルケとコルベール先生で火魔法を叩き込む。モンモランシーは治療役に専念して、あいつが地面に鉄塊を叩きつけるだけで石が弾丸みたいに飛んでるから。多分怪我人は相当出るわ。そして、私は『爆発』を叩き込む。流石に動きが速いから小規模なものしか無理だけどね」 「分かった」 「了解」 「僕達はいつも通りだね」 「ま、今回は騎士隊全員だけどね」 「私とジャンで砲台ね」 「前衛の二人は特に気をつけてくれ」 「水の秘薬はありったけ持って来たから、全員分は軽くあるわ」 俺も含めて全員が答えを返す。 「それじゃあ、“フェンリル”によってあの部隊が全滅し次第、作戦開始よ。まわりに余計な人間がいない方がやりやすいし、庇う必要もなくなるしね」 確かに、周囲を気にしながら戦える相手じゃねえ。 「それでは散開、布陣は各自に任せるわ。あの速度が相手じゃあ私の指示が届く前に敵が動いてしまうから」 そして、『ルイズ隊』と水精霊騎士隊は“フェンリル”に戦いを挑む。■■■ side:ハインツ ■■■ “フェンリル”は敵の一個大隊を丸ごと殲滅しつつあり、戦局は次の段階に移る。 試運転は完了。いよいよ本番の開始だ。 「さて、俺の軍団(レギオン)はなかなか善戦しているが、流石に多勢に無勢だろうな」 俺が今回、軍団(レギオン)として用意したのは4種類。 首なし騎士(デュラハン)、キメラ、“レスヴェルグ”、そして“ガルム”。首なし騎士(デュラハン)とキメラは30体ずつ、“レスヴェルグ”が50体、そして“ガルム”が20騎。 それらをステルス戦艦『インビジブル』で運んできたわけだ。 首なし騎士(デュラハン)は俺の初期型の作品で、早い話が人間の死体を材料にしたガーゴイルだ。 “カレドヴィヒ”や“ボイグナード”は、青銅や鉄といった金属で作った人形を「土石」の力で固定し、命令を仕込むことで出来あがる。 「土石」の純度や製作者の腕によって錬度は変わるが、製作過程は大体変化ない。 俺の首なし騎士(デュラハン)はその材料に人間の死体を利用したもので、腐敗防止に『固定化』をかけ、『硬化』で強度を上げている。 流石に金属製のガーゴイルには強度で劣るが。機動力や柔軟性では勝る。しかし、当然ガーゴイルなので魔法は使えない。“ホムンクルス”が優れているのは魔法を使え、かつ、絶対服従な点にある。 しかし、魔銃で武装させたので攻撃力は十分。しかも連携が取れる。 そして、通常のガーゴイルと同様、本体の「土石」を砕かれるか、身体が行動不可能になるまでは戦い続ける。 次にキメラ。こいつらはガリアにいくつかあった『キメラ研究所』に保管されていたものや、脱走したものを捕え、改造を加えた。 首なし騎士(デュラハン)から切り取った首を接続し、司令ユニットとすることで、命令に従うガーゴイルと同じようにし、さらにその首の主の身体を乗せることで、連携をより効率よくした。 何しろ自分の元の体なのだ。動き方の癖などは知り尽くしている。首なし騎士は人間の体をそのまま使ってるから、大体生前と似た感じで動くことになる。 それから“レスヴェルグ”。 こいつは“ホムンクルス”や『デミウルゴス』と同じく6000年の闇の結晶だ。 人間とオーク鬼の掛け合わせであり、人間の死体とオークの死体を材料にし、それを培養することで培養槽の中で成長し、作られる。 特性は無駄に図体がでかいオーク鬼を凝縮し機動力や攻撃力を上げ、さらに人間の知能を加えたもの。 強力な鎧を着込んだまま動き、戦術を考えた行動をとれるので戦闘力は通常のオーク鬼とは比較にならない。 存在的には、指輪物語に登場するウルク=ハイに近いが、大きさ的にはオログ=ハイといえ、作り方は“風の谷のナウシカ”の原作に登場していた“ヒドラ”に似てる。 そして、着込んだ鎧には“反射”がかけられているので大抵の攻撃は弾く。ただし、鎧の隙間は無防備である。 特殊な音を発するマジックアイテムを用いることで、命令の更新が可能となる。 そして、“ガルム”。 陛下の親衛隊が捕らえてきた聖堂騎士に地球産の精神系の薬品を投与し、暗示をかけたもの。 さらに、陛下に“精神系ルーン”の初歩、“暗示”のルーンを刻んでもらった。このルーンの発展型とも言える“服従”や“忠誠”のルーンの効果は身を持って体験している。 効果が弱い初歩的なルーンなのでメイジに刻んでも1週間程度は持つらしく、そうして洗脳した聖堂騎士に“ラドン”を打ち込み、戦闘能力を極限まで上昇させた。 結果、ブリミル教徒を殲滅するまで、自分の肉体を削りながら戦い続ける狂戦士が出来上がった。 「しかし、“フェンリル”は格が違うぞ。何万の兵がいようがこいつには勝てん」 “フェンリル”は6000年の闇の技術が生み出した究極の怪物に、陛下が“ネームレス”を刻んだもの。 “聖人研究所”で行われていた研究は、今の“技術開発局”とは異なり、生物系に特化していた。 “技術開発局”では、“デンワ”や“コードレス”とか、公衆浴場とか、その他にも色々。戦争用の兵器から暮らしに役立つものまで幅広く研究している。 だが、“聖人研究所”は元々“虚無”の担い手を意図的に作り出す研究だったはずが、やがて王族の不老不死の研究になり、さらには完全に方向性を失い、異形の怪物や“ホムンクルス”のような存在を作り出す魔の研究所となった。 先住魔法の扱いについても、そういった生物関係の部分だけ異常発達しており、先住種族の配合は全て試されたといっていい。 その結晶があの怪物であり、そこに陛下の“虚無”が加わることで、あの“フェンリル”は誕生した。 ヨルムンガントとは完全に別系統の、先住と虚無の技術の結晶。“悪魔公”と“虚無の王”の共同して創り出した最高傑作。 「さあ、どう出る担い手たち? 生半可な手段ではあれには勝てんぞ?」 彼らがあの怪物をどのように迎え撃つか。 新時代の担い手達は、6000年の闇の結晶を打ち破れるか? 「今ここに、世界が試される。過去の怨念が勝利するか、未来を切り開く希望が勝利するか、その結末を見せてくれ」 “ネームレス”もあの“怪物”も過去の遺物、焼却すべき負の遺産だ。 それを打ち破ることが出来るか否か? 怪物に立ち向かう英雄達の戦いが始まった。