宗教都市ロマリアに到着した俺達はいきなり聖堂騎士団と一悶着あったが、ルイズの活躍?によって切り抜けた。 そして、なんとか誤解も解けて俺達はロマリア大聖堂へと向かった。 そこで、今回俺達が呼ばれた理由が明かされ、今後の動きが決定されるらしい。第四十一話 光の虚無 闇の虚無■■■ side:才人 ■■■ 大聖堂に移動する前に、ルイズ起こした暴虐の嵐はテファの『忘却』によって消された。 結果、意識を取り戻した聖堂騎士団に護衛されながら、ジュリオに案内され俺達は大聖堂に辿り着いた。 もしあの記憶が残ったままだったらジュリオは一生ルイズに逆らえないと思う。 「ここが大聖堂か、すげえ立派だな」 「それより凄いのは、その立派な聖堂を難民を受け入れるために解放していることね、聖堂議会の反発も凄かったでしょうに」 ルイズがそう言う。 大聖堂に着いてからは、俺達は二種類に分かれた。 俺、ルイズ、テファの虚無組と、それ以外に。 「これから教皇聖下との晩餐ね、基本的に私は口を挟まないことにするわ」 「口を挟まない? 何でだ?」 「教皇聖下がどんな方かまだ分かってないからね。立派な人であるのは間違いないけど、ちょっと危うい感じがするのよ」 そう言うルイズにはいつもよりちょっと元気がないみたいだ。 「どうした? 元気ないぞ?」 「まあね、考えすぎってこともあるんだけど、私のこういう考えってなぜか悪い方に当たるのよね」 「?」 俺にはよく分からなかった。 「まあ、とりあえずあんたはあんたが思うようにしゃべりなさい。流石に異端審問にかけられることはないと思うし、向こうだってあんたが異世界から来たことくらい知ってるはずだから」 「あの、私は?」 「テファも同じく、今の自分が思う通りに話せばいいと思うわ。私が思ってる通りに話すと国家間の大問題になりかねないから、今回は自重しておくわ」 「是非ともそうしてくれ」 まさか教皇聖下の前でさっきのようなことを言われたんじゃ俺達の心臓がもたない。 そして晩餐が始まった。 教皇聖下はなんというか、美形というレベルじゃなかった。 達観したどころじゃなくて、慈愛のオーラが滲み出てた。 完全に私欲を捨てた人間だけが放てる、全てを包み込むような光。そんな風に感じた。 そして、ルイズの予想通り、彼もまた虚無の担い手で、ジュリオはヴィンダールヴだった。 晩餐がしばらく進んだ後、教皇さんは本題を切り出した。 「つまり……………女王陛下がおっしゃりたいのは、私達の力を使って、エルフから聖地を取り返したいってことなのですか? それでは『レコン・キスタ』と大差ないと思うのですが」 話を聞いた後ルイズがそう言う。 だけど、女王陛下? 確かルイズは女王様のことを姫様って呼んでたよな。 「違います。そうではないのよルイズ。“交渉”するのよ。戦うことの愚を、貴方達の力によって悟らせるのです」 女王様の答えも何か違和感がある。こんな人だったっけ? 「どうして、聖地を回復せねばならないのですか?」 「聖地が我々の“心の拠り所”だからです。なぜ戦いが起こるのか? 我々は万物の霊長でありながら、どうして愚かにも同族で戦いを続けるのか? 簡単に言えば“心の拠り所”を失った状態であるからです」 そんなもんかね? 地球だったらそんなもん関係なく戦争してるけどな。 「我々は聖地を失ってより幾千年、自身を喪失した状態であったのです。異人達に“心の拠り所”を占領されている…………。その状態が民族にとって健康であるはずがありません。自信を失った心は安易な代替品を求めます。くだらない見栄や、多少の土地の取り合いで、我々はどれだけ流さなくてもいい血を流してきたことでしょう」 うーん、戦争がいけないってのは分かるんだけど、その原因が、聖地が無いことってのはどうなんだろう? 俺はこっちの人間じゃないから断言できねえけど。 「聖地を取り返す。伝説の力によって。そのときこそ、我々は真の自信に目覚めることでしょう。そして…………我々は栄光の時代を築くことでしょう。ハルケギニアはその時初めて“統一”されることになりましょう。そこにはもう争いはありません」 なんかどっかで聞いたことあるような、漫画とかで世界征服を企むような悪者が、大抵そんなことを言ってるような気がするんだが。 「始祖ブリミルを祖と抱く我々は、みな、神と始祖のもと兄弟なのです」 「あの、いいですか?」 俺は口を開く。 「どうぞ」 「それってつまり、剣で脅して土地を巻き上げる、ってことじゃないですか?」 「はい、そうです。あまり変わりはありませんね」 さらっと返す教皇さん。 「エルフが相手だからって、そんなことしていいんですか?あまり良くないと思いますけど」 つーか絶対に復讐される。そりゃあ、オーク鬼とかは俺達も退治したけどさ。相手と話し合えるなら、話しあって和解するに越したことはないと思うんだが。 「私は、全ての者の幸せを祈ることは傲慢だと思っております」 きっぱりと教皇さんは言った。 「私の手のひらは小さい。神が私にくださったこの手は、全てのものに慈愛を与えるには小さすぎるのです。私はブリミル教徒だ。だからまず、ブリミル教徒の幸せを願う。私は間違っているでしょうか?」 「うーん、どうなんでしょう? 間違っていると言いきれるほど俺は頭良くないんですけど、何か違和感というか、そういうのを感じるんです」 俺は正直に言う。 確かに、自分の民の幸せを第一に考えるのは当然だと思う。 日本の首相だったら日本国民のことを第一に考えるだろうし、アメリカの大統領はアメリカ国民のことを第一に考えるだろう。この際、自分の選挙のことを考えるとかは置いておく。 けど、自分の国民のことを第一に思って、やることが他国に戦争を仕掛けることだったら、それは国民にとって迷惑以外の何ものでもないと思うんだけど。 ゲイルノート・ガスパールみたく、自分の欲で戦争を仕掛けようが。国民の為を思って戦争を仕掛けようが。結局、国民にとって大差はない気がする。 「サイト殿、わたくしもよくよく考えていたのです。ですが、力によって、戦を防ぐことが出来るなら……、それも一つの正義だと思うのです」 「反対です」 俺はきっぱりと言うことにした。 「やっぱり卑怯ですよ、それ、ここにいるティファニアはエルフの血が混じっています。彼女の母の同族を脅すような真似はしたくありません。向こうから攻めてきたっていうんなら話は別ですけど」 「女王陛下、私の母の同胞と…………争うのですか?」 テファが女王様に尋ねる。 「そうではないの。きちんとお話しして、返していただくの。だって、あの土地は、本来我々のものなのですから。その歳の交渉に、貴女に流れる血が、またとない架け橋になってくれることを祈ります」 うーん、こんな人だったっけ? この人、ルイズの幼馴染なんだよな、負けず劣らずの女傑だったような気がするんだが。 「あの、女王様、ちょっと気になることがあるんですが」 それでも気になることがあるので聞いておく。 「はい、何でしょう」 「その聖地って、6000年も前の土地なんですよね」 「はい、始祖ブリミルの時代といわれております」 「その土地が本当に始祖の土地だった。ていう証拠はあるんですか?」 「え?」 驚いた顔をされる。 「確か、エルフとか、翼人とかが使う魔法を“先住魔法”っていうんですよね。先住ってことは、先に住んでいたってことですよね。それじゃあハルケギニアの先住種族はエルフとかそういった種族だってことじゃないんですか?」 「そうです、始祖ブリミルは“虚無”の力をもってして、強力な先住魔法を操るエルフに立ち向かったのですから」 教皇さんがそう答えてくれる。 「じゃあ、始祖ブリミルがエルフから土地を奪ったってことですか?」 「いいえ、始祖は魔法という神の御業によって、土地を切り開く力を民にお与えになったのです。それによって今まで人が住めなかった不毛な土地に、人が住めるようになったのですから」 「だったら、別に聖地にこだわる必要はないんじゃないですか?」 「聖地は始祖が最初に降臨したとされる聖なる土地です。神の御業である魔法と共に人々には神の教えが広められました。その神を信じる者にとっては正に“心の拠り所”なのです。それがエルフに占領されているということこそが全ての悲劇の始まりなのですから」 なんか、永久に話が進まない気がしてきた。 「はあ、異世界人の俺にはよく分かりません。ですけど、やっぱり協力は出来ません」 とりあえずそう言っておく、この場ではこれ以上は無意味な気がする。 「そうですか、まあ、いきなり答えを求めるのも性急でしょう。それ以前に貴方はブリミル教徒ではないのですから、ブリミル教徒のために命を懸けろと強要することは出来ません。ですが、それとは別の問題があるのです」 「別の問題?」 「ガリアです。彼らは虚無の担い手を狙っている。己の欲望の為だけに行動する狂王が支配する国です。ハルケギニアの民の為に、断固としてその野望を阻止せねばなりません」 あのミョズニト二ルンと、ガリア王ジョゼフか。 「どうやってですか?」 「三日後に、私の即位三周年記念式典が行われます。ガリアとの国境の街アクイレイアにおいてです。もちろん、ガリア王にも招待状を送っております」 「それはつまり」 「ええ、誘いです。そして、ミス・ヴァリエール、ミス・サウスゴータ、貴女方にも出席願います。そして私が虚無の担い手であるという情報を事前にガリアに流します。担い手が3人揃ったとみれば、必ずや手を出してくるでしょう」 つまり、スレイプニィルの舞踏会でルイズが使った手段をさらに大きくしてやるわけか。 「迎撃するってことですね、具体的な作戦はどうするんですか?」 そっちは賛成できる。このままじゃずっと受身だからな、ここらでけりをつけておきたい。 「おそらく、彼は“使い魔”を繰り出してくるでしょう。貴方方が何度か戦ったというミョズニト二ルン…………。魔道具を自在に操る能力を持った使い魔です」 「でしょうね」 これまでもそうだったし、あのビダーシャルはエルフだから侵攻戦には向かないはず、どう考えてもあいつが来るだろう。 「我々は全力でミョズニト二ルンを捕まえるのです。ただし殺さずにです」 「殺したら、新たな使い魔を呼ばれるからですね」 ルイズの作戦でもそうだった。 「ええ、使い魔がいなくなれば、担い手の力も半減します。そうなれば好機、後は交渉に持ち込みジョゼフ王を廃位に追い込む。そうすればガリアの脅威はなくなります」 「それは良いと思います。いつか決着をつけないといけない相手なんですから」 それに、ハインツさんにずっと一人で戦わせるわけにもいかない。 ジュリオや女王様、テファも頷いている。 「それで構わないと思います。トリステインの担い手は、教皇聖下に協力することを約束致します」 そして、ルイズのその言葉で計画の実行は決まった。■■■ side:コルベール ■■■ 私は現在アニエス殿と共に教皇聖下に拝謁している。 どうしても、彼に伝えねばならないことがあるからだ。 私は死ぬわけにはいかない、かつて犯した巨大な罪を償い続けねばならない。 軍人であり、王家の命令であったからといって、私が任務に少しでも疑問を持っていればあの悲劇は避けられた可能性もある。 今となってはただの可能性、この世にはそのような“もしも”が溢れていようが、それでも人は願わずにはおられない。 アニエス殿は私に言われた。『殺した人間の数十倍以上の人間を救え』と。 ダングルテールの唯一の生き残りである彼女がそう言う以上、私は生きて償い続けなばならない。 彼らの鎮魂の為に私を殺せるのは彼女だけであったから。 しかし、もう一人私に罰を与えることが出来る人物がいるはずなのだ。 そして恐らく、それは彼しかあり得ない。 「聖下に、お返しせねばいけないものがございます」 私はそう切り出した。 そしてアニエス殿が後を引き取る。 「失礼の段、ひらにお赦し下さい。聖下は『ヴィットーリア』という女性をご存知ですか?二十年前、ダングルテールの新教徒たちの村に逃げ込んだ女性のことを…………」 「知っていますよ、母です」 彼は挨拶でもするかのように平然と答えた。 「やはり、………聖下を一目見た時から気になっておりました。その御顔立ち、あまりにもかのヴィットーリア様に瓜二つ。聖下、私は貴方の母君に命を救われました。卑怯な陰謀で私の村が焼き払われた際、ヴィットーリア様私をお庇いになり、命を失われたのです」 しかし、彼は笑顔を浮かべていた。 「そうですか………、それはよかった。あの人も、最後は人のお役に立ったのですね」 私は聖下の前に出て膝をつく。 「聖下、どうかこの私にお裁きくださいませ」 「なぜです?」 「その女性を………、貴方のお母君を炎にて焼いたのは、ほかならぬこの私なのです。まさか、教皇聖下の御母君とは………、なんと残酷な運命でありましょうか。おそらく、私は聖下のお裁きを頂くためにこのロマリアに参ったのでしょう」 しかし、アニエス殿がそれを否定する。 「命令だったのだろう?罪は貴様には無い。あるとすれば、命令を下した連中だ。そして………。その連中はこの私が直々に裁きを下した」 だが、私に罪があるのは確かなのだ。 「聖下、ここに、御母君の指輪がございます。これをお受取りになり、私を罰して下さるよう、お願い申しあげます」 しかし、彼は穏やかな表情でルビーを受け取ると、全く変わらぬ口調で告げた。 「お礼を申し上げねばなりますまい。私の指にこの“炎のルビー”は戻るのは二十一年ぶりです」 「お礼?」 「そうです。貴方方は御存知ないかもしれませんが、我々はこのルビーを探しておりました。それがこのように指に戻った。今日はよき日です、真、よき日ではありませんか」 「では聖下………、お裁きを」 私は頭を下げる。 「なぜ、貴方に裁きを与えねばならないのですか?祝福を授けこそすれ、裁きなど与えようはずがありません」 「ですが、聖下、私は聖下のお母君を………」 「あの人は弱い人でした。自分の息子に神より与えられた“力”を恐れるあまり、この指輪を持って逃げだしたのです」 私は驚愕した。彼の目には自分の母を殺した男に対する怒りの色が一切見られなかったのだ。 「彼女は異端の教えにかぶれ、信仰を誤りました。その上、“運命”からも逃げたのです。貴方の手にかかったのは、神の裁きといえましょう」 「聖下…………」 彼の目には慈愛がある。どこまでもある。しかし、それしかないのではないか? 彼は、人が人であるために必要なものを削ぎ落としてしまったのでは? 私はそんな疑念を抱いた。 「………残された私は、人一倍努力しました。信仰を誤った母を持つ者と後ろ指をさされぬよう、朝も昼も夜も神学に打ち込みました。その甲斐あって、私は今の地位を許されるほどになったのです」 彼は人の情を捨てて全てを神に捧げている。 しかし、それは人の在り方として正しいものなのだろうか? 「ですから、祝福を授けこそすれ、裁きなど与えようはずもないのです。ミスタ・コルベール。貴方に神と始祖の祝福があらんことを」 そうして、彼は私の罪を赦した。 聖下の下を退出した後、私は一人考え続けていた。 彼は、教皇として最高の人格者であることは間違いない。 しかし、一人の人間としては致命的な欠陥を抱えているのではないか? その原因が私にあるとしたら、私の罪は未だ赦されてはいない。 そうして考えていると。 「コルベール先生、教皇聖下についてのお話を聞かせていただけませんか?」 目の前には、真剣な表情をしたミス・ヴァリエールがいた。■■■ side:ルイズ ■■■ 現在夕方。明日にはガリアとの国境の街アクイレイアに出発する。 私、サイト、キュルケ、タバサ、コルベール先生はとある宿屋に集まり今後の相談をすることにした。 「さて、今後の予定を確認するわよ」 まず私がそう切り出す。 「ちょっと待った。なんでわざわざこんなところでやるんだ?」 しかしいきなりサイトから待ったが出た。 「間諜対策よ、大聖堂の中じゃ安心して相談なんて出来やしないわ」 何しろ陰謀渦巻くロマリア宗教庁の本拠地なんだから、そんな場所で会議なんてしてたら盗聴して下さいと言ってるようのものよ。 「それって、聖堂騎士団の野郎達が聞き耳立ててるってことか?」 「そうよ、あいつらはあくまで私達を利用したいだけでしょうから、信用するなんて論外。いつ後ろから撃たれてもおかしくないぐらいの気持ちでいくべきよ」 それほど狂信者ってのは厄介、自分が絶対的な正義だと思い込んでる奴ほど面倒な存在はないわ。 「なるほどな、それで、どう動くんだ?」 「大体ロマリアが組んだスケジュール通りに動くわ、というより私達虚無組はそれしかできない。私達が今回の計画の要だからね。だからポイントはそれ以外の面子になるわ、だからこそティファニアはここにいないんだけど」 あの子は現在マチルダと一緒に晩御飯を作ってる。ロマリアの料理は精進料理ばかりなので食べても気合いが入らない。そこで、料理が得意な二人に押し付け……もとい、任せたのよね。 「今日の晩御飯なんだろ?」 「脱線しないのそこ、それで、タバサ、キュルケ、コルベール先生。3人で例の“槍”をアクイレイアに運んで頂戴、あれがないとヨルムンガントに対抗できないでしょうから」 ロマリア大聖堂の地下墓地(カタコンベ)にはロマリア聖堂騎士団が聖地付近に密偵を送って回収してきた“場違いな工芸品”が大量に保管されていた。 そこにあった兵器類は全て異世界出身であり、ガンダールヴであるサイトにしか扱えない品々で、それがすなわちガンダールヴが右手に掴んだ“長槍”らしい。 「燃料となる“がそりん”の『錬金』は終わっているよ、後は運び込むだけだ。しかし、あれほど重いものを運ぶのは『オストラント』号であってもいささかきついと思うが」 コルベール先生の言葉には若干の不安が見られる。 「大丈夫よジャン、『オストラント』号ならあの程度の荷物で沈んだりはしないわよ。何せゲルマ二アの冶金技術の結晶でもあるんだから」 『オストラント』号はいたるところにゲルマニアの技術で作られた鉄が使用され、強度は通常の船より遙かに高い。もっとも、一等戦列艦には敵わないでしょうけど。 「それよりも気になるのは例の“長槍”、あれ、大丈夫?」 タバサが疑問を呈する。ま、もっともな疑問ね。 「確かになあ、絶対あるはずねえもんがあったからなあ」 サイトも同意する。 「ま、下手人はわかっているんだし、問題はないでしょ。あんな真似する馬鹿はハルケギニアに一人しかいないわ」 サイトの世界の“たいがー戦車”とやらにはサイトの国の言葉である言葉が刻まれていた。 『ルパン三世参上』 と書かれていたらしい。 どう考えてもあの馬鹿しかありえないわ。 「しかし、ハインツさんはどうやって入ったんだろう?」 「そこは本人に聞くしかないんじゃないかしら? だけど、これが示しているのは恐ろしい事実。ガリア北花壇騎士団はロマリア宗教庁の地下墓地にすら簡単に忍びこめるということ。つまり、ロマリアの陰謀は完全に筒抜けってことね」 この事実は当然ロマリア側には伝えていない。トリステインが持つ情報面でのアドバンテージをわざわざ手放すことはないもの。 「今回の作戦は全部向こうに知られてるってことだよな」 「教皇聖下もそれは承知の上で仕掛けるみたいだから、そこはあまり意味無いんだけどね。問題はもう一つの陰謀の方よ」 こっちも完全に知られているということ、何せ情報源が彼らなんだから。 「もう一つの陰謀?」 タバサが訊いてくる。 「現在ロマリアの国境付近に聖堂騎士団に率いられた四個連隊9千が駐屯中、しかもその上にはロマリア皇国艦隊40隻も待機している。これに対抗するには両用艦隊を動員するしかないわ」 「もう既に国境を兵で固めてるってことか、それって敵に進撃してくださいって言ってるようなもんなんじゃないのか?」 流石にアルビオン戦役を戦い抜いただけはあるわねサイト。かなり戦略や政略に詳しくなってきたようね。 「そうよ、完全な挑発行為ね。流石に国境が軍隊で固められていたらミョズニト二ルンといえど、あのヨルムンガントをロマリアに運び込むのは不可能よ。そうなると当然運ぶために船が必要になる。つまりは両用艦隊ね」 ロマリアはそれを狙ってあえて軍を国境に集結させている。トリステインには気付かれていないつもりなんでしょうけど、甘いのよ。 「なんで貴女がそんなこと知ってるの?」 キュルケの疑問ももっともね。 「アルビオンからティファニアを連れて来てから、馬鹿達が女子風呂を除くまで私は学院にいなかったでしょ。その間にハルケギニア諸国の情報をもらってきたのよ」 「もらってきた?」 コルベール先生が首を傾げる。 「ええ、とある場所に赴いて情報を頂いてきたんです。代わりに向こうにもこっちの情報を渡しましたからギブアンドテイクの関係ですけど」 もっとも、こっちが圧倒的に有利というか、あえてこっちに情報をくれたんでしょうけど。 「そりゃいったいどこだ?」 「リュティスにある北花壇騎士団本部よ」 「はあ!」 「!?」 二人が一斉に反応する。キュルケとコルベール先生は割と落ち着いてるわね。 「簡単に言えば上司への挨拶といったところかしら。一応ファインダーのトリステイン魔法学院担当になってるから、私」 だから、学院内にいたメッセンジャーやシーカーは私が掌握している。例の女子風呂覗きを捕らえられたのもその情報網を駆使したからこそ。 「ちょっちょ、ちょっと待て! 聞いてないぞ俺!」 「言ってないもの。とはいえガリアに仕えているわけじゃないわよ。ガリア国内担当はガリア王政府から年給をもらってるけど、国外の支部はあくまで協力者。資金のやり取りはあるけど臣下ってわけじゃないから、要は取引よ」 それが本国と他国の支部の違い。去年の夏季休暇の頃に既に、そういった関係であることは知っていた。 「まあそういうわけで、貴女の姉上にも会って来たわよタバサ。流石に北花壇騎士団の団長だけはあったわ、あれはマザリーニ枢機卿を上回ってるもの」 トリステインの国政をやらせれば一番優れているのは間違いなく彼。しかし、あのイザベラはその上をいっていた。そして実動部隊をまとめる副団長がハインツなんだから正に鉄壁の布陣ね。 北花壇騎士団団長“百眼”のイザベラ。 北花壇騎士団副団長“毒殺”のロキ(ハインツ)。 団長だけは偽名じゃなくて本名をそのまま使ってるみたいだけど。 それに、副団長の異名は“粛清”、“闇の処刑人”、“悪魔公”、“死神”。最近は“虐殺”と“神殺し”とかも加わったとか。何でも王政府に逆らう封建貴族やロマリアの神官とかを容赦なく表側で殺しまくっているらしい。 「元気そうだった?」 やっぱり姉のことが気になるみたいね。 「忙しそうではあったけどね、元気かと問われれば、全開という答えが正しい感じだったわ。もの凄い書類に囲まれていたもの」 あれを普通に処理しているんだから凄いわ、私も書類仕事は得意な方だけど流石にあれには勝てそうにない。 ハインツ曰く。 『お前は理論者だが、実践が出来ないわけじゃない。しかし、イザベラは実践が出来ない。そこの差は大きいな。何せお前が虚無に使ってる容量を、イザベラは全部内政や外交などの能力に充てているんだからな』 らしいけど、実に分かりやすい理屈だわ。 「ってことは、お前はガリアの手先ってことになるのか?」 「やろうと思えばロマリアの情報をガリアに流すことも簡単に出来るわ。といっても相手はガリア王政府じゃなくて北花壇騎士団だけど。大して違いないようで結構違うのよね、公式に存在しない裏組織と表の政府じゃ。だけど、そんな必要も無いわ。だってガリアの情報網は既にロマリア全土を包んでいるそうだから」 現在ガリアの外務卿を務めるイザーク・ド・バンスラード。 彼が作り上げた対ロマリア情報網は全く隙が無い。私が今回得た情報も全て彼が入手したものだという。 「だけど、そこまで分かっていながらあえてロマリアに協力するの?」 キュルケの疑問も当然のものね。 「そこまでは分かってもね、それがロマリア全体の考えなのか、それとも教皇の個人的な意思なのか、そこまでは判断がつかなかったのよ。それに、先だって教皇がトリステインに訪れてもいたしね。ここはあえて敵の本陣に乗り込んで実態を攫むってことになったの、トリステイン国内は枢機卿が固めてる。秘密裏だけど、数千単位の兵をいざとなれば動かせるようにしておくらしいわ」 「そこまでやってたのかよ」 「それにあんた。今回の姫様の態度、なんか疑問に思わなかった?」 ティファニアはともかく、サイトなら違和感に気付いたと思うけど。 「ああ、なんか変だったよな。あんな人じゃなかったと思うんだけど」 「あれは姫様の演技よ、教皇の理想に共鳴して見事に騙されるトリステインの小娘の役ね。こと演技に関してなら姫様は凄いわ。何せ本人がそう思い込むくらいに完全に役になりきるんだもの」 私と姫様は幼馴染だから昔からよくままごとはやったけど、その当時から姫様の演技力は凄かった。 もし王家じゃなくて普通の街娘に生まれていたら、トリスタニアの劇場の主演になってたでしょうね。 「あれが演技かよ」 「当然よ、外交ってのは笑顔で握手を求めながら、逆の手には毒を塗ったナイフを握りしめているものだもの。トリステイン女王アンリエッタ・ド・トリステインはそういう駆け引きが上手いのよ。特に、無知で愚鈍な小娘の振りをして相手を騙すのがね」 でも、マザリーニ枢機卿やゲルマニア皇帝アルブレヒト三世なども負けず劣らず老獪。 教皇は陰謀には優れていても、他国人との対等な立場での外交経験が無い。宗教の権威である彼ではそういう状況があるわけがないし、それ以前はロマリアから出ることがなかったそうだから。 「…………………女って、怖いんだな。特にお前の周りに奴らは」 「そういった意味ではティファニアは純粋よ。簡単に手籠に出来るわ。もっとも、大魔神の報復を覚悟する必要があるけどね」 「誰もいねえだろうな」 「皆無」 「いたら凄いわ」 「だろうなあ」 その辺の意見は満場一致みたいね。 「まあそういうわけで、ロマリアの腹は読めたわ。あえて敵の艦隊を引き出して“聖戦”で片をつけるつもりでしょう。ガリアにエルフが協力してるのは間違いないから“聖敵”にする理由には事欠かないわ」 皆が沈黙して少し考え込む。考えをまとめる時間は必要でしょうね。 「それに、我々も参加するのかね?」 コルベール先生が口を開く。 「ええ、そうなります。というよりもロマリアがそうなるように仕組んでいます。ミョズニト二ルンの襲撃を迎え撃つところまでは確かに私達とロマリアの利害は一致する。しかし、その為に私とティファ二アは教皇の傍に控える巫女というかたちになりますから。その状態で“聖戦”が発動されれば従軍は避けられないでしょうね」 実にロマリアが考えそうな策ではあるわ。 「それを分かった上で協力すんのか?」 「そうよ。いい? この戦いはロマリアとガリアの全面戦争。だからどっちが勝つにせよ国際関係の変化は免れない。だからそうなった時にトリステインにとって最良になるのはどういう場合か考えるべき。その上であえてロマリアについて戦うことにしたのよ」 「あ、なるほどね」 キュルケは分かったみたいね。こういう部分に意外と鋭い。 「ってことは、どうなるんだ?」 「もしロマリアが勝てば、虚無の担い手として協力したトリステインは相応の発言力を得る。だけど、多分ガリアが勝つわ。その場合に備えて私達は可能な限り前戦で暴れまくる。そうすれば向こうもトリステインは小国だけど強力な人材を保有していると認識する。ロマリアと違ってガリアは現実主義だからね、そういう国にわざわざ攻め込むことはせずこれまで通りの外交関係を保とうとするでしょうね。“窮鼠猫を噛む”なんてことになったら最悪だし」 「なるほどなあ」 「でも、ロマリアはそういう国じゃないから、やるんなら徹底的にやるわ。恐らく、ガリアはロマリアを滅ぼす。それも完全に。だから、私達はロマリアを生贄にしてトリステインを生き残らせるために戦うのよ」 それが私、姫様、枢機卿で出した結論。 この国に来た段階ではまだ決まってなかったけど、予めいくつかの行動パターンは決めておいて、ロマリアの反応次第でどう動くかは臨機応変ということになっていた。 「それで全員連れて来たのか」 サイトが納得するように頷く。 「まあ、それが水精霊騎士隊にとっては大きな理由ね。だけど、私達にとってはある意味それ以上に大きな理由があるわ」 「大きな理由?」 タバサが首を傾げてる。ラブリーだわ。 「ねえ皆、最近のハルケギニアをどう思う?」 そして私は本題に入る。 「俺にはわかんねえけど?」 サイトが否定する。彼はハルケギニア人じゃないから当然なんだけど。 「多分あんたには実感がないでしょうけどね、ちょうどあんたが召喚されたあたりから、ハルケギニアは大きく動いてる。アルビオン王家が一度は滅んだこと。共和制の国家が出来たこと。そして、浮遊大陸アルビオンがハルケギニアの軍に降伏したこと。どれもこれも6000年に一度もなかったことなのよ」 「それは」 「確かに」 「そういえばそうね」 3人の反応はそれぞれだけど、大体似たようなものね。 「そして“虚無”。これも6000年間なかったこと。これまで何人かいたのかもしれないけど、いずれも歴史の表舞台に出てくることはなかった。だけど、ついにこの戦いでは担い手同士が表舞台でぶつかり合うことになる。歴史の大きな転換点と言っていいかもしれないわ」 その確信を得たのはここに来てからだけど。 「今は世界が動いてる。それもどんどん加速しながらね。だったら、どこかに収束点があってしかるべき。今回はその収束点だと思うの。4人の担い手が集結して、それぞれの思惑で動いている」 まあ、ティファニアはちょっと別だけど。 「だけど、何で分かるんだ?」 「その布石があちこちにあったのよ。アルビオンの担い手であるティファニアの姉のマチルダが魔法学院で秘書として働いていた。ガリア王ジョゼフの姪であり、深い因縁を持つシャルロットもまた留学生として魔法学院にいた。そして、教皇と因縁があり、『炎のルビー』を持っていたコルベール先生も魔法学院にいた。トリステインの担い手である私がいる魔法学院にね。よく出来ていると思わない?」 「出来すぎだな」 「全部揃ってた」 「まさかね」 「だが、その通りだ」 反応はそれぞれ、だけど否定できる要素はどこにもない。 「つまり、私が担い手として覚醒すれば、他の担い手と接触するのは必然だった。そして今、マチルダ、シャルロット、コルベール先生、ティファニア、私、サイトと、その全てがここにいる」 「私だけ仲間はずれね」 「あんたはゲルマニア人だからね、だからこそ物事を伝説に捉われずに見れる利点もあるわ。要は純粋な利害関係だけで見れるということ。そういうのもいないとバランスが悪いもの」 それがキュルケの役割。 「確かにね、そう考えると、本当にフルメンバーなのね」 「だからここで逃げても無駄なのよ。時代が進んでる以上、必ず担い手がぶつかる時が来る。だったら、早い方がいいわ。それに、逃げたら次の世代に押し付けることになるかもしれないしね」 「次の世代?」 これも話してなかったわね。 「ミョズニト二ルンが言ってたんだけど、私が死んでも代わりはいる、というか出来るみたいなの。多分私に限らず全ての担い手に言えることなんでしょうけど、ここで私達の代で衝突が避けられてもいつか必ずぶつかるわ。それよりは私達でけりをつけたほうが気分いいでしょ」 「そりゃそうだな、他人任せは性に合わねえ」 「自分の手で掴み取ってこそ」 「厄介事は好きよ、私は」 「次代に生きる者達の未来を切り開くことが、私の務めだ」 これまた満場一致、皆基本的に似た者同士だからね。 「だから、私は逃げずに見届けようと思うの、“光の虚無”と“闇の虚無”の戦いをね」 これは私の意思。 これだけは私が見届けたいのだ。 「“光の虚無”と“闇の虚無”?」 「ねえサイト、あんたは教皇聖下に会ったけど、どういう印象を受けた?」 これは結構重要よ。 「あの人か、うーん、悪い人じゃあねえと思うんだけど。なんか歪っていうか、上手く表現できねえんだけど、人間らしくないのかな?」 「うん、いい線いってるわ。あの人はね、究極の“善人”なのよ。混じり気の無い、純粋な“善”。言ってみれば、“理想の教皇”ね」 だけど、それでしかない。 「“理想の教皇”か、確かにそんな感じだな」 「そうよ、けど、それだけ。確かに理想の教皇であるけど、そこにヴィットーリオ・セレヴァレという個人が無い。誰にでも優しい、慈愛の教皇、だけど、それは誰も愛さないことと同義。神からの愛しか求めていないあの人は、神様以外を愛せないのよ」 最初はそうじゃなかったはず、人間なら誰だって誰かを好きになる。それが無い人もいるけどそういう人は代わりに憎悪を持つ。だけど彼にはそれすらない。この世でもっとも美しく優しい鏡。それが彼。 「神以外愛せない………」 コルベール先生が呟く、思うところがあるんでしょうね。 「だから彼には決して人間は救えないわ。だって、人間が分からないんだから。善しか持ってない彼には善悪を持つ人間の心が分からない。仮に、悪しか持ってない人間がいても同じことでしょうけど。要は、神も悪魔も大差はないのよ、どこまでも人間とは違う異常性の具現でしかないんだから」 その闇は恐らくガリア王。けど、今はそれとも違う存在になってるかもしれない。 だって、ガリアにはあいつがいるんだから。 「コルベール先生、教皇聖下は貴方を赦したのですよね?」 「ああ、だが、あれは彼の心ではないのだな。今思えば、あれは正に理想の教皇の言葉だった。神の信仰に背き、虚無から逃げた母を彼は弱い人間と呼び、何の感情も持っていないようだった。しかし、彼女、ヴィットーリアは、息子がそのような存在になってしまうことをこそ、恐れていたのではないか?」 「多分、そうだと思います。二十年前ならばそれはまだ教皇聖下が物心つく前のはず。彼は一番先に目覚めた虚無の担い手だったのでしょう。ロマリアの秘宝とあの『炎のルビー』によって。そして、息子を宗教の道具に利用されることを恐れた彼女は息子を連れて逃げようとした。けれど失敗して、何とか『炎のルビー』だけは持ってダングルテールに逃れた」 「しかし、ロマリア宗教庁はそれを逃がさず、あのリッシュモンを使ってダングルテールごと焼き尽くさせた。後に知ったことだが、ロマリアの聖堂騎士が焼け跡に入って新教徒の証拠などを集めていたそうだ。その目的は間違いなく…………」 「『炎のルビー』でしょうね、しかし、それはコルベール先生が持っていたから彼らの手に渡ることはなかった。そして、一人ロマリアに残されたヴィットーリオという少年は、信仰を誤った母を持つ者と後ろ指をさされぬよう、朝も昼も夜も神学に打ち込んだ。そして、“虚無”に飲まれ、人としての愛情を無くし、全てのブリミル教徒のために尽くす神の代行者が誕生した」 「何という皮肉な話だ。彼をそういった存在にしない為に命を懸けた母の必死の行動が、彼をそういった存在にしてしまったとは……」 コルベール先生の声に力が無い。 「そうして、“光の虚無”は誕生したわけですね。人としての愛情を捨てて、神の世界を実現するためだけに生きる。顔のない青年。優しい鏡が」 虚無とは、そういう宿業を持った者達に刻まれている呪いのようなもの。 「ってことは、闇の虚無ってのは?」 「当然ガリア王よ、聞きたい?」 「いや、この流れでそっちを話さないとかありえないだろ」 「そう、話してあげてもいいけど。その条件として、タバサを抱きしめてキスしなさい」 「ぶはっ!」 噴き出すサイト、いい加減慣れればいいのに。 「なんでそこでそうなるんだ!」 「キスは冗談としても、抱きしめるのはマジよ。最低でも手を握ってあげるくらいはしなさい、出来れば後ろから支えるように抱きしめてあげること。この話はシャルロットにとっても辛い話になるんだから」 ここはシャルロットと言うべきね。 「……」 シャルロットは無言。知りたいけど、知るのが怖いんでしょうね。 「大丈夫だシャルロット、俺がついてるから」 そう言いながらしっかり抱きしめるサイト。うん、こいつはやるときはやる男だからね。 本当に、いい男をつかまえたわね、シャルロット。 「それじゃあ話すけど、これを私が知ったのはあの二人から。というより、これを聞く為に北花壇騎士団本部に行ったといっても過言ではないわ。シャルロット、この話を私からするのには大きな意味がある。なぜ彼らがこれまで貴女に話さなかったのか分かるかしら?」 「…………」 無言で首を横に振るシャルロット。 「それはね、彼らにも分からなかったからよ。知ってはいても、理解することは誰にも出来ないものなのこれは。私だけは例外だけどね」 ティファニアでも無理ね、あの子は特殊だから。 「それは、お前が虚無の担い手だからか?」 「そう、教皇の存在がどういうものかが分かったのもそれ故よ。あれは、私のなり得た可能性の一つ、だから分かる。そしてガリア王ジョゼフも同じ、彼も私がなり得た可能性なのよ」 本当、悪い夢だわ、古い鏡を見せられているようなものだもの。 しかも、そこにはそのまま成長した自分が映っている。 そして私は語り出す。イザベラとハインツから託された。ある兄弟の物語。 誰よりも愛し合いながら、結局は闇に飲まれた、宿業の家の物語を。 「私が知るのはそこまでね、そうして、虚無の王は完成したわけよ」 兄が弟を殺し、その血塗られた冠を被ったその時に、“虚無”は目覚めた。 おそらく間違ってはいない。ガリアの“始祖の香炉”は戴冠式の日くらいしか宝物庫から出されることがないらしい。 それ以前に彼がそれに触れる機会があったとしても、『土のルビー』がなければ意味がないのだから。 「誰よりも愛していたから、殺しちまったのか?」 サイトが呆然としながら言う。彼でもそうなるほどこの話は重いものね。 シャルロットはサイトの腕の中で震えてる。自分とイザベラもそうなっていた可能性が高いということを知ったのだしね。 「ええ、その気持ちは痛いほど分かるわ。だって、私もそうだったもの」 ここからは私の話になる。 「お前も!?」 サイトが驚く。まあ、今の私からは想像もつかないかもしれないけど。 「あんたが最初に出会った頃の私を考えなさい、そうすれば少しは想像つくと思うわ」 あの頃の私は酷かったからね。 「うーん、そう言われてもな、今のお前のイメージが強すぎて………」 想像するのが難しいと、ま、仕方ないかもね。 「私も同じだったのよ、魔法が使えなくて、自分より遙かに上手く魔法が使えるエレオノール姉様に嫉妬してたわ。姉様だけじゃない、母様も父様も共にスクウェアメイジで、トリステイン中で比較しても並ぶ者がいないくらい立派な貴族だった。そんな二人の子供として生まれたのに、私は魔法が使えなかった。劣等感の塊だったわね」 ハインツが言っていた。 『お前の最大の不幸はラ・ヴァリエール家に生まれたことにあるだろう』 正にその通りだったわね。 「なんていうか、人間失格ね。他人はおろか家族すら疑いの目でしか見れないようになっていた。誰もかもが私を見下しているのだと、自分で勝手に檻を作って、そこでただ方向性もなしに暴走するだけ。まさに“ゼロ”のルイズだわ」 我ながら呆れ果てる存在だったわ。 けど、私はなりたくてそうなったわけじゃない。そこには恐ろしい罠があった。 「母様も父様も姉様も、私を愛してくれていたのよ、私がそれに気付かなかっただけで。でも、気付くのは困難だった。それほど虚無の呪いは恐ろしいものよ」 今だからこそ分かる。それがどれほど恐ろしいものか。 「虚無の呪いだって?」 サイトが問う。 「ええ、父様も母様も娘として“ルイズ”を愛してくれた。姉様も妹として“ルイズ”を愛してくれた。けど、同時に“公爵家の三女”には厳しかったわ。ただ甘やかすだけじゃしょうもない貴族にしかならないから、それはとても良いことよ。だけど、歯車が僅かにずれていると、それは最悪の組み合わせになるのよ」 「最悪の組み合わせ…………」 シャルロットが考え込む。ついさっきそんな話があったばかりだものね。 「彼らは甘やかすだけじゃなくて、貴族が必要とされることを教えた。礼儀作法や立ち居振る舞い、そして、最も重要とされる魔法。だけど、私はそれを使えなかった。どんなに頑張っても使える気配すらしなかった」 今思い出しても、辛い日々だったわね。 「でも、厳しいというのは愛情の裏返し。愛情がないならほっとくものね。彼らは私に期待してくれた。だからこそ厳しかった。私も大好きな家族の期待に応えようと必死に努力した。だけど、魔法は使えなかった」 皆の表情が暗いわね、まあ、聞いてて笑える話じゃないし。 「私はよく一人で泣いていたわ。でも、当然親はそんなことに気付いている。ある時ね、魔法が出来なくて泣いている私を母様が優しく抱きしめてくれたの。そして、泣き続ける私に言ってくれたわ。『大丈夫よルイズ、貴女ならきっと出来るわ。自信を持って、私の子供である貴女が出来ないわけはないわ』ってね」 シャルロットの表情が変わる。気付いたわね、この言葉が含む恐ろしい罠に。 「そして私は立ち直った。母の愛を受けてこれまで以上に努力した。私は母様と父様の娘なんだから出来ないはずはないってね。小さな体で一生懸命頑張り続けたわ。けど、魔法は使えない。そして、祝福の言葉は呪いの言葉になる。もし、このまま魔法が使えなかったら、私は母様と父様の娘じゃないんじゃないか? 愛してもらえなくなるんじゃないか? 当時の私はそのことを自覚していなかった。いえ、自覚することを無意識に避けていた。そう考えたら自分が壊れるから」 優しい母の言葉は何よりも恐ろしい呪いに変わった。“魔法が使えない”たったそれだけのことなのに。 何度心の中で叫んだかしら? 『どうして!? どうして私は魔法を使えないの!? 母様の子供なのに! 父様の娘なのに! エレオノール姉様の妹なのに! どうして! どうして! どうして! 使えなきゃ駄目なのに! 愛してもらえなくなっちゃうのに! どうしてなの!?』 「そうして私の中の闇はどんどん大きくなっていったわ。幸い、家族を殺すほどの決定的な出来ごとはなかったけれど、そのまま“始祖の祈祷書”と『水のルビー』によって覚醒していたら私はきっと教皇と同じ存在になっていたでしょうね。自分の苦しみはこのためにあったんだ。自分は選ばれた存在で、母や父ですら届かない至高の存在なんだ。自分は神に選ばれた偉大な虚無の担い手、だから人と違って当然、そしてこれからは聖女として皆から崇められる存在になる。もう誰も私を見下したりなんかしない。ってとこね」 そうやって、“光の虚無”は生まれる。家族を殺していれば“闇の虚無”が生まれる。 どっちも本質は変わらない。自分にとって最も価値がある存在だったものが、他のものと変わらない存在になり、特別なものがなくなる。全てを愛するか、全てを憎むかの違いだけ。 正に光と闇、表裏一体。 「ねえサイト、アルビオンの艦隊を吹き飛ばした後の頃の私は少なからずそういったところがなかったかしら?今言ったくらいには酷くなかったにせよ、そういった要素はあったはずよ」 「うーん。言われてみれば。皆から認めてもらいたがってたような感じがするな」 「そんなところね、でも、それは誰でもが思うことでしょう? 大小の差こそあれ、誰かに認められたいというのは人間の純粋な望みよ。神さえ認めてくれればそれでいいというのとは違って、私は人間であれていたのよ。つまり、私を人間にしてくれた存在がいたの」 それはあの人のおかげ、あの人がいてくれたから、今の私がここにいる。 「それって」 「ちいねえさまよ」 私の憧れ、私の理想、そして、私のこの世で一番大切な人。 「カトレアさん?」 「あの人」 サイトとシャルロットは面識あったわね。 「そうよ、ちいねえさまだけはね、私に期待しなかった。ちょっと言い方が悪いけど、ちいねえさまは私に“貴族”らしくあることを一切求めなかった。ただ、“ルイズ”であればいい、ただの女の子として幸せに生きてくれればいい、それだけを願ってくれたの。ちいねえさまには、それすら出来なかったから」 魔法の才能ならエレオノール姉様はおろか、母様よりあるだろう。 何せ、普段まともに使えるほど体調がよくないのに、百メイル以上離れた場所の鎖を『錬金』で壊すほど。 土のスクウェアメイジですら、そんなことをするのはかなりの精神集中が必要なのに。 だけど、身体が弱く、ヴァリエールの土地を出たことすらない。あんなに優しい人なのに。 「人間ってのはね、自分を必要としてくれる人間が一人でもいれば、それだけで生きていけるのよ。私を救ってくれたのはちいねえさまだった。ちいねえさまにとって私は“貴族”でも“公爵家の三女”でも“虚無の担い手”でもなく、“小さなルイズ”だった。ただの妹だったのよ」 それがどれだけ私を救ってくれてたのか、それすら昔の私は気付かなかった。ただちいねえさまの愛に甘えるしか出来なかった。 「だから私は人間でいられたの。虚無に覚醒した時、私は人間であることにこだわった。要は、“聖女”よりも“ちいねえさまの妹”でありたかったのよ。その方が私にとって何倍も価値があるものだった。救ってくれない神様よりも、愛してくれるちいねえさまの方が大事だったの」 無意識に私はそう思っていたのだ。ちいねえさまが私に与えてくれた愛は、虚無の侵食から私を守ってくれた。 「でも、それからまた変わったのよね、貴女は」 「そうよ、そんな光でも闇でもない宙ぶらりんな状態の私に、ちょうど、そんなどっちでもない混沌の具現のような訳分かんない男が接触してきたの。そいつと触れ合うことで私は完全に虚無とは違う存在になった。それが“博識”のルイズ。私の誇り、私の在り方。神に縋る虚無ではなく、私は人間であることを望んだ。人間の力で神様に打ち勝ってやろうと思った。だから私は“博識”なのよ」 あれは“輝く闇”。 ある意味、虚無の対極にいる存在ね。 そうして今の私がある。 偶像はいらない、憎悪もいらない。私は私であれば良い。 私が私らしくあること、それがちいねえさまの願いであり、私の願いでもあるのだから。 「そうして見ると、ティファニアは奇蹟よ」 心の底からそう思う。 「奇蹟?」 「ええ、あの子もね、母を目の前で人間に殺されて、エルフの血を引いているという理由だけで存在そのものが否定された存在。十二分に闇を孕む要素はあったはずなんだけど、全くその影響がないわ。エルフの血がなせるのかもしれないけど、それ以上にティファニアの気質の問題でしょうね」 あの子は自然体。 誰をも愛するという点では教皇と似てるけど、絶対的に違う。 あの子は人を嫌うこともあるし、怒ることもある。時には我が儘も言うし、泣きたい時には泣く。 でも、憎むことをしない。拒絶しようとしない。あの子の方から人間を拒絶することはない。それは信じられないことだわ。 「だから、私達担い手にとってあの子は希望よ。虚無の呪いは絶対的なものじゃない。人間の心次第で乗り越えることが出来る。私じゃあの子のように愛することは出来ないから、私は私のやり方で虚無を超えてみせる。もっとも、ある意味もう達成できてるけどね。私が“虚無”ではなく“博識”を名乗った時点で私は虚無に縛られることはなくなったから。ま、ハインツのおかげではあるけどね」 あれはそういう特性を持っているのね。 「すげえなあの人」 「私に限らず、『ルイズ隊』の面子は少なからずハインツの影響を受けているわ。あんたに戦い方や心構えを教えたのはあいつ。シャルロットは言うまでもなし。キュルケだってあいつに会ってから奔放さが増してるし、ギーシュ、マリコルヌ、モンモランシーもそれぞれに。そして、コルベール先生もですね」 「そうだな、私は彼に会って確かに変わった」 「でも、皆、違和感がないのよね。ハインツの影響を受けてハインツらしくなるんじゃなくて、それぞれらしくなっている。私は私らしく、サイトはサイトらしく、シャルロットはシャルロットらしく、キュルケはキュルケらしく、ギーシュはギーシュだし、マリコルヌはマリコルヌ、モンモランシーもモンモランシーらしいわ。そしてコルベール先生もコルベール先生らしく、要は皆、本質に近づいたってことだと思うわ」 あいつを恐れるのは見せつけられる鏡を恐れるということ。 あいつは自分しかない、ハインツはハインツでしかない。そこに他の要素が一切ない究極の異常者。 一体、どうやればあんなのが生まれるのかしらね? 「まあつまり、今回はそんな光と闇、そして混沌がぶつかり合う大舞台よ。当然危険度はこれまでの比じゃないし、死ぬ危険も大きくなる。生半可な覚悟じゃ乗り切れないわよ」 「愚問だぜルイズ、そんなのを怖がるような奴だったら、そもそも『ルイズ隊』に入ってねえ」 「同意するわ、“微熱”の情熱の炎は誰にも消せないのよ」 「私は戦う。これは私の家族の問題だし、私も戦いたい。いつまでも兄と姉の後ろにいるだけではいたくない」 「私も戦うよ。たとえ微力であろうとも、教え子を守るのは教師の務め。戦って欲しくないのが本音だが、逃げられないならば、戦うしかないのだから」 ま、聞くまでもなかったわね。 「それじゃあ、会議はここまで、ティファニアとマチルダがおいしい晩御飯を作って待ってるわ。さっさと帰りましょう」 「応よ!」 「楽しみ」 「十分金取れるわよね」 「その発想はどうかと思うのだがね」 そして、私達は戦場へ向かう。 恐らく、これが虚無を巡る最後の戦いになる。いや、そうさせる。 長くなりそうだけど、ここが正念場、全力を出し尽くす。 今回は見届け役ではあるけど、見届け役が前戦で暴れ回るのもたまにはいいだろう。 “光の虚無”と“闇の虚無”、そして混沌。 ついに激突する時が来たのだ。