ロマリアの教皇聖エイジス三十二世、ヴィットーリオ・セレヴァレの即位三週年記念式典が開かれるアクイレイアの街に担い手が集結。 アクイレイアの街はガリアとの国境にあり、その北方10リーグには火竜山脈を貫いてガリアに通じる虎街道が存在する。 そこには既にロマリア連合皇国の軍と艦隊が集結しており、ガリア軍の侵攻を迎え撃つ備えを万全にしていた。 そして、ガリアの侵攻準備もまた完了していた。第四十二話 前編 神の名の下の戦争■■■ side:ハインツ ■■■ 「シェフィールドさん、いよいよですね」 俺は技術開発局でこれから出撃するシェフィールドを見送る。 既にヨルムンガントが10体、軍港サン・マロンにある実験農場に運び込まれており、あとは彼女が『ゲート』で向かえば出撃準備は完了する。 「ええ、貴方も準備を怠らないことね。今回の軍団(レギオン)は私だけではないのだから」 今回の侵攻の先陣はシェフィールド、後陣は俺となる。 俺もまた独自の軍団(レギオン)を率いて出撃する。もっとも、ヨルムンガントのように巨大ではないので『インビジブル』があれば事足りる。 「まあ、俺の方はそちらと違って軽量ですから問題ありません。しかし、よくぞまあ、あんな方法でサン・マロンまで運びこんだものですね」 「陛下に不可能はないわ。なにせ、私の旦那様だもの」 そこで惚気るな。 ヨルムンガントをリュティスから約750リーグ離れたサン・マロンに運ぶために、陛下は直径30メイル近くある巨大な『ゲート』を作り出した。 流石にそんなものを固定できる鏡はないので、10体のヨルムンガントがくぐるまでは陛下の魔力で固定し続ける必要があったのだが、陛下は息一つ乱さず平然とやってのけた。 流石は“虚無の王”。数千年に一度の逸材は化け物でしかない。 もし陛下がその気になれば数万の大軍を一瞬でロマリアに召喚することすら可能なはずだ。 それをしないのはあくまで人の軍勢によってロマリア宗教庁を落とすため。 虚無の力ではなく、人の力で破壊してこそ意味がある。 「惚気はともかく、今回は開戦の号砲になります。ブリミル教世界を壊す最終戦争の始まりですから、万全を期して向かいましょう」 「言われるまでもないわ。私は神の頭脳ミョズニト二ルン。その役目、見事果たしてみせましょう。“悪魔公”」 そう呼ばれるのは久々だな。 「“神の頭脳”と“悪魔公”の共同作戦ですか、面白いことになりそうです」 どう展開するか、非常に興味深い。 「貴方も遊ばないことね、貴方が舞台に上がる時には既に演目は切り替わっている。もう、英雄譚は終わってるのよ」 「左様、これよりは我等が主役の恐怖劇(グランギニョル)。ようやく舞台に上がれるのですから、真面目にやりますよ」 ここまでは裏方として動いてきたが、ここからは俺も表側になる。 「では、出陣するわ。貴方も早く来ることね」 「御武運を」 そして彼女は『ゲート』をくぐってサン・マロンに向かう。 俺もまたヴェルサルテイルに向かい、陛下の下に参内する。 「陛下、ミョズニト二ルンがサン・マロンに出発しました。ヨルムンガントの軍団(レギオン)。いつでも出撃可能です」 グラン・トロワにて真面目な顔で政務を行っている陛下に報告する。 ガリアの政務は普段イザベラと九大卿が行っているが、現在はラグナロクの準備に専念しているので彼らの政務の大半を陛下が行っている。 しかし恐るべきはその速度。 たった一人でイザベラと九大卿の10人で運営する仕事を平然とやっている。 しかし、これまで陛下は虚無研究や地球からの流出物の解析などを行ってきたので、政務に関しては事後報告を受けるだけだった。 にもかかわらず、あの10人がやっと消化する仕事を一人でこなしている。あのオルレアン公が陛下にはどの面でも勝てず、嫉妬したというのがよく分かる。 彼ならば恐らく九大卿の2,3人分の政務をこなすことが出来ただろう。しかし、陛下は宰相のイザベラも含めた10人分をこなしている。 流石に表情は真剣だが、それでも余裕がないわけじゃない。 「そうか、ついに出陣の時がきた。軍団(レギオン)を動かす」 俺の声に普通に反応を返せるくらいほど、周りに気を配る余裕があるということ。 俺は陛下に伝声管の改良型の“コードレス”を差し出す。“デンワ”ほど長距離の連絡は出来ないが、同じ建物内ならば普通に会話でき、最近は両用艦隊の通信用にも使用されている。 これによって意思の伝達の速度を上げ、艦隊運用をより効率的に行えるようになった。 俺から“コードレス”を受け取った陛下は専用の「風石」をはめ込み、宮殿にある両用艦隊の司令部に繋ぐ。 相手はガリア両用艦隊の総督であり、空海軍の元帥であるクラヴィル卿。 50歳を超え、士官候補生のころより30年以上も仕えている人物であり、元帥の地位にいるのもおかしくはない。しかし、能力的には優れている方ではなく、一艦長としては十分だが、提督以上の才能があるとは言いにくい。 アルビオンのボーウッド提督やカナン提督に比べらればかなり劣ってしまうだろう。 「両用艦隊(バイラテラル・フロッテ)、軍港サン・マロンにおいて軍団(レギオン)を搭載せよ。目標、ロマリア連合皇国」 「ろ、ロマリアへ侵攻するのですか! 宣戦布告はどうするのです! それに作戦は!」 「いらん。これは戦争などではない、一方的な蹂躙だ。害虫駆除だ。害虫を殺すのにわざわざ宣言する者はおるまい?」 流石は“虚無の王”。そういう台詞を言わせれば天下一品だ。 「は? し、しかし、ロマリアは同盟国ではありませんか! つい先だって、王権同盟が締結されたばかりでは……」 あのアルビオン戦役の後、トリステイン、ゲルマニア、アルビオン、ロマリア、ガリアの5カ国で同盟が結ばれ、共和制の勃興を封じ込めることとなった。 もしいずれかの国で共和主義者が活動した場合は、他の国々がそれを叩き潰すために軍を派遣できるという同盟で、要は『レコン・キスタ』のような組織の台頭を防ぐための処置だ。 「同盟? それがどうした。なんだというのだ。とにかく質問は許さぬ。ああそうだ、他国の干渉があっては面倒だ。貴様等は以後、反乱軍を名乗れ。国境を越えて亡命する述べた上で、その先で暴れまくれ。そうすれば、ガリアに責は及ばぬ」 「そ、そんな! 意味が分かりませぬ!」 まあ、混乱するのも当然だな。 「いいから命令に従え。ああ、なんだ、これは高度に政治的な判断なのだ。そうそう、お前達の好きな陰謀だよ陰謀。うまくいったら、貴様にロマリアをくれてやる」 さて、どう出るか、これでも拒否した場合は次の作戦を実行することとなるが、果たして。 「……………了解しました」 欲望が勝ったか。 陛下はケチではない、やるといったらやる人だ。 一度この人がやるといってやらないことはありえない。有言実行を素で行く人なのだ。 「ほう、そうか、命拾いをしたな」 心底嬉しそうに陛下が笑う。 「は?」 「まあ、直ぐにわかる」 そして陛下は俺に“コードレス”をよこす。 「やあ、クラヴィル卿。お久しぶりですね」 「ヴァ、ヴァランス公!」 驚いているようだな、何しろ、“無能王”を裏で操るとされる“悪魔公”が現れたのだから。 「貴方も酔狂な人だ。陛下がせっかくあの腐った糞坊主の巣窟を焼き滅ぼす栄誉を与えてくださったというのに、それを拒否しようとするとは。私には貴方の考えが理解できませんよ」 「そ、それは………」 「もし貴方が拒否すれば、私が指揮をとりロマリアを灰にする予定だったのですが。まあそれは仕方ありません。貴方にロマリアをくれてやると陛下が断言なされた以上、その言葉は果たされなくてはいけません」 絶句するクラヴィル卿に構わずそのまま言葉を続ける。 「いいですか、まずは国境の街アクイレイアを襲いなさい。あそこには現在、愚かな教皇を信奉する狂信者共が即位三周年記念式典とやらで集まっている。それを皆殺しにするのです。そして、その後の各都市の攻略は貴方に一任します。蹂躙するもよし、略奪するもよし、殲滅するもよし、市民を全て奴隷にするもよし。好きになさるといい、これからは貴方のものになるのだから」 「…………」 最早言葉が紡げない模様。 「ですが、ロマリア宗教庁だけは必ず破壊してください。あれは気にいりません。それさえ守れば後はどうなろうと構いません。善政を敷こうが、悪政を敷こうがお好きなように。別にガリアには何の影響もないので」 まあ、そうはならない。そのために主演達がロマリアにいるのだから。 「なお、逆らいたければいつでも逆らって結構。その場合私が代わりに実行しましょう。ロマリアを灰にし、神に縋るしか能がない愚民共に圧倒的な力というものを見せつけてあげましょう。くくくくくくく」 “悪魔公”の言葉なだけに信憑性は抜群だ。 「せいぜい気張ることですね、総督殿。これからは陛下と呼ばれることになるかもしれませんが、まあ、未来は分かりません」 そして俺は“コードレス”を切る。 「ふっ、お前も随分な役者だな。流石は“悪魔公”といったところか」 そう言って笑う“虚無の王”。 「陛下には敵いませんよ、ですがまあ、次点くらいはいけていると思いますが」 俺もまた“悪魔公”として笑う。 「ならば、悪魔に相応しい役割を果たすことだ。“フェンリル”は既に『インビジブル』に搭載したのか?」 「はい。“ガルム”やその他の小道具も全て搭載は完了しています。流石に陛下の親衛隊だけあって有能ですよ」 『インビジブル』を動かすのは“精神系”のルーンが刻まれた陛下の親衛隊。 その中でも操船に長けた連中が今回動員されている。 「そうか、お前の軍団(レギオン)もまたラグナロクの重要な要素だ。いささか特殊な趣向ではあるが、これもこれで面白かろう」 「ですね、あれを如何に突破するか、興味が尽きません」 あれは甘くはない。殺すのはほぼ不可能。 それこそ陛下でもない限りはきついだろう。 「では、お前も出陣しろ。“ギャラルホルン”の起動装置は決して忘れるなよ」 「当然です。“ギャラルホルン”が鳴らなくては何の意味もありません」 そして俺もグラン・トロワを後にする。 クラヴィル卿は行動を起こす。そのために誘導したし、自分がやらなくても“悪魔公”がやるだけ、という免罪符も与えてやった。 これにて全ての手は打たれた。あとは力の限り役割を果たすのみ。 「さあ、主演達よ、どこまで戦える? そしていつか俺の首を取りに来い」 俺はそう遠くない未来に思いを馳せつつ、ランドローバルを呼んで、既に上空で待機している『インビジブル』に向かった。■■■ side:才人 ■■■ 「しっかし、女王様の演技はすげえな」 俺達は現在アクイレイアの街にいる。 教皇さんが到着した夜に、聖ルティア聖堂ってところで今後の会議が行われていた。 で、ついさっき終わったところ。 「言ったでしょ、演技にかけて姫様は一流だって。これまで面識がなかった奴に見抜くのは不可能よ」 ルイズは少し誇らしげだ。やっぱ、親友何だな。 「それに、ロマリアが国境に軍を集結させてたことをティファニアは本当に知らなかったしね。知らないティファニアと演技してる姫様。この二人のコンビなら気付くのは不可能。とゆーかあんたも騙されかけてたでしょ」 「演技だって知ってはいたんだけどな、とてもそうは見えなかったぜ」 テファがガリアは軍隊を派遣してくるのではないか? っていう疑問を投げかけて、その時にロマリアが国境に軍を配置していたことが明らかになった。 けど、女王様の態度は正に、今知ったって感じで、違和感がまったくなかった。 「まあなんにせよ、これで問題はなくなったわ。私は巫女としてロマリアに従うということになる。そして姫様にはそれを止める権限はないけど、承認したわけでもない。つまりは灰色。後は結果に応じて白にするも黒にするも自由よ」 「ロマリアが勝てば、トリステインの近衛騎士隊が活躍したってことになる。ガリアが勝てば、学生の騎士見習い達が女王の制止を振り切って手柄欲しさに暴走したことになる。どっちに転んでもトリステインには被害は出ないってことか。だけど、俺達はものすげえ割を食うと思うんだが」 ガリアが勝った場合は半分反逆者みたいなもんだよな。ま、俺は別に構わねえけど。トリステインって国家に忠誠を誓ってるわけじゃないし。 「その辺の対応も考えてあるけど、今は戦いに専念しましょう。何しろ懸ってるのは私達の命だけだからね、気楽なもんよ。アルビオン戦役みたいに負けたらトリステインが滅ぶとか家族が皆殺しにされるとかじゃないんだから」 確かに、勝てば生き残る。負ければ死ぬ。実に分かりやすい。 「だけどお前、俺達は自分の意思で戦うけどさ、ギーシュやマリコルヌや水精霊騎士隊の連中はどうなんだ?」 「あいつらは私の奴隷よ、そもそも拒否権がないの」 ひでえ。 つーか、女子風呂を除いた代償が、最戦線で戦うことってのは詐欺だろ。 「別に殺す気はないわよ。あいつらには生き残ることを最優先にするように言ってあるし、“名誉を捨てろ、命の為に。命を懸けろ、仲間の為に”が水精霊騎士隊のモットーでしょ」 ま、それもそうか。俺達が残って戦うのに自分達だけ帰れるような連中じゃないしな。 「じゃあ、モンモランシーは?」 「今回は金で雇ったわ、モンモランシーはしっかりとした報酬さえ払えば大抵のことは請け負ってくれるわよ」 最早完全に傭兵と化してるな。 「その金はどうしたんだ?」 「色々よ、女王陛下の女官で特殊護衛官、ついでに相談役もやってるから結構もうかるのよ。それを元手にちょっとした工作してるし」 一体何をやってるんだこいつは。 「お前、女王様から金もらってたのかよ」 「当然よ、普段魔法学院にいるとはいえ、宮廷に仕える貴族であるということに違いはないんだから」 「いや、お前の家、金持ちだろ」 そんな必要はないように思えるんだが。 「何言ってるのよ。自分の研究や欲望の為に使う金を家族からもらってどうするのよ、そういう金は自分で稼いでこそ。だから何に使っても私の自由なんだし」 欲望って。 「まあとにかく、これでガリア軍相手に思いっきり暴れても問題ないってことだよな」 「そうだけど、この処置は対ガリアっていうよりも、トリステインの馬鹿貴族に対してのものなんだけどね。ガリアにとっては私達が独断で動いてる部隊だろうと、女王の命で動いていようと大差ないし」 「そうなのか?」 それは知らなかった。 「ええ、国家の重責を担う立場にありながら、国際関係やガリアの思惑を理解できてない低能が多いからね。戦後に多額の賠償責任取らされるだの、敗戦国の汚名を被るだの、馬鹿なことをほざいて女王様に文句言うでしょうから、それへの対策なのよ。最悪、吸収合併されてしまうとかわめき出すかもしれないし」 トリステインにはまともな人が少ないらしいからなあ。 「そもそも、トリステインはガリアに多額の借金があるんだから、この状態でさらに賠償金をとろうなんてすれば、完全に逆効果よ。追い詰められてガリアに喧嘩売るか、もしくはトリステイン王家を一旦滅ぼして名前を変えて、借金や賠償金を踏み倒そうとするわ。名誉を重んじる貴族だろうが追い詰められれば何でもする。そうなれば結局ガリアには借金すら返ってこなくなる。国際関係において、過度な要求をすることは決して良手じゃないのよ」 なるほど、強欲は身を滅ぼすってわけか。 「かといって、吸収合併してしまえばそれこそ借金がなくなるのと同義。個人の関係に置き換えてみて。ある豪商がとある個人経営の商店に大金を貸しました。しかし、その商店が借金を返し始めたあたりで商店ごと買い取りました。その場合、借金は返ってくるかしら?」 「そりゃ無理だろ、もう全部自分のものなんだから。それだと金貸した意味がない」 「だから、領土が増えても先に貸した金がパアになるの。その上、トリステインはガリアにとって侵略価値がない国なのよ」 これまた初耳だ。 「トリステインとガリアは文化も産業も似通っている。だから“双子の王冠”なんて呼ばれているわ。トリステインは農業生産と魔法が持ち味だけど、両方の面でガリアは凌駕してる。ようはガリアを小さくまとめたのがトリステインなんだから。風の国アルビオンや、火の国ゲルマニアはガリアには無い持ち味があるから侵略価値はある。だけどトリステインには無いのよ。しかも併呑してもトリステイン人はプライドが高いから統治がしにくい。だったら、独立させておいて普通に通商条約を結んでいたほうが余程ガリアにとっては都合がいいのよ」 要はメリットとデメリットを計算すると、デメリットが大きくなるってことか。 「だけど、アルビオンやゲルマニアにとっては自国が弱い部分の産業を持つ侵略価値がある国だった。流石にガリアも他国にとられるのは面白くない。そういった思惑が絡みあう中でトリステインは生き抜いてきた。小国ではあるけど、メイジの比率が最も高く、優秀な人材が揃っていて国が一つに纏まっていた。私の両親が仕えたフィリップ三世の時代までは侵略するなら相応の犠牲を覚悟しろ、という強い姿勢をとっていた。同じ文化や産業でも、ガリアは大国であるが故にまとまらなかった。トリステインは小国であるが故に一つにまとまっていたの」 なるほどな、国土が欲しくても犠牲が大きいんじゃ問題がある。しかも、自分の国がトリステインを滅ぼしてしまえば今度はガリアに介入する隙を与えてしまう。トリステインを滅ぼしたのがガリアでなければ反発も少なくなるだろうし。 「“聖戦”みたいな狂気を除けば、戦争ってのは利益を鑑みてするものよ。だからトリステインに全面的な攻勢をかける国家はなかった。だけど、先王が亡くなられてからしばらく空位になった。その間にトリステインの鉄の結束は崩れて、金があるものはゲルマニアに、力があるものはガリアに流れてしまった。結果、トリステインは唯一の持ち味といえた人材を失って、ゲイルノート・ガスパールの侵略を受けることになってしまったのよ。けど、今はまた王が戻ったから、徐々にではあるけどかつての繁栄を取り戻しつつあるわ」 そうなると。 「俺達がやることって、お前の父さんや母さんがやってきたことと同じってことか?」 「そうよ、私の父は何度も小部隊を率いてゲルマニアの大軍を撃退した。母もたった一人で反乱を鎮圧したりして、“烈風カリン”とか呼ばれていたわ。そういった個人や小規模の精鋭部隊を抱え、王の名の下に一つに纏まることがトリステインの在り方、そこにアルビオンとの連合が成ればガリアやゲルマニアでも簡単には侵略出来ない。さっきも言ったけど、戦争は利益がなければおこさないのが鉄則なのよ」 「でも、そんなとこまで考えず、戦争を仕掛ける馬鹿もいるんじゃないのか?」 「いるわ。だから外交官は大切なの。相手の国の首脳陣が馬鹿か有能かで、そういった対応を変える必要がある。そういった面では、ゲルマニア皇帝アルブレヒト三世、そしてガリア王ジョゼフ、どちらも優れている。ガリアは現在宰相イザベラと九大卿が動かしているらしいけど、彼らも有能。だから、トリステインはそれに応じた対応をとるのよ。小国にとっては大国の首脳は有能であってくれた方が都合がいいの、持ちつ持たれつの関係が互いにとって一番良いということを理解してくれるから」 相手が馬鹿か有能かで対応は変わるのか、難しいもんだな。 だけどまだ疑問がある。 「なら、なんでガリアはロマリアに侵攻するんだ?」 ロマリアはトリステイン以上に侵略価値なさそうだが。 「ロマリアに侵略価値があるから、しかも一番滅ぼしやすいからね」 だけど、ルイズの答えはその逆だった。 「簡単に言えば、民衆ってのは、一日に一杯のスープしか与えてくれない神様よりも、大量の食糧を配給してくれて、仕事も与えてくれる王様に従いたいものなのよ。ガリアの農業生産ならロマリアの難民を支えることは不可能じゃないわ。むしろ、大消費地が出来上がるから、国内の農家はより増産を目指して活気がつく。技術開発が進んで農業生産が増えても消費地がないんじゃ意味無いからね」 「そういう考え方もあるな」 意外な盲点だった。 「それに、ロマリア地方にはペガサスやサイクロプスといったガリアにはいない固有の幻獣が住んでいる。あんたの世界ではそうじゃないかもしれないけど、幻獣ってのはその土地の精霊の恩恵を示す指標でもあるの。だから、ロマリアの土地にはガリアとは異なる資源が手つかずで眠っている。何しろロマリア宗教庁はそういった精霊資源の採掘を禁止してるからね」 「地球には無い発想だな」 こっちにはこっちの資源があるんだもんな。 「トリステインはラグドリアン湖の「水」だけど、「土」も多いから農業が盛ん。ガリアは「土」が主体で鉱業が盛んな上に「水」もあるから農業も盛ん。水産業、工業、林業も盛んだけどね。アルビオンは当然「風」、ゲルマニアは「火」、多分ロマリアも「火」でしょうね、『炎のルビー』が伝わってるくらいだもの。だから、ロマリアは宗教庁が滅んでガリアの一部になれば将来性がある土地なのよ。食糧の確保さえ出来れば色んな産業が興せるわ。難民を格安の労働力として、大規模な公共事業に従事させることもできるし」 「なんか、ロマリアが滅んだ方がいいような気がしてきた」 聖堂騎士団の奴らはむかつくし、神官はそれ以上にむかつくし。 「私もそう思うわ。だけど、トリステインの将来も考えると、ここで戦っておいた方が良い。それに、担い手が揃っているならここで決着をつけたいとも思うしね。国家間の争いをぬきにしても、私達はいつかぶつかる。もしくは次の世代が」 「だな、分かりやすくていいぜ。勝てば生き残る。負ければ死ぬ。逃げても生き残る。背負ってるもんがないってのはいいもんだな」 「背負うのは水精霊騎士隊の連中の命ね。上官として部下の命を背負うのは当然だけど」 あ、あと一つあった。 「テファは?」 「あの子はマチルダと一緒にお留守番。危険なことはさせられないからね。戦場から帰ってきて、欠食児童と化してる私達の為に、おいしい晩御飯を作って待ってるという大役があるわ」 ま、そりゃそうだ。戦いたいやつだけ戦えばいい。 「結局、俺達は戦好きってことだな」 「乱世の方が適してるのは間違いないわね、コルベール先生ですらそういった要素を持っているんだから。本人の気質とは関係なく、戦う才能を持っている」 悲しいけど事実は事実か。多分コルベール先生もそれを受け入れた上で戦っているんだろう。 「よし! じゃあ思いっきり暴れるか!」 「そうしましょう。“長槍”は3人が運んでくるから、それまでに工兵部隊の作業状況を確認しておかなくちゃ。『蒼翼勇者隊』の出撃よ」 「『蒼翼勇者隊(そうよくゆうしゃたい)』?」 「ええ、『自由なる青き翼の勇者達』はやっぱ長いからそうしたの、別にいいでしょ。結局は『ルイズ隊』なんだし」 まあ、そりゃそうだが。 「何で青から蒼に変わったんだ?」 そこが気になる。 「青のままだと問題があるのよ、試しに言ってみなさい」 「えーと…………『青翼勇者隊(せいよくゆうしゃたい)』? …………やばいな」 どう考えても性犯罪集団にしか聞こえん。 「そうよ、タバサに隊名変更を言ったら、アンタの国の言葉的に問題がありすぎるって言われたの、聞いた限りじゃ『巨乳信奉隊』や『性の奴隷軍団』と大差ないわ。そんな意味の名前は流石に御免よ私」 ハルケギニア語的にはいいらしいが、俺が聞くと大問題だ。シャルロットは日本語がわかるから同じ。 いつだったか、ドイツだかその辺に、『スケベニンゲン』って読み方ができる地名があるとか聞いたことがある。現地の人にはフツーの地名だが、日本人が聞くと思わず聞き返すとか。これも、それと同じだな。 「誰でもそうだ。と言いたいが、ギーシュやマリコルヌはどうだろうな?」 「さあね。なんにしても、アンタとタバサのイメージで決まった名前なのに、その二人が隊名聞くたびにコケてたんじゃ話にならないわ」 確かに、敵に突っ込むときに「せいよく勇者隊!」とか言われたらコケる。 「ところで、秘密工作員シルフィードから興味深い報告があったのよね」 !?ま、まさか!! 「私がガリア王家の闇に関する話をした日の夜、タバサは少し元気がなかったというか、不安定だったわ。まあ、無理も無いけど、次の日の朝っていうか今日の朝には立ち直っていたわ。だけど、妙なことに、シルフィードは彼女の身体からなぜか貴方の匂いを感じたらしいのよね。ねえ、なぜかしら?」 や、やばい、完全に気付かれてる。 「まあいいけど、これから激戦地に行くんだから。やっておくことはやっておいた方がいいから」 しかし、意外にもルイズの追及はそれ以上なかった。 そして、作戦の確認を始める俺達。 緊張感がないのはいつものことだった。■■■ side:シェフィールド ■■■ 両用艦隊120隻はヨルムンガントを運び、虎街道にさしかかった。 ここを越えればロマリアの領内。故に虎街道の上空にはロマリア皇国艦隊40隻が待機している。 だけど、両用艦隊の士官達は不満が大きい。もともと現在のガリア王政府に不満を持っている者達を集めたのだから当然だけど。 逆に新体制に馴染んでどんどん出世してる若い連中は、ハインツの仲間二人が率いて残りの80隻で国内を守っている。 つまり彼らは完全な棄て駒。できる限り死者は出すなとのことだけど、死んだところでガリアにそれほど影響はない。 私にとっては関係ない、あの方に不要な存在ならば生きようが死のうがどうでもいい。もっとも、逆らうようなら踏みつぶすけど。 「接近中の国籍不明の艦隊に告ぐ。これより先はロマリア領なり。繰り返す。これより先はロマリア領なり」 こちらは軍艦旗を掲げてないから当然の問いね。 「我等は“ガリア義勇艦隊”なり。ガリア王政府の暴虐に耐えかね、正統な王を据えるべく立ちあがった義勇軍なり。ついてはロマリアの協力を仰ぐものなり。亡命許可を得られたし」 どうやら、完全にハインツの傀儡になっているようね。 あの男は人を唆し操ることに関してはズバ抜けている。この程度の男を思いのままに操るなど、正に造作もないのでしょうね。 それに、正統な王とはシャルロット様のことかしら? そんな真似をしようものなら、イザベラ様とハインツによってガリア義勇軍とやらは悉く殺されるわね。 「本国に問い合わせるゆえ、しばし待たれたし」 しかし、ロマリア艦隊はさらに距離を縮めてくる。こちらの意図は完全に読んでるみたいね。 もっとも、表側の意図だけだけど。 「右砲戦開始! 目標! ロマリア艦隊!」 通信士官が“コードレス”で各艦に高速で伝達していく。 かつては旗流信号によって伝達するか、竜騎士を伝令に使っていたけど、速くなったものね。 「砲甲板で反乱! 戦闘拒否です!」 「どうやら、我々はやはり後世の劇作家のネタのために、ここにいるようですな。偽の反乱艦隊で本物の反乱が起こるなど、笑い話にしかなりませぬ」 確か、艦隊参謀のリュジニャン子爵だったかしら? 中々良い感性をしてるわ。 もっとも、劇作家がいるのは後世ではなく、現在。その笑い話は全て陛下が書いたシナリオ通りなのだから。 「司令長官」 私は仕事に取り掛かる。 「こ、これはシェフィールド殿」 「我々を降下させよ」 「しかし…………、まだアクイレイア上空ではありません。ここはまだ国境線の上です。それでは“悪魔公”の命に背くことになるのでは?」 随分恐れられているのね、あの男は。 「構わぬ、要はアクイレイアを灰にすればよいだけのこと。我が軍団(レギオン)ならばその程度は造作も無い」 「りょ、了解いたしました」 そしてヨルムンガントが虎街道に降下される。 もっとも、完成型はたったの二体で、残りはガルガンチュアに“反射”を施したものなのだけど。 どうせすぐに破壊されるものならば使いきったほうがいい。あのビダーシャル率いるエルフ達が、過労死しかけながら仕上げたヨルムンガントをここで使い潰すのは流石に気が引けるし。 そして、軍団(レギオン)は出陣する。■■■ side:ハインツ ■■■ 俺はランドローバルと視界を共有しながら地上の戦いを眺めている。 “迷彩”で姿を隠しながら『インビジブル』で難なく国境を越えた俺は虎街道の上空にいる。 やや離れたところには睨み合う両用艦隊と皇国艦隊が見える。 両用艦隊は120隻、皇国艦隊は40隻、戦えば瞬殺だが、どうやら両用艦隊の3分の1では反乱がおき戦闘を拒否している模様。 ヨルムンガントが敗北すればおそらく全艦撤退し、ロマリアに寝返るだろう。 そのヨルムンガントは虎街道でロマリアの連隊を次々に打ち破っていく。 ティボーリ混成連隊を始めとし、“砲亀兵”の大隊などが次々に砲弾を叩き込んだがヨルムンガントは無傷。 圧倒的な火力と機動力で敵を殲滅していく。 その姿は正に悪魔の軍団。 終末の軍団(レギオン)に相応しい。 「さて、そろそろアクイレイアから援軍が来るはず。“聖女”の到着か」 『ルイズ隊』と水精霊騎士隊が来ている筈だ。 ≪しかし、あれに勝てるものなのか?≫ ランドローバルから問いかけられる。 「勝てるさ、今のあいつらは強い。まともに戦えば俺では勝てん。陛下くらいだろう、余裕で勝てるのは」 あれは化け物だからな。 「それに、伝説の“長槍”がある。ミョズニト二ルンの力の結晶たるヨルムンガントと、ガンダールヴの力の結晶ともいえるタイガー戦車のぶつかり合いだが、平地での戦いなら戦車に分がある」 平地の戦いならば人型では戦車には勝てない。 複雑な地形を踏破することが人型の利点。起伏に富んだ地形ならば戦車はまるで役に立たない。 当然、シェフィールドもその辺は理解しているが、向こうにはあの“博識”がいる。 戦車が最大限に効果を発揮できるよう。なんらかの策を打ってくるだろう。 「それに、向こうの指揮官は優秀だ。どんな手を使ってくるか見当もつかない、よくぞまあこの短期間でここまで成長したもんだ」 ルイズの成長は完全に俺の予想を超えていた。 そのためにアーハンブラ城での戦いなど、計画に修正を加えることになったが、陛下にとっては予想内だったそうだ。 まったく、どういう頭をしているんだか。 ≪ふむ、それでは今回は、完全に敵役に回るということか≫ 「そうなるな、ここからは恐怖劇(グランギニョル)。“悪魔公”はその象徴だからな」 英雄が戦うならば、それに見合った敵が必ず必要になる。“悪魔公”ならばそれに相応しい。 「敵対するのは初めてだからな、張り切るとしよう」 ≪そこで張り切るのか≫ 突っ込みが入るがあえて無視。 最終作戦開始まであと僅か。■■■ side:ルイズ ■■■ 国境の部隊の戦闘状況が、次々にアクイレイアの聖ルティア聖堂に入ってくる。 今ここにいるのは姫様と私だけ、他の皆は戦の準備をしてる。 神官は怯えて隅で縮こまり、聖堂騎士の隊長達が郊外に駐屯した己の騎士隊に向かっていく。 街には混乱が広まり、集まっていた信者は皆街から逃げだそうとして騒ぎを繰り広げている。 しかし、その中にガリア人の割合は非常に少ない。 ハルケギニアの半分近い人口がいるのに、教皇の即位三周年記念式典にやってくる人が驚くほど少ないということ。 それが示すのはすなわち………… 「遺憾に耐えませんぬ。このたびは我が国の叛徒共が貴国に多大なる迷惑をかけているとのこと。我が王も深い憂慮の意を示されております。つきましては…………」 アクイレイア駐在のガリアの領事が尊大な態度で現われたけど、無能ねこりゃ。 わざわざ無能な男を領事に選ぶんだから、徹底してるわ。 「鎮圧の兵ならいらんぞ、さらに強盗の仲間を屋敷に引き入れる馬鹿がどこにいる。帰ったらジョゼフに伝えろ。信仰篤き我がロマリアの精兵は、ガリアの異端共を一人残らず叩き潰してくれるとな」 出来るのかしらね? ガリア王政府軍は15万、しかもこれは諸侯軍を含めない数。 ロマリアは全軍でも3万が限界。まさか市民や難民を戦わせるわけにもいかないでしょうし。 そして、ほうほうの体で領事が逃げていった後、教皇が現れた。 姫様が迫真の演技で詰め寄るけど、まったく意に介さない。 「“我が同胞”を殺すためにジョゼフ王は軍を使った。それだけの話ではありませんか」 「でも、でも………、何も戦になることは…………」 「貴方は誤解しておられる。アンリエッタ殿。こたびの戦いは政争ではないのです。陰謀を暴いて失脚させる等の、宮廷のままごととは根本的に意を変えるのです。どちらが滅亡するのか。この世から消え去るのはどちらなのか。そういう種類の戦いなのです。陰謀を暴くのはその手段の一つに過ぎません。そしてそう、戦もまた……、その手段の一つなのですよ」 確かに、トリステイン宮廷の陰謀はままごとのようなもの。だけど、ガリアはそうかしら? 政争と簒奪の国を生き抜いてきたあの“虚無の王”と“悪魔公”は、本来そういった戦いこそを得意とするはず。 ガリアの政争に敗れたものは、身内であっても悉く処刑されるのが通例なのだから。 「交渉? 調停? そんなものはもはやこの戦いに存在していません。こうなったからには全力で相手を叩き潰す。同じ力を持つ以上、完全なる同盟か、完全なる敵対か。そのどちらかしかないのです。今回の件を、通常の外交と捉えられては私が困る。おそらく、ジョゼフ王もそうでしょう」 教皇は光の虚無、ガリア王は闇の虚無、手を取り合うことはあり得ない。互いの全てが相手を否定しているのだから。 「ガリアの異端共はエルフと手を組み、我等の殲滅を企図している。私は始祖と神のしもべとして、ここに“聖戦”を宣言します」 聖堂が一瞬静まり返り、それから水が沸騰したかのように沸いた。 「「「「「 うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ! 」」」」」 ここに、“聖戦”が発動された。 ハルケギニアの民にとってのるかそるかの大博打。 この世で人のみが行える、果ての無い殺し合い。 味方が死に絶えるか、敵を殲滅するかまで終わらない、落としどころのない狂気の戦が始まった。 この戦を止めることは、誰にも出来ない。 「“聖戦”の完遂は、エルフより“聖地”を奪回することにより為すものとします。全ての神の戦士達に祝福を」 この瞬間、彼らは神と始祖ブリミルのために、死をも恐れぬ戦士となった。 神の名の下、あらゆる罪悪が許される、狂気の戦争が始まったのだ。------------------------------------------------------------あとがき予想よりも長くなったので前編後編に分けました。この話で第三章は終了し、原作の流れは終了します。最終章は完全にオリジナルの展開となります。9/29 『蒼翼勇者隊』のくだり追加。